生き続ける台南のサカリバ!新町遊郭の名残りはこれだ!
本日は台南市に来てます。せっかく台南にきてるんです。いつもなら怪しい街を巡るのですが本日は観光客らしく普通に台南観光していきます。

こちらは台南市の中心部にあるハヤシ百貨店です。
1932年の日本統治時代に山口県出身の経営者が建てた商業ビルです。当時の台湾で有数の百貨店だったそうでこの辺りは台南の銀座と称されていました。戦後は派出所などに 使われてたそうですが現在は特産品を扱う百貨店になってるようです。

こちらは当時の台南で唯一のエレベーターです。
このエレベーターに乗るのも台南観光の一つです。昔の台南を味わえる。なんかまともな観光です。

百貨店には屋上があります。
こちらには一部崩れてる壁があります。これは機銃掃射による弾痕です。
日本の領土だった台湾は先の大戦で空襲被害に遭っており台湾南部の被害は甚大でその爪痕がこちらで見ることができます。

こちらには鳥居があります。こちらは末広社という神社です。
1933年に建立された末広社。お稲荷さんをまつる神社のようです。
台南には日本的なところが残っています。またかつて台南には穴守稲荷から勧請した神社がありました。神社があったのは新町というところ新町稲荷社と呼ばれ1923年に新町遊廓鎮守として創建されました。
遊廓があった台南。遊郭は存在してませんがもしかしたらそのマインドを受け継いだ何かが台南にあるかもしれません。
ってことで本日はこれより怪しい街を散策します。
いつも通りの街探索。

遊郭の前にこちらに立ち寄りました。
こちらは台南の中心にある市場「西門市場」です。
1905年開業の西門市場。開業当時は台湾南部で最大の青果市場でした。
とくにこの辺りは賑やかなところで多くの人が往来していたそうです。賑やかなとこであればその手の店ができるもので遊郭があったのはここより北東側ですがこのあたりにも私娼が集まっていたようです。お茶を飲んでたら急に恋に落ちるやつでしょうか。特殊喫茶がありました。
ここには多くの人が遊びに来てたのでしょう。格式ばった遊郭よりも手軽に遊べる特殊喫茶。現代でもソープよりサロンを選ぶ人がいるように手軽な店が好まれたのでしょう。

こういう路地にある喫茶店に行ったんでしょうね。
ここの細路地は素敵です。こちらは正興街ってところ。ここにも店があったようです。
地元を味わうなら地元の店へ。台南人と触れ合うなら特殊喫茶にいくべきです。地元の人と特殊喫茶で話をする。そのようにして交流したのでしょう。

こちらは西市場の近くにある康楽市場です。
通称沙卡里巴と 呼ばれてる市場。沙卡里巴とは日本語で言う盛り場のこと。日本人が歓楽街のことをサカリバと呼んでたためその言葉が今でも残ってるようです。つまりこの辺りはかつて盛り場だったのでしょう。
もともと西門公園辺りに点在していた屋台をここに集約させたのがサカリバの始まりです。飲食店のほか衣料品も扱う市場。
かつては盛り場要素があったはず。エロも存在してたのでしょう。

こちらは国華街のあたり。こちらには日本家屋っぽい建物があります。
こちらは戦後初期の頃は特殊喫茶だったそうです。ここはまさにサカリバ。

こちらには看板が残っています。
文字は消えかかってますが喫茶と書いてあります。音楽という文字も見えます。
台湾の伝統音楽が聴けたのでしょうか。いわゆるカフェーと言われる業態のお店。
ピンサロっぽい感じもしますが業態はセクキャバのほうが近いのでしょうか。台湾女性とここで酒を酌み交わしたのでしょう。
店名は菲律賓。
ピンパブじゃねーか。
いつの時代も飲み屋はピーナ。
こんな感じで一か所にまとまっておらずいろんな地域に怪しい店があった台南。それは昔からだったようです。
台南は古都と呼ばれている通り古くから発展したエリアで清朝時代には貿易港として発展しました。多くの船乗りが台南に立ち寄ったのでしょう。船乗りいるところには性風俗街ができるもので当然そっち系の店があったそうです。台南は遊郭ができる以前から娼館が点在しており、

神農街のこの付近や、

新美街のこの付近、

西門街のこの付近に点在してたそうです。
あちこちに点在してた。
台湾人、結構節操ない。
その状況を変えたのが日本人でした。1895年、日本が台湾を統治しはじめます。
1895年に締結された下関条約により清から台湾を割譲され日本の統治が始まると多くの日本人兵士が 台南に訪れました。いわゆる地方出張をする兵士たち。
今の時代でもあるでしょう。福岡に出張に行ったら中洲に遊びに行きますよね。札幌行ったらすすきのに行きますよね。地方出張はいろいろ楽しみがあるんです。台湾に赴任した兵士らもそうです。街を歩けばあちこちに点在する娼館。戦争も終わり比較的落ち着いた日常。そんな日々が続けばそりゃアフター5は遊びますよね。そんなわけで毎晩遊びに出かけたのでしょう。
しかし当時はまだ抗生物質が世に登場してません。梅毒や淋病は花柳病と呼ばれ 風俗では性病が蔓延。それはここ台南でも同じことでした。遊郭の設置は風紀改善も理由の一つですが性感染症のパンデミック防止でもありました。遊女を管理して感染拡大を食い止めるってことで風俗営業を許可制にし、指定した地域に遊郭を設けました。これが台南における日本式の遊郭の最初です。指定されたのは南勢街ってところ。

南勢街があったのはちょうどこの辺りです。
現在は住宅街ですが昔は賑やかだったのでしょう。

こちらには西羅殿という寺院があります。
1718年に建てられた遥か昔からある寺院。日本統治時代には正洛寺と改称されたそうです。遊廓があったのは120年前。寺院は残りましたが遊郭の名残りはありません。
南勢街の遊廓は1922年に新町に移設します。
それが冒頭で話した穴守稲荷のある新町遊廓。

この辺りがかつて遊郭があったところになります。
町内には装飾の入った建物が何軒かあります。
これらは貸座敷の名残りなのかもしれません。
こちらも100年前にあった遊廓。日本敗戦後は遊廓が閉鎖、されるものの再度別の形で蘇りました。
蘇ってる。
台湾版の公娼制度的なヤツでしょうか。許可制で風俗営業ができたそうで公娼街に生まれ変わりました。

こちらには真花園という貸座敷があったそうです。
戦後貸座敷から公娼に転業し2004年まで営業していたそうです。そして建物は2009年に取り壊されました。
結構最近まで残ってた!

こちらは保安路と大智路の交差点です。
この保安路のあたりに 川が流れていたそうで汐留橋という橋が架かっていました。
川の北側が日本人遊郭で南側が台湾人遊郭。このように棲み分けがされていたのです。この辺りが日本人遊郭だったところです。

こちらは現在串焼き屋になっていますがここには台南で最後まで残っていた娼館がありました。遊郭は廃止されましたがその後特殊飲食店、いわゆる赤線的な店が台湾にはできました。こちらには1960年に開業した夜巴里という名の店があったそうです。ここでは夜のパリを味わえたのでしょう。遊郭の名残りでしたが2015年には閉店してしまったようです。
結構最近まで営業してた。
このように台湾人と日本人で分かれてた新町遊郭。
その時々でどちらか選べるシステムでしょうか。
せっかく地方に来てるから現地の人と...とか。
やっぱり同郷の人がいいな...とか。
気分で選べるシステムだったかもしれません。
ちなみに日本人遊郭にいたのは主に九州出身の人。とくに鹿児島が多く次いで熊本、長崎、あとは朝鮮。
それ日本人遊郭じゃねぇ!

こちらにはサッポロビールの看板があります。
店の名前は沙卡里巴です。ここにも盛り場があった。

こちらは熱砂という台湾版の居酒屋です。まさにサカリバの名にふさわしいお店です。ここでわいわい酒を飲み酔った勢いで次の店へ。最後はやっぱりあんな店。かつてはそんな遊びもできたのでしょう。戦後も公娼があったのでそこに遊びに行く人もいたのでしょう。でも法改正により性風俗は規制され既得権で続けられていた店も閉店。サカリバだったここは盛り場の要素がなくなり健全な街に生まれ変わりました。もうここにはそういう店がありません。かつての街はもう生まれ変わりました...

いやなんか怪しげなエステ店がある。
盛り場の名残り残ってる!
なんかこの辺怪しい店がいっぱいあるんです。
そりゃそうです。
日本一の盛り場だった吉原、どうなってると思います?サカリバでしょ?
サカリバは何年たってもサカリバなんです。だからいかがわしい店があるんです。でもでも生まれ変わってるところもあるんです。

こちらにはL&Vと書かれた商業ビルがあります。

見た目は高級ブティック。高級なお店なのでしょう。銀座にありそうな路面店。これはもう健全な街に 生まれ変わってます。名前の通りここはルイヴィトンかな?

love one only you.
ぜったいルイヴィトンじゃねぇ。低俗な店っぽそうな感じ。
こちらのお店は高級クラブのようです。
高級ではあった。
かつては性サービスをして摘発されてます。
低俗な店だった。
いまはどうなんだろ。名前からして怪しい。

こんな感じでKTVやスパが多い地域ですがそのような中で目立つのがこちらのお店です。娯楽城と書かれています。いわゆるカジノ。

台湾では賭博は法律で禁止されてます。競馬も競輪も競艇も台湾にはありません。
台湾人は賭け事を楽しめないのです。でもパチスロってギャンブルなんじゃ...。いえいえパチスロはギャンブルではありません。あれは遊技機です。遊技機が置いてあるお店。つまりゲームセンター。ギャンブルではないんです。
ホントに!?
台湾では日本の三店方式といった法律の裏をかくようなことはしてません。
台湾ではバレないように換金するそうです。
ほぼほぼ闇スロ。ただの賭場だった。
もちろん中には健全な店もあるのでしょう。
それじゃあ客がこないので怪しい店があるのでしょう。

大都技研を彷彿とさせる店名。大都技研といえば吉宗でしょうか。
私は吉宗が出たころには引退していたので触ることが ありませんでした。
もう日本では打つことができませんが台湾では普通に4号機が打てるようです。
でも換金をしたら違法なんですよね。

ほら、違法感漂う店の外観。
台北は条例の関係でパチスロ店がないようですが台中や台南ではパチスロ自体は違法じゃない。換金をすると賭博だけどパチスロをするのは遊戯。ゲームセンターでメダルゲームをしてるのと一緒。あくまでもこれらは合法店です。

ほんとに!?めっちゃ違法感あるけど...。
かつての遊郭サカリバの近くにある怪しい娯楽城。そして連れ出せそうな雰囲気のKTV。さらにはエステやスパもある。まだまだサカリバの名前は健在のようです。







生き続ける台南のサカリバ!新町遊郭の名残りはこれだ!
ハマの箱根と呼ばれた上大岡 大久保花街の名残りを探せ!
台南にあるホテル型私娼窟「台南141」は東南アジアだった!
パスタ作ったオマエは受刑者!横浜刑務所は累犯者とヤクザだらけの施設
豊橋はピンクな店がなさすぎる!キャンパブ街は普通の街へ「松葉町歓楽街」
彰化県花壇にあった花園、かつての悪所はまだあるか!?
飲酒運転検挙率1位の岡崎 ロードサイド型の飲み屋街「北岡崎歓楽街」