山林生活

彰化県花壇にあった花園、かつての悪所はまだあるか!?

彰化県花壇にあった花園、かつての悪所はまだあるか!?

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本日は台湾の彰化県花壇に来ております。
こちらは花壇駅です。
花壇という名称、花壇がありそうな感じがしますがこの名称になったのは日本統治時代のようです。もともと茄苳脚という地名でしたが日本語の発音が下等客と似ていたためイメージが悪いってことで名称変更したそうです。茄苳は台湾語で 「カータン」だったのでそれに近い花壇が採用されたそうです。戦後もそのまま名前が利用され台湾語では「フアタン」となっています。そのため花壇とか関係なく花壇もないです。
そんな花壇の玄関口である花壇駅ですが一日の乗降者数は2000人とかなり少ないです。そもそも各駅停車しか止まらない駅です。日本人観光客はまず降りそうもない駅。そもそも観光客の利用がない地元駅といった感じ。隣駅は彰化駅です。そちらの方が栄えてるし観光スポットも多い。地元民しか使わないから各駅停車しか止まらない。花壇駅はそんなところなのでしょう。でも私はわざわざ花壇駅で降りました。本日こちらで降りた理由はこの駅のそばに...

こちらは花壇郷 公有零售市場です。
市場って早朝から営業してそうですがこちらは営業してる店は少ないです。
生鮮食品を扱う店もありますが飲食店が多めです。1960年にできた市場。
駅前なので日中は人が大勢来るのでしょうね。

市場の裏手には平和街という路地があります。
約800mの一直線の道。駅の近くですが静かな街並みが続いています。本日花壇に来た理由はこの平和街をみるためです。ここはむかし、私娼窟でした。

花壇に来た理由、不健全。そして花壇っぽいのがあった。

花壇駅から中正路を東へ約150m。花壇排水という水路の手前。南北へ伸びる道があります。こちらが平和街です。市場の近くは人の流れがありますが南の方へ向かうにつれて人通りはなくなります。ごく普通の住宅街のような街並み。名前の通り平和な街並みですがかつては平和とは呼べない私娼窟でした。

通りに沿って水路があります。
水路というかどぶ川のようなところです。実際にゴミが多く流れておりかなり汚いです。雨が降ると雑草やゴミが詰まり洪水を起こすそうです。そんな汚い川沿いのそばに豆干?と呼ばれる台湾の怪しい建物がありました。川沿いにソレがあったためここは花壇溝仔邊と呼ばれていたそうです。ここはちょんの間街でした。

ちょんの間があったのは平和街の北側、100mの間に30軒ほどの店があったそうです。それだけ店があったってことはそれなりに繁盛してたのでしょう。各駅停車しか止まらない駅の近くだけど当時の駅利用者の中には売春宿を利用する人もいたのかもしれません。現在はその姿を見ることはできません。もうその売春宿は存在しないのです。

ここが私娼窟となった歴史は古く60年以上前からです。
台湾では日本統治時代に遊郭がありましたが戦後に公娼制度は廃止され遊郭はなくなりました。悪所と呼ばれた遊郭がなくなり健全になった、わけがなく遊郭がなくなったことで闇売春が横行。それにより性感染症も広がったのでしょう。そんなわけで中華民国政府は1956年から風俗営業を許可制にしました。公娼制度を再開したのです。その際にここに売春宿ができたようです。
公に認められた公娼街。それが平和街。公娼街開業当時は人気の場所だったのでしょう。とくに彰化県には戦後防空指令室がありました。若い兵士が休みの日にすることといったら大方想像できます。花壇の公娼街に遊びにいったのでしょう。
しかし1980年代後半頃から女性団体による廃娼運動が活発化します。その結果1991年に社会秩序維護法が制定され公娼制度は廃止となったようです。日本では公娼制度が廃止されたあとは風営法でそれに準じた店が営業できましたが台湾では代替措置が用意されませんでした。そのため違法な状態のまま続いてたようです。警察もある程度目をつぶってたのでしょう。

台湾警察「花壇の飾り窓?」
台湾警察「あれはショー ウィンドウです」

日本の警察と同レベルのポンコツ度合い。

でもさすがに放置はできません。
だから定期的に摘発をしてたようですが何度でも蘇る売春宿。そんなわけで2011年に一斉摘発を行い建物を重機で壊したそうです。

結構過激な方法の摘発。

建物がなくなれば再開できなくなる。そんなわけでもうここには残ってません。
もう10年以上前に消えてなくなってたんですね。
でも台湾って何度でも蘇るじゃん!だからまた再開してると思って来たのですが残念ながらありませんでした。

こちらは2009年当時の平和街の様子です。
当時は普通に営業していたようです。建物一階に女性が座っています。
これは日向ぼっこでもしてるのかな。

明らかに日陰の人間。

そして服装がだいぶ刺激的です。
日本のちょんの間のソレ。
かつての黄金町の雰囲気。
なんだったら遊郭の張見世形式のヤツ。

もうこれ籠の鳥じゃないでしょうか。
売春宿は道の両脇にあったそうです。平和街は大通りと並走しています。そのためこの道を使う必要がないのです。その当時この道を通る人は地元民か地元民の体を装った風俗利用者だったのでしょう。

なんかこの街、明るくていいですね。
いろいろと後ろ暗いものがありそうだけど。

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以前台湾の基隆にある怪しい街に行きました。
あそこは真っ暗で見えなかったんです。しかもめちゃくちゃ治安悪そうだった。
ここであれば明るくて健全に遊べそうな感じ。いや開放的な分余計不健全に感じる。
この雰囲気を味わってみたかったですが来るのが遅すぎました。もうこの景色は見ることができません。

売春宿だった建物は壊されています。
形が残っているところも扉が壊されたため入り口がふさがれてました。
当然ここにはちょんの間はありません。

かつての私娼窟にあったのは廃墟となった建物と、それを見にわざわざ台湾に来たひとりの日本人だけでした。

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