美女が多い豊原にある日帝が残した負の遺産!私娼寮「後菜園」

本日は台湾の台中に来ております。
こちらは台湾鉄道の豊原駅です。
日本っぽい駅名ですがここは台湾。中国読みだとフォンユェン駅と言うそうです。
豊原駅があるのは台中市豊原区。豊原区は台中市第二の都市で人口は16万人。少し大きめの地方都市といった感じです。
台中は知ってるけど日本人になじみのない豊原。私も今回はじめてこの地名を知りました。でもこの街は日本と深く関わりがあるようです。
豊原は土地が豊かで作物が豊富な地域でした。そのため古事記の豊葦原瑞穂の国にちなみ日本統治時代に豊原と名付けられたんだとか。日本っぽい駅名なのは日本が関係してたようです。
清らかな水が白い米を育てる。
米の産地だったそうで日本統治時代は天皇の御用米でもあったそうです。
そして美しい女性で知られている地域なんだとか。
水がきれいだと美味しい食材が育つ。
そしてきれいな水は美人も育つ。
豊原は美人が多いようでビビアン・スーの出身地も豊原なんだとか。台湾原住民のタイヤル族の血を引くビビアン・スー。目鼻立ちがはっきりしたタイヤル人は美人が多いと言われてます。台中市の東部に多く住んでるタイヤル人。近い豊原も美人が多いのでしょう。

こちらは日本統治時代に使われてた派出所です。
1931年に建てられたもので築90年以上。現在は土産物屋として使われています。台湾はこのような日本統治時代の史跡があります。歴史を探訪する。そんな台湾旅行もよいですね。

こちらは豊原慈済宮です。
同寺院の創建は1777年。もともとは観音菩薩をまつる寺院でしたが19世紀初頭に媽祖様をまつる寺院になりました。日本統治時代初期には校舎として利用されますが再度寺院になったそうです。

寺院の脇は屋台村となってます。
宗教施設のそばが賑やかとなるのは万国共通。日本の神社の仲見世通り的なところでしょうか。まだ朝6時過ぎ。日が昇ったばかりの時間帯です。まだまだ町は起きておらず人通りも少ないです。そんなわけで屋台は営業していません。
台湾は夜市があります。熱帯気候の台湾では昼間は避けて生活をする。日中に出ずに日が傾き涼しくなってから外出する。そんなわけで午前中は屋台がやってません。遊びに来るなら夕方がよさそうです。

こちらには関東煮と書かれた看板があります。
グァンドンジューと呼ばれるもので日本の関東風おでんが由来です。こちらも日本統治時代に伝わったそうです。
関西でも東京のおでんを関東煮と呼びます。関西の人が台湾に伝えたのでしょうか。

竹輪や大根などのおでんの定番もあれば猪血や米血など日本では見ない食材もあります。台湾屋台でおでんを食べる。でも日本のおでんとはちょっと違う。日本料理と台湾料理が 混ざった関東煮。こういうのを食べるのもよさそうですね。
このように日本っぽさを味わえる豊原。
台湾に来て日本を味わう。それって台湾でしなくてよいことですが日本のソレとちょっと違う日本が味わえるんです。まだほかにもここには 日本っぽさがあって豊原にはかつてちょんの間がありました。
日本のソレ。

台中市豐原区信義街157巷、通称:私娼寮「後菜園」。
裏庭という意味の後菜園。台湾では風俗街を指す言葉でもあるんだとか。
台湾では日本と違い風俗営業が基本的に違法です。つまり風俗街があるはずないんです。えっ!?台湾の男子、ムラムラっと来たときどうしてるの?まさかの自家発電!?
そんなことはありません。
日本でも飛田新地や松島新地のように法的に認められてない街があるでしょう。
台湾でも同じように違法風俗街があるんです。それがこの信義街157巷にあったんだとか。
あったんだとか。
かつてはここにそのような街がありました。でも日本と同じでその手の街は摘発に遭います。後菜園も警察の強制捜査を幾度も受けています。性風俗は必要悪と言われた時期もあれば今では排除すべきともいわれています。近年はその手の店の風当たりも強く日本でも摘発がかなり増えてます。それは台湾でも同じで定期的に摘発がありました。それでもどうにか続いてた後菜園ですが疲弊していったのでしょう。数十年に渡り続いた私娼窟ですがその文化はすでに...

なくなってない!まだ残ってた!!ぜんぜん疲弊してねぇ。
性風俗は本質的に不健全。
だから定期的に摘発して風俗排除をしたとしても需要があれば供給される。
そんなわけで摘発後にすぐに再開したのです。
摘発されると逮捕されますが新たに補充をすればいい。
経営者が捕まれば営業できなくなりますが新たな経営者を用意すればいい。
このように挿げ替え続ければ続けられる。
物理的に潰されない限りその店は何度でも蘇るさ。
ただいま朝の7時。
やっと日が出て明るくなった頃ですが何軒か営業し始めてます。
これは日の出営業の鏡。
最近の日本のソレは昼頃から始まるところなど舐め腐った店がちらほらあります。
顧客のニーズに応えるならば早朝営業すべきです。
朝からこんなところに来るヤツなんて...いるはずがない。
私が朝から来てた!
でもでも遊びに来たわけではありません。
視察に来たんです。
ほんとに!?
あっ!アレですか!女性の貧困調査と称して風俗行くやつ。
文科省もびっくり。ソレがまかり通るニッポンの政治。
150mある路地に10軒ほどの売春宿がある信義街。一見すると普通の住宅街。
でもなんか不思議な雰囲気。変な空気感があります。
こちらは2012年頃の信義街です。
細い路地でお店もなさそうですが人口密度が高め。外にイスを置き客引きをしてる様子が見れます。
こちらの私娼窟は60年以上続くところ。もともとは日本統治時代に歓楽街だったそうです。
やっぱ日本由来だった。
戦後は許可を取り公娼街となりますが公娼制度は廃止されてます。
廃止後は違法な私娼窟となったのでしょう。
なんか大阪のどっかの街の成り立ちと同じ感じ。

現在客引きは表に出ていません。
玄関のドアは締め切られてます。
表には人はいませんが窓からピンク色の明かりが漏れ見えます。
赤やピンクが指す意味は万国共通。そこにあるのは売春宿です。

おそらく監視カメラがあるのでしょう。客が店に近づくと扉が開き行き交う男性に対し声をかけてきます。
これがホントのニーハオ売春。
このようにして警察の目から逃れているようです。
まだ現役ではあるものの度重なる摘発により衰退してるようです。リスクある商売です。管理売春は5年以下の懲役刑と重く売春は売る側も買う側も3万台湾ドル以下の罰金。懲役刑ではないものの結構な額とられます。せっかく稼いでも罰金ですべて持ってかれる。割に合わないですよね。だから成り手も少ないのでしょう。日本のソレも衰退しつつありますからね。豊原のこれも見納めかもしれません。
それだったら遊んでいくべきですよね。
本日は台中の豊原を巡りました。
午前中に来たので屋台はやってませんでしたがまさかのアレは日の出営業でした。
まさに川崎堀之内のその店と似たような状態。
朝からやってるってことは需要があるのでしょう。
朝からじゃなくて 24時間営業なのかも。
コンビニ感覚で利用できるならそりゃ利用者も多いですね。
そんなコンビニエンス売春ができる豊原。
“タイミング”があえばビビアン・スーのような 美人に会えるかも。
これはちょっと期待です。
でも残念ですがビビアン・スーはいないようです。
ここで春を売る子の多くはタイ人なんだとか。
これはサワディー売春。







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