山林生活

かつては怪しい店があった!接収により栄え衰退した街「相模原歓楽街」

かつては怪しい店があった!接収により栄え衰退した街「相模原歓楽街」

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本日は相模原市に来ております。
こちらはJR横浜線の相模原駅です。

相模原、相模大野、小田急相模原、相模大塚。
相模がつく駅名は複数あります。

小田急相模原駅と相模原駅はほぼ同じ名称。どっちがどっちだかわからなくなる。しかも小田急相模原駅と相模原駅は離れており電車だと乗り換えで20分。車だと10km30分かかります。相模原駅で待ち合わせが容易ではない。どっちの相模原?って確認が毎回必要なんです。

相模原駅ができたあとに小田急相模原ができた。そんな感じがしますが古いのは小田急相模原の方。

小田急相模原は1938年に相模原駅として開設。
しかし1941年に鉄道省が相模原駅を開設。国に逆らえなかったのか小田急線の相模原駅は小田急相模原駅に名称を変更しました。結果的に遠い二つ相模原駅になってしまいました。

なぜJRも相模原にしたのか不明です。
まぁこちらが中心地ってことにしたかったのでしょう。
実際に相模原市役所は同駅が最寄りです。行政の中心はJR相模原駅なのでしょう。

栄えているのは小田急相模原駅の方ですがJR相模原駅も駅前は栄えています。

こちらは駅の南口側です。
JR相模原駅は横浜線だけの単独駅ですが利用者は結構いるようです。駅前は放射状に道が広がっており道が広くキレイな街並みになっています。ごちゃごちゃしてないのはなんかいいですね。

こちらは西方向へ伸びる氷川通りです。
この道を進むと相模原氷川神社へ行けます。こちらは参道のようなところでしょうか。
その参道に並ぶお店、けっこう飲み屋が多いんです。

ここはキャバクラ参道。

相模原駅のそばには役所があります。キャバクラが続けられるのは公務員のおかげ。

仕事終わりに一杯。
役所の人が飲みに来るから店が成り立つのです。

キャバクラ以外にもエステがあります。

ここはリラクゼーションエステ参道。

こちらも役所の人がいくのかな?
仕事終わりに一杯したあとに一回。そんなことが楽しめるリラクゼーションエステ店。

ここはちょっと大人な感じのある参道のようです。いわゆる飲み屋街的なところでしょうか。乗換駅でもない単独駅ですが近くに役所がある。ここは相模市役所の福利厚生エリア。

ちなみにこの通り沿いにはかつて桃色のサロン店がありました。

ピンサロ参道だった。

これは役所の人が通ってた説。
福利厚生が行き届いてる!

でも今はそんな店はありません。そんなのがあったのは昔のお話。今は健全な街になりました。

健全?

氷川通りから路地に入ると飲み屋街があります。
結構相模原駅前、飲み屋街。

パブやスナック、バーなどの夜間飲食店が多め。
こちらはダーツバーでしょうか。雰囲気がよさげな店の外観です。私は一時期ダーツを嗜んでいた時期がありましてダーツバーなんかにも出入りしてた時期がありました。こういうところに行きつけがあるといいですよね。

ちなみにこちらには以前、桃色のサロン店がありました。
こういうところに行きつけがあるといいですね。

こちらにあったのはアーイヤンというお店でバーミヤンのような店の外観ですがピンサロでした。

質が悪そうな店の外観。

でも今はそういった店はない模様。
健全な街になりました。

こちらには雰囲気の良さげな路地裏があります。
いかにも飲み屋街といった感じの路地。ピンサロの一軒や二軒があってもよさそう。当然ですがこちらにも桃色サロンがありました。

やっぱあったんだ。

しかも看板が残っています。

もしかして、お店やってる?
ウェブサイトは閉鎖されてました。おそらくもう営業してないのでしょう。

こちらもサロン店だったであろう店の外観。

二軒あった。

ここはほぼそっち系の路地。なんかすごいサロン店が乱立してた。でも今はそれらの店はなくなりました。健全な街になりました。

こちらはガールズバーのようです。

店名から察するにこれはギルガメシュ叙事詩。
それを冠したお店でしょうか。

ギルガメシュ叙事詩は古代オリエントの文学作品。紀元前2000年頃に書き写された。世界最古の教養小説です。その名を冠したガールズバー。4000年以上前の物語がここに蘇る。そんな思いが込められたガールズバーのようです。

いや絶対に違う。
ゼッタイ違うし叙事詩が由来だと誰も思ってない。

この店のギルガメッシュはギルガメッシュないとのギルガメッシュのはず。

知らない人もいるので「ギルガメッシュないと」を説明します。「ギルガメッシュないと」は1991年から7年間、テレビ東京で放送されていたテレビ番組で王様のブランチっぽい情報バラエティー番組です。

でも扱う情報は一般的なものではなくエロ。
公共放送でAVの紹介をしてたのです。

世界一教養のない番組。

インターネットのなかった時代、当時健全なる青年がエロにアクセスできたのはトゥナイト2かギルガメだけだったのです。私の性癖を確立させたといってもよい番組。一定の年齢層の人にギルガメッシュと聞けばナナナナイトって返ってくるはず。

むしろおじさんのギルガメッシュの認知度、エロ番組の方が高そう。逆にギルガメシュ叙事詩は後から知る物語。
もうあんな番組は公共放送で流せないしユーチューブでも検閲にひっかかります。そんなエロ番組の名を冠したであろう店名。この店は色々と期待できそうです。

かつてはサロン店があったこの界隈、今は飲み屋街になっています。こちらは元パチンコ店だったであろう外観。現在は飲み屋ビルになったようです。

パチンコ屋自体は2008年に潰れたようです。
やっぱりぱちんこ屋だった。看板だけはそのまま残っている模様。

こちらはフィリピンでしょうか。
潰れたパチンコ屋のところ、大体フィリピン。

この界隈はフィリピン要素がある店が多いです。サロンがあった場所はフィリピンになる。どこの街も大体こんな感じです。相模原もそんな感じでフィリピンになりました。
もうここにはそっち系の店はありません。

こちらは相模原駅南口の東側です。
こちらも飲食店が多めです。この路地は「はいから散歩道」ってところです。
この街に詳しい人のお話ではかつては個人商店で賑わっていたようですが今はチェーン店しかない通りになったようです。そのため賑わいもだいぶ薄れたんだとか。

そんな散歩道の入り口。
桃色のサロン店があります。

賑わっていた理由はこの店のおかげ。

相模原のソレは全て壊滅したと思ってましたがまだまだ生き残ってた。

流石は市役所最寄りの駅前です。
役所の人が仕事終わりに立ち寄っててもおかしくない。

駅から続くペデストリアンデッキを降りて路地裏に入ってすぐのところ。普通の飲み屋っぽい雰囲気がある建物の外観。そんなわけだから入店するところ人に見られても大丈夫!

いや明らかにピンサロの看板。
出入りするとこ市民に見られて役所に苦情が来る。

でも店があるってことは需要がある。夕方頃には一杯客が来るのでしょう。相模原駅前にはまだあるんです。
とは言っても数少ない生き残った店。ほとんどが消えてなくなってしまいました。もうここは怪しい歓楽街ではなくなったのです。

この路地、個人店が賑わっていたってことですがかつては風俗通りと名高い道だったそうです。

個人店で賑わっていたの意味。

その手の店は大体個人店ですからね。
ちなみにこちらのサロン店、橋本にあるサロン店の系列のようです。

ここはチェーン店だった。

チェーン店になったって情報に間違いなかった。
そしてこの街に詳しい人、店舗情報まで詳しい人だった。

かつては風俗通りと呼ばれていたはいから散歩道。風俗通りと呼ばれるだけあって最初に出迎えてくれるのがサロン店。でもその手の店は激減し現在は数える程度になってしまいました。

こちらに看板がありますが閉店しています。
2005年にお店ができ2022年に閉店。結構最近まで営業してた。

桃色サロンはとうの昔に衰退したと思ってたけど店舗数が減っただけで結構生き残ってたようです。でも感染症により淘汰されたのでしょう。今も営業が続いている店は過酷な環境の中生き残った歴戦の猛者。実直に飲食店として続けてきたからこそ続けられているのでしょう。

実直?

でも厳しい環境なのは今も変わりありません。どうにかこの低俗な文化は残してほしいものです。
これは、行って応援しかないですね!

こちらにもかつてサロン店があったようです。
ここももうないようです。替わりにコンセプトカフェがあるようです。

これは、ネコカフェかな。

いや絶対違う。

ほかにも飲み屋ビルがあります。でも空き店舗が結構目立ちます。先ほどのサロン店も看板が残ったまま。つまり新しい店が入居していないのです。
このように相模原駅前は歓楽街になっていますが空き店舗も目立ち寂れた雰囲気があります。
呑み文化が衰退した、過激な店は摘発されただけが理由ではないようです。衰退してるのは相模原に特有の理由があるのです。

こちらは相模原駅の北口側です。
南口に比べると静かな駅前。
タクシープールがあるだけでお店はありません。

あるのはフェンスで区切られたところだけ。
相模原駅が発展したのもこれのおかげですが発展しないのもこれのせい。駅北口側は在日米軍の施設があります。

つまりこの先はアメリカです。

戦前の相模原は軍都と呼ばれていました。
都心にも近く平坦な土地がある相模原は軍事施設を建てるのに最適だったのでしょう。日本陸軍がここに兵器製造工場を建設します。その際に相模原駅前も整備されました。駅前の道が放射状なのはその際に整備されたもの。田園都市にしたのではなく軍事上の理由でした。

軍都として整備された相模原でしたが終戦後、相模原北口側は連合軍に接収されます。以後米軍の関連施設として現在に至ります。

基地がある街は潤う。
終戦直後の日本は物資も仕事もない状態でしたが米軍基地がある相模原は潤っていました。駅がここまで栄えたのも米軍基地があったから。でもそれはかつての話で今は足枷になっています。

現在絶賛工事中の隣駅の橋本はリニア新幹線の新駅を建設中ですが相模原につくる案もあったようです。しかし米軍使用地の真下に線路を通すことになるため安全上の理由から採用されなかったんだとか。もし相模原にリニアの駅ができていたらかなり賑やかになっていたでしょうね。

このように駅北側は米軍使用地となっていますが2014年9月に一部が返還されています。相模原駅の目の前の一部分は返還されています。

返還されて10年以上経過していますがその当時のまま放置されています。木々が生い茂り駅前とは思えない様子です。

かつて米軍が使っていた施設でしょうか。
古い家が確認できます。何もせずにそのままの状態なのでしょう。

でもこれももうじき生まれ変わるようでオフィスビル、商業施設、マンションができます。駅前にあるまっさらな土地。なかなかこの広さの土地は駅前にはありません。せっかくだから違ったものを作ればよいのですがごく普通の駅前になるようです。

スタジアム建設の話もでましたが市の財政的に厳しく条件面などで折り合いがつきませんでした。良くも悪くも普通の駅前に生まれ変わります。

何もなかった駅北口は変哲もない普通の街へ。
でも駅が賑やかになるのは確かでしょう。

人が増えれば南口の活気も戻りそっち系の店が新たにできるかもしれません。

それは早急に話を進めてもらいたい。

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