これは現代社会のポイズン!神奈川区反町の遊郭があった場所は…!?

本日は神奈川県神奈川区に来ております。
こちらは滝の川せせらぎ緑道ってところです。
キレイに整備された緑道。国道一号線が走り交通量が多いところですが少し脇にそれると緑豊かな路地が整備されてます。都会のオアシスといった感じのところでしょうか。普段は怪しい街歩きしかしていませんがたまにはこういうのもいいでしょう。

滝ノ川の名の通り以前は川が流れてましたが現在暗渠になってます。ここに流れていたのは滝の川というのですが一説には神奈川の地名の由来とも言われています。諸説ありますが滝の川は以前神奈川と呼ばれてた。その可能性は大いにあるでしょう。だってここがかつての神奈川の中心だったのですから。
神奈川県の中心は横浜です。
県庁所在地も横浜。
栄えているのは関内の辺りでしょうか。関内のあたりが栄えだしたのは明治以降、それ以前はこの辺りが神奈川の中心でした。

東海道五十三次の三番目の宿場町「神奈川宿」はちょうどこのあたりにありました。
滝野川を境に東側を神奈川町、西を青木町と呼び、かなり大きな宿場町だったそうです。そんな大きな宿場町なら遊郭的なのもあったはず。そう。神奈川宿には遊郭がありました。今日はそれを見に訪れました。
神奈川宿に遊郭ができたのは近代になってから。それ以前は岡場所と呼ばれる私娼窟がありました。食事の用意をしていたら急に恋に落ちちゃったってことが神奈川宿ではよくあったそうです。いわゆる飯盛女ってやつです。
現代でも似たようなことがあるでしょう。
ユーロビートが流れる店内でウーロン茶飲んでたら急に給仕と恋に落ちるやつ。
江戸時代からあったNK流。
しかし神奈川宿の飯盛女は幕末に規制されます。
ちょうど横浜港が開港の時期。多くの外国人が横浜に訪れたのでしょう。
飯食ってたら急に恋に落ちちゃう店があったら外国人だって行きたくなるじゃない。でも幕府は外国人に利用させたくなかったのでしょう。
NK流は日本の宝。
海外に流出させるのはよくない。
そんなわけで飯盛女禁止令が出されました。
。
でも外国人だって男の子だもん。
せっかくの海外出張、そっち系の店に行きたいって外国人もなったのでしょう。そんなわけで外国人が遊郭設置の要請をします。結局幕府は受け入れました。
禁止令を出した意味がなかった。
以後はどのような経緯なのかはわかりませんが神奈川宿のあたりに遊郭ができたそうです。最初にできたのは神奈川駅の近くでしょうか。洲崎大神門前にありました。

こちらが洲崎神社です。
創建は1191年。
源頼朝が安房神社より勧請したのが始まりです。凄い歴史のある神社のようです。
ご祭神は天太玉命、天比理刀売命。
ご利益は五穀豊穣、無病息災、商売繁盛などなど。

玉垣には水産業を営む人の名前が目立ちます。元々このあたりは神奈川湊と呼ばれる湊町で漁港でもあたそうです。また現在もこの近くには中央卸売市場があります。そもそも洲崎神社の目の前は海でした。

目の前海だったら遊郭がないじゃない?
安心してください。
海を渡った先にあったんです。

こちらは昔のこの辺りの地図です。
現在の国道15号線沿いは松入堀ってお堀があります。橋が架けられておりその先にある七軒町と宮洲町。このあたりが遊郭だったそうです。
街道から少しそれたところにできた遊郭。
かつては行き交う人は多かった東海道ですが鉄道開通後は人通りが減ったのでしょう。1900年にここの遊郭は廃止されここから北に600m。東海道本線の向こう側に遊郭を移設しています。東海道本線は1872年に開業してます。街道沿いより鉄道沿いの方がよいとなったのでしょう。移転先は反町ってところ。

神奈川区役所の裏手。住所は神奈川区反町です。
現在は反町公園ってところになっておりますが1900年にこのあたりに遊郭が設置されました。元々青木町って町名だったから青木町遊郭。または反町遊郭と呼ばれていました。
ソリマチではなくタンマチ。
初見だと確実にソリマチと読んでしまいます。
名称の由来は諸説あるようですがこの付近は焼畑農業が盛んで休耕地が多くありその休耕地のことを草里(そうり)と言ったんだそう。それが転じてタンマチとなったんだとか。
それだったらソリマチじゃね?

このあたりに大門があったそうです。
現在はマンションが建ち並ぶエリアです。
最寄り駅は東横線の反町駅。
JR線の東神奈川駅もそこまで離れてません。
また京急線の神奈川駅も近いです。
横浜へも歩けない距離ではない反町。
住むのに適した場所なのでしょう。
そんな住みやすい街の反町ですがかつてここに妓楼が軒を連ねていたんですね。

こちらのウナギ屋は1890年創業のようです。
つまり遊郭移設前からあるウナギ屋さん。
精力増強効果があるとされるウナギ。そんなのが大門の脇に店を構えていたのです。ほぼほぼ赤ひげ薬局と同じ立ち位置。そりゃ遊郭行く前に食べる人がいたのでしょう。

遊郭の名残りはなく普通住宅街です。
遊郭自体は終戦を迎える前に廃業となっています。
太平洋戦争がはじまると遊郭は自粛となり、妓楼は宿舎や軍事施設に転用されます。反町遊郭も同じように宿舎に利用されました。
遊郭は戦後赤線や旅館になるものですが横浜大空襲により一面焼け野原になってます。

こちらは当時の衛星写真ですがかろうじて道が分かる程度。建物全てが焼失しています。
空襲被害に遭ったのはほかの遊郭も同じでエロの力は偉大で遊郭は戦後すぐに蘇るのですが反町遊郭は蘇りませんでした。この付近は戦後すぐに進駐軍に接収されます。そのため赤線街にならず返還後は市有地となりました。

公園もキレイに整備されています。
かつては大人の遊技場でしたが今はこどもの広場です。
日中は子連れの親子をうかがうことができます。
そこまで大きな公園ではありませんが遊具もあって地域に密着しています。小さな子供がいっぱい来る公園なのでしょう。
ちなみにこちらの反町公園、現在はハッテン場になってるんだとか。
これは現代社会のポイズン。
斜め上行く大人の遊び場。
反町公園、まだまだ大人の遊技場だった。
遊郭は壊滅し健全な街になったけど不健全な人のせいで不健全な公園になっちゃった。
昼間は男の子たちがはしゃぐ姿が見れるけど夜中は男の子たちがはしゃぐ姿が見れる。
反町はかつて遊郭で男の楽園でしたが現在も男の楽園に変わりはなかった。
大門そばのウナギ屋さん。精力増強の効果あり(意味深)。
横浜では結構有名なハッテン場のようです。

こちらほら、トイレに鍵がかかってるんです。
これはサセナイようにしてるのでしょう。
夜にノンケは近づくなとすら言われる反町公園。
公序良俗に反することが公然と行われているそうです。
ルールを守って正しく遊んでねぇ!

こちらは東急東横線の反町駅です。
東急線は急行に乗るので反町駅を認識してませんでした。利用者は東急線で一番少ないんだとか。
そもそも隣駅は横浜駅。
歩いて横浜にも行けるくらいの距離です。
小田急線の南新宿駅みたいなところでしょうか。

こちらは東横線の真上にある遊歩道。
東横フラワー緑道です。
全長1.4kmある緑道でこの道を進むと横浜に行けます。東横線の地下化に伴い緑道が整備されたそうです。
いわゆる廃線あとの道です。
緑道の名の通り草木が植えられています。緑豊かで静かな街路です。

こちらは高島山トンネルです。元々は電車が走っていたトンネルでしたが現在は徒歩でトンネルを抜けられるようになってます。地域住民への配慮で夜間は閉鎖されますがこのトンネルがあると横浜に行きやすいです。

こちらは反町駅前。
このあたりも街路が整備されています。駅前は駐輪場になっているのでしょうか。ここも線路沿いでした。
線路沿いなので住宅には不向き。
駅のそばなので人の往来がある。
そのため線路に沿って飲み屋が軒を連ねます。
現在も飲食店があるようです。飲み屋があったであろう雑居ビル。駅前の線路沿いって感じの雰囲気です。

そしてかつてここにはヘルス店がありました。
やっぱりあったヘルス店。

120年以上前に誕生した反町遊郭。その名残りでもなんでもないヘルス店。反町駅前にはファッションヘルスがありました。
横浜人魚という名のそのお店。1984年から営業していたそうですが災禍を乗り越えることができず閉店しました。もう、反町にはファッションヘルスはありません。
本質的に不健全とされる性風俗店。
災禍を乗り越えることはできなかったようです。感染症により多くの店が潰れてしまいました。
給付金の対象から外された業種だったため新たに復活することができない店舗型のそれは現代社会に必要なくなっているのでしょう。反町にあったお店も必要なくなったのでしょうか。もうこの界隈にはその手の店がありません。
そもそも感染症関係なく厳しい環境だったのでしょう。
東横線で一番利用者の少ない駅。
隣駅は利用者が多い横浜です。
横浜駅に出ればその手の店が多くあります。
選択肢は多い方がよい。
そのため多くの利用者が横浜に流れるのでしょう。
常連客がいたから続けられていたのでしょうが老舗だとしてもそれだけでやっていくのは難しい。例え既得権があろうとも楽な業種ではないのです。そんなわけで反町にはその手の店がありません。
もう健全な街になったのです。

って思ってましたがエステ店はあるようです。
泡泡洗体、ストレス解消と書かれたエステ店。
リラクゼーションと看板には書いてありますがここは普通のエステ店、風俗要素はゼロです。
ゼロ?
コリアエステかな?
チャイナエステかな?
やっぱ漢字だからチャイナエステかな?
いやいや日本人エステの可能性もある。
だってここは日本ですよ。
エステだからチャイナとするのは浅はかです。
ちなみに一階は中華料理店です。

これは100%チャイナエステ。
こちらの店は10年近く営業しています。それだけ長く続いてるってことは健全な証拠。
不健全な店ってすぐに潰れちゃうんです。
それも当然で摘発により閉店するところもあるし摘発されないように短期間で閉める店もある。店名が頻繁に変わるところもあります。でもこちらの店は普通のエステ店なのでしょう。だから長く続けられているんです。
中華エステは不健全店。
そのような価値観は捨てた方がよい。
でも健全店でもあるじゃん。
女の子によってスペシャルサービスがあったり。
あと一万円でサイゴマデできるって提案されたり。
そういうのあるよね?
もちろんそういうこともあるでしょう。でもそれはキャストが恋に落ちた場合の話、恋に落ちる健全店。
それって不健全店なんじゃ...。

こちらの二階は空き家になっています。
こちらにもエステ店がありましたがそれは閉店しています。まるで不健全店だったかのような言いよう。
詳しくはわかりませんが不健全店。もしくは健全店だけど恋に落ちた人がいたのでしょう。
例え隣駅が横浜だとしてもやっぱり駅前には必要なんです。横浜駅まで電車で4分の立地の反町ですが急にムラムラって来るときがあるじゃないですか。そんなときでも電車に乗らなきゃならんのです。
しかも電車を降りても目の前にあるわけではない。電車を降りて駅のホームから改札階へ行き改札を通り抜け駅の中をさまよう。駅の外に出たとしてもお店があるわけではなく。そこから歓楽街まで歩かなきゃならない。駅は近いけど近いのは駅なだけ。店は結構遠いのです。
だからこそ、ムラムラってきたときのために駅前にはあって欲しいものなのです。
かつてはヘルスがあった反町。
それは閉店しました。
でも替わりにエステがあった。
それも閉店。
じゃあ反町の人どうしてるの?
健全店でワンチャン狙ってるの?
恋に落ちる人捜してるの?
そんな可能性の低いことしてるの?
え!?もしかして!!まっまさかの反町公園。
これは機会的同性愛。
夜の反町公園の治安が悪い理由、地元の人の可能性がゼロではない説。







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