まさに穴場!(意味深)志賀本通駅そばにあった赤線街「名古屋城東園」

本日は名古屋に来ております。
こちらは市営地下鉄名城線の志賀本通駅です。
1971年にできた志賀本通駅。
志賀本通駅は栄まで乗り換えなしで10分、名古屋駅までは17分で行ける立地。かなり使い勝手の良い駅のようです。
隣駅は利用者の多い黒川駅と名城線と上飯田線が乗り入れる平安通駅。二つの駅に挟まれているため利用者が少なく印象の薄い駅なんだとか。利用するのは地元の住民くらいなのでしょう。中心地にアクセスしやすい志賀本通駅ですが地元の人しか利用しないので混雑しない。地元民しか利用しない駅のため混雑しない。そのため逆に穴場のようなところです。

目の前を走るのは名古屋市道名古屋環状線です。
志賀本通じゃないんだ。
大通りに面した駅ですが駅前には店が少ないです。駅を降りたところはマンションだらけ。住宅密集エリアといったところのようです。
そりゃ駅利用者も地元の人の限られるし印象が薄い駅と言われるのもうなづけます。

めちゃくちゃ印象的な駅前。
地元の人以外も利用してそう。
学園って書いてあるからこれは教育機関かな?
性教育しかしてくれない学校。
地元の人しか利用しない駅。逆に穴場(意味深)。

駅前には風俗店があるのは当たり前。なぜなら多くの人が利用するからです。
でも駅前風俗って歓楽街の中にあるじゃない。居酒屋があって飲み屋があってスナックがあってそこに風俗がある。飲んだ後にお遊びするところなんです。でも志賀本通駅前、風俗店しかないんです。
もうこれは風俗のために用意された駅!
本日はこの店に来たわけじゃありません。
志賀本通に来たのはかつて遊郭があったからです。それを散策しにここまで来ました。
でももうその遊郭の姿は消えてなくなりました。
いや駅前に残ってるけど...。
たぶん遊郭とは関係ないお店です。
遊郭は駅から少し離れた場所にあります。
じゃあなんで駅前にあるの?

それは志賀本通駅の住む人たちの民意なんでしょう。求めた結果が学園モノです。
これはいけない課外授業の決定版。
遊郭があったのは志賀本通駅の南側、
駅から歩いて10分くらいのところです。これから向かうのは城東園ってところです。
城東園は厳密に言えば遊郭ではなく私娼窟でした。カフェーがある特殊飲食店街だったようで遊郭に関する情報が残ってません。でも普通に営業できてたってことはある意味、公に認められていたのでしょう。
城東園と呼ばれるようになったのは戦後。
戦後の名古屋市内には名楽園、八幡園、城東園、港陽園の四つの色街がありました。
名楽園は現在の中村大門のこと。
八幡園は尾頭橋にあった花街のなれの果て。
港陽園は稲永遊郭のこと。
そして今向かっている城東園。
これらは戦後赤線街として営業が続けられました。これらの赤線街の現在の姿は、名楽園は名古屋で一番のソープ街になりました。八幡園は住宅街に変わりました(近くにソープあり)。港陽園はラブホテルが残ってる程度でしょうか。
なんか、結構当時の爪痕が残ってた。
遊郭や赤線街の多くが住宅街になるもんですが名古屋にあったそれらの街は比較的残ってます。

こちらが赤線街だった杉栄町です。
この大通りを中心に怪しい店が軒を連ねてたそうです。
もともとは城東園は別の場所にあったそうです。城東園の元となった色街ができたのは昭和初期。平安通駅そばの下飯田町にありました。
大曽根駅から少し離れたところにできた色街。
でも大曽根には三菱の名古屋製作所がありました。工員が通ったんでしょうね。
終戦1年前の1944年には市電も通りました。
しかし1945年5月14日。名古屋大空襲により町が壊滅してしまいました。
でも、色街は滅びぬ、なんどでも蘇るさって感じで北区杉栄町に色街を移転しました。
公娼制度は廃止され遊郭は赤線に変わりましたが、遊郭でもない杉栄町にあった色街もしらっと赤線街へ。売春防止法施行まで赤線街「城東園」として続きます。
名古屋には名楽園、八幡園、城東園、港陽園がありますが城東園以外の3つは名古屋の南側なんです。城東園は名古屋北側のオアシスだったのでしょう。人気スポットだったようです。
ただそんなオアシススポットも1958年まで。売春防止法施行により赤線は廃業となりました。
赤線廃業後は旅館に転業した店が多かったようですが当時の最寄り駅だった大曽根から城東園は離れており、杉栄町は市電も走っていなかった地域。エロであれば来たけど旅館やバーでは客は来ない。そんなわけでその後は衰退したそうです。今は普通の住宅街です。
大曽根駅まではちょっと遠いですが志賀本通駅であればそこまで離れてない。志賀本通駅ができたのは赤線廃止から13年後の1971年。もう少し早く駅が出来ていればここも風俗街になっていたのかもしれませんね。
今では普通の住宅街になって...、

なかった。ソープあった。
名古屋によくあるポツンと風俗店ですがそこら辺にある風俗店とは出自が違います。その辺にあるのは1990年代にできた風俗店。でもここの店は戦後から続く赤線の名残りです。赤線廃業後にこのスタイルとなったのでしょう。
名楽園、八幡園、城東園、港陽園の4名園。
名園と呼ばれてたところ、まだ名園だった。
でも城東園の名残りはここ一軒だけ。ほかは普通の住居に変わってしまったようです。つまりポツンと一軒ソープの状態です。
ほとんどマンションに変わってしまいましたが戦後にできた赤線街。そのため当時の建物が残っているようです。

マンションに挟まれてある古い建物。屋号が残った建物があります。こちらもかつて飲食店だったのでしょう。大通り沿いの店舗なので人気店だったはず。赤線閉鎖後は普通の飲食店へ。今はもう営業してなさそうな感じです。

こちらは旅館でしょうか。
ありました。こちらは赤線の名残りなのでしょう。かつては旅館が軒を連ねていたのでしょうか。今はその様子はなく一軒だけ看板が残ってるだけ。
駅から離れているし観光地でもない。唯一赤線の名残りが一軒だけ残ってますが滞在時間は長くて120分。宿に泊まって登楼する人はいないのでここで旅館業をするのは楽じゃないのでしょう。
旅館の看板は残っていますがすでに閉業してしまったようです。

この通りは大通りの一本となりの路地です。
車が一台通れる程度の狭い路地。この通り沿いも赤線地区だったのでしょう。赤線を彷彿とさせる建物が残っています。

住宅街の中にスナックがあります。比較的新しそうですが赤線街だったとことにあるスナック。歴史を感じます。

こちらは城東園から少し離れたところにある割烹です。ここは80年以上続く老舗割烹ですが先日閉店してしまったようです。歴史あるお店だったんですね。

ちなみ戦前は旅館業を営んでいたそうです。
城東園は色街でしたが付近には花街もありました。今でいえば風俗街そばにキャバクラ街がある感じです。
水商売と風商売、二つは似て非なる業種です。
でも花街にある旅館。今でいえばキャバクラ街にあるモーテルです。マクラ、当時からあったんでしょうね。
二つの業種、ほぼ似てた。
本日は城東園跡地を巡りました。
城東園の名残り、まだありましたね。店の外観はキレイなのでまだ生き残りそうです。
地元民しか利用しない志賀本通駅。まさに穴場です!







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