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闇市の生き残り「溝の口駅西口商店街」で飲んできた

闇市の生き残り「溝の口駅西口商店街」で飲んできた

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線路が走れば人が集まり、駅ができれば店ができる。

新宿駅の線路わきにあるしょんべん横丁。渋谷のJR線沿いにあるのんべい横丁。新宿ゴールデン街だって昔は線路沿いにあったわけです。電車が走るので住むのは不向き。でも人が集まるから店をやるのには好物件。そのため飲食店が軒を連ねるのでしょう。ただここに挙げた地域全てに言えることは、もともと不法占拠から始まったわけです。戦後、線路脇には闇市が形成。そのまま不法占拠をする形で横丁ができたところも多いようです。

本日はまた溝ノ口に来ております。
前回溝ノ口に行ったのは二子新地のほうを観てまわるついででした。本日は溝ノ口の駅前を探索したいと思います。

かつてあった花街「二子三業地」の末路
かつてあった花街「二子三業地」の末路

溝ノ口に来ております。溝ノ口は昔とだいぶ変わりました。当方のいう昔とは昭和~平成初期の頃の話です。まだ若い頃のお

以前お伝えしたように溝の口は再開発によって綺麗な街並みへと変わりました。鉄道ができたのが1927年。同年7月には田園都市線の高津駅が近くにできたようです。それにより溝ノ口駅前も発展。利用客も多かったそうです。戦後、配給もままならず、飢えをしのぐためにできたのが闇市でした。駅前に闇市が陣取り、そこで商売を始めたのです。闇市は違法なものでしたが配給だけでは生きていけない。違法だけども摘発をすれば周りから反感を買うため野放し状態だったのでしょう。食糧需給が安定した後は飲み屋街へと変わっていきました。

溝ノ口の再開発が始まったのは平成のはじめ頃でしょうか。まだその当時は駅前にバラックで形成された商店街が残っていました。まだ当方が未成年の頃の話です。汚い飲み屋があるというのだけは覚えておりますが、そこがどのような経緯で出来た街なのかというのは全く興味もなく、まさかそんな店に行くことになるともその当時は露程も思いませんでした。

まぁ現在その場所はバスロータリーの一部となっています。跡形もありません。でも、まだ溝ノ口には一部分だけそのような場所が残っているそうなんです。本日はそちらに伺いました。

溝の口駅はJRの田園都市線が走っておりますが改札があるのは二階部分です。そしてペデストリアンデッキで両駅は繋がっているので乗換えだけの人は一階に下りません。

南武線武蔵溝ノ口を出て田園都市線の溝の口に向かう途中で一階に下ります。そして線路わきへ。駅前なのにこんな感じで人通りも少ないです。ここから溝の口の西口に行けます。本日は西口にある「溝の口駅西口商店街」に行きます。

以前は南武線の改札から線路沿いに一直線、飲み屋街がありましたが、東口側は再開発で取り壊されました。唯一残っているのが西口商店街です。

駅前なのに静かです。まだ日が高いのでお店はやっていないようです。昔は新宿思い出横丁と同じように昼から営業していたのでしょう。でも店も少なくなってしまい、ここは天下の溝の口です。自由が丘、二子玉川園、たまプラーザといったハイソな街と同等なんです。まさかトタンでできた建物の中で焼酎片手に昼間っから飲んでる人がいるわけないじゃないですか。

そんなわけなんでまだお店は開いていない様子でした。

飲み屋が主ですが古本屋、八百屋、和菓子屋は日中でも営業しておりました。

だいぶ年季が入っています。消防車も入れないような場所です。以前はもう少し規模が大きかったようですが数年前に火災があったそうです。そのためアーケードのそばは道も広くなっておりました。当然いまのまま再建築はできないためこのような状態になっているのでしょう。

南武線を目の前に酒を飲む。いいんじゃないでしょうか。
しかしまだオープンまで少しかかるようです。そのためニ時間ほど時間を潰して再度訪れました。

二時間待ちましたがまだ16時。唯一オープンしていたのは一軒だけ。ほかの店は17時とかにならなければ開かないようです。とりあえず開いている店に入ることとしました。

メニューはおでん、串焼きが主のようです。屋台料理といったところでしょうか。

無難なチョイス、もつ煮です。処理が甘くて臭いヤツとかにあたると最悪ですが、こちらのは美味しかったです。

そして無難なおでん。時期的におでんは良いですよね。牛すじ、がんも、大根を選択しました。
ザ居酒屋メニューです。和の心がここで感じられます。ここから串ものに移行しようと思ったのですが、17時を過ぎましたのでハシゴ酒しようと思います。

もう一軒オープンしたのでそちらに伺いました。串ものを注文しようと思ったのですが、オープンしたばかりだから火の用意がまだなんだそう。そんなわけで塩辛をアテにして飲み始めます。
結局酒は辞められないようですね。宅飲みは控えています。「宅飲みを控える、でも外で飲むのは別」という縛りを設けた結果、外に飲みに行く機会が増えてしまいました。毎日飲まなくなったため健康にはよいのでしょうが、外飲みもちょっとは控えなきゃなりませんね。

この雰囲気、いいですよね。ほぼ外。
「東南アジアの屋台は不衛生だからなぁ」なんて言ってましたが、日本となんら変わりありません。結局似たようなもんなんです。いろんな菌が蔓延しているのかもしれませんが焼けばいいわけです。菌がついてるくらいの方がかえって免疫がつく。当たらなければどうということはないです。

ねぎま、つくね、かしら、レバー。焼きとりや焼きとんを頼むと大体この辺で落ち着きます。以前はとり皮とかシロとか好きだったんですが、脂身を身体が受け付けなくなってしまいました。本日はこれをアテに酒を飲みます。

もっぱらビールなんですが、隣のお客さんが頼んでいるヤツがちょっと気になります。
おそらく焼酎なんだと思いますが「燃える男...」。見た目はリポビタンDみたいなやつ。スゲー気になる。

さらにその隣の人も同じものを頼んでいます。ここはコレを飲むのが正解なのでしょう。

どうやらこちらは焼酎のようです。燃える男の酒となっておりますが中身は芋焼酎とのこと。

とくに内容量の記載は見つからないのでお店で詰め替えているのでしょう。

この茶色い瓶に謎の液体。どこかで見たことがあると思ったら、まさに純トロじゃないか。

ヤンキーが「それいけ!あんぱん」していたヤツと見た目が同じ。

昔ヤンキーに絡まれそうになった時、そいつが手に持っていたのが茶色い瓶でした。二本で3000円だかするとか言っていたのを記憶しております。でもここであれば「燃える男の酒」が250円だか300円、安く飲めます。見た目は同じ、中身は酒ですが。

まだ日は落ちていませんが、ササっと飲んで店を出ました。
このアーケードの中で営業をしているのは数軒ほどです。雰囲気は立ち飲み屋で昭和を感じさせるようにしているのでしょうが、それを演出している感が強いです。これに関しては新宿の思い出横丁でもそうです。観光地化してしまい、客もその雰囲気を求めています。店側も期待に応えるため誇張したりしてしまうのでしょう。本来の姿ではなくなり、アミューズメント化してしまうのでしょう。まぁガチでやばいところは客来ないでしょうからね。
JRの走るところである程度の規模のある街であればこんな感じで戦後にできた飲み屋街というのがあるもんです。今回行った溝の口駅西口商店街は店舗数が少なくなってしまいとくに大きな特徴というのはありませんが、その土地ならではのものと出会えるかもしれません。色々な街に行って赤ちょうちんが出ている店の暖簾をくぐるっていうのも楽しいもんです。さて、次はどの町に行きましょうかね。

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山林

千葉に山林を購入しました。
小屋暮らしをするため、土地持ちホームレスを目指し開拓中

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