山林生活

鶴賀新地に隣接する西鶴賀に遊郭の名残りを求めて

鶴賀新地に隣接する西鶴賀に遊郭の名残りを求めて

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本日は長野にきてます。
こちらは権堂商店街そばにある秋葉神社です。
ご祭神は火之迦具土大神。火の神様をまつるだけありご利益は防火、防災。
火災が多い商業地は必要な神様なのでしょう。

長野一の歓楽街の入り口にある神社。
秋葉神社は元々商店街の西側にあったそうですがいろいろあって1897年にここに移設しました。拝殿ができたのは1897年。遊郭の人たちが寄贈したそうです。

善光寺の近くにある権堂。
長野のこの辺りは古くから栄えてたそうです。
江戸時代には街道が整備され宿場町として発展。多くの参拝客が善光寺に訪れました。当然そっち系の店もこの界隈にはあり水茶屋という遊女屋が軒を連ねてたそうです。ここで精進落としをしたんだとか。
状況が変わるのは1872年。人身売買を規制した芸娼妓解放令が施行されます。

人身売買が禁止され娼妓を解放する法律。
そのため権堂の水茶屋は娼妓を開放せねばならず廃業することとなりました。しかし人身売買が禁止されただけで自由意思による売春は禁止されてません。また遊女は借金帳消し自由の身になりましたがその後働くツテがない。そんなわけで私娼が街にあふれたそうです。そのため1875年に花街の許可がおります。
あくまでも自由意思で働く芸妓を雇うだけの置屋。そして遊郭ではなく花街。つまり権堂は芸妓がいる花街になりました。しかしその実態は芸妓ではなく娼妓。いわゆる本サロみたいな店が軒を連ねたそうです。

結局元の姿に戻ってる。

新しくできればそりゃ客も集まるわけで権堂の花街は大盛況。
しかしそうなると風紀が乱れるもので梅毒が蔓延し治安が悪化したそうです。
そんなわけで花街の規制の話も出たんだとか。
しかし娼妓を禁止すれば同じことが繰り返される。そのため郊外に遊郭を設置することにしました。権堂の東側、東鶴賀に1871年に鶴賀新地が設置されます。

この先がかつて遊郭があった場所です。
入り口脇に旅館があります。

かつて遊郭があった場所。妓楼の名残のような感じがしますが同旅館は1952年にすき焼き屋として創業しました。赤線が廃止されたのが1958年なのでその6年前にできたすき焼き屋です。当時はここで肉を食って英気を養い赤線街の中へと向かっていったのでしょう。現在は旅館業に転業したそうです。
遊郭のそばってラブホがありそうじゃないですか。そうではなく普通のホテル。
しかもファミリー旅館という家族向けの旅館です。そもそも鶴賀新地は売春防止法施行とともに廃業。以後は普通の住宅街に変わったようです。今では家族で泊まれる旅館がある街になりました。

こちらには救世軍の教会があります。
救世軍とは1865年にイギリスで設立されたキリスト教プロテスタントの一派です。日本には1890年ころに伝来してます。遊郭があったところにある救世軍。これはまた変なめぐりあわせです。

救世軍は廃娼運動をしていた宗教団体。
埼玉や群馬が廃娼県となったのも救世軍の活動が少なからず影響してたのでしょう。

長野は廃娼はせずに戦後赤線街へ。58年まで色街として営業が続きます。長野小隊が東鶴賀に来たのは1960年。売春防止法の2年後。ソープ街にならなかったのは
救世軍が関係してるのかも。

こちらには三神社という小さな社があります。
当時は遊郭の中にあった神社でしょうか。
遊郭だった手掛かりはここにある石碑くらいです。

明治十一年、東鶴賀一帯の約一万坪の地域に公許の遊郭「鶴賀新地」が設置され四十余軒の妓楼や多くの店が軒を連ねた。

このように記されてます。
遊女は400人以上いたとのことなので結構人気の遊郭だったんでしょう。
そんな人気だったのなら風俗街になるもんですが売春防止法施行後は特殊浴場街にならず普通の住宅街に変わりました。

いや普通の街に変わってない。
普通にラブホがある。
ラブホがある普通の住宅街。

ここはかつて妓楼があった場所です。そんなところにあるラブホテル。これは遊郭を感じることができそう。

こちらにもホテルがあります。
ただこちらのホテルは閉業してるようです。

私は2022年にこの場所に訪れています。
当時はまだ営業してました。閉業したってことは利用者が少ない証拠。地域によっては会議を行うために使用するラブホ。

長野市議はラブホで会議しないのかな?
ラブホは会議を するところじゃない。ラブホでするのはあんなこと。
ラブホで会議をするのは群馬県民だけだった。

最近まで営業してたラブホ。
ちょっと前までは利用者がいたのでしょう。歓楽街のはずれにラブホがあるってことは歓楽街で遊んだ後に行くのでしょうか。
長野は連れ出しできる店があります。市内にもどうやらそのような店があるんだとか。ひょっとすると近くにもそういう店があるのかも。

こちらは権堂から遊郭へ行く道の西鶴賀通りです。
約500mの道沿いに飲食店が軒を連ねてます。スナックだけでなく居酒屋も多いエリアで50軒ほど店があるんだとか。一時は衰退していたようですが近年新しいお店が できてるようです。
建物は古いけど おしゃれな感じの飲食店。
結構気になる店があります。

タイスナックを称する店もあります。
これはひょっとするとひょっとするかも。気になります。
ここは長野にあるナナプラザかも。
本場じこみのタイが味わえそう。

ハートマークが目立つエステ店があります。
これはひょっとするとひょっとするかも。
こちらは整体院です。整体院だからカイロプラクティック的なやつかな。

ちなみにこちらのお店、ピンサロがありました。

カイロプラクティックじゃなくエロティック。
飲み屋街にある怪しいエステだった。

この辺りはサロン店が結構あったようです。
こちらもサロン的な店だったそうです。
美容室のあとに入居するサロン。間違えて入店しそう。
キャンパスと書かれてあるので東海地方の流れを汲む店でしょうか。
こちらは閉店しています。

ちなみに同店のはす向かい。
似たような名称の エステがあります。
飲み屋街にある怪しいエステ。

ネオンがあるのがサロンの証。
おそらくこちらもサロン店のはず。

だいぶ前に潰れたニューメキシコ。何年も前からこの状態のようです。

もうサロンだらけ。しかもこの辺にあるサロン。一か所にまとまっておらず点在してるんです。風俗店って一か所にまとめるもんでしょ。その理由は風紀上の問題があるから。一か所にまとめるから風俗街ができるんです。

なんか長野ってそういう規律がなってない感じ。
飲み屋街全体にまばらにあるんです。

かつては飲んだついでに行ってたようです。
しかし必要としなくなったのでしょう。
もうここにはそういう店がありません。あるのは飲み屋くらい。
この界隈はスナックが多いエリアとなってます。

それとエステもあります。エステも多めだった。

こちらは富鶴会館です。
スナックだらけの飲み屋モール。ザ・昭和の飲み屋街といった感じのところです。
東京じゃ新しい建物に変わるのでこのような飲み屋モールは見れなくなってます。

ちなみにこちらは2022年の時です。
店が一切変わってません。また14年前の写真も見たのですが店はすべて同じでした。

全て閉店してる!?。

でも右下に張り紙が貼ってあります。
ジンライムがどこかにあることだけわかった。

こちらは風林会館です。ここは長野の歌舞伎町。でも新宿のソレとは違いだいぶ寂しめ。

こちらはニュー富鶴会館。
ニューの割にはだいぶ年期がはいってますが先ほどのよりは新しい方の飲み屋モール。こちらは営業してる店が多いです。

れもんって店も明かりがついています。
「癒しの空間」と書いてありますがこちらの店はサロン店です。

やっぱりあったサロン店。

西鶴賀にはかつて複数のサロン店がありましたが残ったのは一軒だけ。
飲食店とサロンは同居できなかったようです。
そしてスナックの看板は複数掲げてありますが営業してなさそうなところばかり。

連れ出しスナックがある?
掲げられた看板はまやかし。西鶴賀にはそんな店はもうないようです。
でも営業してなさそうなスナック。実は夜になると大盛況なのかもしれません。市民以外は誰も知らない。大人の遊園地かもしれないのです。かつての遊郭が現代でも味わえる。その可能性があるんです。確かめる必要があります。

ってことで夜来てみました。
遊郭があったところは住宅街になりましたが遊郭手前の西鶴賀は飲み屋街になってます。飲み屋街入り口から怪しい明かりがともってます。

飲み屋街に灯る怪しいピンク色の光。
結構老舗のマッサージ店のようです。
朝方まで営業しているマッサージ店。電話番号も表示されておらずウェブサイトもない。どのようなシステムなのか金額も不明です。
わかっているのは「抗衰老」という日本語では使わない言葉。中国語でアンチエイジングを意味するんだとか。つまりこちらはチャイナエステ。

これは期待値が上がる飲み屋街の入り口。

西鶴賀通りは飲食店が多めの街路。
夜の街ってだけあって店の明かりがついてます。そして結構人がいます。
長野は駅前の方がにぎやかですが西鶴賀はかつて賑わっていた遊郭へ行く参道。こういうところで飲むのも乙なもんです。

こちらのお店、そそる店の外観です。
のれんの汚れ具合が おいしさを物語ってます。ここで一杯飲んでいきたいのですが
どうやら人気店で前日予約が必須のようです。私のような旅スタイルだと行くことが難しい店。
ちなみにこちらのお店。
吉田類の酒場放浪記で取り上げられた店です。

高確率ですれ違う吉田類。

結構営業している店が多い西鶴賀の飲み屋街。
外国人がいるであろうスナックはあります。でも西鶴賀通りには連れ出しの店はなさそう。

こちらは富鶴会館です。
看板はあるものの営業してる店はほぼありません。

一軒だけ明かりがついてる店があります。おそらくこちらの店がジンライム提供店。
結構いろんな飲み屋街に行ってますがこのモールは難易度が高めです。中に行けるのは常連客くらい。

西鶴賀、普通の飲み屋街のようです。
かつてはそういう店が あったかもしれません。でももうそれは過去の話。
サロン店もなくなったし連れ出しスナック的な店もなくなった。健全な街に生まれ変わったのでしょう。

長野の歓楽街に連れ出しスナックを求めてる方へ。
連れ出しスナック、そんなのあるはずないじゃない。

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