ラブライブの聖地「沼津」私たちのふるさとは歓楽街だった!
本日は静岡県の沼津市に来ております。
こちらは東海道本線の沼津駅です。沼津はツーリングなどで訪れる機会がありますが、車やバイクで来るので駅前はあまり立ち寄りません。また新幹線も通っていないので都心からアクセスしづらい。隣駅の三島のほうが使い勝手がよさそうで、三島駅前は結構栄えています。
私たちのふるさと沼津。
沼津はラブライブの聖地となっているようです。
ラブライブはシリーズ全体で270億円の経済効果があったんだとか。市内でイベントが開催されるたびに多くの“おともだち”が沼津に訪れたのでしょう。
ラブライブ!サンシャイン!!が発表されたのが2015年。10年経ちますが今でも人気のコンテンツなんでしょう。市内はラブライブだらけとなっています。
このようにラブライブのふるさとでもある沼津。ここには遊郭があったそうです。
これが私たちのふるさと沼津。
沼津は東海道五十三次の12番目の宿場町。東は箱根峠があり、峠越えのスタート地点が沼津、そして隣の宿場町の三島でした。つまりほとんどの旅人がここに停泊したのです。そんなわけでかつては飯盛女がいて、近代に遊郭ができたのでしょう。
このあたりに沼津市緑新地遊廓があったそうですが、現在は聖隷沼津病院の施設がある地域となっています。遊郭は天に召されたようです。
こちらは沼津仲見世通りです。戦後の闇市から発祥した商店街で沼津で一番栄えているところなのでしょう。朝なので歩いている人はおらずお店はシャッターが閉まっていますが、地方の寂れたアーケード街とは違って生きている商店街の雰囲気があります。
こちらはアーケードを抜けた先にある路地です。私は5年前にこちらに訪れています。
その時はまだボロボロのアーケードが残っていましたがどうやら撤去したようですね。骨組みだけで何の役にもたっていませんでしたからね。
このようにキレイな街並みになったのもラブライブの経済効果があったからでしょう。
駅の東側、ソープランドがあります。
これが私たちのふるさと沼津。
この手の施設は遊郭跡地に出来るもんですが、沼津の遊郭は駅から遠かったのが理由でしょうか。沼津は第二次世界大戦時の空襲被害が酷く、市内の9割近くが破壊されたそうです。遊郭も無事ではなかったのでしょう。その代わりに駅前にこの手の施設ができたんでしょうね。通称十五番街ってところで飲み屋と風俗店があります。
ここには二軒のソープがありますが、どちらも過激な看板を出しておらず邸宅のようなつくりになっています。提供されるサービスは低俗なものですが、看板が控え目になっているのは条例の厳しい静岡で営業を続けるための処世術なんでしょうね。
こちらはソープの隣にある飲み屋小路。移り変わりが激しい飲食業界ですがここの飲み屋街は5年前と看板がかわっていません。3年で7割が潰れるという飲食業界。この祇園小路は優秀な飲み屋が軒を連ねているのでしょう。
こちらには京極街があります。祇園小路と京極街、どちらも京都を模しているのでしょう。京都にある新京極通は飲食店だけでなく洋品店や映画館などがある文化的な街です。東海道沿いにある沼津、わざわざ京都へ行かずとも京の文化がここで味わえるんですね。
もうだいぶ前に営業してなさそうな雰囲気。
古い鑑札が残っています。
看板は出ているので一応営業しているのでしょうか。それを確認するためには夜に訪れるしかなさそうです。
このように沼津は遊郭がなくなり駅の脇に飲み屋街ができましたが、駅の西側の添地町ってところに飲み屋街があったそうです。
ちょうどこのあたりが飲み屋街で、戦後は赤線街でした。赤線当時の雰囲気を残したまま現在もキャバクラなどがあるエリアのようで無料案内所があります。
この付近は元々武家屋敷があったようですが、明治維新後に近代の小学校のもととなった代戯館という施設があった場所のようです。
士族平民関係なく誰でも入れる小学校だったようで静岡の基礎を作った学校といっても過言ではないでしょう。そんな小学校があった場所の近くにある美熟女キャバクラ。
これが私たちのふるさと沼津。
夜の沼津です。20時過ぎ、商店街は静かです。
こちらは駅東側の祇園小路と京極街があるところ。祇園小路は営業している店が多そうです。
京極街のほうも営業している店があります。うさぎ小屋、雰囲気が良いです。以前はもう少し看板が出ていたのですが感染症によって潰れた店は多かったのでしょう。
こちらは赤線地区だった添地町界隈。スナックもありキャバクラもあります。店先には黒服が立っていますが声はかけてきません。静岡県迷惑行為等防止条例により県内全域でのキャバクラなどの客引きは禁止され、また沼津駅近隣の歓楽街は禁止強化地域に指定されています。そのため一切声をかけてこないんですがどの客引きからも凝視されます。それが逆に怖い。
このように沼津駅前には飲み屋が乱立していますが、沼津の飲み屋の本丸は駅南側ではなく、反対の北口にあるようです。そのため北口に行きたいのですが、沼津駅ってかなり不便なんです。
沼津駅は連絡通路がなく、反対側に行くためには入場券を購入するか徒歩6分、500m遠回りしなければならないんです。つまり北口側に住んでいる人たちはソープを利用するのに遠回りをするか初乗り料金を払わねばならぬわけです。ただそれももうじき改善されるようです。
現在は線路で分断されていますが、現在沼津駅は鉄道高架化に向けて話が進んでいるんだとか。
鉄道高架化事業については40年ほど前から話が出ており、1988年に当時の市長が鉄道高架化を表明、2006年には事業許可を取得し着々と準備を進めていた。
しかし鉄道敷設予定用地の地権者の3割から同意が得られない状態が続いたため2020年に強制収容を行いました。しかし元地権者らが土地収用裁決取り消しなどを求め提訴。昨年まで争っていたようです。最高裁が原告の上告を受理しなかったため鉄道高架事業は進められるようになりました。高架となるのは2041年。まだもう少し時間がかかるようですが北口側のソープに行けなかった人はやっと行きやすくなったんでしょうね。
こちらが沼津駅北口側です。
沼津駅ができたのは1889年ですが北口が開設されたのは1956年。沼津駅南側は宿場町として栄えた場所でしたがこちら側には元々何もなかったのでしょう。
ソープランド、北口にもあった。
この手の店って一カ所に固まってあるもんですが、北口にもちゃんと残っています。高架化しなくても北口側に住んでいる人も利用できるホスピタリティーが高い沼津。何もなかったわけではないようです。
ここにはリコー通りと書かれたアーチがあります。沼津の北口側には1962年にリコーの工場が建設されました。リコーは北口の整備のために多額の寄付をしたことから道路の名前に企業名をつけたそうです。
ここはいわゆる企業城下町のようなところ。そのため駅の周りにはビジネスホテルもあるしソープランドもある。これらはリコーが整備したといっても過言ではありません。
案内所の案内できる店はキャバクラ、セクキャバ、フィリピンパブ、居酒屋、スナック、エトセトラ。おそらく店舗数が多い順でしょうか。風俗がないため性風俗店は少ないようです。ソープが一軒あるだけ。
あとはマッサージ店くらい。
リラクゼーションを称した店が結構あるんですが、リコーの社員は肩こりなんでしょうね。わかります。
それとセクキャバ。結構エロ要素強め。これはリコーの社員が...。
このように少しエッチな店もありますが、ほかの飲み屋街同様にフィリピンパブが多めです。
こちらのフィリピンパブの名称はJAPINA。JAPINAは一般的にはフィリピンと日本のハーフ。かつては興行ビザでピンパブで働けていましたが、それも厳しくなり現在のフィリピンパブの多くが永住者もしくは永住者の婚約者です。そのため若干年齢層が高めとなっているようです。でもジャピーナであれば若いキャストも期待できるのではないでしょうか!
沼津はこの手の小路が多いです。高度経済成長期に一斉にできた飲み屋街のためその当時の流行りのままなのでしょう。しかしこれらの路地も老朽化により取り壊される恐れがあります。とくに沼津駅は高架化によって街並みも変化します。この様子が見られるのは今だけかもしれません。
ラブライブの聖地、沼津。新幹線の通る三島の方が使い勝手がよさそうですが、駅前は沼津の方が楽しそうです。だって三島にはもうソープはないですが、沼津にはまだ三軒も生き残っているんです。これまでは北口と南口が分断されていたため行き来しづらかったですが、高架化すればハシゴもできちゃうんです。飲み屋も三島と比べると多いし、セクキャバもあるし怪しいエステ店もあります。
これが私たちのふるさと沼津。