山林生活

岐阜金津園のゴールドチェアに伝説の泡姫の夢を見たか

岐阜金津園のゴールドチェアに伝説の泡姫の夢を見たか

[更新日]
[著作者]

本日は岐阜に来ております。
名古屋には頻繁に行ってますが岐阜へはあまり行きません。

車中泊の旅で白川郷は行きました。
またコロナが始まった2020年に金沢から帰る際に飛騨高山を通りました。どちらも北側で南側に来るのは久しぶりです。最後に岐阜市に行ったのは8年ほど前でしょうか。その時は仕事だったので観光はできませんでした。本日はちょっと観光気分で岐阜を散策します。

でもあいにくの天気です。
雨の日の街歩きはあまり好きではないのですがこればかりは仕方ないですね。

本日は岐阜駅の南側に行きます。
街の中心地は北側の柳ケ瀬のあたりなんでしょうが、そっちじゃない方に行きます。

旧国鉄、現在のJR線の走っているところの「じゃないほうの出口」ってのは色々とあるもんです。全然開発されていなかったり、開発されていない理由が利権絡みだったり、若干きな臭いものや怪しい店があったりするんです。岐阜駅に関しては怪しい店、いわゆる特殊浴場街があります。

岐阜にはかつて長良川と岐阜駅の中間にあたる現在の柳ケ瀬付近に金津遊郭がありました。
金津遊郭ができたのは明治に入ってから。明治21年上加納村字金津(実際は加納村字高巌で現在の岐阜市金町付近)に遊郭が設置されました。その後西柳ケ瀬付近の遊郭を移動させました。

岐阜に鉄道が開通したのは明治20年。その当時の岐阜の中心は長良川の方だったそうで、岐阜駅との中間にあたる柳ケ瀬は大変繁盛したんだとか。しかし太平洋戦争末期の昭和20年に軍事施設にするため西柳ケ瀬にあった金津園を中心地から5kmほど離れた手力町に移転しました。

ぜいたくは敵といわれていた時代。終戦まで移転した地で細々と続けていたそうです。戦後は手力特殊喫茶街と名乗るも中心地から離れた立地だったため人気はなくなりました。そのため昭和25年に岐阜駅南側に移転したそうです。戦後なのですでに公娼制度は禁止されていたため、そこにできたのは赤線地区。60軒ほどの特殊飲食店が軒を連ねていたのでしょう。売春防止法後は特殊浴場街へと変貌を遂げています。

駅前に性を売り物にする店があるわけないでしょう。
吉原は駅から歩くのがしんどい距離。川崎堀之内も予約すればキャデラックで迎えに来るんです。

ちょっと不便のそれがイイ。

高級車の後部座席に乗る機会なんてこんなときくらいでしょう。
120分の予約?違うんです。特殊浴場の楽しみは駅から降りたところから始まってるんです。

徒歩三分の立地。

駅前ソープの名をほしいままにする立地なのにその名を名乗らない美しさ。
駅前には、そういうのない方が良いですよね。でも岐阜には当然のようにあるんです。

こちらが金津園です。
住所には金津園の名はないし、そもそも発祥も金津じゃないけどその名が残っています。

この地域はいわゆる特殊浴場街。入浴の介助してくれる女性がいるヘルパー街です。

入浴の介助といえば介護福祉士の仕事ですが、介護福祉士は資格ではありますが免許ではありません。基本的に入浴の介助は資格がなくとも誰でもできる業務。そうなんです。資格がなかったとしてもそこに「愛」がありさえすればどんな人でも(容姿を判断する面接があります)できるんです。この金津園はそんなところです。

特殊浴場で有名なところは東京の吉原でしょうか。関東近県だと次いで川崎の堀之内・南町、その次は千葉か大宮になるんですが、全国で考えると、

国分町、すすきの、金津園、雄琴、福原、福岡、熊本

といった感じで金津園は全国規模なんです。
ちなみに兵庫福原の店舗数は70軒ほどです。兵庫県の人口は550万人に対し、岐阜県は200万人で店舗数は60軒ほど。つまり岐阜はそういう人たちがこの辺りにいて、そういう人たちがこの辺りの街を支えているんです。

しかしだいぶ静かな街並みです。
まぁまだ午前中です。川崎の堀之内では日の出営業が基本ですがこのあたりは10時ころから営業を開始するみたいです。町全体が風俗街でここに来る人はそういった人たちしかいないわけですので店がやってなければ人が歩ているはずもないでしょう。ぼちぼち開店準備をしている黒服は見かけますが静かです。

店舗数が多いので営業が始まればにぎやかになるのでしょう。

これはどこの風俗街でもお約束ですが、おそらく相当その手の組織が出入りしている地域なのでしょう。表向きはこのようにしなければならないのでしょうね。タクシーに関しては、岐阜駅前なのにタクシーで来るやつがいるんでしょうかね。

ここにもタクシーに対して書かれていました。この手の業種は呼び込みが規制されているためアウトソーシングの営業マンってのが大概いるもんですが金津園ではそのような業務形態はしていないようです。

こちらは旅館となっています。雰囲気はちょっと古い旅館といった感じ。岐阜の旅の想い出をここに残す感じでしょうか。屋号が「想い出」っていうのはなんか哀愁がありますね。

想い出が強すぎる。

もともとここは赤線街で売春防止法後に当時あった売春施設の多くは旅館に鞍替えしたそうです。しかしトルコ風呂に人気が出るとそちらに業種変更。ここの店は二つの業態で営業したっぽいですね。

男子諸君には想い出が多くある街ですが、近年は徐々に衰退しているようです。
以前は60軒以上あった店舗も現在は40軒ほどに減っているようです。これに関しては金津園だけでなく全国で起きている現象で、建物の老朽化、経営者の高齢化、利用者の減少により存続の危機に瀕しているんだとか。

この辺りには別の店舗があったと思いますが道路が拡張されているようです。

また駐車場になっているところも多くあります。たしかこの辺には「すずめの宿」って店がありました。
しかしその店は閉店して更地になっているようです。その閉店理由は摘発によるものなんだとか。

都内でも定期的に摘発に遭っているように特殊浴場は極めてグレーな業種です。グレーというよりほぼ黒に近い業態なんですが警察のお目こぼしで成り立っているのでしょう。このすずめの某の店を調べていて、私は15年ほど前のできごとを思い出しました。

日本三大○○ってのは特殊浴場街にもあって、吉原、堀の内、金津園だったり吉原、金津園、雄琴だったとも言われたりしています。基本的に誰かが適当に言っているだけでなんの根拠もないのですが、金津園はそれだけ有名な場所なんです。そもそもここは東海地方で最大規模。
このように金津園が東海地方最大のソープ街という名をほしいままにしているのはサービスに定評があるってのもそうなのでしょうが、それ以外にもこの地でしか味わえないご当地○○があるのが人気の理由の一つのようです。

特殊浴場。かつてはトルコ風呂と呼ばれていました。そもそも特殊浴場は普通の入浴施設だったんです。トルコにある浴場と同じように身体を洗うのを手伝ってくれる人がいたことから「トルコ風呂」と呼ばれていました。しかし似たような店が増え供給過多になったことからサービスが過激化。その結果少し過激なサービスを提供するようになってしまったわけです。このように顧客の求めに応じた結果なんですが、それもまたどこも同じサービスを提供するわけで、更なるサービスを提供せねばなりません。その際に金津園ではGCとPCを編み出したそうです。

ゴールドチェア、ピンクチェア。

テレビでも時折登場することがありますが、この業界にはスケベ椅子ってのが存在します。出自は東京の大森って説や滋賀の雄琴って説があるなど不明ですが、この椅子は全国規模で人気となりました。それにあやかる形だったのかもしれませんが、金津園では独自にゴールドチェアを開発したようです。そしてそれは全国規模に流行ることなく金津園の中だけで人気となりました。つまりGCとPCを味わうためにはここに来なければならないのです。

そんなわけで英国屋という店に立ち寄ったのです。
金津園には50軒以上の店がありますが、ここを選んだのは一番高かったから。こちらのお店でゴールドチェアのことを聞くと、それを扱える人が少ないんだそう。その時はどんなものかすらわかりませんでしたがいわゆるスケベ椅子の豪華バージョンみたいなやつで、似ているのが産婦人科にある検診台みたいなやつ。具体的な話は割愛しますが、それなりの技術がある人でなければ扱えないんだとか。ただその日は別店舗に金津園で一番のプロがいるってことだったのでその人にお会いすることにしました。

女の子、と呼ぶべきではない様子でしたがレディーに年齢を聞くのは失礼と思いそこには触れずにゴールドチェアのことを聞きました。
その方は現在特殊浴場のお偉いさんらしいですが、かつては現役バリバリで働いておりどうやらその人がゴールドチェアの開発に携わっていたんだとか。その椅子がいつ頃からあるのかわかりませんが、少なくとも昭和の時代には存在していたのでしょう。ちなみにスケベ椅子は1964年には存在していたそうなので現役だったのはそれ以降なのでしょう。一般的にこの手の店で働くのは20歳になってから。1970年に現役だとしたら、20歳+50年で...。

この方に関して後から知ったのですが、金津園で伝説の泡姫と謳われる人だったそうです。残念ながらその方は売春防止法違反の疑いで逮捕されてしまい、それにより店を潰したんだとか。その際に年齢が分かったのですが、すでに古希を迎えているそうです。お会いしたのは50代後半だったってことでしょうか。経営者となってからも時折接客をしていたようです。その年齢まで現場で働いていたってことはプロフェッショナルなのでしょう。

まさか伝説といわれた人に会えるとは夢にも思いませんでした。

クソみたいな想い出しかありませんが、過去に訪れた街にまた来るのもいいもんですね。

本日はここでは遊びません。もう伝説の人もいないし、いたとしてもちょっとなんか違うし。
でもまた新たな伝説が生まれているかもしれないので今度は雨じゃない10時過ぎに来ます。

関連記事

戦後のドサクサで出来た細民窟 安倍川河川敷のバラック街
戦後のドサクサで出来た細民窟 安倍川河川敷のバラック街

こちらは静岡市内を流れる安倍川です。安倍川は暴れ川だったようですが徳川家康が流路の大改修を行い氾濫し辛い川と...

 
【遊郭死すともちょんの間死せず】板垣退助の愛した高知の遊郭「玉水新地」
【遊郭死すともちょんの間死せず】板垣退助の愛した高知の遊郭「玉水新地」

本日は高知に来ました。 高知県に来るのは人生で三度目。香川や愛媛に行く機会はあるのですがそこから高知まで足を延ばす...

 
中国地方最大の盛り場!仁義なき広島の歓楽街「流川薬研堀」
中国地方最大の盛り場!仁義なき広島の歓楽街「流川薬研堀」

広島に到着しました。 最後に広島に行ったのは5年ほど前。そのとき広島平和記念資料館にも行きました。2017年から工...

 
【リンゴは何も言わない】弘前城と弘前市りんご公園【サクラ咲かない】
【リンゴは何も言わない】弘前城と弘前市りんご公園【サクラ咲かない】

青森駅のすぐそばからカーフェリーが出ていてそこから北海道に渡れるんだとか。函館から北海道を時計回りに回る旅。出発当初...

 
岩村田遊郭跡とちょっと怪しい「いわんだゴールデン街」
岩村田遊郭跡とちょっと怪しい「いわんだゴールデン街」

長野は教育県と呼ばれ江戸の頃から教育に力を入れていたそうです。 「風紀乱れる遊郭は教育に良くない」それが理由の一つでもある...

 

Profile

Author:

山林生活

山林生活を目指す。
でも都市型生活、旅行を中心にブログを書いてます。⇒プロフィール

お気に入りRSS