色街として栄えた権堂で現代版の水茶屋を探せ!

本日は長野市にきてます。
こちらは市道長野中央通り、善光寺へ向かう表参道です。
この道を上っていくと定額山善光寺に行けます。
長野駅前より善光寺までの約1.5kmが参道で長野のメインストリート。
この緩く長く続く傾斜が地名の由来なんだとか。
通り沿いには商店が軒を連ね日中は人通りが多いです。さすが長野一番の繁華街。
善光寺によって栄えた長野。
善光寺の正確な創建時期は不明のようですが日本に仏教が伝来した6世紀ころのようです。ご本尊は一光三尊阿弥陀如来。日本最古の阿弥陀如来像なんだとか。それはありがたいご利益がありそうです。
ご利益は極楽往生。
日本の仏教には様々な宗派がありますが善光寺は宗派が生まれる以前にできた寺のため無宗派寺院なんだとか。そのため性別、職業、身分も善悪も問わず誰でも一度お参りすれば死後は極楽浄土へ行ける。そんなチートみたいなご利益があるんです。
そんなわけで「一生に 一度は参れ善光寺」と江戸時代から親しまれていたんだそうです。

この先が善光寺の敷地になるのでしょうか。
この先は仲見世通りになっており宿坊や土産物屋があるエリアとなっています。
そんなわけで帰ります。
帰るんかーい。
私は4年前に訪れてます。
一生に一度は参れ善光寺。一度でも行けばご利益があるってことです。
何度お参りしたとしても極楽浄土行は確定してる。
じゃあもう、いいかな。
私が前回長野に来たのは2022年でした。
当時は渡航制限は緩和されてましたがまだまだ感染症による自粛の余波があったころ。町は静かな感じでした。でも今はもう違うはず。
長野の本当の姿を観たいじゃないですか。
善光寺は一生に一度だけど長野の歓楽街は何度だって行ってもよい。
いろんなご利益が期待できそうじゃないですか!
善光寺の門前だったこの付近は江戸時代は宿場町としてさかえました。
多くの参拝者が来たのであれば来訪者に合わせた店がたくさんあったはず。飯屋に宿屋とくればあとはそっち系の店。この界隈には水茶屋ってお店があったそうです。
水茶屋とはお茶を提供し休息させる茶屋。
ってことはスタバ的なお店かな?
スタバとは違い看板娘がいたそうです。
ってことはメイド喫茶的なお店かな?
メイド喫茶と違い茶汲女が接客してたんだとか。
ってことはスナック的なお店かな?
スナックと違い春を売ってたんだとか。
ってことは本サロ的なお店かな?
そうそう。お茶汲んでたら恋に落ちちゃう的なやつ。
この界隈には江戸時代、西川口を源流とする一子相伝の必殺拳NK流の水茶屋があったんだとか。水茶屋があったのは権堂町です。

善光寺から長野駅方面に表参道を下ったところ長野市街地の中央辺りに長野大通りと中央通りを繋ぐアーケード街があります。表参道と少し異なりなんとなく生活感がある感じ。地方によくあるアーケードっぽいけどなんとなく賑やかそうな雰囲気のある場所。こちらが権堂町のアーケード街です。
アーケードができたのは1961年ですがこの辺りが栄えだしたのは400年以上前。かつては遊女屋が軒を連ねるエリアでした。でも今はその雰囲気はありません。
全長440mの一直線の道沿いに100軒ほどの店が軒を連ねる商店街。
雰囲気は武蔵小山のアーケード街みたいなところ。

ではない質の悪そうなアーケード街。水商売の店しかねぇ。
権堂町は長野県で一番の歓楽街。キャバクラやスナックが多めのアーケード街。
江戸時代の頃と大差なかった。

いわゆる夜の街の権堂町。
青果店や鮮魚店があるアーケード街ではなく夜間営業しかしてない店が軒を連ねてます。日中営業している店が少ないため人通りは多くありません。そもそも車社会の長野。駅前よりもロードサイド型店舗が好まれます。
長野はI.Cそばに イオンができました。ますます駅近くの商店街が衰退しそうです。でも飲み屋はイオンに潰されない。そんなわけで権堂町は飲み屋が多めの商店街です。

居酒屋、スナック、キャバクラ、ガールズバー。一通りの店が揃っておりスナックが多めの権堂町。

これはメンヘラのコンセプトカフェ。地雷系女子がいるであろう店。
長野の人はそういうのが好きなんですね。

あとはエステがあります。
長野の人はそういうのが好きなんですね。

あとはエステがあります。
長野の人はそういうのが好きなんですね。

あとはエステがあります。
長野の人はそういうのが好きなんですね。
全てがスナックのスナック街ってわけではなく一応居酒屋もあるし商店もあります。でも多くはスナックかラウンジ。外国人の店もあるし日本人の店もあります。普通の商店街っぽくはないです。どちらかというと岐阜の西柳ケ瀬のようなところ。
飲み屋メインのアーケード街。
一応長野県随一の歓楽街。夜になれば飲みに来る人が結構いるのでしょうか。でもかつては日中もにぎわう街だったのでしょう。

こちらは商店街中腹にある映画館「相生座」です。
1892年に開場した芝居小屋が前身で国内では最古の映画館といわれているんだとか。古い映画館って大体ポルノ映画館になりますがこちらは普通の映画館です。
さすがは教育県長野。
ポルノを町に汚染させないようにしてます。
そのため権堂町はクリーンな街のようです。

こちらは権堂商店街の 南側「花柳通り」です。
通りの名称からどんなところなのか想像できます。
スナックやラウンジなどがある飲み屋街。夜になるとネオンが輝くところなのでしょう。

そんな飲み屋街の一角にある駐車場。
かつてここにはサロン店がありました。しかし時代の波に押し流されたのでしょうか。現在はそのような店はありません。

こちらにもサロン店がありましたが閉店してます。
看板は白く消されてますがうっすらとサロン店の看板が見えます。
この界隈はピンサロ街でした。通りの名前からどんなところか想像できなかった。
長野県は特殊浴場がありません。また店舗型のそっち系の店も少ない地域です。教育に力を入れてたから、長野県民はまじめな人が多いから。様々な理由で店舗型のそれがありません。その代わりにできたのがサロンだったのでしょう。
サロンはあくまで飲食店。ウーロン茶飲んでたら急に恋に落ちちゃう。
そう。かつての水茶屋。160年前に消えた文化が最近まで残ってた。そんな店がこの界隈にあったそうです。
しかも長野のソレはサロンと名乗らずファッションクラブと名乗っていました。
ファッション感覚でクラブを楽しむ。そんな意味を込めたのでしょうか。この界隈にあったそれらの店はいわゆるご当地流。西川口を源流とした秘儀、NK流の一派でした。でももう店はありません。
長野県は教育県、そしてまじめな人が多い。
そんなお国柄なので当然続けられるはずもなく潰れていったのでしょう。

と思ってたけど残ってる。
権堂町の飲み屋街の一角。なんとなく和っぽい雰囲気の店名の店があります。これは160年前に途絶えた。長野に残る数少ない水茶屋ではないでしょうか。
権堂町に生き残る数少ないサロン店。生き残っている理由は健全店だからでしょう。
健全!?
特殊な特殊なNK流ではなくごく普通の健全店。
そんなわけで摘発に遭うこともなく令和の時代も生き残り続けてます。
教育に力を入れてたから。
長野県民はまじめな人が多いから。
不健全店は消えました。
残ったのがこの店。
いや健全店だけど不健全な健全店。
長野はまじめな人が多い?まじめな人はね、飲食店でパンツ脱がないんですよ!
権堂町のこの界隈には教育がなってない不真面目な長野県民がいました。
そしてその人たちのためのお店もあったようです。

こちらのビル。
ここにもファッションクラブがありました。

こちらのビル。
ここにもファッションクラブがありました。

こちらのビル。
ここにもファッションクラブがありました。
めちゃくちゃあったファッションクラブ。
ピンサロじゃなくてファッションクラブですよ!みたいな風俗じゃない感を出してるけどやってることはサロン店よりも狂暴だった。

こちらの店は看板がまだ残ってます。
こちらもかつてサロン店だったであろうお店です。

ヒジャブで顔を隠した女性の絵。店名はアラビアンナイト。
性行為に関して厳しい戒律があるムスリム。国によっては極刑にも値する行為。中東には表向きなさそうな店が中東とは一切関係なさそうな長野にあります。
だいぶ前に閉店したっぽい感じですが建物は壊されないままそのまま放置されています。看板がそのままってことは新陳代謝してない証拠。新しい店が入居せずにそのままの状態です。空き店舗のまま放置されるか、もしくは駐車場になるか。長野市のサロン店は三軒だけになったようです。
サロン店は減少したようですがスナックやラウンジは多めの権堂町。
長野一の歓楽街とうたわれるだけありスナックだらけの飲み屋街となっています。

モンゴルはかなり珍しいタイプの外国人パブ。
権堂であれば日本にいながら海外旅行ができそう。そして外国人パブが多い権堂。話によると連れ出しスナックがあるとかないとか。
長野は教育県でまじめな人が多い県民性。そのため特殊浴場がありません。その代わりに出てきたのが連れ出しスナック。
スナック的な店で春も売ってた。
春を売っているとうわさがある権堂のスナック。探すのは容易ではありません。当然やっているのは限られた店になるのでしょう。そしてかつてそういう店があったという情報だけ。規制や監視の厳しい業界です。もうないかもしれません。でもこれだけ飲み屋があるんだから一軒や二軒そういった店があったとしても不自然ではありません。水茶屋スタイルの店が現代にもあるかもしれないんです。
これは探すしかない!
しかし探すにしても目安となるものがない。
「ここは連れ出しスナックですよ!」みたいな感じで営業してません。
地元の人しか知る術がない。もしくは街路にいる怪しい人に紹介されるしか...。
どちらにせよ日中には営業していません。

ってわけで夜の権堂町です。
夜の街は夜に行く。それで初めてその街の真価が知れます。

平日なので人の出は まばらのようです。
また店も営業してません。でも夜はこれからの時間帯。もう少し待てば歓楽街の雰囲気が味わえるはず。
居酒屋などの飲食店はこの時間でも営業してます。
そんなわけでまずは腹ごしらえです。飲食店は善光寺の表参道。それに権堂商店街にも結構あります。チェーン店だけでなく個人のお店もちらほら。ただ一点気になるところがあります。
外国人観光客が多いのです。
以前権堂町に訪れたのは2022年。当時はやっと渡航制限が解除された時期。でもまだ訪日外国人は多くなく町は静かでした。しかし今現在の長野は外国人がかなり多いです。今回私が泊まったホテルも外国人だらけ。そのためホテルスタッフは英語で対応してるし。周りの客は外国人でした。なんか海外のホテルにいるような雰囲気。
長野といえば白馬のスキーが有名でそちらでは多くの外国人スキー客を見かけますが最近は長野市内の観光客も増えてるようです。
混んでる京都よりも静かな長野。
歴史的建造物も多いし京都みたいにごみごみしてない。
善光寺を観て日本食を食べる。そんな観光プランがあるのでしょう。
そんなわけでめちゃくちゃ外国人観光客がおり多くの飲食店が外国人向けになっています。
焼肉、焼き鳥、寿司、天ぷら。
長野にいるのに長野らしさがまるでない。せっかくの長野なんだから。長野っぽいの 食べたいじゃないですか!

ってことでこちらのお店にしました。
長野といえば蕎麦です。
鳥取の出雲そば、岩手のわんこそば。そして長野の戸隠そば。この三つが日本三大そばに数えられるそうです。
せっかくの長野。こういうの食べるべきですよね。

ってわけで日本酒です。
いつもはビールですが。そば屋で飲むのは 日本酒でしょ!
そばができるのを 待つ間に飲む「蕎麦前」。これが日本流のアペリティフ。
なんだかわからないお通しと銘柄も不明の日本酒をいただきます。

こちらが戸隠蕎麦です。
特徴的な盛り方ですがぼっちもりというそうです。
五つに分けられた盛り方は戸隠神社の祭神5柱に合わせてるんだとか。
戸隠蕎麦には日本酒があいます。蕎麦が酒のアテになる。なんか健康に良さそうな飲み方です。酒飲んでる時点で健康にはよくはない。
飯食ってたらちょうどよい時間となりました。時刻は19時。そろそろスナックの営業が始まる時間帯ですが明かりのついてない店も多く結構閉まってます。やはり看板がそのままで閉店してるのでしょうか。

こちらサロン店ですがすでに閉まってます。
閉まるのが早すぎる!
この手の店が閉まるのは大体24時。時間ギリギリまでやっている印象があります。
でも長野の店は早々に営業終了。やっぱり夜遊びは教育によくないからでしょうか。
夜もこれからなのに閉まっちゃう。

こちらのサロン店も閉店してます。
集客の見込みがないから店を閉めている。実際に街を歩く人はまばら。目立つのは外国人観光客。外国人観光客はサロンへは行かない。そのため早い時間に店を閉めるのでしょう。とくに平日は人が少ないですからね。スナックが営業してないのもそれが理由なのかも。そして街頭で客引きしている人はいない。無料相談所の前で客引きしてる人はいましたが野良の客引きや立ちんぼは見当たりません。もっと遅い時間なら出没するかもしれませんがこの時間帯ですら客がまばらの権堂町。客がいなければ立っていても意味がない。そして条例で規制されている客引き行為。もうそういった店はないのでしょう。
ありそうな感じがするけど。







色街として栄えた権堂で現代版の水茶屋を探せ!
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