【糞窟村】下関にある在日朝鮮部落「トングルトンネ」の景色
下関駅に到着しました。山口県の県庁所在地は山口市にありますが下関は県内最大の都市なんだとか。
九州へ渡るにはここを通らなければならないため古くから主要な場所だったのでしょう。また国内だけでなく東アジアの玄関口でもあり、現在も下関港国際ターミナルから韓国の釜山行きのフェリーが出ています。
一日一便運航しており下関を19:45に出ると翌朝8時には釜山に到着するそうです。運賃は2等室で9000円。それ以外に施設使用料とサーチャージ、国際観光旅客税があわせて3000円くらいかかるみたいです。つまり12000円で釜山に行けるわけです。都内に行くより安いですよね。
もしコロナがなくて手元にパスポートがあれば気軽に釜山に行っていたでしょう。
山口と韓国はこのように密接しています。
そもそも下関から東京に行くよりも釜山の方が近いですからね。直線距離で200kmしかないんです。
そりゃ色濃く韓国に染まりますわ。
駅前にはグリーンモールという商店街があります。釜山門って書かれています。なんかすでに韓国みたいな感じ。わざわざフェリーに乗らなくてもここで韓国を堪能できるみたいです。
この通りはリトルプサンと呼ばれ、焼肉などの韓国料理店や韓国食材を扱う店が多くあるんだとか。ちなみにこの釜山食堂ではウォンが利用できるんだそう。日本にいながら韓国旅行気分が楽しめるのはよいですね。
韓国っぽいところはあるものの、そこまで韓国韓国しているわけではありません。
そもそも韓国人が釜山からわざわざ船に乗って日本に旅行に来たのに、ついた先が「釜山門」じゃ何のために日本に来たのかって話ですからね。
ぼちぼち韓国系のお店がある程度。
このように韓国びいきなのは韓国から近いのもありますが、山口県は在日韓国人の多い地域なんです。
川崎は工場があり働ける場所が多かったから。
韓国よりも日本で働く方が稼げたため、多くの韓国人が訪れたそうです。
大阪の鶴橋に多い理由は、以前から大陸の人が住む土壌が出来ていたからなんだとか。
そして山口に多い理由は、ここで足止めになった人がいたからです。
日本は戦争に負けた際、韓国に引き上げようとした人たちが下関に集まりました。しかし朝鮮戦争勃発で足止めとなりそのままここに居ついた&朝鮮戦争から逃げるために下関まで渡ってきた人もいたそうです。そういう人たちが集まり、ここに住むようになりました。これが下関に多い理由です。
売国奴は偽右翼 正しい歴史教育。なんだろ、ここはどこか別の国なのかな?
グリーンモールはこんな感じ。気軽に韓国気分が味わえます。
グリーンモールを抜けた先にも韓国系のお店があります。キンパとは日本の海苔巻きのようなヤツ。
こちらには民族衣装専門店があります。
この坂を上った先にもコリアンタウンがあるそうです。もともとここは大坪地区と呼ばれていたところ。
記した通り下関は韓国の玄関口となっており、戦前から多くの朝鮮人が住んでいました。戦後、下関には1万人を越える朝鮮人が住んでいたそうで、下関港や駅のあたり、そしてこの山の上に朝鮮集落が出来ていたそうです。
各集落は韓国語で町を意味する「トンネ」と呼ばれていて、この付近は「大坪トンネ」と名付けられたんだそう。
着の身着のまま下関についたわけで手持ちのお金はありません。また仕事もない状態。そうなると住む場所も満足に選べません。そのためあまり人が寄り付かないような場所に身を潜めたそうです。
このあたりは火葬場や刑務所がある場所でした。行政サービスが行き届くところではないため住環境は悪かったようです。住居にはトイレ設備がない家もあり、当時ここに住んでいる人たちは脇道に用を足していたんだそう。そのため悪臭が酷く衛生環境も悪いところだったそうです。
そして、いつしかここは「トングルトンネ(糞窟村)」と呼ばれるようになったそうです。
今はネコトンネ。
在日大韓基督教下関教会。このあたりが町の中心なんだそう。
この神田公園に火葬場があったそうです。
井戸、現役でしょうかね。
現在は下水道も整備されているようですが、昔は上水道もなかったそうです。
丘の上から見る景色はキレイです。なかなか刺激的な街でした。
さて、街に戻ってご飯にしたいと思います。
せっかく韓国に触れたんだから韓国料理を食べたいですね。でも見たところ焼肉店ばかりなんですよね。
お好み焼きに肉吸い、そしてごはん。
ぜんぜん韓国関係ないし、なんだったら下関も関係ないけど、お好み焼きをおかずにご飯を食べたくなっちゃいました。
とりあえずわかったことは、下関には遊廓がいっぱいあって韓国っぽいところもいっぱいあるってことです。