【終焉の地】さとし君から右翼まで恐怖スポット津田山霊園
自宅から一歩も出ない。人と会わない。こうなると昼から飲める環境が作れます。そんなわけで最近は平時で酔っていることが多いです。新型コロナウイルスは治療法がない恐怖がありますが、同様に在宅によって飲み過ぎて死に至る可能性もあるわけです。運動不足にもなります。これで寿命も縮まるのでしょう。でも流石に外に出た方がよいということで散歩に出ました。行った先は津田山です。
溝の口から一つ隣りの駅津田山です。駅自体は小さく街に何かあるようなところには思えませんが、こちらの駅は川崎北部の人にとっては終焉の地なんです。
駅前には仕出し料理店や仏花、墓石、そして葬儀場。また近くには霊園と火葬場があるところです。火葬から墓場まですべての面倒を見てくれるところがここ津田山なんです。
川崎市には火葬場が二つあり、一つはかわさき北部斎苑と呼ばれ津田山にあります。もう一つはかわさき南部斎苑と呼ばれ川崎区の夜光、つまり工場地帯にあります。夜光のほうが火力が強そうな感じがします。私は生まれが北部側です。実家もこちらの方にあります。じいちゃんもばあちゃんもこの火葬場で焼かれました。川崎市民の半分はこちらで焼かれます。そして私も今旅立てばここで焼かれることとなるのでしょう。そんな終焉の地津田山ですが、駅の反対側には霊園があります。
焼いてすぐあの世に行ける。駅前留学ってやつです。
地元の人間からは「津田山霊園」と呼ばれております。
正式名称は「緑ヶ丘霊園」というそうです。私もこれまで津田山霊園だと思っていました。
要は墓地です。敷地面積はかなり広いです。墓地といっても公園のように整備されています。そのため日中は親子の憩いの場となっています。
緑も多くトイレなども用意されているため散歩をしている人、ランニングをしている人も多くいます。墓付きの代々木公園的なところといった感じでしょうか。
このように日中は過ごしやすいところですが、こちらにはちょっといわくつきの話があるんです。川崎市民、とくに北部出身の人であれば一度は聞いたことがあるでしょう。それは「さとし君像」のお話です。
地図の中央下の方に池があります。こちらの池は湧水が溜って池となっております。
むかし、こちらの池で溺れて亡くなった男児がいたそうです。幼稚園の野外学習か遠足か何かでこちらに訪れた時に池に落ち溺れてしまったそうです。
亡くなった男児の名前は聡(さとし)くんという方で、同じような事故がここで起きないように近くに慰霊碑を建てたそうです。
ここまでは可哀そうなお話ですが、よくある事故です。ただこの話には続きがあります。
場所は墓地で夜は暗くなります。そこで小さな子供が亡くなったとなれば尾びれ背びれがつくものです。男児の霊が夜になると出てくるなどといった心霊話がでるわけです。今から40年前の話です。その当時は携帯電話もインターネットもない時代です。それでも人づてにこの話題は広がりました。それによりここは心霊スポットとなってしまいました。
ただ肝試しをするのであればよいものを悪ふざけをする人も中に入るわけです。その当時「さとし君像」がそこにはあったのですが、暴走族の一人が首から上を壊した人がいたそうです。
それ以降、首のない男児が夜中に現れるようになったんだとか。また慰霊碑に書かれている文字を読むと死んでしまうという話もありました。ちなみにさとし君像を壊した人は事故で首が取れて死んだという話です。
地域によって内容は異なりますが津田山霊園には池があり、そこで男児が亡くなり、慰霊碑が建てられたというのは同じだと思います。
私も学生の頃肝試しと称してこの霊園に足を運んだことがあります。そこで悍ましい経験をしたわけです。
この霊園のある場所は山の上なんですが、北側には府中街道が走っています。東側には国道246号線、南側は尻手黒川線があります。川崎の主要な通りが交差している交通の要のような場所なんです。墓地自体は夜静かなんですが、近くには幹線道路が走っています。
夜なので人の気配はしないんです。でも、そこには人がいました。まず当時の川崎の名物である暴走族の集会が行われていました。場所は墓地です。でも交通の便が良いのでしょう。“ちょっとばかし怖いお兄さん”が集まっているんです。まだこれは序の口でした。それ以外にも集まっている人がいたのです。
黒塗りの側面には白地で「北方領土返還」と書かれたワゴン車が止まっています。中からは黒い服を着た“かなり怖いお兄さん”が出てくるわけです。そしてゼッタイ見ちゃいけないことしてるんです。なんやら取引みたいなことしてるんです。
北方領土返還は望んでいますが、わざわざ人のいない墓地で主張しなくてもよいでしょ。見られたら殺されるんじゃないかと思い、墓石の陰に隠れたわけです。
幽霊が人殺すよりも、人、殺してません?
あそこは幽霊が出る、オバケが出るというような話は子どもを近寄らせないためのものだと思っていましたが、実際は幽霊なんかよりも怖い人たちが夜中の墓地に集まっていたようです。これだったら首のない幽霊の方が全然かわいいですよね。
こんな過去がありました。おそらくこの地域に住んでいる人は経験済みなんだと思います。そしてそんな怖い思いをしながらも慰霊碑のあるところまで行きました。
現在はその慰霊碑も取り壊されてしまったようです。有名になり過ぎたためでしょうかね。私が昔行ったときはこの場所に墓標のようなものがあったと記憶しています。
こちらが件の池です。場所は山の麓なので湧水が出て池となっているのでしょう。
立入禁止となっておりますが特に柵があるわけでもありません。
このさとし君の話は慰霊碑がなくなったことで徐々に忘れられていくのでしょう。
日中だと過ごしやすい場所なんですけどね。やはりお墓は夜に近づくのは危険なようです。
津田山駅の最寄りにあるスノーヴァという商業施設です。こちらは夏場でもスノーボードが楽しめるところ。昔船橋にあったザウスと同じ室内スキー場です。オープンは1999年。一度は行ってみたいなと思っていましたが結局行かずじまいでした。てっきりだいぶ前に閉鎖したと思ってましたが、営業終了したのは今年の三月末だったようです。
このスノーヴァがあることで津田山は終焉の地ではないと言えたのですが、残念ですが終焉の地となってしまいました。
今年の夏は例年よりも少し暑いんだそう。
涼を取りに緑ヶ丘霊園に来てみてはいかがでしょう。足がない幽霊よりも右に寄ってる人の方が怖いです。それを同時に経験できるかもしれません。