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根岸外国人墓地に眠る誰も知らない翼の折れたエンジェル

根岸外国人墓地に眠る誰も知らない翼の折れたエンジェル

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本日は横浜に来ております。横浜元町中華街の北側は江戸末期から外国人居留地となっており、その当時建てられた西洋式の洋館などが残っています。

こちらは横浜外国人墓地です。
市内には四カ所の外国人墓地がありますが、有名なのはこちらの墓地です。

墓地ができたのは1861年。墓地ができる7年前にアメリカ海軍の水兵が船から転落死。付近にある増徳院の境内に墓が設置されたことで外国人死者がこの付近に葬られるようになりました。そのため当時増徳院の敷地だったここに外国人墓地ができたそうです。
日本でキリスト教系の墓地は少ないため観光地になっています。

ちなみに墓地前の道は漫画「あいつとララバイ」の30巻でGSX750RとRZ350の対決シーンで出てくる場所のようです。

あいつとララバイはバイク乗りのバイブル。って言ってるヤツはもうけっこうなじじぃです。

こちらは横浜市内にある中華義荘です。名前の通り中国に関係する施設です。

横浜には中華街があります。
中華街ができたのは安政五カ国条約後でした。鎖国をしていた日本は外国語に精通した人がいませんでした。ただ鎖国中も中国とは貿易が続いてました。そして中国人は欧州と貿易をしていたため他の言葉が分かる。そんなわけで通訳代わりに中国人を横浜に招いたそうです。

多くの中国人が来日し、横浜に住み着いたのでしょう。
今のように医療が発達していない時代。その当時はコレラなどの感染症もあり、治療の術がなく亡くなる人も多かったのでしょう。それは中国人も同じでした。そんな中国人のために作られたのがこちらの墓地です。

華僑専用の墓地で明治6年に山手外国人墓地にあったものを国有地を借りてこちらに移設したそうです。

もともとは中国に棺を送るまでの遺体安置所的な役割をしていたそうですが、月日が流れるにつれ横浜で生まれ育った華僑の人が多くなったのでしょう。安置所的な役割ではなく墓地となったようです。

こちらは根岸外国人墓地です。
山手外国人墓地が手狭となっていたが拡張できないため新設された墓地です。1880年に国の認可を受け実際に墓地として利用されるようになったのは1902年からのようです。

戦後は進駐軍に接収されます(諸説あり)。諸説あるのは接収されていたかどうかも曖昧のため。返還された話もありません。ただこの辺一帯が占領軍に接収されていたので根岸外国人墓地も占領軍に接収されていたのでしょう。

そんな曖昧な扱いになってるもんだから戦後ずっと放置されたままでした。1967年頃に近隣の土地が返還されるまで管理されていなかったようです。

現在は市の土地の扱いで敷地内に管理事務所があり管理人が敷地内の清掃をしていました。そのためキレイに保たれています。

広さは7400平米、墓石は160基ほど確認ができているそうですが、埋葬数はそれよりもかなり多いようです。墓地脇の説明書きには「1200以上の外国人が埋葬され...」と書かれてありますが、関東大震災では1700名以上の外国人の死者がいました。その人たちもこちらに埋葬されているのでしょう。また戦後に埋葬された外国人も多くいるようです。さらには埋葬ではなく遺棄された人も多くいるんだとか。

こちらには片翼の天使という石像があります。

This monument is dedicated to the men women and children unknown but noto forgotten.

と英語で書いてあり、日本語では「根岸外国人墓地に眠る全ての御霊が安らかなることを祈って」と書いてあります。

英文を訳すると「この記念碑は名もなき男女や子供に捧げられたものです」あたりでしょうか。墓石に名前が彫られない名もなき人がこの墓地には多く埋葬されているようです。

翼を折られ、飛べなくなった天使。

諸説ありますがこの地は敗戦後に進駐軍に接収され、進駐軍兵士と日本人との間で生まれた混血児(GIベビー)の嬰児を遺棄していた場所なんだとか。
とくにイギリス占領軍は白人女性以外との交際を禁止していました。日本人女性との結婚の許可は下りず、当然子供が生まれたら問題となります。そのため進駐軍兵士との“あいの子”は見捨てられ、孤児になるか埋められたのでしょう。

埋葬ではなく遺棄。
死者を敬うために埋葬ではなく死体の処分に困り墓地に埋めた。

ここに埋められたGIベビーは800人とも言われています。掘り起こして確認したわけではないためその数値は非常にあいまいですが、敗戦当時の日本の情勢を考えると、それくらい遺棄されていてもおかしくなく、終戦直後は人の死が身近にあったため問題視されなかったのでしょうね。

墓地入り口に設置されている案内板、こちらはボランティア団体が設置し、GIベビーの説明書きが書かれていたのですが、横浜市が勝手にそれを削除し2000年に書き換えられたんだそう。削除理由を横浜市は明示していませんが、内容が確実なものではないです。証言をもとに作成したのであれば、どこかの国の慰安婦問題と同じになってしまいます。文書に残っておらず確実性の無い情報の記載は避けたかったのでしょう。

関東大震災が死亡日など古い墓石もありますが、戦後に亡くなられた人の墓が多いです。1950年から1960年ころの墓が多めです。

また生まれた日と死亡日が近い墓が多いです。

医学は発展し乳幼児の死亡率は戦前よりも改善されていたのでしょうが、今と比べたらその当時はまだまだ子供の死は日常だったんでしょうね。

墓石が規則的にあるのではなく、結構バラバラです。間違って踏んじゃいそうなので注意が必要です。

外国では墓石を洗う文化がないのか、それとも誰も墓参りをしないのか。古いのもあるので無縁仏になっているお墓も中にはあるのでしょうね。土や苔で汚れてる墓も多かったです。

墓じまいはされず、そのまま朽ちていくのでしょう。そもそも墓じまいは日本的な考え方。
アメリカは土葬が主流でお墓は一家に一台ではなく個人ごとに用意するようです。そのため墓じまいって概念がないのでしょう。最近は散骨や樹木葬も増えているようです。宗教観は違えど、行きつくところは日本と同じなんですね。

本日は居留地だった横浜の一部を見てまわりました。外国人居留地ってレトロでオシャレな雰囲気がありますが、ここのような名もなきスポットもあるようです。

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