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【移りゆく時代の中で】ちょんの間は登戸にあったのか?

【移りゆく時代の中で】ちょんの間は登戸にあったのか?

[更新日]

本日は登戸駅に来ております。
この街には様々な思い出があります。しかしその思い出の場所というのは時間の経過とともになくなってしまうのです。

登戸駅前は現在再開発中です。以前の登戸駅前は駅を降りたらパチンコ屋が二軒ならんでおり、あとは居酒屋だらけの街でした。
現在は駅改札が高架となり、その面影も一切ありません。

恐らく再開発中の間借りの建物でしょうか。その当時あったであろうスナックなどが入居しています。

現在も一応飲み屋は多いです。登戸駅は南武線と小田急線の乗換駅です。そのため利用者も多いです。この地域に住む人も多いでしょう。新宿までは快速急行で19分で行ける距離です。東京の人からは“川向こう”と呼ばれていますが、川を渡った先は狛江市、そこは東京ではなく“都下”という場所です。川を渡ろうが大して変わりはありません。むしろ急行が止まる登戸の方が栄えているでしょう。

一般的な赤ちょうちんの飲み屋もありますが、駅前には中国系、フィリピン系のパブスナックが存在します。

こちらはフィリピンパブです。たしかここの場所は以前ピンサロでした。

思い出の場所というのは時間の経過とともになくなってしまうのです。

このピンサロ店だけでなく、お店はどんどんなくなってしまっています。登戸駅前はちょっとした再開発という規模ではなく、古い街を一掃し新しい街に切り替える感じのようです。南部線沿線は溝の口も武蔵小杉も街を全て更地にして新たに作り変えていました。

もう何も残っておりません。ほとんどが更地となっています。
まだ残っている店舗もありますが、建物が残っているだけで近々取り壊されるようです。

更地になる前の地図が残っていました。
登戸駅はずっと昭和のままの道だったため狭かったんです。そしてだいぶクネクネした道も多く、交通渋滞の原因だったのでしょう。そのため区画整理をして綺麗な街に変えようとしているのだと思います。当方としては以前の迷子になりそうな町づくりが好きだったのですが、利便性を考えれば区画整理をした方がよいのでしょう。

登戸は登戸宿と呼ばれる宿場町でした。川崎宿は東海道、登戸宿は津久井道、多摩川があるため川の流れ次第では足止めされる場所だったようです。人がとまるということはそこで一泊するわけで宿も多かったのでしょう。

多摩川から延びる道沿いに柏屋という日本料理店があります。現在は料亭となっておりますが、昔は旅人が泊るための旅館だったようです。こちらも区画整理のため移転するようです。

宿らしきところがあるとすれば多摩川沿いのアレくらいでしょうか。

リバーサイドホテルです。いやただのラブホテルです。当方が子供のころからあるホテルです。このあたりにはラブホテルというものがありません。東名高速の川崎インターあたりまで出るか、溝の口まで出なければないんです。しかし、唯一登戸にはラブホテルがあるんです。しかも二軒もあるんです。

この店が昭和の時代の少子化を防いだと言っても過言ではありません。

当方が子供のころ、子供でありながらホテルアザドゥとイエスタデイがどのような場所なのかということを理解していました。大人たちカップルは多摩川のボートで愛を育み、そしてこのホテルでさらに深い愛を育んでいたわけです。子供でも大人たちがなんとなくソワソワしながらホテルに入っていくため、中でどんなことが行われているか想像はできておりました。

子供だってわかるんです。

ここってラブホじゃねーか!ってことを。

ここは子供がひとつ階段を登るために用意された場所なんです。

また、そのような場所はホテルだけではありませんでした。

現在も存在する公衆便所です。こちらも子供のころから存在しています。しかし昔とは違うんです。

たしか中一の夏です。

親に多摩川でキャンプするという理由で家を飛び出しました。実際に多摩川でキャンプをしました。キャンプといっても火を使ってバーベキューをしたりするのではなく、弁当を持っていきテントで一泊するだけというそれだけのキャンプです。所詮は多摩川ですがスタンドバイミーのような雰囲気を味わいました。

そう、スタンドバイミーでは死体探しの旅に出ましたが、当方らは別のものを探しに来たのです。

川崎の田舎町・登戸。
エロ本自販機でエロ本を購入するため旅に出た4人の少年たちの冒険とそのひと夏の思い出を描く。

友情、将来への不安、修正の酷さ、女優の質の悪さ...。

少年時代の特別な感情をノスタルジックに映し出し、大人の階段を登る“通過儀礼”を分かりやすく表現した青春物語。

こりゃ全米で泣いちゃいますわ。

ガキが4人集まれば、大体クソみたいなことしかしません。
その時多摩川でキャンプをしたのは、そう、エロ本を購入するためでした。

多摩川のここにはエロ本自販機があるということを知っていました。子供だと本屋やコンビニではエロ本が買えません。恥ずかしいという点、それと年齢制限があるからです。でもエロ本自販機であれば誰に咎められることもなく購入が出来たわけです。

エロの力というのは強大です。

皆でお金を出し合い、すげー微妙なエロ本を購入した懐かしい思い出があります。散々期待したのに手にしたのが微妙なビニ本でした。大人の階段を登る厳しさということをこの時味わったからこそ、この年になって微妙なことがあっても動じずにいられるわけです。

できればその当時の気持ちを味わいたかったのですが、現在はその思い出の場所は跡形もなく消えてしまっています。
これも世の中の流れということです。当然エロ本自販機なんて街中にそうそうあるわけはないですからね。コンビニですらアダルトコーナーが縮小される時代です。だれでも買えるエロ本自販機はそりゃなくなるわけです。

このように登戸は大きく変わりました。

お伝えしたように昔は宿場町だったわけで、宿場町ということは遊女もいたわけです。近代化した後も旅館は残り置屋もあったのでしょう。ほかの青線街同様に登戸にもちょんの間のようなところがあったと聞きます。それも旅館が存在してたからです。

しかし多摩川に橋がかかり、小田急線も開通。多摩川の渡しを使う人はいなくなり、渡し船もなくなったのでしょう。

ここの通りは恐らく旧津久井道の所なんだともいます。船で渡ってきた人がここを通り津久井の方へ向かったわけです。そのためこの通りの周りは宿がいっぱいありました。子供のころは宿が数件あったと記憶しております。しかし人通りも少なくなり今はそのようなところもなくただの住宅であり商店があるだけとなってしまいました。
今の登戸にはラブホしかない。そんな風に言われる時代です。

でも、唯一旅館がありました。

旅館はないかとGoogle先生に問いかけたところ、この通りのすぐそばに旅館があったのです。柏屋は料亭になってしまいました。でもまだ現存する登戸の旅館があったんですね!

旅館「新雪」というところです。

恐らく登戸で唯一残っている旅館なんでしょう。これは将来有形文化財間違いなしでしょう。若干建物が古い感じではありませんが、現存する登戸で唯一の旅館ですからね。今後も残していってほしいものです。登戸の歴史を語る上では外せないです。

外観は普通のコンクリートの建物ですが、入り口は和風な感じです。登戸の風情をこの入り口で感じることができます。喧噪の中、唯一江戸の香りを楽しめる旅館「新雪」です。こういうところに泊まってみたいですね。

料金はどの程度なんでしょうかね。

休憩って...!ここってラブホじゃねーか!!

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千葉に山林を購入しました。
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