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札幌最後の屋台団地「カネマツ会館」と「五条東会館」の今

札幌最後の屋台団地「カネマツ会館」と「五条東会館」の今

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ススキノには昔「屋台団地」と言われる売春窟があったそうですが1980年頃に近代化の波に押しつぶされました。業態が法的に問題ありだし、わざわざリスクあるところで働く人も少ない。働く人が少なければ利用者も減っていく。日本の法律が屋台団地を滅ぼしたわけです。オリンピック選手も利用したらしいのにもったいないことです。こうやって歴史が変わっていくのです。

ここはアジアで最北最大の歓楽街、ススキノです。ススキノであればなんでもあるのでしょう。でも記した通り屋台団地は40年前に消滅しました。そうなんです。法律に則った形の店は存在するのですが法律に則ってなさそうな店が壊滅しているんです。これもそれも健全な街になったということなのでしょうか。

そもそものススキノの街の成り立ちが遊廓をはく奪されたのにその後も似たようなことをしていたわけです。不健全なところなんです。

歌舞伎町の隣にあるゴールデン街はこのススキノにあった屋台団地と似たような業態でした。表向きは飲食店ですが裏の顔は売春窟だったわけです。ゴールデン街も青線でしたね。現在は普通の飲み屋と変わっています。やっぱりこの手の業態は難しいのでしょうね。

でも歌舞伎町にはもっとディープな店もあります。正しくいえば「ありました」であり現存するかは不明ですが、いわゆる連れ出しキャバクラのような店が何軒かあったんです。ツブ貝は売っていません。表向きは普通のキャバクラやラウンジと呼ばれる店ですが、実際は連れ出すタイプのお店。そういった店が出来ては摘発に遭いすぐに潰れて時間が経ったところに別の店名で復活するっていうのを繰り返していたんです。おそらくその店はまた違う名前で似たようなことをしているのでしょう。

そうです。ススキノだってこれまで摘発に遭いながらもどうにかこうにか息を吹き返してきたわけです。

ちゃんとした届出をされているところもいいけれど、やっぱりちょっとアングラな感じのところに行きたい殿方も多いのでしょう。そういった人たちがススキノを守ってきたんだと思います。

創成川です。こちらは人工の河川で水運のために掘られたそうです。
札幌から茨戸まで14kmの距離を流れているんだとか。今のように重機があるわけでも無いのにこれだけの距離を掘ったのはすごいですね。

この創成川の東にあるのが豊平川という河川で、その川を越えると豊平区と白石区になります。白石区は大正時代、ススキノにあった遊廓を移転したところです。そちらにもこの後お邪魔しますがその前に行っておきたいところがありました。

前回札幌に行ったのは5年ほど前。本当はその時に行こうと思っていた場所があったのです。

ススキノの外れに、現存する連れ出しスナックがある。

こんなウワサを耳にしました。この手の店は高確率で消えていきます。
法律的にグレー、いやクロだから消滅するのでしょう。

【何度でも蘇るさ】川崎堀之内のちょんの間の現在
【何度でも蘇るさ】川崎堀之内のちょんの間の現在

慶長5年徳川家康は六郷川(現在の多摩川下流)に六郷大橋を架け以後修復をしていましたが元禄元年7月の大洪水

川崎にも横浜にも町田にも似たような業態のところがありました。記したように歌舞伎町にもそういった店が一応あります。しかし摘発から逃れるように見えないようにしているわけです。その見えない店が見えるようにあるんです。
見えないものを見ようとして望遠鏡覗き込みたいじゃないですか。でも前に訪れた時は札幌には立ち寄ったものの中心地には一切行きませんでした。そのためその場所には行けなかったんです。でも今回五年越しの夢が叶うわけです。

連れ出しスナックというだけあってその店の近くには当然のようにホテルがあります。条例などの関係から川沿いには大体この手のホテルが存在しますよね。この手のホテルは風営法の関係で学校のそばには建てられません。氾濫などがあるため学校は河川のそばにはできません。結果的に川沿いにできやすいのでしょう。水害が起きやすいところなので土地が安いってのもあるのかもしれません。ただここのホテルはそれよりももっと古くからあったんだと思います。

ススキノは遊郭でしたが大正の頃に移転されました。移転先は豊平川を渡った先。豊平川は氾濫も多い川だったようで頻繁に架設した橋が流されていたそうです。ススキノに近い豊平橋も幾度も流されたそうです。遊郭に行きたいけど橋が壊れていけないと川辺で悩んでいた時、目の前にそれに準ずる店があった場合どうするでしょうか。川を渡らずともそのような店があれば行っちゃいますよね。おそらくこの地域はそんな感じで出来上がったんだと思います。

要はススキノと遊廓の中継地点だった場所なのでしょう。

そのため古くからそこにあったのだと思います。

でも残念ながらすでにありませんでしたー。
この場所に「カネマツ会館」ってのと「五条東会館」という小さな二階建ての建物が二軒並んでいました。

ストリートビューは2016年7月が撮影日なのでまだ当時の建物が写っていて、地図上にも残ったままです(2021年10月現在)。

しかし今は建て替えられている模様。

一歩間に合いませんでした。というより2016年の時点でもう営業はしていなかったようで2010年の9月に摘発で排除されていたみたいです。今から10年以上前になくなっていたんですね。

この手の怪しいお店は全国的に減っているのでしょうね。
この場所も徒歩一分のところに交番があるような場所ですからね。2010年まで摘発されていなかったこと自体が驚きです。

川も護岸工事が進み氾濫のリスクは減りました。現在の川沿いは景観の良い場所となっているようです。大きなマンションも建ち新しい人たちが引っ越してくるのでしょう。このようにして町は健全化されていくわけです。

スナックの跡地に建てられているのはリバーサイドと呼ばれるラブホテルですが。

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