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茨城の西の端、古河市にあった古河町遊廓と摘発された違法サロン

茨城の西の端、古河市にあった古河町遊廓と摘発された違法サロン

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私は埼玉県の加須市にいます。

こちらは群馬と栃木、埼玉の三県の県境があるところです。
三県が隣接する場所は全国に40カ所ほどあるそうですが、そのほとんどが川の中や山の中など人が立ち入るのが困難な場所にあります。でもこちらの三県境は歩いて回れるようになっており、アクセスしやすいところはここくらいなんだとか。

ちょうど地元のおじさんがいたのでこの場所のお話が聞けました。

現在は田んぼの真ん中になっていますが、かつては渡良瀬川がここを流れていたそうです。
明治末期の護岸工事により河川を移設。その際にこのあたりは田畑となりました。

一歩進めば群馬から栃木へ、もう一歩進むと栃木から埼玉へ...って具合で一歩で隣県に行けるのですが、歩くだけだと一県ごとを移動するだけです。
この金属標の十字の刻印を触ることで三県同時の場所にいる形になるそうです。

スタンプももらえました。
この三県境は群馬、栃木、埼玉ですが、茨城・栃木・埼玉がこの近くにあります。ただそちらは渡良瀬川の中です。

こちらは古河駅です。
古河市は茨城県の西の端っこ。ほぼ栃木でほぼ埼玉のようなところです。
JRの古河駅は古河市にありますが、東武日光線の新古河駅は埼玉にあるんです。
つまり古河駅は北関東のごちゃごちゃってしたところにあるんです。

古河はかつて宿場町でした。
日光街道の宿場町で日本橋から数えて9番目の宿場で城下町として栄えたそうです。そんな大きな宿場町には当然遊郭がありました。

古河町遊廓は江戸の頃からあったそうで、場所は横山町にありました。現在は商店街兼住宅地となっています。
こちらは旧日光街道沿い。かつては商店が軒を連ねていたそうですが車社会の茨城。国道沿いにイオンなどの大型商業施設が進出したため利用者が激減し店をたたむ人が多くなったのでしょう。街道沿いですが駐車場が目立ちます。

こちらはウナギ屋さんです。
この建物は有形文化財に指定されており、現在の建物は明治にできたものなんだとか。遊廓の一画にある建物。こちらは当時遊女屋だったそうです。
古河市は先の大戦の空襲被害が少なかった地域のようでこのような古い町並みを残しています。

こちらは雀神社です。
主神は大己貴命、ご利益は縁結び、商売繁盛、家内安全など。
古河の総鎮守である雀神社は「鎮め」が転じて現在の名前になったそうです。そのため雀は関係ないようです。

今はネコ神社。境内にはネコが二匹いました。

こちらは旧日光街道沿い、古河駅前にほど近い場所にあるジョイパティオというちょっと怪しげな小さなモールがあります。
インドカレー、キャバクラ、パブ、スナックにリサイクルショップ。とくにリサイクルショップの主張が強めです。

こちらはもともと本陣があったところのようです。
宿場町だったのでこのような史跡跡が残っているのですが、情報量が多すぎます。

どちらかというとアンティーク雑貨を扱っている店のようです。この感じ、嫌いじゃないです。

茨城の小京都と言われるだけあり古い建物は残っていますが、遊廓だったところは売春防止法施行後に解体したのでしょう。
そのため現代版の遊郭は出来なかったようです。ただ唯一、駅の反対側にそれに類する店があったようです。

古河は明治になり鉄道が開通しましたが、栄えていたのは西口の宿場町があったところでした。東口ができたのは戦後になってから。人口増加に伴う住宅難を解決するため住宅開発が行われ1953年に東口ができました。駅前から延びる道幅18.2mの十間通りもその時に整備されたそうです。

西口側は風情ある江戸の雰囲気が味わえる街ならば東口側は風情の無かった昭和の雰囲気が味わえる場所でしょうか。かつてこのあたりにはピンサロが乱立していたそうです。

かつて、つまり現在はすべて消えたようです。

こちらは和風パブスーパー越後屋。
ここはピンサロではなくセクシーキャバクラです。違法営業ではないため潰れていないのでしょう。

セクキャバであれば許されたのでしょうが、許されなかったようですね。
古河にあったピンサロは本サロと言われる違法店でした。

ウォーターサーバーの販売店のような看板ですが、こちらはかつてピンサロだったそうです。
この店名にこのデザインを選んだオーナーは秀逸です。

こちらは東十番街。
スナックがまとまってある飲み屋街です。10店舗あり、どれも営業しているっぽいです。
東口はこのような飲み屋が点在します。

こちらにはパチンコ屋の看板があります。

でもお店はフィリピンパブ。
閉業したパチンコ店をスナックにしている斬新なスタイルです。旧パチンコ店だとフロアが大きいため入り口を三つに分けて三店舗営業しているようです。
パチンコ屋の店名はゴールドだったようですが、その店名を引き継ぎクラブにしています。

パチンコ業界は下火産業と言われており客離れが加速しているようです。
かつては30兆円産業と言われていたパチンコ業界も現在は総売り上げが15兆円と半減しています。
射幸性の高い機種が廃止となり、機器の入れ替えコスト、設備投資の負担が大きくなり経営が厳しいホールも多くなっているそうです。そして若者のパチンコ離れ、感染症自粛による影響で、ここ三年間で三割ほど閉店したそうです。都心部では大手パチンコホールが生き残っていますが、地方のパチンコ店は結構潰れているところを見かけます。今後はこのように居抜きで別業種に変わるようになるのでしょう。

こちらはかつてピンサロがあったのですが、10年前に摘発により潰れたようです。現在は普通のキャバクラになってます。
こちらのような駅前で利用者が見込める好立地の店舗は新たな入居者が見込めるのでしょう。しかし駅から離れた住宅街では新しい入居者は見込めないようです。

ごく普通の住宅街。駅から離れてますがサロンが三軒ほどあったようです。
古河警察署の近く、普通の住宅街ですが少し前までは普通の住宅街ではありませんでした。

お巡りさんもまさか警察署の近くにそんな店があるなんて思いもしなかったのでしょう。さらには外観から判断できなかったのかもしれません。

だって、割烹って書いてあるし。

サロン割烹なんて言葉は初めて聞きました。
この手の店ってセクシーなんちゃらみたいな感じにする方が客入りがよさそうですが、やはり警察署の近くだからそういった露骨な表現は避けたのでしょうか。となりは普通の居酒屋です。それに紛れるように割烹としているのでしょう。でもお客さんに分かるようにサロン割烹にしたのでしょうね。

和風な感じにしているのはやはり宿場町の名残りだからでしょうか。

看板はキレイですがだいぶ前に閉業したっぽいですね。居酒屋にはコロナ関連の張り紙がありましたがサロン的な店にはそれがありませんでした。

古河には陸上自衛隊の駐屯地があります。駅前の飲み屋は自衛隊職員が利用しているのかもしれませんね。またかつてあったサロンも自衛隊の利用者がいたのかもしれません。そう考えるとこれらの店は国を支えていたと言っても過言ではありませんね。

でももうその手の店はなくなりました。

上野東京ライン、湘南新宿ラインの通る古河駅。
アクセスが良いため宅地開発が進んでいるようです。古河のその手の店は壊滅し、安心な街となります。
そういった遊びは都心にでればよいってことなんでしょう。大宮だったらそこまで離れてないですしね。

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