山林生活

【バイカーの聖地】光輪モータースが無い「上野バイク街」の今

【バイカーの聖地】光輪モータースが無い「上野バイク街」の今

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上野界隈は昔頻繁に来ていました。神奈川からだと電車で行きづらいところですが、バイクだったら行きやすかったんです。靖国神社の前を通り、九段下、神保町と抜けて秋葉原で左折。そのまままっすぐ行けば上野でした。

そう、現在は公共交通機関が主ですが20年ほど前はしょっちゅうバイクで上野に行っていたんです。

バイクは税金も安いし、車に比べると車両代も安い。燃費もよくて小回りが利く。そしてどこにでも止められるという利点がありました。

駐車監視員制度が出来たのは2006年頃でしょうか。それまでバイクは路上駐車しても駐禁を切られることはありませんでした。通行の邪魔になっていたのでしょうが、どこにでも止められるバイクはその当時は移動手段として最適だったのです。監視員制度が出来てからは路上駐車をすれば駐禁を切られる、しかしバイクを止める駐車場がないという状態が続き、逆に移動手段として最悪な状態となってしまいました。バイクに乗らなくなったのはこれが理由です。一時期は公権力に抗うため駐車するたびにナンバーを外すというグレーというよりほぼ黒なこともしていましたが、それも面倒になりバイクから離れ、今では所有すらしなくなりました。

上野に行くときは大体このあたりにバイクを止めていました。上野駅の入谷口のあたりです。ここは多くのバイクが駐車されていた場所でした。
上野駅と昭和通りの挟まれた地域昔この場所は「上野バイク街」と呼ばれていたところです。

バイク街と呼ばれた角地にある「八ツ目漢方薬局」ここも昔から変わりません。

サウナーの聖地「サウナ&カプセルホテル北欧」もこの界隈にあります。

このあたりがバイク街として発展したのは「光輪モータース」というバイク用品店があったからです。
今でこそネット通販が当たり前の時代となりましたがその当時はネットで買い物をするのはモザイク除去装置かペニス増大キット、もしくはトルマリンを使ったラッキーアイテムくらいでした。バイク用品は直接モノをみて買うのが当たり前だったわけです。
郊外に行けばライコランドやNAP'Sといったバイク用品店はありましたが、武蔵村山とか埼玉のずっと奥の方とか行かなきゃなりませんでしたので何せ遠い。でも、上野であれば気軽に行けたわけです。
そんなわけでバイク用品を買うなら上野に行くしかなく、都内のバイク乗りの多くはここに集まり、得体の知れないバイク用品を買っていたわけです。
私もバイクがアメリカンだったのでナチヘル(ドイツ軍ヘルメット)を光輪で購入しました。

こんな感じで上野に行けば大概のものが手に入ると言われていましたが、悪い噂というか実際に騙されてた人も多くいました。

上野で売ってるバイクは酷い。

このように言われていたし、そこで買ったバイクを見たのですが本当に酷かったです。
その日に買ってきたバイクを見たのですが、フロントフォークからはオイル漏れ、ブレーキパッドは台座だけの状態でディスクローターは削れてボロボロ。チェーンは汚くゆるゆるの状態。納車当日がこの状態でした。整備はされておらず、何もしないで登録しただけでした。中には事故車をそのまま売りつけるバイク屋もあったそうです。
その当時は情報を共有できるツールは無く、バイク初心者はそこでゴミ当然の車両を手に入れ苦汁をなめるのが通過儀礼となっていたそうです。

バイクだけでなくバイク用品もどうも怪しいモノがありましたからね。今でいうAmazonの中華製品的な立ち位置でしょうか。
中二心くすぐる「OUTLAW」というブランドで直訳すれば無法者。人気があったのかは不明ですが、その当時なんか買った記憶はあります。OUTLAWは光輪のオリジナルブランド。バイクって暴走族とかイージーライダーとか無法者っぽいところがあるじゃないですか。だからそういうのが人気だったんだと思います。

その光輪モータースも2008年に負債額161憶円で破産。こっちのほうが無法者。
売上が低迷していた理由は郊外の用品店が都内に出店してきた&バイク駐車場がないため駐車監視員制度以降利用者が減った&バイク人気の低迷&ガチのアウトロウになっちゃったってのが理由でしょう。従業員への賃金未払いなどがあり、一時このあたりはカオスとなっていた時もありました。

光輪モータースの従業員だった人が運営しているバイク用品店です。ほんの少しだけコーリンの雰囲気が残っています。コーリンはバイク界のドン・キホーテみたいな店で狭いところに煩雑にモノが置かれてました。アメリカン館とかオフロード館とか車種で分かれていたんですよね。懐かしいです。

何軒かまだバイク店、バイク用品店が残っているようです。昔はその辺にバイクを止めて買い物ができましたが、今は止めると駐禁を切られます。駅のそばのバイク用品店よりも郊外で駐輪場が完備されているところのほうが使い勝手が良いのでしょう。実際に私もナップス世田谷が出来て以降(現在は閉店)はそっちにしか行ってませんでしたからね。

昔のようなバイク街っぽい雰囲気はもうなく規模はかなり縮小しています。怪しい雰囲気はなく、健全なバイク街になっているのでしょうね。

唯一光輪モータースというのがここにあったという証拠。上野逸品館ビル。

ここも光輪モータースの建物でバイク用品が置かれていましたが現在は飲食店と健全なマッサージ店と呼ぶべきか困る店が二店舗ほど入っているようです。ちなみにどちらも中国エステっぽいです。
上野バイク街。悪いイメージがありましたが、少なくともバイク業界を引っ張っていった街でもあります。
この場所にそういった歴史があったということを後世に残したいですね。

バイク街の中にある中華料理店。ここも中国に浸食されています。
「上野の街の小さな四川省成都」と書かれています。せっかくだからこちらで食事をしていきます。

とりあえずビール。緊急事態も明け、やっと街中華でビールが飲めるようになりました。

いいですね。四川麻婆豆腐。花山椒の痺れる辛さが美味いです。でも辛い。

箸休めも辛いやつなので全然休まらない!

チャイナエステに中華料理店。もうじき日本は中国化するのかもしれませんね。

バイクを乗らなくなってから一年半ほど経ちました。それ以前も一年以上乗らないこととか普通にありましたが手元にバイクが無いというのは免許を取って以降今回が初めてです。昔のことを思い出して久しぶりにバイク乗りたくなりました。

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私が免許を取ったのは成人してから。移動手段のためにバイクを購入したのですが、気付けば毎日のようにバイクに乗ってい

今乗りたいのはカブの125かオフ車の小さいやつ。早いのや重いバイクじゃなく街乗りとか気軽に乗れるのが欲しいですね。125であれば自動車のファミリーバイク特約で最低限の部分はカバーできるんで小さいバイク買おうか検討中です。やっぱりバイクっていいですね。

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