山林生活

貝塚は大森になかった!なんか怪しい大森貝塚

貝塚は大森になかった!なんか怪しい大森貝塚

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本日はJR線の大森駅に来ています。
大田区で有名な繁華街のある蒲田の隣駅ですが、大森も駅前には飲み屋街があります。

飲み屋も気になりますが、やはり大森と言えばこれですよね。

日本の考古学発祥の地。
義務教育を受けていれば必ず日本史で習う、しかも縄文時代の話なので初期の頃に教わる貝塚です。

大森には大森貝塚があります。
ただ貝塚があったのは大森ではなかったんだとか。

こちらは大森貝塚遺跡庭園ってところです。大森は大田区ですが、こちらの公園があるのは品川区です。大森駅は大田区と品川区の区境にあり、少し歩けば品川区になります。貝塚遺跡庭園となっている通り、ここに貝塚があったそうです。

これが貝塚です。
セメントに貝殻を散りばめました感が凄いしますが、こちらが日本の歴史を紐解く鍵なんでしょう。

こちらには銅像があります。
この人はエドワード・モース氏。この人が大森貝塚を発見したそうです。

モース氏は1838年生まれのアメリカ人で、動物学者でした。モース氏は二枚貝のように見えるが貝類ではない腕足動物の研究をしていましたがアメリカでは生息数が少なく研究が思うように進まなかったようです。しかし日本では多くの腕足動物がいるって情報をキャッチ。そのためお金を貯めて1877年に日本に渡航しました。
降り立ったのは横浜。腕足動物収集許可をもらうため鉄道に乗り東京の文部省を目指しました。

1872年には日本で最初の鉄道が開通しており、横浜・新橋間を約1時間で毎日6往復していたそうです。
鉄道開業当初は横浜の次は神奈川、鶴見、川崎と続き、品川を通過して新橋までのルートでした。
大森駅ができたのは1876年。つまりモース氏が鉄道に乗ったのは大森駅ができてから一年後でした。

現在の大森駅はだいぶ内陸になっていますが、その当時は埋め立てられておらず海までの距離は700mほど。
どこか懐かしい潮の香り、車窓から臨めば目の前は一面の海。風光明媚な場所だったのでしょう。モース氏も車窓から日本の景色を眺めていたんでしょうね。でもそんなときに偶然にも貝塚を発見したそうです。これが大森貝塚発見のはじまりです。

その当時の日本には考古学は存在していなかったのですが、モース氏によりその学問が拓かれたそうです。
ちなみに石器時代を縄文と呼ぶようになったのは大森貝塚から出土した土器に由来しています。

もともとは動物学者だったようですが、日本に渡ったら考古学者になってしまったようです。
第一人者になれば名が売れると思ったのかもしれませんね。

こちら、大森貝墟の碑です。
場所は大田区山王です。こちらには我が国最初の発見と書かれてあります。
遺跡庭園から200mくらい離れた所にあります。石碑が大田区と品川区で二つあるのです。このように二つ石碑があるのには理由があるそうです。

もともと石碑を建てることは考えていなかったようですがモース氏が亡くなった際に追悼を込めて建てることにしたそうです。しかしそこで問題が発生。

「大森貝塚って実際どこにあったっけ?」

日本考古学の基礎を築いた地。これだけ聞くと素晴らしい場所なんでしょう。
しかし考古学なんて学問もなく、貝塚はただのゴミ溜めとしか思っていなかった当時の人は、貝塚のあった場所なんて気にしていなかったのでしょう。当事者も亡くなり貝塚発見から年月が経っている。そんなわけで詳しい場所が分からなくなっていました。
なんとなくこの辺なんじゃないの?ってことで品川区にある現在の遺跡庭園を指定。そこに石碑を建てたそうです。それが大森貝塚遺跡庭園となりました。
しかしそれに異論を唱えた人がいました。その人物は理学博士の佐々木忠次郎氏。佐々木氏は学生時代にモース氏の発掘調査の助手をしていたんだとか。そりゃ助手が言ってるんだから間違いないはずなんです。

そんなわけで「貝塚はここだよー!」ってわかるように佐々木氏が石碑を建てたんだとか。
それが大田区にあるこの石碑。ここには大森貝塚と書いておらず「大森貝墟」と書いてあります。

どこが発祥か、誰が発案か。

「元祖」や「本家」みたいなのはどの業界でもあり、考古学でもあるんでしょう。言ったもん勝ちってやつでしょうか。そのときは発掘当時の資料がなく貝塚と貝墟、どっちの場所が正解なのかがわからなかったようですが、後になって当時の資料が見つかり、品川区にある大森貝塚が正しいところだったようです。

こちらは大森貝塚ではない場所ですが、一度貝塚として認証したからでしょうか。現在も国史跡になっているようです。
学術上価値が高いものに対し文化財保護法の規定により史跡が指定されるようですが、この場所は学術上の価値が高いどころか何の価値も無い場所です。史跡に指定されると文化庁から予算が割り振られるそうですが、果たして、貝塚でも何でもないこの場所に税金はかかっているのでしょうか?

本来であれば大井貝塚と呼ぶべきだったのかもしれません。そうすればこのような騒動にはならなかったんでしょう。しかしその当時、大井駅はありませんでした。大井町に駅ができたのは大正時代になってから。つまり大森の次は品川駅だったのです。位置的にも大森駅を出てすぐのところだったので、大森貝塚となったんでしょうね。

この石碑はビルとビルの狭間に囲まれています。まるで誰からも見られないようにひっそりと。一応看板は出てますが目立たないような状態でした。

なぜ助手は嘘をついたのでしょうか。それともただの勘違いだったのだのでしょうか。その真相は闇の中です。
もし嘘をついてまで発掘位置を捏造しようとしていたのであればなにか大きな理由があるのでしょう。

っていうより、車窓眺めてて貝塚みつける!?

そもそものモース氏もなんか怪しい感じがします。
車窓から景色を眺めててたまたま偶然貝塚が目に入る。これがまずミラクルです。まぁ100歩譲ってモース氏の視力がマサイ族並みだったとしましょう。動体視力もすごい人だったとしましょう。私も動体視力は人より優れている方で、車窓から外の景色を眺めていると頻繁にソープランドの看板を目にします。おそらくモース氏も私と同じ能力を有していたのでしょう。

でも普通、海沿いの景色眺めません?

大森駅の界隈は東側が海、西側は山となっており、崖のような地形です。そんな崖を見るより、普通海見るでしょ。モース氏は動物学者、しかも来日理由は海洋生物の調査です。それなのに海見ずになんで崖を見るのでしょうか?

いや、おそらくモース氏は海を見ていたはず。
つまりどこからか貝塚の情報を入手したのでしょう。

エドワード・モースは日本の考古学の基礎を築いた第一人者、ではない。
たしかに貝塚を発見した功績がこのように残っているんですが、どうやらモース氏以外にも外国から日本に来て地質学や考古学の研究をしている人がいたそうなんです。その人物はハインリヒ・フォン・シーボルトとハインリヒ・エドムント・ナウマンって人。

フォン・シーボルトは長崎の出島にいた歴史の教科書でお馴染みのドイツ人医師シーボルトの子供です。
シーボルトが来日したのはモール氏が来る8年前の1869年。兄アレクサンダーの職務に付き添いで来日し、外交官の仕事を手伝いつつ考古学の研究をしていたそうです。

ナウマンは地質学者で小学校で習うナウマンゾウの名付け親。
ナウマンの来日はモール氏が来る2年前の1875年。明治政府より地質学の教師として招聘されました。以降10年間日本に滞在し各地の地質を研究観察していたそうです。好古家であるシーボルトのために貝塚で拾った貝を渡したんだそう。シーボルトとナウマンはそれにより貝塚研究を始めたんだそう。時期こそ明確ではありませんが、モース氏よりも前に発掘調査をしていた可能性がありそうです。

結局のところ誰が最初に見つけたかではなく誰が最初に発表したかなんです。
事実はわかりませんが経緯などから最初に見つけたのはナウマンなんでしょう。モース氏は、車窓から海を見てたはずです。

たまたま貝塚発見しちゃいました テヘッ!ってのはウソ。

何らかの形でナウマンの手柄を横取りしたのかもしれませんね。考古学にかかわらず現代でも手柄を横取りされたってのはよくある話です。結局は根回しをちゃんとやっているかどうかでしょう。モース氏は他者に横取りされないよう東京府に発掘禁止令をださせたそうです。これにより発掘を独占したんだとか。でもこのように根回しをしたおかげで、いち早く発表することができ日本の考古学の祖として150年経った今でも崇められています。

大森貝墟。「墟」の字が「嘘」にも見えなくない。
もしかしたら助手をしていた佐々木氏は真実を明るみにするためこの石碑を建てたのかもしれません。

まぁ私には考古学とか興味ないし、貝塚も興味ないです。どっちが最初に見つけたとか、どっちでもよいこと。
たまたま今回は石碑を見つけたからちょっと調べただけです。

だってあれ、ゴミ箱でしょ?

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