山林生活

赤線のあった大森海岸の三業地は戦後米兵の特殊慰安所だった

赤線のあった大森海岸の三業地は戦後米兵の特殊慰安所だった

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京急線の大森海岸駅です。国道15号線に沿って駅があるため目の前は何度も通っていますが、この駅で降りるのは初めてです。

JR大森駅から大森海岸までは800mの距離。駅開設当時は目の前が海だったのでしょう。目の前の海は埋め立てられ現在は運河がある程度。かつては海苔の産地だったようですが、明治の中期頃に置屋や料亭が軒を連ねる花街に変貌します。
花街へと発展したのは鉄道が開通したのも理由の一つなのでしょう。明治34年に京急線が開通しました。もともとは都内から川崎大師への参拝のための交通網として整備された京急線。でも大森に潮干狩りや海水浴ができる場所があるんです。そりゃ駅を新設しますよね。現在でいうIR事業みたいなものでしょうか。レジャー施設や宿泊施設などを誘致し、大森海岸は発展したそうです。

芸は売っても身は売らぬ。これが一流の芸妓の心意気。芸妓のプライドをあらわす言葉です。
でもこのように言っていたってことはぼちぼちそういった営業スタイルはあったのでしょう。いわゆる枕営業的な、もしくは連れ出しスナック的なところもあったんでしょうね。そのため殿方に人気のスポットだったようです。

でも現在はその当時の料亭はもうなくごく普通の住宅街。
性風俗店のようなものもないんでしょう。

こちらは駅前に設置してある水辺の女の子という銅像です。

花街だった大森海岸にスカートをたくし上げて虚ろな顔をしています。おそらくそういった意味をもたせてるんでしょう。一応この銅像のことを調べるためネット検索したところ、デリヘルのサイトが表示されました。つまり大森海岸はそういうところなんでしょう。

こちらは磐井神社です。
平安時代に創建された寺院で境内には弁財天がまつられています。

本殿は空襲により焼失。現在の本殿は戦後に再建されたものです。
ご祭神は応神天皇、大己貴命、仲哀天皇、神功皇后、姫大神でご利益はいろいろあるそうです。

こちらは狛犬ですが、子犬が三匹いるめずらしいもの。名前はこまちゃん。
子宝のご利益がある磐井神社なのでこのような狛犬があるそうです。

こちらは境内にあるお稲荷さん「海豊稲荷神社」です。

商売繁盛のご利益があるお稲荷さん。そのため玉垣には料亭や置屋の名前を見ることができます。唯一大森海岸が花街だった名残りでしょうか。ここに記された店はもう大森にはないようです。

大森海岸の三業地は明治に出来上がり最盛期は太平洋戦争前でした。
人気スポットでしたが戦時中は自粛となったのでしょう。そして大森にあった花街は戦後、連合国軍の慰安所に指定されます。

人間の三大欲求の一つである性欲。例え戦時中だとしてもその欲求はなくなりません。むしろ戦争という極限状態になるほどその欲求は高まるのかもしれません。
兵士の性欲管理は軍部の務め。性犯罪が起きないように福利厚生を充実させなければなりません。それが慰安所なのでしょう。
近年になって慰安婦問題が取りざたされていますが、日本だけでなくどこの国でも性処理問題は抱えていました。勝者は敗者に何をしてもよい。占領されたあとは強姦が行われるのは当然。現代でもそのような被害がありロシアとウクライナの戦争でも性犯罪が報告されていました。
沖縄戦ではアメリカ兵に強姦された女性は1万人もいたとも言われているそうです。
そのため日本は敗戦後、連合国軍兵士による性犯罪を防ぐ目的で、早急に占領軍用の慰安施設をつくりました。その慰安施設は特殊慰安施設と言い、英語で「Recreation and Amusement Association」、その頭文字をとって「RAA」と呼ばれたそうです。

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本日は浅草にいます。 これより以前よりずっと気になっていた場所があるためそちらに向かいます。 そ

都内には25カ所あり、以前立ち寄った鳩の街もRAAが設置されたところでした。

そしてこの大森海岸はRAAが一番最初に設置されたところ。
ここに出来た理由は東京から横浜へ行く幹線道路で、羽田空港が近くにあるこのあたりが占領軍が集まると予測したからなんだそう。戦後すぐに設置できるように政府は動いたそうです。

現代の日本で政府が何かをする場合、発案から立案、そして実行に移るまでに数年かかりそうですがRAAが設置されたのは8月27日。終戦からたったの12日で資金や衛生用品、衣類、布団、そして慰安婦を集めたってんだからすごいです。それだけ急を要したのでしょう。実際に慰安所が設置されるまでに連合国軍兵士による強姦事件が神奈川県で1300件も発生していたようです。しかもそれは認知件数であり実際はもっと被害は多く、女性を守るために必要な施設だったのでしょう。

売春は不道徳である。人のする所業ではない。
キリスト教国家のアメリカでは売春が禁忌なはずです。そんな敬虔な信者が多いアメリカ人が慰安所を使うはずがありません。
しかし実際のところはRAAが占領軍の癒しスポットになったようで連日兵士が訪れたそうです。さらにはそれだけでは満足できず戦火の被害が少なかった売春街も占領軍に開放してほしいと要求があったようです。

しかし日本の性風俗と切っても切れないのが性感染症。近年も梅毒が蔓延していますが、その当時の遊郭や特殊慰安施設も感染が蔓延しており、およそ6割が梅毒感染者だったんだとか。コンドームを使用すれば感染リスクは減りますが、キスやオーラルセックスでも感染する可能性があります。アメリカ人、そういうのが好きだったんでしょうね。占領軍兵士に梅毒が蔓延したそうです。

表向きは女性への人権侵害ってことにしたのでしょう。RAAは一年足らずで閉鎖となりました。またそれと同時に日本での公娼は廃止されました。
実際は感染症蔓延による閉鎖だったのでしょう。閉鎖してしまえば感染が広がらなくなりますからね。しかしアメリカ人の性欲は絶大で、閉鎖後はパンパンと呼ばれる元慰安婦の街娼を利用するようになったようです。慰安施設であれば定期的に検査をしているため性感染症リスクは軽減されますが、街娼は個人でやっているので検査をする機会がないです。そのため閉鎖したことで感染症をさらに拡大させたんでしょう。

また性犯罪も閉鎖により増えたそうです。RAA設置時の性犯罪事件は一日平均40件ほどでしたが、廃止後は300件に膨れ上がったんだとか。これが敬虔な信者が多いアメリカ人の所業です。

慰安施設の設置目的は「日本の女性を守る」ため。
太平洋から押し寄せるアメリカ兵の波に、一部の女性が防波堤となって身を挺したのでしょう。その期間は1年たらずでしたが、その間に性被害に遭わず貞操が守られた人もいたのでしょう。このことからわかるのは現在の性風俗店は日本の社会秩序の保護に貢献しているようです。彼女らのことを風俗嬢と呼ぶのはふさわしくないのでこれからは「挺身嬢」と呼ぶことにします。

大森海岸には慰安施設が複数でき、そこには多くの風俗嬢がいました。
一番最初にできた特殊慰安施設は小町園ってところで元々は料亭だったそうです。ちょうどこのあたりに慰安所があったそうですが現在はマンションになっています。特殊慰安所の廃止後は赤線となったのでしょう。戦後は再度花街として大森海岸は復活しています。

かつては大森海岸のあたりに二軒ソープランドがありました。
ひとつはソープランド大森海岸。もうひとつは歌麿ってところです。

ソープランド大森海岸があったのはこのあたり。もうすでに店はなく別の建物になっています。
もう一店舗の歌麿って店なんですが嬉野温泉にも小名浜にも同じ店名の店がありました。どこにでもある店の名前なのか、もしくは系列店でしょうか。どちらにしても大森の歌麿は有名店なんです。

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以前岐阜の金津園に行った際に大森の歌麿について触れていました。スケベ椅子の発案者は歌麿の店長だったそうです。諸説あるため実際のところはわかりませんが、少なからず性風俗の立役者だったんでしょう。

ソープランドができる地域は元々遊郭や赤線街などの歓楽街だったところが多いです。大森海岸も元々は花街で戦後特殊慰安施設がある街に変わりました。慰安施設があったからこそソープができたのでしょう。ここにあるソープランドは戦争によって生まれたものってことですよね。そしてそこでできたスケベ椅子。

ある意味スケベ椅子は火薬や核兵器と並ぶ戦争によって生まれた器具なんです。

そんな核兵器と同じ技術を有したスケベ椅子。それを作った大森の歌麿には行ったことはありませんが、今じゃ介護施設でも使われるようになっています。誰しも一度は利用したことがあるんじゃないでしょうか。そんな一家に一つあるはずのスケベ椅子の発祥地。ある意味ここはみんなの聖地みたいなもんです。

まぁでももうねぇんだわ。

風光明媚で目の前に東京湾が広がる都内屈指のリゾート地「大森海岸」。その姿はもうすでになく高層マンションが立ち並ぶベイエリアとなっています。いわゆる住宅街でかつての歓楽街要素はなくなりました。
海水浴も潮干狩りもできなくなった大森海岸では伝説的な店でも経営は難しかったんでしょうね。二軒あったソープのどちらももう大森海岸にはなくなり健全な街に生まれ変わりました。かつて身を挺して日本の女性を救った風俗嬢はもうここにはいないようです。

と諦めてましたが、線路わきに少し怪しげなエリアを発見しました。

風俗店はないけれどもあまり健全ではない宿泊施設、連れ出し先のホテルがまだ生き残っています。線路わきにラブホテルが何軒かあるようです。

芸は売っても身は売らないはずの芸妓がいる花街。その名残で唯一残ってるのがラブホ。芸妓のプライドをあらわす言葉らしいですが、プライドの低さがこれでわかります。

現在はカップルが使用するのでしょうね。

海岸物語。ここでは様々な物語があったのでしょうが、すでに閉店しているようです。ラブホテルの経営も結構大変なんでしょうね。とくに感染症蔓延時、ラブホテルは持続化給付金の支給対象外職種でした。性風俗は本質的に不健全。ラブホテルは店舗型性風俗特殊営業の4号営業にあたるため支援は受けられなかったようです。片や旅行業を助ける名目でGotoトラベルとかやっていたのに、ラブホはそれも対象外とされました。海岸物語は2020年末に閉店したそうです。

唯一花街の名残りだったラブホ街も時代とともに消えてしまうかもしれません。ソープの無くなった大森海岸。そういうのを味わうならば川崎まで行くか、近場であれば大井町でしょうか。大井町の店も一つしかありません。大森にあった店のように消えてしまう可能性もあります。お早目のご利用をお勧めします。

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