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門前仲町にあった非公認の遊里「深川花街」

門前仲町にあった非公認の遊里「深川花街」

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本日は大江戸線と東西線が交差する門前仲町に来ております。

こちらは富岡八幡宮です。御祭神は応神天皇。富岡八幡宮は1627年にできた八幡神社。
通称深川八幡宮。江戸最大の八幡様で江戸三大祭りの深川八幡祭りが毎年行われています。
社殿は1945年の東京大空襲により焼失。6年後の1956年に現在の社殿が造営されました。

こちらには伊能忠敬の像があります。伊能忠敬は千葉の九十九里出身で、17歳で香取市佐原の伊能家の婿養子となり商人として名をあげましたが49歳で隠居。50歳の時に深川に引っ越してきたそうです。そこで測量術を学び、日本地図の基礎をつくりました。全国を行脚しているので行く先々で伊能忠敬の史跡をみることがあります。

富岡八幡宮は大相撲の発祥地らしく境内には大相撲ゆかりの石碑があります。江戸時代のころから親しまれ多くの人が参詣したのでしょう。でも、参拝者が激減しているようです。

お稲荷さん、天神様、お伊勢様、八幡様。八百万の神がいる日本ですが、同じ神様をまつる神社が多くあります。八幡様は稲荷神社に次いで多く、全国に4万社以上あるといわれています。関東で有名なところと言えば鎌倉の鶴岡八幡宮でしょうか。東京都で有名なところは、ここ富岡八幡宮です。

八幡宮として有名な富岡。太平洋戦争の空襲で社殿が被災するも再建し、戦後は宮司が神社本庁の総長を勤め、神道復興に努めたそうですが、現在の富岡八幡宮は神社本庁から離脱しています。離脱したのは2017年です。富岡八幡宮ではちょっとした事件があったそうです。

現在の宮司は22代目でしょうか。トラブルの起因となったのは1994年、当時19代目の宮司が体調を壊して引退したのが始まりです。

1994年10月に19代目の宮司が体調を壊し引退、その長男が翌年3月に20代目の宮司となりました。人間は馬の血統のようにはいかないもので「タカがトンビを産む」こともあります。継いだ20代目は銀座で飲み歩き、カジノで散財するなど放蕩行為が酷かったそうです。それに見かねた先代が20代目の職を解き、2001年に再度19代目が復帰しました。このことから20代目は恨むようになり脅迫文を送るなどして逮捕されています。
2010年、19代目が高齢のため長女に宮司を引き継ごうとするため神社本庁に申し立てるも、認めてもらえませんでした。そのため神社本庁を離脱。2017年に21代目として宮司を引き継ぐことになりました。しかしその離脱騒動に20代目が腹を立て、2017年12月7日の夜、当時婚姻していた妻とともに21代目の実の姉を日本刀とサバイバルナイフで切りつけ殺害しました。

要約すると相続トラブルみたいなもんでしょうか。事件を起こした当人は実姉を殺害した後、共犯の妻も殺害。自身は胸を指して自殺しています。

事件があったのは6年前。そんなニュースを見た気もしますがもう忘れていました。事件のあった翌年は例年の3割ほど参拝者が減ったようです。今は多少もどったのでしょうか。年間数十億も稼げて税金もかからないような生活だとしても、お金があっても幸せになれるわけではないのですね。

門前仲町には富岡八幡宮がありますよーみたいな軽い話をする予定が、少し重めの話になりました。

こちらは成田山東京別院深川不動堂です。深川八幡宮の隣にあります。成田山新勝寺の別院で真言宗智山派の寺院です。
元々この場所には永代寺という真言宗系の寺院がありましたが、明治の神仏分離令により同寺院は閉鎖。しかし不動尊の人気が高かったため1878年に成田不動の分霊をまつったのが同寺院のはじまりのようです。

門前仲町の名の由来は富岡八幡宮、永代寺の門前だったからのようで、17世紀半ばには街として形成されました。そんな門前には当然ながらムフフな店も存在していたそうです。

深川には花街がありました。花街ができたのは1655年、富岡八幡宮前の料理店が起源のようです。その年に料理茶屋の出店が許可され、岡場所として栄えるようになりました。門前には多くの怪しい飲食店らしからぬ飲食店が軒を連ねたのでしょう。しかも門前だけでなく花街はこの辺りに乱立し、仲町、新地、土橋、櫓下、裾継、石場、佃町の七カ所に岡場所ができたそうです。特に富岡八幡宮に近い仲町はかなり繁盛したようです。

こちらは仲町のあったところ。永代通りの南側です。駅の目の前で飲み屋街もあります。さすがは繁盛していた仲町。370年経った今でもその地位は健在です。
岡場所なので非公認の遊里。この手の曖昧な業種は突然法改正になったり規制されたりと時勢に左右されます。1842年の天保の改革により、深川の花街は営業停止となりました。200年近く続いた花街も鶴の一声で潰されてしまうのです。

その後は花街として復興するも太平洋戦争により営業停止。木場の近くのため戦後は材木業の需要が伸び、このあたり一帯も多くの客が訪れるものの高度経済成長期の頃には衰退しはじめ、バブル崩壊とともに泡と消えました。
現在も置屋があるようですが、その当時の勢いはありません。

現状は花街の雰囲気はありません。

あるのはガールズバーと、

ガールズバーと

ガールズバー。

キャバクラもありますがガールズバーが多め。キャバクラは24時以降の営業ができませんがガールズバーは深夜営業ができるためそっちの方が利益率がよいのでしょう。

性風俗店らしき店はなさそうです。
江戸の頃は岡場所として遊郭的な役割があったのでしょうが明治に入り東陽町に洲崎遊郭ができました。ここから洲崎までは1.5kmほどなので歩いて通える距離です。「飲む」なら門前仲町、「する」なら洲崎遊郭って感じで棲み分けがされていたのでしょう。洲崎遊郭は普通の住宅街となりましたのでこのあたりは風俗過疎地となっています。

まぁ探せばあるんだと思いますが。

こちらは辰巳新道です。深川は「辰巳」と呼ばれていました。江戸城から東南の方角だったためこのように呼ばれたそうです。

かなり狭い通りですが、ここは飲み屋街となっています。雰囲気は新宿の思い出横丁っぽいですが、成り立ちも似たような感じです。
富岡八幡宮が東京大空襲で社殿が焼失したように、この辺りは空襲被害が酷く、一面焦土となりました。戦後、門前仲町駅前に闇市が形成されました。しかし1949年8月にGHQにより「露店整理令」が発令されました。そして都市計画事業により駅前にあった闇市が1950年にここに集められたようです。

居酒屋もありますが比較的スナックが多め。どちらかというと新宿ゴールデン街要素があります。闇市の流れを汲むってことですが、露店のスナックなんか日本で見たことありません(バンコクでは見た)。

飲食店に関してはもつ焼きや焼き鳥など、闇市っぽい店が多くあります。せっかくなんでこちらで一杯ひっかけます。

入ったのは立ち飲みのもつ焼き屋さん。もつ焼きは闇市の名物料理といってもよいでしょう。
戦後、ほとんどの食料が統制品となり正規ルート以外で食料を手に入れるのが違法だった時代。牛や豚の臓物は統制品に指定されていませんでした。1949年には食肉の統制が撤廃されましたが、終戦から4年間の間にもつ焼き文化は日本に根付いたのでしょう。

もつ焼きの前にとりあえずもつ煮を注文。これを頼んでおけば間違いありません。こちらのもつ煮は根菜類と煮込んでおらずモツと豆腐だけです。

ついでにポテサラとマカロニサラダも。サラダを酒のツマミにするなんて、なんて健康的なんでしょうか!
ポテサラとマカロニをサラダとするか否かは意見がわかれるところですが、肉ばっか食べるよりも野菜は取った方がよいですからね(野菜という名の穀物)。

バイスです。バイスができたのは今から40年前の1984年。梅の香りがする液体と炭酸、焼酎を混ぜて作るのがバイスサワーです。ちなみに梅は入っておらず紫蘇味です。近いのが駄菓子屋で売ってたすもも漬けの汁。短いストローで飲んで咽るヤツに似た味です。あの科学的な味と酒が合わないわけがない!もつ焼き屋には比較的置いてあるのでついつい飲んじゃいます。脂っぽい料理にちょうどよい飲み物です。

昭和ノスタルジックな雰囲気のある辰巳横丁。花街とは成り立ちは違いますが、戦後、高度経済成長期を支えた街なのでしょう。ここで一杯ひっかけるのもよいもんですね。また近いうち、飲みに来ます。

モツ焼き食べてない!

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