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ムガル帝国時代から続く私娼窟「マントラ私娼窟」

ムガル帝国時代から続く私娼窟「マントラ私娼窟」

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本日はインド北部のウッタルプラデシュ州アグラに来ております。

こちらは世界遺産「タージマハル」です。
タージマハルができたのはムガル帝国時代、第五代皇帝の妃が死去した際に建設しました。

総大理石の廟で建築には20年近くかかり常時に2万人が工事に携わっていたようで当然建築費は膨大でした。それにより財政難となりムガル帝国は衰退することとなるようです。

歴史の教科書ではよく見るし美しい建物。インドにいくなら一度は立ち寄るべき場所です。

タージマハルの年間入場者数は800万人で観光シーズンだと入場制限がかけられるようです。かなり人気のスポットなのでしょう。来場する1割ほどが外国人観光客のようです。

写真よりも実物は美しいです。大気汚染で白けてますがこれもインドならでは。ここに来ればインド行った感がでますよね。

最愛の妃のために築いた愛の象徴であるタージマハル。それによりムガル帝国は財政難となりましたが今では世界遺産となり観光スポットとなり世界各国の人が訪れる場所となりました。私もタージマハルを見学しましたが、アグラにはそれ以外の目的で訪れています。アグラには世界遺産と並ぶ観光スポットがあるんで、それはタージマハルよりも素晴らしいんだとか。

それではここでクエスチョンです。

私は世界遺産 タージマハルを見たあと、はたしてどこへ行ったでしょうか。

アグラはデリーから180kmの距離にあるほぼ田舎のような場所です。しかし観光業が盛んで町は潤っているようです。それもこれもタージマハルのおかげ。街の規模は小さいですが中心地にはメトロがあります。

ちなみにそのメトロ誰も使ってないんです。

通勤時間帯なのに乗客は私だけ。
そもそもアグラメトロ自体が昨年開業したばかり。中心地は混雑しますがデリーほどではないアグラでは地元民は安価なバスを利用し観光客はタクシーを利用するので需要がないようです。

マンカメシュワール地下鉄駅に到着しました。

駅目の前には世界遺産のアグラ城塞があります。赤い城と言われこちらも世界遺産ですが目的地はここではありません。

またそのそばにはスラムがあります。スラムというか難民キャンプのような場所ですがこちらも私の目的地ではないんです。

正解の前にまずは腹ごしらえ。
こちらは日本でいう立ち食いそば屋でしょうか。

こちらはサモサカレーです。インドでは定番の朝食メニューのようです。価格は17ルピー、およそ30円です。
朝にしては脂っこいためパンチがありますが一日の活力になる朝ご飯。それが安くうまく食べられるのはサイコーです。

観光地なのでホテル代は高いですが飯代は安い。とくにお腹を壊すこともなく過ごしていますがインドの食事は手で食べる事が問題です。
インドは手食文化です。昨日ビリヤニ屋に行った際に相席したインド人にビリヤニは手で食べるんだよ!とスプーンがあるのに手食を強要されました。
日本だって手で食べるものはあり、手で食べることに対しては何ら問題ないんです。寿司だっておにぎりだって手で食べるし、ハンバーガーやサンドウィッチも手で食べます。手で食べることに対し抵抗はありません。このサモサも手で食べて問題ありません。でもインドの難点は手洗い場がないんです。

公衆トイレには手洗い場が無いし、飲食店も手が洗える店が少ない。当然屋台では手が洗えない。

カレーで汚れた手、インド人どうしてるの?と周りを見てみると親指と人差し指と薬指を擦ってるじゃないですか!擦って乾かしてなかったことにしてる!まるでサイババのビブーティーを出すようなしぐさ。

サイババの右手から出していた粉、カレー説。

食事も済ませたので目的地に向かいましょう。マンカメシュワール地下鉄駅のそばには鉄道駅のアグラカント駅があります。アグラにはいくつかの主要駅があり、ここがタージマハルに一番近い鉄道駅です。多くの人が往来する場所のようです。
駅裏手、ここには私娼窟があるようです。

アグラの目的地、私娼窟だった。

アグラカント駅南側にはアグラ要塞がありそちらがメインエリアなのでしょう。北口側は観光客の来ない地元エリアでこの界隈に私娼がいるそうです。しかし日本の風俗街のように「ここが風俗街だよ!」と書いてはありません。

インドでは売春のあっせんは違法ですが個人売春は違法でないようです。そのため街中では当然のように公然と売春婦がいます。

アグラカント駅北側マントラと呼ばれる地域の中にあるセオカバザール、マルカバザール、キナリバザール、カシミールバザール、プラティバザール、チャッタバザール、このあたりが私娼窟エリア。範囲がけっこう広め。

どうやらほかの地区にも売春宿は点在しているそうでアグラ全体にその手の店があるようです。

アグラ市内、ほとんどが私娼窟だった。

アグラの売春宿の歴史は古くムガル帝国時代から。かつてはタージマハルの北側、バサイってところが私娼窟だったんだそうで、その当時は芸妓が春を売っていたようです。

イギリス統治時代は英国軍人をもてなす私娼窟へ。その後は街の中心地がアグラカント駅の北側へ。それにより私娼窟はファウンテンロードに移りました。その後市街地全体に広がったようです。

おそらくこのあたりにあるのでしょうが一切不明。まだ午前中だし売春宿は営業してないでしょう。というよりアグラの売春宿は衰退してるんだとか。

この界隈にある売春宿の中には誘拐された少女がいるため摘発があるんです。摘発というより救出作戦を行っているようでそれにより売春業者が検挙されているようです(日本の風俗街とは毛色が違いすぎる)。中には自発的に働いている人もいるのでしょう。しかし誘拐されて連れてこられた女性、または親に売られた女性など売春を強制されてる女性もいるようです。表立って営業をすれば警察のガサ入れがはいる。そんなわけでデリバリー型に変わっているんだとか。

表向きはデリバリータイプのマッサージだけど、実際のところは売春婦を派遣するビジネス。一般的にはコールガールと呼ぶのでしょうか。とくにアゴラは観光客が多く来る地域なので市内には多くのホテルがあります。インターネットを介せば店の営業ができるわけでわざわざリスクのある店を持つ必要がないのです。「やっぱ店舗型が良い」なんて言い出すインド人がいるかもしれないので店舗型の店はまだ残ってはいるのですが多くはデリバリー型にシフトしているのでしょう。

ムガル帝国時代から続いた私娼窟はIT革命により新たな形にシフトしました。現在はデリバリー型の店が増えているようです。これに関しては全世界的にこの傾向なのでしょう。ネットを介して手軽に利用できる性風俗。そんなわけで週末は観光客が多く来るそうでとくにデリーからが多いんだとか。

わたし、デリーから来た観光客だった。

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