塾生が多い学生街「ひようら」で満蘭に載る怪しいエステを探せ!

本日は横浜市港北区に来ております。
こちらは日吉駅です。
東急電鉄と横浜市営地下鉄の乗換駅である日吉駅。東急電鉄は東横線、目黒線、新横浜線の3路線。渋谷にも横浜にも出やすい立地のため駅利用者は結構多いんです。
日吉って川崎の端っこのところでしょ?
いえ、ここは川崎じゃありません。ここ、実は横浜なんです。なんとなく川崎っぽい感じがしますが港町横浜なんです。
たしかにすごい微妙な位置にある日吉。実際に川崎には日吉地区って呼ばれるエリアがあるし、日吉中学校や日吉小学校は川崎市内にあります。じゃあやっぱり日吉って川崎なんじゃないの?でも住所は横浜なんです。
このようにあいまいなのには理由があります。
元々日吉駅の周りは日吉村ってところでしたが1937年に村の東側を川崎市に西側を横浜市にわけて統合したそうです。当初は村全てを横浜に合併する予定でしたが話の途中で川崎が横槍を入れてきたんだとか。そしてお互いが領有権を主張し始めたのです。
川崎国「日吉は我が領土、地図を見ても明らか。日吉は未来永劫川崎の固有の領土、浜人が占領を試みようなら横浜は火の海になる」
このように川崎が領有権を主張し始めます。
それに対して横浜も川崎に対し抗議します。
横浜国「誠に遺憾である」
このようにお互いが領土を主張したそうで、それにより川崎派と横浜派で村内も分裂。色々争った結果、分割統治する形を選びました。
矢上川に東側が川崎で西側が横浜。この矢上川が川崎と横浜の国境になりました。ある意味この川は神奈川県に流れるイムジン河。
こんな川崎なのか横浜なのかわかりづらい日吉。日吉のイメージってなんでしょう。これはもう慶応義塾大学ですよね。駅東口側には慶応大学日吉キャンパスがあります。

慶應義塾大学が日吉にできたのは1933年。
横浜市の統合される少し前でした。慶応大学が日吉にできたのには理由があります。
鉄道を敷設して地価を上げて土地を売る。鉄道会社の収益の多くは不動産業で東急電鉄も東横線を敷設し土地開発をしてました。もともと日吉は田畑が広がる丘陵地でしたが東急電鉄により宅地開発がされました。
日吉駅ができたのは関東大震災から三年後の1926年。被災に遭った人の転居を望んでいたのでしょうか。
しかし3年も経てば新居を求める人はおらず日吉の土地は売れなかったのです。
土地買収、宅地開発、駅敷設。
ここまで相当の資金を投入しています。
資金回収をせねばなりませんが買い手がつかない。そのため慶応義塾大学に駅東口側を寄付しました。
大学ができたことにより日吉は人気の街となり土地の値段は2倍以上に高騰したそうで、誘致は大成功だったようです。
このようにして日吉は学園都市となりました。
日吉キャンパスは大学院含め15000人の学生が在籍しています。そのため日吉駅は多くの人が利用する駅です。

こちら側は日吉駅西口側です。
通称「ひようら」と呼ばれる地域。
こっちの方が駅前っぽい感じがしますが日吉は慶応大学により栄えた街。そんなわけで西口側は裏側と称されてるようです。西口側は街路がキレイに整備されています。街の作りは田園調布っぽい感じで街路が駅を基点に放射状に広がっています。
元々は日吉も高級住宅地を目指したようです。残念ながらそのような街にはなりませんでしたが田園調布とは違い良さげな商業地となってます。西口は飲食店が軒を連ねる商業エリアで学生街なので学生に合わせた店が多くあります。
駅前にはマックやスタバなどのファストフードや低価格帯のお店がけっこうあるようです。またぱちんこ店や麻雀店があるのも学生街っぽい。若者の街って感じです。
駅を基点に5つの道が放射状に延びており通りには名前が付けられています。

こちらは東横線沿いにある通り「サンロード」。
西口の一番東側だからこの名になったのでしょう。東横線沿いなので東急のお店があります。

こちらは浜銀通りです。名前の由来は通り沿いに横浜銀行があるから。

こちらは日吉中央通りです。セントラルロード。
駅真正面にある通りです。一番お店がある街路でしょうか。

こちらは普通部通りです。
この通りを抜けた先に慶応義塾普通部があります。通りの名称はその普通部ってのが由来です。普通部とは慶応大学中等部。つまり中学校のことです。
普通って世間一般ってイメージですが「普く通ずる」って意味なんだとか。ここは普通の人が多くいるのでしょう。

そして最後にこちらの道です。
この通りの名前はありません。
たしかに他と違ってこの道は何もないんです。商店街ではなく住宅街のようなところ。かわいそうだから名前くらいつけてあげて欲しい。
街路入り口にパチンコ屋があります。
じゃあぱちんこ通り。
サンロード 浜銀 中央 普通 ぱちんこ脇。
最後だけ質が悪そうな通りの名前。
こんな感じで賑やかな日吉駅前。
学生街なので学生向けのお店が多いです。ぱちんこ店や麻雀店があるのも学生街だから。
ファストフードが多いのも学生が多いから。若い人向けのお店ばかりです。
じゃあ日吉にはアレな店、ないのかな?
でも塾生だって男の子だもん。探せば必ずはず。
実は以前、日吉を散策したことがあったのです。
慶応大学があり多くの塾生が行き交う日吉。
私には縁もゆかりもないところですしこの界隈に住んだこともありませんが以前日吉に駐車場を借りてた時期があったんです。その当時は新宿に住んでいたのですが私の住んでいたマンションの駐車場の値段。一カ月45000円もするんです。さすがにその費用を出すことができなかったため駐車場を郊外に借りたのです。
日吉なら新宿三丁目から一本で出れる。駐車場代は一カ月1万円。車にすぐに乗れないのは不便でしたがない袖は振れぬわけで仕方なく日吉に借りました。そのあと駐車場が近場に見つかったので借りてたのは半年くらい。でもその間定期的に日吉に通ってたのです。
早朝電車に乗って日吉まで来て車に乗る。夕方駐車場に車を置き日吉駅へと向かう。まっすぐ電車に乗ればよいものをやっぱり気になるじゃない。ってわけで駅の周りをうろちょろしてたんです。
「ここが普通部通りか。風俗的な店はないのかな?」
普通部通りに異常部員現る!
繁華街に来たらとりあえず風俗探す変態野郎。
残念ながらそういった店はありませんでした。
ここは普通部通り。中学生が往来する道です。そんなわけでそんな店があるはずがありません。でも駅東側には大学があります。大学生でもそういう店って興味あるでしょ?サロン的なお店は学割があるし...。
そもそも慶應義塾普通部および慶應義塾高等学校。これらは男子校です。中高と青い春を体験できなかった学生時代。大学生になったら風俗にいくのでしょう。でも塾生はそういった店にいかないようです。高学歴の彼らは風俗を必要としない。その理由は周りがほっとかないからです。女が寄ってくるから困らないんです。以前、こんなのがあったでしょう?
1999年に慶應義塾大学医学部レイプ事件。
2016年に慶應義塾大学広告学研究会レイプ事件。
斜め上を行く女性との接触の仕方。
青い春を体験してないから起きた悲惨な事件。でもこれらの事件は全て不起訴なんです。
不起訴、つまり事件でも何でもない。不起訴となった理由はそもそも犯罪が成立していないものや嫌疑不十分や起訴猶予などです。
本件の不起訴理由は言及されていませんが示談が成立したんでしょう。結局最後は金目でしょ!?
多少のオイタが過ぎたとしてもお金で解決できる。わざわざ質の悪い風俗に行かなくても慶応ボーイは女に困らないのでしょう。
いや結局お金払って解決してる。
そんなことより金目でしょって言ってたアノ議員、
出身校が慶応だった!!

日吉にも三田にもそういったお店はありません。
慶応義塾大学そばにあるのはラーメン二郎くらい。でも日吉駅は塾生だけの駅ではありません。多くの横浜市民が乗り換えで使う駅なんです。だったらあっていいんじゃない?

風俗はないけど飲み屋はあります。大学生が来るような店じゃなさそうな雰囲気。ここは日吉唯一のキャバクラでしょうか。東横線と横浜市営地下鉄の乗換駅である日吉駅。横浜市営地下鉄は中山駅まで行けますが開業したのが2008年と新しい路線のため沿線沿いに歓楽街がないのです。
そんなわけで飲み屋さんは少ないし当然そっち系のお店もゼロ。おねえちゃんとおしゃべりしたいと思っても最寄り駅にはそういう店がない。横浜市営地下鉄民は不当な扱いを受けてるのです。でも日吉まで出てくればこのような店があります。ここは横浜市営地下鉄利用者のオアシススポット。

キャバクラは一店舗だけですがガールズバーは何店舗かあるようです。若い子はこういう店には行かないのかな?でもこういう店があるってことは期待できるかも。

カフェなどもある日吉ですが一番多いのがラーメン店でしょうか。

日吉にラーメン二郎はないですがインスパイア系はあるようです。

多いのが横浜家系ラーメン。
川崎かあいまいな地域ですが住所は横浜。若い子は家系ラーメンが好みなのでしょう。

あと日吉は学習塾が多いです。
学習塾が多いのも慶応大学があるため塾生が塾講師として働いているのでしょう。
若い子が多い街なのでしょうね。
ちなみに学習塾で有名な日能研の発祥はここ日吉なんだとか。学園都市日吉って感じです。

あと多いのがマッサージ店でしょうか。
若い子、学園都市関係ねぇ!
東横線と横浜市営地下鉄の乗換駅である日吉駅。
開業したのが2008年と新しい路線のため沿線沿いに歓楽街がありません。横浜市営地下鉄民は不当な扱いを受けてるのです
ちょっと肩こっちゃったかな。
ちょっと腰が痛いなってときにマッサージがしたくてもその店が最寄りにない。
でも日吉にくればその願いを叶えてくれるんです。日吉であればマッサージが受けられるんです。

ほら、お試しコース、基本コース、オイルコース。
いやマッサージ要素がゼロ!
いやいや多分あるんです。
ここにほかのコースもありますって書いてあるし。
スペシャルなやつが期待できそう。

こちらの店だって、ほら、お試しコース、基本コース、オイルコース。
やっぱりマッサージ要素がゼロ!
いやいやたぶんあるんです。その他お得なコースもあるみたいだし。
ここもスペシャルなやつが期待できそう。

ちゃんと指圧がメインのお店もあります。メインは明らかに泡泡洗体。
マッサージ店じゃなくてリラクゼーション。
リラクゼーションとは緊張を解くこと。身体と精神の緊張状態を緩和するための施術。それがリラクゼーションなのです。
アロマオイルを使ったリラクゼーションは香油の効能を利用して心身をリラックスさせる。リンパマッサージのリラクゼーションはリンパの流れを促進し老廃物排出を助ける。このような効果があります。
でも日吉にあるリラクゼーションを称する店、アロマオイルを使ったリラクゼーションは何かの滑りをよくするためだけに使ってそうだし、リンパマッサージのリラクゼーションは鼠径部がメインのリンパマッサージっぽそう。
本来は身体と精神の緊張を緩和するものなのに紙パンツから緊張が見え隠れしそうな状態になりそう。これはホットペッパービューティーもびっくり。

そう日吉には大手エステ紹介サイトに載ってない。リラクゼーションなエステがあるんです。
ここにあるエステ店はアジアンエステ満蘭に載ってそうな店。

そんなサイト知ってるのはおじさんくらい。
えっ!?最近の若い子はミツランを見ないの?
そもそもサイトが閉鎖されている。
じゃあどうやって店を探すの?
やっぱかよって探すのでしょう。
さすがは塾生がいる日吉。
福沢諭吉の基本理念「実学の精神」を重んじてる。
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【JFEとJEFのお膝元】港町蘇我でお遊びスポットを探せ

本日は千葉県中央区に来ております。
こちらはJR蘇我駅です。内房線、外房線、京葉線、臨海線が乗り入れる蘇我駅。ターミナルであり南房総へ行くジャンクション駅。

駅前はジェフユナイテッドがお出迎えです。ジェフと言えば市原のイメージでしたが2003年からホームが千葉市になったんですね。私が知ってるジェフはリトバルスキーがいたころ。
もう30年以上前の話。
ホームタウンが千葉に移ったジェフ。
市原市はもう関係ないけどチーム名はジェフユナイテッド市原・千葉。
配慮なんでしょう。
そもそもグランパスもトヨタなのに名古屋だし、ヴェルディーなんて川崎か読売かで揉めてましたし。Jリーグにおいて名前なんてどうでもいいんです。
ジェフの本拠地となった蘇我。
ジェフが来たことで街は賑わってるのでしょう。

駅前はこんな感じ。
バスロータリーがあってケバブ屋さんがあります。
さすがはジェフの本拠地。

こちらは駅西側です。
蘇我駅が栄えているのは東口側のほうのようです。でもかつてはこっちの方が栄えてたんだとか。
千葉県の県庁所在地は千葉市にありますが県庁のあるあたりは昔は何もない寒村でした。県庁が設置されたことで急激に発展したそうです。蘇我のこの辺りは古くから港町として栄え鉄道が開通するまで上総との中継地でした。そのころの名残りなのか、この界隈には日本料理店があります。
またJFEの製鉄所もあるため出張に来る人のためのホテルもあるようです。
製鉄所があるところ飲み屋街あり。
君津には日本製鉄の工場がありますが駅前は飲み屋街でした。
製鉄の街といわれた北九州、飲み屋街しかありません。
製鉄所がある蘇我、これは期待できそうな感じです。

こちらの道は房総往還です。船橋と館山をつなぐ房総往還。
かつてはこの道沿いが商店街だったのでしょうが今はその様子はありません。並行して東京湾岸道路があるため交通量は少なく静かな住宅街です。

こちらは蘇我比咩神社です。
創建時期は1500年くらい前といわれており、ここに蘇我の地名の由来があるようです。
蘇我の名前は蘇我氏が由来の説。
おとたちばなひめが我蘇りといった説。
諸説あるようです。
つまり、よくわかんねーってことです。

個人的には我蘇りを推したいです。そっちの方がなんかカッコイイし夢があります。
そもそも蘇我はもともと曾我野って地名でした。
蘇我の地名の由来、昔曾我野村だったから説が濃厚。
それだと かつて我なりになっちゃう。
かっこよくなさそうなエピソードっぽい。
飛鳥時代の頃からある神社なのでこの周りが栄えてると思ったのですがごく普通の住宅街でした。やっぱり駅前の方が栄えてるのかな?ケバブ屋もあったし。

こちらは千葉市蘇我スポーツ公園です。
もともとここはJFEの土地でしたが移転に伴いスポーツ公園となったようです。敷地内にはフクダ電子アリーナというジェフ市原のホームグラウンドがあります。
アリーナができたのは2005年。
もう20年以上前なんですね。
ジェフの親会社はJR東日本と古河電気工業。JREastとFURUKAWAの頭文字を取りJEFってチーム名となっています。ホームグラウンドはフクダ電子アリーナ。もともとJFEの土地でした。
なんか企業名が複数出てくる。
そもそもJEFとJFEが紛らわしい。
JFEはJEFとは関係ないけどJEFの本拠地は元JFE。
JEFは蘇我の顔だけどJFEも蘇我の顔。
JEFをジェフと呼ぶけどJFEもジェフと呼べなくない。
ジェフェだけど!

こちらはJFE東日本製鉄所千葉地区です。
JFEといえば川崎の工場が有名ですが川崎市の高炉は停止したため現在稼働しているのはここだけのようです。
千葉地区で働く従業員は約2500名もいるようです。独身寮は蘇我駅の東側、京成線の千葉寺駅近くにあります。これだけの従業員がいるんだから蘇我は歓楽街となっていてもおかしくないはず。でも蘇我駅の周りは歓楽街がないんです。
歓楽街どころか飲食店も少なめ。そして駅前に飲食店があるのではなく、その多くが幹線道路沿いにあるんです。それもそのはずで千葉の中心である中央区ですが、この辺りに住む人たちの多くが車移動なんです。
JFEに勤務する人も7割が自動車通勤。仕事終わりに駅前で一杯!ってのがないんです。つまり蘇我にはジェフしかないんですね。
いや、そんなことないんです。
蘇我駅の周りにはいろんな店があるんです。

ほら、ユニクロがあります。
郊外都市にありそうなロードサイド型店舗。

あとはケーズデンキ。
クソ田舎の代表格。
内房線、外房線、京葉線、が乗り入れる蘇我です。そりゃ駅前が栄えていないはずがない。東口側の方はもっと栄えているはずです。

ほら、駅近くにイエローハットがあります。
車を使うのが前提の街。

あとは路面店の100円ショップもあります。
クソ田舎の代表格。

そもそも駅前にあるのがハローワーク。
駅のそばで利用者には便利だね!
民間企業が入居すらしない駅前商業施設。
蘇我から東京までは電車で約50分。
結構遠いけど通えない距離ではない蘇我駅。
始発駅なので座れるメリットもある。そして2駅先には千葉駅がある。その割に地価が安いため人気のエリアなんですが駅前は少し淋しい感じです。
製鉄所があるところはエロと飲み屋があるもんですが蘇我はそういった店がないようです。
そもそも2駅先には千葉駅があります。電車で5分で行ける距離に歓楽街があるんです。車で行っても千葉駅界隈は駐車場が充実してます。
栄町に行けばソープがありますし、富士見地域には飲み屋街があります。車で千葉まで行って代行タクシーを使えばいい。それだと地元では飲まないし遊ばないのでしょう。そんなわけで飲食店が少ないのです。

でも全くないわけではありません。
駅前には少ないですがキャバクラがあるようだし飲み屋もあります。
時刻は17時過ぎ、せっかく蘇我に来てるんです。
一杯飲んでいきましょう。

ってわけでこちらの店に訪れました。
豆腐煮込みと炭火焼のお店です。外観は一見客を受け入れてくれなさそうな雰囲気。こちらのお店は老舗店で創業は1948年。蘇我が製鉄の街になる以前から営業してる店です。終戦から月日は経ったものの1948年はまだ闇市が存在していた時代。闇市当時の雰囲気が味わえそうな感じです。
ちなみにこちらの店、吉田類の酒場放浪記でも来てるようです。
高確率ですれ違う吉田類。

こちらは重ネという当店名物料理です。
豆腐の上にモツを重ねたいわゆるもつ煮込みです。
モツはしっかり煮込まれていて味濃い目。玉ねぎとの相性が良いです。
もつ煮込みが有名なお店ですが房総は海産も有名です。ここでも近海で獲れた地物魚介を出してくれます。せっかくなんで地物海産物を食べましょう!

こちらはホタテの酒蒸し。
ホタテは千葉が南限のようですが、地物、かな?
地物のはず!
いいですよね。
その日の仕入れでメニューが変わる店。
大将!今日は何があるんだい?そうやって店に訪れるの、憧れます。
JFEが川崎製鉄だったころ社員は仕事終わりにここに通ってたのでしょう。大企業のある所には名店が必ずあります。こういう店が自宅そばにあるといいですよね。
どうやら人気店のようでずっと満席状態です。

蘇我の駅前には何もないといったけど探せば結構個人店があるようです。とくに千葉房総の海の幸は名物です。港町だった蘇我は古くから房総の海産物が集まるのでしょう。海産物を扱う店が駅前にはあるようです。
ほら、駅前にケバブ屋さんがある。
ぜんぜん海産物関係なかった。
でもケバブの隣りの店、海鮮丼のお店があります。
さすがは港町。

どこにでもあるフランチャイズチェーン店。
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名古屋港沿岸にあった色街、新陽園と港楽園と港陽園と稲永遊郭

本日は名古屋市南区に来ております。
こちらは道徳駅です。

名鉄常滑線の道徳駅。駅自体は小さく無人駅となっています。
。
かなり珍しい駅名ですが なぜ道徳駅なのか。
それはここが道徳って地名だからです。
地名が道徳となったのは幕末の頃。もともと南区のこのあたりは干拓地でしたが尾張徳川家はかねてより新田開発を行っており8代藩主徳川宗勝が統治してた1741年にこのあたりに新田ができました。
名古屋市内には天白川が流れていますがかつては洪水を頻繁に起こす暴れ川でした。そのため1713年に治水工事をしたのですが、それにより水害がさらに酷くなったそうです。
毎年のように水害に襲われることからその被害に遭った農民に代替地を渡したそうです。それが道徳のあたりでした。
困った農民に替地を用意したオレって凄くね!?
それって「道義を以て徳を施す」だよね。ってことでこの地を道徳と改めたそうです。これが町名が道徳となった大まかな由来です。

閑静な住宅街です。まさに道徳的な町といったところ。ちなみに道徳駅から3駅先には柴田駅があります。柴田駅は駅前が風俗街になってます。
ぜんぜん道徳的じゃない!
同じ南区ですが柴田駅は川の向こう側。
あっちは人の道を歩んでいませんがこっちは道徳のある人が住んでいる街です。そんなわけで怪しい店はありません。

こちらは道徳公園です。
キレイな公園です。
ここも新田として開拓した土地でしたが1925年に尾張徳川家が民間人に土地を売却。名古屋桟橋倉庫株式会社が宅地開発を行い、その際に道徳公園が整備されたそうです。名古屋桟橋倉庫は道徳の観光地化を目指しました。公園の開園によりこの界隈は歓楽街へと発展。カフェやビリヤード場ができたそうでこの界隈は大変賑わっていたんだとか。
道徳は名古屋の中心から外れてますが多くの人が訪れたそうです。その利用者の多くはこの近くに住む工員。
南区は現在でも湾岸部が工業地帯となっています。かつては近くに日清紡がありました。また今でも近くに大同特殊鋼があり1916年に神宮前駅そばに熱田工場が、1917年に東築地町にて築地工場が、そして1937年に星崎工場が創業してます。そのため道徳には社員寮があったそうです。
仕事終わりに遊びに行く。
ここは工員たちの憩いの場だったそうです。
全然道徳的な感じがしない。
道義を以て徳を施す。
そんな意味を込めて尾張徳川家が名付けた道徳。歓楽街になるとは思ってなかったはず。徳川宗勝も草葉の陰で泣いてることでしょう。
明治以降は歓楽街だったそうですが現在は閑静な住宅街にある緑豊かな公園です。歓楽街があったなんて想像ができません。
この辺りが歓楽街だったのでしょうか。
カフェにビリヤード場。
カフェにビリヤード場。
カフェにビリヤード場だけで大の大人が満足できるはずがない。
おそらく飲み屋もあったのでしょう。
では酒飲んでそのあとは?
まっすぐ帰るの?
だってここ観光地ですよ?
観光地のお遊びといえばストリップと場末のソープでしょう。
写真指名すらできないソープランドにあえて行く
。AV女優のなれの果てをストリップ劇場で見る。
これこそが観光地の楽しみ方なんです。そう。ここにもそういった街を作ろうとしてたのです。
歓楽街を名乗るならそういう店があってもいいじゃない!
道徳の意味。
そう。道徳は名古屋の歓楽街でした。
そのためこの道徳という街に道徳に反するような街を作ろうとしてたのです。

こちら道徳の地図です。
ちょっとこの部分、特殊なまちづくりです。
四隅が斜めの道になっています。

こちらは名古屋駅西側の中村大門の地図です。
つくりが全く同じなんです。
これ、明らかに遊郭を模してますよね。
中村遊郭が誕生したのは1923年。
道徳の土地開発がはじまったのは1925年。
明らかに中村遊郭を模してます。
ここに遊郭を作る予定だったのでしょう。でも遊郭はどうやらできなかったようです。
遊郭に指定されなかった理由は不明です。まぁ不要と判断されたのでしょう。
明らかに遊郭があっただろう街の区画ですがここは遊郭ではなかったようです。でもあったんでしょうね。
これだけちゃんと区画整理をしたんです。そしてここには多くの人が遊びに来るところです。例え公に認められなくても私的な店があったはず。つまり私娼窟があってもおかしくありません。

現在は街の中心に銭湯があるくらいでしょうか。
もしその当時に遊郭に指定されていたら、この公衆浴場は特殊浴場になってたのかもしれません。
ちなみにこちらの町名は観音町です。
道徳的な名称だけど遊郭につける名称じゃない。
別の観音様を拝むところになっちゃう。

観音町という町名になったのはこちらが由来です。ここは遊郭を作る予定だった隣りの区画です。こちらには観音公園ってのがあるのですが、かつてはここに道徳観音山というコンクリート製の人工の山があったそうです。

高さ18メートルの道徳観音山。
山の内部はスケートリンクがあり屋外はプールとなってたそうです。まさに観光地といったところ。

またこの近くには温泉旅館もあったそうです。
こちらも今は公園となっていますが、かつては泉楽園という温泉施設がありました。

こちらは泉楽園の鳥瞰図です。
「さくら」とか「いざよい」とかなんかスナックにありそうな名前がみえますがこちらは宿泊ができる温泉施設でした。娯楽施設もありそこではビリヤードができたんだとか。
でた、娯楽といえばビリヤード。
ビリヤードで大の大人が満足すると思います?
そりゃできるわけないでしょう。
当然お遊びスポットがあったはずです。
温泉旅館のお遊びといえば、ストリップと場末のソープです。
ソープとストリップしか知らない人。
教養の低さをひしひしと感じる。

ソープとストリップはこの界隈にはありませんがこのあたりは私娼窟だったそうです。終戦後に赤線街として指定されました。
赤線街となったのは日本の女性を守るため。
1945年8月、日本は太平洋戦争で敗戦国となり同年9月より連合国軍の占領下に置かれます。10月には名古屋港より進駐軍が上陸。4万人以上が市内各所に進駐しました。
兵士が来れば凌辱がはじまる。日本政府は日本人女性を守るため各地に慰安所を設置したそうです。ここにあった赤線街もそれに類するものでした。ここには戦後、新陽園と呼ばれる色街でした。
もう道徳とかどうでもよくなってる!
戦後すぐに特殊慰安所として新陽園は開業。焼け野原だった名古屋の唯一のオアシススポットだったのでしょう。しかし赤線だったのはほんの一時期だけ。新陽園は移転することになります。移転先はここから2kmほど離れたところ。堀川を渡った先の港陽町でした。

こちらが移転した先の港陽町です。
ここは名古屋港に隣接する地域。新陽園だと港からはちょっと遠い。そのためこちらに移設したのでしょう。
元々ここは高射砲陣地だったそうで空襲で焼け野原に。赤線を整備するのにちょうどよい場所だったのでしょう。
新しく整備された赤線街の名前は港陽園。陽のあたる名古屋港って意味が込められてるんだとか。

ちなみに港陽町に隣接する港楽町に港楽園という色街がありました。
戦前は花街だったそうですが港楽園も新陽園とともに港陽園に統合しています。
新陽園、港楽園、港陽園。
名前が似すぎていてよくわからなくなってきた。
また港陽園から西に3km離れた先。
そこには遊郭がありました。
名古屋港湾岸、大体が風俗街。

名古屋の港のそばにあった遊郭。
稲永遊郭ってところでこちらがその跡地です。
名古屋には大須観音そばにあった旭廓。
熱田神宮そばの宿場町「宮宿」にあった熱田遊郭。
この二つの遊郭がありましたがどちらも神社仏閣の門前で街の中心地でした。遊郭が街の中心にあるのはよくないってことで明治以降に移設の話が持ち上がり1912年に熱田遊郭をここに移設しました。

この付近は稲永新田ってところだったため、稲永遊郭と呼ばれたそうです。住所は稲永ではなく錦町。遊郭があるとわかるような町名にしたのでしょう。

こちらは錦町内にある錦神社です。
遊郭設置の際に勧請した神社なのでしょう。
ご祭神は熱田大神。
ここが稲永遊郭の中心だったところなのでしょう。

戦時中に廃業した稲永遊郭。
その割にはこの辺りは飲み屋があります。
終戦後も遊郭復活を目指したのでしょうか。
でもこれらは普通の居酒屋です。
かつての遊郭のような店ではありません。
中心から離れた結構不便な場所。
それでも港湾労働者がここには来てたのでしょう。しかし太平洋戦争がはじまると遊郭は自粛となり妓楼は徴用され軍事工場の宿舎に転用されました。さらには空襲により街は壊滅。
終戦後、復活することはなく全ての機能を港陽園が引き継ぎました。稲永には遊郭の名残りはないようです。かつては港で働く人のために存在した遊郭。それが必要だったからここにできたのでしょう。港町だから遊郭があった。でももうそれは必要なくなりました。

と思ってたけどなんか少し異質な店がある。
ここは湊町ですよって感じのお店。
駅からも遠く商店街でもない地域。
そんなところにポツンとあるエステ店。
これは明治のころにできた稲永遊郭の名残りなのではないでしょうか。たぶん違うと思う。
そもそもここは普通のエステ店のはず。
普通のエステ店のはず。だから遊郭のサービスを期待しちゃいけない。
ウェブサイトの風俗じゃないって書いてあったし。
もうここには稲永遊郭の名残りはないようです。

稲永遊郭も港陽園へ。
新陽園も港陽園へ。
港楽園も港陽園へ。
ってことは相当大きな赤線だったのでしょう。
と思ってたんですがそこまで大きくなかったようです。
また急ごしらえでつくったからでしょうか。
色街っぽい街づくりではありません。
赤線街ができたのは終戦から4年後の1949年。売春防止法施行まで営業が続けられました。売春防止法の罰則施行は1958年。10年も経たずに色街は消えてしまったようです。そんな短い期間だったため当時の名残りはなく、唯一の残ったのがラブホくらいでしょうか。

いちおう残ってはいた。

赤線跡地には旅館もあるようです。
赤線廃業後は旅館に転業するケースがあります。もしかしたら港陽園の名残りかもしれません。でも風俗的な店は町内に一切ないようです。
この近くには名古屋港があります。赤線ができたのも港があったから。現在名古屋港は日本で一番の輸出港です。一番になる理由はトヨタがあるからです。だったら風俗街があってもおかしくないじゃないって思いますが昔と今は違うのでしょう。
港自体も広範囲に広がっておりここが玄関口ってわけじゃないようです。そもそも船を降りたら即風俗。そんな文化は廃れていったのでしょう。
もう海の男には風俗は必要ない。
港陽園はラブホがあるだけの健全な街になりました。
健全?
本日は名古屋港界隈を巡りました。
かつては港の周りに複数の色街がありました。でもそれらは時代の流れとともに淘汰されました。今では健全な湊町に生まれ変わったようです。
遊郭的な店がなかったのは残念ですがこのような歴史に触れられるっていいですね。

こちらは港陽園のそばにある築地口駅です。
駅前にはボートピア名古屋があります。飲む打つ買うの「買う」はこの街から消えましたが「打つ」はまだ残ってるようですね。
あと築地口駅の周りは居酒屋がけっこうあります。どうやら飲むもまだ健在のようです。

そしてエステ店も港陽園の名残り、まだあった!
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台中公園前のビルに街娼が立つ!ここは台中の大久保公園

本日は台中に来てます。
こちらは台中市内にある公園「台中公園」です。
こちらの台中公園は街の中心地にほど近い都市公園です。
日本でいう代々木公園や芝公園といったところ。中央に水場があるので上野公園でしょうか。
街の中心に自然と触れ合える場所がある。旅先で都市公園に行く。ちょっと異質な台湾観光ですが公園を散歩するってのも旅の楽しさの一つです。

同園が開設されたのは1903年。
元々湿地帯と竹林が混在するエリアでしたが日本統治時代に公園として整備されたそうです。
3万坪ある公園のためかなり広いです。そして日本統治時代に整備された公園のため日本っぽいところもあります。

こちらに倒れていますが鳥居が残っています。
こちらには1911年に建立された台中神社がありました。
祭神は能久親王・大国魂命大己貴命・少彦名命。こちらは政府管理の神社でした。
明治時代に建てられた神社。あの板垣退助もこちらに訪れていたそうです。ある意味私も板垣退助と同じ志をもった同志です。そんな同志が立ち寄った公園に今います。なんか感慨深いです。
そういえば高知でも板垣退助と同じ場所に行きました。
高知のその場所は私娼窟でした。
訪れる場所が不健全。志が低そう。
高知のソレは玉水新地。板垣退助は遊廓だったころに私はちょんの間だったころに訪れてます。
やっぱ不健全。
でも今回は台中です。板垣退助も訪れた台中。台湾の教育や自治の現状の視察で訪れた板垣退助。
その際にこの公園に訪れています。私も高い志で台中まで来ました。私も教育や自治の現状を見に訪れているのです。私がこれより行くところは私娼窟です。
やっぱり志が低そう。
ちなみにその私娼窟は公園の目の前です。
自然じゃなくて私娼と触れ合える汚い公園。ここは台中にある大久保公園だった。

台中公園の南西側、公園路に面したところに大きなビルがあります。こちらは合作曁観光大楼という建物です。だいぶ年季が入ってますが見た目普通の商業ビル。中心地に近いからか人の往来も激しく
ごく普通の街並みといった感じです。ちなみにこちらのビルは観光地でもあります。

ビル一階には宝飾店が多く入居しており週末になると玉市という市が立ち様々な宝飾品が並ぶ宝飾市場になるんだとか。
ビルの中心は通り抜けられる構造になってます。平日ですが露店が何店舗か出店してます。

このようにごく普通の商業ビルですがビルの周りは普通ではない様子。
どうやら普通の商店がある商店街ではなくちょっと怪しい店が軒を連ねる歓楽街のようです。

こちらには夜総会というお店があります。
夜総会はキャバクラや ラウンジ的なお店。中には連れ出し的な店もあるんだとか。

またナイトクラブやカジノも近くにあります。
電子遊技機と書かれたカジノっぽいお店。台湾では賭博は違法。だからカジノが街にあるはずありません。あくまでもここは電子遊技機があるだけの店です。要はゲームセンターなのでしょう。
歓楽街にある電子遊技機のあるお店。外から中の様子が見れないゲームセンター。それが普通のゲーセンであるはずがない。日本の歌舞伎町とかにある闇なんとかと一緒。ここはちょっとダークなお遊びスポットです。

こんな怪しい歓楽街の中にある合作曁観光大楼。一見すると普通のビルですがビルの柱に隠れて女性が立ってます。この子たちは街娼です。
やっぱ大久保公園だった。

台湾の建物は一階部分がセットバックされており歩道のような扱いになってます。
この半野外空間のことを騎楼というのですがその騎楼に立ちんぼがいます。
柱の陰で道路側からは見えませんが騎楼の中を通ることで見ることができます。
一定間隔で女性が立っている状態。まさに大久保公園のソレです。目が合うと声をかけてくる女性もいますがかけてくるのは中国語。何を言っているのかはわかりませんが顔の表情から売ってるのだろうと判断できます。
中には声をかけてこないけど目が合うと微笑んで頷く女性もいます。
目が合うのは脈ありのサイン。
もしかして僕のこと誘ってる!?
これは恋が始まる予感。

でも声をかけてこないのには理由があります。
この騎楼に立つ女性の人たち 外国人が多めです。中国人もいますが多くが東南アジア系の顔立ち。
フィリピン、ベトナム、タイ、マレーシア、なんとなくそっち系の人っぽいのが多い感じ。
中国語を話せない外国人。だからアイコンタクトをしてるのです。
ただの集客目的だった。これは交渉が始まる予感。
システムはこうです。
街路に立つ女性と交渉する。

交渉成立するとこの扉のなかに消えていきます。
こちらが店舗入口です。違法感漂う佇まい。
いやいや違法と決まったわけではありません。
あくまでも女性が声をかけて店に入るだけ。
中で行われていることはマッサージでしょうか、それともここは飲食店でしょうか。
何が行われてるかは定かではありません。

定かだけど!
明らかに街娼ですよ感丸出しの立ちんぼ。しかも朝早い時間から営業してるんです。
6時過ぎにはすでに立ってるんです。
まさかの日の出営業。
いやこれもしかすると24ですかね?
もうそれ、コンビニ感覚じゃないですか!でもそんなあからさまに営業してたら摘発とかあるんじゃないの?
たしかにここは何度も摘発にあってるようです。
そのためかこの界隈はかなりピリピリしてます。

警察も頻繁に巡回しているようで警察が来ると娼婦は建物へ避難。
警察がいなくなると元の位置に戻る。それが昼夜繰り返されてるんです。
警察も監視していますが逆に警察を監視する人もいるようです。

建物を囲う形で男性が立っているのですが見た目が明らかにカタギじゃない。
ほぼほぼヤクザのような人たちがいます。めちゃくちゃ治安が悪そうな空気感。
手出しはしてこないけど鋭い眼光で行き交う人を見ています。
ちょっとでも変な行動をしたら目をつけられる。
そんな環境です。
警察が定期的に巡回してるとかのレベルではなく頻度が結構高いんです。
1時間おきに巡回してるんです。その都度娼婦は避難する感じ。これじゃあ商売できません。
商売できないから売春業はやめる。警察はそれを狙っているのかもしれません。
でも私服警官が巡回すれば摘発できるじゃない!明らかにそこでしてるんですから!それをしないってことは何か裏がある気がします。

こんな感じでちょっと異質な怪しいビル。
でもどうやらこのビルだけではなく隣りの建物の周りにも街娼がいます。
こちらのビルの周りは話しかけてくる人が多め。中華系の人が多いようです。
でも中華系の人は漏れなく年増の女性。若い人はわざわざ街娼なんてしないのでしょう。ネットで集客すればいいだけです。リスクある街娼よりもネットの方が安全です。

台湾では売春は犯罪です。
買う側も売る側も罪に問われます。でもネット上はかなりの数のソレがヒットします。
罪に問われますがネットであればリスクが低い。だからそのようなサイトが複数あるのでしょう。
そしてネットの出てるソレは店ではなく個人です。個人的にネットで集客できるんです。
出会い系サイトよりも手軽さがある、パパ活みたいなめんどうなシステムじゃないから利用者はそれなりにいるのでしょう。ネットで集客出来るなら街路に立つ必要はないですからね。台湾はネットが主流なのでしょう。
若い女性が街路に立つのは日本くらい。
サイバー後進国、ニッポン。
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これであなたも擬似穴兄弟!堀田駅前の私娼窟「平和園」の名残り

本日は名古屋市瑞穂区に来ております。
こちらは名鉄線の堀田駅です。
堀田(ほった)じゃなく堀田(ほりた)です。知らなきゃ確実に堀田(ほった)って読んじゃいます。
私はこの駅で降りるのは二度目。以前は乗換えで降りました。
同駅の南側に地下鉄名城線の堀田駅があります。このように堀田駅は乗換駅ですが二つの駅は400m離れているんです。地下通路のようなものはなく雨の日は乗り換えるのに傘が必要です。名城線と名鉄線は金山でも乗り換えられます。わざわざ堀田で乗り換える人はいないのでしょう。
私はわざわざ乗り換えた人だった。
そんな地味な駅ですが結構利用者が多いです。利用者が多い理由は企業があるため。
ブラザー工業、トヨトミ、パロマ、フルタ電機。ほかにもこの界隈は工場が目立ちます。堀田は町工場が多い地域のようです。

こちらは国道一号線の交差点「内浜」です。ここは旧東海道が通っていた道。西へ向かうと東海道最大の宿場町「宮宿」です。
通り沿いにはトヨトミとパロマの看板が見えます。
トヨトミは石油ストーブなどの空調機メーカー。
パロマはガス器具メーカー。
兄弟会社っぽいんですが二つの会社は別企業。同業他社のライバル企業のようなところですがそれが隣り合ってあるんです。ここが工場街だから大きな企業があるのでしょう。

そして一番目立つのがブラザー工業です。ミシンメーカーとして有名なブラザー工業。私は以前ブラザーのパソコンを使ってました。また複合機も同社の製品を使ってました。このようにPC機器の印象が強いですが元々のはじまりはミシン製造で今でも同社の主力商品となっています。
同社は1908年にここ堀田で創業。安井ミシン商会の名前でミシン修理業をはじめました。1925年に創業者が他界したことで創業者の子供10人が事業を継承。安井ミシン兄弟商会に屋号を変更し熱田伝馬町に店を構え修理業を続けたそうです。しかし不況によりミシン修理の需要が減少。そこで修理ではなくミシン製造に着手しました。現在の堀田は町工場の多いところですがかつては田園風景が広がる地域だったそうです。
堀田の地名の由来は増水すると田んぼが堀のようになるから。つまり田んぼが多かったのでしょう。また堀田駅の周りには苗代町など稲や田んぼを連想させる地名があります。そもそもの瑞穂区もみずみずしい稲穂が由来で平坦だったこの場所は田んぼに適してました。
穀倉地帯では副産物として藁が手に入ります。そのためここでは麦わら帽子の製造も盛んでした。それに目をつけたのが安井ミシン兄弟商会。
麦わら帽子を製造するミシンを開発。ブラザーの商標で販売を始めたそうです。兄弟が力を合わせて作ったミシン。ブラザーってそのままの意味だったんですね。そして堀田だったから作れたミシンでした。
ここはブラザーの発祥の街だったのです。
ミシンの修理業から始まったブラザー工業。今じゃ日本三大ミシンメーカーになっており堀田駅の周りにはブラザー関連の建物が多いです。もう堀田駅じゃなくてブラザー駅でもいいんじゃないかってくらいです。それくらい堀田に貢献しているのでしょう。

多くの社員が行き交う堀田駅。仕事終わりに一杯ひっかける人もいるはずです。駅前には飲み屋があります。
スナックビル的なヤツでしょうか。ブラザーが仕事終わりに飲みに行く店がちゃんと用意されています。

こちらはエビス大黒市場で公設の市場のようです。だいぶ年季が入った市場ですがその隣の路地。スナックがあったであろう街並みが見れます。

ブラザーがここで一杯飲んでいったんでしょう。
それもこれもこの界隈は工場街だから。
ライバル企業で敵対してるとしても仕事が終わればみな兄弟。もしかしたらほかの企業の社員とともに酒を酌み交わしていたのかもしれません。でもその様子はもう見れないようです。
需要があるから供給がされる。
かつてはそれを求められたのでしょうが今は仕事終わりに飲みに行く頻度も減ってます。
おでんにもつ焼き モツ煮に土手焼き、名古屋料理を扱う居酒屋も多かったのでしょう。またスナックも結構あったのでしょう。
仕事終わりに飲みに行くのが当たり前だった時代。もうそんな時代ではなくなりました。堀田の飲み屋はだいぶ減ったようです。

堀田駅前の飲み屋は減ってしまいましたがそれでもこの界隈は工場街となっています。
かつては穀倉地帯だったのが工場街へ。それにはいろいろな歴史があったのでしょう。なんか歴史を感じれるし感動的です。
ちなみにブラザー瑞穂工場に隣接する神穂町にはかつて私娼窟があったそうです。
いろいろ感じれるところで全然感動的じゃない。
風俗街があったから工場を建てた可能性もある。

こちらは神穂町にある東ノ宮神社です。
ご祭神は熱田大神。
明治以降に建てられた神社のようです。現在は神穂町ですが古くは八丁畷という町名で東海道の宿場町「宮宿」から八丁離れていたためその名で呼ばれていたそうです(諸説あり)。

熱田神宮へ奉納する供米田があったことから神穂町と呼ばれるようになったのでしょう。また瑞穂区の由来もこの地が関係しているようで明治元年に明治天皇が東京行幸でここを訪れた際、初めて農作業を見たそうです。それが由来で瑞穂と呼ぶようになったんだとか。そう考えると結構神聖な領域ですがこの神社の門前に私娼窟があったそうです。その私娼窟は平和園というところで戦後にできた風俗街でした。

ここは瑞穂区神穂町。
名前の通りこの界隈は田畑が広がる地域。辺り一面田園風景、人通りの疎らな場所。唯一あったのがブラザーの工場でしょう。
誰がための風俗街だったのか容易に想像できる。
風俗街があったから工場を建てたわけではない。工場があったらか風俗街ができたのです。

まぁどちらが先にせよ、その利用者はヘイブラザー。工場街の憩いのスポットだったのでしょう。
でも売春防止法施行により平和園も衰退。その後も生き残ってはいたのでしょうが自然消滅したのでしょう。5年前まで平和園の街並みが見れたそうですが今はキレイな街並みに変わりました。

私娼窟だった様子はなく、ぱちんこ屋があるくらいです。
神聖な領域!
ブラザーの工場の目の前に私娼窟があったなら、まぁ通っていてもおかしくないでしょうね。でももうそういった店はここにはないようです。
ここで働く工員らは寂しい思いをしてたでしょう。とつぜん目の前の風俗街が消えたんですからね。
私も川崎堀之内に住んでいた時、ちょんの間が摘発に遭い壊滅しました。それを目の当たりにしたとき愕然としました。
明日から私は何を目標にして生きればいいのか。
そんな風に悩み、夜も眠れず早朝になってからソープに行きました。
何も変わってなかった。
堀田で働く工員も多分同じ悩みを抱えてたはず。
でもなんとかなっていたのでしょう。
だってここは名古屋ですから!

商店街の方に戻ってきました。
こちらは町内にある喫茶店です。
名古屋といったらモーニング。この界隈の喫茶店は必ずモーニングがあります。
朝ご飯を悩む必要がないのが名古屋の良いところ。小倉あんトーストも名古屋飯のひとつでしょう。甘じょっぱいこの感じ、名古屋らしさを感じされます。
朝ご飯はご飯に味噌汁が一番ですがたまにはパンとコーヒーってのもいいもんです。こういう喫茶店で朝飯を食べるの、まさに名古屋って感じ。

その喫茶店の上の階、ヘルスがあります。
まさに名古屋って感じ。
名鉄線堀田駅近くの商店街、地域密着型の商店街ですが商店街にあるべきではない店があります。こにあるのは密着系のヘルスです。
神出鬼没の風俗店。
町内の一画、ポツンと一軒ヘルスがあります。名古屋らしいと言えば名古屋らしいです。
なぜか名古屋は普通の商店街に普通の商店みたいな感じで風俗があるんです。八百屋、精肉店、風俗店、鮮魚店みたいな感じ。なんか町内に溶け込んでるんです。
いや溶け込んではない。

でもポツンではなくもう一軒あるんです。
町内に紛れ込む風俗店。いやあまり紛れ込んではない。
なぜこんなところに風俗店があるのかな。
利用者が多いのかな。
需要があるのかな。
あっ!そういえば堀田駅の周り、工場街だった!
これは第二の私娼窟。工員のための憩いの場。
パロマやトヨトミ、実は穴兄弟だった!
かつては平和園という私娼窟がありました。
戦後にできた私娼窟。でも1950年代末期には閉鎖されてます。その後長らく工員たちは寂しい思いをしたはず。仕方なく電車に揺られ別の街に遠征してたのでしょう。でも新たなお遊びスポットが堀田にできたのです。この界隈の店は90年代にできたのでしょうか。わざわざ電車に乗らなくても堀田駅前で乗れる。この界隈で働く多くの人が来たに違いありません。
たった二軒の風俗店。
大企業がいくつかあるし小さな工場もある堀田。
そりゃ大混雑ですよね。
いや...さすがに職場のそばの風俗はちょっと...ってなるのがまともな大人の考え方です。
そりゃそうです。
もし入店するところを同僚に見られたら。
もし入店するところを上司や部下に見られたら。
職場の空気が気まずくなるじゃないですか!
だから控えるんです。まともな大人は。
でも風俗行くやつってまともな大人じゃないんです。もちろんこの界隈で働く多くの人がまともなんです。でもいるでしょ?ちょっとまともじゃない人。
この界隈でどれくらいの人が働きどれくらいの男性がいるかはわかりませんが大きな企業があるってことはそれなりに男性従業員はいるはずです。であればその中に変態がいてもおかしくはない。
つまりここの風俗利用者は必ずいるはずです。
トヨトミ、パロマ、フルタ電機、そしてそれはブラザー社員の中にも。
つまりブラザー社員も兄弟だった。
一応ここはヘルス店。
正確に言うなら擬似穴兄弟。
それ兄弟でも何でもない。
本日は堀田を散策しました。
名古屋駅からさほど離れていませんが観光客が来ることがあまりない堀田駅界隈。でも企業が複数あるので仕事で来たことがある人はいるのでしょう。
仕事終わりに一息。
そんなこともここでは実現可能だし実現した人は一人や二人どころじゃないはずです。
多くの兄弟を産んだのでしょう。
時間は10時。
お店がそろそろ開く時間帯。
というわけで私はちょっと一息ついていきます。
これで私もブラザーのブラザーになるのか。
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消えた駅前公娼街。台中は健全な街に生まれ変わるのか?

本日は台湾の台中に来ております。
こちらは台中駅北口側です。
台中駅は台湾鉄道全線で二番目に利用者が多い主要駅です。
一日7万人が利用する駅。そんなわけで駅前はきれいに整備されてます。
でも逆側の出入り口は少し様子が違います。
台中中心地は駅北側なので駅前は賑やかで利用者も多いですが逆側の南口側は静かです。

こちらが駅の南側です。
こちら側はじゃないほうの駅入り口。
利用者も少なそうだし寂れた感じの出入り口。日本でも駅の出入り口で差がありますよね。
入り口があるのに駅裏って呼ばれてたり特に国鉄に多い気がします。
例えば新横浜が顕著です。
北口側は近代的なのに南口側は牧歌的。少し前まで南口側は田畑が広がる駅前でした。当然利用者も少ない出入り口です。
岐阜駅もそうです。
メインの出入り口は北口側です。北口側は商業施設も多く飲食店もあります。
また名鉄線との乗換え口なので利用者が多いです。逆の南口側はソープ街になってるんです。
じゃないほうの出入り口って怪しい店があったりします。
もしかしたら台中駅にも。駅前ソープ的な店があるんじゃないでしょうか!
いやいや日本の駅前と一緒にしないでください。そんな怪しい店が駅前にあるはずありません。
台中駅前は健全。

台中駅南口にはこのような施設があります。
駅から少し離れたところにモールがあるんです。こちらは三井ショッピングパークららぽーとです。
ほぼ日本。

2023年にできたららぽーと台中。日本のソレとなんら変わりありません。
ららぽーとは海外展開をしており日本国外だと中国上海に二店舗。それとマレーシアのクアラルンプールに一店舗、あとは台北とここ台中にあるようです。
出店している店舗は現地企業もありますが日本の店も出店してます。
日本のららぽーとと大差ないラインナップです。

とくに飲食店は日本食レストランが多め。
日本で食べるよりか少し値段が高いのでしょうか。でも中華ナイズされてない日本食が食べられる。
現地の人だけでなく日本人も来るのでしょう。
こんな感じで発展しつつある 台中駅の南側。ショッピングができる店も充実してるようです。
駅目の前にもショッピングモールがあります。

遊園地なども併設されてる複合型商業施設。
台中駅から 徒歩2分の立地なので駅前ショッピングセンターのようなところ。
こんな感じでじゃないほうの出入り口だけど賑やかで健全な駅出入口なんです。
多くの人が行き交う台中駅南口。じゃないほうの出入り口だけどじゃないほうではなかった。
日本のじゃないほうの出入り口と全然違って健全で文化的な街並みが広がってます。
駅前ソープみたいなのがある?そんなのあるはずないじゃない。
このように台中駅前は健全な街ですがかつてこのショッピングモールの横には風俗街がありました。
やっぱ駅前ソープがあった。

大勇街の西側、駅前の割に静かな路地があります。
路地の中心には大きめの駐車場。また駅前だからかバイクの駐輪場もあります。でも商店などの店はなく人通りもありません。再開発から遅れたような様子でまさにじゃないほうの駅入口そばといったところ。かつてここは風俗街でした。
台中駅南口側に風俗街ができたのは終戦から11年後の1956年頃。台湾は1895年から終戦後の1945年まで日本が統治していましたが第二次世界大戦で日本が敗戦すると蒋介石率いる中華民国国民党軍が台湾に上陸。中華民国が統治しはじめます。しかし中国国民党と共産党が対立し内戦が勃発。内戦は共産党勝利により中華人民共和国が樹立します。負けた国民党は台湾へ逃亡。その際に多くの大陸出身者が台湾にきました。
その数およそ120万人。当時台湾の人口は600万人だったのでかなりの人数が移住したようです。その120万人のうち約半数にあたる60万人が独身の若い兵士だったそうです。
国民党が来たことで台湾は混乱状態となったので1949年5月に政府は戒厳令を布くのですがその際に兵士への禁婚令を発令します。禁婚令とは読んで字のごとく結婚を禁止すること。日本も戦前における兵士の結婚は条例で規制され婚姻をするには上官の許可が必要でした。また階級の低い兵士は結婚が禁止されてました。このように兵士の結婚を制限する理由は財政状況や戦力維持が理由のようです。しかし結婚ができないとなると困るのが性欲です。兵士は20代が一番多いわけですがその年頃は性への好奇心が高い時期です。そのような人の性欲を抑制していたら性犯罪が蔓延してしまいます。
兵士の性欲管理は軍部の務めです。そんなわけで日本では遊郭を設置して兵士の性欲管理をしてました。国民党軍兵士も平均年齢は20代前半でした。そのため日本が遊廓を設置したように台湾政府も公娼制度に似た制度を作り1956年に公娼街を設置しました。それがこちらの路地でした。

いわゆる駅前風俗街。
アクセス良い立地にできた公娼街。最盛期には10軒以上の売春宿と数百人の売春婦がいたんだとか。とくに台中には台湾最大の空軍基地があります。そのため多くの軍人がここに通ったのでしょう。またその空軍基地には米国空軍が駐留してた時期がありました。わざわざ基地から遊びに行ってた可能性がある。人気の公娼街だったのでしょう。

でも現在は何もない路地になっています。
こちらの駐車場のあたりが路地の中心ですがその当時ここには劇場があったそうです。劇場ができたのは日本統治時代の1936年。天外天劇場という建物がありました。劇場の名の通り映画やオペラが鑑賞できる施設でそれ以外にもダンスホールや食堂もありました。当時台湾の民間劇場のなかでは最大規模で東京宝塚劇場に匹敵する規模だったそうです。戦時中閉鎖をしますが終戦後翌年には劇場を再開。オーナーが変わり国際 大劇場に改称しますが経営難により1964年に閉鎖しました。
以後は別事業に転用されるも借りる人がいなくなり 2012年に廃墟へ。重要文化財に指定する話もありましたがその話も頓挫し、2021年に解体されました。現在は駐車場になってます。

ここにあった公娼街も劇場と同じでときの流れとともに衰退していきました。
かつては10軒以上の売春宿がありましたが90年以降にデリバリー形式のソレが出現すると客をそっちにとられるようになったそうです。さらに公娼制度が廃止されたことで売春婦の免許更新ができなくなりました。売春婦は登録制となっていたようですがその登録ができない状態になりました。
つまり新しい女性を雇えなくなったのです。
新陳代謝しない風俗店の末路は酷いもので「26歳です」って平気で嘘つく52歳の風俗嬢がいるんです。
高齢者ばかりの売春宿には客は来なくなります。
そんなわけで2000年代頃には売春宿は3軒まで減り売春婦も10人以下しかいなかったんだとか。その3軒のうち2軒も2018年初頭に閉店。最後に残った店も同年7月末に閉店しました。
最後に残っていた売春婦の年齢は50代だったそうです。
もう8年も前に閉店してたんですね。
来るのが遅かったです。
営業してたら行く気満々だった!
ここには風俗街もなくなり劇場もなくなりました。
現在は駐車場だらけですが再開発できれいな街並みになるかもしれません。ここはもう健全な駅前。きれいな街に生まれ変わるのです。

いや健全じゃなさそうな駅前店舗。こちらはパチンコ店です。
やっぱ健全じゃなさそう。
駅前にパチンコ屋がある街、健全じゃない!
日本の駅前!
台北では規制されてますが台中ではされてない。そんなわけでパチンコ屋があるんです。あくまでも健全なパチンコ。

こちらには三班助理 って書いてあります。
三店方式みたいな文字。
これはそうではなく従業員募集の張り紙です。三交代勤務なんでしょうね。台湾のパチンコ店って24時間営業なんです。
不健全そうな営業スタイル。
いやいや何言ってるんですか。ここはあくまでもゲームセンターなんです。
ちなみに台中駅の北側、徒歩10分くらいのところにある台中公園前には現代版の遊郭とカジノがあります。台中、普通じゃなかった!
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明日に向かって元気になる!野良風俗嬢がいる街「金山歓楽街」

本日は名古屋に来ております。
こちらは金山駅です。
JRの中央本線と東海道本線、名古屋市営地下鉄名城線と名港線、そして名鉄名古屋本線の5路線乗り入れる金山駅。一日の乗降者数は40万人以上。愛知では名駅に次いで二番目に利用者が多いです。
名古屋駅までは4分 栄駅までは8分、さらにはセントレア空港までは24分とどこに行くにも便利な金山駅。そのため多くの人が乗り換えで利用します。乗換えにすごい便利でどこにでも行けるため金山駅の外に出ることがないと言われたのは昔のお話。今は駅前がキレイに整備され利便性が良いため住みよい街になったのでしょう。

こちらは駅前にある商業施設アスナル金山です。
2005年に開業したアスナル金山。
「明日に向かって元気になる!」がコンセプト。「明日なる!」だからアスナル。
雰囲気がキャナルシティ博多っぽい感じ。
広々していて過ごしやすそうです。
地上四階建ての60店舗が入居する商業施設。比較的若い人向けのお店が多いんだとか。
今では金山の顔になっているアスナルですが2028年に閉鎖することが決まってるようです。どうやら期間限定で借りていた土地で借地権が切れるが2028年なんだとか。

この景色が見れるのもあと2年です。
跡地には新たに複合施設を建てるんだとか。でもそれができるのは2032年以降。また金山のイメージが変わるのでしょう。
皆さん金山のイメージでどうでしょうか?
今の金山は住みよい街のイメージなのでしょうか。鉄道は5路線あるから便利だし駅前に商業施設があるから便利。程よく栄えているけどそこまでゴミゴミしてない。住むのにはちょうどよい街。
こんな感じで住むのに適した街のイメージですがはたして金山ってそんなところでしたっけ。
私のイメージする金山は少し違っていて金山のイメージ、キャバクラとピンサロなんです。金山に対するこのイメージ、私だけじゃないと思うんです。
少なくとも金山を利用したことがある人、私と同じイメージをしてるはずなんです。だって金山ってピンサロがあったじゃん。いやキャンパブになるのでしょうか。どちらにせよ質が悪そうなイメージ。金山って歓楽街のイメージなんです。
いつも名古屋に来るときはホテルの予約をせずに名古屋入りするんです。東京と名古屋は1時間半で移動でき、場合によっては日帰りもできる距離です。そのためホテルを取らずに名古屋入りをしてその時の気分で泊まるか帰るかを決めるんです。このように名古屋は自由度が高いんです。
でもそれには弊害もあって当日ホテル探しをするため名古屋駅前のホテルは満室ってこともあるんです。そうなると別の場所のホテルを探すのですが金山だと名古屋駅から離れていないし使い勝手がよい場所なんです。ってわけで金山駅そばのビジネスホテルに泊まる。
そして夜に駅の周りを散策する。
そこにあったのがキャバクラとピンサロでした。
駅前にそんな店があるんだったら、そりゃ行くよね。据え膳食わぬは男の恥って言うでしょ!
私のイメージする金山はピンサロとキャバクラ。でもそれはアスナルができた頃の話。それからもう20年の月日が経ってます。街並みは変わっているのでしょう。

こちらは金山駅南側にある神社「金山神社」です。創建は15世紀頃、当地に住む鍛冶職人が勧請したのがはじまりです。
ご祭神は鍛冶鋳造の祖神「金山彦命」。ご利益は金運財運。
いつもより2割増しのお賽銭を納めておきます。
こちらの神社が金山の地名の由来のようです。中世の頃は鍛冶職人が集まる街だったんだとか。
金山神社は川崎にもあります。
川崎の金山神社は男性器をまつってあります。「かなやま」と「かなまら」をもじってるようで宿場のあった川崎では性病が多かったことから川崎の金山神社は性病除けのご利益があります。性病のご利益があるなら5割増しにするのですがここにはちんこないのかな?
歓楽街があるところならありそうな感じですがそもそも金山の辺りは古くからある町ではなく駅が開業したのは1944年ころです。昔は何もないところだったのでしょう。駅ができたことで急速に発展し駅前歓楽街になったのでしょう。

ほら、やっぱりあったキャバクラ店。こちらは駅の北側です。普通飲み屋って一カ所にまとまってあるんですが金山の場合、全体的に広がってるんです。
飲み屋があるのは駅北側と東側、あとは南側。

ほぼ飲み屋街。

こちらは金山駅の東側にある波寄町です。この辺りも飲み屋街となっています。そもそも金山駅は元々この辺りにあったそうで当時は金山橋駅って名称だったそうです。現在の場所に移ったのは1989年。まだ40年も経ってないんですね。この辺りが元駅前だったってことなので飲食店がけっこうあるようです。

こちらはどんぐりひろばという公園です。
公園は都市公園法によって設置基準が定められてます。また様々な規定があり設置が容易ではありません。このどんぐりひろばは都市公園とは異なり地域の用事の健全育成を図る目的で地域住民と行政が協同して設置した遊び場です。いわゆる子供の遊び場的なヤツ。ドラえもんに出てくる空き地みたいなところです。

ほら子供の描いた絵が飾ってあります。
これはドラえもんと思いきやうまい棒のキャラ「うまえもん」。

元気よくあいさつ 良い標語です。
こんな感じで子供の遊び場のどんぐり広場。その目の前、大人の遊び場です。

都内にも増えている熟女キャバクラ。特に名古屋は多いです。こちらの店があるところは大体歓楽街です。つまり金山も歓楽街。

ほらこちらにはキャバレー花園があります。
花園あるところ、歓楽街。

黒川、今池、名駅、住吉、柴田、桑名、そして金山店。私はこれで花園全制覇(入ってないけど)。
見た目ピンサロっぽいけどピンサロじゃない。普通のキャバレーです。

でもキャバレー花園に描かれた女性の絵、ロンドンと大差ないんです。

むしろ花園の絵の方が卑わいな感じがする。健全じゃなさそうだけど健全店なんですよね。

こんな感じで雰囲気ピンサロ店はあるんですが、かつてあったピンサロがどこにもないんです。たしか表通りにピンサロがあった気がします。金山橋のあたりにあったはずです。

こちらはこの界隈の地図です。
現在焼肉店があるところ以前はピンサロでした。
金山といったらここのイメージなんです。でもどうやら健全な街になったようで現在、金山にはピンサロがなくなりました。

たしかこの辺りにセクキャバがあった気がします。どうやらその店はなくなり別の店になってます。ピンサロもなくなりセクキャバも消えた金山。もう健全な街になったようです。
ちなみにこちらはクラブと書いてありますがセクキャバのようです。
店名が変わっただけだった。
金山にはピンサロがなくなりましたがセクキャバは結構残ってるんです。

この裏路地にもピンサロがありましたがセクキャバになってます。昼からにしては少し過激な感じの店。

夜は夜でだいぶ激しめの感じ。

その隣は普通の熟女キャバクラかな。
「絶望的な」「必死な」を意味するデスペレート。絶望的な熟女、必死な熟女。こっちの店の方が激しそうな感じ。

こちらのビルはセクキャバビルでしょうか。

セクシーと書かれたお店。ほぼ見た目ピンサロの看板。

こちらはガールズバーのようですがセクキャバやピンサロにありそうな店名。スプラッシュって書いてあるし。なんか飛沫がでそうな感じがする店。

ミニスカフェ。
たしかこれって女子大小路にありましたよね。
なーんだパンチラ喫茶か。
違います。こちらはあくまでもミニスカがコンセプト。チラ要素はないんです。
こんな感じで金山は変わりました。
20年前と変わってねぇ。

こちらは八熊通と大津通が交わる沢上交差点です。このあたりが金山の端っこになるのでしょうか。目の前を走る大津通、飲食店が軒を連ねてあるんです。

近くにはスナックビルがあります。かつては市電がここを走っていたそうで交差点のところに停留所があったそうです。昔は賑やかな場所だったのでしょう。

その交差点の奥にそびえたつ建物、こちらラブホです。ペントハウスという名のホテル。ペントハウスとは最上階の部屋を指す言葉ですが私にはアメリカのエロ本のイメージしかありません。
高級感を出すためにホテルをこの名にしたのか。
低俗感を出すためにホテルをこの名にしたのか。
そのあたりは定かではありませんが部屋を借りるのは低俗なことをする人たち。

この界隈ラブホテルが二軒あるんです。
セクキャバはあるが風俗過疎地となった金山。唯一のオアシススポットがここなのでしょう。
店舗型がない代わりに宅配型が発展したのです。

また金山駅前の橋の上。
ここには夜な夜な人が立っているとかいないとか。どうやら立ちんぼがいるようです。
名古屋のソレは納屋橋が有名ですが金山もそれなりにいるそうです。駅前で人の往来もあるし近くにはホテルがある。そんなわけで街娼が現れるそうです。

またこちらには一風変わった店があります。
こちらは 喫茶店です。
これを喫茶店というのは喫茶店に失礼。
こちらは出会い喫茶です。
カフェや喫茶と名称についていますが法律区分上は店舗型性風俗特殊営業の6号営業で、専ら面識のない異性との一時の性的好奇心を満たすための交際を希望する者に店舗内に設けた個室において異性と面会する機会を提供し異性を紹介する業務。それが出会い喫茶です。
やっぱ喫茶店じゃなかった。
2000年以降から台頭し始めた出会い喫茶。一時期は衰退しかけていましたが最近は利用者が増えているんだとか。ネットを介せば気軽に出会える時代。でも直接会って話したいですよね。
それを叶えてくれるのが出会い喫茶なんです。
自身の好みの相手と出会える、素晴らしいお店なんです。

あくまでも男女の出会いの場を提供するカフェ。
ここにはこのような記載があります。
女性とお話して意気投合したら即デート。
「女性と」と書かれているあたり明らかに男性のための店なのでしょう。
即デート。
デートとは食事や買い物を楽しむものですがここでいうデートは少し異なり、男女双方の同意のもと、代価を支払い関係をもつ。ここではそれをデートと言うそうです。
それを日本では売春って言うんだぜ。
ほぼほぼ室内型の大久保公園。立ってるか座ってるかの違いだけ。でもここは売春斡旋施設ではないんです。お店はあくまでも出会いの場を提供してるだけ。むしろそのような利用を推奨してません。以後のことは客が勝手にしたこと。何をするかは店は関知してません。
お話して意気投合ってのは値段交渉でしょうか。
金額が見合えば外の連れ出す形ですが、相場はある程度決まっているようです。
まさかの立ちんぼカルテル。
自由経済の原則に反してる。
公正取引委員会に通報レベル。
このシステム、悪くないですよね。
寒空の中で女性は街ナカに立つ必要はない。
風俗店とは違い女性側も客を選ぶ権利がある。
自由に出勤できるし帰ることもできる。
このように売る側にメリットがあります。
また買う側にもメリットがあります。
風俗を利用してる感が薄いから罪悪感がない。
実物から選べるからパネマジがない。
そして素人と出会える。
いやここに来る人が素人のはずはない。
野良風俗嬢ってだけで手練れ。
むしろ、プロ中のプロ。
本日は金山駅界隈を散策しました。
いや偏りのある街散策。
金山の街並みはだいぶ変わったようです。ピンサロも潰れてたし怪しい雰囲気が薄れました。賑やかな街だけど店舗型のソレはなくなった。金山は健全な街へと生まれ変わりました。
このように街並みが変化したのは法律による締め付けの結果でしょう。風俗店は新規出店できないし建て替えもできない。何かあれば摘発に遭い、不健全だと言われる業種。そのため店舗型は淘汰されたのです。
しかし世に男がいる以上需要はなくなりません。代わりに宅配型と街娼が増えたのでしょう。
健全な街に見えるけど実際はもっと不健全になったようです。また近年はニューハーフの店も増えてるようです。それはさらに不健全。

まだまだ不健全な街っぽい金山。
ここであれば明日に向って元気になれそうです。
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【小京都台中】台中の東南アジア「継光商店街」は日本の要素があった

本日は台中に来てます。
こちらは台湾鉄道の台中駅です。
2016年に新設された駅前、なんか大阪駅みたいですごいきれいです。
長い人生の中で私は台湾に来るのは二回目です。前回来たのは2年前でしょうか。
大して長い人生送ってなさそう。
その時は台北・基隆・桃園を観光しました。いわゆる北部エリアと呼ばれるところ。
そのため台北以南に来るのは初めてです。
はじめてくる台中駅。
広く、開放感があります。
白を基調とした清潔感のあるデザイン。

だけど付近はあまり清潔感がない。
駅前広場にはホームレスがめちゃくちゃいます。
ほぼホームレスの住処のような状態。これが台湾の現状です。
台湾は日本と違い社会福祉が充実していなく主要都市の駅前にはホームレスがいます。
台北駅前も当たり前のようにいました。主要な駅前はどこもこんな感じなのでしょう。
一人当たりのGDPが日本よりも高く先進国と呼んでもよい台湾ですが日本と違い社会福祉が行き届いてないのでしょう。昔も日本は主要駅前にはホームレスがいました。20年ほど前は似たような感じでこのような光景が日常に溶け込んでいたのです。でも社会福祉を充実させ今の駅前は変わりました。

ちなみにこちらは5年前の都庁近くの写真です。
台湾とさほど変わらない。日本も社会福祉がそこまでではなかった。そしてGDPも抜かれた日本。
劣等諸国ニッポン。
ほぼ日本の駅前と同じ台中の駅前。ここでは駅前で日本を味わうことができます。こちらも日本っぽさがあります。

こちらは台中駅の旧駅舎です。日本統治時代の1917年に完成した駅舎。
レンガ造りの建物が東京駅っぽい。実際に東京駅と同じ工法で建てられたそうです。ここも日本を感じることができます。
そもそも台中は小京都とも呼ばれています。
台中の街並みは日本統治時代に京都をモデルに都市開発がされたんだとか。
そんなわけで京都らしさを感じれるそうです。そのような景色がここでは広がってるのでしょう。

ほら京都があります。
いやこれはただのカラオケスナック。
これは舞子さんを連れ出せそうな店。
駅前ですからね。こういう店があってもおかしくありません。
吉野山は奈良県の吉野山のことでしょうか。ここは台中の近畿になるのでしょう。
日本っぽいのが台湾ではウケがよいのでしょう。とくに夜の店は日本語を使う店が多いです。
駐在日本人利用者が多そう。
ちなみにここの吉野山はゲイバーです。

こちらは継光商店街です。台中駅にほど近い商店街。
日本統治時代は栄町と呼ばれてたんだとか。
薬局や雑貨店、 衣料品店などの店があるいたって普通の商店街です。
このように普通っぽい感じの街並みですがそれに混ざってアジア系の店が多くあります。
インドネシア料理、マレーシア料理、タイ料理、ベトナム料理。かなりアジアに偏りがある模様。

そしてマッサージ。これは偏りがありそうなマッサージ店。
カタカナのマッサージと書かれた店は120%そっち系だし150%スペシャルがあるマッサージ店。日本と同じ駅前エステ。

なぜか駅前にある東南アジア街。
そういえば台北駅の近くにもインドネシア人街がありました。
駅前は一等地なので地価も高いはずですが台湾ではちょっと違うのでしょうか。
台中もかなりの数の東南アジアの店があります。
このように東南アジアの店が多い理由は多くの東南アジア人が住んでるから。
ここはリトルASEANなのでしょう。
台北に次いで外国人が多い台中。工業都市でもある台中は外国人労働者が多く住んでます。
外国人が住んでればその人たち向けの店も増える。その結果台中駅前は外国人街になっているのです。このように東南アジア人が多いのは国策でもあるようです。かつては中国本土に依存していましたがチャイナリスクを避けるため中国の依存度を下げASEAN諸国と関係を深める政策をとってます。その結果東南アジアの移住者が増えたそうです。
東南アジアからくる労働者の多くは女性。
あっ!海外で春売るやつ。
春を売る仕事で渡台してるわけじゃありません。
台湾に来るのは台湾が少子高齢化だから。
えっ!もしかして人身売買的な...!?
そういうのでもありません。
台湾は出生率が低いため高齢化率が鰻登りで近々日本を抜き 世界一位の高齢国になるそうです。
そのため介護の人材が必要で東南アジア人がそれを担ってるそうです。そんなわけで台中には移民が多くその人たち向けの飲食店があるのです。つまりここにあるのはガチ東南アジア料理屋ってことです。
せっかく東南アジア街にいるんです。
東南アジア料理、食べたいですよね!ってことで店に入りました。

こちらは羊肉庚っていう台湾料理です。
全然東南アジア料理食べる気ゼロ。だって台中初日だったんです。
そりゃ地元料理食べたいじゃないですか!
日本では羊肉を食べる機会は少ないです。
匂いが苦手って人も結構いるようです。でも海外だと多い羊肉。こちらの料理の羊肉は臭みはなくおいしいです。やっぱり台中に来たら台中のもの食べるべきです。おいしい台中料理が食べられました。
ちなみにこちらの料理は高雄が発祥のようです。地元料理じゃなかった!
台湾の普通の定食屋もありますが東南アジア料理が多いこちらの商店街。インドネシア料理屋もあります。
インドネシア料理といえばナシゴレンにミーゴレン、あとはサテでしょうか。日本にも食べられる店はありますが少ないです。日本に在留するインドネシア人は増えていますがまだまだといったところ。でもベトナムに次いで増加傾向にあるので日本もインドネシア料理店が増えるのでしょうね。インドネシアなのでハラル料理なのでしょうか。
日本でも徐々に増えつつあるムスリム文化。ムスリムはお酒を飲まないです。だから私と相容れない宗教。あとインドネシアではポルノに厳しいそうでアダルトビデオの制作や所持は違法なんだとか。
インドネシア人、自慰行為すら自由じゃない。
そもそもイスラム教では自慰行為は禁忌。
自慰が禁忌なんだからおかずはいらないでしょ!ってことなのでしょう。
辛辣!!
婚前交渉もできない上に自慰行為も禁止。
もうそれ、地獄でしかない。神を信じなければ地獄に落ちるけど神を信じれば今が地獄。死後、裁きにあい地獄で業火に焼かれるとしても今の自分を大切にしたい。やはり私はムスリムとは相容れないようです。
でもそういうのを傍から見る分には悪くない。ここであればそういうのが味わえる。ここは異国を味わえる街なのです。

また日本っぽさも味わえる台中。まさに日本っぽい店発見!!
アダルトDVD屋さんのようです。
各種輸入成人用品と書いてあります。
輸入元がどこなのか想像できる。
普通だったらポルノスターって表現になりますがここではAV女優ってなってます。
もうこれは日本語的表現なんでしょう。そして日本のAVを多く取り扱ってそう。つまり台湾人、日本のAV見てる説。
いやいやここは外国人街。外国人向けの店なんです。

ほらこちら、英語とベトナム語、そしてインドネシア語が書かれています。
イスラム法守る気ゼロのインドネシア人。
インドネシアからの移民が多い理由、AV見るためだった!
AV販売店もある台中の外国人街。やはりこのAVは日本由来なんでしょうね。

こちらの店も日本由来。
こちらは東京を冠したサウナです。男性サウナという少し過激そうなサウナ。
過激そうな感じがしますがご安心ください。こちらのサウナは普通のサウナ。ハッテン場ではないそうです。
台湾のサウナってハッテン率が高いんだとか。
トトノウの意味が日本と台湾では違いそうな予感。
ちなみに台中でノーマルのサウナはここだけなんだとか。
ここでは整えないってさ!
ちなみにこちらのサウナの休憩室ではアダルトビデオが放映されてるんだとか。
そこで売ってたAVのヤツ。
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ファッションの街「西心斎橋アメリカ村」はアッチのファッションの街だった

本日は大阪市中央区に来ております。こちらは市内を流れる道頓堀川です。大阪ミナミを代表とする景色、先に見えるのはグリコサインです。
グリコは戎橋から撮影すべきですが戎橋は観光客でごった返しています。ちょっと近づくのをためらうぐらいの人だかり。
難波や心斎橋、道頓堀に千日前、この界隈を総称してミナミというのでしょう。ミナミの中心が戎橋の辺りでその周りが歓楽街となっております。
私が好きな宗右衛門町もこの近くにありますがそれは今夜のお楽しみ。本日は道頓堀に来たわけではありません。西側の西心斎橋に行きます。

こちらは町内にある御津公園です。住所は西心斎橋2丁目。ここは通称、三角公園といわれており、ここの周りは繁華街となっています。

朝方まで飲んで騒ぐ人がいる地域なのでしょう。酔っぱらって公園で寝れるのは日本の治安がよい証拠。朝まで飲んで酔いつぶれて公園で寝る。私も若いころはそんなことをしていました。
しかし年を取ると理性が働くもので記憶がなくなるまで飲む。そんな飲み方はもうできなくなってしまいました。年には勝てませんね。
酔っぱらってゲロ吐いて公園で寝るのは若者の特権。ここは若者が集まる街なのでしょう。この公園の周りは若者の街で通称、アメリカ村、またはアメ村とも呼ばれています。
ここがアメ村と呼ばれ出したのは1970年頃。元々ここは倉庫街でしたが空き倉庫を改装してアメリカから輸入した衣類を扱う店ができました。その後レコード屋や古着を扱う店ができはじめアメリカの文化が味わえる街となりました。1980年にはアメリカ村の名称が定着。若者文化の発信地といわれるようになりました。東京でいう渋谷や原宿みたいなところでしょうか。
もう若者と呼ぶのは色々と無理がある私。私が立ち入っちゃいけない地域なのでしょう。そう。アメ村は若者の街。多くの若者がこの街に集まってくるのです。そのためこんな標語の看板を見かけます。

町ぐるみ みんなでつもう非行の芽。
若い芽、摘んじゃってる!
若者の手を取り一緒に改善を目指すのではなく間髪入れずに間引くのが日本の非行対策です。
強めの選民思想。
アメ村はその摘まれる芽が結構生えてるようです。若者の街って呼ばれるところは大体治安が悪いんです。
福岡の親不孝通りも治安が悪い時期がありました。バブル期にはクラブができ不良が集まるエリアでした。
渋谷センター街も悪そうな奴は大体友達でした。チーマーたちが日々の喜びここに賛美してました。このように若者の街は治安が悪いのです。
アメリカ村も一時期治安が悪かったそうです。渋谷や福岡と同様に90年代に治安が悪化。それにより街が荒廃したそうです。

グラフィティーアート、落書き、シール。これらもアメリカ村のイメージなのでしょうが街が汚い感じがします。町全体に監視カメラを設置したことで以前よりは治安が良くなったのでしょうか。でも同じように監視カメラだらけの歌舞伎町。治安がよいと思います?
いくらカメラで監視してもいくら巡回しても治安の悪い現況を排除しなければ改善しません。悪い若者がいる限りこのままなのです。

やっぱ非行の芽は摘むしかない!

治安の悪化やトレンドの変化により2000年以降は衰退したアメリカ村ですが最近は来訪者数が増えているようです。つまり若者の街としてよみがえっているようです。アメ村は渋谷とは正反対のようですね。
渋谷は若者の街の代表格でしたが今の若い子は渋谷によりつかなくなったようです。渋谷は2013年より駅前再開発が行われてます。完成は2034年頃になる予定ですがすでに渋谷駅の周りは大きく変わりました。現在駅前はビルだらけとなっています。昔の渋谷の景色はもうなくなりました。
かつての渋谷にいた若者は地べたに座ってました。
理由はお金がないからです。
地べたに座り友達と話す。
それであればお金がかからない。
渋谷はお金のない若者も受け入れてくれたのです。
でも今の渋谷はどうでしょう。お金がないと座ることすら許されない。周りを見ても高級店だらけ。若者に見合った街ではなくなったのです。
また再開発によりどこも似たような街並みとなり入居する店舗もどこも似たような店ばかり。渋谷である必要がなくなったのでしょう。渋谷は若者にとってつまらない街になったのです。

でもアメ村はどうでしょう。
一時は若者が街から消えましたがまた来訪者が増えだしてます。理由は街に魅力があるからなのでしょう。
渋谷のようなキレイな街並みではなく落書きやシールはそのまま。ちょっと小汚いくらいがちょうどよい。
チェーン店や高級店はなく個人商店が多いアメ村。個人商店はそこでしか買えない魅力があります。そのためこの街に来る意義があります。
また古着屋だったら手ごろな値段で買い物できる。公園が街ナカにあるのでお金がなくても過ごせる。
そして渋谷と違って地べたに寝ることもできるんです。
このように若者に適した街だから若者が集まるのでしょう。
日本は少子高齢化の国。若者の数はどんどん減っていっています。でもこういう街がある方がいいじゃないですか!
ここであれば非行の芽を摘みやすいですから!
アメリカ村は歌舞伎町よりも広いんだとか。でも歌舞伎町と違って町名になっていません。住所は西心斎橋になりますがどこからどこまでがアメ村なのか決まっておらず人によって範囲が違うようです。
西側は阪神高速まで。
東側は御堂筋まで。
北側は長堀通りまで。
南側は道頓堀まで。

西心斎橋=アメ村とするとこの範囲になります。
実際はもう少し狭いのでしょう。

三角公園の周りが古着屋やレコード店、飲食店、クラブ、ライブハウスなどがある地域。エリア全体で2500店舗。それだけお店があれば客が来ます。週末は20万人ほど来訪者がいるようです。中心から離れるとアメリカ要素が薄まるようです。

アメ村の南側は難波、北側は心斎橋。
この看板があるってことはここはアメリカ村です。
そんな若者の街であるアメリカ村の中心地。

ヘルスがあります。
これは若者の街である証拠。
女子高生は若者の代名詞。いやいや高校生がここで働けるわけありません。ここにいるのは女子高生を模した成人です。
当然本物の女子高生が働いてません。でも40過ぎた人が制服を着て羞恥を晒す。それは逆に萌えじゃないでしょうか!
アメリカ村は若者が好む店があるから発展した。
若者の街だからこの店があるんです。
でもこの手の店が好きなのだいたいおじさんなんですよね。
若い子に縁もゆかりもないおじさんたちがお金を払って青い春を疑似体験。若者と接したくても見向きもされない。だからお金で解決する。
一定の年齢に達したおじさんはお金がないと座ることもできないんです。
そんなことよりアメリカ要素がゼロ。
同じセーラー服ってことでアメリカ海軍かな。セーラー服の発祥はイギリス。
ほらスクール水着はどうでしょう。アメリカっぽいでしょ。スク水は日本の伝統文化。
アメリカ要素が一切感じられない。
若者の街で文化発祥地であるアメリカ村。
アメ村はファッションの街なんて言われてますがこれじゃあファッションヘルスの街じゃない!
こんな感じで西心斎橋はアメリカ村だけとアメリカ要素が薄い地域があります。とくに西心斎橋の南側は風俗街になっています。

さらに南に行くと年齢層が高くなるのでしょうか。さっきは女子高生でしたがここでは女子社員。
若者の街じゃなくなりつつある。そしてアメリカ関係ない。
イメクラ要素が強めのイメクラ村。
ここはもうアメ村じゃない?

安心してください。ここはアメ村です。

こちらは久左衛門町通です。西心斎橋の一番南側。この先は道頓堀となります。ここがアメリカ村なのかは微妙なところ。

だってほら、若者の街なのにさっきより年齢層が高くなっています。女子高生、OL、その次は熟女です。
40代じゃないのに五十肩。中年なのに老眼。
40代はまだ若いみたいな風潮がありますが体のどこかが常に痛みを感じる年ごろ。40代は若者じゃなく初老なんです。さすがにここをアメリカ村とは言わないでしょう。

西心斎橋の南側、この界隈は風俗街となってます。通り沿いに風俗店が軒を連ねまたラブホテルもある地域。若者の街には似つかわしくない街の様子。でも渋谷も奥の方に行くと風俗街があります。若者の街には必要不可欠なのでしょうか。

ちなみにここ西心斎橋の南側、ここもアメリカ村の一部のようです。
大阪人の考えるアメリカの定義。
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大阪出張族御用達の歓楽街 エステとセクキャバが乱立する街「西中島南方」

本日は大阪市淀川区に来ております。
こちらは御堂筋線の西中島南方駅です。
阪急京都本線との乗換駅で利用者が多いようです。その割に駅はこじんまりしています。

こちらは西中島南方駅南口改札の北東側にある阪急線の南方駅きた西改札です。
方角だらけでわからなくなる!
西中島南方は「みなみがた」ですが、南方は「みなみかた」と濁らないようです。ずっと「西中島ミナミカタ」って言ってた。
関東人にはあまりなじみの薄い西中島南方。でも新大阪に宿を取る人は利用している人も多いのではないでしょうか。
新大阪は大阪に出張に来る人が集まるエリア。私も新大阪駅近くの宿に泊まったことがあります。
新大阪駅に着いてすぐに宿に行けるしチェックアウト後すぐに新幹線に乗れる。そして結構手ごろなビジネスホテルがある。でも駅の周りはホテルだけ。
新大阪駅の北側、ホテルとオフィスがあるくらい。
新大阪駅の西側、ホテルとレンタカー屋があるくらい。
新大阪駅の東側、飛鳥地区と日之出地区があるくらい。
新大阪駅の周りは何もないんです。
大阪といえばたこ焼き串カツお好み焼き、ホルモン、粉モン、かすうどん、てっちり、土手焼き、M性感。せっかく大阪出張に来てるんです。いろいろと大阪、味わいたいじゃないですか!
飲みに行くんだったら梅田か難波。でもわざわざ電車乗って飲みに行くの?この界隈で済ませられるとうれしいんだけど。
でも新大阪の駅前、何もないじゃない!って感じで新大阪出張族難民が溢れているんです。
でもその悩みを解決してくれるのが西中島南方。西中島南方駅の周りは夜の歓楽街となっているのです。

飲食店が多いエリアは西中島3丁目あたり、キャバクラやラウンジ、バーや居酒屋。一通りの飲み屋が揃っています。
新大阪駅から徒歩15分ほど。新大阪駅前はオフィスとホテルだらけですが少し歩くと大阪らしい町並みが広がります。

飲み屋街の一角にたこ焼き屋があります。こちらは私が大阪で初めて食べたたこ焼き屋です。
初めて訪れた大阪。せっかくの大阪なんだから大阪らしいとこ行きたいし大阪っぽいの食べたい。
通天閣にも行ったし道頓堀にも行った。
飛田にも曾根崎にも谷九にも行った。
お好み焼きも串カツも食べた。
あとはたこ焼きを食べれば大阪名物コンプリート。しかし新幹線の時間はもう迫っている。
当時はまだ飲食店評価サイトはたいしたことなくネットで検索するのがまだまだの時代でした。新大阪駅構内にたこ焼き屋があったのでしょう。でもそれを見つけられず西中島まで来たのです。その時にこの街を知りました。
大阪といえばキタやミナミが楽しいところ。でも新大阪駅近くにもあるじゃない。それ以降新大阪に泊る機会が増えたのです。

こちらは淀川警察署「西中島交番」です。あまり治安がよくなさそうなところにある交番。でも駐在してない様子。治安維持がされてなさそう。
交番の周りは飲み屋が多くあります。そして朝なのにまだ飲んでいる人がいるようです。
この界隈はキャバクラやラウンジがあるエリア。スナックなんかも多くあるところ。ここが新大阪箔出張族のオアシススポットです。
新大阪の近くにある西中島南方。東京でいう五反田のようなところでしょうか。五反田なのであればあんなことやこんなことが期待できるかもしれません。

駅の目の前にツーショットキャバクラがあります。都内じゃ見かけることがないツーショットキャバクラ。この業態は関西ならではじゃないでしょうか。
キャバクラはちょっとぐらい触ってよいところ。そんなことはありません。手を出した時点でアウトです。キャバクラは酒を飲んでおしゃべりするだけ。キャバ嬢の胸部や臀部をちょっとでも触れば不同意わいせつで逮捕されます。不同意わいせつ罪は10年以下の懲役です。触ってよさそうな雰囲気がある衣装を着てますがそれはまやかし。
目の前のお尻触れば10年の懲役。
ある意味キャバクラは精神と肉体に負担がかかる「精神と時の部屋」なのです。
誘惑の街大阪でわざわざ苦行をしなきゃならない。それは、やじゃん。
でもそんな苦行を味合わなくて済む店が西中島南方にあるんです。こちらのツーショットキャバクラ、セクキャバです。
東京ではこのような言い方はしませんが関西ではツーショットキャバクラ。この呼び方が一般的となってます。ここであれば胸部臀部を触ろうが罪に問われない。関東でいうおっパブなんです。そんなおっぱいがこの界隈には結構あるんです。

しかも西中島はおっぱいがけっこう多め。オッパブなんて一軒あればいいじゃないですか。でもここではオッパブハシゴができるんです。大阪人、おっぱい好きなようです。
西中島には風俗店がけっこうあるんですね。いやいやツーショットキャバクラは風俗じゃありません。キャバクラという通り飲食店なんです。
健全な飲食店。美人な女性が接客してくれるところなんです。かわいい子とツーショットでおしゃべりをする。そんなところなんです。

飲食店とは思えないくらい目線が黒塗り。ここは飲食店ですって言い訳出来ない看板。
というかこの下世話な感じ、やっぱ五反田だった。

五反田と同じなんだったらSMの街なのかな?残念ですがここはSMの街ではないようです。でもマッサージ店はあります。五反田にM性感マッサージがあるような言い様。街の中を見た感じだとタイマッサージの店が多いのかな。

タイの国花を称したマッサージ店。
タイ古式マッサージが受けられそうな感じです。

こちらはタイの旧首都を称したマッサージ店。
その他色々コースありますのその他が気になる。

ここはイサーンマッサージ。イサーン娘がいそう。

タニヤマッサージ。
タニヤのイメージ、風俗しかない!

なんか西中島南方、タイマッサージが多いんです。これらのタイマッサージ店。タイ古式マッサージなのかどうかは不明ですがリラクゼーション、できるんでしょう。

それと韓国マッサージもあります。いや韓国マッサージはどこにでもある。

このように風俗店、じゃなくリラクゼーションサロンが多い西中島。歓楽街のイメージが強いですが最近ベンチャー企業が進出してるんだとか。
なんか五反田に似てる。
梅田や難波は高いけど西中島は家賃が安い。
そして新大阪までアクセスしやすい。
関西版のシリコンバレーを目指すため「にしなかバレー」と呼ばれてるんだとか。
やってることが五反田と一緒。
街の成り立ちに違いはあれど新幹線の駅に近く程よく歓楽街がある。仕事をする上で新幹線駅が近いのは重要です。そして仕事をする上で歓楽街があるのは重要です。
仕事終わりに一杯飲む。
そういった街がなければだめですよね。だから飲み屋街そばに「なんちゃらバレー」ができるんです。
そして五反田と同じM性感も。
ベンチャー企業あるところM性感の店あり。多くの企業があればそれを受け止める店がある。店舗型のそれはありませんが受付型ならある。梅田の方がそういった店が多いけどあえて過疎地の西中島を選ぶ。そういった玄人がここに集まるのでしょう。
梅田や難波に出なくても手軽に遊べる街がある。ちょっとマニアックな街だけどそれが逆に良い。出張ついでに立ち寄ってみてはいかがでしょう。ツーショットキャバクラに行き、そのあとマッサージをしてもよいし、ホテルに戻って呼ぶっていうのも選択肢の一つ。自分好みの大阪観光ができるはずです。






















































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