山林生活

パスタ作ったオマエは受刑者!横浜刑務所は累犯者とヤクザだらけの施設

パスタ作ったオマエは受刑者!横浜刑務所は累犯者とヤクザだらけの施設

本日は横浜に来ております。
こちらは横浜市営地下鉄の港南中央駅です。

鎌倉街道沿いにある駅なので何度か目の前を通っていますが駅で降りるのは初めてです。駅名に中央を冠している通りこの辺りが港南区の中心に位置してるんだとか。地理的なに中心ではなく街の中心地。だから駅前に警察署があります。

いや中心地じゃなさそうな雰囲気。
駅目の前に官公庁がある街は寂れた街の証拠。そこまで中心っぽくなさそう。そもそも隣駅の上大岡の方が栄えてるし中心地っぽい感じがします。

港南中央駅の周りは寂れており駅目の前には警察署と中学校があります。そして区役所も消防署も駅のそばです。そのため繁華街のようなところではないんです。このあたりは役所などがある行政の中心地。港南区における霞が関といったところでしょうか。そんなわけで駅前に行政機関が集まってるんです。

行政の中心地ですが住宅街でもあり駅前にはスーパーマーケットがあります。港南区は元々農村地でしたが1970年以降に宅地開発がはじまり現在は人口21万人を超えるベッドタウンです。横浜まで15分で出れるここは住みよい街なのでしょう。

駅前にはスーパーがあって買い物にも便利。また駅のそばに行政機関があるため手続きも楽。住みよい港南区の霞が関。いいんじゃないでしょうか。

こちらにも行政機関でしょうか。

これは矯正機関。

住みよい街っぽくねーし霞が関でもなかった。

港南中央駅から徒歩5分の駅のそば。
周りは閑静な住宅街ですが異質な空間があります。壁に囲まれたその場所は中の様子は見れません。等間隔に監視カメラが設置され、厳重に警備されてます。白く分厚い高い壁の先にあるのは刑務所。そう。こちらは横浜刑務所です。

法務省矯正局東京矯正管区横浜刑務所。

付近は住宅地となっているエリア。港南区役所の目の前に刑務所があります。

敷地面積は6万平米とそこまで広くありません。府中刑務所は26万平米なので4分1以下の広さ。

そこまで大きな刑務所ではないため地域に溶け込んでいるんだとか。溶け込んじゃまずいだろ。

横浜刑務所ができたのは1936年ですが伊豆下田に1855年に開設された囚獄が由来で奉行所管轄の牢屋が横浜刑務所の発祥のようです。
伊豆下田のソレは1859年に横浜へ移設。1899年に磯子区に再度移設され横浜監獄ができました。しかし関東大震災により監獄は倒壊。それを機に現在の港南区へ移設してきたそうです。

移設されて80年ですが170年の歴史があり、また開国も関係しているってのは感慨深いです。

そんな歴史に触れるために中へ!と行きたいですが当然中には容易には入れません。ここは刑務所。そのため順に沿った形で入らなければなりません。

罪を行い刑を受ける。
法治国家の日本は法が罪を裁き適した刑罰を下す。

罰金、過料、没収、拘留、禁固。
刑罰は様々ありますが刑務所に入るためには懲役刑の処せられなければなりません。つまり罪を犯さなければ中には入れないのです。

横浜刑務所の中に行くのは難しい。果たして本当に難しいのでしょうか。だって罪を犯せば行けるんでしょ。それって案外簡単じゃん!アレをちょろちょろってやればいいんでしょ。そう。あれをちょろちょろすれば罪になる。しかも私の住まいは神奈川県。神奈川県には横浜刑務所と横須賀刑務支所があります。だったら自宅に近い横浜刑務所で決まり!これは神奈川県民の特権でしょう。県民冥利に尽きる。納税してきた甲斐があります。アレをちょろちょろすればその歴史に触れられる。ってわけにはいかないのです。

収監先は希望を出せるものではなく罪の重さで変わります。
例えば有名な網走刑務所ですが収用区分はBです。Bとは犯罪傾向の進んでいる者の区分、前科者のための施設なので初犯は入所できません。つまりプロでなければならないのです。

横浜刑務所の収用区分はFとBとLBです。FはフォリナーのF、つまり外国人です。Bは前科があるものまたは暴力団関係者。

ヤクザだと初犯でもBになるの?
ヤクザは存在自体が犯罪。国ではそのように取り決めているようで初犯でも指定暴力団員はBに区分されるようです。結構シビアなヤクザの扱い。

LBはロングのB。
刑期が10年以上の者がLに該当します。
殺人で累犯ってのはなさそうなので10年以上だと強制性交、強盗致傷の累犯。
おそらくLBの多くはヤクザなんでしょう。ヤクザなら一回の殺人で横浜に行けるようですがシロウトさんは容易に入所できない。このように横浜刑務所は狭き門なのです。
私がどんだけ犯罪に精を出したとしても一回程度じゃ入所することができません。
横浜刑務所に収容されるのは選ばれた人たち。
つまり、エリート集団なんです。

そういえば以前、府中刑務所にも行きましたが府刑の収容分類もLBとBでした。

そっちもエリート集団。

関東で初犯が入所できるのは千葉と市原、横須賀。そこで鍛錬を積めば横浜の門を叩くことができますが、その道は長く険しい。横浜刑務所の壁はけっこう高いようです。

こちら、横浜刑務所の南側の敷地内、壁の外側にある建物は横浜拘置支所です。留置所や拘置所の違いがよく分かりませんが留置所は管轄が警察で拘置所は法務省管轄。拘置所は未決勾留者および死刑囚を収容してます。

刑務所よりも面会の制限が緩いためでしょうか。施設入り口に面会者と思われる人がいますがちょっとヤンチャな感じの人が多めの印象。不安要素のあるヤカラが拘置所前にいるんです。

容姿で人を判断してはいけない。
それはルッキズムだなんて昨今は言われますが脱獄囚かな!?って見間違えそうな容姿の方々。お勤めご苦労様ですって声かけちゃいそうな方々。
人は見かけによらないとはいうなれど容姿からあふれ出る極悪オーラ。120%のヤカラ感。あんなのVシネくらいでしか見たことない。そんな人がたむろってます。スゲー治安が悪い。

でも監視カメラもあるし警備員もいる。この界隈は24時間監視されているエリアです。逆に安心なのでしょう。

そもそも拘置所に隣接する住宅エリア、刑務所の職員宿舎なんです。
壁の向こう側は危険な人がいるけどこちら側は安心して住める地域です。

こちらは横浜刑務所の北側、刑務所に隣接する建物は少年鑑別所です。もう私は少年じゃないため絶対に行けない施設。
鑑別所って言葉はテレビなどで耳にしてましたが優良児だった私はその施設に行ったことがなくどんなところか全く理解していませんでした。

少年と成人とでは事件の取り扱いが異なり成人犯罪は刑罰を科す手続きをするのに対し少年事件は保護や更生を目指すための手続きです。そのため少年事件には不起訴処分がありません。起訴とか不起訴とかの次元じゃないからです。そのため嫌疑なしなどの場合を除き、全ての少年事件は家裁に送致されます。また成人の場合は保釈申請などがありますが少年事件は保釈制度自体がありません。

刑罰を決めるのではなく更生を目指すためなので判断は家庭裁判所がすべきことだし観護をするから保釈制度もありません。

刑罰を与えるために収容しているのではなく少年鑑別所は観護収容するための施設。けっして刑務所などの類いではないのです。

刑務所の真隣だけど!

鑑別所は更生を目的とした施設ではなく鑑別するだけ。名前の通り、鑑定してわける。少年の資質の鑑別するための施設です。

資質がない者が外へ。
資質がある者が少年院へ。
そして成人後に隣接する施設に収容されるのでしょう。

エリート街道まっしぐらの人。
やっぱり横浜のその壁は、高かった。

私はすぐには横浜刑務所には入所できませんがせっかく刑務所に来てるんです。刑務所、楽しみましょう!楽しむところじゃねぇ!

施設内には刑務作業品を販売しています。受刑者に規則正しい生活と社会復帰を図る目的で各刑務所では様々な刑務作業が用意されています。

メイドイン監獄だけどメイドインジャパン。
製造者はアレだけどモノには罪はないじゃない。

案外しっかりした製品が多いため刑務作業品は結構人気があるんです。

横浜刑務所最寄り駅は港南中央駅ですがそちらの駅売店にも刑務作業品が売っています。刑務所に行かずとも購入できるんです。

なーんだ、刑務所と鉄道会社ズブズブなんだ!と思ってましたが地下鉄は市営でした。そんなわけで法務省と横浜市がコラボし駅前で更生を目指す人が作った製品を売ってるんです。

刑務作業品は駅前で購入できますがせっかく目の前に刑務所があるんです。そこで買うべきですよね。ってことでこちらに立ち寄りました。

CAPIC横浜ってところです。
CAPICとはCorrectional Association Prison Industry Cooperationの頭文字をとったものです。

Correctional Association。
直訳すると矯正協会。矯正活動に関する調査及び研究並びに資料の収集。これが当協会の活動内容のようです。

理事長は法務省の元役人。
常任理事に法務省関連の元役人が二人。
ほか4名ほど法務省の元役人が理事のようです。

元役人の方が多い協会。

あまくだ...あまくない団体。あまくない団体。官民一体となりあまくない仕事をしてるようです。そのような認識であっているのでしょうか。

こちらは公益財団法人矯正協会が運営する施設で全国の刑務所作業製品の展示販売をしています。横浜刑務所の刑務作業品は木工製品、印刷製品、衣類、中華鍋、麺です。中華鍋制作は横浜だから。そして製麺も横浜ならでは。

横浜刑務所では中華麺の製造をしています。刑務作業品も需要を考えています。

横浜刑務所の刑務作業品で人気なのがこちら。

横浜刑務所で作ったパスタです。

パスタ作ったオマエは受刑者。

人気商品のようでおひとり様3点まで。以前はフリマサイトで数倍の値段で売られており現在も倍くらいの値段で取引されています。転売ヤー対策で購入制限しているんだとか。人気な理由はちゃんとした製品だからです。なんてったって看守監視の下製造されてるんです。そりゃ抜かりないでしょう。ちゃんとした製品なんです。

作ってる人、ちゃんとしてねーけど。

パスタ作っている人の多くが大貧民負けてマジ切れして人殺めちゃった人たち。いやいやそんなことありません。まともな人もいるんです。
まともな人もいる?

まともな人はね、刑務所、入らないんですよ!

でもちゃんと更生してるんです。

あっアレですか!?
ヤンキーが更生すると偉いみたいなアレですか?
家庭的な受刑者がタイプの俺、一目ぼれですか?
ラブソング 何度でも何度でもですか?
何度も入所したから横浜刑務所にいるんです。

横浜刑務所の入所者は累犯者や前科二犯の人。そして3割以上がヤクザ。

まさかのスジモンが扱う粉モン。

扱いに慣れてそうな人たちが多そう。

デュラムセモリナ粉100%使用。

これは上モノ。末端価格が高そう。

粉モンの扱いに長けた人が多いからかもしれませんが1998年に学校給食用うどんの製造がはじまりその後ひやむぎや中華麺も作りだしたそうです。そしてパスタも製造し始めました。
手を汚した受刑者が生地をこね、製造から検品まで横浜刑務所で行っています。

300gで330円。
キロ換算だと1000円です。

業務スーパーだとキロ300円。一般的なパスタでもキロ600円。そのため結構な高級パスタです。

やっぱ上モノだった!

それもそのはずで多くの人件費がかかってます。

彼らが横浜刑務所で作るパスタは死屍累々の犠牲の上に成り立っているんです。
何を理由に服役してるかは定かではありませんが人が一人や二人死んでいてもおかしくない。その人たちが死ななければこのパスタはできなかった。

命のパスタなんです。

なんかちょっと食べづらい!

本日は横浜刑務所の周りをまわってみました。
横浜刑務所の定員数は1225人で現在の入所人数は794名。収容率は64.8%くらいのようです。けっこう優秀なのかな??
入所者の8割が日本人で次いで多いのが中国人。罪状で最も多いのが覚せい剤、次いで窃盗です。

やっぱり粉モンだった。

覚せい剤は暴力団員、窃盗は累犯者なのでしょう。
入所者は6割。つまり4割あきがあるみたいです。
でも空きがあっても入所資格が満たせない。中に入るのは容易ではない横浜刑務所です。
このように入居は難しそうですが定期的に見学ができるイベントもあるんだとか。それに参加すれば罪を重ねる必要がない。
つまりアレをちょろちょろしなくていいんです!

アレをちょろちょろって何!?

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豊橋はピンクな店がなさすぎる!キャンパブ街は普通の街へ「松葉町歓楽街」

本日は愛知県豊橋市に来ております。
こちらは豊橋駅です。
東三河地区の中心である豊橋市。豊橋駅が一番の市街地になるのでしょうか。

古くは三河吉田と呼ばれていた豊橋。江戸時代は宿場町として賑わっていたそうです。宿場があったのは豊橋駅から北東側、現在の市街地から離れたところにありました。
明治になり町名を豊橋と改め鉄道が開通したことで街の中心が駅の方に移りました。現在は駅東口側あたりが繁華街となっており賑わっています。

駅前には潰れたパチンコ店があります。

賑わってるの意味。

2020年に閉店したぱちんこ店。
USAの文字の上にはスペースシャトル。豊橋の象徴的なオブジェじゃないでしょうか。

豊橋のイメージ、ぱちんこ。

駅の目の前ですが廃虚がそのままになってます。がっつり落書きがかかれてます。民度の低さがひしひしと感じられる。

景品交換所も哀愁があります。
先の感染症の影響により淘汰されたのか、はたまた豊橋駅前が廃れてしまったのか。

駅前から少し不安がある豊橋。
ぱちんこ人気が低迷しているのでしょう。全国的にぱちんこ店は倒産が急増してます。豊橋のお店も同じように潰れたのでしょう。
ちなみにUSAの裏手にはパチンコ店があります(潰れた店、一軒だけだった)。

やっぱ豊橋のイメージはぱちんこだった。

駅前はこんな感じですが駅から離れたところに歓楽街があるようです。こちらは豊橋駅から東に延びる広小路通りです。豊橋市で一番の繁華街です。
かつては百貨店もあったそうですが今は飲食店が多いエリアとなっています。広小路通りを中心に両脇に飲み屋路地があります。

こちらは松葉小路という路地です。

住所は松葉町。
この界隈が豊橋の飲み屋があるエリアのようで三河地方最大の歓楽街といわれています。
400軒ほどの店が軒を連ねるエリア。路地が何本かあり松葉小路はその一つです。

キレイに整理された街路。
道幅は狭く車が一台通れるくらいの一方通行、車が通らないからか落ち着いた静かな路地です。雰囲気は古くからある花街のようなところ。料亭っぽい雰囲気の良い外観。大人の隠れ家のようなお店が軒を連ねてあります。この路地には落ち着いたお店があるのでしょう。
こちらの路地にあるお店はキャバクラなどの接客飲食店です。

ぜんぜん落ち着いてなかった。

いやいやここのお店は落ち着いてるんです。

26歳以上のキャスト専門店。これは落ち着いてる。若い人にはついていけない人のためのお店。
でも不安なのが下限はあるが上限はない。70歳過ぎが出てきても文句が言えない店。

と思いきやちゃんと上限も設定されています。
「70歳、いないじゃん!」って苦情があったのでしょう。

年齢が高めのシックなキャバクラ。この界隈は少し大人向けの店が多いようです。
豊橋はいくつか飲み屋路地がありますが路地によってタイプが分かれているようです。
大人向けの店はこの路地、若い人向けの店はこの路地。そんな感じで分かれているのでしょう。

あとこの路地に多いのがフィリピンパブです。

ピーナ好きな人はこの路地。

愛知県、フィリピンが多め。
多くの日本人キャストは稼げる名古屋へ。その穴埋めがフィリピンなんでしょう。
愛知は在留外国人が多めの県。トヨタがあるから外国人が多いと思ってましたが外国人が多い理由、フィリピンパブだった。

いや外国人が多い理由はトヨタってのは否定できない。
だってトヨタで働く人がピンパブに行くんです。つまりトヨタがあるから外国人が多いんです。

松葉小路の一本東側の路地、こちらは松葉通りです。
この路地も飲み屋が多めです。こちらも落ち着いた感じの路地。かつてはこの通りにピンサロがあったそうです。

落ち着いてなかった。

松葉町には20軒ほどその手の店がありました。
豊橋にサロンが多すぎる。全く落ち着いてなかった。

中には西川口を源流としたNK流の一派の店も。
ここはピンサロ街だったのです。

むしろ過激すぎだった。

しかし時代の波に流されそれらは淘汰されました。もうここにはそういう店はありません。

ホントに?

こちら路地も熟女の店があります。
最近色々な飲み屋街に出入りするようになり熟女が多いことに気付きました。当初はキャストの高齢化の施策と思ってましたがどうやら客が求めているようでキャストではなく客が高齢化しているみたいです。

そしてフィリピンパブもやはり多め。これも客が求めた結果のフィリピン。
ここは地方の飲み屋街。一軒くらいあってもおかしくないでしょう。

こちらはパイナップルの絵がかいてありますがここもフィリピンパブです。一軒どころじゃなかった。

さらにはロシアンパブもあります。

こちらはチャイナかな。
この路地は外国人パブが多いです。

こちらは松葉小路の西側にある路地、さくら通りです。
桜は咲いてないですが華やかな路地。こちらはキャバクラが多めの感じ。先ほどの路地ほど落ち着きはなく、少し若者向けなのでしょうか。とはいっても風俗的な店はありません。

かつては、ピンサロがあったそうです。
豊橋の飲み屋街、サロン街だった。

そりゃそうなんです。
豊橋に少し外れたところにちょんの間があります。しかし少し遠いし通いづらい。やっぱ駅前で済ませたいじゃない!でもその手の店が駅前にはない。唯一のオアシスが松葉町のサロンだったのです。
しかしアレをおしぼりで拭くだけの店が受け入れられなかったのか。さくら通りのサロン店も壊滅。現在は健全な飲み屋街になったようです。

こちらはニューハーフキャバレー。

健全の規準。

あとはキャバクラにフィリピンパブ。
路地ごとにジャンル分けがされてねぇ。

豊橋の飲み屋街、ほぼフィリピンパブ。ここは愛知県にあるリトルマニラ。
いや愛知にリトルマニラが多すぎる。
愛知の飲み屋街、大体フィリピンパブがある。
もうこれ、愛知がリトルマニラ。

こちらは古い感じの看板があります。
みにくらぶってことはクラブなんでしょう。
普通の飲み屋さんかな?

いや普通の飲み屋ではなかった。
自警団がいなければ治安が維持できない豊橋。
18歳未満お断りの自警団。
当店いちおし!の文字。
なんかそっち系の自警団。

こちらは松葉町の北側、この道を進むと松葉公園に出れます。この辺りもスナックビルが点在しています。少し奥まったところの飲み屋街。ここは大人の落ち着いた街なのでしょう。

ここにはサロン店がありました。
やっぱ落ち着いてない。大人の街ではあるけれど!

こちらは松葉公園です。
駅から10分ほど離れたところにある都市公園。繁華街の端っこで幹線道路からも離れている比較的静かな公園です。

繁華街から離れたところにある公園ですが公園北東側に旧東海道が通っています。かつてはここが宿場町だったのでしょう。
豊橋はかつて軍都と呼ばれており古くから軍事関係の施設が多く置かれていました。そのため空襲の標的となり1945年6月に空襲被害に遭っています。

市街地の70%が焼失した豊橋空襲。
駅前は焼け野原となったようです。
でも戦後すぐに闇市ができ、復興事業が始まりました。元の街に戻すのではなく街路を整備しキレイな街へ。今の豊橋の街並みは戦後につくられたものでした。その復興事業で松葉公園も整備されており同公園は1952年に開園しました。
焦土と化した街を蘇らせる。
そのような気持ちを込めて整備されたのでしょう。繁華街から少し離れた公園。落ち着いた雰囲気のある公園です。

ちなみにこちらの公園、夜になるとハッテン場になるんだとか。

全然落ち着いてなかった。

有名どころはほかにあるようですが歓楽街近くにあるハッテン場。
呑んだ後にムラムラくるのは性指向は関係なくここは一定の需要があるのでしょう。公園とは言い得て妙です。

ちなみに松葉公園に向かう手前にある三角公園。
この界隈には立ちんぼがいるそうです。

やっぱ落ち着いてない。むしろ町外れの方が過激。

こちらは三角公園にあるブロンズ像です。
最近は公園の裸婦像が撤去されているようです。裸婦である意味がない、子供が恥ずかしがる。そんな理由で撤去されているんだとか。
裸像は合法的に人の体をみることができる唯一の情報ツールです。子供の裸像は犯罪臭がちょっとしますが芸術作品として残しておくべきだと思うんです。たとえその場所が立ちんぼエリアだとしても。

ここは違法に裸を見るところだった。

こちらの像、タイトルは飛翔です。
スーパーマンのように飛ぶ感じでしょうか。

でもこれ、床オナですよね。
明らかに何かに擦りつけてる。

飛翔(意味深)。

これは子供の教育に良くないレベル。
そして夜には立ちんぼがいる公園。

良くないレベルが教育だけじゃなかった。

こちらはときわ通りです。
1959年にできたアーケード街。この界隈はキャバクラがある歓楽街ですがこちらの通りは居酒屋などが集まる飲食街。ごく普通のアーケード街です。

ほんとに?
もしかしてピンサロ街だったんじゃ...。
もしかしてフィリピンパブがあるんじゃ...。

普通のアーケード街です。
なんだちゃんと棲み分けができてるじゃない。
確かにここはほかとは違いアーケードで陽は遮られてますが明るいです。ここは健全な街のようです。

ときわ通りの脇の路地、エステ店があります。

飲み屋はないけど健全じゃなさそうな感じ。
そして棲み分けはあまりできてなさそう。

豊橋には20軒のサロン店がありましたがそれらは時代の移り変わりにより淘汰され全て壊滅しました。
健全な街へ、クリーンな社会へ。不健全な店を排除してキレイな街づくりをする。どこの街もその手の店は淘汰されキレイになってます。
このように街は生まれ変わりますが人はどうでしょう。文化や風習が変わっても人の本質は変わりません。

ムラムラって来るとき、あるじゃん。
そんなときどうしてるの??

かつては多少大きな駅であれば駅前にサロン店がありました。ムラムラを対処できたのです。現在はそれがない。でも代わりにできたのがチャイナエステなのでしょう。エステがサロン店を担ってるのです。でも店舗数が少ないんです。

豊橋に住む男性の人口は18万人。
ちょっと店舗数が少ないですよね。

先ほど立ち寄った松葉小路のあたり、こちらにもエステ店がありました。
かつてサロン店があった松葉通り、そちらにもエステ店がありました。
飲み屋街にも当然のようにあるエステ店。
やっぱりサロンの代わりだった。

でも豊橋の歓楽街にあるのはその程度。豊橋市民は我慢を強いられているのです。

と思ってたら一カ所にまとめられてた。

エステ、エステ、エステ、エステ、エステ。
チャイナエステが一カ所に多すぎる。

いやいやよく見てください。アリランは韓国の民謡です。これは確実に韓国アガシがいるお店。

こちらのお店もコリアンエステ。中国と韓国と日本が味わえる。チャイナだけじゃなく韓国もあるよ!ここは日中韓エステビル。

日本は一切無い模様。
この手の看板を掲げているところはチャイナかコリアか台湾か。あとはタイマッサージくらいでしょうか。日本人のお店だったことはほぼありません。
日本人エステは健全店不健全店に関係なく看板を出してないんです。

看板を出しているのは不健全なアジアンエステ店。いや不健全とは限りません。まともなエステ店も必ずあるはずです。別にサロン店の代替でエステがあるわけではない。たまたまエステが増えただけ。たまたま中国韓国が多いだけなんです。

不健全な桃色のサロン店は淘汰され豊橋はクリーンな街になりました。今あるのは健全なリラクゼーションエステ店。気軽にアジアンエステを味わえる。豊橋はそんな街なのです。

ちなみにこちらの建物、かつてはピンサロがありました。

やっぱエステがサロンを担ってた。

豊橋駅の西側に来ました。
こちら側は東口のようには栄えていません。でも線路に沿って飲み屋街が形成されています。

わんぱく通り商店街という名の商店街。わんぱくの名称は住所が189番地だからなんだとか。商店街というわりに飲み屋しかない飲み屋街です。

トタン屋根でできたバラック街。
旧国鉄沿いには怪しい店ができるもんです。風俗なき豊橋にある唯一のオアシスがここはひょっとするとあるかもしれない。駅前にそういう店があったっていいじゃない!

ありませんでしたー。
ただの飲み屋街です。雰囲気の良い飲み屋街。

本日は豊橋を巡りました。
かつてサロン店が乱立した松葉町ですが現在はそういった店がないようです。健全な街へと生まれ変わりました。そして豊橋市自体にそういった店がないようです。
名古屋にも出れるし浜松にも行ける豊橋。わざわざ地元の店に行かないのでしょう。

だって豊橋の人は三河人。
三河人は我慢強いって言うじゃない。
だから店がなくても問題ないのです。

街娼もいるしエステもある。
そしてちょっと離れたところにちょんの間もある。色々対処法はあるのでしょう。駅前にはそういった店はない。

豊橋はクリーンな健全な街のようです。

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本日は愛知県岡崎市に来ております。
こちらは愛知環状鉄道線の北岡崎駅です。岡崎の中心岡崎城からさほど離れておらず中岡崎から一駅の北岡崎。

駅前、何もありません。しかも時間帯によって無人駅になります。クソ田舎の駅。

車社会の岡崎。
駅前は大体こんな感じなんでしょう。一番栄えてる東岡崎駅も閑散としてます。地方都市の駅前なんてこんなもんです。

そもそも元々は貨物線として設置された北岡崎駅。貨物は終了しましたが駅西側は工場があります。もともとこの工場に貨物線が引き込まれてました。

日本エステルとかかれた工場があります。
こちらはユニチカ岡崎工場です。日本エステルはユニチカの子会社。ここはポリエステル製品の製造拠点だったそうですがユニチカの経営再建のため繊維事業から撤退。昨年、別の繊維業者に土地及び事業を売却しました。
運営会社が変わるので看板は変わるのでしょうか。雰囲気のよい工場の外観ですがこれが見れなくなるのは悲しいです。
でも事業自体は続けられるから人の流れは変わらないのでしょう。

北岡崎駅は安泰です。駅前 何もないけど!

駅前には何もないですが北岡崎駅は国道248号線の近くにあります。
車社会の岡崎、国道沿いはかなり賑やかです。
しゃぶしゃぶ、焼肉、寿司にカレー、ラーメンにパスタにそば、ファミレスにファストフード。またスーパーもあるので買い物に便利。車があればこの界隈は不自由ではありません。

こちら、見た目は郊外にあるぱちんこ店ですがどうやらゲームセンターのようです。営業面積は1100坪。世界最大規模クラスのゲームセンターのようです。

昔はゲーセンで時間つぶしをしてましたが全然行かなくなりましたね。最後にゲームセンターで遊んだのは渋谷井の頭線沿いの10円ポーカーでしょうか。

それは遊ぶじゃなく賭博。ゲームセンターですらねぇ。

今はUFOキャッチャーが人気なのでしょうか。
UFOキャッチャーで景品を取りフリマサイトで売る。
これが令和最新版の三店方式。

メルカリという名の景品交換所。

そろそろUFOキャッチャーで特殊景品が出てきそう。
ゲームセンターの未来は明るそうです。

ゲームセンターの隣りはファミレスです。この界隈は子連れの親子が来るところ。ゲームセンターは子供が遊ぶところでした。日曜日は多くのファミリーが訪れるのでしょう。

そんなファミレスの隣り、リラクゼーションの店があります。これは子連れが来るべき場所じゃないところ。日曜日にお父さんが隠れていく店だった。

国道沿いにあるエステ店。
地方はロードサイド型店舗が多いけどこういう店もロードサイド型だった。
この辺りが岡崎の繁華街になるのでしょうか。ファミリー向けの店が多くある国道沿い。そのような中にある異質なエステ店。でも店があるってことは需要があるのでしょう。家族サービスをしているお父さんがスペシャルサービスを受けるんですね。

このあたりが岡崎の繁華街になるのでしょうか。
こちらは明らかに飲み屋ビルっぽそうな雰囲気。ネイル店や美容院もあるけど飲み屋もあるしリラクゼーションもあるビル。これはひょっとするとひょっとするかもしれない。

だってビルの頭上、パパクラブって書いてあります。お父さんのためのクラブに違いない。

クラブといっても音楽やダンスをするクラブ。
ホステスが客をもてなすクラブがあります。

パパクラブ、ゼッタイホステスがいそうなクラブ。しかもヤシの木が生えてるじゃないですか!これはフィリピン要素が感じられます。

調べたところこちらの店、フィリピンパブでした。これは確実にパパをもてなすクラブ。

もしかしたらパパクラブってタガログ語で違う意味かも。調べたところパパクラブはタガログ語でお父さんのクラブって意味でした。

万国共通でパパクラブだった。

車がないと生活しづらい地方都市。でも車があれば不便はない地方都市。飲み屋も国道沿いだし駐車場完備です。

飲みに行ったら代行を呼ぶ。
飲みに行くならタクシーで行く。
そんな感じなのでしょう。

やはりトヨタのお膝元。
車作ってる人が飲酒運転するはずありません。飲酒運転してたら社会問題になりますからね。

ちなみに愛知県で飲酒運転検挙率が一番高いのは岡崎市なんだとか。二番目は豊田市。

社会問題にならない社会の不思議。
呑まなきゃ車も作れねぇ。

岡崎は飲兵衛が多いのでしょう。国道248号線の一本東の路地。飲み屋街になっているんです。どこも駐車場完備の飲み屋さん。スナックがけっこう多めです。

こちらも飲み屋モールでしょうか。
かなり大きめの飲み屋モール。これが成り立つってことは利用者がいるのです。
平安ビルと書かれた建物。入居する多くが夜間飲食店。パブやバーといったお店です。

ビル入り口にはラブズガーデンと書かれています。
愛の園でしょうか。

その愛の園に入居する多くがフィリピンパブです。

看板上から、
パブシュガー、こちらフィリピンパブです。
金の森、こちらフィリピンパブです。
ラッキーM、こちらフィリピンパブです。

北岡崎、リトルマニラだった!

フィリピンパブが多めの北岡崎。これは地方都市ではごく普通の飲み屋街の姿。
日本人キャストは都市部の飲み屋へ。
外国人キャストは郊外の飲み屋へ。
このように棲み分けができてるのでしょう。
だから外国人パブが多くなるのです。

でも外国人だからといって侮るなかれ。
むしろ外国で働くバイタリティーある人たちなので仕事に対する熱量も違うのです。日本で働けるくらいの人なので当然言葉の問題はクリアしてます。

文化の違いは多少ありますがそこは愛でどうにかできるじゃない。

ラブズガーデンとはそういった意味のようです。

これはアフターが期待できる!

こんな感じで県道そばに飲み屋街があるのですがあるのは飲み屋だけなんです。

じゃあ呑んだ後は?
呑んだあと、岡崎の人はどうしてるの?
岡崎はその部分が少ないんです。岡崎城の近くにキャンパブがある。それくらいしかないんです。

えっ?飲んだ後どうしてるの?
アフターを狙ってるの?そんな確率の低いことしてるの?

もっ もしかしてエステでワンチャン狙ってるの?
なんとなくこの界隈のエステ店、スペシャルサービスがありそうな感じだけど。

えっ?岡崎市民、もしかして自家発電なの?
国道沿いにあるDVDの文字。書店って書いてあります。

なーんだ本屋さんか。
ゼッタイに普通の本屋じゃない店の外観。

郊外によくある書店と名乗るエロDVD屋。
エロ本自販機と同等の店。

ほら、冷やしテンガはじまってるよ!

人の膣内の温度は37度から38度。体温よりも若干高めです。擬似的な膣を味わうためのテンガ。だから普通は温めるんです。そこをあえて冷やすという暴挙。

体温より低いテンガ。
それ、死んでる人と同じじゃん。

もっもしかして岡崎市民、擬似的な屍姦プレイを求めてる!?

まさかのネクロフィリア。これがホントのリョナニー。

本日は北岡崎駅の近くを散策しました。
車社会の地方都市。街道沿いには本来駅前にある店がありました。

風俗店はありませんでしたがそれに準じた店はあるようです。そもそも車社会なのであれば自宅に呼べばいいじゃないってなるのでしょう。

また遊ぶなら名古屋に出ればいいわけですからね。

名古屋までは50kmありますが電車で30分で行けます。多くの人が名古屋まで行くのでしょう。でも名古屋まで我慢できないって人。また地元を愛する岡崎市民。そういう人たちがこの界隈にあつまるのでしょう。
国道脇の飲み屋に行き、代行を呼ぶ前にエステ店へ。そういう一連の流れがあるようです。

まだ日が明るく飲み屋はやっていないけどエステはどうやら営業してる様子。これはもしかしてが期待できそうな予感です。
これは行くべきではないでしょうか。

でもちょっと気になるのが冷やしテンガ。
私は色々な店に行きましたが、さすがにネクロフィリアは経験がない。冷やしテンガは新たな境地にいけそうな予感です。

でも家に持って帰る前に温かくなりそう。帰るのも時間がかかるし。

それだったらエステ店の姑娘を冷やしテンガにしちゃえばいいじゃない!

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彰化県花壇にあった花園、かつての悪所はまだあるか!?

本日は台湾の彰化県花壇に来ております。
こちらは花壇駅です。
花壇という名称、花壇がありそうな感じがしますがこの名称になったのは日本統治時代のようです。もともと茄苳脚という地名でしたが日本語の発音が下等客と似ていたためイメージが悪いってことで名称変更したそうです。茄苳は台湾語で 「カータン」だったのでそれに近い花壇が採用されたそうです。戦後もそのまま名前が利用され台湾語では「フアタン」となっています。そのため花壇とか関係なく花壇もないです。
そんな花壇の玄関口である花壇駅ですが一日の乗降者数は2000人とかなり少ないです。そもそも各駅停車しか止まらない駅です。日本人観光客はまず降りそうもない駅。そもそも観光客の利用がない地元駅といった感じ。隣駅は彰化駅です。そちらの方が栄えてるし観光スポットも多い。地元民しか使わないから各駅停車しか止まらない。花壇駅はそんなところなのでしょう。でも私はわざわざ花壇駅で降りました。本日こちらで降りた理由はこの駅のそばに...

こちらは花壇郷 公有零售市場です。
市場って早朝から営業してそうですがこちらは営業してる店は少ないです。
生鮮食品を扱う店もありますが飲食店が多めです。1960年にできた市場。
駅前なので日中は人が大勢来るのでしょうね。

市場の裏手には平和街という路地があります。
約800mの一直線の道。駅の近くですが静かな街並みが続いています。本日花壇に来た理由はこの平和街をみるためです。ここはむかし、私娼窟でした。

花壇に来た理由、不健全。そして花壇っぽいのがあった。

花壇駅から中正路を東へ約150m。花壇排水という水路の手前。南北へ伸びる道があります。こちらが平和街です。市場の近くは人の流れがありますが南の方へ向かうにつれて人通りはなくなります。ごく普通の住宅街のような街並み。名前の通り平和な街並みですがかつては平和とは呼べない私娼窟でした。

通りに沿って水路があります。
水路というかどぶ川のようなところです。実際にゴミが多く流れておりかなり汚いです。雨が降ると雑草やゴミが詰まり洪水を起こすそうです。そんな汚い川沿いのそばに豆干?と呼ばれる台湾の怪しい建物がありました。川沿いにソレがあったためここは花壇溝仔邊と呼ばれていたそうです。ここはちょんの間街でした。

ちょんの間があったのは平和街の北側、100mの間に30軒ほどの店があったそうです。それだけ店があったってことはそれなりに繁盛してたのでしょう。各駅停車しか止まらない駅の近くだけど当時の駅利用者の中には売春宿を利用する人もいたのかもしれません。現在はその姿を見ることはできません。もうその売春宿は存在しないのです。

ここが私娼窟となった歴史は古く60年以上前からです。
台湾では日本統治時代に遊郭がありましたが戦後に公娼制度は廃止され遊郭はなくなりました。悪所と呼ばれた遊郭がなくなり健全になった、わけがなく遊郭がなくなったことで闇売春が横行。それにより性感染症も広がったのでしょう。そんなわけで中華民国政府は1956年から風俗営業を許可制にしました。公娼制度を再開したのです。その際にここに売春宿ができたようです。
公に認められた公娼街。それが平和街。公娼街開業当時は人気の場所だったのでしょう。とくに彰化県には戦後防空指令室がありました。若い兵士が休みの日にすることといったら大方想像できます。花壇の公娼街に遊びにいったのでしょう。
しかし1980年代後半頃から女性団体による廃娼運動が活発化します。その結果1991年に社会秩序維護法が制定され公娼制度は廃止となったようです。日本では公娼制度が廃止されたあとは風営法でそれに準じた店が営業できましたが台湾では代替措置が用意されませんでした。そのため違法な状態のまま続いてたようです。警察もある程度目をつぶってたのでしょう。

台湾警察「花壇の飾り窓?」
台湾警察「あれはショー ウィンドウです」

日本の警察と同レベルのポンコツ度合い。

でもさすがに放置はできません。
だから定期的に摘発をしてたようですが何度でも蘇る売春宿。そんなわけで2011年に一斉摘発を行い建物を重機で壊したそうです。

結構過激な方法の摘発。

建物がなくなれば再開できなくなる。そんなわけでもうここには残ってません。
もう10年以上前に消えてなくなってたんですね。
でも台湾って何度でも蘇るじゃん!だからまた再開してると思って来たのですが残念ながらありませんでした。

こちらは2009年当時の平和街の様子です。
当時は普通に営業していたようです。建物一階に女性が座っています。
これは日向ぼっこでもしてるのかな。

明らかに日陰の人間。

そして服装がだいぶ刺激的です。
日本のちょんの間のソレ。
かつての黄金町の雰囲気。
なんだったら遊郭の張見世形式のヤツ。

もうこれ籠の鳥じゃないでしょうか。
売春宿は道の両脇にあったそうです。平和街は大通りと並走しています。そのためこの道を使う必要がないのです。その当時この道を通る人は地元民か地元民の体を装った風俗利用者だったのでしょう。

なんかこの街、明るくていいですね。
いろいろと後ろ暗いものがありそうだけど。

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あそこは真っ暗で見えなかったんです。しかもめちゃくちゃ治安悪そうだった。
ここであれば明るくて健全に遊べそうな感じ。いや開放的な分余計不健全に感じる。
この雰囲気を味わってみたかったですが来るのが遅すぎました。もうこの景色は見ることができません。

売春宿だった建物は壊されています。
形が残っているところも扉が壊されたため入り口がふさがれてました。
当然ここにはちょんの間はありません。

かつての私娼窟にあったのは廃墟となった建物と、それを見にわざわざ台湾に来たひとりの日本人だけでした。

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本日は愛知県岡崎市に来ております。
こちらは岡崎城公園です。

戦国時代から江戸時代末期まであった岡崎城。古くは東岡崎駅北側辺りに城が築城されましたが1530年に家康の祖父松平清康が乙川の北側に築城。それが現在の岡崎城にあたります。しかし明治の廃城令により岡崎城は廃城。今の天守は1959年に建てられたレプリカです。

天守を中心に整備されたのが岡崎城公園です。
かつての岡崎の中心は岡崎城があったあたりで現在もこの界隈は賑やかです。川を渡った東岡崎あたりが今の繁華街でしょうか。

こちらは東岡崎駅前です。
駅前には徳川家康公の像が設置されています。

家康が産まれた岡崎。天下統一のはじまりは岡崎からだったようです。駅の北側が現在の歓楽街のようですが東海道の宿場町だった岡崎は昔から賑やかだったのでしょう。当然そっち系のお店もあったはず。家康だって男の子だもん。そっち系の店に行ってたはず。

ってことで本日は宿場町だった岡崎のちょっと怪しい歴史に触れたいと思います。

こちらは愛知環状鉄道の中岡崎駅です。
岡崎には岡崎駅、西岡崎駅、北岡崎駅、東岡崎駅、岡崎公園前、そして中岡崎駅があります。この中だと中岡崎駅が一番の中心地っぽいですが中岡崎駅前は何もありません。しかも無人駅の中岡崎駅。岡崎公園前駅も近くにありますがそちらも無人駅。一応ここが岡崎城の最寄り駅になるのでしょうか。それと八丁味噌の発祥地の最寄りでもあります。

岡崎城より西へ八丁のところだから八丁味噌。
みそ蔵見学もできるので中岡崎駅を利用する人もいるのでしょう。歴史ある建物もありますがこのあたりは東海道沿いでした。このあたりは東海道沿いでした。

岡崎城下の東海道はまっすぐではなく道幅が狭く曲がりくねった道だったそうです。曲がり角が27カ所もあったため岡崎城二十七曲がりと呼ばれてたんだとか。
曲がり角が多いのは首都防衛対策でもありますが街道の伸長のためでもあったそうです。

道が長く複雑であれば客の滞在時間も長くなる。
街道が長くなればその分街道に面した店が増える。
滞在時間が長ければ財布の紐も緩くなる。
このようにして街の収益を増やしたのでしょう。

客が多く店が多ければそっち系の店もあったはず。岡崎にあったお茶屋さんは西川口を源流としたNK流の一派だったそうです。その私娼窟があったのが中岡崎駅のそば、板屋町ってところにありました。

明治になり遊郭に指定されたのでしょうか。
明治以降もここは賑やかなところでした。しかし板屋町の遊里は1923年に移転します。

岡崎には板屋町以外にも遊郭があったそうです。風紀上の問題があったからでしょうか。ここから2km東の中町に遊里を集約させ中町東遊郭ってのができました。つまり板屋町は100年以上前に消えた遊里。でも色街の名残りが残っているようです。

残っているのは理由があります。
1923年に中町に東遊郭が設置されましたが21年後の1944年。戦況悪化により中町東遊郭は廃業となります。ぜいたくは敵と言われた時代。遊郭なんてのはゼイタクの最たるものです。そりゃ廃業に追い込まれます。でもエロい大人は黙っていません。

遊郭は交遊するところだから自粛された。
でも食事をするところなら問題なくない?

ピンサロは風俗店じゃなくて飲食店。
ピンサロは風俗店じゃなくて飲食店。

そのように声高に叫び続けたことで板屋町に特殊飲食街ができました。

元に戻ってる!移設した意味がねぇ。

そもそも板屋町は遊郭移設後も花街として営業してました。当時の花街と遊郭に差があったかわかりませんが、まぁしてたんでしょうね。芸妓が身を売っててもおかしくないです。でも花街も戦時下では規制対象となります。

遊郭は時勢的に不適切。
花街も時勢的に不適切。
でも飲食店なら不適切ではないじゃない。
だって人はご飯食べなきゃ生きてけないんだもの。
そんな感じで終戦前に特殊飲食街ができました。

花街だったところが特飲街へ。
ウーロン茶飲んでたら急にキャストが脱ぎだす。そんな飲食店がこの界隈にあったのでしょう。

戦後は昭和園という名前で赤線営業が続きました。しかし売春防止法施行により赤線は廃業。以後は旅館や料亭に鞍替えしたのでしょうか。
この界隈はホテルや飲食店が目立ちます。

ほら、こちらはホテルです。
これはまだ赤線の名残りが色濃く残ってる。
高級そうな建物っぽいけど中で行われているのは低俗な行為。

何もない住宅街に突如現れるラブホテル。これが赤線だったころの名残り。そして花街の名残りでもあるのでしょう。
やっぱ花街は唄や踊りだけじゃなかった。

こちらには歓楽街に必ずある稲荷神社があります。

大正4年、遊郭移設前からある玉垣。歴史を感じられます。
ふるめの建物があり旅館や飲食店はあるけれどそっち系の店は残っていません。ここにあるのはラブホくらいでした。

こちらは伝馬通りです。
旧東海道沿いで旅館が軒を連ねていた通りで江戸中期は多くの飯盛女がいたんだとか。近代になり遊里となったそうです。しかし板屋町同様に1923年に移転します。

こちらは大門通りです。
名前の由来は遊郭の大門があったから。この道の先に遊郭がありました。

遊郭があったのは岡崎市中町7丁目の辺り。
最寄りの東岡崎駅からは離れているため当時は遊郭行きのバスが運行してたそうです。

バスに乗るやつはムラムラしてる人たち。
この道はそんな奴らが行き来していたのでしょう。

こちらが点在してた遊里をひとまとめにした遊郭「中町東遊郭」です。

遊郭が設置されたのは1923年。新設された遊郭。岡崎の人気スポットだったのでしょう。しかし戦況悪化により閉鎖を余儀なくされ1944年に遊郭は廃業となりました。

たった21年しか続かなかった中町東遊郭。
現在は普通の住宅街です。

地図で見ると遊郭って感じの整備された街並み。碁盤の目になっています。

こちらが遊郭のメイン通りでしょうか。飲食店や商店はなく当然特殊浴場もありません。遊郭があったとは思えないくらい住宅街です。

岡崎ってその手の店がないんです。
岡崎の中心は岡崎城と東岡崎駅の辺り。そちらにも風俗街的なところがありません。そもそも西三河と呼ばれる地域 風俗がないんです。

豊田市、お風呂屋さんない。
みよし市、お風呂屋さんない。
安城市、お風呂屋さんない。
高浜市、お風呂屋さんない。
東郷町、お風呂屋さんない。
幸田町、お風呂屋さんない。
碧南市、お風呂屋さんない。
西尾市、サウナ将軍があった。
知立市、キャンパブがある。
刈谷市、ヘルスがある。しかも10軒。

西三河、けっこう風俗ある地域だった。

そして岡崎市、キャンパブがある。

キャンパブあるんかーい。

でもでも今はお風呂屋さんはゼロなんです。
尾張に風呂屋はあるけれど三河には風呂屋がない。三河人は地味で我慢強いんだとか。つまり三河の人はムラムラってきても我慢できる系の人たちってこと?

あっあれですか?家康のあれですか?
鳴くまで待とう時鳥ってやつ。
だから三河人は我慢強いって言われるんですね。
我慢できずウンコ漏らしたのに?

でも三河人が我慢強いのはホントなのでしょう。三河にはそっち系の店がないんですから。

こちらは東遊郭大門通りの入り口付近、コンドームの自販機があります。

我慢できてなさそう!

風呂屋は岡崎にありませんがこんな施設があります。こちらは龍城温泉っていう公衆浴場です。

1925年にできた銭湯。遊郭があったころからある歴史的建造物。当時は家庭にお風呂があるのが一般的でなかった時代。芸妓がここに訪れていたそうです。その当時の雰囲気が味わえそうな感じ。でも2021年に釜の不具合で休業。一時は建物の解体の話も出てたそうです。

現在は「龍城さうな」というサウナ施設になってます。サウナのオーナーが土地所有者と賃貸契約をし銭湯をリノベーションしてサウナ施設にしたようです。

施設内は当時の面影を残しつつも設備はキレイ。
動サウナと静サウナってサウナの二種類あり動サウナのほうが温度が少し高め。でも静サウナのほうが個人的には好み。

サウナ普通に利用してる!

特殊な風呂屋に行きたいけども特殊な方がない。だったら特殊じゃなくてよいから風呂に入りたい。行きついた先がこちらでした。家の近くにあると通いたくなるサウナ。岡崎に立ち寄ったら確実にまた行きます。

特殊な浴場はないけど特殊なサウナがありました。
なんか特殊なサウナってエロそうな店っぽい。

かつては遊郭花街ともに栄えた岡崎歓楽街。古い町並みは生まれ変わり遊郭も花街も名残りは消えつつあります。岡崎は大きな街なので風俗街がありそうですがやっぱり我慢の三河人。したくなったら名古屋まで我慢するのでしょう。岡崎にはピンサロくらいしかありません。

あとはマッサージ。

時鳥、鳴くまで待てない三河人。

こちらは東岡崎駅の飲み屋街です。
ここが現在の岡崎歓楽街になるのでしょうか。東岡崎駅の北側。明大寺本町ってところが歓楽街のようです。

ガールズバーやキャバクラがある飲み屋街。一通りの飲み屋はありますが店舗数は少なめ。住宅に混じって飲み屋がある感じです。

岡崎は六名に歓楽街があります。
そちらに比べると規模は小さめです。

でもこんな感じで飲み屋ビルがあります。地下飲食街という怪しげな地下街。あるのはスナックとパブでしょうか。これはちょっと気になる地下街です。

カラオケパブでしょうか。
こちらのお店もちょっと気になります。
ちなみにこちらのお店、知立にあったナイトパブの系列店なんだとか。

クセの強いキャンパブ。

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本日は愛知県岡崎市に来ております。
こちらは岡崎駅です。

JR線と愛環線が乗り入れる乗換駅。乗換駅ではありますが駅前は閑散としています。駅ロータリー自体はキレイに整備されています。でも駅前の割にお店が少ない。飲み屋の一軒くらいあってもよいんですがそういった店もないようです。

岡崎の名を冠してるので岡崎の中心かと思いきや実際の中心はここから3km離れた東岡崎の辺り。もともと岡崎駅の辺りは町外れで街の中心は岡崎城のあるあたりでした。旧国鉄は町外れにできるもので岡崎も例外なく中心から離れた場所にできました。

岡崎駅が設置されたのは1888年。駅ができたのは140年前ですがあまり栄えてません。とはいっても名古屋まで一本で出れる岡崎駅。けっこう利用者が多いようで人の往来があります。市街地から外れたところにある駅だけど住宅街の近くだから住民にはむしろ使いやすい駅。駅のそばにマンションが続々できているようで岡崎駅前も近い将来賑やかになるかもしれません。
駅前で一杯ひっかける。そんなお店が今後できるかもしれませんね。

こちらは駅東側にある出会いの小径です。
もしかしたら出会い喫茶的な店があるのかな?

そんなのあるはずありません。
出会い喫茶がある通りに出会いの小径と名付ける行政。

もうそれは、罪です。

ここには出会い喫茶はありません。岡崎駅は出会いの駅と言われているようです。だから出会いの小径なのでしょう。

「出会いと交流のある、活気のあるまちに」

そのようなコンセプトがあるそうです。

出会いといえばこちらの出合之像です。
おそらく出会いの駅の由来となった像です。

矢作川にかかる矢作橋の西側に設置されてる像。豊臣秀吉と蜂須賀正勝が出会った場所なんだとか。

秀吉が12歳の時に奉公先から逃げ出し矢作橋で野宿してたとき蜂須賀正勝と出会ったぁ。

諸説ありますが蜂須賀正勝との出会いにより秀吉が天下人を目指すことになったのでしょう。こちらはその歴史を後世に残すための像です。
岡崎はこのように出会いを重視しているのです。だからこそ出会いの駅だし出会いの小径なんです。駅近くには出会いの杜公園ってのもあります。紡いできた歴史を感じられます。
ちなみに秀吉が生きていた時代には矢作川に橋はなかったそうです。

諸説とかの次元じゃなかった。
ただの作り話。
作り話に翻弄される岡崎。

作り話によって名付けられた出会いの小径。何かあるかと思いきや何もない路地です。でもかつてはこの近くに岡崎南映劇場というポルノ映画館がありました。

ある意味出会いの映画館。
ポルノ映画館で出会える人は限定的な性指向。

出会いの場じゃなくハッテン場。

そもそも岡崎駅の東側は歓楽街があったらしくウイングタウン岡崎の辺りに競馬場がありました。そして駅前には花街もあったそうです。

飲み屋の一軒どころの話じゃなかった。
岡崎駅前、全然寂れた街じゃなかった。

今はキレイに整備されているけど何もない駅前になってしまいました。当然出会いカフェなんてものがあるわけがない。でも花街があったならそういう店が残っててもおかしくない。

怪しいエステとかがあるはずじゃない!でも岡崎にはそれが一切ないんです。
岡崎駅前では姑娘とは出会えないようですが車社会の岡崎、幹線道路沿いに出会いのエステがあるようです。

こちらは愛知県道48号岡崎刈谷線です。
岡崎駅の北側を通る幹線道路。地元ではオカカリやヨンパチと呼ばれており竜南メーンロードの愛称がつけられています。
交通量が多い主要道路。多くの市民が利用するのでしょう。

そのメーンロードのそばエステがあります。

車社会の岡崎。
その手の店も車で行くのでしょう。そんなわけで幹線道路沿いにあるんです。

24時間営業のような表記がありますが実態は11時からオープン。この手の店って24時間営業のところがあります。でも実態は営業しているわけではなくそこに姑娘が寝泊まりしているだけ。朝方に行くと寝起きの姑娘に施術されます。

チャイナエステが多い幹線道路。
まさかのメーンロードがリラクゼーションロード。

1970年代以降、自動車保有率が急増し90年代には市街地が衰退しました。その代わりにロードサイド型店舗が増えたのです。それらがこれなのでしょう。

いやこれらは2000年以降にできたチャイナエステ。そしてこちらのお店は最近できた店のはず。歴史はそこまで古くない。

怪しいリラクゼーションエステはありましたがちょっとだけ幹線道路にある程度。岡崎は不埒な店はないのです。こちらは東岡崎駅と岡崎を結ぶ電車通りです。

明治32年に馬車鉄道ができ大正元年より電車が走るようになりました。1962年まで運用されましたが現在はバスに。こちらはバス通りとなっておりこの道を北上すると東岡崎に行けます。

通り沿いにはイオンモールがあります。
地方の駅前商店街を衰退させた元凶のイオン。それは岡崎もほかの地方都市と同じでロードサイド型店舗が好まれ駅前は寂れてます。車社会は駐車場完備のモールの方が楽ですからね。

エステもモールもロードサイド型店舗へ。
駅前に姑娘がいないのも車社会だからです。
この界隈にはドン・キホーテもあります。国道沿いで商業施設が多くあるエリア。イオンもあってドンキもあるしエステもある。この界隈が岡崎の中心なのでしょう。

その中心地の近くにある交差点。
こちらは電車通り銭堤という名の交差点、地域は六名地区とよばれるところです。

もともとの交差点名は岡崎警察署前でした。
名称が変わったのは警察署が移転したためです。更地となってますがこちらに警察署がありました。
1964年に庁舎ができた岡崎警察署。かつてはこの界隈の治安を維持してたのでしょう。しかし建物の老朽化により移転しました。移転先はここから3km離れた針崎町。
治安維持の要である警察署。だいぶ離れてしまいましたがこの界隈の治安は大丈夫なのでしょうか。

警察署のあった交差点。
厭離穢土欣求浄土と書かれたオブジェがあります。

厭離穢土欣求浄土は家康の座右の銘。
現実世界は穢れた世界。だからこの世から離れ来世は極楽浄土に生れたい。そんな意味なんだとか。

乱世を終わらせたい気持ちがあったのでしょう。だから家康はこの言葉を座右の銘にしたのです。

今の世はどうでしょう。厭離穢土なのでしょうか。
その穢れた世界を世直しするためここに警察署があったのかもしれません。現在警察署はなくなりましたが長らく六名の治安を守ってきてました。
今はここは穢れた土地ではなくなりました。治安を心配しなくてもよくなったのです。だから警察署を移転したのです。ここは治安が守られた町なんです。

と思いきやなんか治安が悪そうな裏路地。
警察署そばにある怪しい飲み屋街。岡崎駅前は栄えておらずお店もなにもないけれどちょっと外れたところに飲み屋街がある。こちらは岡崎の歓楽街です。

住所は岡崎市南明大寺。六名エリアと呼ばれる地域にある六名歓楽街。

スナック、パブ、キャバクラ、バー。一通りの飲み屋が揃っているようです。ここは明らかに厭離穢土。穢れた店がたくさんある。

外国人パブが多めの路地。
こちらの雑居ビルは恐らく全てがフィリピンパブ。

タムバヤンはタガログ語でたまり場。
マガンダはタガログ語で美しい。
他の店舗もフィリピン要素。
地方にはピンパブが多いけどピンパブビルは珍しいです。ほぼここはリトルマニラ。

東南アジア感強めの飲み屋街にあるゴーゴーバー。これはアジアの風が期待できそうな予感。ここはほぼリトルタニヤ。

看板は結構あるし店も営業してそうな感じ。でもなんとなく寂れた感じは否めません。

かつては飲酒運転が当たり前の時代もありました。
また仕事終わりに飲みに行くのが文化でした。

しかし飲酒運転は罰則強化され飲み文化も衰退。飲みに行くのが当たり前ではなくなりました。駅前の飲み屋街などはそれでも生き残るでしょう。しかしロードサイド型の飲み屋は続けるのが難しくなります。

車で飲み屋にきて帰りは代行タクシーを呼ぶ。
酒代以外の費用がかかる。
なんやかんやで飲むのにコストがかかるんです。
そのため客が離れていくのです。

飲酒運転が罰則強化されたのは2009年。これにより飲み屋はかなり潰れたようです。とくに地方の飲み屋は影響が大きかったでしょう。でも六名の飲み屋街はまだ残っています。このように生き残ってるのは常連がいたから。

飲み屋街の近く警察署がありました。

まさかの警察署員が常連客。
岡崎警察職員、上客だった。

警察署があったから治安が守られていましたが警察署があったから飲み屋街が続けられてた。

でも警察署は移転しました。
これは死活問題。
街が寂れた感じがあるのはそのせいなのかも。

プレイガールって看板がありますがこちら、キャンパブです。

警察署員が通ってたであろう店発見。
ここは極楽浄土だった。

六名歓楽街、歓楽街の名の通りその手の店もありました。

かつては複数キャンパブがあったそうです。しかし一軒、また一軒と閉店していき壊滅していったようです。

さすがに警察署そばは不適切だったんでしょうね。
でも、もう警察署はないじゃない!
だったら新しくキャンパブできてもいいじゃない。
まさかの令和の時代に新たなキャンパブ(無届店)できるかも。

本日は六名にある飲み屋街に立ち寄りました。
ちょっと寂れた雰囲気のある飲み屋街ですがそれでも生き残り続ける歓楽街。きっと常連客がいるのでしょうね。

ちなみに警察署は移転しましたが歓楽街の近くには裁判所があります。

常連客はまだいる模様。
地方の飲み屋は公務員が支えてる。

駅から離れた飲み屋街ですがそれでも来る客は来るようです。

次来るときは日が暮れてから。夜の六名歓楽街を巡りたいと思います。夜に来ればこの街の実態もわかるでしょう。

また営業しているか不明のキャンパブ。
こちらもすごい気になります。

ちなみにこちらのお店、知立にあったキャンパブの系列店なんだとか。

クセが強すぎるキャンパブ。

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戦後に消えた彰化遊郭、彰化にまだある私娼窟を探せ!

本日は台中の南に位置する彰化県彰化市に来ております。
こちらは彰化駅です。現地の呼び方だとヂャンホワ駅となるようです。

彰化という地名。
はじめましての地名だし日本人観光客が立ちよらなそうですが台湾の西岸に位置する彰化県は福建との距離が近いため貿易港として栄え18世紀の頃は台湾で二番目に大都市でした。港町の鹿港は人口10万人もいたそうです。
1925年に鉄道が開通して以降は駅前が発展し、この辺りが中心地となったそうです。台中駅ほど栄てませんが駅の周りは賑やかそう。いわゆる地方の主要駅といった感じです。

駅目の前には小さな路地があります。
こちらは小西特色街巷 ってところです。
現在は住宅街のようですがかつては商業地だったようで1960年代には迪化街、大菜市と並び台湾三大布市の一つと呼ばれていたそうです。

彰化県は繊維産業で発展した街のようで台湾の紡績・繊維産業の中心地のようです。
現在でも県内に1500社の繊維工場があります。駅前にも繊維企業が多くあるのでしょう。そのためこの付近はホテルが点在しています。また最盛期はデパートもあったそうです。儲かっていたのでしょう。しかし2001年末に中国がWTOに加盟すると安価な中国製品が流通するようになり繊維業界は大打撃を受けたそうです。それにより街は静かとなったようです。なんか岐阜の駅前に似た感じですね。

ここはジェネリック柳ヶ瀬!問屋街衰退により栄えた歓楽街「岐阜タマミヤ」
ここはジェネリック柳ヶ瀬!問屋街衰退により栄えた歓楽街「岐阜タマミヤ」

本日は岐阜に来ております。 私は現在金華山のロープウェイに乗ってます。 標高329mの金華山。

かつて繊維産業で潤った岐阜駅前ですが今はその様子はありません。
駅前は空き店舗が目立ち荒廃してます。

衰退した街は荒廃するものですがここは少しおしゃれな感じになっています。
フォトジェニックな街並みにして観光客を呼ぼうとしてるのでしょうか。街路内にはおしゃれなカフェが目立ちます。雰囲気が良いですね。
観光業にシフトしたことで今後多くの人が来訪するのでしょう。ここは今後観光スポットになるのでしょう。

ちなみに彰化市にはかつて遊廓がありました。

ほぼ岐阜の駅前と同じ。彰化にある金津園。

彰化市民族路387巷、民族路と花山路の交差点の近く、駅から15分ほど離れたところ。台湾ではちょっと異質な空間があります。台湾の宗教は道教、仏教、土着宗教が主ですがこちらには鳥居があり灯ろうがあります。灯ろうには新町老街と書かれてありますがこちらがかつて遊郭があった場所です。

彰化にあった遊郭は彰化遊郭というところでした。
彰化に最初に遊郭ができたのは港町の鹿港でした。
1896年に遊郭が 鹿港に設置されますが3年後の1899年に 西門福德祠付近に移設。そして1936年にこちらに移設されました。こちらにあった遊廓は彰化花街と呼ばれていたそうです。戦後に廃止されてるので彰化遊郭は10年も続きませんでした。そのため短期間しか営業してませんが当時の名残りがあります。

こちらには水路が整備されています。
こちらの水路は彰化城郭の頃の名残りなんだとか。
それを遊郭のお堀として利用していたのでしょう。
お歯黒ドブといった感じでしょうか。

一部は暗渠化されてますがちゃんと整備されてます。
なんとなく遊郭っぽい雰囲気ですがどうやら2006年にこの界隈を整備したそうで
先ほどの鳥居はその際に設置されたそうです。つまり遊郭の名残りではなくイミテーションです。

大門の代わりに設置されたのが鳥居。
なんか雰囲気よさそうな感じですがここにあったのは遊廓。口に出すことができないようなことがここでは行われてました。

台湾の遊郭は内地人、日本人向けの遊郭でした。
遠く台湾に出張に来ている人向けでしょうか。そういう人たちが遊びに来ていたんでしょう。日本人女性と酒を酌み交わし肌を重ねる。そんな遊びがここではできたのです。

彰化の遊郭は花街寄り。
現代でいうクラブ的なところ。つまり芸妓が芸を見せるところでした。
芸は売っても身は売らぬ。でも娼妓もいたわけでできもしたのです。
ちなみに彰化遊郭にいた遊女の中には朝鮮人もいました。

まさかのコリアンアガシ。

ここに来る人たちやりたいだけだった。

遊廓だったのは80年以上前の話。
現在はごく普通の住宅街になってます。でも当時の建物がまだ残ってるようです。
こちらは日本家屋っぽさのある長屋があります。貸座敷だった可能性がありそうな雰囲気の建物。彰化ではこれらの建物を重要文化財として残す動きがありました。しかし折り合いがつかずその話は流れたようです。

文化財にするにも保存状態があまりよくないです。
こちらの建物なんか崩壊しちゃってます。壁は落ち土壁が露出してます。
また猫が数匹住み着いてる状態です。

他の家屋も保存状態が悪くおそらく近々取り壊されることになるのでしょう。
ここは観光地にはならないのでしょうね。そもそも元遊郭があった場所です。
悪所と呼ばれた場所。台湾は売春が違法です。公娼なんてもってのほかです。そのような中で元遊郭だったところに鳥居を建て、観光地化するってのはいささか無理があります。ちなみに吉原の入口には、大門があります。

日本では遊郭跡地が観光地化してる!

日本と違って台湾はそういう店がないですからね。
ホントに!?そういう店がないから遊郭は普通の街になった。ここには不健全な店がありません。歓楽街だった場所は普通の住宅街へ。現在の歓楽街は別の場所になってます。

ソレがこちら。
こちらは 永楽観光夜市商圏です。
ファッション、ショッピング、グルメ、一通りのものが揃う商店街。その商店街の中に寺院があります。

こちらは彰化清安宮です。
1817年に建立された寺院。祭神は道教の神「保生大帝」。
生を保つということで医神として崇められてます。もともとは福建省で信仰されてた神様ですが台湾に移住した福建省の人たちがこちらに伝承。それで台湾でも信仰されるようになったんだとか。
200年前からある寺院。感慨深いです。
ちなみにこの寺院の向かいには私娼窟があります。

感慨深い。

本日は遊郭跡地を巡りに彰化まで来ました。
吉原が特殊浴場街になっているように日本では遊郭と風俗街がセットになってます。
遊郭跡地には比較的そっち系の店があるのです。歴史を感じつつアレも感じれる。
だから遊郭巡りをしてるんです。

動機が不純。

でも彰化遊郭跡地には何もないのです。
じゃあ彰化の人はムラムラってなった時、どうしてるの?。
まっ...まさか自分で 処理してるの??

安心してください。
そのような人のためにちゃんと処理してくれる店があるようです。それが寺院の前のこちらの路地にあるんだとか。

車が通ることができない細い路地。
この路地はかつては参道だったようです。
200年前に寺院ができたことで街が形成され付近は賑やかになります。
人が集まればいかがわしい店もでてくるもので売春宿が点在したそうです。
ここは古くからある 私娼窟だったのです。

彰化は遊郭がありましたがそちらはどちらかというと日本人向け。
こっちの方は台湾人向けだったのでしょう。そんなわけで終戦後も潰れることなく現代まで生き残っているとかいないとか。少なくとも数年前までは営業していたようです。

現在営業してるかは不明。
そもそも店がどこにあるかわからないんです。わかっているのはこの路地にあるってことだけ。でも店がどこにあるのか全然わからない。台湾は法的に風俗営業が認められてません。そんなわけなので、風俗店はここだよ!みたいな看板がないのです。

日本も違法なそっち系の店はわかりづらいですが小料理屋などの飲食店になってます。台湾のソレは普通の家なんです。普通の家がその店なんです。しかも本当に普通の家に混ざって店があるようでいわゆるちょんの間みたいなところのようですが、まじで店がどれなのかわからないんです。でも文献などを調べ、一つの情報にたどり着きました。伝承によると情報はこうです。

寺院の向かいに細く伸びる路地二つあり。
薬局の脇の道を進むと 白銀に光る扉の家あり。
その扉を叩けば 道は開かれる。

台湾版の2ちゃんねるに書いてありました。
信じるソースが2ちゃん。2ちゃんを文献といっちゃうやつ。

でもあながち信じても大丈夫そうな書き込み。
私はその書き込みを信じてわざわざ台湾まで飛んできました。

嘘を嘘と見抜けないヤツ。

でも有益な情報です。
銀色の扉って珍しいですよね。
普通は木の扉だったり黒い扉だったり。銀色の扉はあまりないです。
それだけの情報で探し出せそう。

って思ってたけど台湾の家、結構銀色の扉だった。
もうこれ、探しようがないレベル。
普通の家も混ざってるのでドアを叩いても普通の人が出てくる可能性もある。
運よく叩いた扉の家が私娼窟だったとしても出てくるのは台湾人。もしくはベトナム人、またはタイ人。

何語で交渉すればよいかわからない!

台湾人ですら入店するのが難しいのに。日本人がこんなところに行けるわけないじゃない。

こちらには猫の絵が壁に描かれています。少し卑わいな感じがする猫の壁画。これは娘々がいるってことでしょう。

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刈谷市はヌルヌルが多すぎる!水商売とヌルヌルが混在する街「桜町歓楽街」

本日は刈谷市に来ております。
こちらは刈谷市駅です。
刈谷市には刈谷駅と刈谷市駅があります。凄い分かりづらい駅名だししかも駅が隣り合ってるから間違いやすそう。実際にホーム内には注意書きもありました。
JRに乗り換えようと思ったら違う駅だった。そんな感じで間違える人もいるのでしょう。

現在の刈谷の中心は刈谷駅の方ですがかつてはこの辺りが街の中心地でした。刈谷市駅の西側には刈谷城がありこのあたりは城下町だったそうなんです。

そんな城下町そばの刈谷市駅。だいぶ寂れた感じです。
駅前ロータリーにはなにもありません。
唯一駅前にパチンコ屋があります。そしてパチンコ屋の上は映画館になっています。

こちらの映画館は刈谷日劇。
1954年に洋画専門の映画館として開業。現在は単館系の映画館となっているようです。

この界隈にはかつて映画館が三軒あったそうです。
映画館の起源は芝居小屋で歌舞伎などの興行が頻繁に行われていたそうです。流石は城下町だった刈谷。この辺りは賑わっていたのでしょうね。
しかし2軒はすでに閉店。刈谷日劇が唯一の映画館になりました。

単館映画館ってなんかいいですよね。シネコンで放映される映画は質が保たれてるけど、あえてアタリハズレのある単館映画館で観る。玉石混交の中から良い映画をみつける楽しさ。単館映画はそんな魅力があります。

ほら、成人映画も観れます。
そもそも成人映画は単館でしかやってない。
逆に4DX映画館でやる成人映画を観てみたい。
水しぶきとか出る成人映画。なんか楽しそう。

ストリーミングでエロ動画が観れる時代。4DXはポルノ映画館が生き残る唯一の活路かも。

こんな感じで刈谷市駅前は賑やかです。

本日は刈谷駅ではなくこちらに来たのはこの界隈にかつて遊里があったから見に来ました。刈谷市駅から徒歩数分のところ、戦後に特殊飲食街ができたそうです。それがこちらになります。

飲食街の名称は「亀豊園」。
刈谷城は亀城と呼ばれていたそうです。そのため歓楽街の名称に亀を冠したのでしょう。
亀豊園ができたのは1950年以降。売春防止法の罰則が施行されたのが1958年。亀を冠したわりには短い命だったようです。
たった数年の短い期間の赤線街。でも法律で規制されても闇営業をしていた可能性あるはずですよね。特飲店は廃業、普通の飲み屋さんになった。けど、その後も続けていたかもしれません。

でも現在は飲食店すらやってなさそうな様子です。古い建物があり飲み屋の看板があるだけ。多くは新しい建物に生まれ変わっています。もうここには遊里の跡はありません。

かつては城下町だった刈谷市駅前。高度経済成長期のころも賑やかだったのでしょう。
特殊浴場の一軒くらいできてると思ってましたがそういった店はここにはないようです。

じゃあ刈谷市の人どうやって処理してるの?
もっもしかして刈谷市民はあれですか?
駅前の成人映画で済ませちゃうんですか?

スクリーン、栗の花の匂いがしそう。

刈谷の映画館、4DX映画館だった!

こちらは上天温泉という公衆浴場です。
同温泉は1999年に廃業してますが建物は取り壊されずに残っています。1927年に建てられた鉄筋コンクリートの建物。こういう建物が残ってるのは素晴らしいですね。

こちらは刈谷浴場です。
こちらの銭湯も歴史が古く関東大震災後の1923年に建てられてます。築100年以上の建物。だいぶ古い感じですが雰囲気がよい。モザイクタイルの柱がオシャレです。でもこちらの銭湯も2011年に廃業しています。

刈谷市には銭湯がもうないようです。
急にお風呂に入りたいと思っても公衆浴場もないし特殊浴場もない。

駅前の成人映画で済ませたあとどうしてるの?もっもしかしてヌルヌルのまま?

刈谷市民、ヌルヌルのままだった。

その辺を歩いている男性、ヌルヌル。せめてシャワーぐらい浴びれるとよいんだけど。

あった、シャワー浴びれる場所。
イソジンでうがいできそうな施設。
そしてやっぱり刈谷市民 ヌルヌルだった。

刈谷市駅前にはポルノ映画館だけだったけど刈谷駅には観るだけじゃない店がある。
ここは刈谷のオアシススポット。

こちらはアクアモールという商店街です。

もともとは明治用水という上水道がありましたが街路を整備し商店街になっています。水と縁のあるところだったためアクアモールという名が選ばれたようです。刈谷歓楽街のメイン通りのようなところ。

そのメイン通り、風俗店やキャバクラがあるんです。

現代も水に関する街だった。

キャバクラやガールズバーも多いですがそれに紛れて性風俗店があるんです。

こちらのヌルヌルのお店。
完全顔見せ店のようです。
名古屋で多いマジックミラーシステム。

こちらも大通り沿いにあるお店。
ここもヌルヌル系のお店のようです。

こちらも大通り沿いにある店。
熟女を売りにする店。ここもヌルヌル系のお店のようです。

こちらも大通り沿いにある店。
大通り、風俗しかねぇ!ヌルヌルが多すぎる。

ヌルヌルのお店があるのは刈谷駅の近く。
こちら側は刈谷駅です。JR刈谷駅の乗降者数は一日56000人。東海道線では名古屋、金山、静岡、岐阜に次いで5番目に利用者が多い駅なんだとか。
名鉄線とJRの乗換駅でもあるのですが一番の利用者はトヨタ関連企業。その中で最も多いのがデンソー社員でしょう。

刈谷駅の近くにはデンソーの本社があります。本社には13000名の社員が勤めてるようです。また出張で刈谷に来る人もいるのでしょう。それだけ多くの人が往来するなら駅前に歓楽街が形成されてもおかしくないです。

刈谷駅前は桜町と相生町が歓楽街となっておりこちらは相生町にあるキャバクラビルです。

近くにはデンソー本社があります。
近くにはトヨタ紡織もあります。
ほかにもトヨタ関連企業が刈谷にはあります。

給料日、行くよね。5,10日、行くよね。
だって退勤ルート上にあるんだもん。そりゃ行くでしょ。

職場の人に見られるからゼッタイ行かない?
いや行ってるでしょ。この手の店が複数あるってことはそれなりに利用者が多いってことです。その利用者の多くが刈谷で働く人たち。

そして飲み屋だけでなくこっちの店もその利用者の多くが刈谷で働く人たち。利用者が多いからこういう店が成り立つんです。つまりトヨタ関連企業で働く人たちヌルヌルです。

こちらはアクアモールの一つ北側の路地です。
日中は客引きが多いので朝に来てみました。客引きといっても店前で呼び込みをしてるだけで敷地外のでの客引きはしていないようです。かつては強引な客引きも見られたようですが今はちゃんと法律を守り客引きをしてます。そんなわけで治安はそこまで悪くないようです。

この路地が刈谷一番の歓楽街でしょうか。飲み屋と風俗店が軒を連ねております。

この界隈にあるのはヘルスと呼ばれるお店です。
どうやら特殊浴場は刈谷にはないようです。
でも湯舟がないだけでやってることはほぼ同じ。大きな違いは恋愛に発展しないくらい。たまに発展する人もいるけど。

私はお風呂屋さんよりこちらの方が好きなんです。風俗の王様といえばお風呂屋さん。風俗ヒエラルキーみたいなのがありトップが風呂屋で次点がヘルス。そのように扱われています。たしかにお風呂屋さんのサービスは特殊ですが私はこの切磋琢磨しているヘルスサービスが日本っぽさがあって素敵だと思うんです。

素股。
これのほうが世界的に見ても特殊です。規制のなかで絞りだしたサービス。ギリギリアウトっぽいけどセーフとされてる技術。日本にはそんな技術があるんです。

入ってるんじゃないか?と勘違いするくらいほぼそれの中を演出してくれるキャスト。そして終わった後の急に来る虚しさ。この刹那な感じ。
これこそが日本のわびさびじゃないでしょうか。
刈谷ではそのような店が軒を連ねています。

この路地はほぼ風俗店とキャバクラだらけですが普通の飲食店もあるんです。でも利用者は普通の人がいなそうな感じ。
昼間に男一人でこの路地に入れば何をするか想像できます。

飲み屋はまだ営業していません。営業してるのはヘルスとランチのお店。ランチ食べに普通の人がこの街に訪れますか?
この路地に来るのは風俗利用者か風俗従事者。つまり定食屋に来る客もそのどちらかなんです。

串焼き、パブ、ヘルス。
このビルは串焼き食べに来た客を装い3階のヘルスに行けるバレにくいつくりです。
キャバクラと風俗がごちゃ混ぜになってる感じ。
愛知県っぽさがあって素敵です。

この路地、なんか親近感があります。人の気配はあるけど街路に人はいない。ずっと店先から監視されているような感覚。雰囲気が川崎堀之内っぽい感じ。
川崎に住んでいたころよく堀之内の定食屋でランチしてました。

ランチだけが目的じゃないことが明確。
飯食ってる姿が菩薩のよう。ただの賢者タイム。

でも堀之内と違うところは飲み屋が多いことでしょうか。

わざわざ名古屋まで出ずともここでこと足りる。
この街に飲みに行く人は多いのでしょう。
朝まで飲み続ける人がいるのでしょうね。

夜にも立ち寄ってみました。

飲みに行く気マンマン。
こちらは怪しい店のある裏路地です。

そっちの店に行く気マンマン。
路地は閑散としています。

それでも利用者がいるのでしょう。相変わらずお店前には黒服が立ってます。まだ週の中日。そのため飲み歩いている人は少なめ。人が出るのはもう少し日が暮れてからでしょうか。

こちらは怪しい路地そばにある居酒屋です。名前の通り豚ホルモンを扱う串焼き屋さん。創業60年以上の老舗店なんだとか。お店は繁盛しているようで席はほぼ埋まってます。仕事終わりに一杯ひっかける。そんな人たちがこの店に集まるのでしょう。ってわけで私もそんな人たちに紛れて一杯ひっかけましょう。

とりあえずビールです。
周りが赤星を頼む中、あえて一番搾りを選びます。
正直なところ味の違いは分かりません。

こちらのお店はやきとんのお店。やきとんが名物ですが居酒屋なのでなんでもあります。愛知なのでどて煮も味噌カツもあります。メニューが多くて目移りしてしまいます。

とりあえずハラミを注文。ブタといったらハラミかカシラ。肉食ってるって感じ。間違いない酒のツマミ。

こちらはとん焼きというものです。おそらく豚の小腸もしくは大腸、一般的にはシロといわれる部位でしょうか。こちらも酒と相性が良い。

やきとりややきとんなどの肉料理もいいけど日本酒に魚介ってのもいいですね。こちらではそんな飲み方もできるようです。
トヨタ関連企業に勤める人が寄りそう居酒屋。ここで一杯ひっかけて夜の街にいくのでしょう。

じゃあこのあとどの店に行く?
ヘルスが10軒ほどあったけど。

選択肢があるってのはいいですね。そっち系の店の前に飲み屋に行くのもありです。
まだまだ夜ははじまったばかり。最終受付まで時間があります。飲んでからでも充分間に合う時間帯。刈谷の夜 楽しんじゃいましょう!
とりあえず私はヌルヌルを落としてきます。

いつからヌルヌルしてたの!?

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池鯉鮒宿は現代版の宿場町へ!現代版の飯盛女はいるのか!?

本日は愛知県知立市に来ております。
こちらは知立駅です。

人口72000人の知立市。
その玄関口でもある知立駅。
名鉄名古屋本線と三河線の乗換駅で多くの人が利用するのですが駅前は寂れてます。地方にある主要駅って感じの駅前。
車社会の愛知県、名古屋の中心以外は大体こんな感じなのでしょう。

駅前にパチンコ屋くらいあってもよいもんですがあるのはカラオケ店くらい。おそらくかつてはぱちんこ屋だったんでしょうが駅前では客がこなくなったんでしょうね。

カラオケ店は中高生が好きな店。
そんなわけで地方の駅前は車を使わない中高生向けの店だけになるのです。

知立駅の北側、国道一号線と並走して旧東海道が通っています。
知立は東海道五十三次の39番目の宿場町「池鯉鮒宿」だったところです。

かつての宿場があったのはこのあたりで道沿いに宿屋が軒を連ねていたんだとか。周りの宿場と比べると街は小さかったようですが旅人が泊る宿泊施設があったんです。当然その手のサービスもあったのでしょう。池鯉鮒宿にも飯盛女がいたんだとか。

現代でも出張となれば駅前のビジホに泊りコンビニで酒とツマミを買い込む。普段食べないコンビニ総菜をアテに独り晩酌。これがビジネスホテルの醍醐味です。

でもふとした時に思うんです。
せっかく地方に来てるのにコンビニ飯でよいのか。ご当地グルメを食べた方がよいのではないか。そのように思うこともあります。

そんなことより、夜、ひとり寂しく過ごすの?
せっかくホテルに泊まってるじゃん。
刹那の恋があったっていいじゃない。
デリヘル 呼ぶじゃん。

400年前から旅先ですること決まってた。

あえて規模の小さい宿場に泊る。そして場末の飯盛り女がいる店に行く。現代でもあえて地方都市のピンサロに行くように江戸時代当時もそんな特異な人がいたのでしょう。知立宿にはエロい大人が集まていたのです。

現在知立駅は高架工事を行っています。
北に国道一号線、南に国道23号線が走る知立市。名古屋本線は市の中央を東西に走っており線路で街が分断されてます。
踏切を使わずに通れる道路は限られており慢性的な踏切渋滞が起こっていました。とくに駅前は三河線と名古屋本線があるためラッシュ時はあかずの踏切となるようです。その渋滞緩和の解消をするため高架化工事をしてます。

工事個所は総延長約5km。知立駅に接続する名古屋本線と三河線。両方の路線の高架化工事をしております。すでに名古屋本線の高架化は済んでおり今後三河線の高架切り替えをしていくようです。高架化により除去される踏切は10か所。工事は2028年に完了予定なんだとか。
高架化すれば車が行き来しやすくなるようです。

多くの人が行き交う宿場町だった知立。
当時の賑わいを取り戻そうとしてるのでしょうか。再開発のコンセプトは現代版の宿場町なんだとか。宿場町だったころの賑わいを駅前にそんな意味がコンセプトに込められてるようです。

現代版の宿場町ですか。
ってことは飯盛女、宿場女郎、飯盛旅籠。
そういうのの現代版が味わえる街なんですね!

400年前に東海道の宿場町だった知立。
400年経った今、街は生まれ変わろうとしています。果たして現代版の宿場たる街なのでしょうか。現代版の宿場女郎はいるのかな?
本日は知立駅界隈を散策します。

こちらは知立駅の東側の線路沿いです。
一番渋滞が酷いエリア。現在も絶賛工事中です。
三河線の高架化はまだ済んでいませんが二年後にはこの路線も高架化。現在の地上路線は廃線となるのでしょう。
2000年から始まった知立駅整備事業。それにより街並みは大きく変化したようです。現在は線路内に組み込まれていますがかつてはここに麗人街って飲み屋街がありました。
いわゆる飲み屋横丁のようなところで麗人街と呼ばれていたのは女性の名前を冠した店が多かったからだそうです。

女性店主が切り盛りしていたのでしょうか。ってことはもしかしてちょんの間的なアレかな?と思ったのですがどうやら違うようで普通の飲み屋街だったようです。
もちろん恋に落ちないわけではありません。もしかしたら何人かは恋に落ちてたのかも。その可能性を信じて通う男性客はいたのでしょう。でも麗人街は2007年に高架化事業により解体。知立から消えてなくなりました。

駅前にある飲み屋横丁。
高架化で街がキレイになりますがかつての街並みが消えるのは少し淋しいです。

こちらも更地になっていますが、ここも高架化により淘汰されたのでしょうか。ここにはかつてトルコ風呂がありました。
たぶん高架化関係なく潰れた店舗。
車を使わない中高生向けの店じゃない!

線路沿いに風俗ビルみたいなのがあったようです。

風呂屋にキャンパブ。ここが宿場女郎を担ってた。名古屋ではなくあえて知立の風俗店。そういう特異な考えを持つ変態がここに来てたのでしょう。

現在は高架化しており線路の向こう側は見えませんが線路の向こう側にはかつて麗人街がありました。ここは麗人街で悶々としたあとに行く店だった。麗人街がなくなったから必要なくなったのでしょうか。だいぶ前に店は閉店。線路沿いにあった怪しいビルは更地になりました。

知立にはそういった店がもうないようです。
でも飲み屋さんはあるみたいなんです。

ナイトスポットと書かれたドリームランド。
パブ的な店かな?と思って調べたところ、こちらはキャンパブのようです。

パブではあった。

中高生が好きな店ではなく中高年が好きな店。これが現代版の宿場の形。
お店は結構古くからありそうだけど歴史ある街ですからなこういう店はあるべきです。

キャンパブといっても店により特色があります。
中には西川口を源流とした一派の店もあります。その手の過激な店は淘汰されます。
古くから残るこちらの店は健全な不健全店なのでしょう。さてさてどんな感じの店かな?

過激の方向性が全く違う。

ここは知立の性最前線。生きるか死ぬかのキャンパスパブ。

どのような店なのかを看板で判断する、看板というのはそのお店の顔。初めて訪れる店の唯一の手掛かりが載っている、看板はそのお店の案内板なのです。

こちらのお店、案内通りなら撃ち殺される。
ようこそ夢の国へ。
二度と生きて帰ってこれなさそうな感じ。
地雷原の中を駆け巡ることになりそう。地雷があることを暗にほのめかしてる。

いや右手には女神様が見つめてます。
ここには女神がいるのでしょう。

混沌のキャンパブ。夢の国は果たして天国なのかそれとも地獄なのか、戦場の中を駆け抜けろ!そんな意味が込められてそうな看板。

たぶんオーナーの趣味。趣味じゃなければ看板の説明がつかない。

こちらの看板の描かれている女性の絵はイラストレーターの長野剛さん作の「Heavenly Warrior啓示」です。女性の剣士を看板に掲げる意味があるのでしょう。
ここに剣士のナイトが描かれているってことはナイトスポットとかけてるのでしょうね。

まさかのダジャレ。

オーナーの趣味とかの次元じゃなかった!
やっぱりこの店 看板からでは何も判断できない。

こちらには値段表があります。
キャバクラにしては少し高い値段設定です。飲むだけの店じゃないってのがわかります。普通は20分や40分で入店するキャンパブ。キャンパブで180分はなかなかの手練れ。お風呂屋さんですら90分や120分なのに3時間キャンパブで何をするんだろ?

キャストの顎、外れそう。

180分ずっとしてるわけじゃなく普通に酒を飲む時間の方が長いのでしょう。つまりパブ要素が強めのキャンパブ。いかにローコストで済ませるかではなくことをする前段階も楽しむ。この店はそういうところなのでしょう。知立は少し大人向けの店のようです。

キャンパブがあるのはチエキタという飲み屋街。
チエキタは知立駅の北側って意味で知立駅北側発展会ってところが運営しています。この界隈が知立の歓楽街になるようです。
トルコ風呂はなくなったけど現代版の色街がここにはあるようです。

こちらはキャバクラです。
看板が分かりやすい。さっきの店の看板とは雲泥の差。

料金は、キャバクラ価格です。
つまりここはキャバクラ。

地方にはパブかな?と思ったらピンサロだったりキャバクラかな?と思ったらセクキャバだったり。外観からでは判断できません。でも料金を見れば一目瞭然です。

この界隈には結構キャバクラがあるようです。
知立って名古屋まで20分で出れる立地です。だったら知立じゃなくてもいいじゃないって思いますが中心地の飲み屋より地元の慣れ親しんだスナック。そういうのがいいのでしょうね。これらの店があるってことはそれなりに需要があるのでしょう。

スナックやキャバクラが多いためか。少しこの付近は治安が悪そうな雰囲気があります。飲み屋街なのでその側面はあるのは仕方ないです。ちなみに知立市には警察署が存在しないようです。

ディストピア知立市。

治安が悪いのは警察署がないからだった。
いや、警察署はちゃんとあるんです。駅前にも交番があります。知立市自体が大きな市ではないため隣りの安城市の安城警察署が兼任してるそうです。

警察署がない市町村って結構あるんですね。でも兼任してるから治安が守られてるんです。警察署がない市町村といえば、八街市、八潮市、狛江市、綾瀬市、戸田市とか。なんか治安が悪そうなところばかり。

戸田市は蕨市警察署が管轄してるんです。
蕨の方が小さいのに不思議ですね。

警察署があるのに治安の悪い蕨市のほうが不思議。

つまり治安は警察署あるなし関係ないようです。

こちらにはチャイナエステです。
警察の権力が届いてなさそうな街の様子。

そんなことありません。
ここは普通のリラクゼーションエステ店、健全なお店です。だってウェブサイトに津店は風俗店ではないって書いてあったし。

ネットリテラシーが低めの人。
嘘を嘘と見抜けない人はネットを使うのは難しい。

ごく普通のエステ店、ごく普通のエステ店だけど 普通じゃない気がする。

絵がそれを物語ってます。
絵には罪はない、絵には罪はないけど看板はその店の顔、そのお店の案内板なのです。
なんか期待できそうな雰囲気のある看板。

こっちの店は口で何かしてくれそうな予感。
こういうのは値段で判断するしかないんです。

看板に値段要素ゼロ。

そもそも値段が書いてあったとしても追加イチマンエンで最後までデキルヨってやつ、あるでしょ!

バーがあるスナックがあるキャバクラがある、そしてキャンパブがある。そのような飲み屋街の一角にあるエステ店。
ちょっと肩こったからマッサージ行くかな?

ならないでしょ!マッサージ行くなら整骨院いくでしょ?
ここに行く客はそっち目当てなんです。
かつて麗人街で店主目当てで来てた客。それと同じなんです。ある意味ここは知立にある麗人ビル。そんなところでしょうか。

まさかはないかもしれないけどちょっと期待しちゃうエステ店。最悪悶々とするだけだったとしても近くには処理してくれる店があります。知立の飲み屋街、結構よさそうな感じ。宿場に来る旅人のことが考えられてます。

本日は知立駅の周りを散策しました。現代版の宿場町の雰囲気ちゃんとあるんじゃないでしょうか。
知立駅前はカラオケ店しかないと思ってたけどなんか色々あった。というよりむしろ飲み屋の要素が強め。
麗人街が消えたとか言ってたけどそもそも駅前飲み屋だらけだった。

知立駅前は中高生向けではなく中高年向けだった。

選択肢は少ないですが飲んだ後も考えられてる。わざわざ名古屋に行かずともここで充分です。
もう少し楽しみたいとなった時は刈谷のほうに行けばよいみたいです。どうやら刈谷は選択肢が色々あるんだとか。ってわけで私は 刈谷の方へいってきます。

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これは現代社会のポイズン!神奈川区反町の遊郭があった場所は…!?

本日は神奈川県神奈川区に来ております。
こちらは滝の川せせらぎ緑道ってところです。
キレイに整備された緑道。国道一号線が走り交通量が多いところですが少し脇にそれると緑豊かな路地が整備されてます。都会のオアシスといった感じのところでしょうか。普段は怪しい街歩きしかしていませんがたまにはこういうのもいいでしょう。

滝ノ川の名の通り以前は川が流れてましたが現在暗渠になってます。ここに流れていたのは滝の川というのですが一説には神奈川の地名の由来とも言われています。諸説ありますが滝の川は以前神奈川と呼ばれてた。その可能性は大いにあるでしょう。だってここがかつての神奈川の中心だったのですから。

神奈川県の中心は横浜です。
県庁所在地も横浜。
栄えているのは関内の辺りでしょうか。関内のあたりが栄えだしたのは明治以降、それ以前はこの辺りが神奈川の中心でした。

東海道五十三次の三番目の宿場町「神奈川宿」はちょうどこのあたりにありました。
滝野川を境に東側を神奈川町、西を青木町と呼び、かなり大きな宿場町だったそうです。そんな大きな宿場町なら遊郭的なのもあったはず。そう。神奈川宿には遊郭がありました。今日はそれを見に訪れました。

神奈川宿に遊郭ができたのは近代になってから。それ以前は岡場所と呼ばれる私娼窟がありました。食事の用意をしていたら急に恋に落ちちゃったってことが神奈川宿ではよくあったそうです。いわゆる飯盛女ってやつです。
現代でも似たようなことがあるでしょう。
ユーロビートが流れる店内でウーロン茶飲んでたら急に給仕と恋に落ちるやつ。

江戸時代からあったNK流。

しかし神奈川宿の飯盛女は幕末に規制されます。
ちょうど横浜港が開港の時期。多くの外国人が横浜に訪れたのでしょう。

飯食ってたら急に恋に落ちちゃう店があったら外国人だって行きたくなるじゃない。でも幕府は外国人に利用させたくなかったのでしょう。

NK流は日本の宝。
海外に流出させるのはよくない。
そんなわけで飯盛女禁止令が出されました。

でも外国人だって男の子だもん。
せっかくの海外出張、そっち系の店に行きたいって外国人もなったのでしょう。そんなわけで外国人が遊郭設置の要請をします。結局幕府は受け入れました。

禁止令を出した意味がなかった。

以後はどのような経緯なのかはわかりませんが神奈川宿のあたりに遊郭ができたそうです。最初にできたのは神奈川駅の近くでしょうか。洲崎大神門前にありました。

こちらが洲崎神社です。

創建は1191年。
源頼朝が安房神社より勧請したのが始まりです。凄い歴史のある神社のようです。
ご祭神は天太玉命、天比理刀売命。
ご利益は五穀豊穣、無病息災、商売繁盛などなど。

玉垣には水産業を営む人の名前が目立ちます。元々このあたりは神奈川湊と呼ばれる湊町で漁港でもあたそうです。また現在もこの近くには中央卸売市場があります。そもそも洲崎神社の目の前は海でした。

目の前海だったら遊郭がないじゃない?

安心してください。
海を渡った先にあったんです。

こちらは昔のこの辺りの地図です。
現在の国道15号線沿いは松入堀ってお堀があります。橋が架けられておりその先にある七軒町と宮洲町。このあたりが遊郭だったそうです。

街道から少しそれたところにできた遊郭。
かつては行き交う人は多かった東海道ですが鉄道開通後は人通りが減ったのでしょう。1900年にここの遊郭は廃止されここから北に600m。東海道本線の向こう側に遊郭を移設しています。東海道本線は1872年に開業してます。街道沿いより鉄道沿いの方がよいとなったのでしょう。移転先は反町ってところ。

神奈川区役所の裏手。住所は神奈川区反町です。
現在は反町公園ってところになっておりますが1900年にこのあたりに遊郭が設置されました。元々青木町って町名だったから青木町遊郭。または反町遊郭と呼ばれていました。

ソリマチではなくタンマチ。
初見だと確実にソリマチと読んでしまいます。

名称の由来は諸説あるようですがこの付近は焼畑農業が盛んで休耕地が多くありその休耕地のことを草里(そうり)と言ったんだそう。それが転じてタンマチとなったんだとか。

それだったらソリマチじゃね?

このあたりに大門があったそうです。
現在はマンションが建ち並ぶエリアです。

最寄り駅は東横線の反町駅。
JR線の東神奈川駅もそこまで離れてません。
また京急線の神奈川駅も近いです。
横浜へも歩けない距離ではない反町。
住むのに適した場所なのでしょう。
そんな住みやすい街の反町ですがかつてここに妓楼が軒を連ねていたんですね。

こちらのウナギ屋は1890年創業のようです。
つまり遊郭移設前からあるウナギ屋さん。
精力増強効果があるとされるウナギ。そんなのが大門の脇に店を構えていたのです。ほぼほぼ赤ひげ薬局と同じ立ち位置。そりゃ遊郭行く前に食べる人がいたのでしょう。

遊郭の名残りはなく普通住宅街です。
遊郭自体は終戦を迎える前に廃業となっています。
太平洋戦争がはじまると遊郭は自粛となり、妓楼は宿舎や軍事施設に転用されます。反町遊郭も同じように宿舎に利用されました。
遊郭は戦後赤線や旅館になるものですが横浜大空襲により一面焼け野原になってます。

こちらは当時の衛星写真ですがかろうじて道が分かる程度。建物全てが焼失しています。
空襲被害に遭ったのはほかの遊郭も同じでエロの力は偉大で遊郭は戦後すぐに蘇るのですが反町遊郭は蘇りませんでした。この付近は戦後すぐに進駐軍に接収されます。そのため赤線街にならず返還後は市有地となりました。

公園もキレイに整備されています。
かつては大人の遊技場でしたが今はこどもの広場です。
日中は子連れの親子をうかがうことができます。
そこまで大きな公園ではありませんが遊具もあって地域に密着しています。小さな子供がいっぱい来る公園なのでしょう。
ちなみにこちらの反町公園、現在はハッテン場になってるんだとか。

これは現代社会のポイズン。

斜め上行く大人の遊び場。
反町公園、まだまだ大人の遊技場だった。
遊郭は壊滅し健全な街になったけど不健全な人のせいで不健全な公園になっちゃった。

昼間は男の子たちがはしゃぐ姿が見れるけど夜中は男の子たちがはしゃぐ姿が見れる。
反町はかつて遊郭で男の楽園でしたが現在も男の楽園に変わりはなかった。

大門そばのウナギ屋さん。精力増強の効果あり(意味深)。
横浜では結構有名なハッテン場のようです。

こちらほら、トイレに鍵がかかってるんです。
これはサセナイようにしてるのでしょう。

夜にノンケは近づくなとすら言われる反町公園。
公序良俗に反することが公然と行われているそうです。

ルールを守って正しく遊んでねぇ!

こちらは東急東横線の反町駅です。
東急線は急行に乗るので反町駅を認識してませんでした。利用者は東急線で一番少ないんだとか。

そもそも隣駅は横浜駅。
歩いて横浜にも行けるくらいの距離です。
小田急線の南新宿駅みたいなところでしょうか。

こちらは東横線の真上にある遊歩道。

東横フラワー緑道です。

全長1.4kmある緑道でこの道を進むと横浜に行けます。東横線の地下化に伴い緑道が整備されたそうです。
いわゆる廃線あとの道です。
緑道の名の通り草木が植えられています。緑豊かで静かな街路です。

こちらは高島山トンネルです。元々は電車が走っていたトンネルでしたが現在は徒歩でトンネルを抜けられるようになってます。地域住民への配慮で夜間は閉鎖されますがこのトンネルがあると横浜に行きやすいです。

こちらは反町駅前。
このあたりも街路が整備されています。駅前は駐輪場になっているのでしょうか。ここも線路沿いでした。

線路沿いなので住宅には不向き。
駅のそばなので人の往来がある。
そのため線路に沿って飲み屋が軒を連ねます。

現在も飲食店があるようです。飲み屋があったであろう雑居ビル。駅前の線路沿いって感じの雰囲気です。

そしてかつてここにはヘルス店がありました。

やっぱりあったヘルス店。

120年以上前に誕生した反町遊郭。その名残りでもなんでもないヘルス店。反町駅前にはファッションヘルスがありました。

横浜人魚という名のそのお店。1984年から営業していたそうですが災禍を乗り越えることができず閉店しました。もう、反町にはファッションヘルスはありません。

本質的に不健全とされる性風俗店。
災禍を乗り越えることはできなかったようです。感染症により多くの店が潰れてしまいました。
給付金の対象から外された業種だったため新たに復活することができない店舗型のそれは現代社会に必要なくなっているのでしょう。反町にあったお店も必要なくなったのでしょうか。もうこの界隈にはその手の店がありません。

そもそも感染症関係なく厳しい環境だったのでしょう。

東横線で一番利用者の少ない駅。
隣駅は利用者が多い横浜です。
横浜駅に出ればその手の店が多くあります。
選択肢は多い方がよい。
そのため多くの利用者が横浜に流れるのでしょう。

常連客がいたから続けられていたのでしょうが老舗だとしてもそれだけでやっていくのは難しい。例え既得権があろうとも楽な業種ではないのです。そんなわけで反町にはその手の店がありません。

もう健全な街になったのです。

って思ってましたがエステ店はあるようです。

泡泡洗体、ストレス解消と書かれたエステ店。
リラクゼーションと看板には書いてありますがここは普通のエステ店、風俗要素はゼロです。

ゼロ?

コリアエステかな?
チャイナエステかな?
やっぱ漢字だからチャイナエステかな?
いやいや日本人エステの可能性もある。
だってここは日本ですよ。
エステだからチャイナとするのは浅はかです。
ちなみに一階は中華料理店です。

これは100%チャイナエステ。

こちらの店は10年近く営業しています。それだけ長く続いてるってことは健全な証拠。

不健全な店ってすぐに潰れちゃうんです。
それも当然で摘発により閉店するところもあるし摘発されないように短期間で閉める店もある。店名が頻繁に変わるところもあります。でもこちらの店は普通のエステ店なのでしょう。だから長く続けられているんです。

中華エステは不健全店。
そのような価値観は捨てた方がよい。

でも健全店でもあるじゃん。
女の子によってスペシャルサービスがあったり。
あと一万円でサイゴマデできるって提案されたり。
そういうのあるよね?

もちろんそういうこともあるでしょう。でもそれはキャストが恋に落ちた場合の話、恋に落ちる健全店。

それって不健全店なんじゃ...。

こちらの二階は空き家になっています。
こちらにもエステ店がありましたがそれは閉店しています。まるで不健全店だったかのような言いよう。

詳しくはわかりませんが不健全店。もしくは健全店だけど恋に落ちた人がいたのでしょう。

例え隣駅が横浜だとしてもやっぱり駅前には必要なんです。横浜駅まで電車で4分の立地の反町ですが急にムラムラって来るときがあるじゃないですか。そんなときでも電車に乗らなきゃならんのです。
しかも電車を降りても目の前にあるわけではない。電車を降りて駅のホームから改札階へ行き改札を通り抜け駅の中をさまよう。駅の外に出たとしてもお店があるわけではなく。そこから歓楽街まで歩かなきゃならない。駅は近いけど近いのは駅なだけ。店は結構遠いのです。

だからこそ、ムラムラってきたときのために駅前にはあって欲しいものなのです。

かつてはヘルスがあった反町。
それは閉店しました。

でも替わりにエステがあった。
それも閉店。

じゃあ反町の人どうしてるの?

健全店でワンチャン狙ってるの?
恋に落ちる人捜してるの?
そんな可能性の低いことしてるの?
え!?もしかして!!まっまさかの反町公園。

これは機会的同性愛。
夜の反町公園の治安が悪い理由、地元の人の可能性がゼロではない説。

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