山林生活

東京の西の最果て、かつて栄えたエロい街があった「小作歓楽街」

東京の西の最果て、かつて栄えたエロい街があった「小作歓楽街」

本日は東京都羽村市に来ております。
こちらはJR青梅線の小作駅です。

国道16号線の外側、東京の西の外れの小作。
この先にあるのは奥多摩です。もう東京じゃないようなところです。

羽村駅と青梅駅は下りたことがありますが小作駅に降りるのは初めて。駅の名前自体は色々あって知ってはいたのですが今まで降りることがありませんでした。

小作駅前は栄えてます。
駅の東側には西東京工業団地という1966年に開発された工業団地があります。都が開発した工業団地で青梅羽村一帯に団地が形成されてます。建設当時は最大規模だったんだとか。

日野自動車やカシオ電機などの工場が現在もあり、かつては東芝の工場もありました。小作は東芝の企業城下町と言われていたそうです。
高度経済成長期のころにできた工業団地。多くの人が小作駅を利用してたのでしょう。

仕事が終わり駅に赴く。
そのまま帰るの?一杯やってかない?
そんな感じで駅前で飲んでいったはずです。そんなわけで小作駅前は飲み屋街となっています。

郊外の飲み屋街ってなんか治安が悪そう。

羽村は一応東京。
でも国道16号線の外側。
もうそこは関東と呼ぶべきか怪しいところです。
東京の西側って治安が悪いんです。

立川市、治安悪い。
福生市、治安悪い。
八王子市、治安悪い。

ヤンキーとか暴走族がいるエリア。
その治安の悪そうな市よりさらに西側。なんかヤバそうな感じがします。そんなところにある飲み屋街。不安でしかありません。

ヤンキーとかいっぱいいそうです。

いやいやそんなことはありません。羽村市は意外と治安が良いエリアなんです。小作駅前は飲み屋街なので少し治安がアレですが、それはどこの歓楽街でも似たようなもんです。東京で考えれば羽村の治安は安全な方。しかもここは有名芸能人も輩出してるんです。

羽村で有名な芸能人といえば、工藤静香さんです。

ヤンキーがいるエリア。

工藤静香さんの実家は羽村で小作駅近くのスナックだったそう。小作駅前はパブやスナックが多いエリアなんです。

ほら、フィリピンパブがあります。
工場勤務の人が仕事終わりに一杯飲む街。仕事終わりに飲むなら居酒屋行くのが普通ですが、ここではフィリピンなんです。
居酒屋的な店がないわけではありません。でもスナックやパブが多めの小作飲み屋街。

こちらも飲み屋ビル。
目に入るのはフィリピンです。

こちらにもフィリピンがある模様。
もうここはリトルマニラ。

羽村市の外国人割合は2.7%。約1500人の外国人がいます。他の地域同様に多いのはベトナムと中国ですがフィリピン人も一定数おり女性の割合が多め。その女性の多くがパブに勤めてるのでしょう。

やっぱり地方の飲み屋街はフィリピンパブ。
でもこれだけフィリピンパブがあるってことはそれなりに需要があるのでしょう。

こちらの通りにも飲み屋が結構ありますが、ここにはかつて桃色のサロン店がありました。

それなりに需要があるサロン店。

そりゃそうなんです。
仕事終わりにフィリピンパブに行く。
ピンパブは気分を高揚させてくれます。でもそれ以上のサービスは期待できません。ムラムラっとした状態のままなのです。

じゃあピンパブあと、どうする?
やっぱあっちのお店に行きたいですよね。
でも小作の近くには歓楽街がありません。

じゃあ新宿歌舞伎町まで行く?
でも小作は東京の西の外れ。同じ東京なのに新宿まで一時間かかるんです。

そこまで待てない!だから近場で済ますとしても近場は西の歌舞伎町といわれる立川か、西の歌舞伎町といわれる八王子か。

小作の人はまがい物しか選択肢がないのです。

でもわざわざ電車に乗らずとも小作駅前にそっち系の店があったのです。

小作駅前は飲み屋にそれに混じってサロン店がありました。けっこう利用者が多く賑わっていたそうです。そんなわけでその当時の小作駅前は西の歌舞伎町と言われてました。

西の歌舞伎町が多すぎる!

しかし現在は一軒もないそうです。
サロン店があったところはスナックやパブに転身。
もうここにはそういう店はありません。
小作は健全な街になったのです。

なんか福生と似た感じ。

福生はサロンの代替としてエステがありました。小作にもエステ店が少ないですがあります。

飲み屋街には必ず存在するエステ店。
飲酒後のマッサージは正しい施術じゃありません。アルコールが早く体内に循環するので体への負担が大きいです。

そもそも酒を呑んじゃうと、勃たな...

どのような理由があるにせよNGです。

でもこのように飲み屋街にはエステがあります。まぁ飲み屋街はそっち系のエステが多いのでしょうね。
でも小作のエステは普通のエステ。
看板からは怪しい感じがしません。

いやここは手でどうにかしてくれそうな感じの店。法的にNGとされてるサービスが受けられそう。

西の歌舞伎町なんて言われているだけあって小作の飲み屋街は広範囲に広がってます。

市役所通りのあたりも飲み屋街になってます。
工場地帯で働く人の憩いの場だと思ってたけど役所の人も来るっぽい。

こちらは小作駅北交差点です。
大通り沿いには飲み屋ビルがあります。
こちらのビルにもかつてサロン店がありました。
10年ほど前に閉店し今は飲み屋になってます。

こちらはフィリピンパブかな?と思ったのですが屋台村みたいなところ。
屋台飯を食べながらショーを楽しむところです。

ショーがフィリピン人だったらピンパブそのもの。

いやいやちゃんとしたお店のようです。
まるでピンパブがちゃんとしてないような言い様。

周りは飲み屋だらけで以前はサロンがあった地域。ショーがあるってなるとそっち系の店かな?って思ってしまいますが普通の飲食店です。

ここは西の歌舞伎町。
ショーが楽しめるんだったらここはギラギラガールズ的な店でしょうか。

ギラギラガールズは普通の飲食店じゃない。

結構広範囲に広がる飲み屋街。

駅から離れれば住宅街になると思いきや飲み屋があるんです。

住宅を建てずに飲み屋を建てた。
昭和の頃にできた街なんでしょう。

飲み屋だらけかと思いきや目の前に畑が広がる、畑と飲み屋が混在する不思議な光景です。

一面畑だったところに飲み屋街ができたのでしょうか。これだけ広範囲に広がってるってことは利用者がいるのでしょう。

でも潰れた店舗も結構目立ちます。
郊外の駅前ってスーパーがあるもんですが駅の目の前にあるのは飲み屋ビルなんです。こちらにもサロンがあったようです。サロンどころか空き店舗が目立つビルです。

飲み屋はあるんですがちょっと寂しい感じ。
どうやら小作歓楽街、衰退しているようなんです。

1960年代後半の高度経済成長期の頃、畑だらけだったところに工場が誘致され多くの労働者が行き来した小作駅前。
広範囲に飲み屋街が形成されているってことはその当時は大変賑わっていたことでしょう。

しかしバブル崩壊とともに客足も年々減少。
駅前には飲み屋がいっぱいあるのに客がいない。そのような中、客を集めようと試行錯誤した結果、出来上がったのがサロン店だったのでしょう。

多くの飲み屋が軒を連ねる小作歓楽街。
生き馬の目を抜くには過激なサービスが必要。
サロン店に業種変更する店が現れました。

わざわざ立川に行かずとも駅前で済ませられる。
そんな触れ込みで客を集めたのでしょうか。当然人気スポットになったのでしょう。

そうなるとほかのところも真似るもので一軒、また一軒とサロン店が増えていったのです。

気が付けばサロン街に成り代わった小作歓楽街。
店舗が増えれば競争は激しくなるもの。
競争が激しければサービスは過激化するものでサロン店は過激なサービスを提供し始めます。
その当時にこの界隈にあったサロン店は西川口を源流とした秘儀NK流の一派でした。

そりゃ賑わうわけです。
順番待ちができるほど人気だったそうです。

しかしそれらは非合法なサービス、当然摘発に遭うのです。

2015年10月にここにあった店が摘発。
それを皮切りにほかの店も閉店したのでしょうか。
現在の小作にはサロン店がありません。

そんなわけでかつての歌舞伎町っぽさは薄れ健全な町に生まれ変わりました。

バブル崩壊以降客足が遠のいた小作歓楽街。
30年以上前に衰退したような感じですが実際は客足は遠のいておらず飲み屋街として健在。バブル崩壊後も企業城下町でした。
企業があればその従業員が飲みに来る。そんなわけで飲み屋街は存続し続けたのです。

じゃあなんでサロン店ができたの?
たぶんそれは客が求めた結果だったのでしょう。

客が求めたからサロン店ができ、客が求めたから本サロになった。東芝があったからサロン街ができたんです。

しかし城下町に城がなくなれば話は別です。
東芝が工場を閉鎖することになったのです。

1968年にできた東芝の青梅事業所。駅から徒歩10分のところにあったため多くの従業員が小作駅を利用したのでしょう。最盛期は4500人以上の従業員がいたそうです。また東芝の子会社も多かったんだとか。それだけ多くの人がいれば飲み屋も安泰でした。

しかしリーマンショック以降、東芝の業績は低迷。さらには粉飾決算が発覚し旧経営陣の退任。経営再建のため工場閉鎖を余儀なくされました。そのため2015年12月、青梅事業所を閉鎖することを発表しました。

サロン店の摘発二カ月後に工場閉鎖を発表。
これはピンサロ閉店したから工場閉鎖した可能性、ゼロではない。

だってタイミングが良すぎるでしょ!
サロン店なくなってすぐに工場閉鎖してるんです。

そりゃ疑われてもおかしくない。
なんだったら経営悪化もサロン店が理由っぽい。

仕事終わりに行っちゃう?
でもあの店はもうない。

じゃあ新宿歌舞伎町まで行く?
でも新宿まで一時間かかるんです。

そこまで待てない!だから近場で済ますとしても近場は西の歌舞伎町といわれる立川か、西の歌舞伎町といわれる八王子か。

小作の人はまがい物しか選択肢がない。
そりゃ東芝従業員から苦情の一つも出たはずです。
サロン店がない小作では従業員の士気が下がる。
これではまともな製品が作れない。
その結果青梅事業所は閉鎖。
働いていた従業員は近隣の事業所に移りました。

関東にある東芝の事業所で一番近いのは府中事業所。府中には駅前にサロン店があります。
あとは川崎の小向事業所。
川崎駅まで少し遠いけどそっち系の店はあります。
あとは横浜事業所。電車一本で横浜に出れます。
やっぱ従業員のこと考えて青梅の工場閉鎖してた。

東芝の事業所が完全閉鎖したのは2017年3月。閉鎖から8年たった小作歓楽街。一番の常連客が来なくなったわけですからそりゃ一気に寂しくなるのも仕方ありません。摘発で壊滅した店もあったのでしょうが摘発がなくても自然淘汰されてたのでしょう。

でもまだ小作の飲み屋街は健在です。
一番の常連客はいなくなりましたがまだ工場団地は健在です。そして東芝のあったところにはアマゾンの倉庫が建っています。つまり新しい客もいるのです。

また飲みに来るのは工場で働く人だけじゃありません。
小作は西の外れで新宿まで一時間かかりますが小作よりさらに西側には青梅市。青梅市の先には奥多摩町があるんです。
奥多摩駅から小作駅までは電車で約1時間。都心に出るのが容易ではない奥多摩。奥多摩町民にとって小作は本当の歌舞伎町なんです。
工場がなくなったとしても近くに住む人たちが飲みに来る小作歓楽街。一時よりは客は減ったのかもしれませんがまだまだ西の歌舞伎町の名は健在です。

でも飲み屋があってもアレがないんじゃないの?
それじゃあ歌舞伎町じゃないじゃない。

安心してください。
サロン店が壊滅した小作歓楽街。
もう小作にはそんな店がないかと思いきやどうやらもぐりのサロン店があるとかないとか。表向きはパブだけどその実態はサロン店。そんな店が小作にはあるそうなんです。

そのシステム、2駅となりの福生駅にあるやつ。

ここは西の福生だった。

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【120年前の歴史は今】台湾高雄の日本人遊郭の名残りを探せ

本日は高雄市に来てます。
こちらは高雄港です。
中華民国で最大規模、世界で12番目の取扱量を誇る高雄港。
高雄港はもともと漁港や近隣貿易の拠点でしたが日本統治時代に近代的な港湾整備事業を行い現在の高雄港の原型ができたそうです。それにより高雄は発展しました。現在も高雄は海上交通の要衝となってます。その高雄港でフェリーに乗りました。

船はいいですね。
やっぱり旅といえば船です。船で海外へ渡航する。
飛行機の方が早くて便利ですがあえて船を選択するってのも旅の楽しさの一つ。
旅は移動も楽しまなきゃ!
波に揺られながら時間をかけて旅をする。そういうゼイタクな旅もいいですね。
こちらは片道80台湾ドルの観光フェリーで乗車時間は10分です。

すげー短い。

フェリーに乗ってるのは対岸に向かうため。これより私は旗津島ってところに行きます。
旗津島は海底トンネルで陸路でもつながってます。その海底トンネルは台湾唯一なんだとか。
それを見るのも旅の醍醐味ですがフェリーを選択しました。
中心地からだと フェリーの方が短時間で渡れるから。

移動に時間をかけない旅スタイル。

こちらが旗津島です。
旗津島は細長く幅200mで長さは11.3km。防波堤のような形をした島です。
船を降りたところは旗津老街という繁華街。本日はお祭りをやってるようです。
街の中心に天后をまつる神社があります。どうやらそこのお祭りのようです。

それがこちら、旗津天后宮です。
海の神様である媽祖様をまつる廟。17世紀中頃に福建の 漁師らが建てたんだとか。
海に面した旗津島。まさに島に適した神様。信心深い人が多くいるようです。

祭りだからかもしれませんが町は賑やかです。
露店が軒を連ねています。普段はもう少し静かなのでしょうか。
でもここはかつては賑やかな場所だったそうで日本が統治し始めたころここに遊郭がありました。
遊郭跡地に船で来るヤツ。

こちらにあったのは旗後遊廓という名前でした。
日本が台湾統治を始めたのが1895年。その6年後の1901年に遊郭が設置されました。
設置されたのはここ旗津島。かつての地名は旗後だったので旗後遊郭と呼ばれてました。

旗後は島ですが海に面していたため高雄で一番最初に発展した地域でした。
当時の街の中心はここだったのでしょう。でも時代が進むにつれ中心は台湾本島へ。
島に渡るのが不便となったのでしょうか。1918年に遊郭を移転させます。
移転理由は不便だから ではありません。

理由はいろいろあるようで、

旗後遊郭は下水が不十分で衛生的ではない。
建物が過密しているため火災の危険性がある。
道が狭く警察の巡回ができず治安維持が難しい。
古い建物が多く開発が難しい。
港湾開発に影響がある。
都市開発の基準を満たしていない。
そして、交通の便が悪い。

やっぱり不便だから移設されてた。

移設には反対意見もあったようですが紆余曲折あり無事に移転することになりました。
移設先は栄町ってところ。こちらが遊郭があったところです。

日本では遊郭跡地は特殊浴場街になります。
吉原は特殊浴場街。川崎南町も特殊浴場街。なかには住宅地になるところもありますが比較的風俗要素が強めの街に生まれ変わります。でも台湾は違うようで遊郭跡に学校があります。すごい文化的。
今はすごい文化的な教育機関がありますがかつては非文化的な性教育機関があった場所。
こちらには最盛期に12軒の貸座敷があり、娼妓芸妓あわせて 250人もいたそうです。
ちなみに川崎遊郭は貸座敷が9軒で遊女は190人なので高雄の遊郭の方が規模が大きかったようです。

吉原は貸座敷が300軒。遊女は3600人ほどいたそうです。異常な規模。

結構な数の遊女を抱えてた栄町遊郭。それだけ抱えてたってことは繁盛してたのかな?
台湾人はエロいエロいってことではなく利用していたのは内地人。つまり日本人でした。

出張先で風俗行くやつ。

ここにあった遊廓は日本人向け。そして遊女もほとんどが日本人。
あとは朝鮮籍の人がいました。

必ず出てくるコリアンアガシ。

大盛況の遊郭でしたが今はなんの名残りもここにはありません。
それもそのはずで太平洋戦争末期、台湾も空襲被害に遭っています。
長崎・広島・東京 名古屋・大阪・神奈川・静岡・兵庫・山口 福岡・鹿児島。日本全土に無差別攻撃を受けた大空襲。日本が統治していた台湾も例外なく狙われました。高雄市は台南に次いで被害が多く空襲による戦死者は1662名、建物の被害は4万棟以上にのぼったそうです。その際に遊郭も空襲被害に遭っており壊滅。どこの遊郭も戦後はいち早く復興していましたが高雄にあった遊郭は復興することなく10月25日の日本統治終了と同時に廃業。遊郭はなくなりました。このようにして高雄の遊郭の歴史は幕を閉じ今ここにはそのような施設はありません。

遊郭跡地が風俗街にならずに学校となったのは台湾人が遊廓の代わりを必要としなかったから。
そもそもここにあった遊郭は日本人向けでした。日本人のいなくなった台湾には必要ない施設。
だから文化的な施設に生まれ変わったのです。

でもでもえろい台湾人が黙っていません。
そのためかつて遊廓があった場所近くに盛り場をつくりました。

日本が持ってきた遊廓文化ですが日本統治が終れば遊郭制度もなくなります。
遊郭は内地人向けだったので台湾人には不要な施設。困る人もいないのですが台湾統治をしていたのは50年間。朱に交われば赤くなるとはいうもので台湾人もソレが好きになったのでしょう。実際に現地人向けの遊郭もあったみたいですし。
そんなわけで中華民国版の公娼制度を作り公娼街ができました。ソレがあったのがこのあたりです。

こちらは高雄市歴史博物館です。
こちらの裏手が公娼街だったんだとか。博物館裏手が公娼街?文化的な施設の裏手に非文化的な施設。それは公序良俗に反する。不適切すぎるんじゃないでしょうか。

いやいやソレは違います。
現在は博物館ですが当時は別の用途で供されてました。

ここは当時、雄市政府庁舎でした。

公の秩序善良な風俗。
公序良俗とはこれ如何に!
公務員が序に行く優良な性風俗。
これが公序良俗。

庁舎裏手が風俗街。
盛り場を支えるのが公務員なのは万国共通だった。

市役所裏手、府北里村。通称、市政府裏。直接的な名称。
ここは人気があったそうで1960年代後半には100軒の娼館と1000人の娼妓がいました。

規模が遊郭の比じゃない。

当時と比べると4倍に膨れ上がってる。
しかも当時の遊郭はクラブ的な要素があり、体をうらない芸妓もいたそうですがこの市政府裏は娼妓だけで1000人。これはかつての吉原とタメ張るレベル。それだけの規模の店があったってことはそれだけの利用者がいたってことでしょう。やはり盛り場を支えるのは公務員のようです。

しかし1971年に大規模火災が発生。それにより多くの売春宿が焼失したそうです。その後も数軒の店が営業してたそうですが2003年に最後の店が閉鎖。それにより遊郭の名残りは消えてしまいました。

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70年続く米兵の憩いの場にある赤線の名残りを探せ!福生赤線街

本日は東京都福生市に来ております。
こちらはJR青梅線の福生駅です。
福生駅のある福生市。

福生市といえば横田基地です。
横田基地があるのは駅東側、15分ほど歩いた国道16号線の先にあります。

福生市の3割を占める横田基地。
福生市は全国で7番目に小さい市ですが基地の部分を除くと蕨市、狛江市の次に狭い市。全国で3番目の広さしかない市のようです。

基地が占める割合は三分の一ですが基地の周りはアメリカっぽい店が軒を連ねてます。市の半分くらいがアメリカナイズされいているため福生はリトルアメリカと呼ばれているんだとか。
軍人家族含めアメリカ人が9000人暮らす福生。そりゃアメリカっぽくなるのも当然です。

福生がリトルアメリカとなったのは戦後。
陸軍航空部隊の飛行場だったところをアメリカが接収。それ以降横田基地として米軍が利用してます。戦前の福生は駅の西側が栄えていたようですが、戦後は米軍兵士が出歩くようになったのでしょう。駅東側が栄えるようになりました。

東側は歓楽街のようなところになっており米軍兵士の憩いの場だったようです。それがこちらです。
福生駅東口を出て徒歩数分、やなぎ通りを越えた先の西友の裏手。駅前とは少し様子が異なる地域があります。限られた狭い範囲内に飲み屋が軒を連ねています。
東西に200m 南北に300mほどの区画、狭い範囲に飲み屋が軒を連ねてます。
こちらが福生の歓楽街、地元の人からは赤線と呼ばれているところです。

結構直接的な名称の飲み屋街。

まぁ近くに米軍基地がある福生です。赤線街だったと考えて間違いはないでしょう。ここに飲み屋街ができたのは戦後。アメリカ軍が大きく関わっています。

1945年8月15日、日本は戦争に負け連合軍の占領下に置かれます。9月8日より本格的に進駐が始まりましたが日本政府は進駐軍の性対策のため各地に特殊慰安所を設置しました。

慰安所があれば性犯罪を減らせる。
日本人女性を守るため、慰安婦が防波堤となったのです。福生にも慰安所を開設しました。
このようにして性犯罪を抑止したのですが慰安所は翌年には廃止となります。廃止の一番の理由は性病蔓延ですが本国からも反対の意見があったそうです。そのためわずか数カ月しか存在しませんでした。

しかし米軍兵士の性欲がなくなるわけもなく、また慰安所で働いていた慰安婦は路頭に迷います。
そのため慰安婦は基地の周りで街娼となりそしてそれを利用する兵士も多かったようです。

いわゆるパンパンと呼ばれる人たち。
そんな人たちが横田基地の周りにいたそうです。

横田基地の街娼はどんどん増え朝鮮戦争時には市内各所に置屋が乱立し、街は街娼だらけとなり風紀が乱れたんだとか。

パンパンは今でいう立ちんぼ。
近年の日本では梅毒が増えているようでその原因は立ちんぼのせいだとも言われてます。
70年前もやはり感染症が問題視されてました。そのため1952年9月に基地司令官は兵士の福生地区への立入禁止令を発令します。

外出しなければ感染しない。これで悩みもみんな解消!!とはならず悩んだのは福生地区の商店街。これまで米軍兵士相手に商売していたのに立入禁止となれば客が一切来なくなります。商店街は死活問題です。

どうにか解除してもらえないか悩んでいたところ国警察本部隊長より以下のような提案があります。

警察本部長「一軒の家にも床の間あり便所ありで町にもまたそうしたゴミ溜めも必要」

けっこう辛辣な言い方。街娼をゴミ扱い。

置屋が乱立しているから風紀が乱れているため一カ所にまとめて管理すれば風紀が改善できる。ってことで福生駅東口側に赤線を設置。それにより立入禁止令は解除されました。

その時にできた赤線、それが今赤線と呼ばれている地域なのでしょう。福生の赤線は米兵のための街だったようです。

風紀の乱れを改善するために設置した赤線ですが1958年に売春防止法が施行されます。全国各地にあった赤線は廃業。普通の住宅地になるところもあれば特殊浴場街になるところも。福生にあったソレはスナック街になったようです。
いわゆるスナック街みたいなところです。

赤線廃止から70年。
現在の赤線は赤線ではありません。

こちらにはタイ古式マッサージ店があります。
飲み屋街にあるタイマッサージ店。こちらは健全なマッサージ店かな?

本国だと不健全なところばかりなのに日本のタイマッサージは健全な店が多いんです。でもこのお店ちょっと異質です。

ここ、普通のアパートなんです。
家でマッサージ受けてる感じが味わえる店。

アパートの一室だしね!

こちらに関してはアパート丸々マッサージ店です。たぶん普通のマッサージ店なんだけどかなり特殊。こんな感じで普通のアパートにお店があるんです。

こちらのエステ店もアパートの一室。
リラクゼーションのお店です。たぶん普通のマッサージじゃねえ。
先ほどのタイマッサージとは様子が違います。なんか色々ほぐしてくれそうな予感がある店。色々ほぐしてくれそうな率50%くらい。

ちなみにこちらには以前、桃色のサロン店がありました。

ほぐしてくれる率90%。

家でサービスを受けてる感じが味わえる店。
アパートの一室だしね!

飲み屋と一般住居が入り交じってますがその一般住居も飲み屋ってところが多い。この路地はかつてサロン店が多かったところ。

こちらにもサロン店があったようですがすでに閉店し看板だけ残っています。

こちらにはテレクラと書かれた看板もあります。これももうないでしょう。
看板が残っているってことは入居者がいない証拠。福生の飲み屋街は新陳代謝がされず廃れていっている感があります。性風俗営業の締め付けが原因でしょうか。
福生には何店舗かサロン店があったようです。しかしそれらは全て閉業してしまったようでスナックやガールズバーに転業したようです。

こちらももともとはサロン店だったようですが店の名前はそのままでスナックに転身してます。このようにして怪しい店は排除され福生の飲み屋街は健全な赤線になったようです。

現在その手の店はなくあるのはスナックとエステ店でしょうか。
怪しい店はまだ排除されてなさそう。

リラクゼーションの様子がおかしすぎる。
一昔前のアニメの絵柄。これはひょっとするかもしれません。

こちらのエステ店、エステなのに遊びのアップデート。

サロン店の代替なのかこの界隈はエステが多め。どのようなサロン店なのかはわかりません。でもなにか感じるものがあります。

スナックが多い飲み屋街なのですが福生駅の近くには外国食材の店が結構あります。

米軍基地があるんだから店があるのは当然!ではなく米国軍人のための店ではありません。どうやら福生市は外国人が多いんだとか。

福生市の外国人割合は8%ほど。これには在留米国軍人とその家族は含まれません。
福生市で一番多い外国人はベトナム人、次いで中国、ネパール、フィリピンと続きます。実際にベトナム人っぽい人を見かけるし不動産屋の人と内見している外国人もいました。

ベトナム人が多いのは技能実習生と留学生です。福生には日本語学校がありベトナム人が多いようです。アジア食材店が多いのもベトナム人向けでしょう。

またベトナム料理店も町内にあります。
空き店舗も多い福生の赤線。近いうちリトルヤンゴンになる日が来るのかも。

ちなみにネパール人は拝島駅の方に多いようでリトルカトマンズ化が進んでいるみたいです。ネパール人は留学で来日してるのでしょうか。

フィリピン人が多いのは飲み屋街があるから。

すでにリトルマニラだった。

ベトナム、ネパール、フィリピン。各国色々な理由で福生にいるのですね。中国人が多いのはなんだかわからないけど福生にいるのでしょう。

こちらは商店街の南側になります。
先ほどはスナック街でしたがこちらはバーが多め。なんとなくアメリカな雰囲気がある飲み屋街です。北側は日本人向け南側はアメリカ人向け。そんな感じで棲み分けができているのでしょうか。

雰囲気がよさげな建物があります。
昭和を感じさせる建物。もしかしたら赤線当時からある建物かも。
ここでは赤線の名残りを観ることができます。

こちら、エステ店です。

街の棲み分けができてねぇ!
そして赤線の名残りが体験できそう。

赤線があった当時に存在していたであろう建物。
そこに入居するエステ店。
なんとなくそっち系の店だと思ってしまいます。

でもでもほらこちら風俗店じゃないんです。ほかのコースもある普通のエステ店です。なんだ普通のエステ店か。

こちらは未成年入店禁止の普通のエステ店です。
この界隈にもエステ店があるようです。

ここにあるのはチャイナエステかな?

ここにあるのはチャイナエステかな?

チャイナエステが多すぎる!
中国人が福生に多い理由、これだった。

これだけ多いってことは需要があるのでしょう。やっぱりアメリカ軍人も肩がこるのかな?
いや肩こりで行くような店ではないはず。
アメリカ人もスペシャルサービスを期待してる。

こんな感じでアメリカ人向けの店がありますが福生の飲み屋街は衰退しつつあるようです。飲み屋街なので日中は静かですが夜も静かなんだとか。

夜の街は24時を過ぎてからが本番です。
とくにスナックやパブなどの夜間飲食店は深夜でも営業しているから魅力があるんです。

今日は帰りたくない。誰しもそんな日があるでしょう。
それを受けとめてくれるのがスナックなのです。
福生のスナックもそんな役割があるのでしょう。
でも基地にいるアメリカ人は夜飲みに行けないのです。

レイプ事件、飲酒事故、暴行事件、薬物事件。

在日米軍兵士による事件は定期的に起きています。多くは米兵の多い沖縄で起きていますがここ横田基地界隈でも事件や事故があります。とくに飲酒運転に伴う事故が多いんだとか。
このように事件が頻繁に起きているため2003年に沖縄で起きた強姦致傷事件を機に2005年より19歳以下の在留軍関係者は深夜1時から5時までの外出が禁止され、2012年より全ての駐留軍関係者は深夜帯における公共の場での飲酒、また酒類を提供する店への入店が制限されました。
禁止の理由は兵力保護のためとのことですが実際はトラブル防止のためなのでしょう。
しかし取り締まりには抜け穴があるようで定期的に事件や事故があり横田基地も毎年飲酒が絡む事故が起きています。70年前は風紀の問題による禁止令でしたが違う形ですが令和の時代も残っています。
そのため福生の夜は以前と違い静かで12時を回ると米国人はいなくなるのでしょう。

福生の飲み屋街は赤線を起源としてます。
米兵のために作られた飲み屋街ですが以前のように米兵は遊びにこないのでしょう。

寂れた雰囲気があるのは客が減ったからのようで客が来ないから店が潰れ、客がいないから新たな店ができない。そのようにして衰退しているようです。
生き残る飲み屋には常連がいるのでしょうか。でも生き残ってるのはそれだけが理由ではなく、この界隈には見た目スナックなのに業態がスナックでないところがあるようです。

ごく普通の飲み屋街、ごく普通のスナック街ですが廃止から70年経とうとしてるのに赤線営業をしている店があるそうなんです。

アメリカ軍人が通うのも無理ない。
70年経っても風紀が乱れてた。

スナック、パブ、ラウンジ。
この界隈には多くの飲み屋があります。多くの飲み屋がありますが中には飲み屋ではない業態のお店もあるようです。

戦後赤線街として発展した福生歓楽街。
赤線は1958年に廃業。普通のスナック街に生まれ変わりましたが、実はその後もひそかに営業が続けられ、70年経った今でも生き残っているんだとか。福生には隠れた怪しい店があるそうなんです。

でもその怪しい店、表向きは普通の店なんです。
当然、うちは赤線ですよ!とかうちは風俗店だよ!なんて看板は出ていません。風俗店だと思われないようにしているんです。ひっそりと、ひっそりと営業してるんです。

一見すると普通のパブ。
でも実は普通じゃないパブってことも。
福生には営業形態がピンサロのそれなのに看板はパブなんです。これじゃあ一見客は判断できません。そう。その店に行くのは常連客なんです。

やっぱ常連客で成り立ってた!

たまたま入店した店がそっち系の店でした。そんなことが起こりうるかもしれない福生歓楽街。ここではアメリカの雰囲気が味わえるんですね!

アメリカへの風評被害。

えっ!ちょっと待って。
夜間の基地以外での飲酒が制限されたアメリカ軍人。でも禁止されたのはお酒を飲むことです。福生にあるその店がサロン的なところならば提供される飲み物はウーロン茶。つまり、アメリカ軍人も利用可能なんです。

これはアメリカ軍人が出入りしていてもおかしくない。

バーに客がいないのに怪しいパブにアメリカ人が集まる謎の歓楽街。

福生歓楽街の夜はまだ賑やかのようです。

でもそのパブらしからぬパブも減ってるようです。
かつては黙認されていたようですが摘発もあるようで潰れていっています。

そりゃそうです。
ただでさえ飲みに行く人が減っている中で飲み屋街でそんな怪しい商売をしていたら周りから苦情が出るものです。真面目に飲み屋をやってる人にとってはそっちの怪しい店は消えて欲しいでしょう。

そのため悪目立ちしていた店は摘発。
それにより空き店舗が増えたのでしょう。

でもまだそっち系のサービスを提供してるパブ。絶対にあるはずなんです。

だって70年も細々と続けてきた赤線営業。
それがたった数年で消えるはずがありません。

表向きはパブやスナックだけど実は裏のサービスがある。
そんな店が福生には残ってるはずです。

ってことはこのあたりの店に片っ端から行き、別のサービスがあるか聞いて回るしかないですね。

ただの不審者。

でも当然ひっそり営業してるわけで一見客には教えてくれない。もうこれは福生に通いつけるしかなさそうです。

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ファミリー向けのベッドタウン、高尚な街「青葉台」にある低俗なエステ

本日は横浜市青葉区に来ております。
こちらは東急田園都市線の青葉台駅です。
青葉台は質の良い人が住む高級住宅地のイメージ。実際に所得の高い人が多く住んでおり駅から離れたところに高級住宅地もあります。
横浜の北西に位置する横浜市青葉区、港町のイメージとは違い緑豊かな丘陵地。

青葉台があるのは山の中。そもそも駅名が青葉台です。
駅の周りには桜台、松風台、つつじが丘、榎が丘、しらとり台、梅が丘、たちばな台などなど明らかに台地ですって町名ばかりです。台地を宅地造成したって感じのところ。
この界隈は宅地開発が遅れた地域でしたが1953年に宅地開発の話が持ち上がり1961年より宅地開発が始まりました。駅が設置されたのは1966年。60年前に開設された駅ですがキレイです。

また駅前もキレイ。
駅西側は商業地となっており高級感のある店が軒を連ねてます。
高級住宅街があり高所得者が住むエリア。
その人たちに合わせたお店が多くあるのでしょう。

でも駅東側、高級住宅地っぽくないところがあります。
駅前には団地が広がっています。
斜面に建てられた団地。こちらはUR団地でしょうか。
青葉台って高級住宅地っぽいところもありますがこのような古い団地も混在しています。

こちらの団地は駅開設の際に建てられておりもうじき60年を迎えます。
そのため建て替えも検討されているようです。

駅前から団地がある青葉台。
青葉台駅は乗換駅ではないのですが東急線の単独駅の中で一番利用者が多いそうです。
また関東の乗換駅ではない単独駅の中では本厚木、東陽町、虎ノ門に次いで4番目。一日の乗降者数は10万人ほどいるんだとか。そもそも青葉区は横浜市で二番目に人口が多く、東京のベッドタウンとなっています。田園都市線に乗れば渋谷まで30分。とくに青葉台は都内に通う人が多いんだとか。
乗換駅ではないため地元民以外の利用が少ない駅。でも多くの人が住んでいるため駅前は栄えてます。

青葉区で一番の商業地である青葉台。そのため駅前には商業施設が多くあります。
東急線なので駅ビルは東急。おしゃれな雰囲気があります。
東急線沿線ってオシャレなイメージがあります。
特に田園都市線は街が洗練されています。青葉台も他の街同様にオシャレです。

ほら、こちらんのぱちんこ店。
洗練された街の景観に溶け込んでいます。

パチンコ屋ってこんな感じで外観がうるさいです。
電飾でギラギラしてるしまぶしい外観。
これが本来のぱちんこ屋の姿。集客のために目立つようにしているのでしょう。利用者の民度に合わせるとこうなるのです。利用者の民度に合わせるとこうなるのでしょう。

でも青葉台の住む人は全く違うようです。
シックな雰囲気のぱちんこ店になるんです。これが青葉区民の民度に合わせた結果です。
ほかの都市にあるぱちんこ店と青葉台のソレは明らかに違います。
なんか高級感があるし紳士的な遊びのような感じ。

ぱちんこは紳士的なスポーツ。

いやどれだけ取り繕ってもぱちんこはぱちんこ。遊技って言ってるけど明らかにギャンブル。店の外観きれいでも中身は一緒。青葉台に住む人の民度が高くてもパチンコするやつの民度は知れてる。でも景観を損ねないぱちんこ店は好感が持てます。

青葉区で一番の商業地です。
ぱちんこ店くらいあって当然。
あと飲み屋も当然あります。
裏路地にある飲み屋横丁。ネオン輝く場末のスナック街。
そういった怪しい街路は青葉台にはありません。

戦後に宅地開発された地域なので古くからある飲み屋街はないのです。
あるのは駅前にある飲み屋ビルです。

ビル内にある飲み屋横丁。
オシャレな街にもこういうのが必要です。なんちゃらバルみたいなのではなく赤提灯。
あえてオシャレな街にある飲み屋横丁。こういうのが逆にオシャレなんです。

立ち飲み屋に昭和屋台。
ホルモンに海鮮、そして寿司。
あとはラウンジに熟女にバー。
熟女クラブ混ざってる。これが、逆にオシャレ。

まぁ青葉区で一番の商業地ですからね。
この手の店があって当然です。
ってことはアッチ系の店があるのかしら?

さすがにアッチ系の店が青葉台にはないようです。
その手の店がある街は遊郭だったり赤線だったりなにかしら前があるものですが青葉台は住宅地として開発されたエリア。宅地開発の際に特殊浴場を誘致するわけないです。
住環境に必要なお店は色々ありますが不必要な店は青葉台にはない。
青葉台の人が遊ぶとなれば渋谷にでるのでしょう。

そもそも青葉台はファミリー向けの街。
お父さんがこっそり行くには自宅そば過ぎる。そのため需要はないのでしょう。
あるのはエステくらいです。

エステはあるんだ。
例え低俗な街だとしても、例え高尚な街だとしても、路地に入ると必ずあるエステ店。

いやここのは普通のエステ店かも。いやいや普通じゃなさそうな雰囲気。
明らかに怪しいエステ店。どのようなサービスが受けられるかは外観からでは判断できない。健全な店なのかそれとも不健全な店なのか。
チャイナエステって難しいんです。
看板で判断しなきゃならないんです。これでは地雷原を駆け巡るのと同じなんです。

こちらはチャイナ系だけど絶対普通の整体院。

こちらは女性がマッサージを受けてる絵柄。
女性大歓迎って書いてあるし普通のエステ店。

こちらはどうでしょう。
挿絵からバリニーズマッサージでしょうか。
でもアカスリと泡泡洗体もしてます。ここはひょっとするとひょっとする店かな。
でもここは普通のマッサージ店ですね。

だって男女大歓迎って書いてあります。

看板じゃ全く判断できない。

女性歓迎のチャイエスで女性客を見たことがない。

こちらには珍しい看板があります。
日本人専門のリラクゼーションエステ店です。日本人エステ店って看板を出してないんです。多くの店が所在地も隠してます。
でもこちらのお店はちゃんと看板があります。

こちらは青葉台駅の南側。
郵便局が近くにある交差点です。こちらにもエステ店があります。

なんか青葉台エステがけっこうある。

ここの雑居ビル、脱毛エステと混ざってチャイナエステがあります。
なんかごく普通のエステビルみたいな感じ。

でもガールズバーもあるんです。

飲み屋とチャイナエステの親和性の高さ。
これはなんか感じるものがあります。

高級リラクゼーション。
高級リラクゼーション。
最近気づいたのですがこの手の看板って高級感を出してるところが多いですよね。

看板じゃ判断できない。

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かつては怪しい店があった!接収により栄え衰退した街「相模原歓楽街」

本日は相模原市に来ております。
こちらはJR横浜線の相模原駅です。

相模原、相模大野、小田急相模原、相模大塚。
相模がつく駅名は複数あります。

小田急相模原駅と相模原駅はほぼ同じ名称。どっちがどっちだかわからなくなる。しかも小田急相模原駅と相模原駅は離れており電車だと乗り換えで20分。車だと10km30分かかります。相模原駅で待ち合わせが容易ではない。どっちの相模原?って確認が毎回必要なんです。

相模原駅ができたあとに小田急相模原ができた。そんな感じがしますが古いのは小田急相模原の方。

小田急相模原は1938年に相模原駅として開設。
しかし1941年に鉄道省が相模原駅を開設。国に逆らえなかったのか小田急線の相模原駅は小田急相模原駅に名称を変更しました。結果的に遠い二つ相模原駅になってしまいました。

なぜJRも相模原にしたのか不明です。
まぁこちらが中心地ってことにしたかったのでしょう。
実際に相模原市役所は同駅が最寄りです。行政の中心はJR相模原駅なのでしょう。

栄えているのは小田急相模原駅の方ですがJR相模原駅も駅前は栄えています。

こちらは駅の南口側です。
JR相模原駅は横浜線だけの単独駅ですが利用者は結構いるようです。駅前は放射状に道が広がっており道が広くキレイな街並みになっています。ごちゃごちゃしてないのはなんかいいですね。

こちらは西方向へ伸びる氷川通りです。
この道を進むと相模原氷川神社へ行けます。こちらは参道のようなところでしょうか。
その参道に並ぶお店、けっこう飲み屋が多いんです。

ここはキャバクラ参道。

相模原駅のそばには役所があります。キャバクラが続けられるのは公務員のおかげ。

仕事終わりに一杯。
役所の人が飲みに来るから店が成り立つのです。

キャバクラ以外にもエステがあります。

ここはリラクゼーションエステ参道。

こちらも役所の人がいくのかな?
仕事終わりに一杯したあとに一回。そんなことが楽しめるリラクゼーションエステ店。

ここはちょっと大人な感じのある参道のようです。いわゆる飲み屋街的なところでしょうか。乗換駅でもない単独駅ですが近くに役所がある。ここは相模市役所の福利厚生エリア。

ちなみにこの通り沿いにはかつて桃色のサロン店がありました。

ピンサロ参道だった。

これは役所の人が通ってた説。
福利厚生が行き届いてる!

でも今はそんな店はありません。そんなのがあったのは昔のお話。今は健全な街になりました。

健全?

氷川通りから路地に入ると飲み屋街があります。
結構相模原駅前、飲み屋街。

パブやスナック、バーなどの夜間飲食店が多め。
こちらはダーツバーでしょうか。雰囲気がよさげな店の外観です。私は一時期ダーツを嗜んでいた時期がありましてダーツバーなんかにも出入りしてた時期がありました。こういうところに行きつけがあるといいですよね。

ちなみにこちらには以前、桃色のサロン店がありました。
こういうところに行きつけがあるといいですね。

こちらにあったのはアーイヤンというお店でバーミヤンのような店の外観ですがピンサロでした。

質が悪そうな店の外観。

でも今はそういった店はない模様。
健全な街になりました。

こちらには雰囲気の良さげな路地裏があります。
いかにも飲み屋街といった感じの路地。ピンサロの一軒や二軒があってもよさそう。当然ですがこちらにも桃色サロンがありました。

やっぱあったんだ。

しかも看板が残っています。

もしかして、お店やってる?
ウェブサイトは閉鎖されてました。おそらくもう営業してないのでしょう。

こちらもサロン店だったであろう店の外観。

二軒あった。

ここはほぼそっち系の路地。なんかすごいサロン店が乱立してた。でも今はそれらの店はなくなりました。健全な街になりました。

こちらはガールズバーのようです。

店名から察するにこれはギルガメシュ叙事詩。
それを冠したお店でしょうか。

ギルガメシュ叙事詩は古代オリエントの文学作品。紀元前2000年頃に書き写された。世界最古の教養小説です。その名を冠したガールズバー。4000年以上前の物語がここに蘇る。そんな思いが込められたガールズバーのようです。

いや絶対に違う。
ゼッタイ違うし叙事詩が由来だと誰も思ってない。

この店のギルガメッシュはギルガメッシュないとのギルガメッシュのはず。

知らない人もいるので「ギルガメッシュないと」を説明します。「ギルガメッシュないと」は1991年から7年間、テレビ東京で放送されていたテレビ番組で王様のブランチっぽい情報バラエティー番組です。

でも扱う情報は一般的なものではなくエロ。
公共放送でAVの紹介をしてたのです。

世界一教養のない番組。

インターネットのなかった時代、当時健全なる青年がエロにアクセスできたのはトゥナイト2かギルガメだけだったのです。私の性癖を確立させたといってもよい番組。一定の年齢層の人にギルガメッシュと聞けばナナナナイトって返ってくるはず。

むしろおじさんのギルガメッシュの認知度、エロ番組の方が高そう。逆にギルガメシュ叙事詩は後から知る物語。
もうあんな番組は公共放送で流せないしユーチューブでも検閲にひっかかります。そんなエロ番組の名を冠したであろう店名。この店は色々と期待できそうです。

かつてはサロン店があったこの界隈、今は飲み屋街になっています。こちらは元パチンコ店だったであろう外観。現在は飲み屋ビルになったようです。

パチンコ屋自体は2008年に潰れたようです。
やっぱりぱちんこ屋だった。看板だけはそのまま残っている模様。

こちらはフィリピンでしょうか。
潰れたパチンコ屋のところ、大体フィリピン。

この界隈はフィリピン要素がある店が多いです。サロンがあった場所はフィリピンになる。どこの街も大体こんな感じです。相模原もそんな感じでフィリピンになりました。
もうここにはそっち系の店はありません。

こちらは相模原駅南口の東側です。
こちらも飲食店が多めです。この路地は「はいから散歩道」ってところです。
この街に詳しい人のお話ではかつては個人商店で賑わっていたようですが今はチェーン店しかない通りになったようです。そのため賑わいもだいぶ薄れたんだとか。

そんな散歩道の入り口。
桃色のサロン店があります。

賑わっていた理由はこの店のおかげ。

相模原のソレは全て壊滅したと思ってましたがまだまだ生き残ってた。

流石は市役所最寄りの駅前です。
役所の人が仕事終わりに立ち寄っててもおかしくない。

駅から続くペデストリアンデッキを降りて路地裏に入ってすぐのところ。普通の飲み屋っぽい雰囲気がある建物の外観。そんなわけだから入店するところ人に見られても大丈夫!

いや明らかにピンサロの看板。
出入りするとこ市民に見られて役所に苦情が来る。

でも店があるってことは需要がある。夕方頃には一杯客が来るのでしょう。相模原駅前にはまだあるんです。
とは言っても数少ない生き残った店。ほとんどが消えてなくなってしまいました。もうここは怪しい歓楽街ではなくなったのです。

この路地、個人店が賑わっていたってことですがかつては風俗通りと名高い道だったそうです。

個人店で賑わっていたの意味。

その手の店は大体個人店ですからね。
ちなみにこちらのサロン店、橋本にあるサロン店の系列のようです。

ここはチェーン店だった。

チェーン店になったって情報に間違いなかった。
そしてこの街に詳しい人、店舗情報まで詳しい人だった。

かつては風俗通りと呼ばれていたはいから散歩道。風俗通りと呼ばれるだけあって最初に出迎えてくれるのがサロン店。でもその手の店は激減し現在は数える程度になってしまいました。

こちらに看板がありますが閉店しています。
2005年にお店ができ2022年に閉店。結構最近まで営業してた。

桃色サロンはとうの昔に衰退したと思ってたけど店舗数が減っただけで結構生き残ってたようです。でも感染症により淘汰されたのでしょう。今も営業が続いている店は過酷な環境の中生き残った歴戦の猛者。実直に飲食店として続けてきたからこそ続けられているのでしょう。

実直?

でも厳しい環境なのは今も変わりありません。どうにかこの低俗な文化は残してほしいものです。
これは、行って応援しかないですね!

こちらにもかつてサロン店があったようです。
ここももうないようです。替わりにコンセプトカフェがあるようです。

これは、ネコカフェかな。

いや絶対違う。

ほかにも飲み屋ビルがあります。でも空き店舗が結構目立ちます。先ほどのサロン店も看板が残ったまま。つまり新しい店が入居していないのです。
このように相模原駅前は歓楽街になっていますが空き店舗も目立ち寂れた雰囲気があります。
呑み文化が衰退した、過激な店は摘発されただけが理由ではないようです。衰退してるのは相模原に特有の理由があるのです。

こちらは相模原駅の北口側です。
南口に比べると静かな駅前。
タクシープールがあるだけでお店はありません。

あるのはフェンスで区切られたところだけ。
相模原駅が発展したのもこれのおかげですが発展しないのもこれのせい。駅北口側は在日米軍の施設があります。

つまりこの先はアメリカです。

戦前の相模原は軍都と呼ばれていました。
都心にも近く平坦な土地がある相模原は軍事施設を建てるのに最適だったのでしょう。日本陸軍がここに兵器製造工場を建設します。その際に相模原駅前も整備されました。駅前の道が放射状なのはその際に整備されたもの。田園都市にしたのではなく軍事上の理由でした。

軍都として整備された相模原でしたが終戦後、相模原北口側は連合軍に接収されます。以後米軍の関連施設として現在に至ります。

基地がある街は潤う。
終戦直後の日本は物資も仕事もない状態でしたが米軍基地がある相模原は潤っていました。駅がここまで栄えたのも米軍基地があったから。でもそれはかつての話で今は足枷になっています。

現在絶賛工事中の隣駅の橋本はリニア新幹線の新駅を建設中ですが相模原につくる案もあったようです。しかし米軍使用地の真下に線路を通すことになるため安全上の理由から採用されなかったんだとか。もし相模原にリニアの駅ができていたらかなり賑やかになっていたでしょうね。

このように駅北側は米軍使用地となっていますが2014年9月に一部が返還されています。相模原駅の目の前の一部分は返還されています。

返還されて10年以上経過していますがその当時のまま放置されています。木々が生い茂り駅前とは思えない様子です。

かつて米軍が使っていた施設でしょうか。
古い家が確認できます。何もせずにそのままの状態なのでしょう。

でもこれももうじき生まれ変わるようでオフィスビル、商業施設、マンションができます。駅前にあるまっさらな土地。なかなかこの広さの土地は駅前にはありません。せっかくだから違ったものを作ればよいのですがごく普通の駅前になるようです。

スタジアム建設の話もでましたが市の財政的に厳しく条件面などで折り合いがつきませんでした。良くも悪くも普通の駅前に生まれ変わります。

何もなかった駅北口は変哲もない普通の街へ。
でも駅が賑やかになるのは確かでしょう。

人が増えれば南口の活気も戻りそっち系の店が新たにできるかもしれません。

それは早急に話を進めてもらいたい。

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【スラムと私娼窟】台南鐵路そばの豆干厝跡地、そこに憧れの場所があった

本日は台南に来てます。
こちらは台南公園です。

駅から徒歩5分くらいの場所にある公園で台湾で三番目に大きな都市公園なんだとか。
この公園ができたのは1907年。日本統治時代に整備された台南で最も古い公園です。
100年以上の歴史がある公園。昭和天皇も皇太子だったころに訪れてるそうです。

日本統治時代に整備されたので日本っぽいところもありますが建造物は中華要素があります。
そして台南は熱帯地域なので南国感がある。
オリエンタルでエスニックでエキゾチックな公園。いろんな文化が混ざった台湾っぽいところ。
緑が多く自然あふれる美しい公園です。
たまにはこういう景色を見て回るのもよいですね。とくに当サイトの名称は山林生活です。

【山林購入】このたび山林を買いました
【山林購入】このたび山林を買いました

山林を買おうとしている人は好条件を期待しているでしょう。しかし、有史以来誰も住もうとも思わなかった場所なのです。

自然豊かな景色の中でDIYで家を建て自給自足で生きていく。多くの人が憧れる山林生活。
そんな生活を目指してました。あとオフグリッド生活も興味がありました。電力会社の力を借りずに生きていく。そのような生活にも憧れがありました。もとはそんな生活をサイトでしたが今では旅行のことばかり。さらにその内容も質が悪く台南では西門にあった私娼窟を巡ったり、かつてあった遊郭跡地を巡ったりと怪しいホテルも見に行きました。

行ってるところがそっち系のところばかり。
でも当サイトは山林生活って名前なので自然や生活に密着した情報を配信していきます。
今回は台南の生活の実態をお届けします。

台南公園の東側に新築の建物があります。
こちらの建物は2026年にできたばかりの社会住宅です。

社会住宅とは公営住宅。低所得者や高齢者、障がい者や原住民など社会的・経済的弱者のために用意された住居です。日本の市営団地に近い存在でしょうか。

世界で二番目に人口密度が高い台湾は都市部の不動産価格が高騰しているため住居を借りるのが容易ではないようです。そのためシェアハウスに住む人も多いんだとか。
住居不足を解消するため各地に公営住宅を建設し低価格で借りれる住居を貸し出しています。まさにこちらの建物がそれです。
こちらの家賃は1LDKで6110台湾ドル、3LDKで13820台湾ドル。日本円でおよそ3万~7万円です。
台湾は物価が安いイメージがありますが家賃は日本と同等かそれ以上。台南は地方都市なので多少は抑えられてますがそれでも収入に占める家賃の割合は高いです。そのような中新築賃貸が3万円で借りれるのはお手頃価格なんじゃ ないでしょうか。
入居基準を満たさなければならないしまた入居できてもずっと住み続けられません。生活が安定するまでのセーフティーネット。台湾の公団住宅はそんな感じみたいです。
それでもこちらの物件は人気のようで全室376戸に3150人が応募したそうです。

駅も近いし街の中心にも近い。目の前は公園があり自然豊か。
好立地なので入居希望者が多いのも頷けます。
このように低価格でありながら好立地のこの物件。住みやすそうな環境ですが実はこの近くに私娼窟がありました。

コンビニ感覚で存在する台南の私娼窟。

入居希望者が多いのも頷ける!
そんな近場に店があったら行っちゃうじゃない!
収入に占める風俗利用割合が高そう。家賃を安くする意味がない。

ここは台南公園の北側。
北門路と公園路の交差点のそばです。
この一帯はもともと眷村だったそうです。

眷村とは中国の内戦で移住してきた外省人向けに台湾国民政府が用意した居住地区。まさに公営団地のようなところでしょうか。
眷村は主に戦前日本人が居住していたエリアや日本陸軍が撤収した後の施設を再利用してたため中心地に多く見られます。

こちらは台南にある赤崁楼の東側ですが日本統治時代は公務員宿舎だったところを改装し眷村として供されたそうです。このように各地に点在してた眷村ですがもともと倉庫だった場所もありました。そのため居住に適さない地域もあったのでしょう。まさにこの線路わきにできた眷村がそうでした。線路わきのため騒音が酷いところだったそうです。そんなわけで居住者がおらず30年ほど前に売春街となったようです。ソレがこの界隈。

自然発生的にできた違法な私娼窟か。公娼時代の既得権で続いていた合法店か。果たして違法か合法か。道路の反対側には高校があります。

明らかに違法店。

寂れた感があります。
人が住んでいる痕跡はありますが古びた建物が数軒立ってるだけ。街の雰囲気は私娼窟とは思えません。そもそもここにはもう私娼窟はありません。7年前に摘発により全て閉業したそうです。当時はきらびやかなところだったのでしょう。それが見れないのは残念です。

最盛期は5軒ほど 営業してたそうですが台南にはあちこちにその手の店があります。
一時は人気スポットだったのでしょうが寂れていったのでしょう。
細々と続けてたようですが2019年にここで殺人事件が起きます。それによりこの街が世間に知られてしまいます。

台湾人「えっ!?こんなところに私娼窟があるの?」
台湾人「そんなの知らなかった!」
台湾警察「知らなかった!」

まさか30年前から営業してたなんてお巡りさんも寝耳に水だったことでしょう。ちゃんと巡回してたけどわからなかった。私娼窟とバレないように営業してたなんてなんて罪深い。でも知ったからには摘発をしなければならないってことで売春宿を一斉摘発。それによりここの私娼窟は消えてなくなりました。

こちらには消防署の分署がありますが2021年に建てられたそうです。
かつての私娼窟はきれいに生まれ変わってます。

きれいになってる?
売春宿はなくなったようですが街はまだきれいになってないようなんです。

北門路と公園路の交差点。線路の近くで交通量も多い。そのためか交差点には地下道が用意されてます。
地下道を通れば信号を待たずに渡れるユーザビリティの高い台南の交差点ですが誰もその地下道を利用してないんです。信号があるからそれを待てば渡れるので上り下りをする人がいない。そうも考えられるんですがここは違うようです。

これは歩行者のための地下道ではなくホームレスのためのもの。
どうやらホームレスの住処となっているようです。
高架下や公園はホームレスが集まる。これについては万国共通で日本でも似たようなことがあります。台南にも一定数ホームレスがおり駅前で物乞いをしている人も見かけました。でも台北や台中よりは少ないと感じてたんです。台南は福祉がちゃんとしてるんだと思ってました。でも駅から少し離れたこの地下道に多くのホームレスが 集まってるようです。

繋がりたくない、独りになりたい、孤独でいたい。ホームレスになる方の中には他人の干渉を良しと しない人もいます。そのため福祉の手が差し伸べられても掴もうとしないのです。だからこのような場所に住むのでしょう。

めちゃくちゃ他人が干渉するレベルの距離感。
プライバシーの欠片もない。
地下道は誰も使わない理由はこれでした。

まさにここは都市型のスラム街といったところ。
台南駅前も地下道があり住んでる人もいましたがここまで過密してなかったです。
ここは世界二位の人口密度である台湾を具現化したところ。めちゃくちゃ生活感があります。

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リニア駅新設で生まれ変わる橋本は第二の品川になり得るか?

本日は相模原市に来ております。
こちらは橋本駅です。

なんとなく東京っぽいイメージがある橋本。北口から800m先は東京なのでほぼ東京ですが、駅繁華街の部分は神奈川県です。

橋本駅は乗換えで使ったことがあるし、酔っぱらって気づいたら橋本駅にいたこともある。国道16号線が近いので車で通ったことがある。
このように立ち寄ったことはあるのですがどれも用事があるわけではありませんでした。
観光地があればくるのですがどうでしょう。なんかそういうのなさそうな感じ。いやいや橋本にだって観光名所くらいあります。

こちらは観光名所の案内板です。
橋本駅といえば相模原氷川神社です。

氷川神社の最寄り駅は相模原駅です。
当麻公園、八景の棚の最寄り駅は原当麻駅。
鹿沼公園の最寄り駅は淵野辺。

どれも橋本駅が最寄りじゃない。
そしてどれもそこまで観光地っぽくない。

そう。橋本は遊びに来るところではなく住むところなんです。

JR横浜線と相模線、京王線が乗り入れる橋本駅。京王線に乗れば新宿へ行けます。東京都心に通えなくもない橋本。そんなわけでベッドタウンとなっているようです。

ちなみに新宿駅までの所要時間は約40分ほど。

けっこう遠い。

いやいや都心まではそこまで遠くないんです。だって八王子は10分で行けます。

都心の意味を理解してない人の発言。

八王子は都下。
都の中心では絶対にない。
そもそも八王子を東京とするのは無理がある。

まぁでも八王子は一応東京でしょ!
東京に10分で出れるんです。あと町田にだって15分で行けます。

そっちは東京ですらねぇ。

町田市民「東京在住です」←これ、ウソ。

都内なのか都下なのかそもそもそこは東京か。
異論はありますがどちらも便利な街なんです。

町田といえば西の渋谷といわれています。
八王子も西の新宿といわれています。
どちらも中心地に負けないくらい栄えています。買い物するにも不便しない橋本。中間に位置する橋本は代々木になるのでしょうか。

そう、橋本って案外便利なところなんです。
たしかに都心までは距離がある。でも乗り換えせずに新宿まで出れる立地。そして橋本駅は町田にも八王子にも出やすい代々木みたいなところ。

いや代々木ではない。
代々木ではないし新宿でも渋谷でもない。
八王子は東京の外れ 町田は東京じゃない。

そしてここ橋本は地方です。
だってここ、山梨の手前なんです。20km先は山梨県なんです。
5km先には津久井湖があるような場所。
緑豊かといえば聞こえがよいですが街の最寄りにあるのは観光地ではなく森です。

でもそんな地方都市橋本だって魅力があるはず。本日はそんなフォレストタウン橋本を散策します。

こちらは駅北口側です。
橋本は古くは熊谷から大山を結ぶ大山道の宿場で駅北西側の辺りが宿場の中心地だったそうです。現在の街の中心は駅北口になるのでしょうか。駅前にはイオンがあります。

元々ここには百貨店ができる予定でしたが2000年にビブレ橋本が出店しました。そしてサティーを経て2011年にイオンへ。百貨店よりもこっちの方が住む人には便利です。

また駅前にはミウィ橋本という商業施設があるし駅南側にはアリオ橋本があります。駅前は大きめの商業施設があるようです。
少し車で走れば津久井湖に行ける橋本。車社会でロードサイド型店舗ばかりかと思いきや駅前はいい感じに栄えています。橋本は便利なところのようです。

こちらは杜のこみちという歩行者専用道路です。ちょっと薄暗い路地で歩行者が少ないです。比較的広い通りですが治安が悪そうな感じ。

その通路の側面に鏡が設置されています。ダンスを通じて街の活性化に繋げたいってことで、ここをダンススペースとして貸し出すため2017年に鏡を設置したようです。

駅前でストリートダンス。なんか治安が悪そうな感じがしますがオリンピックの種目にもなったブレイキン。ダンスはスポーツでありカルチャーの一つ。逆に薄暗い通路に人が集まることで治安の悪さも改善しようとしてるのでしょう。ダンスが街の雰囲気を変える。ストリートダンスはそんな効果があるのです。

ちなみにストリートダンスで有名なところは、溝の口と葛西です。

治安が悪い代名詞。

溝の口はストリートダンスの聖地と言われてます。
南武線改札前がガラス張りだったためダンスに適した場所だったのでしょう。そのため夜に若者が集まっていました。

もともとストリートダンスの発祥はアメリカで貧困者が路上でパーティーをしたのが始まり。お金がないから遊びに行けない。お金のかからない遊びがダンスだっただけです。つまり溝の口はお金がない人のたまり場。

溝の口駅前、貧民窟だった。
しかも川崎のストリートダンス。川崎駅、武蔵中原駅、新百合ヶ丘駅に派生してるんだとか。

川崎全体が貧民窟。
ついに治安のよかった新百合ヶ丘が陥落。

でも貧困層の多い川崎だからストリートダンスが文化となったのでしょう。以前は煙たがられていた駅前のダンスですが溝の口から世界的ダンサーが生まれたってことで市がストリート文化を盛り上げようとダンスができるスタジオを貸し出してます。有料で。

何もわかってない行政。
ストリートダンスを全く理解してない。
そもそも貧困が理由で発展したストリートダンス。金がかかるダンススタジオじゃ意味がない。そんなスタジオ増やすより市民の収入を増やすのに行政は力を注ぐべき。

行政が絡むとこのように衰退しそうになりますが橋本は無料で貸し出しているようです。
しかもここはちゃんとたストリート。
これはもしかしたら将来橋本がダンスの聖地になるかもしれません。
ちなみに日中はダンスをしている人はおらず、日陰で涼しいこの場所にいたのはチューハイを片手に持ったホームレスでした。

やっぱりダンスするところは治安が悪い。

こちらは橋本駅の南側です。
かつては高校があったところですが現在リニア中央新幹線の新駅を建設中です。もうじきここに神奈川県駅ができます。

リニア駅ができれば駅前も大きく変わるでしょう。実際に駅の周りは高層マンションを建設中です。人口増加間違いなしです。だって都心に近くなるんですから。

品川を起点とするリニア新幹線。
品川駅と神奈川県駅の移動時間は10分程度。運賃は高いですがめちゃくちゃ便利になります。これまで10分で行けてたのは八王子まででした。

八王子ってぜんぜん都会っぽくないんです。
なんかいつも雪降ってるイメージ。
東京で初雪観測。いやそこ東京じゃねーし。

橋本から10分で行けたのは東京じゃない東京。でもこれからはホンモノの東京に行けるんです。

ちょっと都心にお買い物。それが10分で可能になります。

例えば海外旅行で羽田に行きたいと思ったとき、これまで一時間かかってたのが30分で済みます。吉原行きたいと思ったとしても30分で行けます。めちゃめちゃ東京が近くなる。そりゃマンションも建つし入居者も増えます。

品川から二つ目の駅。
東海道新幹線でいえば神奈川県駅は品川駅です。

つまり橋本は西の品川と呼ばれる日が来るかもしれません。

新たな新幹線駅となる橋本。ですが新幹線駅になるには街が成熟してません。
新幹線利用者の多くは会社員です。

仕事終わり、何したいですか?
飲みに行きたいですよね。
そっち系の店にも行きたいですよね。
でも橋本駅の周りは飲み屋が少ないんです。

居酒屋的な店は結構あるんですがお姉ちゃんがいるような店がないんです。全くないわけではないんですが店舗は少なめ。当然そっち系の店も駅前にはありません。これじゃあ仕事終わりに遊べないじゃん。

若者は遊ぶお金がないからストリートダンス。
おじさんはお金があっても遊ぶ場所がない。
キャバクラもないスナックもない。ストリートガール(立ちんぼ)すらいない橋本。

おじさんはどうすればいいの?
じゃあ品川に出ればいいじゃない。品川に10分で出れる立地の橋本。別に橋本にこだわらなくてもよいのです。橋本は住むための駅。遊びに行くならリニアで品川へ。リニアができればそうなるのでしょうね。

でも10分かかるんです。10分って意外に長いんです。そして新幹線の本数も決まってるし、そもそも品川駅にはその手の店が少ない。結局品川から移動しなきゃならないんです。

橋本駅より徒歩5分の立地。こちらには14階建てのマンションがあります。元々ここはイトーヨーカドーでしたが2008年に閉店し、今のマンションができました。
部屋の間取り的にファミリー向けのマンション。小さな子供がいる家族が住むのでしょう。

そんなマンションの裏手、サロン店があります。

子供の教育に良くない飲食店。

さすがは新幹線駅。
新幹線駅前といったらサロン店です。
少しはげしめな雑居ビル。ガールズバーとキャバクラとサロンがあります。

こちらはキャバクラでしょうか。ダンスの聖地になるかもしれない橋本にあるいかにも踊り出しそうな雰囲気のあるお店。サンバのリズムが聞こえて来そうです。

こちらのお店、看板にはどんな店なのか書いてありませんが値段的にサロン的なお店。二回転って書いてあるし。

ちなみにこちらのお店のウェブサイトにはレッドロックなるオプションがあるようです。
私は初めてこのオプションを知りましたが、「ごめんね。今日は女の子の日なの」っていうのをロックするオプションなんだとか。
レッドの人をロックする。女の子の日ではない人が接客してくれるそうです。

余計意味が分からなくなってる。

こちらのお店は和をコンセプトにしてるようです。和服を着た人が接客してくれるサロンでしょうか。現在の新幹線の外国人利用割合は15%ほど。リニア新幹線開業で利用者はさらに増えます。それを見越しているのでしょう。

和要素は外国人に人気です。これもインバウンド対応なんでしょう。

この手の店は大きな駅には必要不可欠。
品川まで10分で出れるようにはなるけれど10分待てないって人いるじゃないですか。

この店であれば受付しておしぼりで拭くだけ。
秒で済ませられるんです。
ここは そういう人のセーフティースポットです。

ちなみにこちらのお店、駅から徒歩5分のマンション裏手にありますがウェブの情報では徒歩3分と書いてありました。

ピンサロ行くやつは大体速足。

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生き続ける台南のサカリバ!新町遊郭の名残りはこれだ!

本日は台南市に来てます。せっかく台南にきてるんです。いつもなら怪しい街を巡るのですが本日は観光客らしく普通に台南観光していきます。

こちらは台南市の中心部にあるハヤシ百貨店です。
1932年の日本統治時代に山口県出身の経営者が建てた商業ビルです。当時の台湾で有数の百貨店だったそうでこの辺りは台南の銀座と称されていました。戦後は派出所などに 使われてたそうですが現在は特産品を扱う百貨店になってるようです。

こちらは当時の台南で唯一のエレベーターです。
このエレベーターに乗るのも台南観光の一つです。昔の台南を味わえる。なんかまともな観光です。

百貨店には屋上があります。
こちらには一部崩れてる壁があります。これは機銃掃射による弾痕です。

日本の領土だった台湾は先の大戦で空襲被害に遭っており台湾南部の被害は甚大でその爪痕がこちらで見ることができます。

こちらには鳥居があります。こちらは末広社という神社です。
1933年に建立された末広社。お稲荷さんをまつる神社のようです。
台南には日本的なところが残っています。またかつて台南には穴守稲荷から勧請した神社がありました。神社があったのは新町というところ新町稲荷社と呼ばれ1923年に新町遊廓鎮守として創建されました。

遊廓があった台南。遊郭は存在してませんがもしかしたらそのマインドを受け継いだ何かが台南にあるかもしれません。
ってことで本日はこれより怪しい街を散策します。

いつも通りの街探索。

遊郭の前にこちらに立ち寄りました。
こちらは台南の中心にある市場「西門市場」です。
1905年開業の西門市場。開業当時は台湾南部で最大の青果市場でした。
とくにこの辺りは賑やかなところで多くの人が往来していたそうです。賑やかなとこであればその手の店ができるもので遊郭があったのはここより北東側ですがこのあたりにも私娼が集まっていたようです。お茶を飲んでたら急に恋に落ちるやつでしょうか。特殊喫茶がありました。

ここには多くの人が遊びに来てたのでしょう。格式ばった遊郭よりも手軽に遊べる特殊喫茶。現代でもソープよりサロンを選ぶ人がいるように手軽な店が好まれたのでしょう。

こういう路地にある喫茶店に行ったんでしょうね。
ここの細路地は素敵です。こちらは正興街ってところ。ここにも店があったようです。
地元を味わうなら地元の店へ。台南人と触れ合うなら特殊喫茶にいくべきです。地元の人と特殊喫茶で話をする。そのようにして交流したのでしょう。

こちらは西市場の近くにある康楽市場です。
通称沙卡里巴と 呼ばれてる市場。沙卡里巴とは日本語で言う盛り場のこと。日本人が歓楽街のことをサカリバと呼んでたためその言葉が今でも残ってるようです。つまりこの辺りはかつて盛り場だったのでしょう。

もともと西門公園辺りに点在していた屋台をここに集約させたのがサカリバの始まりです。飲食店のほか衣料品も扱う市場。
かつては盛り場要素があったはず。エロも存在してたのでしょう。

こちらは国華街のあたり。こちらには日本家屋っぽい建物があります。
こちらは戦後初期の頃は特殊喫茶だったそうです。ここはまさにサカリバ。

こちらには看板が残っています。
文字は消えかかってますが喫茶と書いてあります。音楽という文字も見えます。
台湾の伝統音楽が聴けたのでしょうか。いわゆるカフェーと言われる業態のお店。
ピンサロっぽい感じもしますが業態はセクキャバのほうが近いのでしょうか。台湾女性とここで酒を酌み交わしたのでしょう。
店名は菲律賓。

ピンパブじゃねーか。

いつの時代も飲み屋はピーナ。

こんな感じで一か所にまとまっておらずいろんな地域に怪しい店があった台南。それは昔からだったようです。
台南は古都と呼ばれている通り古くから発展したエリアで清朝時代には貿易港として発展しました。多くの船乗りが台南に立ち寄ったのでしょう。船乗りいるところには性風俗街ができるもので当然そっち系の店があったそうです。台南は遊郭ができる以前から娼館が点在しており、

神農街のこの付近や、

新美街のこの付近、

西門街のこの付近に点在してたそうです。

あちこちに点在してた。
台湾人、結構節操ない。
その状況を変えたのが日本人でした。1895年、日本が台湾を統治しはじめます。

1895年に締結された下関条約により清から台湾を割譲され日本の統治が始まると多くの日本人兵士が 台南に訪れました。いわゆる地方出張をする兵士たち。
今の時代でもあるでしょう。福岡に出張に行ったら中洲に遊びに行きますよね。札幌行ったらすすきのに行きますよね。地方出張はいろいろ楽しみがあるんです。台湾に赴任した兵士らもそうです。街を歩けばあちこちに点在する娼館。戦争も終わり比較的落ち着いた日常。そんな日々が続けばそりゃアフター5は遊びますよね。そんなわけで毎晩遊びに出かけたのでしょう。
しかし当時はまだ抗生物質が世に登場してません。梅毒や淋病は花柳病と呼ばれ 風俗では性病が蔓延。それはここ台南でも同じことでした。遊郭の設置は風紀改善も理由の一つですが性感染症のパンデミック防止でもありました。遊女を管理して感染拡大を食い止めるってことで風俗営業を許可制にし、指定した地域に遊郭を設けました。これが台南における日本式の遊郭の最初です。指定されたのは南勢街ってところ。

南勢街があったのはちょうどこの辺りです。
現在は住宅街ですが昔は賑やかだったのでしょう。

こちらには西羅殿という寺院があります。
1718年に建てられた遥か昔からある寺院。日本統治時代には正洛寺と改称されたそうです。遊廓があったのは120年前。寺院は残りましたが遊郭の名残りはありません。

南勢街の遊廓は1922年に新町に移設します。
それが冒頭で話した穴守稲荷のある新町遊廓。

この辺りがかつて遊郭があったところになります。
町内には装飾の入った建物が何軒かあります。
これらは貸座敷の名残りなのかもしれません。
こちらも100年前にあった遊廓。日本敗戦後は遊廓が閉鎖、されるものの再度別の形で蘇りました。

蘇ってる。

台湾版の公娼制度的なヤツでしょうか。許可制で風俗営業ができたそうで公娼街に生まれ変わりました。

こちらには真花園という貸座敷があったそうです。
戦後貸座敷から公娼に転業し2004年まで営業していたそうです。そして建物は2009年に取り壊されました。

結構最近まで残ってた!

こちらは保安路と大智路の交差点です。
この保安路のあたりに 川が流れていたそうで汐留橋という橋が架かっていました。
川の北側が日本人遊郭で南側が台湾人遊郭。このように棲み分けがされていたのです。この辺りが日本人遊郭だったところです。

こちらは現在串焼き屋になっていますがここには台南で最後まで残っていた娼館がありました。遊郭は廃止されましたがその後特殊飲食店、いわゆる赤線的な店が台湾にはできました。こちらには1960年に開業した夜巴里という名の店があったそうです。ここでは夜のパリを味わえたのでしょう。遊郭の名残りでしたが2015年には閉店してしまったようです。

結構最近まで営業してた。

このように台湾人と日本人で分かれてた新町遊郭。
その時々でどちらか選べるシステムでしょうか。
せっかく地方に来てるから現地の人と...とか。
やっぱり同郷の人がいいな...とか。
気分で選べるシステムだったかもしれません。
ちなみに日本人遊郭にいたのは主に九州出身の人。とくに鹿児島が多く次いで熊本、長崎、あとは朝鮮。

それ日本人遊郭じゃねぇ!

こちらにはサッポロビールの看板があります。
店の名前は沙卡里巴です。ここにも盛り場があった。

こちらは熱砂という台湾版の居酒屋です。まさにサカリバの名にふさわしいお店です。ここでわいわい酒を飲み酔った勢いで次の店へ。最後はやっぱりあんな店。かつてはそんな遊びもできたのでしょう。戦後も公娼があったのでそこに遊びに行く人もいたのでしょう。でも法改正により性風俗は規制され既得権で続けられていた店も閉店。サカリバだったここは盛り場の要素がなくなり健全な街に生まれ変わりました。もうここにはそういう店がありません。かつての街はもう生まれ変わりました...

いやなんか怪しげなエステ店がある。
盛り場の名残り残ってる!
なんかこの辺怪しい店がいっぱいあるんです。
そりゃそうです。
日本一の盛り場だった吉原、どうなってると思います?サカリバでしょ?
サカリバは何年たってもサカリバなんです。だからいかがわしい店があるんです。でもでも生まれ変わってるところもあるんです。

こちらにはL&Vと書かれた商業ビルがあります。

見た目は高級ブティック。高級なお店なのでしょう。銀座にありそうな路面店。これはもう健全な街に 生まれ変わってます。名前の通りここはルイヴィトンかな?

love one only you.
ぜったいルイヴィトンじゃねぇ。低俗な店っぽそうな感じ。
こちらのお店は高級クラブのようです。

高級ではあった。

かつては性サービスをして摘発されてます。

低俗な店だった。

いまはどうなんだろ。名前からして怪しい。

こんな感じでKTVやスパが多い地域ですがそのような中で目立つのがこちらのお店です。娯楽城と書かれています。いわゆるカジノ。

台湾では賭博は法律で禁止されてます。競馬も競輪も競艇も台湾にはありません。
台湾人は賭け事を楽しめないのです。でもパチスロってギャンブルなんじゃ...。いえいえパチスロはギャンブルではありません。あれは遊技機です。遊技機が置いてあるお店。つまりゲームセンター。ギャンブルではないんです。

ホントに!?

台湾では日本の三店方式といった法律の裏をかくようなことはしてません。
台湾ではバレないように換金するそうです。
ほぼほぼ闇スロ。ただの賭場だった。

もちろん中には健全な店もあるのでしょう。
それじゃあ客がこないので怪しい店があるのでしょう。

大都技研を彷彿とさせる店名。大都技研といえば吉宗でしょうか。
私は吉宗が出たころには引退していたので触ることが ありませんでした。
もう日本では打つことができませんが台湾では普通に4号機が打てるようです。
でも換金をしたら違法なんですよね。

ほら、違法感漂う店の外観。
台北は条例の関係でパチスロ店がないようですが台中や台南ではパチスロ自体は違法じゃない。換金をすると賭博だけどパチスロをするのは遊戯。ゲームセンターでメダルゲームをしてるのと一緒。あくまでもこれらは合法店です。

ほんとに!?めっちゃ違法感あるけど...。

かつての遊郭サカリバの近くにある怪しい娯楽城。そして連れ出せそうな雰囲気のKTV。さらにはエステやスパもある。まだまだサカリバの名前は健在のようです。

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ハマの箱根と呼ばれた上大岡 大久保花街の名残りを探せ!

こちらは上大岡駅です。京急線と横浜市営地下鉄の二路線が乗り入れる大岡山。乗換えにも便利だし横浜にも出やすい。
また街の中心には鎌倉街道が通っており鎌倉まで車で40分で行ける立地です。さらには駅前には商業施設が充実しており住むのに最適なところのようです。駅前はキレイに整備され近代的な街並みとなってます。

古くは街道沿いの農村地のようなところで明治初期の人口は300人も満たない寒村でした。街に発展したのは1920年以降になってから。

もともと隣駅の弘明寺付近に花街がありましたが学校新設に伴い花街の移設話が持ち上がります。その際に手を挙げたのが上大岡。
田畑広がる大岡川の西側を整備し花街を誘致しました。それにより上大岡は商業地として発展。今では港南区で一番の商業地で横浜市副都心のひとつに数えられるようになりました。

こちらはパサージュ上大岡ってアーケード街です。かつてあった花街につながる道でかつてはハマの箱根通りと呼ばれていたそうです。上大岡で一番栄えてるところでしょうか。

チェーン店と買取専門の店が多い郊外にある普通のアーケード街。広々していて雰囲気がよいです。地域に密着した健全な街です。

でもこの松屋のところに以前、上大岡ロンドンA館がありました。

不健全な街の代名詞。まさかのサロン商店街。

もうサロン店はここにはありません。
2010年に売春防止法摘発により廃業しました。

まさかの本サロ商店街。
地域密着じゃなく密着プレイ店だった。

上大岡の駅前、街の中心にある商店街のようなところ。小学生も行き交うようなところに本サロ店があったのです。
15年前はそういうのが当たり前でした。でも人が行き交う場所にそういった店があるのは不健全とされたのでしょう。現在はそのような店はありません。

昔と今とでは違います。時代は変わったのです。

昔はよかったあの頃はよかったって言ってる人、行ってる人だった。

商店街にサロン店があったのは上大岡に花街があったからなのでしょう。こちらは大岡川に架る久保橋です。この橋の向こう側に花街がありました。この橋の向こう側に花街があったそうです。

花街ができたのが1920年以降。花街が設置された具体的な日時は不明ですが、弘明寺の花街移設の話が出たのが1920年。関東大震災があったのは1923年。久保橋が架けられたのが1925年。上大岡駅が設置されたのが1930年。1920年~1930年の間に花街ができたのでしょう。

このあたりに花街があったそうです。
元々ここは久保村でしたが1889年に大岡山村に編入。1927年に横浜市に編入し大久保となりました。ここにあった花街は大久保花街って名前でした。

日本人は新しもの好き。
現代だって特殊浴場がリニューアルすればちょっといってみっか!ってなるのが日本人。上大岡にあった花街も多くの人が来ました。花街ができてすぐに人気スポットになります。

ハマの箱根という名の通り上大岡には温泉が湧いていたそうで大久保温泉郷という温泉地でもあったんだとか。
宿に泊まり温泉に入る。あと温泉地することといったらアレでしょう。大の大人が温泉地で泊まるとなったらすることは決まっています。

お目当てを狙い撃ち!

射的です。射的、あったんだろな。
温泉地で射的以外にすることがある?そんなのあるわけないじゃん。

射的場もあったであろう上大岡の温泉街。多くの人が楽しんだのでしょう。しかし太平洋戦争により花街は自粛。戦後は進駐軍の特殊慰安所になりますが売春防止法施行とともに花街は閉鎖となりました。今の街並みは花街っぽさはなく普通の住宅街になっています。

住宅街ですが飲食店が目立ちスナックもあります。これらは花街だった名残りでしょうか。

「売春防止法で閉鎖となった」とあるように戦後は私娼窟要素もあったのでしょう。なんだったら戦前からそっち系のところだったのかも。

だって温泉地ですよ。

温泉地ですることといえばピンクコンパニオン呼んで、ツイスターゲーム、するじゃないですか。
野球拳、するじゃないですか。
王様ゲーム、するじゃないですか。

ここはハマの箱根じゃなくてハマの石和温泉だった。

ちょっとくらい残ってたらよかったんですが、ピンク要素はゼロの上大岡。もう花街的なところはないのかな?花街っぽいところは熟女パブくらいでしょうか。

あとはアニソンバー、ラウンジ、キャバクラ、コンカフェ。統一性はないですが現代版の花街のようなところ。

この辺りが上大岡の飲み屋街になるのでしょうか。

飲み屋街といっても飲み屋が数軒固まっているだけで規模はそこまで大きくありません。
そもそも関内まで8分で出れる立地。横浜の中心まで5kmほどの距離です。最悪歩けなくもない距離なので飲みに行くなら外に出るのでしょう。

私の求める花街はなさそう。
上大岡にはロンドン的な店はなくなったようです。

花街じゃなくロンドン探してた。

現代版の花街の並び、こちらは酒屋ですが角打ちができるようです。かつての花街へ向かう道沿いにある角打ち。
都内では角打ちライクな店はあるものの本来の酒屋が営むソレは減少しています。
以前川崎堀之内に住んでいたことがあるのですがよく角打ちに行ってたんです。

工場の多い川崎。
工場は24時間稼働のため夜勤業務の人がいます。朝は営業している居酒屋がない。居酒屋の代わりに酒屋が角打ちを提供する。角打ちは夜勤明けの人の憩いの場だったのです。
でも実際飲みに来ている人は私含め社会不適合者の人たち。夜勤明けとか以前にそもそも働いてない住居もなく小汚い格好の人たち。そんな人に紛れて安酒を飲んでました。でもそれが いいんですよね。

こちらのお店のオープンは11時。
今はちょうど11時です。

これは一杯ひっかけていくべきですよね。

ってことで昼前から一杯ひっかけます。
朝飯も食べてないけどすきっ腹にビール。いいんじゃないでしょうか。

ここは居酒屋ではなく酒屋。そのため酒の値段は小売価格です。だからめちゃくちゃ安く感じます。中ビンって居酒屋だと600円前後します。でもここでは360円。この値段で出されると居酒屋に行けなくなります。

もちろん居酒屋と違って料理は簡素です。
缶詰にスナック菓子、あとは漬物くらい。でもそれで充分なんです。

だって酒を飲みに来てるわけですから!
酒よりも豪華な食事って酒に失礼じゃないですか!

ダメな酒呑みの思考。

お通し代も席料も必要ないキャッシュオンデリバリーシステム。ここなら財布のこと気にせずに飲めちゃいます。

酒屋の店主「ウチは2杯までしか出さないんで」

ここは酒屋さん。
居酒屋とは違うため酔うまで飲むのはご法度。角打ちはあくまでもサービス的なヤツ。ここでは深酒はできないようです。物足りないけどこれくらいがちょうどよい。普段だったらここで飲み続けて酔いつぶれ今日一日を台無しにしてましたが2杯だけしか飲んでません。一度店を出てしれっと再入店も考えましたが角打ちで長居は無粋。続きのお楽しみはまた今度ってことで。そう。今日は飲みに来たのではなく散策に来たのです。

上大岡には花街があった。それの名残りを探しに来たのです。このあたりロンドン的な店はないのかな?

もう花街を探してない!

アーケード街のところエステ店があります。これは期待のエステ店。
本サロはなくなっても本エスはあるかもしれない。くまなく探せばあるはず。路地裏とかを探せば見つかるはずです。

上大岡の中心を走るメイン通り「鎌倉街道」。
通り沿いに怪しいビルがあります。

くまなく探すまでもなかった。

上大岡駅から徒歩数分の場所、交通量の多い鎌倉街道沿いに面してある雑居ビル。飲み屋が複数入居する 怪しいビルがあります。
ここが上大岡の夜遊びスポットですよ然とした店構え。ガールズバー、パブ、キャバクラ、スナック、ガールズバー、ヘルス。

ありましたヘルス 大通り沿いに。
健全な街になったように見えて上大岡、15年前と大差なかった。なんだったら100年前にあった花街の名残り、ちゃんと残ってるじゃないですか。

しかも結構な老舗店っぽい雰囲気。とはいっても様相は平成の頃の雰囲気。でも20年以上は続いている老舗店。このようなところで長く続けられてるってことは優良店なのでしょう。

上大岡は京急線と市営地下鉄が走ってます。
京急で黄金町にも日ノ出町にも行けますし地下鉄で伊勢佐木町や関内にも行ける。気軽に風俗街へアクセスできる。両路線は横浜風俗アクセス線なんです。
飲みに行くなら野毛まで行くしそっちのお遊びなら福富町まで遊びに行く。わざわざ地元の駅では遊ばないんです。
でもムラムラってくるときあるじゃないですか。自分の中にいるもう一人の自分が暴れ出すときがあるじゃないですか(中二病的)。我慢できないって人のためにこの店はあるんです。上大岡の唯一のオアシススポットです。

上大岡には2軒のヘルスがあるようです。

2軒あった!

こちらがもう一軒のお店。店名から察するにお手てのお店。こちらの店はいわゆるビデオパブ。
ビデオを見てたらほにゃららほにゃらら。そんな感じのお店です。
比較的ライトなサービスなので値段も低価格。トイレ感覚で利用できる。それどんなトイレ?

まさに肉...。

ビデオを見ながら嗜む大人の時間。そういったことがここでは味わえます。五感の一つ、視覚を使った性ビジネス。自分好みの快楽が得られるシステムとなってます。

この店で見るべき私のおすすめのビデオ三選は

ショーシャンクの空に、
ダンサーインザダーク、
ミッドサマーです。

特異な性癖の持ち主。

かつてはレモンハウスって店だったのでしょうか。値段が安くなったので通いやすくなったはずです。

こちらのビルも飲み屋が混ざってる飲み屋ビル。
酒飲んだあとに「今日な何のビデオ見ようかな」。ってやつができるビルです。

SODかなムーディーズかなマックスエーかな。エロビデオ見る気マンマン。むしろそれが正常 普通の映画は普通観ない。

それとエステ店もあります。
これはもしかするともしかするかもしれない。
上大岡にはかつての花街ではなくロンドンの名残りを感じれるかもしれません。

本日は上大岡を巡りました。
駅前は栄えていて住み心地がよさそうな上大岡。
しかも花街の名残りもあるんです。さすがは横浜副都心です。
駅前にはタワー型マンションが建っていますが現在フジスーパーがあるところにもタワー型マンションができるそうです。更に上大岡が賑やかになるのでしょう。

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台南にあるホテル型私娼窟「台南141」は東南アジアだった!

本日は台湾の台南に来ております。
こちらは永楽市場です。
台湾って夜市のイメージがありますが日中でもこのように多くの人で賑わってます。
定食屋みたいなのが結構あります。市場に併設されてるってことは築地の場外市場的なところなのでしょうか。
海がそこまで遠くない台南の市場。ここでは海鮮系の料理が食べられそうです。

こちらに市場ができたのは戦後。かつては防空壕として利用されていた土地に古着屋や骨董屋がぽつぽつとでき始めたそうです。当時は物資も少ないため盗品が売買されておりここは泥棒市場と呼ばれてたんだとか。人気の市場だったようですが1962年の火災により店舗が焼失。それを機に総合市場を建設することになります。それが現在の市場です。

二階建てのコンクリート造の建物で二階は住居、一階が店舗になってます。
ここでは台南のグルメが楽しめます。

こちらは台南名物の 碗粿と魚羹です。右の茶色い液体がかかってるのが碗粿。

碗粿とは米粉の生地に具材を入れて蒸したライスプリンと言われる料理。茶碗蒸しっぽい感じのヤツです。茶色いのは甘いタレ。薄味ですがうまいです。

魚羹はつみれ汁的なヤツです。ショウガがきいた想像通りの味です。
出汁の味がしっかりしている料理。台南料理は日本人の舌と相性が良いかも。このように気軽にグルメが味わえる永楽市場。食事が安いってのは台湾の魅力です。

こちらはその市場の近くにある西門円環です。
地元民からは小公園と呼ばれてます。台湾の古都だった台南は台南府城という総延長約9kmの壁に囲まれてた城郭都市でした。城壁は日本統治時代に取り壊されましたがここは西門があったところなのでしょう。1914年に環状交差点ができました。
かつてはこの辺りが台南の中心地だったようで70年代頃は賑やかだったそうです。
そしてそんな賑やかだったこの近くは公娼街がありました。

今はそのような街なのかはわかりません。
でも数年前までは私娼がいたそうです。

なんか今でもいるっぽい。
私のレーダーが受信してる!

この辺りにはホテルが結構あるようです。これはひょっとするとひょっとするかも。
いやいやここのホテルは普通のホテル。かつては連れ込み宿だったのかもしれませんが今はいたって健全な民泊ホテルです。

台南や高雄などの台湾の南側は台北に次ぐ人気観光地エリアなんです。そのため結構ホテルがあるんです。ちゃんとしたホテルも多くある台南。せっかくの海外旅行。少しでもいいホテルに泊まりたいですよね。でもない袖は振れないわけで私はいつも格安ホテルを選んでいます。台南のホテルは1万円~15000円が相場です。日本と変わらないホテル代。1万円を超えるのはちょっと...できれば安く済ませたいってわけでビジホっぽいところに泊まってます。一泊5000円以下できれば2000円台。でも2000円台はかなり少ないです。台湾のホテルはインドのように安くないんです。

ここは成功路と忠義路の交差点。
台南駅から10分くらいのところ。こちらにもホテルがありますが5000円台です。駅から近いのでビジネスホテルでしょうか。

こちらにもホテルがあります。
儷都大飯店という名のホテル。儷は夫婦やカップルという意味。都は都市や都会という意味。儷都はカップルが泊まる宿って意味でしょうか。英語ではクイーンタウンホテルなので女王がいるホテルってことなのでしょうか。でも女王がいる割にはこちらのホテル安いんです。安ホテルを探してるときこちらのホテルをたまたま見つけたんです。
路銀は限りがあるわけで出費は少ない方が望ましい。でもホステルはプライバシーがないので避けたい。ゲストハウスはウェイ系の人がいるから苦手。ちゃんと部屋が割り当てられる宿に泊まりたいって探していたらここのホテルは安いじゃない!しかもちゃんとしてる。

グランドホテルという意味の大飯店。
ここは期待できそう!って思ってたんですが現在休業しているようです。ここを拠点に台南観光したかったんですけどね。駅から近いのでいろいろ捗るじゃないですか。でも現在休業中。そんなわけで仕方なく別のホテルに泊まりました。ちなみに休業してる理由はちょっとしたトラブルがあったそうです。トラブルとは警察による摘発です。ここは、売春宿でした。

安宿探してたわけじゃない。呼べる宿探してた。
そしていろいろと捗りそうなホテル。

一見すると普通のホテル。しかも結構ちゃんとしてる。でも知っている人は知っている。表向き普通のホテルっぽいけどここは台南で有名な売春ホテルだったのです。

ほぼ東横イン的な、ほぼアパホテル的な、ごくごく普通のホテルっぽいけどこちらのホテルは 利用者から排毒飯店、デトックスホテルと 呼ばれてたんだとか。デトックスとは体に溜まった毒を出すわけですが出すのは毒ではなく溜まった汚い体液だった。
台南駅から徒歩10分程度の距離にあり周りは観光地もあり旅行に便利なホテル。
このホテルは古くからある老舗ホテルでしたが10年前にホテルを売却したそうです。それ以降ここは怪しさ満点のホテルとなり“排毒したい人”が集まるようになったんだとか。でもホテルで売春ってどうやってるの?看板も出てないから利用者はわからないじゃない。そこはネットを介しておこなってるんだとか。店舗型がいい店舗型がいいというなれど今の時代はネットで選ぶ。IT先進国台湾はネットで店を選ぶんです。

台湾では女性を紹介するサイトが結構あります。
サイト上にはエスコートサービスと書かれてます。
エスコートは付き添いってこと。なんだ介護のやつか。介護福祉士のサイトかな?
サイトにはフルサービスとも書かれてます。

隠す気ゼロの本番店。
台湾は自由恋愛じゃなかった。

玄関開けたら二分で私娼 マンションタイプの風俗店「香港141」
玄関開けたら二分で私娼 マンションタイプの風俗店「香港141」

日本は性に対し大らかな国。日本人はヘンタイ大国。諸外国からはこのように思われているのでしょう。 実際に

まるで香港にあった141と同じです。141とは一つの部屋に一人の女性がいるという意味。個人の娼婦が個室で対応する風俗店。ワンフロアワンと語感が似てるから141と呼ばれてるんだとか。中国語では一楼一鳳というようで一つの部屋に一つの娼婦。そのような意味があるそうです。
こちらにあったソレも141に近いタイプ。香港にあったソレはインターホンを押すピンポンスタイルなのでピンポンマンションと呼ばれていましたが台湾はSNSを介して女性と連絡を取る形。そのため警察に言い逃れができるんです。

いやこれは言い逃れできない看板。
月租はマンスリーで貸すってことでしょうか。
住宿は宿泊って意味でしょう。
休息は明らかに休憩を意味する言葉。
日本人でも読めるRESTができるホテル。
大飯店にあるべきではない休息の文字。しかも丸文字ゴシックなので余計怪しさがある。

こちらのホテルは一般客も普通に利用してました。ホテル予約サイトにもちゃんと掲載されてます。どうやら一部を売春部屋として利用してたそうで売春組織がホテル下階の3フロアを貸し切り100室の部屋で 売春をしてたそうです。

一部じゃなくて大部分だった。

下の階に行けばそういうサービスもある大飯店。
すげぇ気になってたんです。エスコートされたかった。

やっぱ安宿探してたわけじゃなかった。

だってせっかく台南に来てるんです。
フルサービス。受けたいじゃないですか!でも昨年の摘発以降営業してないようです。大手予約サイトでホテルの確認はできますが予約はできない状態。直接赴いて部屋を借りることも検討したのですがホテルの扉は閉まってる。張り紙もされてないため再開するかも不明。ここに来れば台湾美女と会えると思ったのですがその夢は儚く消えたようです。

っていうよりここには台湾美女はいないようです。ここで働いていたのは台湾人ではなくタイ、ベトナム、ミャンマー、インドネシア人。

まさかのASEAN大集結。

これが台湾が進めてる新南進政策。
台湾は中国本土依存から脱却するため東南アジアと 関係を深めてます。東南アジアからの移民を受け入れているので台南駅前は東南アジアの店が多いです。

こちらは東南アジアの雑貨店です。

こちらはインドネシアの店でしょうか。

ここはタイ料理の店です。
このように外国人経営の外国料理店があります。

こちらは...。
日韓各国代理輸入店のようですがラブショッピングの文字。
日本だけエロの店。三度の飯よりエロが好きな日本人。

このように外国人要素たっぷりの台南。
そんなわけでそっち系の店も外国人なのでしょう。
ここでは東南アジアの風が味わえたのです。
ここにはきれいなタイ人がいたんだとか。そしてかなり人気だったそうです。
それは是非お相手してもらいたいですね。
ちなみにそのタイ人女性は戸籍上は男性です。

まさかのアリアリ店。

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