世界一高いところにある超高層風俗街「高雄85ビル」

本日は高雄に来てます。こちらは三多三路という道です。
この界隈は台湾のマンハッタンと呼ばれています。高層ビルやデパートが密集するエリアで三越やSOGOなど知ったデパートもあります。
残念ながら私は米国本土に行ったことがないのでマンハッタンがどんなところか知りません。マンハッタンはニューヨークの中心で高層ビルが多くオフィス街があるエリア。東京でいう丸の内みたいなところでしょうか。私が好む街じゃなさそう。

私は様々な感情が蠢く混沌とした街が好きなのでおしゃれで洗練された街はあまり興味がない。だって高層ビルってなにもないじゃない?高層ビルが入居してるのってオフィスやホテル。レストランやハイブランドのショップなど私と縁がないところばかり。そんな高層ビルがある街並みよりも低階層の雑居ビルが軒を連ねる風俗店や飲み屋が 入り乱れてるところ。そういう街が好きなんです。
台湾のマンハッタンと 呼ばれてる三多商圏。
ここはそういう店はないのかな?って思ってたけどちゃんとある模様。
マンハッタンはニューヨークの行政区の一つ。高層ビルが多いのは5番街やウォール街。中心地はイメージするマンハッタンなのでしょう。でも中心から少しずれれば怪しい店もあるのです。日本だってそうです。丸の内は洗練されてますが丸の内の行政区は千代田区です。秋葉原も同じ千代田区内。秋葉原もオフィス街ですがどちらかというと電気街要素が強めだし近年は風俗要素が強くなってる気がします。このように洗練された地域のそばには人の欲望を具現化した街が広がってるのです。つまり台湾のマンハッタンにもなんちゃらリフレやコンカフェがあるのでしょう。

こちらにはスパがあります。
人の欲望を具現化したような店。
ピンクを基調とした怪しさ満点の看板。桃色はエロの象徴ってのは万国共通のはずです。ここはそういう店なのでしょう。店名がいろんな文字が混ざってて読めない。って思ってましたがこの真ん中のY。これはYではなく「丫」という漢字です。
漢字なのに日本人が読めない。
「丫」は二又の枝を意味する言葉ですが女の子を指す言葉でもあるんだとか。

これは明らかに下腹部の象形文字。
そっち系のサービスが期待できそう。
いやここは普通のスパです。看板がピンクだからってピンクな店と判断してはいけません。普通のスパなんです。

こちらのスパ。KTVと同じビルに入居してます。
店の外観から溢れる怪しさオーラ。風俗ですよ感がふつふつと感じられる。

どうやらこの界隈。スパが多いんです。っていうより高雄ってスパが多くないですか?

大通り沿いには基本的にスパがあるんです。

しかも中国4000年の中国式マッサージではなくタイやベトナムなどの東南アジア。日本の駅前に中華とコリアがあるように台湾ではタイかベトナム。その国々によってマッサの国籍が変わるようです。ちなみにタイにあるマッサージは日本式です。
それたぶん違うマッサージの件!

台湾のマンハッタン、ちゃんとそっち系の要素があるじゃないですか。そもそも元々は 漁業で発展した三多商圏。その手の店があって当然の街なんです。そんなわけで怪しい店が軒を連ねてるのでしょう。でもそれは一部にあるだけ。三多商圏の西側には大きなビルが建ってます。

見た目から明らかにオフィスビルといった感じ。
やはりここは私の来る街じゃなさそう。でもかつては私が好みそうな街だったようです。

遠くに見える形の変わったビル。
こちらは高雄85ビルです。1997年に開業した高雄85ビル。名前の通り85階建てのビルで高さは347m。建設当時は台湾で一番、アジアでは三番、世界で六番目に高いビルでした。そのため建物の形は「高」になってます。
台北101ができたためその座は奪われましたが現在も台湾で二番目に大きい超高層ビル。
日本で現在一番高いビルは麻布台ヒルズの森タワーで325mなのでそれよりも大きな超高層ビルです。日本は建築基準がかなりシビアなのでしょう。でも日本も2028年には東京駅前に385mのビルができるようで高雄85よりも高くなるそうです。日本も台湾も地震大国。どちらも高層ビルが建てづらい環境ですが台湾は古くから高層ビルがありました。

でもこのビル、ほぼ廃墟状態なんです。
厳密には廃墟ではなくテナントが入居してます。しかしイメージする高層ビルと様子が異なります。
1~11階までが 商業スペース。
13~35階までが オフィス。
38~70階までがホテル。
さらに上階にレストランや展望台があるのですがそのほとんどのフロアが閉鎖中の状態。そのためビルの周りはすごい静かです。

開業当時は賑やかだったのでしょうか。
当時は商業スペースに大丸が出店してたそうです。大丸といっても大丸自体は資本出資は行わず台湾の企業が大丸の看板を借りて出店した百貨店。当時は台湾で一番大きかったそうです。しかし売り上げは伸びず2000年末に閉店。その後そごうの子会社が百貨店経営を引き継ぐもやはり売上げが伸びず2002年に閉店してます。また開業当時はビル内に遊園地がありましたが死亡事故が起きたことで施設は営業処分に。さらには上階のホテル経営者の横領事件が発生。その経営者は国外へ逃亡する事態に。経営者には623億ドルの負債があったことからホテルが銀行に買収されます。さらに2011年に別会社がホテルを買収するもそこでも横領事件が発生。裁判所によって競売にかけられ2019年に新たな企業が買収しました。ホテルフロアは現在改修工事中です。
このようにいろいろなことが起きビルテナントは空いたまま、ほとんどが営業してなく廃墟状態になり高層型のスラム街に生まれ変わったようです。
そんなスラム化したビルだったのでそれに目を付けたのが怪しい組織。
ビル内で違法エステや売春宿が開業。
つまりここは世界で一番高いところにある私娼窟だったのです。
でもそれはかつての話。今はホテルも閉鎖されてるしテナントもない。私娼窟はないようです。ってことで中に入りましょう。

えっ!?中に入れるの?
ほとんどのところには行けませんがここには小規模のホテルがあるようで12階に立ち入ることができるんだそう。

こちらが12階です。
私娼窟だスラムだと言われてる割にはビルの中はきれいです。
それもそのはずで建てられたのが27年前。まだまだ新しい方のビル。
入居者がいなくてもきれいな状態です。逆に入居者がいないからきれいなのかも。
またそのような悪名がついたのは前の話。売春や薬物犯罪が横行したことから今は警察が24時間常駐しており安全です!
やっぱり縦型スラムだった。

現在は上の階に登れませんがここより上が改装中のホテルのようです。
雰囲気は新宿NSビルみたいなところ。

コンビニがあるので誰かはいるのですが広いロビーに人がいません。
テナントも少なく営業してない店も多い。上にもオフィスや住居があるのでしょう。
人は住んでるようですが少ないのでしょうか。

ビル内には不動産屋があるようでここの物件も紹介してるっぽいです。
26平米管理費込みで9000台湾ドル。単身向けの高雄の相場が1万台湾ドルくらいなので相応の金額といったところ。
駅も近いし悪くない。景色も当然よいでしょう。悪いのは治安だけですがそれも改善してる。夢のタワマン暮らしが高雄ではできそうです。

そして風俗ビルではなかった。
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足立と葛飾の区境にある綾瀬、駅前にある怪しいビル

本日は東京都足立区に来ております。
こちらは綾瀬駅です。
JR常磐線と地下鉄千代田線が乗り入れる綾瀬駅。
綾瀬駅があるのは足立区。
足立区って治安が悪い印象があります。
足立区から引っ越すことを足を洗うとも言われてます。
足立区は治安の悪いスラムとも言われてます。
実際に昔は治安が悪かったのでしょう。
スラムも昔はあったようです。
そっち系の組織の人もおり、輩も多くいたでしょう。
でもそれは大昔のお話。今の足立区は治安のよい街になりました。
綾瀬は都内では16番目に利用者の多い駅です。錦糸町や五反田駅の方が利用者が多そうですが一日の乗降者数は錦糸町は一日29万人。五反田は36万人です。綾瀬駅は中野や蒲田よりも多い40万人。それだけ利用者がいるってことは駅前にいろんな店があると期待してよいでしょう。

ほら、こちら駅前のぱちんこ店です。
これが足立区のイメージ。
足立区は駅前にパチンコ屋がありその辺に輩がたむろってるイメージ。綾瀬はまさにソレ。
たしかに、たしかに駅前にパチンコ屋があります。
でもそれって大きな街ならどこも同じでしょ!?綾瀬は普通の街なんです。

ほら、駅前にはイトーヨーカドーがあります。住みよい街なんです。
足立区って治安の悪いイメージがあります。でもそれはイメージだけで事実と即してない。
そのイメージを払拭させるため足立区では「ワケあり区、足立区」のキャッチコピーで足立区のワケを発信してます。
訳アリってことを自ら認めるストロングスタイル。
でもそもそも治安はそこまで悪くないんです。
犯罪件数が多い?
そんなことありません。
2006年から4年間の刑法犯認知件数は足立区が23区内でワースト一位だったそうです(多かった)。
そんなことありません。
だってこれ、面積や人口比で考えるとワーストじゃないんです。
面積比だとむしろ治安が良いレベル。盗難事件が多いそうですが面積比だと少ない。特殊詐欺もありますが面積比だと少ない。面積比で考えると治安が良いのです。これが数字のトリックってやつです。
犯罪が多いのは事実なのにそれを見てみぬふりしてる。
たぶんパチンコ屋軒数比で考えても犯罪が少ない。
確かに昔は犯罪件数が多かったようですが近年は少なくなっているようです。綾瀬の辺りも別に危険じゃありません。犯罪の少ない街、綾瀬。
そんな綾瀬駅前、パチンコ屋以外に何があるでしょう。

こちら、駅前の飲み屋がある雑居ビルです。
駅前にあるお店はニューハーフのショーパブです。
綾瀬は駅前ニューハーフパブ比で考えると治安が良い。
乗降者数の多い駅ですからね。
帰る前に一杯やってく人がいるのでしょう。
仕事終わりにニューハーフパブに直行するやつなかなかの遊び人。

ニューハーフパブ以外にも普通のパブもあります。こちらはガールズバーでしょうか。
この辺りは夜になると賑やかになるのでしょう。
夜は酔っぱらいがその辺で寝転んでそうです。

この辺りは飲み屋街になってるようでスナックやパブが多いエリア。
少し路地に入ると住宅があるような地域です。この辺りの飲み屋は地元の人が使うのでしょう。

あとはエステ店。
この辺りのエステは地元の人が使うのでしょう。

かつてはここにピンサロがありました。
この辺りのピンサロは地元の人が使うのでしょう。
サロン店はもう綾瀬にはないようでサロンがあったところはガールズバーに。

先ほどの飲み屋街は駅の西口側です。
綾瀬川通りを渡ると街の雰囲気が変わります。
足立区にある綾瀬駅ですがこのあたりは葛飾区との区境となっており駅前の一部分は葛飾区なんです。

この一区画だけ葛飾区、ほんの一部分だけなので不思議な感じです。
区境が曲がってるのは元々河川だったから。

これは1960年代の地図ですが河川流れてます。
川に沿って区境があったからのようで駅前の一部分だけが葛飾区になってるのです。
綾瀬駅の葛飾区側の駅前、やっぱりパチンコ屋があるのかな?
そんな質の悪い店があるはずないじゃない。葛飾区はもっと高尚な地域。足立区とは違うのだよ足立区とは。
おしゃれなカフェとか。文化的な商業施設がある地域です。
ちゃんと棲み分けがされているんです。

綾瀬駅の葛飾区側にあるのは怪しい雑居ビルです。
こっちの方が治安が悪そう。
一階にラーメン店が入居する雑居ビル。
建物は古く、看板も年季がはいってます。あっち系の店であろう看板も。こちらは綾瀬駅前風俗ビルです。

マッサージクラブと描かれてある看板。
これが健全なエステ店だとは思えない。

こちらはメンズエステの看板です。メンズエステが増えだしたのは2010年以降、チャイナエステに代わって増えだしました。メンズエステはあくまでもマッサージ店。きわどい施術はありますが性サービスは行わない。でもこの看板の様子。2010年以前からある老舗店っぽい感じだしそういったサービスが期待できそう。
シェイク、日本語訳すると上下に動かす。どんなお店なのか想像がつく。

こちらにはティールームと書いてあります。
24時間営業の喫茶店かな?お茶を楽しむ的な。
ちなみに英語圏ではティールームは公衆トイレのハッテンバを指すスラングでした。
楽しむのはお茶じゃなさそう。

こちらはビルの裏側。裏側ですが駅に面した部分です。
明らかにそっち系の店だろう看板があります。普通のエステ店ではなさそうな感じ。

この看板、駅のホームから丸見えなんです。
40万人の目に晒されるエステ店。皆が知ってるスプラッシュ。スプラッシュは和訳すると飛沫。何か飛び出してそうな店名。そんなのがホームから丸見えなんです。結構目立つ怪しいエステ。
綾瀬駅前は治安が良いところです。
公園が多く親子で楽しめるスポットがあります。ファミリー層に人気の綾瀬駅。その駅前がこれ。

ちなみにこのビルにはかつてヘルスがありました。やっぱり風俗ビルだった。
でもそういった店はなくなったようですね。こんな看板出てるのに?
綾瀬駅前は健全になったようです。健全?

こちらは駅前商店街のようなところ。道路がキレイに整備されています。
ドラッグストア、弁当屋、美容室、寿司屋。ごく普通の商店街の中にあるエステビル。
普通の商店街じゃない。普通の商店街じゃないし健全じゃない。
いやいやここのエステ店、おそらく普通のエステ店なんです。
だってここタイ政府認定校の店があります。タイ本場のマッサージが味わえるのでしょう。
タイ本場のマッサージ屋はどんなのでしたっけ?

本場の方が日本のより過激すぎる。

こちら、線路脇にもエステがあります。
圧倒的老舗感。
健康サロンという健全っぽそうな名称だけど。健全じゃないだろうって感じの風貌。
ちなみにこのお店があるところの住所は葛飾です。
葛飾は怪しいサロンで足立はぱちんこ。
ちゃんと棲み分けができていた。
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かつて小菅監獄と呼ばれた場所「東京拘置所」の矯正展に行ってみた

本日は東京都足立区に来ております。
こちらは東武スカイツリーラインの小菅駅です。
駅があるのは足立区ですが駅名の小菅は葛飾区に存在する住所。足立区と葛飾区の区境にある駅で駅の南東側が葛飾区、北側が足立区となります。
東武スカイツリーラインの正式名称は伊勢崎線。
下り線に乗ると竹ノ塚や春日部、越谷へ。上り線に乗ると都心にでれる小菅駅。
また隣駅の北千住は駅前が栄えてます。
このように便利そうな駅ですが一日の利用者数は6000人ほどで都内では6番目に利用者が少ない駅なんだとか。そんなわけで駅目の前にあるのは自販機だけです。

クソド田舎の駅。
一応大通りに出れば東武ストアがあります。また飲食店もあるのですが数は少なめです。
各駅しか停まらない小菅駅。
隣駅の北千住駅は直線距離では近いのですが荒川があるため駅は近くありません。また駅南側は川なので住居はありません。隣駅の五反野はさほど遠くなくそちらの方が駅前は栄えてます。このような立地なので利用者が少ないのでしょう。一番利用者が少ない理由はこれのせいでしょうか。

小菅駅の東側、大きな敷地にそびえたつ建物があります。
通称小菅と呼ばれる施設、こちらは東京拘置所です。
法務省関東矯正管区東京拘置所。
未決拘留者の拘留施設で収容定員は3010名。
日本最大の拘置所です。
拘置所と留置所の違いについては以前刑務所に行ったときに知りました。
お勤めご苦労様です!
いやいや入所していたわけではありません。趣味で刑務所を見学しに行ったのです。
ゴミみたいな趣味。
留置所は警察の管轄で起訴前の被疑者を留置するところ。
拘置所は法務省管轄で起訴後の未決拘留者を拘置する施設。
つまりここにいる人たちの多くが検察に「お前は犯罪者なんだよ」と告げられた人たち。
東京拘置所の稼働率は7割程度。
3010名の収容定員に対しおよそ2000人収容されてます。
流石は国内最大規模の拘置所です。
東京拘置所の歴史は古く1879年にここに監獄ができたのが始まりです。
小菅は江戸時代の頃は幕府の天領でしたが明治以降に煉瓦工場が建設されます。
最新式の窯を導入した小菅の煉瓦工場。
製鉄や建築で大量に消費される煉瓦は近代化を目指す日本にとって重要な建築素材。
しかし煉瓦造りは労働者が必要でした。
じゃあ、囚人使えばいいんじゃね?
囚人使えば、タダじゃね?
ってことで煉瓦工場そばに刑務所を建てます。それが小菅監獄でした。
労役も用意できて煉瓦もできる一石二鳥。日本の近代化を支えたのは刑務作業品だったようです。しかし耐震性が低い煉瓦。関東大震災で多くの建物が倒壊しました。小菅監獄も煉瓦造りだったため被災します。

こちらには当時のかもしれない煉瓦が残ってます。

煉瓦に代わって鉄筋コンクリートの建物へ。需要が減ったことで小菅の工場も閉鎖。小菅監獄も鉄筋コンクリート造にしたそうです。
設計は蒲原重雄って建築家で施工は小菅監獄の受刑者がしたんだとか。自身が収監されるとこを自分で作るDIY刑務所。
震災から6年後の1929年、今の形の刑務所ができました。
戦後小菅監獄は東京拘置所となり現在に至ります。
建てられたのは100年近く前。当時の建物はほぼ残っていません。唯一旧管理棟の一部が文化遺産として残ってます。近くで撮影をしようとしたのですが職員に止められました。拘置所の建物外観は撮影禁止のようです。理由は聞いてませんが警備上の理由なのでしょう。

東京拘置所の入所者は検察官によって起訴され刑が確定するまでの期間に収容される施設です。拘置所は全国で8か所しかありませんが拘置支所は100か所ほどあるそうです。
関東にある拘置所はここ東京と立川だけ。
起訴されると普通は拘置支所に行くのでしょうか。
そうなると東京拘置所はエリートがいくところ。
有名人で入所した例では薬物事件で捕まった元野球選手、証券取引法違反で捕まった六本木の有名経営者、あとは逃亡中の某自動車会社の元社長でしょうか。
結構エリートな人たちが入所してました。
そう考えると私がいくら罪を重ねたとしてもこの敷地の中に入るのは難しいのかもしれません。

こちらは拘置所前にある児童公園です。
拘置所があるといっても近くに住んでる人もおりまた拘置所職員の住居もそばにある立地です。そのためここに住む児童も結構多いのでしょう。そんなわけで児童公園が設置されてます。でもこの児童公園、拘置所入所予備軍のたまり場になってるんです。

拘置所の周りは監視カメラが設置されてます。
また多くの職員が警備してます。そのような環境の中で大声で騒ぐ中高生。
さすが監獄がある街、葛飾区。拘置所入所者量産行政区。
ひったくりの被害も多発してるって、治安維持のための拘置所なのに治安が維持されてない。
もうここ、ゴッサムシティーじゃないですか!

拘置所の面会者入り口の目の前にある神社。
こちらは小菅稲荷神社です。
ご祭神は宇迦之御魂神。ご利益は五穀豊穣、商売繁盛。創建時期の詳細は不明ですが1730年ころ。

灯ろうには天保5年と書いてあるようで200年以上前からある神社です。
かつては徳川小菅御殿のそばにあった神社。
こちらの本殿の裏には何かトラブルがあった時に逃げられるよう御殿へと続く脱出用の抜け穴があるんだとか。小菅御殿があったのは東京拘置所のところ。抜け穴から逃げ出した被疑者がいるのかも。
保釈申請をしなくても抜け出せる。
保釈時に作業服で変装する必要もないし楽器ケースに入る必要もない。

拘置所の周りは普通の街にはない施設があります。
こちらは収容施設のそばには必ずある差入店です。
何かの利権かな?何かの癒着かな?って思っちゃいますがそうではありません。差し入れできるものって制限があるんです。そのため何を差し入れできるかわからない。このように悩まられる方が結構いるようです。でもここで売ってるものは差し入れ可能なんです。そのため悩まずここに来ればよい。
この店から出てきたカタギじゃなさそうな人が拘置所へ向かっていきました。
面会する際はこちらに立ち寄るのでしょう。
ちなみに差し入れできる物品に関しては施設指定の差入物品取扱業者に限られるそうで拘置所内の売店のものかこちらの差入屋のものに限られるそうです。
何かの!

こちらは更生保護施設です。
更生保護施設とは法務大臣の認可を受け更生保護事業法に基づき出所後の住居がない人を対象とした宿泊施設です。全国に102も保護施設があるんだとか。
矯正施設から出所した人を対象としてるので社会に順応できるように支援も行ってます。
東京拘置所は拘置する場所だから関係ないんじゃって思いますが執行猶予の人も保護の対象になるため拘置所のそばにも必要なのでしょう。
社会に順応するための施設。
職業訓練などを行い再出発を支援してるようです。
それがこちら。

更生施設じゃなくて構成員がいる施設。
お勤めご苦労様ですって言われそうな組織名。
そっち系の事務所と見間違えそうなところですがこちらの更生保護施設の歴史は古く1905年。小菅監獄のころから存在するところなんだとか。歴史ある更生施設なんですね。
まぁ更生保護施設に入所する人の中には元構成員がいたとしてもおかしくないのでしょう。
この施設にそういう人が出入りしているとてっきりその手の組織かと思ってしまいますがここはちゃんとしたところのようです。

東京拘置所はこんな感じです。
写真におさめられないのが残念ですが警備上仕方ないこと。

白く突き出た建物。時計台のようなものが見えますがこちらは拘置所内にある管理棟です。これは文化財なんだとか。
でも近くで観ることができません。
拘置所内には気軽に入ることはできないためそれを観るには罪を犯して起訴されるか、はたまた公務員を目指すか。私がソレを観るには起訴されるのが楽そうです。でも基礎されずとも所内に入る手段があるんです。

それがこちら、矯正展です。
年一回だけ拘置所の敷地内に入れるイベントです。
いつかいくかもしれないけれどできれば行きたくはない拘置所。
それを間近で見ることができるんです。
どうせ入所するなら下調べしておいた方がいいじゃないですか!ってことで来ちゃいました。
ちなみに撮影に関して職員の方に聞いたところ撮影に制限はないとのことでした。
警備上で撮影禁止にしてるわけじゃなかった。なぜ注意されたのかナゾ。
どこを撮っても何を撮ってもよい。つまり年に一回撮影が禁止されない日のようです。
敷地内といっても拘置所に入れるわけではなく駐車場や車庫があるエリアに限られてます。でも駐車場も普段は関係者以外立入禁止で親族知り合いの面会がなければ入れません。

矯正展。
矯正とは欠点を直し正常な状態に変え正すこと。ソレの展示会です。
このイベントの趣旨は受刑者の更生と矯正機関の役割を国民に広く認知させるための展示即売会。そのため展示会では各刑務所で作られた刑務作業品を販売してます。社会復帰を目指す同じ志を持った人たちの受刑者同人即売会。そんな同人即売会が矯正展です。

刑務所および少年刑務所は全国で69か所。
少年院は全国で50か所ありますがすべての施設が参加しているわけではなく刑務所少年院の展示スペースは19か所だけです。

主に関東近県の刑務所が参加してますが北海道は月形刑務所、岐阜から岐阜刑務所が参加してます。どちらも再犯者と暴力団員の矯正施設。

珍しいのが栃木刑務所と笠松刑務所でしょうか。両刑務所は女性受刑者の刑務所です。
女性刑務所で作られる刑務作業品は女子力高めの製品もあるんだとか。
人間力を高めた方がよい人たち。

あとは物販、飲食、広報があります。この中で気になるのはプリズンカレーです。
カレーを販売しているのは刑務所収容者の給食を納品していた企業で刑務所で食べられるカレーを提供してるようです。
いわゆるくさい飯。
これこそ入所しなきゃ食べられない飯です。
なかなか食べる機会のない刑務所の食事。くさい飯って言われるだけあってくさいのかな?
ちなみにカレーを食べた人の話では懐かしい味がするそうです。
懐かしい味がする人は前科者。
こちらが展示会の中です。
奥に見える物々しい建物が東京拘置所。物好きが結構いるようで来場者は多めです。年寄りが多く来てるのかと思いきや若い人や子連れの家族が結構多め。そしてカレーコーナーは大混雑。さすがに並ぶ気になれなかったのでカレーは辞退。別に今食べなくても、いつか食べることになりそうだし。

コッペパンは並びが少なかったので購入しました。
ジャムやピーナッツクリーム、あんバターなど味付きのもあります。

こちらは購入したプリズンコッペパン。受刑者パンと呼ぶべきものでしょうか。
普通のコッペパンより大きいので食べ応えがある。大きさの割に値段もやすく結構うまい。
そしてなんか、懐かしい味がする。
お勤めご苦労様です。

こちらには文化財が展示されています。
中に入ることが許されない場所。でもこのようにしてみることができます。

こちらは監獄ができた際に設置されていた門です。
記念として残したものなんだとか。
記念物として展示されているため決して開かない開かずの門。ここが見れるのは年に一回だけ。矯正展はただのイベントではありません。

こちらは旧小菅刑務所庁舎、遠くから見ていた白い時計台です。
2024年に重要文化財に指定された建物。普段は閉ざされており見ることは容易ではありません。
ここには翼を失う可能性のある人たちがいるのに空高く飛び立とうとしている白鳥のような建物。
受刑者を白鳥と見立てたのでしょう。
更生し飛び立って欲しいと願いを込めたのか、渡り鳥は元の場所に戻ってくるという暗喩なのか。設計した人の気持ちは今はもうわかりません。
旧庁舎内も見学が可能でしたがめちゃくちゃ混んでたので辞退しました。
人混みが苦手なのでこの手のイベントは楽しめません。ゆっくり見るなら人がいないときに。そうなると起訴されるしかなさそうです。

年に一度行われる矯正展。
多くの人が来場し賑やかなお祭りのようです。
笑顔が絶えない会場ですがそのそばには拘置所があります。
東京拘置所には2000人が収容されてます。その多くが未決拘留者。
日本の刑事裁判における起訴後の有罪率は99.9%と高い水準です。つまりここに収容されている多くの人が前科者になるのがほぼ確定しています。
またそれ以外に死刑囚も拘置所にいます。
死刑囚は刑務所ではなく拘置所に拘留されてます。
死刑囚は死刑が刑罰だから刑務をする必要がない。死刑執行まで拘置所で拘留してるのです。
現在の日本の死刑確定囚人は100人ほどで半数の50人ほどが東京拘置所にいます。
刑事訴訟法では死刑の執行は原則的に刑が確定してから半年以内に行わなければならないと規定されています。しかし実際は守られておらず、執行までの平均期間は7年以上かかってます。
ちなみに一番古い死刑囚は1970年、つまり50年前以上前に判決がでたものです。東京拘置所にいる死刑囚だと1987年に死刑判決が出た事件のもの。こちらももうじき50年になります。
死刑囚にかかる年間コストは500万とも600万とも言われてます。とっとと執行すればこのコストはかかりません。
しかし冤罪があるかもしれない。
施行する刑務官の心身的負担がある。
死刑執行は選挙に差し支える。
様々な理由で執行がされていません。
判決が出て控訴期限が過ぎた段階で即日死刑にするのが一番よいと私は思ってます。
冤罪の可能性がある?
それで執行しないならもう裁判する意味もない。
死刑制度がある以上粛々とそれに則して執行すべきでしょう。
刑務官の負担が大きいのであれば裁判員制度と同じで刑務官制度にすればいい。ユーチューバーにでもやらせればいい。

本日は東京拘置所を巡りました。
この大きな建物の中には法の裁きにより殺されるのが確定してる人たちがいます。
そんな人がいる眼下で賑やかなお祭りをしてます。シュールです。
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台湾高雄にある縦型風俗街「七賢一路」の怪しいビル

本日は高雄駅南側にある七賢路という街路にいます。
七賢とは魏晋南北朝時代にいた七人の賢人のこと。それが道の名前になってます。
台湾の道路は日本統治終了後、中華風の名称に変更されてます。
道路の命名に関しては中華民族に由来するものや中国大陸の地名や三民主義に関するものなど多くの道がその土地とは関係のない中華っぽい名称が採用されています。
高雄では徳な名称を採用しています。
こちらの道は七賢路。ここは賢人とは関係ない道ですが名は体を表す。ここは賢い街なんでしょう。
私もそんな街で賢くなりたい!ってことで本日はこちらの道を散歩していきます。
あっ!これ。
先日高雄駅の北側の道を散歩したのと同じ感じ。高雄駅北側の九如路は 排毒街と呼ばれ怪しいエステ店が乱立してました。つまりこの七賢路も通り沿いに怪しいエステが軒を連ねてるんじゃないの?
いやいやそんなことなく健全な街です。道沿いに怪しいエステが軒を連ねてるわけがない。ごく普通のオフィス街です。
七賢路は七賢一路、 七賢二路、七賢三路と3つのセクションに分かれており私が今いるのは愛河の東側にある七賢二路ってところです。このあたりはオフィス街となっており銀行などが多くあるエリアです。

こちらには土地銀行があります。
台湾土地銀行は台湾を代表する大手銀行の一つで前身は第一勧業銀行なんだとか。
第一勧業銀行は農地を担保に資金を貸し付ける、農家への貸付が主体で設立されました。もともと土地に関係する銀行だった。土地銀行もそのマインドを引き継いでそうです。
このように土地銀行が入居するビルのためこちらは土地公廟と呼ばれてるそうです。
土地公廟とは道教における土地の守り神。台湾では至る所にあり多くの人がお参りに訪れるそうです。銀行があるビルがそんな感じで崇められてますがそれもそのはずでどうやらこちらのビル、風俗ビルなんだとか。
崇めるものが斜め上。

風俗への信仰心が高い台湾の人たち。そして銀行は二次被害を受けてる!
高雄駅の南側にある七賢路。オフィスや銀行などがある商業地ですがそれに混ざって怪しい店があります。ここは高雄の銀座だった。
質の悪い銀座。高雄駅の比較的近くにある七賢路。怪しいエステがあるんです。やっぱり先日見た排毒街の九如路と一緒。通り沿いに怪しいエステが軒を連ねてるじゃん!

いやいやソレは違います。
ここはビル。通り沿いに連ねておらず縦に風俗店があるんです。

こちらはKTVでしょうか。銀座はオフィス街だけど飲み屋街でもあります。それと同じで七賢路もオフィス街であり飲み屋街。ここは高雄にある銀座なんです。いや銀座にこんな怪しいビルはない。銀座というより新橋に近い。
日本では風俗営業または性風俗営業を行う際に風的法における許可届出が必要です。
例えば異性が接待するキャバクラなどの接待営業、個室マッサージなどの性風俗関連特殊営業は許可届出をしなければ 営業できません。台湾でも似たような許認可制度があり八大行業といって8つの業種がそれに該当し、
1.舞廳業。
舞廳業とはダンサーが 常駐するダンスホール。ナイトクラブ的なところでしょうか。
2.舞場業。
こちらはディスコなどのクラブになるのでしょう。
3.酒家業。
こちらはキャバレーなどのクラブでしょうか。
クラブだらけの台湾。
4.酒吧業。
こちらはバーになります。
ガールズバーもここに入るのでしょう。
5.視聴歌唱業。
カラオケ設備を有した店。
カラオケボックス的なところになるのでしょう。
6.特種咖啡茶室業。
ウェイターが接客し飲み物を提供する営利事業。
普通の喫茶店のような感じがしますが特殊ってなってるあたりやっぱ特殊なのでしょう。
7.理髮業。
いわゆる床屋です。
床屋が規制対象になるなんて珍しいですがどうやら髪を切るだけでなく。
個室でマッサージが受けられる店もあるそうです。
個室マッサージ!
8.三溫暖業。
サウナ設備を有する施設。
そのものずばりサウナです。サウナも規制対象なんですね。
やっぱ裸になるからでしょうか。
ちなみに台湾のサウナでは個室でマッサージが受けられる店もあるそうです。
個室マッサージ!
サウナ付きの個室マッサージ店。特殊な風呂屋じゃねーか!
日本ではこれらの業種は出店地域が制限され学校や病院のそばなどには出店できません。台湾でも同じように出店エリアが限定されてます。そんなわけで一か所にまとまってあるのです。まさに七賢路はそういう店があるところ。

でもこちらのビル。
その8つの業種に該当しないスパです。そりゃそうです。
別に色恋をするわけではありません。要は医療行為に近い按摩。マッサージをするだけなんです。あくまでも医療の延長線上のマッサージ。
それを個室で行います。
個室マッサージだった。

怪しい店が多い七賢路。
日本だってそうです。サラリーマンの聖地と呼ばれる新橋。あそこは居酒屋メインのイメージがありますがそろっと風俗もあるんです。酒を飲めば気が大きくなり理性のタガが外れるってのはどこの国でも同じもんで飲み屋の近くに風俗店ができるのは自然の摂理。そんなわけで新橋にもその手の店があります。
では台湾はどうかというとやはり同じように怪しい店があります。ただ台湾では風俗店が違法なのでエステと称した店が乱立するのです。

この界隈はそんな怪しいビルがあるんです。
こちらは高山大慶って雑居ビルです。
ここも地元では有名な風俗ビルで売春組織の活動拠点になっているようです。
ビル目の前に中華電信のオフィスビルがあるため電信大樓と呼ばれてます。
電気会社が二次被害。

ビルには看板が 設置されてます。漢字二文字で書かれた看板。
なんかこの感じどっかで見たことあると思ったら大阪堺市の翁橋の風俗店と同じ感じ。
漢字二文字だから。
読みやすい覚えやすい親しみやすい。
いやいやここはマッサージ店です。そんな下品な店と違います。

こちらのお店の名前は暖暖です。
暖暖とはやわらかく暖かさを表す中国の重ね言葉。

こちらは嬋漾ってところ。
嬋漾とは美しくしなやかな様子。

盈盈とは美しくしなやかな女性を表す中国語。

品逸とは一線を画す特別で素晴らしいもの。

星都とは明るく煌びやかな存在って意味。

芭比はバービー人形の バービー。
どの店もマッサージ要素が微塵も感じられない。
風俗エステ然としてる。女性を前面に出してる辺りがまともなマッサージじゃない証拠。50%の確率で怪しい風俗エステっぽい感じ。そもそもここ、マッサージではありません。

ここはマシサージです。
カタカナで書かれてる店は120%そっちの店。
そして150%チャイナ系のエステ店。ここはチャイナ系姑娘が出てきそう。

でもこちらの看板を見てください。
明らかに日本の地名です。ってことは日本人エステかもしれません。
いや新宿にあるエステの多くがチャイナかコリア。つまり新宿を名乗ってる時点で中華なのでしょう。そもそもここは中華民国台湾。そりゃ出てくるのはチャイナ系姑娘です。ここは台湾人による台湾人のためのお店なのです。
でも名の知れたビルのため国外からここに遊びに来る人もいるのでしょう。この界隈は夜のお店が多くある地域。呑んだ後はそっち系の店に行きたくなるもの。せっかく高雄に来てるんだから現地の人と触れ合いたい。そういう人らがエステを利用するのでしょう。表向きは普通のエステ。でもその実態はほにゃららほにゃらら。そんな店があれば行きたくなるじゃないですか。ある意味ここは高雄の観光スポットなんです。

でもそれだけ有名なら摘発されるんじゃないの?
実際に警察の摘発も頻繁にあるようです。
そんなわけで警察対策でしょうか。カタギじゃなさそうな人がビルの周りをウロウロしてるんです。別に何かしてくるわけじゃないけどこのビルの前だけ空気感が違います。
違法感丸出しのエステビル。
いつ摘発されてもおかしくない状況ですが営業を続ける理由は利用者がそれなりに多いのでしょう。買う人がいるから売る人がいる。これは自由で健全な市場経済。
やってることは不健全だし捕まるリスクがあるから不自由だけど高雄のナイトライフを楽しむ。ここであればソレが叶うかもしれません。

台湾人は美人が多いそうですからね。
高雄は台北とまた違った趣がありそうです。これは楽しめそうな予感。
ちなみにここで働く女性に関してですがほとんどがベトナム人か中国本土出身者です。
社会主義国から来た娼婦。
ここは真っ赤なビルだった。
ぜんぜん高雄味わえない。
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宿場町として栄えた千住にあった柳遊郭の名残りを探せ!

本日は北千住に来ております。
東京都足立区千住。
えっ!?北千住って東京なの?埼玉じゃないの?
そんなふうに言われることもありますが、北千住は東京23区内です。
北千住は江戸時代、日光街道及び水戸街道の最初の宿場でした。
千住宿と呼ばれ千住大橋の南北に宿場があり、南は南千住駅辺りから北は北千住の辺りまで。千住宿の北側だから北千住となったのでしょう。ちなみに幕府が江戸と定めた領域は隅田川まで。南千住は江戸で北千住は江戸じゃない。
つまり北千住、東京じゃなかった!
いやいやそれをいったら東京の西側、ほとんど江戸じゃなかったんです。
狛江とか調布とか稲城市とか。
今ですら東京かどうか怪しい地域。
そんな江戸の外側にあった北千住。
今も賑やかな街並みですが古くから宿場として賑わっていました。

こちらの浮世絵は葛飾北斎が描いた富嶽三十六「景従千住花街眺望ノ不二」です。
富士山の手前に囲われた家が花街のようです。
江戸時代の幕府公認の花街は江戸の吉原、京の嶋原、大坂の新町の三か所だけ。つまりこちらに描かれてる新吉原遊郭のようです。
1830年代に描かれた浮世絵。200年前の花街が今のソープ街。歴史を感じます。
今のソープ街は花街と違えどやってることは変わりません。吉原では200年前と同じことが感じられます。
肉体的に。
お話した通り花街があったのは吉原だけでした。
それじゃあ江戸の人たちはどうしてたの?
わざわざ遊ぶために千束に行ってたの?
当時は送迎なんてないのに?
それは、めんどくさいじゃない。ってことでそういう人のために幕府非公認の花街、岡場所ってのが各所の宿場にあったのです。
宿場には料理を提供する飯盛女がいました。
飯盛女は読んで字の如く飯を盛る女。要は女給、今風に言えばウェイトレス。人手が必要な宿が女性を雇っていたのです。
でも女給だって女の子だもん。
料理をお客に運んでいたら急に恋に落ちる。そんな恋愛があったっていいじゃない。
江戸時代には一時的に恋に落ちる人がいました。
ほぼソープランドのソレ。
岡場所は幕府非公認といっても黙認どころか飯盛女の人数までも管理されていました。
でも幕府が認めていたのは飯盛女だけ。料理を提供する女給を置くことを認めただけです。
幕府「飯盛女?それは女給です」
警察「ソープ?そこはお風呂屋さんです」
ほぼソープランドのソレ。
まぁこんな感じで現代版の特殊浴場街が全国各地の宿場にあったそうです。
とくに品川、板橋、新宿、千住の江戸四宿には遊郭と同等の岡場所がありました。
江戸四宿は日本橋を起点にした最初の宿場。スタート地点から8kmほどのところにあります。
京から江戸まで492km。目的地まであと残り8kmの地点。そんな宿場になんか立ち寄らないでしょ。
日本橋を出発して8km。そんな近場の宿場には泊まらないでしょ。
江戸を出入りするための通過点。そのため人通りは多いけど宿場利用者がいない。宿泊者がいないのは宿場にとって死活問題でした。じゃあどうすれば泊まってくれるか。色々考えた答えが岡場所だったのでしょう。
今の時代でもあるでしょう。呼べる呼べない問題。
呼ぶ呼ばないは別としてとりあえず呼べるホテルか確認するでしょう。
呼ぶ呼ばないは別として出張先ホテルなのかネットで確認するでしょう。
呼ぶ呼ばないは別として即ヒメがいるかどうか確認するでしょう。
こいつ呼ぶ気マンマン。
江戸四宿では即ヒメを求める顧客をターゲットにしたのです。
つまり江戸四宿は呼べる宿だったのです。
こちら千住宿にも岡場所があり飯盛女が150人ほどいたそうです。
そんなわけで千住宿は大変賑わいました。

こちらは旧日光街道です。
この街道沿いに宿場がありました。現在は千住ほんちょう商店街になっています。
今でも結構賑わいのある商店街。生活に役立つ店が100軒ほどあるんだとか。見た感じだと飲食店が結構目立ちます。

この路地の奥、かつて特殊浴場がありました。
ほぼソープランドのソレ。
住宅街の中ですがソープがあったそうです。
不自然な場所ですがここは千住宿の中心地。これは江戸時代から脈々と続く岡場所の名残り。北千住では歴史を感じることができたんです。

でも2011年には閉店したそうです。
もうここではそれを味わえません。しかもこちらにあったお店、本番なしの特殊な特殊浴場だったのです。
なーんだ普通のお風呂屋さんか。

この辺りが千住宿の中心になるのでしょうか。
こちらは本陣が置かれてたところです。本陣とは大名や幕府役人が泊まる宿泊施設。公務員専用のホテルといったところでしょうか。ここには多くの役人が宿泊してたようです。

その本陣の近くには見番があります。
見番とは芸者を手配する手配屋さん。見番が置屋より芸妓を手配する、今風でいえば風俗受付所になるのでしょうか。
店舗型ではなく受付型。受付を済ませてホテルに行くスタイル。要はホテヘル。
受付所そばに役人の宿泊施設。
今も昔も水商売の上客は公務員だった。

千住には女郎屋が各所に点在してたそうです。しかし1872年に芸娼妓解放令が発令されると翌年には女郎屋は廃業となります。その際に芸妓組合ができ見番を設置したそうです。
芸娼妓解放令は売春を規制したのではなく人身売買を規制した法律。それなので自らの意思で娼妓になるのは別です。解放された娼妓は 自らの意思で売春を始めます。そのため女郎屋は貸座敷に転業しました。座敷を貸すお店だから貸座敷。自らの意思で売春をする娼妓に対して座敷を貸す。つまり個人事業主の娼妓に座敷を貸してるだけ。
ほぼソープランドのソレ。

こちらは北千住駅近くにある寺院「金蔵寺」です。
真言宗豊山派の寺院でご本尊はエンマ大王。
同寺院には遊女の供養塔があります。
いわゆる投げ込み寺と呼ばれるところです。
吉原の近くにも投げ込み寺がありました。品川、板橋、新宿にも投げ込み寺がありました。
遊女は身売りされて連れてこられた人たち。そのため身寄りもありません。
死んだら捨てられる。
その受け入れ先が投げ込み寺だったのでしょう。

こちらが遊女の供養塔です。
江戸時代の遊女の寿命は22歳くらい。主な死因は梅毒でした。

供養塔下部には遊女の戒名がかいてあります。
また大黒屋と中田屋とも書かれています。この屋号は女郎屋のものでしょうか。
明治以前は人身売買が当たり前だったため、売られた遊女の末路はこのお寺だったのでしょう。
江戸時代より300年続いた千住の岡場所。
明治に遊郭となりますが1921年に移転します。
当時すでに北千住駅は開業しており、ここにあった花街はほぼ駅前ソープのソレでした。
人が往来する駅前。風紀的な問題もあったのでしょう。
そのため1kmほど離れた千住柳町に移転します。

こちらが遊郭があった千住柳町になります。
この付近に大門があったそうです。

遊郭のあったところは碁盤の目になってます。
遊郭といったらこの形。中央の道が大門通りなのでしょう。

大門前の道は千住大門商店街があります。
遊郭はなくなりましたが大門の名は残ってます。駅から離れた商店街。
かつては賑やかだったのでしょうが今は静か。
北千住駅まで徒歩圏内の千住柳町なので買い物は駅前で済ますのでしょう。

こちらは商店街にあるお寿司屋さんです。
かなり年季が入ってます。創業70年ってことなので赤線時代からあるお店。
現代じゃ風俗行ったあとはラーメンか中華ですが、その当時は赤線行ったあとに寿司を味わう。そんな粋な遊び人がいたのでしょう。

千住柳町の中はこんな感じです。
空襲被害が少なかったってことですが遊郭が設置されてから100年以上経過してます。
古い建物は取り壊され新しくなってます。遊郭があったと思えないくらい普通の住宅街です。
1921年に誕生した千住柳新地。
隅田川を渡った先には吉原遊郭がありました。距離にして5km。
どうせ登楼するなら日本一の遊郭へ。誰しもが吉原に行ったのでしょう。
近場に吉原があったんじゃ人気がなさそう。
実際に遊郭設置当初は人気がなかったようですが、1923年の関東大震災で状況が変わります。死者10万人、約37万棟が焼失した関東大震災。遊郭も無傷ではなく吉原は広範囲で焼失。都内にあるほかの遊郭も被害が酷かったそうです。でも柳新地は大きな被害がなかったようで都内にあふれる遊郭難民が集まったんだとか。それにより柳新地は発展したそうです。
繁栄は終戦まで続き、戦後は特殊慰安所へ。そして赤線の時代を経て1958年、売春防止法施行とともに赤線は廃業しました。
最寄りの吉原はソープ街にになりましたが、千住は普通の住宅街になりました。
北千住は駅前が栄えてて都心に出やすい立地です。駅前ほど賑やかでなく閑静な住宅街。
程よく駅に近いここは住むのに最適なのでしょう。今は普通の住宅街で遊郭の名残りはありません。

遊郭だったとわかるものは電柱くらいでしょうか。
電柱には廓の文字が確認できます。結構直接的な地域名。

こちらには銭湯があります。
かつて郭内だったところにある公衆銭湯。赤線廃業後に風俗街になっていたらここには特殊浴場ができていたのでしょう。でも千住にはそういう店はできませんでした。

こちらは国道4号線、通称、日光街道です。
宿場こそないですが国道4号線が整備されたのは江戸時代に街道が通ってたからでしょう。そう考えると道を見るだけでも歴史を感じます。
交通量の多い国道。
400年経った今でも主要街道となってます。

そんな国道沿い、なんか怪しいお店があります。
これは花魁が出て来そうな雰囲気のお店。
和風リラクゼーションスパって書いてあります。
なーんだ普通のエステか。
でもこちらのお店は日本人です。大体の店がチャイナかコリア。日本人キャストの店ってのは珍しいです。これは花魁が期待できるかも。

でも風俗店ではありませんと書いてあります。
なーんだ風俗店じゃないんだ。
でもここ、かつてトルコ風呂があった場所です。
なーんだ風俗店か。
交通量がめちゃめちゃ多い日光街道沿い。そんなところになんか怪しい店があるんです。
かつてトルコ風呂があった場所。要は現代版の花魁がいたところ。そんな跡地にあるリラクゼーションスパ。ここは普通のスパなんだろうな。だってここに風俗店じゃないって書いてあるし。
風俗じゃないって書いてあっても疑わしきこと山の如しでしょ。
遊郭があった千住柳町は国道4号線の西側。ここから少し離れたところにあります。特殊浴場って遊郭跡地にできるもんでしょ。でも北千住のその手の店、遊郭関係ないところにできちゃってるんです。かつての女郎屋があった時のように。
柳新地のあったところは駅から少し離れてたし、やっぱ人通りの多い場所に移ったのでしょう。
北千住の駅前に移りたい。そうすれば多くの客が期待できる。でもさすがに駅前はやりすぎ。だから国道沿いを選んだ。遊郭跡地は住宅へ、国道沿いはソープへ。そのあたりちゃんと節度を守ってるようです。

ちなみに東京電機大学がある北千住駅東口側、こちらにはかつてソープがありました。
節度がまもられてねぇ。
駅前だから繁盛店だったのかもしれませんがそちらのお店も平成時代に閉店してます。
大学がそばにある駅東口側。
やっぱりそういった店は必要ないのでしょう。

でも特殊浴場のあったあたりはラブホ街になってます。

北千住は一カ所にまとまってないんです。でもほんとにこんなところに特殊浴場あったの?
だってこの店、風俗店じゃないって書いてあるし。見た目普通の雑居ビルだけど。

こちら、ビル目の前のゴミ置き場です。
ほら、こちらにはヘルス千住の文字が見えます。
これ、歴史がここに残ってるってことですよね。
よくあるじゃないですか。郭そばの神社の玉垣に妓楼の名前があるのと同じ。
これはある意味文化遺産。ここに風俗があったって証拠です。
ってことはやっぱこのエステそっち系なんじゃ...。
いやここは普通の店なのでしょう。以前あった店は特殊浴場からヘルスに転業。しかし2019年7月に摘発により閉店しました。まだ閉店してから10年経っていません。そんな店があったところにあるエステ店。間違ってくる客がいるのでしょう。だから風俗店ではありませんと書いてあるのです。
ホントに!?
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香辛料を使って料理を作る。最初の頃は時間をかけて作っていましたが慣れてくると短時間で料理が作れるようになりました。出汁に香辛...
【台湾高雄の迷宮街】愛河そばにあるスラム街「林投里生旺巷」

本日は台湾の高雄に来ております。
屋台にて朝食を食べてます。こちらはサバヒー汁というものです。
サバヒーとは魚の名前。
サバではなくサバヒーです。
サバっぽい名前ですがサバでは断じてありません。
牛乳のように身が白いことから英語名はミルクフィッシュと呼ばれてるそうです。
熱帯地域の沿岸部に 生息してるサバヒーは東南アジアでは一般的に食される魚。
インドネシア、フィリピン、台湾で養殖しておりこの三つの国が世界生産量の99%を占めてます。台湾では17世紀ころから養殖がはじまっており古くから食卓に並ぶ 魚だったのでしょう。とくに台湾南部はサバヒーの生産地。そんなわけでサバヒーを扱う店が結構あります。
日本には流通していないサバヒー。名前からサバをイメージしちゃいますが違います。味は白身魚の何かといった感じ。川魚っぽい感じの味と食感。近いのがナマズです。そしてナマズと同じでちょっと泥臭さがあるため臭み消しで生姜と一緒に茹でてあります。身が柔らかくあっさりしていておいしい。あっさりしてますがちゃんと脂がのっており。この味わいはサバです。
やっぱサバだった。
台北でもサバヒーを味わえる店があるようですが本場はここ高雄。
とくにサバヒーは傷みやすい魚のようで新鮮なうちに調理した方がよいんだとか。まるでサバと同じ。
朝市場で買ってきて新鮮なうちに料理するのでサバヒーは朝食で食べることが多いそうです。
現在午前8時過ぎ。朝ごはんを食べる時間帯。台湾にいるのだから台湾らしい朝ごはんを朝食に適した料理を注文しました。

それと滷肉飯も注文してます。
一般的な滷肉飯とは様子が違います。
北部ではひき肉や細かく刻んだ肉がのったのを滷肉飯と呼びますが南部は角煮がのったソレを滷肉飯と呼ぶようです。ちなみに北部の滷肉飯のことを南部では肉燥飯と呼ぶんだとか。そして南部で滷肉飯と言われてるものは北部では炕肉飯と呼ぶそうです。紛らわしい。
滷肉飯なので脂重め。
全然朝食に選択すべきじゃない料理。でも台湾では脂モノを朝から食べるようです。
普段日本にいるときは自炊していますが旅行時はこんな感じで外食をします。
素泊まりのホテルなので朝食はもちろんない。そんなわけで朝から屋台や定食屋にいきます。台湾は食費が安いのがいいですよね。とはいっても円安物価高は避けられず昔のように安いアジアの旅とはいきません。下手したら日本の方が食費が安く済む。気軽に海外に行けない時代になりました。
これまではスラム街のようなところに行き安い店で食事をするのが海外旅行の醍醐味でした。クソみたいな醍醐味。
昨年はインドのスラム街に行きました。
スラム近くの屋台で食事をすれば安く住む。インドが人気な理由はなんかわかる気がします。
3年前はフィリピンのスラム街に行きました。
フィリピンも屋台は値段が安かったです。このようにスラム街あるところは物価が安いのでその分旅費が抑えられますが台湾は厳しそうです。そもそも台湾にはスラムがありません。
以前台北の貧民窟と呼ばれるところに行きました。
たしかに低所得者層が住む地域でしたが多少治安が悪い程度でスラムというわけではなく公営団地があるごく普通の街並みでした。先進国に仲間入りしても遜色ない台湾にはスラムはないのでしょう。

こういうスラムや。

こういうスラムを期待してたんですけどね。
いやここは先進国日本の河川敷。しかも都内。
でもこれらももうないんですよ。
福祉が充実してる日本にはここは必要ないため更地にしました。
ただ追い出しただけ!
私の海外旅行の楽しみであるスラム巡り。台湾ではそういう観光はできません。
そのため本日は違った台湾観光をしていきます。これより向かうのは高雄にあるスラム街です。
スラムだった。

これより向かうというより今いる場所がそこになります。
高雄市前金區。前金區は市役所や地方法院など市の中枢機関が集まる霞が関のようなところ。そんなところにスラム街があるはずありません。

こちらは台湾高雄地方検察所です。
台湾も日本と同じ三審制となっておりここは名称通り地方裁判所になるのでしょう。
この界隈には多くの行政機関があり裁判所の近くには高雄市政府警察局があります。
高雄で一番治安が守られてるエリア。その裁判所の目の前に路地があります。

ここは高市前金區林投里生旺巷ってところ。
付近はキレイに区画整理されていますがこちらの路地は様子が異なります。
迷路のような構造で迷子になりそうな路地。郵便配達員でも迷子になるため迷宮巷とも呼ばれているそうです。

曲がりくねった道。
区画整理されてなく小さな家屋が軒を連ねてます。周りの景色とはここは異なり古い家屋が多いです。

ここに建つ家のほとんどが築60年以上。
権利関係が複雑なのか建て直すことができず路地内には朽ち果てた建物があります。
廃虚が集まる路地ではありますがスラムではありません。ただ単に住宅密集エリア。
スラムの定義は様々ありますが一般的にはインフラが整ってない住宅過密地域。そして貧困層が集中しており治安が劣悪。そんな感じでしょうか。
ここは住宅過密地域ですがインフラは整っておりただただ道が狭いだけで治安の悪さは感じません。廃虚は目立ちますが多くの人が住んでおり低階層の家屋がひしめくエリアに400人ほど住んでいるようです。その半数が貧困層なんだとか。
スラムの定義!!!

こんな雰囲気のところは滅多に見れません。雰囲気は川崎池上町のようなところ。
川崎で普通に見れる光景だった。
でも川崎のソレはJFEの敷地内でしたがこの路地は私有地と公有地が混在し約2000坪あるこちらの区画の内、約400坪が公有地です。権利者が多くさらに混在してるため整備ができず60年間変わらずのままなのでしょう。行政が私有地を買い上げる話もあったようですが土地所有者が売却に難色を示し価格で折り合いがつかず交渉は止まっています。仮に交渉成立しても居住者から反感があります。本土中国であればお上の一声で造成できますが法治国家台湾ではそうはいかないのでしょう。
まるで中国が法治国家ではないような言い方。
台湾でも土地収用法みたいなのがあるはずですが人権の問題から強制的に追い出せないのでしょう。とくにこの地域に住む人は高齢者が多く半数が低所得者です。

日本は借地借家法で賃借人は保護されてますが台湾では最近までそれに類する法律がなく借主にとっては不利な環境でした。更新時に再契約をせずに住人を追い出したり
家賃を大幅に上げることができたのです。このように台湾では賃貸人が有利な環境でした。しかし2025年に新たな条例が可決され借主が保護されるようになりました。賃貸人は正当な理由なく契約更新を拒否できずまた賃料の値上げ幅も決められました。借主にとってはうれしいですがここの土地のような場所には不都合な法律。どうにかしたい土地なのに法律を盾に居住者が居座る状態。追い出すならば手厚い補償をしなければならない。こうなると話がまとまらなくなります。
かつて川崎にも河川敷の中の公有地を不法に占拠していた人たちがいましたがその人らを退去させるため市は手厚い補償をしていました。それとは若干異なるものの追い出すには相当の費用が必要。でもその補償費用は捻出できない。だからそのままの状態になってるのでしょう。解決はいつになるのでしょうか。でも時間がすべてを解決してくれるはずです。だってここにいる多くは年配者なんです。
鬼畜生の考え方!
地権者も本当は土地を売却したいのでしょう。
ここは現状建て直しも難しい土地です。そして台湾にも固定資産税的なものがあります。ある意味不良債権のようなもの。でもこの付近は一等地で需要がある。高く売れる可能性を秘めてるのです。安い金額は手放したくない。そんなわけで土地を売る人がおらず朽ちた状態のまま放置されてるのです。

こちらの路地があるのは裁判所前。
そのため弁護士、地政士、弁理士といった士業関連の事務所が多くあります。
需要があるからこのように店が軒を連ねるのです。二千坪の広い敷地があればかなり大きな建物が建てられそうです。
地権者が一致団結すれば話がまとまるのですが一人でも反対者がいれば土地は売れなくなる。話し合いに折り合いがつかず塩漬け状態。こうなると話し合いでは解決しないのでしょう。これは日本でも似たようなことが起きてます。
例えば新宿西口にある思い出横丁。
戦後の闇市を起源としている飲み屋街ですが消防法の関係で建て直しできず古い状態のまま生き残ってます。過去には飲み屋街のビル化も検討されましたが地権者の意見がまとまらずに計画は頓挫してます。
必ずしも再開発が正解ってわけではありません。
私は再開発で失敗した街も見てきました。でもここは再開発したほうがよさそうです。だって飲み屋街でも観光地でもないんです。そんなところには誰も来ないでしょ?

いやわざわざ日本からくる変な奴がどうやらいる。
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【センベロならぬセンヌキ】飲兵衛の街「北千住」の怪しい歓楽街

本日は北千住に来ております。
こちらは北千住駅です。足立区南西部に位置するターミナル駅北千住。
北千住は日本で5番目に乗降者数の多い駅。新宿、渋谷、池袋、横浜の次に多いんです。
東京駅、梅田駅、名古屋駅よりも上。一日の乗降者数は140万人で世界で6番目に利用者が多い駅なんだとか。
世界で6番目にしては街は大きくありません。
おそらく乗降者の約半数は乗換えなのでしょう。それでも多くの人が利用する北千住駅。
たしかに北千住駅って便利なんです。
常磐線に東京メトロ日比谷線に千代田線。伊勢崎線とつくばエクスプレスが乗り入れてます。さらに千代田線は小田急線に直通運転してるし伊勢崎線は半蔵門線と田園都市線とつながってる。めちゃくちゃ使い勝手の良い駅です。そんなわけで住みたい町として人気のエリアで高層マンションがどんどん建っています。
多くの人が利用するため駅前は賑やか。このように便利で賑やかな北千住。
北千住のイメージってなんでしょうか?
下町のイメージ?
北の玄関口?
学生やファミリーに人気の街?
そんなことない。そんなことない。
北千住のイメージ、
ガラが悪い。
駅前の治安があまり良くない。
酔っぱらいが路上で寝てる。
総じて質が悪い。
北千住のイメージ、飲み屋。
そうです。北千住って飲み屋街のイメージ。
北千住は歓楽街なんです。
千円あればベロベロになるまで飲める。安く飲める店が北千住にはあるんです。

それがこちらの道です。
北千住駅西口側、千路通りの一本隣り、マクドナルド脇に南に延びる細い路地があります。昭和の雰囲気が漂う細路地。こちらの道はときわ通りと呼ばれる飲み屋路地。
通称、飲み屋横丁。名前の通り飲み屋が軒を連ねる横丁。
かつてはピンサロストリートとも呼ばれてました。
質の悪い通称名称。
ときわ通りは北千住を代表とする飲み屋街で北千住のイメージはまさにここです。
居酒屋、スナック、バー、キャバクラ、定食屋から焼肉店、多国籍料理。200軒近い店が軒を連ねるときわ通り。ここに来れば大概のものは食べられる。足立区一番の歓楽街です。

こちらは水商売専門の建物。
さしずめ水商売モールといったところ。
ガールズバーにボーイズバー、キャバクラに姉キャバに熟女。それにフィリピンとぽっちゃり。
ぽっちゃりというジャンルが当たり前にある。コンテンツとして成り立つのは需要があるから。熟女系の店が多いのも需要があるから。あとは供給も多いのでしょうね。

居酒屋も多いですが水商売の店が結構あります。
その多くがガールズバーです。

ガールズバーの起源は2004年、八王子にオープンしたお店が発祥なんだとか。
キャバクラのように隣に座って接待はないけどカウンター越しに女の子と会話ができる。形は違えど会話を楽しむ点ではキャバクラと一緒。
風営法の関係で夜間営業ができないキャバクラ。夜もこれからって時に店は閉まっちゃうんです。でもバースタイルであれば深夜営業も可能。そんなわけでガールズバーが人気となりました。
店側も開業手続きが楽だし法的制限も少ない。閉めようが開けようが店の家賃は一緒なわけでそれだったら「深夜営業できる方がいいじゃない!」ってことで人気も相まって増えたのでしょう。ガールズバーができたのって2004年だったんですね。
いやそんなことない。
ガールズバーの形式の店はそれ以前からあった。
当時は名称は違ったかもしれません。でも女性バーテンダーの店とは呼ばれてました。
そもそもスナックとガールズバーはほぼ同じです。古くから同じ業態がありました。

ほら、北千住にだってあります。
店の外観はだいぶ古くから営業してる様子。昭和のころから存在してそうな感じです。

「高級優遇す」
古文のサ行変格活用動詞の終止形「す」。
我が代表堂々退場すくらいでしか使わない。昭和8年のころの言い回し。
でも電話番号が市外局番を抜いて8桁なので1991年以降にできた店のようです。
古文の言い回しのくせに平成3年以降。
平成になってからこちらのバーは営業す。

こちらのお店、シーシャを吸いながらポーカーができるようです。
カタギが経営者じゃなさそうな店。
オンライン賭博や薬物事件が多発する現代。なかなか攻めた感じの二つを選んでます。
でも健全なお店なんでしょう。
ちなみにこちらのお店、もと雀荘でした。

カタギが経営者じゃなさそうな店!点ピンでポーカーができそう。

チープな飲み屋が軒を連ねるどこにでもある飲み屋横丁なのかと思いきやいろんなジャンルの飲み屋があるときわ通り。昭和の雰囲気を残しつつも進化してるようです。ここであれば毎日飲み歩いても楽しめそうです。

実は北千住の飲み屋には行ったことがなかったのです。北千住で飲むとしてもウーロン茶くらい。
どんな店でウーロン茶飲んでるのか想像つく。
北千住はウーロン茶飲む店があったのです。
北千住駅前のときわ通り。通称ピンサロストリートと呼ばれていた通り、ここはサロン街でした。居酒屋やスナックが軒を連ねる飲み屋街にしれっと飲食店のような雰囲気でサロン店があったのです。
北千住には特殊浴場が三軒あったそうです。
一軒は駅東側にあり、残りは駅から離れてました。そのため北千住は風俗過疎地みたいな感じですが、ときわ通りには飲食店を装った店があったのです。
でも壊滅してしまいました。
宿場町として江戸時代に発展した千住。北千住は東北地方の玄関口でした。そのため町は栄えそっち系の店があったそうです。北千住は女郎が多くいる宿場町でした。
近代になってからは遊郭が誕生。売春防止法施行まで赤線街がありました。そのような町だったからなのでしょう。駅前の飲み屋街にはサロン店があり各所に特殊浴場があったのです。
しかし近くに吉原があるような立地。駅利用者が多いけど風俗利用者は少なかったのでしょうか。北千住にあった特殊浴場はすべて閉店しました。
吉原にあるソレとは業態が違うサロン店。
それらは生き続けたのでしょう。しかし社会的にも法的にも引っかかる業態。
そして時代的にも合わないとなったのでしょう。ピンサロストリートと呼ばれたときわ通りですがもうその様子はありません。北千住は本当の風俗過疎地になりました。

唯一残ってるのがこちらの店。
まだ残ってたんだ。
ここは北千住で生き残る一凛の花。
回転はしない店ですが花がここに咲いてます。
これは店名通り奇跡の店。

っていうか値段がかなり良心的なお店。
センベロだなんだと言っていますが実際は1000円で酔っぱらうのは難しい時代。安い飲み屋はありますがそれでも3000円くらいかかります。
調べたところこちらの店は30分3000円。大塚のソレと同程度の値段。
10分1000円。センベロならぬセンヌキ。これはまさにミラクル。

いやいやせっかく飲み屋街に来てるんです。
ウーロン茶だけで済ますのはもったいない。
北千住のイメージは飲み屋です。ここは一杯飲んでくべきですよね。

ってわけで本日はこちらの店に来ました。ときわ通りにある創業80年の老舗居酒屋です。
1948年にできたお店。
もともと酒屋でしたが戦後に居酒屋に転業。以後北千住の飲み屋街を見守ってきました。
同店は歴史も古く北千住では有名店なんだとか。ちなみに吉田類も同店を訪れてるようです。
高確率ですれ違う吉田類。

ちなみにこちらのタイ料理屋さん、北千住の飲み屋街にあるのですがこちらは孤独のグルメで井之頭五郎が訪れてます。
五郎さんとも結構すれ違いがち。

安く飲むなら焼酎ですがいつも通りビールで。

そして安く飲むならやっぱりモツ煮です。こちらのお店は豚モツではなく牛モツ。
牛のモツ煮は甘みがあっておいしいです。

こちらは千住揚げという名物料理。
魚のすり身と玉ねぎが入ったさつま揚げ的なヤツ。丁寧に作られた料理です。
しょっぱい味濃い脂っこい。
居酒屋ってだいたいこんな感じです。それもそれでいいんですがこの素朴な感じ。相性が良いのはビールじゃなくて日本酒ですね。
飲み屋で長居は無粋です。こちらでは2000円分飲みました。
今の時代 せんべろってわけにはいきませんね。全然飲み足りないんで次の店に行きます。
やっぱ飲み屋街ははしご酒でしょ。

こちらは駅北西にある毎日通り飲食街です。
毎日飲む人のための飲食街。北千住は飲兵衛の街。ときわ通りに集約されていると思ってたけど駅前以外にもこのような路地があるし各所に飲み屋が点在しています。

北千住に飲み屋街があるんじゃない。北千住が飲み屋街だった。

ってことで気になったのはこちらのお店。
毎日通り飲食街の近く、旧日光街道沿い。こちらは以前から知っていたお店でした。
東京には東京三大煮込みなるものがあり森下の「山利喜」、月島の「岸田屋」、そして北千住の「大はし」。この三店がそれに該当するそうです。つまり美味しい煮込みが食べられるようです。ってなるとちょっと気になります。
でも私はもっと気になる店があるんです。
やっぱりセンベロの街北千住。その雰囲気味わいたいじゃないですか。

いやここはセンヌキ店。
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【怒りのデトックスロード】高雄九如二路のエロエステ街、排毒一條街

本日は高雄に来てます。
こちらは高雄駅の北側、東西に走る九如二路です。
今いるのは自立一路との交差点のあたり。住所は高雄市三民區です。
全長約1.8kmほどの距離があります。
徒歩20分ほどの道のり。ちょうどよい散歩コースです。
旅行時で最も気を付けることは体調管理。体調が悪いとやりたいこともできなくなります。
そんなわけで本日は健康のことを考えてウォーキング動画を配信していきます。

片側3車線の比較的大きな道路「九如二路」。駅からも近いので結構にぎやかな道で飲食店以外にも工場やオフィスがあります。高雄の中心は南側ですがこのあたりも栄えていて雰囲気がよさげ。日中になればさらに賑やかとなるのでしょう。

ちなみに道の名前である九如二路ですが九如とは長寿祝福の言葉で命がいつまでも続き穏やかな日々が過ごせるって意味が込められてます。
すごい健康的な名前。散歩に適した街路です。またこの道は一部の人にデトックスストリートと呼ばれてるそうです。
デトックスとはまさに健康的な言葉。九如二路にぴったりの名称ではないでしょうか。なぜこのように呼ばれているのかというとデトックスストリートには怪しいエステ店が乱立してるからです。
全然穏やかな道じゃない!これはマッドマックス怒りのデトックスロード。

高雄駅の北側。
オフィス街のような雰囲気ですがなんかそれにまざってエステが複数あります。
健全そうなエステですがどうやらこのエステ、デトックスできるんだとか。
デトックスロード。
中国語では排毒一條街と呼ばれているそうです。排毒とは体内にたまった毒素を出すことです。
老廃物を外に出すことで体調を整える。それが排毒。でもここではどうやって毒を輩出するの?
下半身から毒を抜きます。
ヌクって言っちゃった。

1.8kmある九如二路に40軒近いエステが乱立するエステ街。だからデトックスストリート。
それはある意味健康的な道。でも健康的なエステと違いここにあるのは不健全。そっちのサービスが あるようです。手かな口かな?それともアレかな。サービスに関しては半茶と全茶があるようです。

半茶と全茶?。
お茶が出てくるシステムなのかな?
半茶とはハーフサービス。手や口のサービスってこと。
全茶とはフルサービス。つまりそれは... あれがあれで...。そういうエステなんだとか。
これが中国4000年の排毒エステ。
通り沿いにはスパを名乗る店があります。でも怪しい雰囲気はなく見た目普通のエステ店。それもそのはずで幾度も摘発に遭ってます。そんなわけで表向きは普通のエステなんでしょう。そうやって摘発から逃れているのです。

でも実際に普通のエステもあるから難しい。
この少ない看板情報から正解を見つけ出さなければなりません。台湾は中華民国。
そのため東洋由来の按摩というものがあります。でもこの排毒街にあるエステはタイかベトナム。
中国は中国式マッサージがある。
タイはタイ古式マッサージがある。でもベトナムのマッサージって聞かないです。
ベトナムのマッサージってなんだろ?
調べたところベトナムのマッサージは中国の東洋医学とタイ古式マッサージと日本の要素があるそうです。
日本の要素が一番気になる。
エステじゃなくてヘルスな件。鼠径部メインでマッサージしてそう。仰向けでマッサージするやつ。それマッサージの要素が性感要素。
高確率でそっちのサービスが期待できそうなベトナム式マッサージ店。
この排毒街にかなりの数あります。

どこがベトナムなのかを判断するのは越の文字を見れば一目瞭然。ベトナムの越の字が掲げられてるところはほぼベトナムの店と思って相違ない。そしてそれらの中に日本の伝統マッサージである。駅前チャイナエステ的な店があるのです。日本じゃなくて中国だった。

でもその怪しいエステの発祥は日本。
本場中国式マッサージが日本で魔改造。それがベトナムに伝わり台湾へ伝来。そしてこの街ができました。ここはグローバルなエステ街。ベトナムのも味わえるし。中華やタイのマッサージもある。日本の駅前と同じエステがここで味わえるんです。マッサージイカガデスカの台湾バージョン。それがこの界隈にあるそうです。マッサージイカガデスカって言ってるのは皆中華。

高雄駅のあたりに来ました。
駅前ではあった。

高雄駅は1940年に建てられました。
現在の駅舎は2018年にできたそうです。

前の駅舎は文化財に指定されています。

現在の高雄駅の中はこんな感じ。開放的できれいです。
台湾鉄道は現在各地で地下化がはじまっています。これから駅前がどんどんきれいになるのでしょう。そんなきれいな駅の近くにある排毒一條街。まだまだデトックスストリートは続きます。

こちらは駅の東側の 九如二路です。
駅前ってことで飲食店があるようです。海鮮熱砂と書かれている店があります。
熱砂は日本でいう居酒屋のようなところ。火で炒めたものを提供する店って意味のようです。台湾の屋台ではアルコールの提供がありませんがこういうところであればお酒が飲める。仕事終わりに熱砂で一杯。そんな台湾人も多いのでしょう。とくに駅前はビジホが多くあります。ホテルで寂しく飲むよりもその土地のものを酒のアテに呑む。台湾人だってそう思う人も多いはず。高雄に出張した人が熱砂へ飲みに行くのでしょう。
じゃあ飲んだ後はどうするの?
アレな店には行かないの。
ここは排毒一條街。
やっぱり排毒しちゃうのかな?

まさかの一人ホテルで処理するやつ。
駅前にある大人のおもちゃ屋さん。高雄に出張する人はひとりさみしくおもちゃで処理するんですね。いやここは排毒一條街。別に一人で処理する必要はないんです。そもそも大人のおもちゃ屋さん。自慰グッズを扱ってるだけじゃありません。行為にバリエーションを増やすのもあるんです。必ずしも一人用のものだけではないのです。

えっ!?もしかしてここにある排毒店。
バリエーションが増えた施術もできるってこと?
もうそれエステじゃない。でもなんか、ありそうな感じがします。

タイが多め。
まるでタイのマッサはそっち系。バリエーションがあるような言い様。
バリエーションってなに!?

こんな感じでタイが多めの排毒街。
でもかつては様々な国のエステがあったようです。駅前で需要があるため。
そうなれば供給がされ店は軒を連ねる。様々な国のエステがここに乱立したのでしょう。しかし需給が過熱すればサービスも過激化。警察に目を付けられ一斉摘発に遭い。かなりの店舗が潰され エステ嬢が逮捕されました。
その際に逮捕者の名前が出ていたのですが、
グエンさんとグエンさん。
あとはグエンさんとグエンさん。
それにグエンさんとグエンさん。
グエンさんが多すぎる。
どこの国の人か 容易に想像できるけどほぼ匿名で逮捕されたのと同じ状態。

九如二路の東側の端っこまで来ました。
この先は九如一路となります。大通りを境に少し街の雰囲気が変わります。
これまではエステが乱立してましたがこの先にはそういう店がない感じ。ちゃんと棲み分けができてるのでしょうか。
いや多分駅から離れてるからでしょう。
もうこのあたりは隣駅の民族駅です。そんなわけでエステ街ではないようです。じゃあ戻ります。
こいつ行く気満々。

本日は高雄駅の北側。
九如二路を歩きました。たまにはこういう旅もいいですね。
なんかいつも通りっぽいんだけど...。
いつもであれば風俗街や歓楽街を巡りますが本日はエステ街を巡ってただけ。
不健全なことはしていません。不健全なことができる街であることは自覚してる。それにしてもデトックスストリート。
排毒一條街とは言い得て妙ですね。
実際にその手の店もありそうでした。あえて排毒という言葉で濁すのは。台湾っぽい感じがします。台湾って結構隠語とかが多いんです。直接的な表現を避けてわかりづらくする。それもこれもその手のビジネスが違法だから。わかる人にしかわからないようにしてるのです。AI翻訳では訳せません。でもなんとなくニュアンスでわかります。ソレが理解できるのは漢字圏の日本だから。
毒を輩出する...?あっ!ソレ!!って感じで認識できます。
そういう間接的な言い方、素敵です。

ちなみにこちらの道は高雄駅の裏側ですがここにも別称があります。
台湾の道は どこも二つ名がある。そして間接的な言い回しのところばかり。ここもエステが多いし駅前なので駅前排毒街でしょうか。
エステ街ですが排毒街とは言わ、の辺りは情色一條街。
セックスストリートと呼ばれてるそうです。
直接的すぎる。
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西の○○が多すぎる!相変わらず治安が悪い怪しい街「町田駅前歓楽街」

本日は東京都町田市に来ております。
こちらはJR横浜線の町田駅前です。
西の渋谷や西の新宿と称される町田。
駅前には百貨店があり賑やかな街並みです。買い物するにも遊ぶにも便利でわざわざ都心に出ずともここで完結できる。ほぼ都心を西の外れで再現してます。
一応町田は東京です。
でも駅の西側は神奈川県。県境や市境って治安が悪くなるもので町田も同じように治安が悪いエリアでした。
駅前から悪そうな空気が漂っていて路地裏に入ると悪そうな人たちがいっぱいいる。ヤンキーが多くカタギじゃない人もいる。町田は粗暴な人が多い街でした。
でもそれは20年も30年も前の話。
町田駅前は駅前開発によりキレイになり安全な街へと生まれ変わりました。と思ったのですがどうも様子がおかしいんです。
駅前から悪そうな空気が漂ってるんです。
20年前と何も変わってなかった。
JR町田駅北口目の前にある駅前広場。まほろデッキと呼ばれるスペースがあります。待ち合わせスポットになっているのですが怪しい人たちが凄いいっぱいいるんです。
街行く人に声をかけています。
キャッチかな?って思いましたがどうも違います。どうやらアンケートを募ってるようです。
でもアンケート調査をするにしては見た目容姿がイメージとかけ離れてます。
アンケートって年配の女性がしてるイメージです。だってチャラそうな人だとみんな避けるでしょ?ケバイ女性だとみんな避けるでしょ?やさしい感じの年配女性であれば安心です。
でも町田でアンケートを募ってる人、チャラそうな人だしケバイ人なんです。
人は見かけで判断するなっていうけれど、
チャラそうな人「投資とかに興味ありますか?」
いや明らかに投資詐欺のソレ。
ケバイ女性「夢を叶えたくないですか?」
マルチ商法のソレ。
生気のない男性「社会に不満はないですか」
新興宗教のソレ。
絶対ついて行っちゃいけないやつ。
アンケートと称し声をかけそのまま勧誘する。
風俗の勧誘、マルチの勧誘、宗教の勧誘、そして闇バイトの勧誘。
駅前にいるこの人たちがどれなのかは不明ですが確実にどれかの何かを勧誘してる人たち。そんな人がJRの駅前にいっぱいいるんです。目視できるだけで10人以上。明らかにおかしいでしょ!

こんなのが野放しになっている町田駅前。
町田、以前よりも治安が悪そう。西の渋谷、西の新宿じゃなくて西の歌舞伎町。治安の悪さがひしひしと感じるんです。
いやいやそんなことはありません。確かに駅前には怪しい人がいっぱいいる。でもそれは駅前だけ。町田はキレイになり治安の良い街になってます。生まれ変わったのです。
東京の西にある歓楽街 原町田。
本日は昔とは違う治安のよくなった町田を散策します。
こちらは小田急線町田駅の東口側です。
東口から以前の東急ハンズの辺り、住所だと原町田6丁目と4丁目の辺りでしょうか。そこが町田の中心地になります。
この辺りに来るのは久しぶりです。最後に来たのはコロナ前でした。たった数年ですがだいぶ雰囲気が変わってます。
実は二年前にも所用で町田駅には来てたのですがその時はJRの南口側にしか行きませんでした。
JR町田駅南口はかつて田んぼと呼ばれたところ。町田にはかつてちょんの間がありました。今は壊滅してちょんの間はありません。
今の田んぼにあるのは、ラブホテルとヘルスです。
所用が何なのか想像できる。

こちらはパソコンショップですが以前はマルカワという衣料品店がありました。西の下北沢や西の原宿と称される町田。古着屋や衣料品店が結構あるんです。町田はファッションの街なんです。60年前にできたマルカワはその先駆者。しかし2021年に閉店したそうです。

こちらの平和堂も老舗の衣料品店です。
オシャレな人はこういう店で服を買ってました。こちらのお店は何度も利用してます。私もオシャレな人だったのです。
しかし平和堂も2025年に閉店。もう町田はファッションの街じゃないのでしょうか。
ちなみにこちらの平和堂で扱っていた商品は肩にトゲトゲとかついてる服でした。
これは世紀末覇者ラオウもびっくり。
町田のファッション、北斗の拳の雑魚キャラ。
そして私も雑魚キャラの一味だった。
雑魚キャラが着そうな服が売ってましたが、それはパンクロックのステージ衣装です。
まるでパンクロッカーが雑魚キャラ扱い。
私はそういうのは買っていません。ここで買ったものといえばスカジャンでしょうか。
リアルな雑魚キャラが着てそうな服。

町田のちょうど真ん中あたり、こちらには大きなビルがありますが町田が西の渋谷と呼ばれる所以になった建物です。かつてここには109がありました。

2002年に開業した109町田。オープン当時は中高生向けの店が出店してました。ほぼ渋谷のソレと同じものが町田にあったのです。
ギャル文化の聖地といわれていた渋谷109。それと同じと考えてよい109町田。ここは西の若者の聖地だったのです。しかし流行の変化にあわせられなかったのか。多くのテナントが撤退。109町田は2018年には閉店しました。

現在は公民館として利用されてます。
中高年向けの施設になってる!
街の中央にある大きなビルに公民館が入居するハコモノ行政に失敗した自治体みたい。
町田は一時期と比べると衰退しているらしいです。
街並みはキレイに整備されていますが実際に老舗の衣料品店が潰れています。
地価高騰、人口減少、近隣都市との競争、ネット通販の浸透、ファストファッションの台頭、経営者の高齢化による店舗の減少。衰退している理由は様々あるようです。

閉店しているのは衣料品店だけではありません。かつてあった飲食店ももうなくなったようです。
こちらはレンガ通りってところです。
飲食店が軒を連ねるエリア。中野レンガ坂のようなところ。ここは西の中野と呼んでもよいところ。
駅前で使い勝手がよい飲み屋街。居酒屋などが多く、よくここに飲みに来てました。

たしかこのあたりサロン店がありました。
よく飲みに来てた店、ピンサロ。
飲んでるのはウーロン茶だった!
飲み屋が多くあるレンガ通り、居酒屋やバーが軒を連ねるエリア。そんな飲食街には飲食店のサロンがあったのです。まるでピンサロを飲食店扱い。

でももうサロン店はここにはありません。
人口減少、少子高齢化、小売店経営者の高齢化、様々な理由でサロン店は潰れました。
いや潰れた理由はたぶん法律的な理由。町田は西の大塚だった。

この界隈は居酒屋が多いエリアですがキャバクラやガールズバーも結構ある地域です。町田の歓楽街といえばこの界隈になるのでしょう。まさに西の歌舞伎町といった感じ。

高齢化がそうさせてるのでしょうか。町田も熟女が多めの街。熟女系飲食店があります。
かつては若者の街とも呼ばれた町田でしたが現在の若者は町田に来ない。来るのは年寄りくらい。もうここはおじいちゃんの原宿。町田は西の巣鴨。だからお店も年配者向けになるんです。

私も最近若いキャストがいるキャバクラより一定の年齢に達した熟女系飲食店によく行きます。よく行くんだ。

こちらは手コキ系飲食店。
いやここは飲食店ではない。
飯食うシステム自体がここにはない。
仮に飯が出せたとしてもエロビデオ見ながら飯食うやつはただの変態。
全国展開しているおててのお店。昨年まで新宿にもありましたがそちらは閉店。近場だと上大岡か横浜、それと西川口でしょうか。つまりここは西の上大岡で西の横浜で西の西川口。

ビデオを見ながらアレを楽しむ。
いいんじゃないでしょうか。
私のおすすめの邦画三選は、
デンデラ。
ポストマン・ブルース。
麻雀放浪記2020。
クセの強そうな映画三選。
入室してきたキャストに確実にドンびかれる。そしてこの店にはそんな邦画は絶対置いてない。

こちらは大和横丁って路地です。飲食店が軒を連ねるエリアとなっています。居酒屋が多いのでよくここに飲みに来てました。そんな路地の中腹にホテヘルがありました。
なんか別のモノ飲んでそう。
この界隈にあった夜遊びのお店はちょっと特殊でコスチュームを楽しむお店。
なーんだイメクラか。
まぁ確かにそうなんですがちょっと特殊でキャストの衣類をけがしてよいYoasobiスポットなのです。
まさに服にかける。

でもその店はもうなくなったみたい。
と思ったら受付所はまだ残ってる。
つまりこれはまだ夜遊びができるってこと。
サロン店は壊滅したけど受付所は残ってた。
ここは店舗型が少ない町田のオアシススポット。
町田は西の池袋だった。

飲み屋は多いけどそっち系の店が少ない町田。店舗型はないけど受付型は残ってます。受付型ってことはここで受付をしたあと近くのホテルに向かう。でも町田のホテル街ってちょっと遠いんです。

以前は裏手にレンタルルームがあったんですがどうやら今はやってないようです。現在は少し離れたところを使うのでしょうか。

大通りから一本それたJR横浜線脇にある路地。こちらにレンタルルームがあります。

昔からこの路地は空気感がよくないエリア。以前は黒人がヒップホップ系の服を売ってました。あまり人が立ち入らない路地でした。JR線沿いは大体こんな感じです。

こちらにはセリクラと書かれた看板があります。女の子を競り落とすデートクラブ。JR町田駅のそばには「市」が立ってたのです。
上野、船橋、町田とあったセリクラですが現在は立川だけになってしまったようです。

立川と同じサービスが味わえた町田はある意味西の立川だったんですね。いや経度的には町田より立川の方が西側、だから東の立川と呼ぶべき。

こちらの路地は仲見世商店街です。
歴史ある商店街で1947年の闇市が起源。1953年に現在の商店街の名称になりました。商店が軒を連ねる姿はまさに上野のアメヤ横丁。そのため西のアメ横とも呼ばれてるんだとか。

仲見世は商店街と飲食街があり飲食街の方は新宿の想い出横丁のようなところ。町田は西の新宿思い出横丁。
雰囲気は思い出横丁ですが仲見世はスナックもある飲み屋街。新宿ゴールデン街みたいなところ。つまり町田は西の新宿ゴールデン街。
町田に西の○○が多すぎる。

仲見世では飲んだことが一度もありません。結構よさげな店もあるし 人気店もあるそうです。だからここで一杯ってしたいのですが、下調べなしで入店するのは少し不安。一見が入るには勇気が必要な店が多い。難易度高めの飲食街なんです。
でもせっかく本日は町田にいるんです。町田で一杯やってこうと思います。

ってことで本日はこちらのお店へ。
こちらは馬肉専門店で桜鍋を提供してくれるお店。
肉といったら西は牛肉で東は豚肉ですがもともと関東では肉といえば馬肉でした。しかし馬肉よりも生産量が多い豚肉の消費が多くなり、関東ではカレーも肉じゃがも豚肉になりました。
こちらのお店の創業は1884年。まだ鉄道が開通する前からあるお店です。その当時の町田は養蚕が盛んだった八王子と湊町横浜をつなぐ絹の道の中継地点でした。鉄道のなかった当時の輸送手段は荷馬車でした。同店は創業当時は馬を扱う家畜商だったようですが鉄道開通後は馬肉料理店に鞍替えしたそうです。

また町田には以前屠畜場があったそうです。
現在はマンションとなっていますが1928年から1981年までの53年間、このあたりに原町田屠場がありました。
かつては15軒以上精肉店があったそうで町田は食肉の街でした。
そう、町田は西の品川だったのです。
食肉の街で馬刺しを食べる。そんなわけでこの店に来ました。

馬肉料理屋さんなので馬刺し桜鍋あとはメンチ、他にもソーセージや煮込みなんかもあります。

とりあえず馬刺しを注文。こちらは並みですが上の方がおいしそうだった。まぁでも馬刺しは馬刺しおいしいです。
牛刺し鳥刺し豚レバ刺し、かつては安く食べられたんですがどこも高いしそもそも提供されなくなりました。20年前は当たり前のように食べてたレバ刺し。
今でも隠れて提供している店はあるのでしょう。そのため食べられないわけではありませんがやっぱり堂々と食べたいじゃないですか。
ちなみにタイでは合法にレバ刺しが食べられます。合法だとしてもタイで生ものは不安しかない。

こちらは桜鍋です。
一人用の鍋。この手の料理は大体二人前からなので一人用でも出してくれるのはうれしいです。
桜鍋をアテに一杯。
そういった飲み方も町田ではできます。
馬肉料理はいいですね。
豚肉や牛肉よりもこっちほうが好きかも。さらにはプラスアルファの効果がある馬肉。どうやら滋養強壮や精力増強効果があるんだとか。
じゃあこのあとどうする?
それも町田ではちゃんと用意されています。線路の向こう側、川を渡った先に色々あります。
結局今回も線路の向こう側に行くんだ。
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【台湾高雄の流鶯街】学生を惑わす河北路の街娼とは!?

本日は台湾の高雄に来ております。
こちらは高雄駅の西側にある三鳳中街という商店街です。

100年ほど前にできた商店街でかつては輸入雑貨を扱うところでしたが現在は土産物や菓子を販売する街になりました。高雄で土産物を買うならここに来るのがよさそうです。

こちらは高雄駅の東側にある高雄電脳街と呼ばれるところです。
日本の秋葉原や大阪 日本橋のようなところ。電気製品を扱う店が多めの街。

こちらは日本橋資訊廣場となってますので日本橋要素が強いのかな。
日本と同じように電器と2次元は親和性が高く台湾の電器街もアニメや漫画に精通しています。

街中も二次元要素が強く、こちらはLRTのマスコットキャラクターである輕軌少女隊です。

千本桜歌いそうな見た目。

こちらのキャラ。これは九州にいるヤツ。
ほぼパク...似た感じのキャラ。なんかに抵触しそうな キャラクターです。

いえいえ問題ありません。
これは熊をモチーフにしたキャラクター。ツキノワグマに似てるだけです。
しかも本家ともちゃんとコラボしてるんだとか。

本家って言っちゃった!
高雄駅前ってこんな感じで賑やかなんです。

こちらも高雄駅に比較的近いところにある学校「高雄市立高雄高級中学」です。
台湾では高校を高級中学と呼びます。
年齢も日本と同じ15~18歳。そのためこちらは日本の高校と同じです。
同校は日本統治時代の1922年にできた学校で台湾では10本の指に入るエリート校なんだとか。
ちなみに高雄市長の陳其邁氏も同校出身です。医師で政治家の陳其邁氏。明らかにこの学校はエリート校なのでしょう。
共学ですがもとは男子校だった高雄高級中学。そのため現在も男子生徒の割合が多いんだとか。
現在の生徒数は2800人。かなりの男子がここに通ってるのでしょう。

学校の目の前を通るのは建国三路。
その道を渡ると幸福川という川にぶつかります。

河北二路と河南二路に挟まれて流れる幸福川。この通りは通称「流鶯街」と呼ばれる街路。
流鶯とは街をさまようウグイスという意味で売春婦を指す隠語。この界隈はかつて立ちんぼがいるエリアでした。
エリート校そばにあるエリートな街路。
めっちゃ教育上よくない道だった。

高雄駅から南に100m、幸福川沿いに拓けた街路があります。
駅そばということで人通りも多い街路ですがここには多くのウグイスがさえずってたんだとか。
高雄には愛河の西側に私娼窟がありました。でも不幸にも中心地から外れていてちょっと遠い。出来ればコンビニ感覚で利用できればいいのにって声に応えて川沿いに街娼が立ってたそうです。まさに幸福川といったところ。幸せがここで味わえた。
ってか台湾ではウグイスはそんな意味なんですね。不特定多数の人にさえずるあの姿はまさに鶯。
台湾人にとって鶯はそんな意味があるようです。これじゃあ台湾人が鶯谷の地名を見たらそんな街だと思われちゃう。
いや日本人にもそんな街だと思われてる。
高校の目と鼻の先が私娼窟。
高校近くにそんなのあったら高校生活エンジョイできそう。
いやさすがに高校生が私娼としてたら高校生活支障がでそう。
実際に支障をきたしてたそうで青少年に声をかける街娼もいたんだとか。
質が悪い街。

高校生にも当たり構わず声をかける街娼。この辺りは進学校そばだからか学習塾が多いです。
塾の帰りに妖艶な女性が声をかけてくる。
誘われたら、いくよね。
まだ高校生だけど、男の子だもん。
そんなわけでまだ学生を卒業していないのにここで“卒業する”人もいたんだとか。
そりゃそうなるのも当然です。エリートってことは頭がいいってこと。でも勉強しなさいしなさいと支配される学生生活。
チャイムが鳴り教室のいつもの席に座り。
何に従い従うべきか考えていた。
夜の校舎、窓ガラス壊して回った。
この流れはこの支配からの卒業不可避。
ここに立つのは30~50代。なんだったら母親と同じ世代の娼婦。ホテルに入るところを見たとしても家族でお泊りなのかな?としか思われない。
多くの学生がこの街で思春期に少年から大人に変わったのでしょう。壊れかけの青い春。
でももしかするとこれ進学率が高いのは早くに卒業してるから。
大人の階段を早く上ることで成熟した大人になれる。ある意味台湾の発展に貢献してる。そういえるんじゃないでしょうか!
いや未成年に手を出す時点でクズ野郎。
金まで取ってるんです。
卒業相手が親世代じゃ全然報われない!!
初体験はいつですか?。
高校生の頃に 立ちんぼの人と...?
もうそれ黒歴史でしかない。
ここで卒業すると性癖を拗らせることになりそう。
間違った方の大人の階段上ってた。
ある意味エリートコースではあるけれど...。
皆に知られた凶悪な私娼窟。
保護者からも苦情があり学校も認知してるけどなぜか警察は動かない。
警察「あれは母親かな?」
神奈川県警とタメ張る高雄警察。
でもそれも20年前の話。今はきれいな川沿いです。
高校生に悪影響を及ぼすものはなくなりました。このようにきれいに生まれ変わった川沿いの街路。

こちらはキャバクラでしょうか。
大してきれいな川沿いじゃあない。違法で不健全な街が合法な不健全な街になっただけだった。
キャバクラの名前に帝国の文字。不健全っぽそうな店名。
ローマ帝国というすごい名前のキャバクラ。店名にローマを冠するので知ってるのはロマン風呂くらい。
やっぱそっち系の店っぽい。

ほらこちらには大人のおもちゃ屋があります。
やっぱりきれいな川沿いじゃない。怪しさは20年前と同じだった。
でも変わったところに出店してますよね。
高校近くにある大人の おもちゃ屋さんなんです。
えっ!?もしかして 最近の高校生ってこういう店で買い物してるの?。
これはエリートまっしぐらの知育玩具屋さん。

街娼がいなくなった今、この川沿いにあるのは健全なおとなのおもちゃ屋さんくらいです。
不健全。

街娼がいなくなった河北路。
今はきれいな街路となりました。

いやまだまだいるっぽい。
こちらは高校に近いホテルです。この辺りは駅も近いためホテルが多いです。いわゆるビジネスホテルでしょうか。でも入り口のところに女性が立ってます。
これは性ビジネスホテル。
ここは皆に知られた立ちんぼエリア。そのため過去に何度も摘発に遭っています。
ここにいる女性たちはただ立ってるだけ。立ってるだけで捕まるってのはいくらなんでもそれは警察の横暴です。法治国家なのであればちゃんと法律を守らなきゃでしょ!

立ってるだけでは捕まりませんが警察もちゃんと捜査をしたのでしょう。
捜査や巡回を繰り返し摘発していきました。このようにして街路に人は立たなくなりました。
でも敷地内に立ってるんだったら問題なくない?
そこは私有地なんだし!
ソープの店前にいる黒服と同じ思考。
台湾の建物は一階部分がセットバックされており雨風を防げるアーケード空間があります。
この空間を騎楼といい、台湾の道交法では歩道の扱いですがこの部分は私有地なんです。
私有地に立ってるだけ。なんも問題ない。だから捕まらない。
いや歩道に供されてるならそこは公共地でもある。やってることは変わらず街娼と一緒。おそらくホテル目の前に立ってるのはすぐ入るためなのでしょう。公共の場に街娼と客が一緒にいる時間が短ければ捕まるリスクは低くなる。
秒単位でリスクと戦う街娼のプロ集団。
プロ意識のおかげなのか現在もこの川沿いではウグイスが鳴いてます。
街頭にまったくいないわけではありません。ぼちぼち街路にはそういう人がいます。
街路には立ってませんがバイクにまたがり客待ちしてる人も。

立ちんぼならぬ跨りんぼ。
ドライブスルーで客待ちしてる。
バイクスタイルは日本にはありませんね。
二輪文化が浸透してる。台湾ならではの客待ちスタイル。
これであればなんかあったとき逃げられますからね!
リスクと戦う高雄の売春婦。
ちなみに台湾では近年。
梅毒などの性感染症が増えてるそうです。
増えてる理由は不特定の人との性交渉が原因なんだとか。
そっちのリスクはがばがばだった。















































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