刈谷市はヌルヌルが多すぎる!水商売とヌルヌルが混在する街「桜町歓楽街」

本日は刈谷市に来ております。
こちらは刈谷市駅です。
刈谷市には刈谷駅と刈谷市駅があります。凄い分かりづらい駅名だししかも駅が隣り合ってるから間違いやすそう。実際にホーム内には注意書きもありました。
JRに乗り換えようと思ったら違う駅だった。そんな感じで間違える人もいるのでしょう。
現在の刈谷の中心は刈谷駅の方ですがかつてはこの辺りが街の中心地でした。刈谷市駅の西側には刈谷城がありこのあたりは城下町だったそうなんです。

そんな城下町そばの刈谷市駅。だいぶ寂れた感じです。
駅前ロータリーにはなにもありません。
唯一駅前にパチンコ屋があります。そしてパチンコ屋の上は映画館になっています。

こちらの映画館は刈谷日劇。
1954年に洋画専門の映画館として開業。現在は単館系の映画館となっているようです。
この界隈にはかつて映画館が三軒あったそうです。
映画館の起源は芝居小屋で歌舞伎などの興行が頻繁に行われていたそうです。流石は城下町だった刈谷。この辺りは賑わっていたのでしょうね。
しかし2軒はすでに閉店。刈谷日劇が唯一の映画館になりました。

単館映画館ってなんかいいですよね。シネコンで放映される映画は質が保たれてるけど、あえてアタリハズレのある単館映画館で観る。玉石混交の中から良い映画をみつける楽しさ。単館映画はそんな魅力があります。

ほら、成人映画も観れます。
そもそも成人映画は単館でしかやってない。
逆に4DX映画館でやる成人映画を観てみたい。
水しぶきとか出る成人映画。なんか楽しそう。
ストリーミングでエロ動画が観れる時代。4DXはポルノ映画館が生き残る唯一の活路かも。
こんな感じで刈谷市駅前は賑やかです。

本日は刈谷駅ではなくこちらに来たのはこの界隈にかつて遊里があったから見に来ました。刈谷市駅から徒歩数分のところ、戦後に特殊飲食街ができたそうです。それがこちらになります。

飲食街の名称は「亀豊園」。
刈谷城は亀城と呼ばれていたそうです。そのため歓楽街の名称に亀を冠したのでしょう。
亀豊園ができたのは1950年以降。売春防止法の罰則が施行されたのが1958年。亀を冠したわりには短い命だったようです。
たった数年の短い期間の赤線街。でも法律で規制されても闇営業をしていた可能性あるはずですよね。特飲店は廃業、普通の飲み屋さんになった。けど、その後も続けていたかもしれません。

でも現在は飲食店すらやってなさそうな様子です。古い建物があり飲み屋の看板があるだけ。多くは新しい建物に生まれ変わっています。もうここには遊里の跡はありません。
かつては城下町だった刈谷市駅前。高度経済成長期のころも賑やかだったのでしょう。
特殊浴場の一軒くらいできてると思ってましたがそういった店はここにはないようです。
じゃあ刈谷市の人どうやって処理してるの?
もっもしかして刈谷市民はあれですか?
駅前の成人映画で済ませちゃうんですか?
スクリーン、栗の花の匂いがしそう。
刈谷の映画館、4DX映画館だった!

こちらは上天温泉という公衆浴場です。
同温泉は1999年に廃業してますが建物は取り壊されずに残っています。1927年に建てられた鉄筋コンクリートの建物。こういう建物が残ってるのは素晴らしいですね。

こちらは刈谷浴場です。
こちらの銭湯も歴史が古く関東大震災後の1923年に建てられてます。築100年以上の建物。だいぶ古い感じですが雰囲気がよい。モザイクタイルの柱がオシャレです。でもこちらの銭湯も2011年に廃業しています。

刈谷市には銭湯がもうないようです。
急にお風呂に入りたいと思っても公衆浴場もないし特殊浴場もない。
駅前の成人映画で済ませたあとどうしてるの?もっもしかしてヌルヌルのまま?
刈谷市民、ヌルヌルのままだった。
その辺を歩いている男性、ヌルヌル。せめてシャワーぐらい浴びれるとよいんだけど。

あった、シャワー浴びれる場所。
イソジンでうがいできそうな施設。
そしてやっぱり刈谷市民 ヌルヌルだった。
刈谷市駅前にはポルノ映画館だけだったけど刈谷駅には観るだけじゃない店がある。
ここは刈谷のオアシススポット。

こちらはアクアモールという商店街です。
もともとは明治用水という上水道がありましたが街路を整備し商店街になっています。水と縁のあるところだったためアクアモールという名が選ばれたようです。刈谷歓楽街のメイン通りのようなところ。

そのメイン通り、風俗店やキャバクラがあるんです。
現代も水に関する街だった。
キャバクラやガールズバーも多いですがそれに紛れて性風俗店があるんです。

こちらのヌルヌルのお店。
完全顔見せ店のようです。
名古屋で多いマジックミラーシステム。

こちらも大通り沿いにあるお店。
ここもヌルヌル系のお店のようです。

こちらも大通り沿いにある店。
熟女を売りにする店。ここもヌルヌル系のお店のようです。

こちらも大通り沿いにある店。
大通り、風俗しかねぇ!ヌルヌルが多すぎる。

ヌルヌルのお店があるのは刈谷駅の近く。
こちら側は刈谷駅です。JR刈谷駅の乗降者数は一日56000人。東海道線では名古屋、金山、静岡、岐阜に次いで5番目に利用者が多い駅なんだとか。
名鉄線とJRの乗換駅でもあるのですが一番の利用者はトヨタ関連企業。その中で最も多いのがデンソー社員でしょう。

刈谷駅の近くにはデンソーの本社があります。本社には13000名の社員が勤めてるようです。また出張で刈谷に来る人もいるのでしょう。それだけ多くの人が往来するなら駅前に歓楽街が形成されてもおかしくないです。

刈谷駅前は桜町と相生町が歓楽街となっておりこちらは相生町にあるキャバクラビルです。
近くにはデンソー本社があります。
近くにはトヨタ紡織もあります。
ほかにもトヨタ関連企業が刈谷にはあります。
給料日、行くよね。5,10日、行くよね。
だって退勤ルート上にあるんだもん。そりゃ行くでしょ。
職場の人に見られるからゼッタイ行かない?
いや行ってるでしょ。この手の店が複数あるってことはそれなりに利用者が多いってことです。その利用者の多くが刈谷で働く人たち。

そして飲み屋だけでなくこっちの店もその利用者の多くが刈谷で働く人たち。利用者が多いからこういう店が成り立つんです。つまりトヨタ関連企業で働く人たちヌルヌルです。

こちらはアクアモールの一つ北側の路地です。
日中は客引きが多いので朝に来てみました。客引きといっても店前で呼び込みをしてるだけで敷地外のでの客引きはしていないようです。かつては強引な客引きも見られたようですが今はちゃんと法律を守り客引きをしてます。そんなわけで治安はそこまで悪くないようです。
この路地が刈谷一番の歓楽街でしょうか。飲み屋と風俗店が軒を連ねております。

この界隈にあるのはヘルスと呼ばれるお店です。
どうやら特殊浴場は刈谷にはないようです。
でも湯舟がないだけでやってることはほぼ同じ。大きな違いは恋愛に発展しないくらい。たまに発展する人もいるけど。
私はお風呂屋さんよりこちらの方が好きなんです。風俗の王様といえばお風呂屋さん。風俗ヒエラルキーみたいなのがありトップが風呂屋で次点がヘルス。そのように扱われています。たしかにお風呂屋さんのサービスは特殊ですが私はこの切磋琢磨しているヘルスサービスが日本っぽさがあって素敵だと思うんです。
素股。
これのほうが世界的に見ても特殊です。規制のなかで絞りだしたサービス。ギリギリアウトっぽいけどセーフとされてる技術。日本にはそんな技術があるんです。
入ってるんじゃないか?と勘違いするくらいほぼそれの中を演出してくれるキャスト。そして終わった後の急に来る虚しさ。この刹那な感じ。
これこそが日本のわびさびじゃないでしょうか。
刈谷ではそのような店が軒を連ねています。

この路地はほぼ風俗店とキャバクラだらけですが普通の飲食店もあるんです。でも利用者は普通の人がいなそうな感じ。
昼間に男一人でこの路地に入れば何をするか想像できます。
飲み屋はまだ営業していません。営業してるのはヘルスとランチのお店。ランチ食べに普通の人がこの街に訪れますか?
この路地に来るのは風俗利用者か風俗従事者。つまり定食屋に来る客もそのどちらかなんです。

串焼き、パブ、ヘルス。
このビルは串焼き食べに来た客を装い3階のヘルスに行けるバレにくいつくりです。
キャバクラと風俗がごちゃ混ぜになってる感じ。
愛知県っぽさがあって素敵です。

この路地、なんか親近感があります。人の気配はあるけど街路に人はいない。ずっと店先から監視されているような感覚。雰囲気が川崎堀之内っぽい感じ。
川崎に住んでいたころよく堀之内の定食屋でランチしてました。
ランチだけが目的じゃないことが明確。
飯食ってる姿が菩薩のよう。ただの賢者タイム。
でも堀之内と違うところは飲み屋が多いことでしょうか。
わざわざ名古屋まで出ずともここでこと足りる。
この街に飲みに行く人は多いのでしょう。
朝まで飲み続ける人がいるのでしょうね。

夜にも立ち寄ってみました。
飲みに行く気マンマン。
こちらは怪しい店のある裏路地です。
そっちの店に行く気マンマン。
路地は閑散としています。
それでも利用者がいるのでしょう。相変わらずお店前には黒服が立ってます。まだ週の中日。そのため飲み歩いている人は少なめ。人が出るのはもう少し日が暮れてからでしょうか。

こちらは怪しい路地そばにある居酒屋です。名前の通り豚ホルモンを扱う串焼き屋さん。創業60年以上の老舗店なんだとか。お店は繁盛しているようで席はほぼ埋まってます。仕事終わりに一杯ひっかける。そんな人たちがこの店に集まるのでしょう。ってわけで私もそんな人たちに紛れて一杯ひっかけましょう。

とりあえずビールです。
周りが赤星を頼む中、あえて一番搾りを選びます。
正直なところ味の違いは分かりません。
こちらのお店はやきとんのお店。やきとんが名物ですが居酒屋なのでなんでもあります。愛知なのでどて煮も味噌カツもあります。メニューが多くて目移りしてしまいます。

とりあえずハラミを注文。ブタといったらハラミかカシラ。肉食ってるって感じ。間違いない酒のツマミ。

こちらはとん焼きというものです。おそらく豚の小腸もしくは大腸、一般的にはシロといわれる部位でしょうか。こちらも酒と相性が良い。

やきとりややきとんなどの肉料理もいいけど日本酒に魚介ってのもいいですね。こちらではそんな飲み方もできるようです。
トヨタ関連企業に勤める人が寄りそう居酒屋。ここで一杯ひっかけて夜の街にいくのでしょう。
じゃあこのあとどの店に行く?
ヘルスが10軒ほどあったけど。

選択肢があるってのはいいですね。そっち系の店の前に飲み屋に行くのもありです。
まだまだ夜ははじまったばかり。最終受付まで時間があります。飲んでからでも充分間に合う時間帯。刈谷の夜 楽しんじゃいましょう!
とりあえず私はヌルヌルを落としてきます。
いつからヌルヌルしてたの!?
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池鯉鮒宿は現代版の宿場町へ!現代版の飯盛女はいるのか!?

本日は愛知県知立市に来ております。
こちらは知立駅です。
人口72000人の知立市。
その玄関口でもある知立駅。
名鉄名古屋本線と三河線の乗換駅で多くの人が利用するのですが駅前は寂れてます。地方にある主要駅って感じの駅前。
車社会の愛知県、名古屋の中心以外は大体こんな感じなのでしょう。

駅前にパチンコ屋くらいあってもよいもんですがあるのはカラオケ店くらい。おそらくかつてはぱちんこ屋だったんでしょうが駅前では客がこなくなったんでしょうね。
カラオケ店は中高生が好きな店。
そんなわけで地方の駅前は車を使わない中高生向けの店だけになるのです。

知立駅の北側、国道一号線と並走して旧東海道が通っています。
知立は東海道五十三次の39番目の宿場町「池鯉鮒宿」だったところです。
かつての宿場があったのはこのあたりで道沿いに宿屋が軒を連ねていたんだとか。周りの宿場と比べると街は小さかったようですが旅人が泊る宿泊施設があったんです。当然その手のサービスもあったのでしょう。池鯉鮒宿にも飯盛女がいたんだとか。
現代でも出張となれば駅前のビジホに泊りコンビニで酒とツマミを買い込む。普段食べないコンビニ総菜をアテに独り晩酌。これがビジネスホテルの醍醐味です。
でもふとした時に思うんです。
せっかく地方に来てるのにコンビニ飯でよいのか。ご当地グルメを食べた方がよいのではないか。そのように思うこともあります。
そんなことより、夜、ひとり寂しく過ごすの?
せっかくホテルに泊まってるじゃん。
刹那の恋があったっていいじゃない。
デリヘル 呼ぶじゃん。
400年前から旅先ですること決まってた。
あえて規模の小さい宿場に泊る。そして場末の飯盛り女がいる店に行く。現代でもあえて地方都市のピンサロに行くように江戸時代当時もそんな特異な人がいたのでしょう。知立宿にはエロい大人が集まていたのです。

現在知立駅は高架工事を行っています。
北に国道一号線、南に国道23号線が走る知立市。名古屋本線は市の中央を東西に走っており線路で街が分断されてます。
踏切を使わずに通れる道路は限られており慢性的な踏切渋滞が起こっていました。とくに駅前は三河線と名古屋本線があるためラッシュ時はあかずの踏切となるようです。その渋滞緩和の解消をするため高架化工事をしてます。
工事個所は総延長約5km。知立駅に接続する名古屋本線と三河線。両方の路線の高架化工事をしております。すでに名古屋本線の高架化は済んでおり今後三河線の高架切り替えをしていくようです。高架化により除去される踏切は10か所。工事は2028年に完了予定なんだとか。
高架化すれば車が行き来しやすくなるようです。
多くの人が行き交う宿場町だった知立。
当時の賑わいを取り戻そうとしてるのでしょうか。再開発のコンセプトは現代版の宿場町なんだとか。宿場町だったころの賑わいを駅前にそんな意味がコンセプトに込められてるようです。
現代版の宿場町ですか。
ってことは飯盛女、宿場女郎、飯盛旅籠。
そういうのの現代版が味わえる街なんですね!

400年前に東海道の宿場町だった知立。
400年経った今、街は生まれ変わろうとしています。果たして現代版の宿場たる街なのでしょうか。現代版の宿場女郎はいるのかな?
本日は知立駅界隈を散策します。

こちらは知立駅の東側の線路沿いです。
一番渋滞が酷いエリア。現在も絶賛工事中です。
三河線の高架化はまだ済んでいませんが二年後にはこの路線も高架化。現在の地上路線は廃線となるのでしょう。
2000年から始まった知立駅整備事業。それにより街並みは大きく変化したようです。現在は線路内に組み込まれていますがかつてはここに麗人街って飲み屋街がありました。
いわゆる飲み屋横丁のようなところで麗人街と呼ばれていたのは女性の名前を冠した店が多かったからだそうです。
女性店主が切り盛りしていたのでしょうか。ってことはもしかしてちょんの間的なアレかな?と思ったのですがどうやら違うようで普通の飲み屋街だったようです。
もちろん恋に落ちないわけではありません。もしかしたら何人かは恋に落ちてたのかも。その可能性を信じて通う男性客はいたのでしょう。でも麗人街は2007年に高架化事業により解体。知立から消えてなくなりました。
駅前にある飲み屋横丁。
高架化で街がキレイになりますがかつての街並みが消えるのは少し淋しいです。

こちらも更地になっていますが、ここも高架化により淘汰されたのでしょうか。ここにはかつてトルコ風呂がありました。
たぶん高架化関係なく潰れた店舗。
車を使わない中高生向けの店じゃない!
線路沿いに風俗ビルみたいなのがあったようです。
風呂屋にキャンパブ。ここが宿場女郎を担ってた。名古屋ではなくあえて知立の風俗店。そういう特異な考えを持つ変態がここに来てたのでしょう。
現在は高架化しており線路の向こう側は見えませんが線路の向こう側にはかつて麗人街がありました。ここは麗人街で悶々としたあとに行く店だった。麗人街がなくなったから必要なくなったのでしょうか。だいぶ前に店は閉店。線路沿いにあった怪しいビルは更地になりました。
知立にはそういった店がもうないようです。
でも飲み屋さんはあるみたいなんです。

ナイトスポットと書かれたドリームランド。
パブ的な店かな?と思って調べたところ、こちらはキャンパブのようです。
パブではあった。
中高生が好きな店ではなく中高年が好きな店。これが現代版の宿場の形。
お店は結構古くからありそうだけど歴史ある街ですからなこういう店はあるべきです。
キャンパブといっても店により特色があります。
中には西川口を源流とした一派の店もあります。その手の過激な店は淘汰されます。
古くから残るこちらの店は健全な不健全店なのでしょう。さてさてどんな感じの店かな?

過激の方向性が全く違う。
ここは知立の性最前線。生きるか死ぬかのキャンパスパブ。
どのような店なのかを看板で判断する、看板というのはそのお店の顔。初めて訪れる店の唯一の手掛かりが載っている、看板はそのお店の案内板なのです。
こちらのお店、案内通りなら撃ち殺される。
ようこそ夢の国へ。
二度と生きて帰ってこれなさそうな感じ。
地雷原の中を駆け巡ることになりそう。地雷があることを暗にほのめかしてる。

いや右手には女神様が見つめてます。
ここには女神がいるのでしょう。
混沌のキャンパブ。夢の国は果たして天国なのかそれとも地獄なのか、戦場の中を駆け抜けろ!そんな意味が込められてそうな看板。
たぶんオーナーの趣味。趣味じゃなければ看板の説明がつかない。

こちらの看板の描かれている女性の絵はイラストレーターの長野剛さん作の「Heavenly Warrior啓示」です。女性の剣士を看板に掲げる意味があるのでしょう。
ここに剣士のナイトが描かれているってことはナイトスポットとかけてるのでしょうね。
まさかのダジャレ。
オーナーの趣味とかの次元じゃなかった!
やっぱりこの店 看板からでは何も判断できない。

こちらには値段表があります。
キャバクラにしては少し高い値段設定です。飲むだけの店じゃないってのがわかります。普通は20分や40分で入店するキャンパブ。キャンパブで180分はなかなかの手練れ。お風呂屋さんですら90分や120分なのに3時間キャンパブで何をするんだろ?
キャストの顎、外れそう。
180分ずっとしてるわけじゃなく普通に酒を飲む時間の方が長いのでしょう。つまりパブ要素が強めのキャンパブ。いかにローコストで済ませるかではなくことをする前段階も楽しむ。この店はそういうところなのでしょう。知立は少し大人向けの店のようです。

キャンパブがあるのはチエキタという飲み屋街。
チエキタは知立駅の北側って意味で知立駅北側発展会ってところが運営しています。この界隈が知立の歓楽街になるようです。
トルコ風呂はなくなったけど現代版の色街がここにはあるようです。

こちらはキャバクラです。
看板が分かりやすい。さっきの店の看板とは雲泥の差。

料金は、キャバクラ価格です。
つまりここはキャバクラ。

地方にはパブかな?と思ったらピンサロだったりキャバクラかな?と思ったらセクキャバだったり。外観からでは判断できません。でも料金を見れば一目瞭然です。

この界隈には結構キャバクラがあるようです。
知立って名古屋まで20分で出れる立地です。だったら知立じゃなくてもいいじゃないって思いますが中心地の飲み屋より地元の慣れ親しんだスナック。そういうのがいいのでしょうね。これらの店があるってことはそれなりに需要があるのでしょう。

スナックやキャバクラが多いためか。少しこの付近は治安が悪そうな雰囲気があります。飲み屋街なのでその側面はあるのは仕方ないです。ちなみに知立市には警察署が存在しないようです。
ディストピア知立市。
治安が悪いのは警察署がないからだった。
いや、警察署はちゃんとあるんです。駅前にも交番があります。知立市自体が大きな市ではないため隣りの安城市の安城警察署が兼任してるそうです。
警察署がない市町村って結構あるんですね。でも兼任してるから治安が守られてるんです。警察署がない市町村といえば、八街市、八潮市、狛江市、綾瀬市、戸田市とか。なんか治安が悪そうなところばかり。
戸田市は蕨市警察署が管轄してるんです。
蕨の方が小さいのに不思議ですね。
警察署があるのに治安の悪い蕨市のほうが不思議。
つまり治安は警察署あるなし関係ないようです。

こちらにはチャイナエステです。
警察の権力が届いてなさそうな街の様子。
そんなことありません。
ここは普通のリラクゼーションエステ店、健全なお店です。だってウェブサイトに津店は風俗店ではないって書いてあったし。
ネットリテラシーが低めの人。
嘘を嘘と見抜けない人はネットを使うのは難しい。
ごく普通のエステ店、ごく普通のエステ店だけど 普通じゃない気がする。

絵がそれを物語ってます。
絵には罪はない、絵には罪はないけど看板はその店の顔、そのお店の案内板なのです。
なんか期待できそうな雰囲気のある看板。

こっちの店は口で何かしてくれそうな予感。
こういうのは値段で判断するしかないんです。

看板に値段要素ゼロ。
そもそも値段が書いてあったとしても追加イチマンエンで最後までデキルヨってやつ、あるでしょ!
バーがあるスナックがあるキャバクラがある、そしてキャンパブがある。そのような飲み屋街の一角にあるエステ店。
ちょっと肩こったからマッサージ行くかな?
ならないでしょ!マッサージ行くなら整骨院いくでしょ?
ここに行く客はそっち目当てなんです。
かつて麗人街で店主目当てで来てた客。それと同じなんです。ある意味ここは知立にある麗人ビル。そんなところでしょうか。
まさかはないかもしれないけどちょっと期待しちゃうエステ店。最悪悶々とするだけだったとしても近くには処理してくれる店があります。知立の飲み屋街、結構よさそうな感じ。宿場に来る旅人のことが考えられてます。

本日は知立駅の周りを散策しました。現代版の宿場町の雰囲気ちゃんとあるんじゃないでしょうか。
知立駅前はカラオケ店しかないと思ってたけどなんか色々あった。というよりむしろ飲み屋の要素が強め。
麗人街が消えたとか言ってたけどそもそも駅前飲み屋だらけだった。
知立駅前は中高生向けではなく中高年向けだった。
選択肢は少ないですが飲んだ後も考えられてる。わざわざ名古屋に行かずともここで充分です。
もう少し楽しみたいとなった時は刈谷のほうに行けばよいみたいです。どうやら刈谷は選択肢が色々あるんだとか。ってわけで私は 刈谷の方へいってきます。
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これは現代社会のポイズン!神奈川区反町の遊郭があった場所は…!?

本日は神奈川県神奈川区に来ております。
こちらは滝の川せせらぎ緑道ってところです。
キレイに整備された緑道。国道一号線が走り交通量が多いところですが少し脇にそれると緑豊かな路地が整備されてます。都会のオアシスといった感じのところでしょうか。普段は怪しい街歩きしかしていませんがたまにはこういうのもいいでしょう。

滝ノ川の名の通り以前は川が流れてましたが現在暗渠になってます。ここに流れていたのは滝の川というのですが一説には神奈川の地名の由来とも言われています。諸説ありますが滝の川は以前神奈川と呼ばれてた。その可能性は大いにあるでしょう。だってここがかつての神奈川の中心だったのですから。
神奈川県の中心は横浜です。
県庁所在地も横浜。
栄えているのは関内の辺りでしょうか。関内のあたりが栄えだしたのは明治以降、それ以前はこの辺りが神奈川の中心でした。

東海道五十三次の三番目の宿場町「神奈川宿」はちょうどこのあたりにありました。
滝野川を境に東側を神奈川町、西を青木町と呼び、かなり大きな宿場町だったそうです。そんな大きな宿場町なら遊郭的なのもあったはず。そう。神奈川宿には遊郭がありました。今日はそれを見に訪れました。
神奈川宿に遊郭ができたのは近代になってから。それ以前は岡場所と呼ばれる私娼窟がありました。食事の用意をしていたら急に恋に落ちちゃったってことが神奈川宿ではよくあったそうです。いわゆる飯盛女ってやつです。
現代でも似たようなことがあるでしょう。
ユーロビートが流れる店内でウーロン茶飲んでたら急に給仕と恋に落ちるやつ。
江戸時代からあったNK流。
しかし神奈川宿の飯盛女は幕末に規制されます。
ちょうど横浜港が開港の時期。多くの外国人が横浜に訪れたのでしょう。
飯食ってたら急に恋に落ちちゃう店があったら外国人だって行きたくなるじゃない。でも幕府は外国人に利用させたくなかったのでしょう。
NK流は日本の宝。
海外に流出させるのはよくない。
そんなわけで飯盛女禁止令が出されました。
。
でも外国人だって男の子だもん。
せっかくの海外出張、そっち系の店に行きたいって外国人もなったのでしょう。そんなわけで外国人が遊郭設置の要請をします。結局幕府は受け入れました。
禁止令を出した意味がなかった。
以後はどのような経緯なのかはわかりませんが神奈川宿のあたりに遊郭ができたそうです。最初にできたのは神奈川駅の近くでしょうか。洲崎大神門前にありました。

こちらが洲崎神社です。
創建は1191年。
源頼朝が安房神社より勧請したのが始まりです。凄い歴史のある神社のようです。
ご祭神は天太玉命、天比理刀売命。
ご利益は五穀豊穣、無病息災、商売繁盛などなど。

玉垣には水産業を営む人の名前が目立ちます。元々このあたりは神奈川湊と呼ばれる湊町で漁港でもあたそうです。また現在もこの近くには中央卸売市場があります。そもそも洲崎神社の目の前は海でした。

目の前海だったら遊郭がないじゃない?
安心してください。
海を渡った先にあったんです。

こちらは昔のこの辺りの地図です。
現在の国道15号線沿いは松入堀ってお堀があります。橋が架けられておりその先にある七軒町と宮洲町。このあたりが遊郭だったそうです。
街道から少しそれたところにできた遊郭。
かつては行き交う人は多かった東海道ですが鉄道開通後は人通りが減ったのでしょう。1900年にここの遊郭は廃止されここから北に600m。東海道本線の向こう側に遊郭を移設しています。東海道本線は1872年に開業してます。街道沿いより鉄道沿いの方がよいとなったのでしょう。移転先は反町ってところ。

神奈川区役所の裏手。住所は神奈川区反町です。
現在は反町公園ってところになっておりますが1900年にこのあたりに遊郭が設置されました。元々青木町って町名だったから青木町遊郭。または反町遊郭と呼ばれていました。
ソリマチではなくタンマチ。
初見だと確実にソリマチと読んでしまいます。
名称の由来は諸説あるようですがこの付近は焼畑農業が盛んで休耕地が多くありその休耕地のことを草里(そうり)と言ったんだそう。それが転じてタンマチとなったんだとか。
それだったらソリマチじゃね?

このあたりに大門があったそうです。
現在はマンションが建ち並ぶエリアです。
最寄り駅は東横線の反町駅。
JR線の東神奈川駅もそこまで離れてません。
また京急線の神奈川駅も近いです。
横浜へも歩けない距離ではない反町。
住むのに適した場所なのでしょう。
そんな住みやすい街の反町ですがかつてここに妓楼が軒を連ねていたんですね。

こちらのウナギ屋は1890年創業のようです。
つまり遊郭移設前からあるウナギ屋さん。
精力増強効果があるとされるウナギ。そんなのが大門の脇に店を構えていたのです。ほぼほぼ赤ひげ薬局と同じ立ち位置。そりゃ遊郭行く前に食べる人がいたのでしょう。

遊郭の名残りはなく普通住宅街です。
遊郭自体は終戦を迎える前に廃業となっています。
太平洋戦争がはじまると遊郭は自粛となり、妓楼は宿舎や軍事施設に転用されます。反町遊郭も同じように宿舎に利用されました。
遊郭は戦後赤線や旅館になるものですが横浜大空襲により一面焼け野原になってます。

こちらは当時の衛星写真ですがかろうじて道が分かる程度。建物全てが焼失しています。
空襲被害に遭ったのはほかの遊郭も同じでエロの力は偉大で遊郭は戦後すぐに蘇るのですが反町遊郭は蘇りませんでした。この付近は戦後すぐに進駐軍に接収されます。そのため赤線街にならず返還後は市有地となりました。

公園もキレイに整備されています。
かつては大人の遊技場でしたが今はこどもの広場です。
日中は子連れの親子をうかがうことができます。
そこまで大きな公園ではありませんが遊具もあって地域に密着しています。小さな子供がいっぱい来る公園なのでしょう。
ちなみにこちらの反町公園、現在はハッテン場になってるんだとか。
これは現代社会のポイズン。
斜め上行く大人の遊び場。
反町公園、まだまだ大人の遊技場だった。
遊郭は壊滅し健全な街になったけど不健全な人のせいで不健全な公園になっちゃった。
昼間は男の子たちがはしゃぐ姿が見れるけど夜中は男の子たちがはしゃぐ姿が見れる。
反町はかつて遊郭で男の楽園でしたが現在も男の楽園に変わりはなかった。
大門そばのウナギ屋さん。精力増強の効果あり(意味深)。
横浜では結構有名なハッテン場のようです。

こちらほら、トイレに鍵がかかってるんです。
これはサセナイようにしてるのでしょう。
夜にノンケは近づくなとすら言われる反町公園。
公序良俗に反することが公然と行われているそうです。
ルールを守って正しく遊んでねぇ!

こちらは東急東横線の反町駅です。
東急線は急行に乗るので反町駅を認識してませんでした。利用者は東急線で一番少ないんだとか。
そもそも隣駅は横浜駅。
歩いて横浜にも行けるくらいの距離です。
小田急線の南新宿駅みたいなところでしょうか。

こちらは東横線の真上にある遊歩道。
東横フラワー緑道です。
全長1.4kmある緑道でこの道を進むと横浜に行けます。東横線の地下化に伴い緑道が整備されたそうです。
いわゆる廃線あとの道です。
緑道の名の通り草木が植えられています。緑豊かで静かな街路です。

こちらは高島山トンネルです。元々は電車が走っていたトンネルでしたが現在は徒歩でトンネルを抜けられるようになってます。地域住民への配慮で夜間は閉鎖されますがこのトンネルがあると横浜に行きやすいです。

こちらは反町駅前。
このあたりも街路が整備されています。駅前は駐輪場になっているのでしょうか。ここも線路沿いでした。
線路沿いなので住宅には不向き。
駅のそばなので人の往来がある。
そのため線路に沿って飲み屋が軒を連ねます。
現在も飲食店があるようです。飲み屋があったであろう雑居ビル。駅前の線路沿いって感じの雰囲気です。

そしてかつてここにはヘルス店がありました。
やっぱりあったヘルス店。

120年以上前に誕生した反町遊郭。その名残りでもなんでもないヘルス店。反町駅前にはファッションヘルスがありました。
横浜人魚という名のそのお店。1984年から営業していたそうですが災禍を乗り越えることができず閉店しました。もう、反町にはファッションヘルスはありません。
本質的に不健全とされる性風俗店。
災禍を乗り越えることはできなかったようです。感染症により多くの店が潰れてしまいました。
給付金の対象から外された業種だったため新たに復活することができない店舗型のそれは現代社会に必要なくなっているのでしょう。反町にあったお店も必要なくなったのでしょうか。もうこの界隈にはその手の店がありません。
そもそも感染症関係なく厳しい環境だったのでしょう。
東横線で一番利用者の少ない駅。
隣駅は利用者が多い横浜です。
横浜駅に出ればその手の店が多くあります。
選択肢は多い方がよい。
そのため多くの利用者が横浜に流れるのでしょう。
常連客がいたから続けられていたのでしょうが老舗だとしてもそれだけでやっていくのは難しい。例え既得権があろうとも楽な業種ではないのです。そんなわけで反町にはその手の店がありません。
もう健全な街になったのです。

って思ってましたがエステ店はあるようです。
泡泡洗体、ストレス解消と書かれたエステ店。
リラクゼーションと看板には書いてありますがここは普通のエステ店、風俗要素はゼロです。
ゼロ?
コリアエステかな?
チャイナエステかな?
やっぱ漢字だからチャイナエステかな?
いやいや日本人エステの可能性もある。
だってここは日本ですよ。
エステだからチャイナとするのは浅はかです。
ちなみに一階は中華料理店です。

これは100%チャイナエステ。
こちらの店は10年近く営業しています。それだけ長く続いてるってことは健全な証拠。
不健全な店ってすぐに潰れちゃうんです。
それも当然で摘発により閉店するところもあるし摘発されないように短期間で閉める店もある。店名が頻繁に変わるところもあります。でもこちらの店は普通のエステ店なのでしょう。だから長く続けられているんです。
中華エステは不健全店。
そのような価値観は捨てた方がよい。
でも健全店でもあるじゃん。
女の子によってスペシャルサービスがあったり。
あと一万円でサイゴマデできるって提案されたり。
そういうのあるよね?
もちろんそういうこともあるでしょう。でもそれはキャストが恋に落ちた場合の話、恋に落ちる健全店。
それって不健全店なんじゃ...。

こちらの二階は空き家になっています。
こちらにもエステ店がありましたがそれは閉店しています。まるで不健全店だったかのような言いよう。
詳しくはわかりませんが不健全店。もしくは健全店だけど恋に落ちた人がいたのでしょう。
例え隣駅が横浜だとしてもやっぱり駅前には必要なんです。横浜駅まで電車で4分の立地の反町ですが急にムラムラって来るときがあるじゃないですか。そんなときでも電車に乗らなきゃならんのです。
しかも電車を降りても目の前にあるわけではない。電車を降りて駅のホームから改札階へ行き改札を通り抜け駅の中をさまよう。駅の外に出たとしてもお店があるわけではなく。そこから歓楽街まで歩かなきゃならない。駅は近いけど近いのは駅なだけ。店は結構遠いのです。
だからこそ、ムラムラってきたときのために駅前にはあって欲しいものなのです。
かつてはヘルスがあった反町。
それは閉店しました。
でも替わりにエステがあった。
それも閉店。
じゃあ反町の人どうしてるの?
健全店でワンチャン狙ってるの?
恋に落ちる人捜してるの?
そんな可能性の低いことしてるの?
え!?もしかして!!まっまさかの反町公園。
これは機会的同性愛。
夜の反町公園の治安が悪い理由、地元の人の可能性がゼロではない説。
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美女が多い豊原にある日帝が残した負の遺産!私娼寮「後菜園」

本日は台湾の台中に来ております。
こちらは台湾鉄道の豊原駅です。
日本っぽい駅名ですがここは台湾。中国読みだとフォンユェン駅と言うそうです。
豊原駅があるのは台中市豊原区。豊原区は台中市第二の都市で人口は16万人。少し大きめの地方都市といった感じです。
台中は知ってるけど日本人になじみのない豊原。私も今回はじめてこの地名を知りました。でもこの街は日本と深く関わりがあるようです。
豊原は土地が豊かで作物が豊富な地域でした。そのため古事記の豊葦原瑞穂の国にちなみ日本統治時代に豊原と名付けられたんだとか。日本っぽい駅名なのは日本が関係してたようです。
清らかな水が白い米を育てる。
米の産地だったそうで日本統治時代は天皇の御用米でもあったそうです。
そして美しい女性で知られている地域なんだとか。
水がきれいだと美味しい食材が育つ。
そしてきれいな水は美人も育つ。
豊原は美人が多いようでビビアン・スーの出身地も豊原なんだとか。台湾原住民のタイヤル族の血を引くビビアン・スー。目鼻立ちがはっきりしたタイヤル人は美人が多いと言われてます。台中市の東部に多く住んでるタイヤル人。近い豊原も美人が多いのでしょう。

こちらは日本統治時代に使われてた派出所です。
1931年に建てられたもので築90年以上。現在は土産物屋として使われています。台湾はこのような日本統治時代の史跡があります。歴史を探訪する。そんな台湾旅行もよいですね。

こちらは豊原慈済宮です。
同寺院の創建は1777年。もともとは観音菩薩をまつる寺院でしたが19世紀初頭に媽祖様をまつる寺院になりました。日本統治時代初期には校舎として利用されますが再度寺院になったそうです。

寺院の脇は屋台村となってます。
宗教施設のそばが賑やかとなるのは万国共通。日本の神社の仲見世通り的なところでしょうか。まだ朝6時過ぎ。日が昇ったばかりの時間帯です。まだまだ町は起きておらず人通りも少ないです。そんなわけで屋台は営業していません。
台湾は夜市があります。熱帯気候の台湾では昼間は避けて生活をする。日中に出ずに日が傾き涼しくなってから外出する。そんなわけで午前中は屋台がやってません。遊びに来るなら夕方がよさそうです。

こちらには関東煮と書かれた看板があります。
グァンドンジューと呼ばれるもので日本の関東風おでんが由来です。こちらも日本統治時代に伝わったそうです。
関西でも東京のおでんを関東煮と呼びます。関西の人が台湾に伝えたのでしょうか。

竹輪や大根などのおでんの定番もあれば猪血や米血など日本では見ない食材もあります。台湾屋台でおでんを食べる。でも日本のおでんとはちょっと違う。日本料理と台湾料理が 混ざった関東煮。こういうのを食べるのもよさそうですね。
このように日本っぽさを味わえる豊原。
台湾に来て日本を味わう。それって台湾でしなくてよいことですが日本のソレとちょっと違う日本が味わえるんです。まだほかにもここには 日本っぽさがあって豊原にはかつてちょんの間がありました。
日本のソレ。

台中市豐原区信義街157巷、通称:私娼寮「後菜園」。
裏庭という意味の後菜園。台湾では風俗街を指す言葉でもあるんだとか。
台湾では日本と違い風俗営業が基本的に違法です。つまり風俗街があるはずないんです。えっ!?台湾の男子、ムラムラっと来たときどうしてるの?まさかの自家発電!?
そんなことはありません。
日本でも飛田新地や松島新地のように法的に認められてない街があるでしょう。
台湾でも同じように違法風俗街があるんです。それがこの信義街157巷にあったんだとか。
あったんだとか。
かつてはここにそのような街がありました。でも日本と同じでその手の街は摘発に遭います。後菜園も警察の強制捜査を幾度も受けています。性風俗は必要悪と言われた時期もあれば今では排除すべきともいわれています。近年はその手の店の風当たりも強く日本でも摘発がかなり増えてます。それは台湾でも同じで定期的に摘発がありました。それでもどうにか続いてた後菜園ですが疲弊していったのでしょう。数十年に渡り続いた私娼窟ですがその文化はすでに...

なくなってない!まだ残ってた!!ぜんぜん疲弊してねぇ。
性風俗は本質的に不健全。
だから定期的に摘発して風俗排除をしたとしても需要があれば供給される。
そんなわけで摘発後にすぐに再開したのです。
摘発されると逮捕されますが新たに補充をすればいい。
経営者が捕まれば営業できなくなりますが新たな経営者を用意すればいい。
このように挿げ替え続ければ続けられる。
物理的に潰されない限りその店は何度でも蘇るさ。
ただいま朝の7時。
やっと日が出て明るくなった頃ですが何軒か営業し始めてます。
これは日の出営業の鏡。
最近の日本のソレは昼頃から始まるところなど舐め腐った店がちらほらあります。
顧客のニーズに応えるならば早朝営業すべきです。
朝からこんなところに来るヤツなんて...いるはずがない。
私が朝から来てた!
でもでも遊びに来たわけではありません。
視察に来たんです。
ほんとに!?
あっ!アレですか!女性の貧困調査と称して風俗行くやつ。
文科省もびっくり。ソレがまかり通るニッポンの政治。
150mある路地に10軒ほどの売春宿がある信義街。一見すると普通の住宅街。
でもなんか不思議な雰囲気。変な空気感があります。
こちらは2012年頃の信義街です。
細い路地でお店もなさそうですが人口密度が高め。外にイスを置き客引きをしてる様子が見れます。
こちらの私娼窟は60年以上続くところ。もともとは日本統治時代に歓楽街だったそうです。
やっぱ日本由来だった。
戦後は許可を取り公娼街となりますが公娼制度は廃止されてます。
廃止後は違法な私娼窟となったのでしょう。
なんか大阪のどっかの街の成り立ちと同じ感じ。

現在客引きは表に出ていません。
玄関のドアは締め切られてます。
表には人はいませんが窓からピンク色の明かりが漏れ見えます。
赤やピンクが指す意味は万国共通。そこにあるのは売春宿です。

おそらく監視カメラがあるのでしょう。客が店に近づくと扉が開き行き交う男性に対し声をかけてきます。
これがホントのニーハオ売春。
このようにして警察の目から逃れているようです。
まだ現役ではあるものの度重なる摘発により衰退してるようです。リスクある商売です。管理売春は5年以下の懲役刑と重く売春は売る側も買う側も3万台湾ドル以下の罰金。懲役刑ではないものの結構な額とられます。せっかく稼いでも罰金ですべて持ってかれる。割に合わないですよね。だから成り手も少ないのでしょう。日本のソレも衰退しつつありますからね。豊原のこれも見納めかもしれません。
それだったら遊んでいくべきですよね。
本日は台中の豊原を巡りました。
午前中に来たので屋台はやってませんでしたがまさかのアレは日の出営業でした。
まさに川崎堀之内のその店と似たような状態。
朝からやってるってことは需要があるのでしょう。
朝からじゃなくて 24時間営業なのかも。
コンビニ感覚で利用できるならそりゃ利用者も多いですね。
そんなコンビニエンス売春ができる豊原。
“タイミング”があえばビビアン・スーのような 美人に会えるかも。
これはちょっと期待です。
でも残念ですがビビアン・スーはいないようです。
ここで春を売る子の多くはタイ人なんだとか。
これはサワディー売春。
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神大生の多い横浜白楽 六角橋商店街に大人の僕らが求める店はあるか!?

本日は横浜に来ております。こちらは東急東横線の白楽駅です。
こじんまりした駅ですが駅利用者は多く、一日平均4万人ほど。その多くが神奈川大学の学生です。
白楽駅の近くには神奈川大学があります。

こちらは駅前にあるタリーズコーヒーです。
名称にKUという文字が入っています。KUは神奈川ユニバーシティってことでしょうか。
白楽駅は2021年に駅を改装しておりその際にタリーズと神奈川大学と東急電鉄がコラボし同店を作ったそうです。
大学と地域をつなぐコミュニケーションの場。多くの神大生がこの店に来るのでしょう。つまり白楽は学園都市なのです。
東横線ってオシャレなイメージがありますが、日吉に慶応義塾大学、新丸子に日本医科大学、武蔵小杉に法政大付属高校。かつては学芸大学や都立大学もありました。そして白楽にある神奈川大学。
大学を誘致することで街のブランド価値が上がり鉄道利用者も増え土地の値段も高くなる。大学を誘致することで鉄道会社は儲かるのです。
収益のために目論んだ計画だったのでしょうが、教育に対する強い思いがあったのでしょう。東急と大学は深いつながりがあるようです。
神奈川大学は東急が誘致したわけではないですが東急線があったから大学ができたのでしょう。
急行は止まりませんが横浜駅まで4分。渋谷へも25分で行ける白楽駅。
中心地へのアクセスもしやすい立地だし白楽駅界隈も栄えています。やはり学生街だから栄えているのでしょう。

ほら駅前には中華パブ。
ゼッタイに学生関係ない店。
中華パブなのにロシア要素強めの店名。
駅の目の前にこんな店があります。
全然学生街の雰囲気はないし学生が立ち寄らなそうな感じのお店があります。

こちらは駅の東口側です。
白楽駅前には商店街がありますがあるのは西口側。
東口側は駅前から住宅街になっています。
住宅街にある中華パブ。
どんな住環境なんだろ?

こちらは白楽駅の西側です。
旧綱島街道沿いが商店街となっておりこちらは六角橋商店街と呼ばれています。
白楽の辺りは古くは農村地帯でしたが関東大震災以降に東横線が開通したことで移住者が増えたそうです。またその際に神奈川大学もここに移設しています。人が増えたことで街が形成されました。横浜大空襲で被害に遭うも戦後すぐに闇市ができます。その名残りが今の商店街なんだとか。
駅前から南に300mほど、その間に商店が軒を連ねております。

こちらは仲見世通りです。
まさに闇市だったであろうレトロな雰囲気の路地。潰れたこの手のアーケードは地方で目にしますが、商店街として成り立っているところは珍しいです。この手の商店街はシャッター街化するのですが六角橋はそのほとんどが営業しているんだとか。むしろ空き店舗が出るのを待つ人がいるんだとか。
でも六角橋もほかの商店街同様に一時はシャッター街化していたそうです。
商店街がシャッター街化する理由は経営者の高齢化と後継者がいないことです。
経営者が高齢となり店が開けられない。
また跡継ぎもいないため店を閉めるしかない。
そのためシャッターが閉まったままとなるのです。

店がやってないから客がこないわけでその悪循環により街はどんどん衰退していきます。そんな感じで六角橋も以前は寂しい商店街でした。
この負のスパイラルから抜け出すためには店舗を貸し出すしかないでしょう。そんなわけで比較的店舗を貸し出してるようです。
しかも制限は出来る限り少なくしており店舗によっては重飲食や深夜営業も可能。また外国籍の人にも貸し出しています。このように来るもの拒まずで受け入れた結果、借りる人が増えたのでしょう。
また商店街を活気づけるため1997年からイベントを開催しておりそれにより来街者が増えたんだとか。
そもそも神大があるため人通りは多い商店街です。
あとは顧客が求めるものがあれば自然と街は活気づくのでしょう。六角橋には顧客の求めるものがあるようです。

大学生が多い街に必要なお店といったらやっぱりラーメンですよね。この界隈にはラーメン店がいくつかあります。
そもそも六角橋といったら家系御三家の六角家発祥の地です。
家系ラーメンの発祥地・横浜。
流派がいくつかありますが六角家は家系ラーメンの源流である吉村やの一派。家系ラーメンを知らない人のために分かりやすく北斗の拳で例えてみます。
家系ラーメンの源流はラーメンショップ。
北斗宗家伝承者のシュケンがラーショになります。
そして1974年に家系ラーメン吉村家が誕生。家系ラーメンの総本山となります。
吉村家をリュウケンとするならばがんこ亭が長兄のラオウ。
長谷川家は次兄のトキ。
本牧家が三男のジャギ。
六角家がケンシロウ。
だったら六角家は主役級じゃん?
でも六角家は直系じゃないとも言われています。
本牧家の店長が独立して六角家を開業しましたがその際に本牧家の従業員を引き抜いたためそれにより吉村家とトラブルを抱えたんだそう。
やってることがジャギ。
そのトラブルにより直系ではないとされてるそうです。つまり本牧家から派生したラーメン店。六角家はジャギの子分です。
急に小物感。ただのモヒカン野郎だった。

でもそんなモヒカン野郎がまさかの家系御三家。かつては行列ができるお店がここにありました。しかし六角家本店は2017年に閉店。運営会社は2020年に破産手続きをしています。
六角家は30年ほど前に何度か訪れています。
私の六角橋のイメージはまさにここでした。
でもお店はないんですね。

六角橋は有名家系ラーメン店があった場所なので近隣にはラーメン屋が多いんです。こちらは吉村家直系から派生した家系ラーメン店。

こちらも吉村家直系のお店。
家系ラーメン店が多いのはやはり学生街だからなのでしょう。

あとはぱちんこ店があります。
こちらも学生街だからでしょう。ぱちんこは18歳になってから。まさに大人の階段を登るための施設です。
大学生の半数は一度は経験するぱちんこですが多くがギャンブルに溺れずに生活をしています。
しかし大人の階段につまづく人もいるものでギャンブルに魅了され抜け出せなくなる人も。しまいには学業そっちのけでパチ屋に入り浸り留年する人もいるようです。
ぱちんこやるやつは総じてカスです。
いやいやそんなことはありません。
ぱちんこはギャンブルでしょ?
それは違います。
ぱちんこは遊技機です。ユーフォーキャッチャーと同じ遊技機です。景品がライター石とかなだけです。
今時ライター石が景品のところなんてない。
若い方は知らないかもしれません。
今では特殊景品と呼ばれるものしかありませんが昔のぱちんこ店はちゃんと景品出してたのです。
ライター石、ボールペン、香水。
ライター石を買ってくれる古物商のお店がなぜかぱちんこ屋近くにあるんです。
そう。ぱちんこは遊技なんです。
どうやら私もパチンカスと呼ばれる人だった。

ラーメン屋にパチンコ店。
六角橋は学生向けの店がけっこうあるようです。だったらサロン的な店があってもおかしくない。古い商店街にはそういう店があって当然です。でも見たところそっち系の店が少なそう。
スナックはあるようですが店舗数は少ない。キャバクラ的なところもなさそう。当然ピンクなお店もないようです。チャイナエステとかもなさそうな感じ。
住宅街の買い物の場として発展した六角橋商店街。横浜までもそこまで遠くないためそっち系の店を必要としなかったのでしょう。
かつてはあいまいな店があったのかもしれません。
かつては18禁の店があったのかもしれません。
でもそれらはこの街に必要としなくなりました。
もうここは健全な街になったのです。

と思いきや18禁のお店もちゃんとある。
大通り沿いにでっかく18禁のマークを掲げてる。
やっぱりあった大人の店。
駅前に中華パブがあるし絶対あると思ってました。
神大生だって大人の男の子。
そりゃムラムラってくることあるよね。
でも私の知ってる18禁の看板とは違います。

私の知ってるのはコレです。
これは国家公安委員会告示により定めるマークで性風俗店は表示義務があります。こちらのお店のマークは少し異なります。

これ、もぐりの店ですね。
このマークでは18禁の表示義務をみたしてない。
これは神奈川警察署の生活安全課に通報レベル。
ハートの手前にうんこみたいな模様。
これはスカトロ系のお店かな?
違います。

こちらはアイスクリーム屋さんです。
アイス食べてたら恋に落ちちゃう系の?
違います。普通のアイス屋さんです。

こちらのお店はアルコールを提供してるそうです。
それは20禁にしなきゃダメなんじゃ...。
夜しか営業してないから18禁なのでしょう。大人な感じを味わえるアイスクリーム。ちょっとだ背伸びをして大人を味わう。学生の街って感じですね。
18禁にハートマークだからてっきり恋に落ちちゃう系の店だと思っちゃいました。
ちなみに店員は女性のようです。
これは恋に落ちる可能性が微粒子レベルで存在してる。
総額を聞く価値はある。
でもお店が開くのは17時から。
これは18禁とは行っちゃいけない店。

本当の18禁のお店は早朝から営業してるもんなんだぜ。
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神奈川宿にあった茶屋の名残り!駅きた西口にある国家戦略特区「横浜歓楽街」
本日は横浜に来ております。
港町横浜。
横浜駅前はキレイに整備され美しい町並みです。

こちらは横浜駅の北東側です。高層マンションが多くあるエリアです。

駅直結型の高層マンション。めちゃくちゃ便利なところなのでしょう。キレイに整備されていて心地よいです。お金持ちが住むのでしょうね。
横浜駅は1928年の開業以来、ずっと工事をしておりいまだ完成していません。完成は2040年とも言われているようです。日本のサグラダファミリアとも称される横浜駅。でもだいぶ工事も落ち着いたようでキレイです。こんな感じで横浜駅は洗練されているのです。オシャレな街横浜って感じの街並みです。

こちらは横浜駅北西側の出入り口、キャバクラがあります。
これは洗練されてない質の悪い町並み。
横浜駅きた西口の出入り口。メインの出入り口ではないけれど駅目の前にキャバクラビルがあります。
これがオシャレな街横浜の玄関口。

3階から8階までキャバクラがあるキャバクラビル。結構過激な駅前ビル。
これが飾らないオシャレってやつですかね。
横浜人は気取らず自然体のオシャレを体現する。その体現したものがこちらになります。
これがみんなが抱く横浜のオシャレなイメージ。

ほら、横浜最強セクシーキャバクラがあります。
キャバクラですらねぇ!
駅前から横浜のオシャレなイメージが崩壊していく。

横浜だからでしょうか。
赤い靴を称したお店があります。これは連れ出せる可能性が高そうな店の名前。
オシャレな港町。
カッコいい街。
異国情緒あふれる街。
都会的な雰囲気。
横浜のイメージってこんな感じ。

いや横浜のイメージはこんな感じ。
駅前、キャバクラビルがあるんです。
そりゃそうです。この辺りには企業が多くあるんです。仕事終わりどうするんですか?まっすぐ帰る?
そんなわけないじゃん。いくじゃん。
飲み文化は衰退した。
最近の若い子は飲みに行かない。
そんなふうに言われていますが行くやつは行くんです。
横浜の一等地。駅目の前にあるキャバクラビル。こんなビルがあって潰れてないってことはそれなりに需要があるのでしょう。

こちらはキャバクラビルの隣にある路地です。
良さげな店がけっこうあります。

狸小路西口飲食街っていう横丁で雰囲気は新宿思い出横丁。なんとなく闇市起源の雰囲気があります。
横浜駅は再開発でキレイになっていますが再開発から漏れたところもあるようです。

この豚のお店。
頭からしっぽまで食べられるよさげな店。ここはちょっと行ってみたいですね。
なんだ。横浜駅、なんかよさそうじゃん。
横浜の中心地って桜木町や関内のほうですが横浜駅の辺りも結構楽しめそうな感じがします。そもそも元々は横浜駅の北側は神奈川宿がこのあたりがこの辺りの中心でした。つまりこっちの方が歴史ある歓楽街なんです。そんな歓楽街があるところ、探せば色々あるはず。
闇市起源の裏路地で酒を飲み、そのあと隣りのセクキャバへ行く。セクキャバに行った後は?
その悶々とした感情、どうやって処理するの?
まっまさか!自家発電で済ませちゃうの?
そんなはずないでしょう。
だってここは大都会横浜です。探せばあるはずです。

ってわけで本日は横浜駅の北西側を散策します。

こちらはJR線の上を渡る跨線橋「青木橋」です。
日本に初めて鉄道が敷設されたのは1872年、現在の汐留から桜木町の29kmでした。現在のJRと同じところに敷設されたようでこの青木橋は1870年に架けられました。現在の橋は2代目で1971年に架けられてます。東海道と交わるところだったため架けられた橋。青木橋は日本で最初の跨線橋になります。ここはそんな歴史を感じられる場所です。

この界隈には東海道五十三次の神奈川宿がありました。神奈川宿の範囲は広く東は現在の京急線の神奈川新町あたりから。西は現在の横浜駅の北側辺りまで。このあたりは神奈川宿の西側。端っこの方でしょうか。

こちらは台町ってところです。
私は以前東海道を自転車で旅をしたのですが東海道五十三次の最初の難関がこちらの坂です。急斜面ではないのですがダラダラと続く坂。台町の名前の通り台地になっているところです。この辺りが神奈川宿の西の外れですがこちらにも料亭が軒を連ねていました。

こちらは広重の描いた神奈川宿の浮世絵です。

坂道沿いに店が軒を連ねてます。客引きでしょうか。女性が男性を引っ張っています。
日本ではこんな客引きをしてたら逮捕されますが平成中頃までは許されていた客引きスタイル。私はインドの私娼窟でこれと同じ状況を味わってます。
ここ台町はお茶屋さんが軒を連ねていたそうです。
左手に海が見えますが高台で景色の良い台町は景勝地として人気があったんだとか。
絶対別のサービスがあったはず。
だってお茶屋さんですよ。大の大人がお茶飲んで「横浜の海きれいだね」。それで済むと思います?そんなのスタバですればいいじゃない。スタバの店員、こんな客引きしないでしょ。この客引きのしかたはインドの私娼と同じ。お茶飲んでたら急に恋に落ちることだってあるじゃない。

こちらの浮世絵にさくらやって店がありますが現在は田中家って店になっています。

1863年に田中屋の初代がさくらやを買い取り以後田中屋として料亭を営業しているそうです。それでも150年以上の歴史がある老舗店。

坂本龍馬の妻おりょうも龍馬が死んだあと住み込み仲居としてここで働いていたんだとか。そんな歴史を感じれるところなんです。

こちらは1900年頃の地図です。
このころの横浜駅はまだ桜木町の辺り。横浜駅のあたりはほぼ海の中です。1870年以降に鉄道を敷設し始めたわけですが土地買収は容易ではなかったためか湾岸沿いを埋め立てて敷設したようです。

かつてこの下は海でした。

そんな海の中、ラブホテルがあります。
これは現代版のお茶屋さん。
ウーロン茶飲んでたら恋に落ちる。
背中を流してもらったら恋に落ちる。
日本には様々な恋の落ち方があります。しかし近年はそのような形が認められないようで店舗型の恋に落ちる店は激減。代わりにできたのがデリバリー型の恋に落ちる店。ラブホテルにデリバリーされたら急に恋に落ちる。派遣型スタイルなのです。
ある意味これは江戸時代から脈々と続くお茶屋さん。
昔の言い方でいえば旅館と置屋の二業地。
そんな歴史も感じれるしアレも感じれるところがあるようです。
神奈川宿のあったところには料亭こそ残ってましたが現在は普通の住宅街です。今の中心地はかつて海だったところです。
これはあれですね。

駅前にある現代版のお茶屋さんに行く。
しかしそこのお茶屋さんはお茶しか提供してない。

そのため駅前でお茶を飲んだあとホテルまで移動するのでしょう。
セクキャバ行ってデリを呼ぶ。
これが令和最新版のお茶屋システム。

ちなみに北幸にもホテル街があります。
横浜駅前はラブホが乱立してる!
そう。横浜には店舗型が少ないんです。
遊郭がなかったからでしょうか。
空襲被害が酷かったからでしょうか。
もともと海だったからでしょうか。
その手の店が少なめなんです。

南幸に一軒だけ店舗型があるだけ。ここは、風俗過疎地なんです。
桜木町まで移動すればそっち系の店があります。わざわざ自宅そばである必要はありません。あーいう店があると街の風紀が乱れますからね。人の住む場所に風俗店があるのは好ましくありません。

かつては海の底だった横浜駅前、現在はタワーマンションが建ってます。
横浜駅の北側は居住エリア。この辺りはある程度の富裕層が住むのでしょうか。キレイなタワーマンションがあります。

43階建てのサービスアパートメント。
2023年にできた比較的新しいマンションです。
国家戦略住宅整備事業で建てられたマンション。
国家戦略住宅整備事業とは成長戦略のひとつで世界で一番ビジネスがしやすい環境を創出することを目的にした事業なんだとか。ビジネス環境と居住環境を兼ね備え、生活に必要な機能を併設したマンション。まさにグローバル社会に必要な建物です。
そんなマンションの目の前、特殊なお風呂屋さんがあります。

これが国家戦略の要。
高級マンション目の前に高級そうな特殊浴場。
これは風呂釜が壊れても安心できる街。生活に必要な機能を併設したソープランド。
私は横浜のその手の店には結構行ったんですがここは外してました。まさかのポツンとお風呂屋さん。横浜駅には一軒だけだと思ってたけど二軒あった。

そういえば南幸にあったあの店、括弧書きでヘルスって書いてあった。
ちなみにこちらのお風呂屋さんも横浜駅で唯一のお風呂屋さんを名乗ってます。実際に公衆浴場もないので名実ともに唯一の風呂屋。特殊だけど。
今日はちょっと大きなお風呂に入りたいな。あっ横浜駅前に浴場があるじゃない。ひとっぷろ浴びていこうかな。そんなことがここではできるんです。
湯船は大して広くない。
広いのはマットが置けるスペースだけ。

しかも銭湯のように安くなく、横浜の銭湯の値段は530円だけどここのは90分32000円。
これが国家戦略特区横浜です。

ほら、国家戦略特区っぽい自販機があります。
防犯活動支援自販機というものでオレオレ詐欺啓発のための自販機です。
息子はサギ!?
もう息子の電話はサギ電話。これぐらいキャッチ―にしないと意味がない。世知辛い社会になりました。

こちらの自販機はぱちんこ会館前にあります。
特殊詐欺グループに所属してる人が好きそうな遊技機。
特殊詐欺グループの人が逮捕されたときに集めた資金はギャンブルで使用しましたのソレ。
神奈川県遊技場協同組合会館。
どんな組合なのかは不明ですがパチンコ業界の不正を未然に防いでるのでしょう。
パチンコ業界の不正?
違法なギャンブルをしないとかですか?
景品を換金しないとかですか?
同協会サイトには闇スロは犯罪と書かれてました。闇スロで遊技することは賭博罪になるそうです。
闇スロがやってることってパチンコ屋とさほど変わらなそうだけど。

こちらのぱちんこ会館。タワーマンションの隣りにあります。つまり特殊浴場のそば。
手前に見えますのがぱちんこ会館。
奥に見えますのがちんこ会館。
これが国家戦略で作られた横浜の街並み。
横浜の西口アダルトDVDの店ばかりでてっきり自家発電をしてるのかと思いきや、ちゃんとやることやってました。富裕層だって男の子だもん。
マット、したいですよね。
二輪車、したいですよね。
潜望鏡、したいですよね。
その夢、叶えてくれる店が近くにあるんです。
やっぱ自宅そばには特殊な風呂屋が必須です。

夕方になりました。
すでに駅前のお茶屋さんそばには黒服が立ち、街路には客引きの女性が男性客を誘惑してます。
夜の街がはじまろうとしている時間帯。せっかくこの時間帯に横浜にいるんです。夜の街、楽しんじゃいましょう。
これよりあの店に行きます。あの店ってどの店?

この店かな?

この店かな?
行きたい店がけっこうある。

私が行きたいのはこちらのお店です。
豚を頭からしっぽまで食べさせてくれそうなお店。
同店は1956年に創業したんだとか。売春防止法が施行される前年にできた老舗店。当時の男どもはここで英気を養い、夜の街へと消えていったのでしょう。そんな歴史が感じられる店。
70年も営業しているんですから間違いないお店でしょう。
ちなみにこちらのお店、吉田類の酒場放浪記でも来てるんだとか。
飲み屋街で高確率ですれ違う吉田類。
吉田類来るところ、名店。これは期待が持てそうです。

まだ日は落ちていませんが飲み始めます。
こちらのお店の名物はやかんって飲み物。
やかんの中に甲類焼酎が入っておりやかんから直接注ぐスタイル。それを梅シロップで割って飲むのがこの店のおススメの飲み方のようです。
すきっ腹に焼酎はちょっとしんどいのでまずはビールにしておきます。

こちらは豚のホルモン屋さん。
ってわけでまずは豚のカシラを注文しました。
串焼きとかではなくチャーシューっぽいやつです。しっかりと煮込まれており味濃いめ。カラシとお酢を混ぜたタレで食べるんだとか。酒のツマミにはちょうどよい味付けです。

こちらは豚のしっぽです。
ゼラチン質の何か。
こちらも味が染みていて酒が進みます。
頭からしっぽまで。
実際は頭としっぽだけしか食べてません。
一皿がけっこう量が多め。そのため複数の料理が頼めない。
この店は長居をするのではなく一品頼んでそれで何杯か酒を飲み、また別の日のここに訪れ違うものを注文する。そのようにしてコンプリートするのがこの店の正しい呑み方なのでしょう。駅の目の前で通いやすいですからね。豚足や豚の耳も気になりましたがそれは今度に。
ごちそうさまでした。

本日は横浜駅の北西側を巡りました。
横浜駅は南西側が歓楽街になっているためついついそちら側ばかりに行っていましたが、北側にも私の求める店あるじゃない。新たな発見です。
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本日は横浜に来ております。
こちらは横浜駅前です。
東京23区を除くと日本最大の街。人口は377万人を抱える大都市「横浜」。横浜に来れば何でも揃うし遊ぶところもある。そんなわけで横浜には良く訪れるんです。

横浜をイメージするものってなんでしょうか。
横浜中華街!
そうですね 中華街のイメージはありますね。
湊町横浜!
そうですね 港のイメージはありますね。
赤レンガ倉庫!
そうですね 歴史的建造物もありますね。
あとはベイスターズ!
そうですね 横浜ベイスターズもありますね。
それに横浜Fマリノス!
そうですね マリノスも横浜ですね。
大日本プロレス!
絞りだした感のある横浜のイメージ。
横浜ギガスピリッツ!
知らない何かのチーム名。
いや、もっと横浜をイメージするものあるでしょう。横浜といえばハマヘルです。
そう、ハマヘル!横浜のイメージ、風俗街なんです。
野毛のあたりには風俗街があります。
福富町には風俗街があるし日ノ出町にも風俗がある。
黄金町には風俗があるし伊勢佐木町にも風俗がある。
曙町には風俗があるし弥生町にも風俗がある。
横浜、風俗街だらけ。
人口が377万人まで膨れ上がったのは風俗ががあったからなんです。でもハマヘルがあるの、関内のほうなんです。横浜駅にはそういった店がないんです。
ほんとに?
なんか駅前にあった気がしたけど...。
もう横浜駅の周りにはそういった店はありません。
じゃあ横浜駅を利用してる人たち どうしてるの?
その悶々とした感情、どうやって処理するの?
あるでしょ?そういう店。
絶対あるはずです。
ってわけで本日は横浜駅西口側を散策します。

こちらは横浜駅西口側です。
私のイメージする横浜駅はこのあたりです。
相鉄と川に囲まれた一画。この西口五番街の辺りが横浜のイメージ。
横浜駅は乗換えで頻繁に使いますが駅を降りる機会は少ないです。でもこの西口の辺りは何度か利用しています。怪しいマンションの怪しい店にも行きました。終電無くして飲み明かした経験もあります。そんなクソみたいな想い出しかない横浜。

こちらには横浜西口ゴールデン街があります。
まさに呑み助のための路地と言った感じ。
新宿思い出横丁のようなところでしょうか。

新宿想い出横丁にはエロビデオ屋はありません。
でも横浜の飲み屋街にはエロビデオ屋がある。
しかもテンガショップまで併設されてる。

ちかくにはガールズバー的な店もあります。
セクキャバやイチャキャバもあります。
何でもありの横浜駅前。

これは居酒屋で飲んだあとにセクキャバへ行きあとはテンガで自家発電って流れですね。

悶々とした感情、自分で処理してた。

この界隈はエロDVD販売店が多いです。風俗があるっぽい雰囲気ですがそういう店がない。

ちなみにこちらにはかつてロンドンがありました。
かつては風俗店があったんだ。
そう。かつては自家発電は不要でした。でもその店は時代の波に押し流されて消えました。横浜人は自家発電しか手段がないのです。

横浜駅西口駅前はこんな感じですが横浜の神髄は橋の向こう側にあります。

こちらは西区南幸2丁目。
街の中央を通るパルナード通りです。
ビブレ、イオンモールなど大型商業施設があるエリア。日中は人通りが多くなる商業地です。横浜駅のイメージはこのあたりでしょう。

そしてパルナード通りの南東側。帷子川までの区間が飲食店街となっています。

横浜で飲むとするならここでしょう。規模は大きくありませんが飲食街となってます。

またキャバクラがあるのもこの界隈です。こちらは新横浜通り沿いのスナックビル。ラウンジやパブが入居しています。

こちらはセクキャバです。
セクシーを名乗る店が多い気がする横浜。
やっぱオシャレな街にはオシャレなセクシーキャバクラが必要だし、オシャレな横浜人にはオシャレなハッスルタイムが必要なのでしょう。

横浜人はこれらの店に行ったあとひとり寂しく自家発電をするのですね。
この界隈にはスナックやキャバクラがありますがキャバクラ街のような歓楽街ではなく西口は居酒屋が多い飲み屋街のようです。

居酒屋が多く次いで多いのがラーメン店です。
家系発祥地の横浜。
この近くには総本山の吉村家があります。以前はこちらに店舗がありましたが2023年に道路を渡った先に移転しました。
大通り沿いにあったころはよく食べに来てました。
吉村家は20時までしか営業していないため飲んだ後に〆の一杯ってのができませんがこの界隈には夜中までやってるラーメン屋があります。

つまり横浜人は、セクキャバ行ってラーメン食べたあとひとり寂しく自家発電をするのでしょう。

そういった店はないのかな?
でも探せばちゃんとあるんです。こちらのビル、だいぶ怪しさがあります。

南幸2丁目の中心にあるアネックス横浜ビル。
居住用マンションに店舗が併設されており低階層にお店がある便利っぽそうな建物ですが入居するお店に偏りがある。
でもこれはこれである意味便利な建物。

リラクゼーション、リラクゼーション、リラクゼーション、リラクゼーション、リラクゼーション クラブ。
リラクゼーションだらけの怪しいビル。

ほかにもガールズバー スナック、コンカフェ ガールズバー スナック。そしてまさかのファッションヘルス。
住居とヘルスが同居する複合型マンション。風俗付き物件は名古屋にしかないと思ってたけど横浜に普通にあった。
自宅から徒歩ゼロ分にある自宅直結型のヘルス店。
雨が降っても安心していくことができます。

創業40年の老舗店。
横浜駅西口唯一の店舗型風俗店。
そうです。
かつては駅前にロンドンがありました。
でもロンドンはだいぶ前に閉店したのです。
そもそもロンドンはキャバレーなんです。
いやロンドン横浜A館はキャバレーじゃなくサロンだった。
まぁサロンでも届出上は飲食店。
でもこちらの店は届出上も風俗店なんです。
横浜にはこの一店舗しかないんです。

労わり合い、思い遣り
女性への接し方、男を磨く。
教養の場として慎ましく在ろう。
凄い道徳的な言葉。
でもやってることは性風俗店。
ここは教養の場なんです。
教えられることに偏りがある。

この街で日々顔晴る同志として、あなたの活躍に社会は励まされている。活気を、ありがとう。
全然性風俗店っぽくない。
普通の性風俗店の看板って淫乱美女が...とか、妖艶な淑女が...とか、卑わいな感じを出すもんですが、ここはそういった文言がゼロです。なんか心温まる看板。逆に怖いけど。

よく見るとシーサーがうっすら見えます。
なんでシーサー?

どうやらこちらのお店の名前、宮古島の方言でいらっしゃいませを意味するんだそう。
これはひとつ教養になった!
なんで宮古島なのかは不明ですが、もしかしたらここでは宮古の風を感じられるかも。

このビルは一階から三階が商業施設になっており古着屋や会計事務所、設計事務所がありますが多くがスナックやバーなどの飲み屋さんとリラクゼーションを称した店。
横浜駅に西口はスナック街がないと思ってたけど一カ所に全てがまとまってた。
リラクゼーションの店が少ないと思ってたけどこのビルが全てを引き受けてた。
一カ所にまとまってたんですね。

ちなみにアネックス横浜の目の前、ライオンズマンションがありますがこちらにも怪しい店があります。
二
ヶ所にバラけてた。
見た目はごく普通のマンションですが看板はないけどここにもそっち系の店があります。この近くにはホテルがあるからホテヘルの受付もマンション内にあります。
なんで知ってるの?
本日は横浜駅西口を巡りました。
過激なお店もあるにはある。
さすがは神奈川県の県庁所在地だけあります。
風俗店がほぼなさそうな感じがしますが探せばちゃんとある。駅前は自家発電をしてます感を出していますが、ちゃんと相手がいるじゃない!

ほら駅前には出会いカフェがあります。
明らかに不健全な店!
いやいやこの店は出会いを求める男女が集まるカフェ。
別に不健全な店ではありません。健全な出会いの場を提供してるだけです。
婚活相手も探せます。
少子高齢化が進む日本。
やっぱりこのような出会いの場が必要でしょう。
食事相手も探せるんです。
ひとり寂しく食事をするより誰かと一緒がよいじゃない!
カラオケ相手だって探せます。
ひとり寂しくカラオケ行くより誰かと一緒がよいじゃない!

そしてパパ活相手も探せます。
それを日本では売春って言うんだゼ。
でも少子高齢化の歯止めになるかも。
一人で寂しくするよりも誰かと一緒がよいじゃない!
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戦後も生き残る初音町遊郭の名残り台中にある私娼窟「大湖私娼寮」

本日は台湾に来てます。こちらは柳川です。
雰囲気の良い川です。きれいに整備された遊歩道。旅先でこういうところを散歩するのもいいですね。こちらの川があるのは台中駅の西側の中心地。現在私は台中市にいます。
台湾三大都市の一つに数えられる台中ですが日本人が観光で あまり行かない地域。
台北ほど成熟していない街並み。高雄や台南のように南国感も味わえない。実際に台湾のガイドブックって台北ばかりです。台南や高雄のガイドブックはあるものの台中専門ってのはありません。台中が紹介されてるのは台北のガイドブックの後ろの方に数ページだけ。台中市は台北のおまけみたいになってるんです。
観光客が寄り付かない台中市。
台北から電車で2時間ほどで行けるので名古屋みたいなところ。
日本でも名古屋って行かないですよね!
外国人観光客は東京、京都、大阪には行きますが名古屋ってスルーしちゃうんです。
実際に名古屋は国際的にも知名度が低く世界十大退屈都市に選ばれてます。
私も名古屋って行ってないんです。
錦とか中村大門とか 納屋橋とか東新町とか今池とか池下とか大須とか女子大小路とか。
結構行ってた。そして行き先の質が悪い。
名古屋に訪れる理由が不純すぎる。
私はいろいろな理由で行ってましたが多くの人が素通りする名古屋。
台中も同じです。台北から近くて行きやすいけど近いから台北とさほど変わらない街並み。これなら台北で事足りる。だから台中には観光客が来ないんです。
このように日本人には人気のない台中ですが楽しめるところもあるんじゃないでしょうか。
だって台中は台湾の名古屋みたいなところ。ってことは探せばあるはずです。実際に私はそれを見に台中に訪れました。本日私が見に来たのは遊郭跡地です。
クソみたいな遊郭跡地観光。台中に訪れる理由が不純すぎる。
台中の遊郭があった場所は中心地にほど近く、この川のそばでした。
遊廓ができたのは日本統治時代です。日本統治が始まったのが1895年。下関条約が交わされたのが4月。条約の発効は5月でした。当初は内地民間人の渡航は禁止されていましたが秋には緩和され 台中に駐在する日本人が現れます。最初に居ついたのは新富町と呼ばれるところ。台中駅の北側、現在の台中の中心地になるのでしょうか。

こちらは台中市第二市場ってところですがこの辺りが新富町と呼ばれたところです。
この市場ができたのも日本統治時代の1917年。日本人向けの市場として開設されました。

こちらでは台中のB級グルメが食べられるため観光地となってます。
私もこちらで台中のB級グルメを食べました。

こちらは意麺という台南発祥の料理です。
台中関係なかった!
日本人専用の市場があった通り台中には多くの日本人が住んでいました。
その多くは軍人関係者。台中には駐屯地があったそうです。
台湾統治当初から陸軍が駐屯しており台中駅の北東側は軍人町とも呼ばれていました。
かつての台中は軍都だったのです。
軍部あるところ遊郭あり。
女っ気のない軍隊。そして若い人が多い兵士。
兵隊さんは日々我慢の繰り返し。ほぼオナ禁をしてるようなもの。そんなわけで処理したいですよね。でも当時問題となってたのが性感染症。発情期の猿のごとく当たり構わずするものだから兵士の性病が問題だったのです。だから駐屯地の近くに遊郭を設け性病が蔓延しないようにしてたんだとか。当然台中にも遊郭がありました。台中に最初に遊郭ができたのは1901年。現在の成功路と 中山路の間あたり当時は常磐町と呼ばれたところに常盤町遊郭が設置されます。
遊廓があったのは市場の近く。当初は町外れだった常盤町ですが遊廓ができたことで多くの人が往来。それにより繁華街へと発展します。
エロが街を発展させる。これに関しては万国共通のようです。
しかし町の中心に遊郭があるのは望ましくない。風紀が乱れると治安も悪くなる。現代でも本質的に不健全とされている性風俗業界。それは100年前も変わらず不健全なものでした。健全で文化的な生活を送るうえでその不健全な店が中心にあるのはよくありません。ってことで遊郭を移設することになります。街の中心から遊郭を外すのは仕方ないこと。
遊廓の移設先は一区画北側でした。
大して離れてない。

新しくできた遊郭は 初音町遊郭と名称を変え1914年に柳川沿いの初音町に設置されました。
この辺りが遊郭のあったところです。
女郎置屋はいくつかに分類され、
日本人が経営するところ。
台湾人が経営するところ。
そして韓国人が経営するところがあったそうです。
なぜか韓国人が現れる不思議。
まるで韓国人は風俗経営に慣れてるみたいな感じ。
日本人、台湾人、韓国人。選べる三つの風俗店。
要はコリア系アガシと中華系姑娘、それと日本人の店があったのでしょう。
現代の駅前エステとさほど変わらない。
さらに利用者も区分されていたようで柳川の北側が台湾人専用遊郭。
南側は日本人専用の遊郭だったそうです。

こちらは南側の日本人区画だったところです。
今から100年前の話。遊廓があったのは30年間ほど。しかも終戦後は遊郭はなくなってます。そのためその名残りはここには残ってません。そもそも兵士の性病蔓延防止のための遊郭でした。戦争が終れば必要なくなる。台湾人にとって不要な街。終戦と同時に町は浄化されたのでしょう。
ちなみにこの付近は戦後、私娼窟でした。
戦後も残ってた。

台湾人にも必要不可欠の街。
日本統治が終って遊郭システムがなくなる。それはエロい大人が黙ってません。
重振紅燈區! (遊廓を復活させろ!)ってことで私娼窟として一部が継続します。

ちょうどこの辺りが私娼窟エリア。
1970年代まで残ってたんだとか。でもそれも50年前の話。現在はそのような店はここにはないようです。

あるのはマッサージくらいでしょうか。
そのような店っぽい店構え。地方のソープのソレ!!
いやいや見た目で判断しちゃだめです。見た目がこんなだとしてもごく普通のエステ店の可能性だってあります。
プレジデントって店名はソープにありそう。
いやいやここはソープじゃなくエステ。普通のエステ店です。
ちなみにこちらの店は、セクシー美女が対応してくれるそうです。
見た目そのままの怪しいエステだった。
そしてバスルームも完備なんだとか。
エステじゃなくてソープだった。
見た目はほぼソープのそれと同じです。名前を大統領とするのはソープかその手の店くらい。
観光旅行で行くような店じゃない!でもでもせっかく台湾に来てるんです。台湾人と触れ合いたいならこういう店に行くべきですよね。
エステで現地の人と会話をする。そういうのも観光のひとつです。
ちなみにこちらの店のスタッフの多くはベトナム人と本土からきた中国人です。
現代の日本の駅前エステとさほど変わらなかった。

もともと繁華街だったわけですからそういう店は残っててもおかしくありません。
あとはKTVがあるくらいでしょうか。
KTVはカラオケテレビって意味。カラオケテレビ?カラオケボックス的な店かな?
実際にカラオケボックスのような店もあればスナック的な店もあるなど様々。自助式と呼ばれるのが普通のカラオケボックス。商務KTVというのがスナック的なところ。キャバクラなんかもKTVとされているようです。
このようにKTVはあちこちで見られますが台湾のKTVではテイクアウトができるようです。
マクドナルドのノリのテイクアウト。
まさかの連れ出しキャバクラ。
100年前から変わらずの置屋システムだった。
こんな感じで遊郭なきあともKTVやエステ店に形を変えて受け継がれました。
ここまでお話ししたのは遊郭があった南側。
つまり日本人専用の遊郭でしたが台湾人専用だった北側はどうだったかというと戦後私娼窟ができました。
ほぼ戦後も遊郭がそのまま生き残ってた!
私娼窟があったのは福音街と精武街ってところ。

こちらは私娼窟近くにある寺院「大湖土地公廟」です。
1987年に建立された比較的新しい寺院。
主祭神は土地公様。台湾の土着宗教の神様がまつられてます。80年代にできたってことは神社があったから街が形成されたのではなく街ができて神社ができたのでしょう。この近くが私娼窟だったそうです。
通称「福音街豆乾厝」、または「大湖私娼寮」と呼ばれた私娼窟。
豆乾厝とは豆腐のように四角の建物だったから。性行為をするだけの簡素な建物ということです。いわゆるちょんの間のようなところ。
工具店が軒を連ねる道具屋街ですがそれに交じってちょんの間があったそうです。
戦後私娼窟として誕生し70年代には娼館が60軒ありましたが近年では10軒ほどまで減少し4年ほど前に最後の娼館が摘発。ここにはもう娼館はありません。

こちらが最後に残ってた娼館です。
この辺りの娼館は何度も摘発に遭いますが摘発後も再度復活を繰り返していました。
娼館は滅びぬ、何度でも蘇るさ。
ずっとそれが繰り返されていたため警察は別の手段に出たそうです。
建物自体が風紀上の問題があるとして建物そのものを取り壊す形にしたんだとか。
壊したのは4年前ですが当時のままです。
このように壊れた建物は残っていますが娼館としての機能を果たしていません。もうここには存在しないのでしょう。
日本統治時代に遊郭ができその流れを汲む形で公娼街となった福音街豆乾厝。公娼制度廃止後も私娼窟として継続しますが時代の流れとともに衰退。最終的に警察の摘発でとどめを刺されましたがそもそも消えかかっていたのでしょう。

その手の店は見当たらずここは電器街に戻りました。ごく普通の電器街。電気機器が売っている街です。

いやこれは電器じゃなくデンマ。
私娼窟だったところにあるセーフティーネット。
代替案が大人のおもちゃだった。
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塾生が多い学生街「ひようら」で満蘭に載る怪しいエステを探せ!

本日は横浜市港北区に来ております。
こちらは日吉駅です。
東急電鉄と横浜市営地下鉄の乗換駅である日吉駅。東急電鉄は東横線、目黒線、新横浜線の3路線。渋谷にも横浜にも出やすい立地のため駅利用者は結構多いんです。
日吉って川崎の端っこのところでしょ?
いえ、ここは川崎じゃありません。ここ、実は横浜なんです。なんとなく川崎っぽい感じがしますが港町横浜なんです。
たしかにすごい微妙な位置にある日吉。実際に川崎には日吉地区って呼ばれるエリアがあるし、日吉中学校や日吉小学校は川崎市内にあります。じゃあやっぱり日吉って川崎なんじゃないの?でも住所は横浜なんです。
このようにあいまいなのには理由があります。
元々日吉駅の周りは日吉村ってところでしたが1937年に村の東側を川崎市に西側を横浜市にわけて統合したそうです。当初は村全てを横浜に合併する予定でしたが話の途中で川崎が横槍を入れてきたんだとか。そしてお互いが領有権を主張し始めたのです。
川崎国「日吉は我が領土、地図を見ても明らか。日吉は未来永劫川崎の固有の領土、浜人が占領を試みようなら横浜は火の海になる」
このように川崎が領有権を主張し始めます。
それに対して横浜も川崎に対し抗議します。
横浜国「誠に遺憾である」
このようにお互いが領土を主張したそうで、それにより川崎派と横浜派で村内も分裂。色々争った結果、分割統治する形を選びました。
矢上川に東側が川崎で西側が横浜。この矢上川が川崎と横浜の国境になりました。ある意味この川は神奈川県に流れるイムジン河。
こんな川崎なのか横浜なのかわかりづらい日吉。日吉のイメージってなんでしょう。これはもう慶応義塾大学ですよね。駅東口側には慶応大学日吉キャンパスがあります。

慶應義塾大学が日吉にできたのは1933年。
横浜市の統合される少し前でした。慶応大学が日吉にできたのには理由があります。
鉄道を敷設して地価を上げて土地を売る。鉄道会社の収益の多くは不動産業で東急電鉄も東横線を敷設し土地開発をしてました。もともと日吉は田畑が広がる丘陵地でしたが東急電鉄により宅地開発がされました。
日吉駅ができたのは関東大震災から三年後の1926年。被災に遭った人の転居を望んでいたのでしょうか。
しかし3年も経てば新居を求める人はおらず日吉の土地は売れなかったのです。
土地買収、宅地開発、駅敷設。
ここまで相当の資金を投入しています。
資金回収をせねばなりませんが買い手がつかない。そのため慶応義塾大学に駅東口側を寄付しました。
大学ができたことにより日吉は人気の街となり土地の値段は2倍以上に高騰したそうで、誘致は大成功だったようです。
このようにして日吉は学園都市となりました。
日吉キャンパスは大学院含め15000人の学生が在籍しています。そのため日吉駅は多くの人が利用する駅です。

こちら側は日吉駅西口側です。
通称「ひようら」と呼ばれる地域。
こっちの方が駅前っぽい感じがしますが日吉は慶応大学により栄えた街。そんなわけで西口側は裏側と称されてるようです。西口側は街路がキレイに整備されています。街の作りは田園調布っぽい感じで街路が駅を基点に放射状に広がっています。
元々は日吉も高級住宅地を目指したようです。残念ながらそのような街にはなりませんでしたが田園調布とは違い良さげな商業地となってます。西口は飲食店が軒を連ねる商業エリアで学生街なので学生に合わせた店が多くあります。
駅前にはマックやスタバなどのファストフードや低価格帯のお店がけっこうあるようです。またぱちんこ店や麻雀店があるのも学生街っぽい。若者の街って感じです。
駅を基点に5つの道が放射状に延びており通りには名前が付けられています。

こちらは東横線沿いにある通り「サンロード」。
西口の一番東側だからこの名になったのでしょう。東横線沿いなので東急のお店があります。

こちらは浜銀通りです。名前の由来は通り沿いに横浜銀行があるから。

こちらは日吉中央通りです。セントラルロード。
駅真正面にある通りです。一番お店がある街路でしょうか。

こちらは普通部通りです。
この通りを抜けた先に慶応義塾普通部があります。通りの名称はその普通部ってのが由来です。普通部とは慶応大学中等部。つまり中学校のことです。
普通って世間一般ってイメージですが「普く通ずる」って意味なんだとか。ここは普通の人が多くいるのでしょう。

そして最後にこちらの道です。
この通りの名前はありません。
たしかに他と違ってこの道は何もないんです。商店街ではなく住宅街のようなところ。かわいそうだから名前くらいつけてあげて欲しい。
街路入り口にパチンコ屋があります。
じゃあぱちんこ通り。
サンロード 浜銀 中央 普通 ぱちんこ脇。
最後だけ質が悪そうな通りの名前。
こんな感じで賑やかな日吉駅前。
学生街なので学生向けのお店が多いです。ぱちんこ店や麻雀店があるのも学生街だから。
ファストフードが多いのも学生が多いから。若い人向けのお店ばかりです。
じゃあ日吉にはアレな店、ないのかな?
でも塾生だって男の子だもん。探せば必ずはず。
実は以前、日吉を散策したことがあったのです。
慶応大学があり多くの塾生が行き交う日吉。
私には縁もゆかりもないところですしこの界隈に住んだこともありませんが以前日吉に駐車場を借りてた時期があったんです。その当時は新宿に住んでいたのですが私の住んでいたマンションの駐車場の値段。一カ月45000円もするんです。さすがにその費用を出すことができなかったため駐車場を郊外に借りたのです。
日吉なら新宿三丁目から一本で出れる。駐車場代は一カ月1万円。車にすぐに乗れないのは不便でしたがない袖は振れぬわけで仕方なく日吉に借りました。そのあと駐車場が近場に見つかったので借りてたのは半年くらい。でもその間定期的に日吉に通ってたのです。
早朝電車に乗って日吉まで来て車に乗る。夕方駐車場に車を置き日吉駅へと向かう。まっすぐ電車に乗ればよいものをやっぱり気になるじゃない。ってわけで駅の周りをうろちょろしてたんです。
「ここが普通部通りか。風俗的な店はないのかな?」
普通部通りに異常部員現る!
繁華街に来たらとりあえず風俗探す変態野郎。
残念ながらそういった店はありませんでした。
ここは普通部通り。中学生が往来する道です。そんなわけでそんな店があるはずがありません。でも駅東側には大学があります。大学生でもそういう店って興味あるでしょ?サロン的なお店は学割があるし...。
そもそも慶應義塾普通部および慶應義塾高等学校。これらは男子校です。中高と青い春を体験できなかった学生時代。大学生になったら風俗にいくのでしょう。でも塾生はそういった店にいかないようです。高学歴の彼らは風俗を必要としない。その理由は周りがほっとかないからです。女が寄ってくるから困らないんです。以前、こんなのがあったでしょう?
1999年に慶應義塾大学医学部レイプ事件。
2016年に慶應義塾大学広告学研究会レイプ事件。
斜め上を行く女性との接触の仕方。
青い春を体験してないから起きた悲惨な事件。でもこれらの事件は全て不起訴なんです。
不起訴、つまり事件でも何でもない。不起訴となった理由はそもそも犯罪が成立していないものや嫌疑不十分や起訴猶予などです。
本件の不起訴理由は言及されていませんが示談が成立したんでしょう。結局最後は金目でしょ!?
多少のオイタが過ぎたとしてもお金で解決できる。わざわざ質の悪い風俗に行かなくても慶応ボーイは女に困らないのでしょう。
いや結局お金払って解決してる。
そんなことより金目でしょって言ってたアノ議員、
出身校が慶応だった!!

日吉にも三田にもそういったお店はありません。
慶応義塾大学そばにあるのはラーメン二郎くらい。でも日吉駅は塾生だけの駅ではありません。多くの横浜市民が乗り換えで使う駅なんです。だったらあっていいんじゃない?

風俗はないけど飲み屋はあります。大学生が来るような店じゃなさそうな雰囲気。ここは日吉唯一のキャバクラでしょうか。東横線と横浜市営地下鉄の乗換駅である日吉駅。横浜市営地下鉄は中山駅まで行けますが開業したのが2008年と新しい路線のため沿線沿いに歓楽街がないのです。
そんなわけで飲み屋さんは少ないし当然そっち系のお店もゼロ。おねえちゃんとおしゃべりしたいと思っても最寄り駅にはそういう店がない。横浜市営地下鉄民は不当な扱いを受けてるのです。でも日吉まで出てくればこのような店があります。ここは横浜市営地下鉄利用者のオアシススポット。

キャバクラは一店舗だけですがガールズバーは何店舗かあるようです。若い子はこういう店には行かないのかな?でもこういう店があるってことは期待できるかも。

カフェなどもある日吉ですが一番多いのがラーメン店でしょうか。

日吉にラーメン二郎はないですがインスパイア系はあるようです。

多いのが横浜家系ラーメン。
川崎かあいまいな地域ですが住所は横浜。若い子は家系ラーメンが好みなのでしょう。

あと日吉は学習塾が多いです。
学習塾が多いのも慶応大学があるため塾生が塾講師として働いているのでしょう。
若い子が多い街なのでしょうね。
ちなみに学習塾で有名な日能研の発祥はここ日吉なんだとか。学園都市日吉って感じです。

あと多いのがマッサージ店でしょうか。
若い子、学園都市関係ねぇ!
東横線と横浜市営地下鉄の乗換駅である日吉駅。
開業したのが2008年と新しい路線のため沿線沿いに歓楽街がありません。横浜市営地下鉄民は不当な扱いを受けてるのです
ちょっと肩こっちゃったかな。
ちょっと腰が痛いなってときにマッサージがしたくてもその店が最寄りにない。
でも日吉にくればその願いを叶えてくれるんです。日吉であればマッサージが受けられるんです。

ほら、お試しコース、基本コース、オイルコース。
いやマッサージ要素がゼロ!
いやいや多分あるんです。
ここにほかのコースもありますって書いてあるし。
スペシャルなやつが期待できそう。

こちらの店だって、ほら、お試しコース、基本コース、オイルコース。
やっぱりマッサージ要素がゼロ!
いやいやたぶんあるんです。その他お得なコースもあるみたいだし。
ここもスペシャルなやつが期待できそう。

ちゃんと指圧がメインのお店もあります。メインは明らかに泡泡洗体。
マッサージ店じゃなくてリラクゼーション。
リラクゼーションとは緊張を解くこと。身体と精神の緊張状態を緩和するための施術。それがリラクゼーションなのです。
アロマオイルを使ったリラクゼーションは香油の効能を利用して心身をリラックスさせる。リンパマッサージのリラクゼーションはリンパの流れを促進し老廃物排出を助ける。このような効果があります。
でも日吉にあるリラクゼーションを称する店、アロマオイルを使ったリラクゼーションは何かの滑りをよくするためだけに使ってそうだし、リンパマッサージのリラクゼーションは鼠径部がメインのリンパマッサージっぽそう。
本来は身体と精神の緊張を緩和するものなのに紙パンツから緊張が見え隠れしそうな状態になりそう。これはホットペッパービューティーもびっくり。

そう日吉には大手エステ紹介サイトに載ってない。リラクゼーションなエステがあるんです。
ここにあるエステ店はアジアンエステ満蘭に載ってそうな店。

そんなサイト知ってるのはおじさんくらい。
えっ!?最近の若い子はミツランを見ないの?
そもそもサイトが閉鎖されている。
じゃあどうやって店を探すの?
やっぱかよって探すのでしょう。
さすがは塾生がいる日吉。
福沢諭吉の基本理念「実学の精神」を重んじてる。
関連記事
【JFEとJEFのお膝元】港町蘇我でお遊びスポットを探せ

本日は千葉県中央区に来ております。
こちらはJR蘇我駅です。内房線、外房線、京葉線、臨海線が乗り入れる蘇我駅。ターミナルであり南房総へ行くジャンクション駅。

駅前はジェフユナイテッドがお出迎えです。ジェフと言えば市原のイメージでしたが2003年からホームが千葉市になったんですね。私が知ってるジェフはリトバルスキーがいたころ。
もう30年以上前の話。
ホームタウンが千葉に移ったジェフ。
市原市はもう関係ないけどチーム名はジェフユナイテッド市原・千葉。
配慮なんでしょう。
そもそもグランパスもトヨタなのに名古屋だし、ヴェルディーなんて川崎か読売かで揉めてましたし。Jリーグにおいて名前なんてどうでもいいんです。
ジェフの本拠地となった蘇我。
ジェフが来たことで街は賑わってるのでしょう。

駅前はこんな感じ。
バスロータリーがあってケバブ屋さんがあります。
さすがはジェフの本拠地。

こちらは駅西側です。
蘇我駅が栄えているのは東口側のほうのようです。でもかつてはこっちの方が栄えてたんだとか。
千葉県の県庁所在地は千葉市にありますが県庁のあるあたりは昔は何もない寒村でした。県庁が設置されたことで急激に発展したそうです。蘇我のこの辺りは古くから港町として栄え鉄道が開通するまで上総との中継地でした。そのころの名残りなのか、この界隈には日本料理店があります。
またJFEの製鉄所もあるため出張に来る人のためのホテルもあるようです。
製鉄所があるところ飲み屋街あり。
君津には日本製鉄の工場がありますが駅前は飲み屋街でした。
製鉄の街といわれた北九州、飲み屋街しかありません。
製鉄所がある蘇我、これは期待できそうな感じです。

こちらの道は房総往還です。船橋と館山をつなぐ房総往還。
かつてはこの道沿いが商店街だったのでしょうが今はその様子はありません。並行して東京湾岸道路があるため交通量は少なく静かな住宅街です。

こちらは蘇我比咩神社です。
創建時期は1500年くらい前といわれており、ここに蘇我の地名の由来があるようです。
蘇我の名前は蘇我氏が由来の説。
おとたちばなひめが我蘇りといった説。
諸説あるようです。
つまり、よくわかんねーってことです。

個人的には我蘇りを推したいです。そっちの方がなんかカッコイイし夢があります。
そもそも蘇我はもともと曾我野って地名でした。
蘇我の地名の由来、昔曾我野村だったから説が濃厚。
それだと かつて我なりになっちゃう。
かっこよくなさそうなエピソードっぽい。
飛鳥時代の頃からある神社なのでこの周りが栄えてると思ったのですがごく普通の住宅街でした。やっぱり駅前の方が栄えてるのかな?ケバブ屋もあったし。

こちらは千葉市蘇我スポーツ公園です。
もともとここはJFEの土地でしたが移転に伴いスポーツ公園となったようです。敷地内にはフクダ電子アリーナというジェフ市原のホームグラウンドがあります。
アリーナができたのは2005年。
もう20年以上前なんですね。
ジェフの親会社はJR東日本と古河電気工業。JREastとFURUKAWAの頭文字を取りJEFってチーム名となっています。ホームグラウンドはフクダ電子アリーナ。もともとJFEの土地でした。
なんか企業名が複数出てくる。
そもそもJEFとJFEが紛らわしい。
JFEはJEFとは関係ないけどJEFの本拠地は元JFE。
JEFは蘇我の顔だけどJFEも蘇我の顔。
JEFをジェフと呼ぶけどJFEもジェフと呼べなくない。
ジェフェだけど!

こちらはJFE東日本製鉄所千葉地区です。
JFEといえば川崎の工場が有名ですが川崎市の高炉は停止したため現在稼働しているのはここだけのようです。
千葉地区で働く従業員は約2500名もいるようです。独身寮は蘇我駅の東側、京成線の千葉寺駅近くにあります。これだけの従業員がいるんだから蘇我は歓楽街となっていてもおかしくないはず。でも蘇我駅の周りは歓楽街がないんです。
歓楽街どころか飲食店も少なめ。そして駅前に飲食店があるのではなく、その多くが幹線道路沿いにあるんです。それもそのはずで千葉の中心である中央区ですが、この辺りに住む人たちの多くが車移動なんです。
JFEに勤務する人も7割が自動車通勤。仕事終わりに駅前で一杯!ってのがないんです。つまり蘇我にはジェフしかないんですね。
いや、そんなことないんです。
蘇我駅の周りにはいろんな店があるんです。

ほら、ユニクロがあります。
郊外都市にありそうなロードサイド型店舗。

あとはケーズデンキ。
クソ田舎の代表格。
内房線、外房線、京葉線、が乗り入れる蘇我です。そりゃ駅前が栄えていないはずがない。東口側の方はもっと栄えているはずです。

ほら、駅近くにイエローハットがあります。
車を使うのが前提の街。

あとは路面店の100円ショップもあります。
クソ田舎の代表格。

そもそも駅前にあるのがハローワーク。
駅のそばで利用者には便利だね!
民間企業が入居すらしない駅前商業施設。
蘇我から東京までは電車で約50分。
結構遠いけど通えない距離ではない蘇我駅。
始発駅なので座れるメリットもある。そして2駅先には千葉駅がある。その割に地価が安いため人気のエリアなんですが駅前は少し淋しい感じです。
製鉄所があるところはエロと飲み屋があるもんですが蘇我はそういった店がないようです。
そもそも2駅先には千葉駅があります。電車で5分で行ける距離に歓楽街があるんです。車で行っても千葉駅界隈は駐車場が充実してます。
栄町に行けばソープがありますし、富士見地域には飲み屋街があります。車で千葉まで行って代行タクシーを使えばいい。それだと地元では飲まないし遊ばないのでしょう。そんなわけで飲食店が少ないのです。

でも全くないわけではありません。
駅前には少ないですがキャバクラがあるようだし飲み屋もあります。
時刻は17時過ぎ、せっかく蘇我に来てるんです。
一杯飲んでいきましょう。

ってわけでこちらの店に訪れました。
豆腐煮込みと炭火焼のお店です。外観は一見客を受け入れてくれなさそうな雰囲気。こちらのお店は老舗店で創業は1948年。蘇我が製鉄の街になる以前から営業してる店です。終戦から月日は経ったものの1948年はまだ闇市が存在していた時代。闇市当時の雰囲気が味わえそうな感じです。
ちなみにこちらの店、吉田類の酒場放浪記でも来てるようです。
高確率ですれ違う吉田類。

こちらは重ネという当店名物料理です。
豆腐の上にモツを重ねたいわゆるもつ煮込みです。
モツはしっかり煮込まれていて味濃い目。玉ねぎとの相性が良いです。
もつ煮込みが有名なお店ですが房総は海産も有名です。ここでも近海で獲れた地物魚介を出してくれます。せっかくなんで地物海産物を食べましょう!

こちらはホタテの酒蒸し。
ホタテは千葉が南限のようですが、地物、かな?
地物のはず!
いいですよね。
その日の仕入れでメニューが変わる店。
大将!今日は何があるんだい?そうやって店に訪れるの、憧れます。
JFEが川崎製鉄だったころ社員は仕事終わりにここに通ってたのでしょう。大企業のある所には名店が必ずあります。こういう店が自宅そばにあるといいですよね。
どうやら人気店のようでずっと満席状態です。

蘇我の駅前には何もないといったけど探せば結構個人店があるようです。とくに千葉房総の海の幸は名物です。港町だった蘇我は古くから房総の海産物が集まるのでしょう。海産物を扱う店が駅前にはあるようです。
ほら、駅前にケバブ屋さんがある。
ぜんぜん海産物関係なかった。
でもケバブの隣りの店、海鮮丼のお店があります。
さすがは港町。

どこにでもあるフランチャイズチェーン店。


















































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