港楽園に春告園、赤線街から生まれた四日市の歓楽街「西新地」

本日は四日市にきてます。こちらは近鉄四日市駅です。
三重県の県庁所在地は津市ですが人口が多いのは四日市市。近鉄四日市が県内で利用者が一番多い駅です。
そんな四日市の駅前には何があるでしょう。

あるのはぱちんこです。
四日市の駅前、ぱちんこ。
駅前にでっかいパチンコ店があります。三重と愛知でよく見かけるパチンコチェーン店。パチンコ屋が成り立つってことは四日市には需要があるのでしょう。

四日市市民、ギャンブル依存症っぽい。
そんなことありません。依存症じゃありません。確かに駅前にでっかいパチンコ店があります。
そのためパチンコ屋だらけっぽい感じがしますが四日市の駅前には二軒だけしかありません。
パチンコ業界は斜陽産業。
最盛期は18000軒あったホールも7000軒を切ってます。
かつては四日市駅前にも複数あったようですが二軒を残し全店閉店。このように四日市駅前はパチンコ屋がないのです。
では四日市の駅前、何があるでしょう。
駅前にあるのは飲み屋です。

四日市市民、アルコール依存症っぽい。

こちらは四日市一番街商店街です。
四日市駅前の一番栄えているところでしょうか。
四日市最大の繁華街で三重県最大でもあります。
飲み屋多めの四日市ですが一番街商店街は小売店が多めの商店街。

とはいってもかつての賑わいはなく小売店は減少傾向にあるようでシャッターが閉まってる店舗もあります。
これに関してはどこの地方も同じです。
車社会の四日市。ロードサイド型店舗に行く人が多いのでしょう。
ロードサイド型のイオンモールが人気のようです。商店街の衰退原因はイオンだとも言われてますがそのイオンの発祥地は三重県四日市。
そしてこの商店街にジャスコ一号店がありました。
商店街の破壊神の生誕地。
一番商店街はイオンの総本山だった。

大型店舗の出店は商店街の衰退原因、イオンが町を破壊する。
それも要因の一つでは ありますが小売店でも繁盛してる店はあります。
商店街の衰退原因ってただ単に何もしなかった、小売業者があぐらをかいてただけ。
商店が集まってるから買い物に便利だったけど大型店のほうが便利。
ジャンルごとに分類されてるから買い物が楽だし食料品も一か所で購入が可能。フードコートもあって家族連れで食事がしやすい。
そしてやっぱり駐車場が無料ってのが魅力的です。
商店街はお店によって仕様が変わるしジャンルごとに街区が設定されてるわけではない。
なにより商店街は駐車場がない。あっても有料なんです。そりゃ客をとられるわけです。
魅力ある商店街であれば客は普通に来るはずです。
四日市駅前も行政が試行錯誤してるようで車がなくても生活できる環境づくりを目指しています。
今後四日市駅前がにぎやかになりそうですね。そうなれば駅前にイオンができるかもしれません。

一番街商店街があるのは諏訪栄町ってところです。諏訪栄町は諏訪神社を中心に栄えた街。
こちらは諏訪神社です。
ご祭神は建御名方神と八重事代主命。創建時期は1202年と伝えられてるそうです。

諏訪神社の隣には諏訪公園があります。
公園ができたのは 1906年。日露戦争の勝利記念として開園しました。
開園当時は動物園や演芸場などがあったそうです。今あるのは噴水や子供の遊具。
休みの日は家族連れでにぎわう公園なのでしょう。
日露戦争の勝利記念で開園した諏訪公園ですが、くしくも第二次世界大戦の空襲により焼け野原へ。
戦後は闇市ができ 赤線街になりました。
家族連れで来る街じゃねぇ。
四日市には戦後に赤線街がいくつかあり富田の方に住吉遊楽園 旭新地、港楽園、春告園、港華園の5か所ありました。
結構赤線だらけの四日市。
港華園は 以前の高砂町遊郭で港楽園と春告園が駅前にありました。
港華園はここからだと遠かったのでしょう。だから自然発生的にここが赤線街になったのでしょう。
メインストリートは 一番街ですが一番街の北側は 二番街と呼ばれるエリア。

こちらが港楽園だったところ。三重県で一番大きな飲み屋街です。

二番街は飲食店率95%を超える飲み屋街で居酒屋、スナック、キャバクラ、ガールズバー。
一通りの飲食店がそろってる歓楽街。残りの5%はどのような業種でしょうか。
飲食店じゃないとするとエステサロンとかかな。
この界隈にはかつてサロン店がありました。残りの5%はピンサロ。サロンには違いなかった。
飲食店として数えられない四日市のピンサロ。

でもこの街には映画館があるんです。残りの5%は文化的施設でした。

これが文化的施設ならここは世界文化遺産に登録されてるはず。
これは映画館じゃなくポルノ専門映画館。文化的施設ではなく非文化的施設。
最盛期には19館の映画館があった四日市。ここは映画演劇の街だったのです。
しかし時代の流れとともに徐々に閉店していき現在の四日市にはシアターが少なく109シネマズとロッポニカ四日市だけです。
ポルノ映画館をシアターと呼ぶやつ。
ちなみにポルノ映画館は全国で30館ないですが三重県には四日市と松阪にあります。
どうやらポルノ映画館は多めの三重。
三重県民、ポルノ依存症だった。

こちら、熟女の店です。
この熟女の店があるところは歓楽街。
まさにここは歓楽街の中心なのでしょう。

諏訪公園の西側通りこの辺りは西新地というところです。
飛田新地、今里新地 松島新地、信太山新地。新地と名のつくところは遊里だったところ。
そう考えると西新地もそっち系の街っぽい。如何にも風俗街ですよって感じの名称です。
でもこの名称は新田開発の際につけられたそうで新しくつくった新田の西側だから西新地。
そういう由来なんだとか。
新地とは新しい拓かれた土地って意味もあります。
必ずしも遊里があったわけではありません。
なんだ、もともと田んぼだったところなんだ。
ちなみにここは四日市で一番の風俗街です。遊里だった。

先ほどの二番街の辺りは港楽園と呼ばれるエリア。
西新地のあたりは 春告園と呼ばれるエリア。
なんかこの辺まとまって赤線街があったそうです。

でも赤線だったのは1958年まで。そういう店は少なくなり特殊浴場が一軒あるだけです。
それは風俗街とは言わないな。

あとはキャンパブが一軒。

それとキャンパブが一軒。
やっぱ風俗街だな。
かつてはキャンパブが10軒あったんです。
やっぱ風俗街だった。
95%が飲食店で残りの5%はキャンパブでした。
私が四日市に来たのは2020年。
その頃はまだこちらがキャンパブでした。

でもその店はもうなくタイの店になってます。
なんかこの辺り、タイの店が多い気がします。
四日市の国別の外国人割合はブラジル、ベトナム、中国、韓国の順です。
タイは9番目に多い国籍で在留人数は400人弱。割合的には少ない方です。

なぜか多いタイのお店。ちょっと気になります。

こちらの路地は 渋めな感じがあります。
歓楽街の端っこです。スナックが多めの路地。
フィリピンパブもあるようです。

諏訪西通りの近く、こちらにもフィリピンがあります。

こちらもフィリピン。フィリピンも幅きかせてる。
国関係なくただ単に外国人の店が多いだけだった。

こちらは西新地の西側のはずれです。
この辺りにも飲み屋があります。よくある普通の飲み屋が入居する雑居ビルですがどうやら受付型のそっち系の店もあるんだとか。
なんか四日市ってなさそうな感じに思えて探せばあるっぽいですね。

受付型のそれがあっても致すとこが少なめ。ビジネスホテルはありますがラブホがないんです。

こちらはホテルのようです。チャペルって書いてあります。
カトリック系のホテルでしょうか。結婚式場が併設されてるホテルかな?。
サンタさんのオブジェが飾ってあります。
やっぱりカトリック系のホテルですね。
こちらのホテル。

ラブホです。
ちゃんと致すところがあった。
ラブホが礼拝堂を名乗る日本。
まさかの婚前交渉。
サンタコスプレサービスがありそうなラブホテル。
こんなところであんなことをしたら礼拝所不敬罪で逮捕されちゃう!
なんか四日市、いろんな店があります。
四日市市最大の歓楽街だけあって楽しそう。本日はここで一泊する予定です。
四日市は工場も多く企業も多い。
出張族が多いからか駅前にはホテルがあります。
そしてそこまで観光地っぽくないのでホテルが比較的安いのは魅力的です。
スーパーホテルか東横イン。
その辺に泊まるのが無難な選択ですが今日はちょっと趣向を変えようと思います。

こちらは西新地内にある旅館「大正館」です。
名前の通り大正館は大正元年にできた旅館。老舗旅館で高級っぽそうですがどうやらこの旅館、比較的リーズナブルな価格で泊まれるんだそう。
かつて赤線街だった西新地。そんなところにある料亭旅館。歴史を感じれるかもしれません。
ちなみに渋沢栄一もここに訪れてるようです。
栄一くるところは確実に盛り場。
自分の顔が描かれている 万札で女買ってたっぽい。
比較的安い値段で泊まれる老舗旅館。栄一も愛した盛り場そばの旅館に泊まってみるのも一興じゃないでしょうか!

ってことで宿予約しちゃいました。
部屋はこんな感じです。2部屋あり広めです。
ただ古い建物のため設備も古め。風呂トイレ共同です。
電気のスイッチは廊下にあります。またコンセントが少ない。
このように設備は古いですが客室内はキレイです。
そして雰囲気がよい。
旅館の外に一歩出るとそこは賑やかな歓楽街。
旅館の中に一歩入ると静寂に響く虫の声。
風情があります。

たまにはこういうところに泊まるのもいいですね。
かつて遊里があったところにある旅館。当時は芸妓が旅館を出入りしてたのでしょう。芸妓を呼びお座敷遊びをしたのでしょう。
ここではそんな歴史にちょっとだけ触れられます。
ちなみにここの旅館、呼べるかな。

絶対違うの呼ぼうとしてる。

夜の四日市駅前歓楽街です。
平日なので人は少なめです。飲みにきてる人はいます。

こちらはのれん街です。
居酒屋やスナックがある細路地。雰囲気は新宿思い出横丁のようなところ。各店舗はこじんまりしており狭そうな感じ。

19時過ぎですが半分くらい閉まっています。

熟女キャバクラは絶賛営業中です。

そして熟女キャバクラからの港楽園。
かつて赤線街だった場所。なんとなくそっち系の店がありそうな感じ。でもここには風俗はない。
いたって健全な飲み屋街のようです。スナックが多いでしょうか。一見客は受け入れなさ そうな飲み屋路地です。

こちらは西新地のあたり。
特殊浴場とサロン店がある通りです。
昔は黒服が表に立ち客引きをしてたのでしょう。
しかし10年前に客引き条例が施行されキャバクラや風俗の客引きが禁止されました。
さらに2021年には全ての業種の客引きが禁止。そのため「居酒屋いかがっすか」の人もいないし、「マッサージイカガデスカ」の人もいない。

客引きがゼロにはなっていませんが、かつての盛り場の雰囲気はまるでありません。
少し寂しい感じもします。
町自体は静かですが店は営業しています。週末になればにぎやかな街になるのでしょう。
このように接客系飲食店が多い四日市歓楽街。そのようなお店に行くのもよいですがまずはその前に腹ごしらえではないでしょうか。
四日市のご当地グルメといえばトンテキです。
でも以前食べてるんで芸がないですよね。せっかくなんで別のグルメを食べたいです。

飲み屋街の一角。
こじゃれた店が軒を連ねる街路がある中で懐かしさすら感じる雰囲気の良い路地があります。
やっぱり飲むんだったらこういう路地でしょう。
海に囲まれた三重県は海鮮も有名ですが松阪牛がいるように食肉の生産も有名です。
そんな中で安く食べるならやっぱホルモンでしょ。
四日市名物じゃないけど。

この「めし」とかかれた赤ちょうちん。これは間違いなさそうな店の外観です。
本日はこちらのお店で一杯ひっかけます。

牛ホルモンとミノ ボッツを注文しました。
ボッツという聞き慣れない名前の肉ですが豚のハラミを三重ではボッツと言うそうです。
ハラミなので間違いない味です。

一人焼肉はいいですね。
焼肉なんで安くないけど肉を食べると幸せな気分になれます。
そして肉を食べると元気になるわけで...。

時刻はまだ20時過ぎ。
四日市の夜が始まる時間帯。
旧赤線地帯に今います。
赤線街はとうの昔に消えてなくなりましたが西新地の歓楽街にはそのマインドが残ってます。
かつては四日市市曙町にはちょんの間があったし駅前にだってそういう店があってもおかしくない。
今回泊まってる旅館には呼べそうもないのでお外で処理をするしかない。
怪しそうな外国人の店、巡ってみることにします。
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渋沢栄一も愛したかもしれない四日市の遊郭、その名残りがまだあった!

本日は四日市にきてます。
こちらは四日市駅です。
四日市は三重県最大規模の都市で人口は30万人。その玄関口である四日市駅。そんな中心地の駅なら当然栄えてるでしょう。

駅前、なにもねぇ。クソド田舎の駅。
こちらはJR四日市駅。
一日の乗降者数は2000人程度。市の中心の割には利用者が少なすぎる。
どうやらこちらの駅は主要駅ではなく四日市の街の中心は近鉄四日市のあたりで、そちらが主要駅で栄えてるそうです。
近鉄四日市駅はここから1.2km西にあります。ちなみに近鉄四日市駅の利用者数は2万人ほど。
四日市駅といえば近鉄の方を指しこちらはJR四日市駅と呼ばれるんだとか。

マジで何もない駅です。
駅前にあるのはハローワーク。
地方のさびれた駅の象徴。店もなければ仕事もねぇ。

あとはシルバー人材センター。
超高齢化社会に必要な施設。60歳は高齢者じゃないから働けよクソじじぃ。そんな声が駅前から聞こえてきそう。

そしてビルごと葬祭場。
こっちの方が 超高齢化社会に必要な施設。駅前留学ではなく駅前葬儀。しかもリビング葬をやっています。
LIVINGなのに 葬儀とはこれ如何に。
いらねえ高齢者を生きたまま葬儀に出す。四日市スタイル。
これが四日市の全てです。
そんなことありません。四日市にはいろんな観光スポットがあるんです。
例えば四日市コンビナートとか。
四日市ぜんそくになりそう。
あとは長島スパーランドとか。
もう四日市ですらねえ。
あと名物といえば、四日市の人たち。
アド街ック天国の何もないときに紹介されるやつ。
でも四日市市にはいろいろあるんです。
せっかくなんで楽しみましょう。
これより私は四日市の遊郭跡地を巡ります。
クソみたいな楽しみ方。

こちらには思案橋が架かってたようです。
思案橋の先には遊郭がありそうじゃないですか。
見返り柳も植えてあるし遊郭がありそうですがこちらはその思案橋ではないようです。
こちらは1582年に本能寺の変が起きた際、家康が通った橋なんだとか。
家康が堺から浜松に逃げた通称「伊賀越え」。その際に家康がこの橋で立ち止まり陸路か海路か悩んだ場所なんだそう。
結果的に海路を選択し生きながらえた家康。歴史的に重要な場所でした。
今日は遊郭へ行くかどうか。制服コスプレオプションをつけるかどうか。
そんなクソみたいなことを悩むところではありません。遊郭と関係ない橋でした。

ちなみに思案橋の東側には遊郭がありました。
やっぱり遊郭の思案橋でもあった可能性がある。

こちらには相生橋が架かってます。ここにも思案橋。
橋を渡った先は高砂町ってところなのですがかつて高砂町遊郭があった場所です。
遊郭ができたのは1900年ころ。四日市は東海道の宿場で伊勢街道との分岐点。そのため多くの人が行き来しており各地に女郎屋が点在してました。しかし風紀が乱れるのでひとまとめにし高砂町に遊郭を設置しました。
ちなみに三重県にあった遊郭は、
長島遊郭、桑名町遊郭 菰野町遊郭、石薬師遊郭、山遊郭、一身田遊郭、藤枝遊郭、伊勢上野遊郭、神戸遊郭、久居町新地 松阪町遊郭、尾鷲遊郭、本町遊郭、田丸町遊郭新古町三遊郭、神社町、市遊郭、名張町遊郭 鳥羽町遊郭、浜島町遊郭、的矢遊郭、荒坂村遊郭、二木島遊郭。そしてここ四日市にあった高砂町遊郭です。
クソ遊郭が多い三重県。
さすがは神の国。
八百万の風俗。
精進落としし過ぎ問題。
かつては女郎屋があちこちにあったのでしょう。それをまとめたようですが、全然まとまってない。
でも四日市にあったのはここ高砂町遊郭くらい。
あとは富田の辺りに旭新地。
それと住吉町に住吉遊楽園があり。
あと四日市駅前に港楽園と春告園。
なんかぼろぼろと新しいのが出てくる。
あっちこっちにあったようですがそういう街があったのは昔のお話。
その多くは普通の街に生まれ変わっています。

こちらの高砂町遊郭も 住宅街になってます。

終戦の際に高砂町遊郭は廃業。戦後は港華園って名称で赤線街になり売春防止法施行を機に旅館に転業。
今は料亭があるくらいで旅館はありません。

こちらには伝七邸という料亭があり。
元々は東洋紡の創業者伊藤伝七の別邸でした。
別邸ができたのは1896年。その頃は遊郭ができて なかったのでしょう。
1906年に料亭になりました。その頃は遊郭ができてたはず。
遊郭そばにある料亭。もうそれは遊郭の一部みたいな感じですが当時は迎賓館的な役割をしており皇族関係者も訪れるような料亭だったそうです。
皇族も遊郭通っていた可能性がゼロではない。
そして渋沢栄一も来てたんだとか。
栄一、絶対に行ってた。
渋沢栄一って結構女遊びが過ぎる人だったようで遊郭に入り浸っていたって話です。
仕事で四日市に来る。料亭目の前に遊郭がある。そりゃ行くでしょう。なんだったら料亭に呼んでた可能性だってある。
そんなゲスい人が一万円札の顔になってるんです。
ってことは私も一万円札の顔になる可能性、ゼロではないかもしれない。

こちらは川越富洲原駅です。
同駅は四日市市の隣町、川越町にある駅。
市境の近くにある駅です。現在この周りは普通の住宅街になりましたがかつては花街があるところでした。

花街があったのはこちら。
こちらは四日市市の東富田町ってところで旭新地って花街でした。
遊郭ではなく花街。だから娼妓ではなく芸妓がいた街です。
でも芸妓だって女の子だもん。
芸を見せてたら急に恋に落ちちゃう。
そんなこともあったのでしょう。
いやいやそんなことはありません。
身を売るのが娼妓で芸を売るのが芸妓。芸は売っても身は売らぬ、それが芸妓の心意気。
芸妓には芸妓のプライドってのがあるんです。旭新地にはプライド高き芸妓がいたのでしょう。
旭新地が誕生したのは1929年。
人気の花街だったようで終戦後も存続し戦後は赤線街になります。
これが芸妓プライド。

この橋は見返り橋って 呼ばれていたんだとか。
見返り橋が設置されたのも1929年。もうじき100年となります。

こちらは 富田一色町ってところ。
さきほどの旭新地からそこまで離れてません。
街路は碁盤の目に整備され色街っぽい雰囲気。古くて立派な日本家屋が残っている地域です。
漁業が盛んだった漁師町。町自体が潤っていたのでしょう。かつては町内に置屋や料理屋があったそうです。
あちこち花街がある四日市。

しかし住宅街の中にある三業地。風紀上よくないとされたのでしょう。
そのため1940年代に隣町に移設します。

その移設先がこちら、住吉町です。
町名の由来は近くに住吉神社があるからでしょう。住むにヨシで住吉。
でも人は住まずに戦後は赤線街になったようです。花街も遊郭も同じだった。

住吉遊楽園という名称だったようです。遊んで楽しめそうな名前。でも今は普通の住宅街です。

こちらには住吉町子供公園があります。子供のために用意された園。
かつてここには見番があったそうです。かつては 大人のための園だった。
こんな感じで四日市の海沿いは色街がありました。漁村があるところって金回りがよい人がいて金払いがよい人がいます。だから花街や遊郭ができるのでしょう。でもかつてあったそれらの街はもうなく普通の住宅街になりました。もう四日市にはそのような店はありません。

こちらはJR線の富田浜駅です。
富田浜の隣駅はクソ田舎代表のJR四日市駅。
街に近いので栄えてそうな富田浜駅。ですが利用者の少ない無人駅です。

こっちの方がクソ田舎の駅だった。
元々富田浜駅は海水浴客のために開設した駅で駅近くには富浜海水浴場があったそうです。
夏になると多くの人でにぎわったんだとか。しかし高度経済成長期の頃になると工場からの廃液で海洋汚染が酷くなり遊泳禁止に。
1961年には海水浴場が廃止となり1970年には無人駅になりました。現在の駅利用者は一日250人ほどしかいません。
利用者は地元の人でしょうか。
車がなくても生活できますが車がないとQOLが確実に下がる四日市。三重県の自動車保有台数は1.44台。一家に一台以上は車を保有してます。そんなわけで駅を利用する人は少ないのでしょう。利用するのはここに住む学生か高齢者くらい。このように利用者が少ない駅なのです。
本日富田浜で降りたのは遊郭の名残りがあるため。
それがこちら。

これはただのソープランド。

無人駅富田浜の近くにあるぽつんと駅前ソープランド。
遊郭とは一切関係ないとこだけどこれは遊郭の名残り。
たぶんなんも関係ない店。
特殊浴場があった場所は元は旅館だったようです。
海水浴後は潮水の塩分でベタベタするじゃないですか。すぐにでも洗い流したい。それを洗い流せるお風呂、必要ですよね!ってことで特殊浴場になったのでしょう。
いやここにくるとヌルヌルすることになる。
おそらくこちらの店は遊郭とか関係なく後発にできたお店なのでしょう。
海水浴場が閉鎖されて富田浜の目玉がなくなる。その代わりにできたのがこの特殊浴場。
海水浴場と特殊浴場ってなんか似てるでしょ!?
似てるのは語感だけ。
こちらの店は一応駅前ソープです。富田浜駅の一日の利用者は250人。利用者の少ない駅ではありますが店利用者が何割かいそう。
でも車社会の四日市。ほとんどの人が車を利用します。車がないとQOLが下がるんです。そのため駐車場がちゃんとあります。しかもかなり広めの駐車場。

ソープに行ってることがモロバレの駐車場。
停めるのはそもそもQOLが低い人。
「あらやだあそこのご主人。四輪車で来て二輪車プレイしてるわ。」って駅利用者250人から白い目で見られる立地。
でもあえて特殊浴場の駐車場に堂々と停める。それも特殊浴場の楽しみ方。
ただの羞恥プレイ。

こちらには昭和レトロなレストランがあります。
海水浴場があったころの名残りでしょうか。
かつては海沿いだったんでしょう。だからビーチレストラン。だと思ったらピーチレストラン。

閉店してからだいぶ期間が経ってる感じがします。
こちらの隣にも旅館がありましたが閉店。行楽地の雰囲気はまるでありません。
こんな感じで寂れた雰囲気の富田浜。そんなところにある特殊浴場。でもこちらは人気のお店なのでしょう。
三重県って特殊浴場が少ないんです。
現存する特殊浴場は津市の津観音門前のお店と四日市駅そばのお店。それとこちらの三店舗だけ。
三重県の人口は170万人。それをこの三店舗だけでまわしてるのです。
四日市は名古屋のベッドタウンでもあります。
40分電車に乗れば名古屋に出れます。じゃあそっち系の店に行きたいとなった時、名古屋に出ればいいじゃない!って思うでしょう。
でも名古屋駅前のその手の店はだいぶ潰れたし名古屋の中村大門は結構歩かされるんです。なんだかんだで一時間もかかっちゃうんです。
岐阜金津園に行くにも1時間以上かかり。大阪に行くのも2時間かかる。このように三重県民は不遇の民なのです。
その県民たちに手を差し伸べるために現れたのがこちらの店なのでしょう。ここは四日市の観光スポットです。

諸事情でアド街ック天国では紹介されない店舗。
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桑名駅前の歓楽街に赤線街「桑陽園」の名残りがあるか!?

本日は桑名市にきてます。
こちらは七里の渡しがあったところです。
夕暮れどきの河口そば。素敵な風景です。

東海道42番目の宿場「桑名宿」があった桑名。
名古屋の宮宿の次の宿場が桑名宿でした。宮宿と桑名は陸路だと一日がかりですが海路では4時間程度で渡れます。
距離は七里、約28kmほど。その間を船で渡ったのが七里の渡しです。
東海道53次で 唯一の海上交通。時間短縮できるので利用者も多かったのでしょう。でも天候が悪ければ船が出ずに足止めとなります。
そのため宮宿、桑名宿ともに栄えたんだそう。
東海道の53の宿場で一番栄えていたのは宮宿で二番は桑名だったそうです。
伊勢参りをする際も必ず通る桑名。そりゃ多くの人がここに訪れたのでしょう。
当然ここにも飯盛女がいたそうで桑名は男性よりも女性が多く住んでいたそうです。
男性客は伊勢参りの精進落としをしたのでしょう。
天候関係なく桑名に一泊する人もいたのでしょう。
近代になるまで桑名の中心はそんなところでした。
明治になり芸娼妓解放令が発令されると1888年に桑名は遊郭を設置しました。
風紀上の問題から遊郭は町外れに設置されますが桑名では風紀とかそういうのを一切考えず宿場のど真ん中に桑名町遊郭を作ったそうです。
街の真ん中にできた遊郭。
人気もあったのでしょう。桑名駅が開業すると町の中心は駅側に移りますがそれでも遊郭は繁盛していたようです。
しかし空襲により桑名の遊郭は焼失しました。でも人気のあった桑名町遊郭。終戦後は桑陽園という赤線街になります。
すぐに復興する色町。
昔の人はエロに対するバイタリティが高すぎ。

この界隈が遊郭で赤線だったところ。
色街だった雰囲気はまるでありません。きれいに整備されており宿場の雰囲気があります。
東海道で二番目に大きかった宿場。そんなわけで観光地となっているようです。

これらはかつての妓楼だったのでしょうか。
今は料亭として利用されてます。ここでは桑名名物のハマグリ料理が食べられます。
その手の下世話な店は遥か昔になくなりました。

ちなみにこちらの駐車場辺りにトルコ風呂がありました。
比較的近代まで生き残ってた下世話な店。
なんかこの辺栄えてるし住宅街じゃない雰囲気なんです。
その手の店が残ってても不自然ではありません。でもソープじゃなくてトルコなんです。そう考えるとだいぶ前に閉店したようです。

こちらにもトルコがあったようです。
何軒かあったとしても不思議ではありません。なんせ大きな遊里だったわけですから。
そちらもだいぶ前に閉店したのかな?
ちなみにここにあった店は平成になっても営業してたようです。
下世話な店、最近まで営業してた。
桑名にあった遊郭は戦後赤線街になり以後は普通の住宅街へ変わったと思いきや住宅とソープが混在する地域だったようです。
江戸時代は大人気スポットだった岡場所。ちょっとやそっとじゃ変わらなかったのでしょう。でも今はそのような店はありません。
ここは不便な場所なんです。
駅からは1.5kmほど離れているし20分くらい歩くんです。
遊ぶのであればやっぱり駅前でしょ!ってことで駅に来ました。

桑名駅は以前と違いきれいになりました。
私が前回桑名に来たのは2020年8月初めころ。
新駅舎ができたのは2020年8月30日。前回の時は完成してませんでした。

ちなみにこちらは4年前の改札への入り口。閉鎖前の最後の様子。廃虚みたいな状態です。

こちらは桑栄メイトという駅ビルです。
私はここの二階の喫茶店に行ったことがあります。三重県は中部なのか近畿なのか東海なのか、どこに属するかあいまいなところがありますが桑名のあたりは名古屋の文化圏に属しています。そのためモーニング文化が根付いています。朝めしをここで食べた懐かしい思い出。
でも10年以上前の話。

以前までは駅直結のビルでしたが2020年7月に閉業してます。
長らく駅前に廃虚が放置されたままでしたが2025年に話がまとまったそうで今後はこちらにホテルができるそうです。
住んでいる人にはホテルは不要な店舗ですが四日市や桑名には出張で来る人も多いのでホテルがあると何かと便利になるでしょう。

駅前はこのようにきれいになりつつある桑名。
でも古い町並みもまだ残ってるんです。

こちらは桑名一番街です。
アーケードが残る昭和の雰囲気の商店街。

このアーケードができたのは1960年代後半。60年以上の歴史のあるアーケード街です。
鮮魚店、青果店以外にも飲み屋もある商店街。懐かしい雰囲気があって素敵です。

こちらは銀座商店街です。
こちらは1950年代にできた駅前では一番古い商店街のようです。
昭和レトロな感じだけど生きている商店街。

100mもない短い路地に20軒ほどの店があります。
こっちの方は飲食店が多めの印象です。飲み屋が軒を連ねる商店街。まさに銀座といったところ。
桑名駅前、飲み屋だらけ。
これに関しては地方ではどこもこんな感じです。
大型店舗やロードサイド型のモールに客をとられ駅前の商店はどんどん潰れてます。
シャッター街化している商店街は地方に多くあり商店街に残るのは美容室と飲み屋くらい。
飲み屋多めの桑名の商店街ですがシャッター街化はしてない模様。
車社会ではありますが駅の近くであれば車がなくても生活できそうです。
商店街もあるしスーパーもある。そして飲み屋も多い。
名古屋に出やすい立地ですが駅前で事足りる。
しかも桑名一番街の東側、歓楽街になってるんです。

こちらは錦通りです。
私の桑名のイメージはまさにここです。
先ほどの二つの路地と違いこちらは大人な感じのお店が多め。
こちらの路地ができたのは1960年代後半。
仕事終わりに一杯ひっかける。高度経済成長期の頃、働く男を支えたのでしょう。
昭和レトロな飲み屋街です。

路地にあるお店の大半はスナック。
でも居酒屋や飲食店もちゃんとある。この路地に入れば飯も食えて酒も飲めるオールインクルーシブスタイルの歓楽街です。

こちらには小さいですがお稲荷さんもあります。
商売繁盛のご利益があるお稲荷さん。60年経った今でも飲み屋街が健在ってことはちゃんとご利益があったのでしょう。

こちらのお店はインターナショナルパブかな?
6000人を超える外国人が居住している桑名市。外国人向けの店があっても不自然ではありません。

店名の上に英語ではない外国語が書いてあります。
インターナショナルパブなのかも。
調べたところこちらはポルトガル語のようです。
ポルトガル語が国語の国はポルトガルとブラジル。桑名はブラジル人が全国で三番目に多い地域です。
1990年の入管法改正により増えたブラジル人。工場が多い桑名は仕事があるためその際に日系人が移住してきたのでしょう。
もう30年前から定住してるわけです。そりゃブラジル人のための店があってもいいですよね。だから異邦人なんでしょう。

ちなみにこのポルトガル語を翻訳してみたところ外国人の入場は固くお断りしますって意味でした。
辛辣!

店名が異邦人なのに異邦人は入店禁止。
ちなみにパート2もあるのですがそちらも外国人入店禁止のようです。
日本語でも英語でもなくポルトガル語なのはやっぱりブラジル人が多いのでしょうね。過去に何かトラブルでもあったのでしょうか。
外国人には生きづらい世の中です。

ちなみにサンダル履きの人も入店禁止のようです。
辛辣!

サンダル履きも生きづらい世の中。

こちらは錦通りの一本西側にある路地です。
錦通りだと思ってしまいますがどうも違う様子。通りに名前がなさそうです。
名もなき通り。
地元の人はなんと呼んでるのでしょうか。

こちらの路地は古くからある店ではなく新陳代謝している感じ。
ほら東海地方に多い熟女キャバクラです。
どこの飲み屋街に行っても必ずある熟女。この店があるところは歓楽街という証拠です。

その隣に花園があります。
花園あるところは歓楽街という証拠。
ほぼ見た目がキャバレーロンドンのような花園。私が初めて花園に行ったのが桑名のこの店でした。
ここ、ピンサロ的な店なのかな?って思うじゃん。普通のキャバレーなんです。ザ・昭和のキャバレーってところだったんです。

はるばる東京から桑名にきて初めての夜。
飲みたいしあれもしたいけど金銭的な余裕がない。
そんな時に目に入ったのがほぼロンドンと同じ看板。
これはっ!!って思っちゃいました。
飲めてそれもできる。同時に二つのことができる店。
二兎追う者はなんとやら?。
ここでは二兎、追えるんです!。
でも店内の様子が普通のキャバレー。
ぜんぜんしびれないキャバレーなんです。
いつそのサービスが始まるのか期待してましたがそういったサービスはなく健全な飲み屋。
キャバレーとして楽しめはしたのですがなんかスッキリしない感じ。
スッキリしてないしね!
結局隣の店に行ったんです。
スッキリしてた!二兎追えてた。

こちらはキャンパブです。
大して代謝してない老舗店。昔ながらの店だった。
でも以前は違う名前の店だったと思うんです。

ほら店名のところ不夜城って書いてあります。一応代謝はしてた。
錦通りと比べるとこちらの通りは怪しい店が多め。
こちらの店以外にも昔はキャンパブがありました。
ここの通りはキャンパブ通りってことでしょうか。
花園もそっちの店だと勘違いするわ。
そして錦通りの人たちも同じ路地として扱ってほしくないのでしょう。

こちらは台湾式リラクゼーションのお店。
雰囲気はよくあるエステ。健全店なのかな?でもキャンパブの隣にあるし。
いやいやキャンパブの隣にある店だとしても普通のエステの可能性はあります。
ちなみにこちらのお店はキャンパブと同じように客引きが外に座ってました。
普通のエステの可能性はゼロ。
これはリラクゼーション効果が期待できそうな店。

本日は桑名駅界隈を散策しました。
かつては四時間かけて海を渡っていましたが今は名古屋から電車で30分程度で行けます。
気軽に名古屋に行けるんです。飲みに行くなら錦や栄に出ればよいのですが桑名駅前の飲み屋は結構繁盛してるようです。
やっぱり地元で落ち着いて飲みたい。そういう人たちがここにくるのでしょう。
出張で東海地方に来た際。夜は名古屋の錦へ行くのが王道ですが王道から外れてみる。そこで三重県の玄関口、桑名の歓楽街へ。
そういう選択をする人もいるのでしょう。
中心地から外れた場末のスナック。都内でできる飲み屋巡り。でも都内とは少し異なる飲み屋の雰囲気。ある意味スナックはご当地を味わえるスポット。そこには好奇心を掻き立てる何かがあるはずです。
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中壢にある私娼窟「三仙巷」を再来訪
本日は桃園市中壢区に 来ております。
こちらは台湾鉄道の主要駅「中壢駅」です。本日はとある場所を散策します。
とある場所とは駅近くにある私娼窟です。
台北、桃園駅に次ぐ3番目に利用者が多い中壢駅。現在地下化を目指し絶賛工事中です。また空港線の延伸工事もしているそうで空港線は2028年、地下化は2033年。工事完了までは時間がかかるようです。
私は二年前に訪れてます。今回来るのは2度目の中壢。
前回訪れた理由は檳榔売りを観るため。エロい格好の檳榔西施を見に来たのです。
クソみたいな中壢訪問。
それと私娼窟があったのでそちらも行きました。
ゴミみたいな中壢訪問。
中壢のソレは台湾三大私娼窟の一つ。そういわれたらやっぱ見なきゃダメでしょ。そんなわけで訪れたんです。
前回訪れたのは早朝で店は営業しておらず普通の路地を歩いただけで観光できなかったんです。
前回は早朝のため店がやってなかったですが今日は夕方帯に訪れました。
これなら店に行けそう?しかも今回は中壢で宿泊します。つまり夜も行けるんです。

こちらは中平商圏徒歩区です。
工場が多い中壢は外国人労働者が多く住むエリア。そのため外国人向けの店が結構あります。

ベトナム、タイ、マレーシア、フィリピン。
中壢駅前には東南アジアの店がかなりあるのでリトル東南アジアとも呼ばれているんだとか。

東南アジア旅行が味わえる。実際に街ゆく人の多くは東南アジア系の人たち。台湾にいるのに台湾じゃない感じです。

噂では駅前は9割が外国人なんだとか。これだけ東南アジア色に染まってるなら東南アジアを味わってもいいですよね。

でもせっかくの台湾観光。台湾を味わいたいです。
ってことでこちらのお店に訪れました。臭豆腐屋さんです。
日本ではあまりなじみのない料理ですが台湾では一般的に食される臭豆腐。夜市でもごく普通に売られてる料理です。
匂いはかなり独特。というよりかなり臭い。猫ションっぽいにおいがします。実際に猫は排泄物と勘違いして臭豆腐に砂をかけるんだとか。

こちらが臭豆腐です。
見た目厚揚げっぽい感じ。味も厚揚げに近い。
発酵液によりうま味が足されている感じです。塩漬けのキャベツにバジル。豆腐だけどチーズっぽい感じもする奇妙な味。でもけっこうおいしいかも。
世界の臭い食べ物ランキングだとくさや、鮒ずし、納豆に次いで8位の臭豆腐。ゲテモノ扱いされてる臭豆腐ですがくさやも鮒ずしも好きな私はそこまで気になる匂いじゃない。全然受け入れられる臭さ。というより日本の食材、結構くさめ。納豆とか普段から食うし。
日本人が海外の食べ物を受け入れられるのは食に対し貪欲なのと普段から奇抜なものを食ってるからなのでしょう。

食欲も満たしたことですし。
これより目的地の 私娼窟へ向かいます。

桃園市中壢区。永楽街の東側、中山路270。中壢駅から徒歩10分ほど。空港線の老街渓駅からは徒歩5分ほど。駅からそこまで離れてませんが中壢の繁華街の外れのようなところ。駅の周りは東南アジア要素がある中壢ですがこの一角だけ少し空気感が違うところがあります。

ハイライフというコンビニの脇。日中なのに薄暗い路地があります。ヤバそうな路地のため誰も近づかなそうですがヤバそうな路地だから。一部の人は吸い込まれるように入っていきます。見た目ヤバそうな路地ですが中に入るとそこは楽園。ここは私娼が集まる通りになってます。

ここが中壢にある台湾三大私娼窟の一つ、中壢三仙巷です。

前回来たときは早朝だったためお店はどこも営業してませんでした。もうじき夜の帳がおり夜の街が活気づく頃。そんなわけで絶賛営業中です。そして路地に入るなりすぐに声をかけられます。

声をかけてくるのはやり手ババアのようで奥に女性がいるから見に来いとのこと。
気に入らなかったらチェンジも可能。金額を聞くと30分2000台湾ドル。日本円で1万円のようです。

どんなサービスがあるかは聞いていませんがどんなサービスがあるかを聞くのは無粋です。この路地を通る人は勝手知った街なのです。でも今日はしに来たのではなく見に来ただけ。海外ではそういうトラブルは避けたいもの。こういうところは使わない。それが鉄の掟です。

中国語で話しかけてきたのでわからないそぶりを見せると「日本人?」とやり手ババアが聞いてきます。どうやらこの私娼窟には日本人も来るそうです。桃園空港から空港線で一本で来れる立地。帰国日前日に中?に宿泊。ついでに遊んでいきましょうって日本人もいるのでしょう。
海外に行く日本人の質が問われる話。
我是日本人、OK?私は日本人だがOKか?と質問したところ。

オーケーのようだ。
鉄の掟が意外に脆い。

でもまだ街が本格的に稼働するのは早い時間帯。
遊ぶのであれば日が落ちてからでしょ!ってわけで夜に再度来てみました。

夜の三仙巷です。
これで三度目の私娼窟散策です。
夜が深まれば客も多くなる。
客が多くなればそれに合わせて供給も増える。
同じ金額払うなら質が良いのを選びたい。混雑する時間に行けば質の良いのにあたるのです。ってわけで日が暮れてから来たのですが同志はどうやらいない模様。まぁそれもそうです。飛田新地のようなちょんの間街とは違い法的に認められてない街。
飛田も認められてねぇけど..。

そんな街には多くの人は来ないし物見遊山で来るようなところじゃない。
どこにしようかと選んでいるのは日本から来た人くらい。

再度同じ店の前を通るとまた声をかけてきます。
さっき話したことを覚えていたのか。1500台湾ドルまで値引きされました。どうやら値段を吹っ掛けられてたようです。
これもう少し粘ればさらに安くなるんじゃない?

太贵了!太贵了!便宜点儿!!
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水都大垣にあった旭遊廓、その名残りを城下町に求めて

本日は大垣市にきてます。
こちらは大垣駅です。
岐阜は頻繁に来てましたが大垣は初めて。
以外にも大きな駅前です。
JR線、樽見線、養老線の三路線が乗り入れる主要駅。人口15万人の大垣市の中心にある大垣駅。
県内で岐阜駅に次いで二番目に利用者が多いため大垣駅前はにぎやかです。
大垣の市街地は駅南側に広がってます。
駅の南側には大垣城があります。かつては城下町として栄えたのでしょう。

大垣で有名なのは水です。
大垣駅の目の前には自噴井戸があります。地下水が豊富で市内に水路が多い大垣は「水都」と呼ばれてます。
おいしくて冷たい水が飲めるのはいいですね。
ちなみに大垣にはサウナの聖地があるのですがそちらの水風呂は地下水のかけ流しです。これも水が豊富だからできるのでしょう。
また公共水道も地下水を利用してるそうです。一般的な水道水は河川や湖から取水し、ろ過や消毒などを経て飲み水に変えていきますが大垣の水道水はろ過などをおこなっていません。水道法の関係で塩素は加えられるようですがそのまま飲んでも問題ないのでしょう。
よその水はまずくて飲めないなんて言いますが水道水がつくられる過程がそもそも違うようです。そりゃ飲み水の味もかわるのでしょう。それもこれも大垣は豊富な水が手に入るから。さすがは水都と呼ばれるだけあります。

こちらは駅前から南に延びる駅前通り「郭町商店街」ってところです。
120店舗ほどが軒を連ねる駅前商店街。空き店舗もあるようですがシャッター街ではなく営業している店は多め。しかしほかの商店街同様に客は減ってるようです。
大垣駅の北側には大きな商業施設があります。また市内にはイオンモールがあります。駅近くに住んでいれば別ですが、車社会の大垣。駐車場があるところに行くのでしょう。この界隈にもコインパーキングはあります。でも有料駐車場を使うのはもったいない。そして買い物するならスーパーの方が便利。そんなわけで大型店舗に行く人が多いのでしょう。そのため商店街は少しさびれた感がします。

商店街にある店は商店と飲食店が半々くらい。
飲食店は居酒屋や飲み屋が多そうです。

大垣駅の近くは結構栄えてます。
大垣城の城下町であった大垣には美濃路が通っており宿場でもありました。
美濃路は東海道と中山道を結んだ脇街道で海路がある東海道をさける人が利用したようです。東海道「宮宿」から中山道「垂井宿」の距離は57km。一日で歩くにはしんどい。道中7つの宿場がありどこかで休んだのでしょう。大垣宿もその七つの宿場の一つでした。

ちょうどこの辺りが宿場の中心だったところ。
現在は歓楽街です。
質が悪そうな宿場町。
宿場だったところは飲み屋街へ。こうなるのは仕方ないことです。
旅先で楽しむものといえばご当地料理、観光地巡り...。
いや飲みでしょう。しかも女の子のいるとこ。
旅行に来てるんです。やっぱご当地キャバクラ楽しみたいじゃないですか。
新宿でもできるお遊びですが江戸時代の人たちも旅先でキャバクラ的な店に行ってたはずです。
そして大垣にはそのような店があったようです。
ここは古くからそういった歓楽街で現在もその流れを受け継いでいるのでしょう。

おっきめの飲み屋ビルが複数あります。
空き室はないので繁盛してるようです。それなりに歓楽街に客が来るのでしょう。
美濃の西側の西濃地区にある大垣市。大垣市自体の人口は15万人程度ですが近隣に養老町や関ケ原町海津市などがあり近隣市町村を含めると人口は30万人もいます。西濃地区で 一番栄えてるのが大垣。そうなると飲みに来るならここなのでしょう。
つまりここは西濃の六本木。いや西濃の銀座でしょうか。

無料情報サービスエリアがあります。
これは西濃の新宿歌舞伎町。
なんとなくインフォメーションセンターっぽい。町の観光案内所っぽい雰囲気ですが案内するのはキャバクラやスナックくらい。
質が悪そうな観光案内所。
唯一の救いは風俗を案内してないところです。
その点新宿と違うようでどうもこの町、健全のようなんです。

こちらは本町通りってところでキャバクラやスナックが多いエリアです。
でもあっち系の店はこの界隈にはないんです。またセクキャバもなさそう。

飲んだ後は気分が高揚するじゃないですか。
そういう店に行きたくなっちゃうじゃないですか。
でも大垣にはそういうのがないみたい。
そしてここに住む人たちそういうのに興味がないみたい。
ここにあるのはキャバクラだけ。
健全なキャバクラだけなんです!
キャバクラが健全な店なのかは異論あり。
質の悪い飲み屋街には変わりない。
そもそも岐阜には金津園があるんです。
岐阜駅と大垣駅の距離は15kmほど。電車で13分で行けるんです。13分で日本三大何某街に行けるんです。
急にムラムラってきたとしても13分で行ける。しかも日本三大何某街。そっちに行くでしょう。
13分も我慢できないって?
多分それ、何かの病気です。
普通の人ならね、13分我慢するんですよ。岐阜駅前には究極のソレがある。だから大垣にはそういった店がない。
ここにあるのは健全な店だけなのです。
キャバクラが健全な店なのかは異論あり。
スナックやキャバクラは結構多めの街。車社会の大垣。
代行タクシーを安く済ませたいのでしょう。飲みに柳ケ瀬まではいかないようです。むしろ柳ケ瀬よりもこっちのほうが栄えてそう。
新進気鋭の飲み屋ではなく土着の飲み屋が多そう。

こちらの店は新宿です。
新宿の飲み屋街といえば歌舞伎町があります。そのため新宿を名乗るのでしょう。背景は新宿の夜景です。新宿は住んでいたのでどこで撮ったかわかります。損保ジャパンのビルとコクーンタワーが見えます。これは西新宿七丁目にあるマンション。新宿シティタワーから 撮影したものでしょう。どうでもいい知識。

飲み屋ビルが多いですが路面店もあります。

歴史を感じる 昭和のたたずまい。かつてはそっち系の店があったのかもしれません。
この界隈は江戸時代のころには私娼がいたそうで幕末に茶汲女が認められたそうです。
茶汲女とは飯盛女と似たような業態。お茶をお客に汲んでいたら恋に落ちちゃったってやつ。
そういう店がこの辺にあったようです。現在はそのような店はありません。そもそも遊郭は別の場所にありました。
幕末に誕生した 茶汲女ですが明治の芸娼妓解放令により廃止されます。
しかし1888年に大垣に遊郭が誕生します。解放令の意味。
中心地に遊郭を作るのは風紀の問題があります。
そのため中心から東に外れたところに遊郭を設置。

こちらが遊郭のあった藤江町です。
遊郭の名前は旭遊廓。
最盛期には19軒ほどの妓楼があったそうです。
岐阜柳ケ瀬にも遊郭がありましたが大垣からだと遠い。そのため大垣市民がここに訪れたのでしょう。
大垣空襲で遊郭も被災しますが戦後は旭日園という名称で赤線街になります。

古い建物は残っていますが当時のものでしょうか。
売春防止法施行により赤線は廃業。現在は普通の住宅街になっています。

電柱に旭廓の文字を観ることができます。これが遊郭があった名残り。
ここには何もありません。
駅から離れているのでちょっと不便な旭遊郭。ソープ街になることなく普通の住宅街へ。車社会でも風俗街はやっぱり駅前なのでしょう。
しかし大垣には駅前にもその手の店がない。電車で岐阜駅に行けますし駅前にはその手の街がありますからね。
大垣にその手の店がないのは金津園があるから。

明らかにその手の店。普通に大垣、その手の店があった。
遊郭でもなく花街でもない。なんなら普通の住宅街。静かな住宅街の一角に突如現れる異質な建物。こちら、特殊浴場です。

かつて遊郭のあった場所からそこまで離れてない。
かつて宿場だったところからそこまで離れてない。
ちょうど中間のところに一軒だけあります。
商店街ならわかるんですがマジでここは何もない。
そんなところにあるぽつんと一軒ソープ。
創業50年以上の老舗店です。

観た感じも古そうな外観。でも昭和な感じの外観。安心感があるし逆におしゃれな感じもします。
実家帰ってきたような感じ。実家感のあるソープ。お母さん出てきそうな予感。

しかも店名がいいじゃないですか。
水の都にちなんだ名前。なんとなく高尚なサロン店のような名称です。
実際に床屋さんみたいな店の外観だし。なんか出てくる客はさっぱりとした印象。
きれいさっぱりしたのかな。
汚いものを出してすっきりした模様。
名前が直接的じゃないから風俗だとは思われない。
なんかエステティックサロン店っぽい。風情ある名前だから気づかれないんです。
ちなみに昔の店名はトルコ大垣だったようです。
かつては直接的だった。
今の名称になったのは1984年以降でしょうか。
水都を冠した店の名前。風情があります。やってることは風情ない風俗だけど。
でもこんな住宅街でも続けられるってことはそれなりにお客さんが来るっていう証拠です。
特殊浴場は既得権がありますがそれだけで店が続けられるわけではありません。
相応のノウハウがあるから客も来るのでしょう。だからこのような場所でも続けられているのです。
最近ではこの手の業種もチェーン店化しており大手のその手の店に飲み込まれてます。どこの街にも同じようなお店ばかり。このような特色あるお店は大変貴重です。小規模の個人店も生き残ってほしいものです。

遊郭は住宅街へ。住宅街には風俗店がありましたが一軒だけ。ほかにないかと探しに中心に戻ってきました。こちらはブラツキ街ってところです。

変わった名前の商店街。
1950年ころからそのように呼ばれたそうで名前の通りブラツキながら遊ぶ街なのでしょう。

これはぶらつきたくなるような店発見。
リラクゼーションという便利な言葉。エステか何かでしょうか。
美人を称した店とかわいいを称した店。どちらにも女の子の絵が看板についてます。

かわいらしい女の子。
だけどなんかどっかで見覚えがある顔立ち。

美人な女の子。
だけどなんかどっかで見覚えがある顔立ち。
名前は AIちゃんでしょうか。

看板はサンプル写真。
実物と写真のイメージが異なる場合がございます。
異なる場合があるかもだけど看板はその店の顔。その店を表す鏡なのです。ってことは看板に準じているはず。
客商売ですからね。誇張は少なからずあるのでしょう。その多少の差は受け入れるつもりです。

こちらの店もブラツキ街にあるお店。
キャンパブです。大垣市民、キャンパブ前をぶらつく人種だった。風俗街をぶらつく特異な市民たち。
風俗街ではないんです。一軒だけ、ここ一軒とさっきのエステだけです。
名前の感じからするとやはり水の都だからか。
スウィートと水都をかけてるのかな?
風俗店の名前に高尚な水都を入れる禁忌。一軒だけじゃなかった!
お店の看板は残ってますが閉店してます。やはりぶらつく街には不適切とされたのでしょう。
現在はベトナム系のビリヤード場が入居してます。

ベトナム食材店じゃなくエンタメのお店。これからはこういう店が増えるのでしょう。
工場が多い大垣は製造業に就くブラジル人が多く外国人の割合では3割ほどを占めてます。ただここ10年でベトナム人は6倍に膨れあがり二番目に多い中国人を抜く勢いがあります。このペースで増え続けるとベトナム人がブラジル人を抜くのでしょう。ベトナム人が増えればベトナム食材店も増えるしベトナム人向けの店も多くなります。近い将来大垣にベトナム版のピンサロ、カフェオムができる日が来るかもしれません。それとベトナム式偽装床屋も。
それは早急にベトナムを増やすべき。

こちらは大垣城です。
大垣のシンボル的存在である大垣城。歴史は古く築城されたのは1500年ころの室町時代。大垣は古くから東西をつなぐ交通の要衝で戦国時代には戦略上の重要拠点とされてました。関ヶ原の戦いでは西軍の本拠地だったそうです。

明治の廃城令により廃城処分となりましたが天守は残され国宝に指定されたそうです。しかし大垣空襲により天守は焼失。現在の天守は1959年に建てられたものです。模造ではありますが立派な天守。大垣市にとって重要な建物なのでしょう。

お城が町の中心にある大垣市街地。お城とともに歴史を紡ぎ今の大垣があるのです。歴史を感じます。

お城のとなり、特殊浴場があります。
こっちも感じさせてくれる店。
大垣の街の中心、お城の東門のそば。風情ある街並みが広がっていますがそこにあるのは風俗ある街並みだった。

まさかのぽつんと一軒ソープ。
大垣には二軒の特殊浴場があるようです。先ほどのは住宅街にありましたがこちらのお店は町のシンボルでもある城の真横にあるんです。
特殊浴場が町のシンボル。
そんな近くに店があるなら西軍の石田三成も足しげく通ってたはず。

ちなみにこちらのお店、先ほどのスイトサロンの系列店なんだとか。
まさかのチェーン展開。
そして尾張一宮にあるヘルスの系列店なんだとか。
まさかの全国展開。
全然個人店じゃなかった。
ぽつんと一軒だけだけど経営者は一緒のようです。
ぽつんと一軒だけしかありませんがどうやらこの界隈は歓楽街のようです。
小規模ですがスナックなどの飲み屋があります。
ちなみに住所は郭町。遊郭の中みたいな町名。
ではなくもともと城郭の中だったから。特殊浴場があるのに?
かつて城の中だった場所。明治以降に商業地として発展したのでしょう。遊郭はあるもののここからだと徒歩20分かかる。やっぱ近場にそういう店、欲しいよね。って感じで飲み屋街ができたのでしょう。
その名残りが特殊浴場。郭の中にあるべき店。やっぱここは郭町だった。
飲み屋街の中にある飲み屋と関係ない店。そんなのが郭町にはあるんです。
いやいや飲み屋もちゃんとあるんです。
ここは郭町にある飲み屋街。
だって特殊浴場の隣、こちらにはキャンパブがあったんですから。
いやキャンパブも飲み屋じゃねぇ!

もう潰れて久しいようですが看板があります。

うっすらとキャンパブLOVE遊って書いてあります。
看板が残ってるので入居者がいないのでしょう。特殊浴場の隣ですからね。営業しづらい店の立地です。

こちらの看板にもまだ当時の名残が残ってます。
ウェブサイトのURLも書いてあります。消えかかってますが読めなくはない。
LOVEU.JP でしょうか。
ほぼほぼヒエログリフの解読に近い。
ウェブサイトの過去の情報を観たところ、ここにあったのは20分6000円のお店。
なんだちょっと高めのキャンパブか。大塚には勝てないな。
でも10分1000円コースもあったんです。
まさかのセンベロならぬセンヌキの店。でも10分1000円のはお見合いコース。
お見合いコースはお話のみです。
クソみたいなコース内容。
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遊廓だった屏東の牛頭山には飾り窓スタイルの私娼窟があった

本日は台湾の屏東県に来ております。
こちらは台湾鉄道の屏東駅です。
屏東?どこかな?
私も今回こちらに訪れて初めて知った地名です。
場所は台湾の最南端。高雄の東にあるのが屏東。その中心が屏東市で当駅も市内にあります。
自然豊かで農業畜産業が盛んな屏東。そんなとこだとド田舎をイメージしちゃいますがそんなことなく駅の周りは商業地。日本人に人気のある台湾南にある高雄。その高雄から電車で20分で来れる屏東ですがあまり日本人が来るところじゃなさそうです。良くも悪くも地方によくある駅前といったところ。でも私は来ちゃいました。
屏東は台湾の最南端に位置する都市。
台湾は南国っぽい感じがしますが台湾の首都である台北は冬場は10度を下回ることもあります。でもここは最南端。ここであれば南国気分が味わえそう。
本日屏東に来た理由は南国気分を味わうため。
青い海とか白い砂浜とか見たいじゃないですか。
ビーチでのんびり過ごしたいじゃないですか。
南国カクテル飲みたいじゃないですか。
あと南国のフルーツとか食べたいじゃないですか。
だから屏東に私は来たのです。

こちらは屏東観光夜市です。
規模は小さいですが飲食店が軒を連ねる夜市。
夜市と名がついてますが朝から営業してる店もあります。

こちらは肉圓という台湾料理です。

肉圓の発祥地は台湾中部の彰化なので屏東発祥ではありませんがこのお店のは屏東肉圓という名物料理なんだとか。肉圓は彰化のも屏東のも同じ肉団子ですが彰化のは揚げてるのに対し屏東のは蒸してるんだとか。また皮の材料も異なるなど地域によって違いがあるようです。ニンニクがっつりきいた肉圓。朝から食べるには少々重いですが美味しいです。

この夜市の界隈が屏東の繁華街でしょうか。
KTVもあるしパチンコ屋もある。怪しい店とかがありそうな雰囲気。
飲む打つ買うの三拍子ってのは万国共通でKTVとパチ屋があるのは怪しい街の証拠。呑むと打つがあればソレもあるのでしょう。調べたところこの界隈に私娼が出るんだとか。とある情報源からソレを知りました。

街歩きをする際は事前にいろいろ調べます。
下調べをすることで有意義な街探索が出来るから。
情報は事前にキャッチしてます。
情報源はどこかって??
情報源は台湾版の2ちゃんです。
信じるソースが2ちゃん。
その情報をもとにわざわざ台湾に来てる!
台湾版の2ちゃんねるが情報源。ソースがかなりあやふやなもの。しかも翻訳してみてる。そしてその翻訳も正確ではない。
台湾では性風俗営業が禁じられてます。表向きはその手の店がないことになってます。そのため掲示板の書き込みも伏字や隠語が多く翻訳しても正しく表示されない。
何が真実で何が嘘なのかがわからないんです。嘘を嘘と見抜ける人でないと掲示板を使うのは難しい。でも私は古くから掲示板を見てきた人間です。そのあたりの判断は長けてるのです。
夜市の南側、自由路の辺りが私娼窟になってる。
この付近に私娼がいるはずってことだったけど見当たりません。

なんか、普通なんですよね。
ここに私娼はいないっぽい!
嘘を嘘と見抜けなかった!

台湾の県では彰化に次いで二番目に人口が多い屏東県。
屏東県には80万人近い人口がおりその内25%が屏東市に集中しています。
20万人もいればその手の街があってもおかしくない。でもここにあるのはエステ店くらい。
20万人を支えるには心許ない店舗。それしか店がないんです。
えっ!もしかして屏東ってそういう店がないの?
処理のためにわざわざ 隣町まで電車で!?
市民の人たちはどうやって処理してるの?

自家発電だった。
台湾全土に存在する自家発電器具専門店。日本もかつてエロ本自販機が街中にありましたがそんなのは昭和平成の時代に淘汰されました。さらにはコンビニのエロ本も規制により禁止にそんな環境で自慰グッズ専門店は成り立ちません。
現代の日本では見かけない大人のおもちゃ屋さん。
だって台湾は性風俗は法律で禁止されてます。禁止されてるから表向きはそういう店がない。裏の店を利用すれば罰せられるリスクがある。だから独りでするしかない。
これは台湾人のセーフティーネットなのです。
このように台湾には性風俗店が表向きありません。
でも80年以上前。つまり日本が台湾を統治していたころ屏東には遊郭があったそうです。
屏東には1920年に台湾で初めての飛行場が建設されました。
現在の屏東空港がその空港にあたり。今は中華民国空軍の飛行場になってます。屏東は古くから軍事拠点だったのです。
軍隊集まるところ、色町あり。
兵士の性欲管理は軍部の努め。福利厚生のために遊郭を誘致する。兵士のための遊郭が飛行場そばにありました。

こちらは駅西側にある西市場です。
2025年にリニュー アルオープンした市場。1987年よりここは市場として使われてますがかつてこの辺りに遊郭があったそうです。

厳密には公娼ではない私娼窟。
その私娼窟は人気がありましたが中華民国が統治し始めると性風俗は不健全となったのでしょう。
売春宿は排除されクリーンな街に生まれ変わります。その後ここにできたのは屠畜場でした。
外省人が渡ってきたことで牛肉食が盛んとなり食肉の需要が高まりました。そのため屠畜場に生まれ変わったのでしょう。また政府は屠畜税を設け屠畜の際に税金を課すようになります。屠畜をすれば課せられる税金。屠畜業者にとってはたまったもんじゃありません。中には税金逃れをする人もいたようで隠れて屠殺をする不届き者もいたそうです。そのような人たちがこの界隈にいました。

屠畜の際に発生する食肉残渣。それをここに捨てていたんだとか。
とくに価値のない牛の頭は川岸に捨てられそれが積み重なって山ができたそうです。
そのためこの界隈は牛頭山と呼ばれてたんだとか。
でもそれも古いころの話。現在は屠畜をしているところはなさそうです。
また牛頭山は俗称なので地名として残ってません。

でもこちらの飲食店にその名が使われてます。
これがここが牛頭山だったという証拠。
戦前は私娼窟でしたが戦後に屠畜場へと生まれ変わった牛頭山。とくに屏東は今でも畜産業が盛ん。そんなわけで相当儲かってたのでしょう。実際に羽振りが良い人が多かったそうでこの界隈は賑やかになっていきレストランに茶屋、映画館などができたそうです。当然そっち系の店も誕生します。戦後も変わらず私娼窟へとなっていったそうです。

それがこの辺りになるのでしょう。
もともとは公娼街だったのかもしれません。
でもそれもはるか昔の話。もうここは私娼窟ではありません。

いや今でも全然私娼窟。
台湾の性風俗営業は違法。
だから気づかれないようカモフラージュしてます。
そのため表向きは 何の店かわからない。

いやこれは確実に飾り窓。誰がどう見ても性風俗店。

いやこれは普通の民家です。
だって風俗はだいぶ昔に消えたはずそんな怪しい店があるはずないじゃない。これは豪雪地帯で よくある風除室でしょ。室温を下げないようにするやつ。
台湾の最南端なのに?

風除室という割になんか椅子とかあるんですけど。
これは座って日を浴びる。サンルーム的なヤツかな。
これは明らかに ショーウィンドウ。商品が飾られるやつ。そしてその商品は商売女。やっぱりこれは飾り窓。

ここは風除室じゃなくて風俗室だった。
情報では摘発されたとか潰れたってことでしたがその様子はなく現役の模様。
しかも現在朝の7時過ぎですがすでに営業してる店があるんです。
屏東の人、朝から風俗行く人が多いっぽい。

営業してるのが4軒ほど。女の子は少なめです。
見た感じだと中華な雰囲気はなさそう。どちらかというと東南アジア。
やっぱりタイかベトナムの人でしょうか。
飾り窓にタイ人。
タイ本場にはない飾り窓スタイル。これじゃあここは台湾の横浜黄金町じゃないですか!
台湾の風俗、全然隠れてなかった。
当然看板は出てませんがガラス越しに見えるのは看板娘。風俗然とした店の外観。誰しもがここがどんな店なのか想像がつく。
いやいやここはたぶん飲食店か何か。入り口に立ってるのはただの女給。
おいしい料理を運んでくれるのでしょう。女給だって女の子だもん。急に恋が芽生えること だってあるじゃない?そういう店なのでしょう。日本でいう小料理屋と同じです。それを日本ではちょんの間っていうんだぜ。

西市場近くの西樂街。
ここは日本統治時代に私娼窟があった場所。
そんなところだからかここには日本のちょんの間っぽいのがあるんです。
これらは台湾で豆干厝と呼ばれてるところ。食事をしてたら恋に落ちるわけではなく
ここはするだけの店。
台湾も摘発により縮小傾向にあるようです。
でも探せば駅近くに普通にあるし屏東は内埔ってところにも豆干厝があるとかないとか。
私娼窟だらけ!!!
屏東の魅力は白い砂浜でも青い海でもなく豆干?という台湾版のちょんの間だった!!!
これじゃあ南国要素がまるでない。
ちゃんと南国が味わえます。
だって出てくるのはタイ人ですから。
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【実に面白い】東京理科大学の学生街「金町」にある物理で抜くアレな店

本日は東京都台東区に来ております。
こちらはJR常磐線の金町駅です。
金町は京成金町線との乗換駅。ここは東京のはずれで江戸川を渡ると千葉県。かつては水戸街道沿いで関所があった場所でした。水戸街道の宿場があったのは駅から少し遠く西に1.5km離れた新宿の辺り。駅の周りは鉄道開設後に栄えだしたのでしょう。

こちらは駅南口側です。
南口側には京成金町線の金町駅があります。
金町は乗り換えで何度か利用したことがあり柴又に行くときはここで乗り換えてました。
また車では駅の近くは何度も行き来しています。
このように利用はしているのですが駅の周りを見て回るのは今回が初めてです。金町駅の北口側に来るのは初めて。こちら側は商業地っぽい雰囲気があります。もともと北口側は住宅地として高度経済成長期のころに開発されました。

当時の金町駅は改札が南口しかなく朝帯は入場制限をかけるほど混雑してたようです。そのため1967年に北口を新設。今ではこちら側のほうが栄えてそうです。

こちらは理科大学通りです。
名前の通り金町には東京理科大学があります。
三菱製紙工場跡地に2013年に大学を誘致。東京理科大学葛飾キャンパスができました。
東京理科大学は名前の通り理系の大学。
実力ある者だけが卒業できる実力主義の大学で勉学を疎かにすれば留年してしまう。そりゃ真面目に勉強する人ばかりなのでしょう。そんなわけで金町には頭の良い人がいるようです。

そんな真面目な人が多そうな金町ですが勉学を疎かにしそうな店がちょこちょこあります。
住宅街の中にある商店街かと思いきや駅前にあるのはキャバクラ的なお店。
留年不可避の飲み屋街。
大学生がいくような店ではありませんが大人びた大学生がいるかもしれない東京理科大学。
このような店に通っていてもおかしくない。少なくとも教授や職員は一度は行ってるはず。

駅前が飲み屋街になっている金町。
地図で見ると碁盤の目になってるんです。まるで遊郭があったかのような町づくり。
遊郭などはなく戦後に宅地開発された地域。
あるのはエステ店くらいでしょうか。まるでエステが遊郭の代わりみたいな言い様。
そして教授や職員は一度は絶対に行ってるはず。

ほら、こちらにはオイルコースがあります。
これは潤滑油を用いて摩擦係数を減らしてる。摩擦は最も身近な物理現象の一つ。
摩擦現象は古代文明の頃から研究がされており有名なのがアモントン・クーロンの法則です。
μ = Ff / Fn
いやこういうのは計算で計れるものではない。
実験を繰り返すことで答えが得れるもの。では実験をしてみましょう。
ただの変態だった。
アモントン・クーロンがどんな人なのか。またアモントンの法則がなんなのか知りませんがわかっていることはローションよりもオイルの方が摩擦係数は高い。よって刺激が強いのはオイル。
しかし刺激が強ければよいというものではなく摩擦力が少ないローションの方がよいこともある。そして摩擦で発生するエネルギーはこの場合、無限大です。
これが物理学だ。

こちらのビルには以前、ビデオボックスがあったそうです。
葛飾にやたらと多いビデオボックス。やっぱエステのあるところはそういうビルだった。
金町にあったビデオボックスはみんなが知ってるビデボではありません。
金太郎や花太郎のようなさみしい大人がさみしく処理する店ではなくちゃんとお手伝いをしてくれる女性がいたんです。
まさにビデボ嬢Ⅹの献身。
手のサービスがその店にはあったのです。でもそういった店は不健全とされたのでしょう。
金町にあったビデボはもうありません。

ちなみに地下にはサロン店があります。
物理で抜くタイプの店。
大学生が行く可能性がありそうな店。利用者がいるからこの店が成り立つのでしょう。
何店舗かその手の店があったようですがそれらはほとんど消えてなくなり唯一物理系サロン店が残ってるだけ。あとはエステがちょっと多めな感じ。

こちらにもかつてそっち系の店がありましたが現在はエステ店があります。

このエステの看板、女の子がなめてくれそうな雰囲気の挿絵がありますがこれ、本厚木で見かけた看板と一緒だった!

同じような業種、同じような業態。たまたま選んだ挿絵がこれだったのか。それとも経営者が一緒なのか。そのあたりは不明です。どちらにせよ何かなめてくれそうな予感。

でもここは風俗店ではありません。あしからず。

こちらは金町理科大商店会です。
かつては金町銀座商店会って名称でしたが大学誘致の際に名称を改めたそうです。
理科大学近くにある商店街、多くの学生が利用するのでしょうね。
金町は再開発が進んでおりタワーマンションや商業施設ができております。人口も増えているため商店街は必要不可欠です。
駅前と違って地域密着型店舗がある商店街。美容院、定食屋、クリニック、銀行に不動産屋。あとはファッションソープ。

これはマット密着型店舗。
多くの学生が利用してそう。
金町駅から離れたところ。地域密着型の商店街。その一角に特殊浴場があります。
こちらは東京で一番東にある特殊浴場です。
パステルカラーで彩られた看板、アパレル関係のお店かな?ファッションって書いてあるし。でもこちらの店、商店街に似つかわしくない特殊な特殊なお風呂屋さん。
店名は光り輝く金色。まさに金町にぴったりの名称。
ごく普通の商店街で歓楽街の様子はありません。でもなぜかこのような店があります。いわゆるぽつんと一軒ソープ。
吉原までそこまで遠くないし川を渡った先は松戸にもそっち系の店がある。なぜここにできたのか不明です。

地図で見るとこんな感じのところにあります。周りにはスナックとかがあるようですね。
それとマッサージ店もあります。まるでマッサージ店でも同じサービスが受けられるみたいな言いよう。

同じサービスが受けられそうな店の外観。何かが期待できそう。
金町理科大商店街。怪しい店が何軒かあるようです。
商店街で働く人だって男の子だもん。やっぱり自宅そばにそういう店、あると嬉しいじゃん。

商店街の一角にある特殊浴場。
利用者は地元の人と大学関係者でしょうか。でも地元の人は使いづらいですよね。
人通りはそこまで多くないですが一応商店街。ご近所さんがその辺歩いているんです。
あらやだあそこのご主人、お店から出てくるといつも爪が短くなってるわ。
って近所の人から白い目で見られたはずです。
かといって同店は激安店じゃなかったようなので学生も利用しづらい。
じゃあ学校関係者かな?その可能性は大いにあるでしょう。
でも職場のそばのお店は行きづらいでしょうね。
あらやだあそこの教授 グリンスの臭いしてるわ。
ってほかの教員から後ろ指をさされるのです。誰も店に行くことができない。
でもどうやら名の知れた店だったようでこの店のために金町に来る人もいたようです。
利用者のほとんどが部外者だった。
中心地からズレたお店のほうが逆にサービスがよいってことも。
吉原ではなくあえてぽつんと一軒ソープ。
そういう手慣れた大人が遊びに来てたのでしょう。
しかし同店は2023年から営業していないようです。
どのような理由で閉店したのか。そもそも閉店したのかすらわかりません。
ただこのようにお店は残ったまま。看板もそのままの状態です。
もしかしたら近い将来。
こんな感じの店ができるのかもしれません。

比較的よく見かける店舗。
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ここは大久保公園か?おじいちゃんの楽園「台湾高雄崗山仔公園」
本日は台湾の高雄市にいます。
台北から台中、台南と経由し高雄まで来ました。
途中下車の旅だったので新幹線は使わずにローカル鉄道でゆっくり移動する旅。
時間はかかりますが安く済むからこの形を選びました。
台湾では日本のウーバーをそのまま使えますが公共交通機関と比べるとコストがかかるため移動手段は主に電車かバスを使ってます。悠々カードっていう台湾版のSuicaがあるため台湾の公共交通機関は樂ちんです。
Googleマップで検索すればバスのルートや出発時間もわかる。地方に行くとバスの時間が正確ではありませんがそれでも目安になります。地下鉄が中心地にしかない高雄ではバスはかなり使います。

今回も中心から少し離れたところにきました。
高雄市って道路が覚えやすいんです。
中心地の南側は一心路。次の道は二聖。その次は三多路、次は四維路、次は五福路。
こんな感じで六合・七賢 八徳・九如と続き十全路まであります。このように道の名前が数字で振り分けられてます。
日本が統治していたころは〇〇町でしたが中華民国統治後は主要道路に名前が付けられます。その際に市の職員が今の名称を名付けたんだとか。京都の一条や二条みたいな感じの名称ですね。そもそも高雄も京都と同じ街並みが碁盤の目です。地名でどこにいるかがわかります。現在私がいるのは瑞隆路ってところ。碁盤の目の外側です。

全然居場所がわからない!
要は洛外のようなところでしょうか。
中心から少し離れた鳳山区ってところにいます。

こちらは崗山仔公園です。
中心地から少し離れたところにある公園。
海外では観光地を巡るのもよいですがこのように観光地ではないところを巡るのも旅行の楽しみの一つ。中心地ではない公園はその国や土地の人の素顔を見ることができます。

こちらの公園は高齢者がかなり多めの公園です。
日本でも公園は年寄りのたまり場になっています。
ボール遊びは禁止、自転車は禁止。子供の声がうるさいってことで廃止される公園も。高齢化社会の日本の公園は老人のための憩いの場。それは高齢化推移が激しい台湾でも同じで老人だらけの公園になっているんです。

でもちょっと様子がおかしいんです。
公園で老人が遊ぶとすればゲートボール。あとはウォーキングなど健康的に過ごすのですが台湾の老人はトランプをしています。トランプで人と交流する。トランプは認知症予防にもなるそうです。
ババ抜きかな? 七ならべかな?
どちらにしてものどかな公園の風景。
いや明らかに賭博。
全然のどかじゃない。
なんかあっちこっちで賭場がひらかれてる。
これは賭博場開帳図利罪。

高齢者が多く集まる公園。その高齢者はどちらかというと家のない方々。おそらくここはホームレスのたまり場のようです。
ここは西成の三角公園だった。

西成の三角公園や 横浜寿町で見かける光景。
老人らが公園でトランプしてるだけだけどやってることはギャンブル。ここは青空の賭博場。IR事業ができる以前から全世界にある青空カジノ。台湾にカジノはないけど私設のソレがあるんです。

主に行われているのはトランプのようですが象棋という中国版の将棋をしてる人も。
日本でも公園で将棋を指してる人はいますが賭け将棋は見かけません。でも台湾では賭け事。盤面脇にお金を用意してる辺り賭け将棋であることは明らか。
台湾も賭博行為は刑法で禁止されており公共の場所または公衆に解放された場所において財産をかけて賭博を行ったものは5万台湾ドル以下の罰金刑に処せられます。公園は読んで字の如く公の園。つまり公園での賭博行為は罪に問われるのです。
日本と同じでジュースや食事など一時の娯楽に供する物であれば問題ありませんがここではお金を賭けてます。台湾の紙幣は100台湾ドルから。金額にすると500円。そこまで大きな額ではありませんが少額でも現金を賭ければそれは賭博罪。ここは犯罪が公然と行われてる公園です。

これが台湾が先進国仲間入りができない理由です。
経済的に豊かとなっても例え社会インフラが整っていたとしてもそこに住む人たちの民度がこれじゃあ先進国の仲間入りはできません。日本では公共の場において賭け事なんてする人はいません。
点5?どういう意味だろ。
いや点5って言ってる時点で意味知ってる人。
日本は検事が点1で麻雀をするギャンブル大国。
日本では公園で賭け事してる人は少ないですがパチンコ屋や雀荘など代わりに駅前にソレができる場所があるんです。
台湾よりも日本の民度がアレだった。
台湾の公園はこんな感じで大人の社交場になってますが飲む打つ買うの打つがあるならば飲むも用意されています。

公園は公に供する園。そのため不特定多数が共同で利用するものです。
でも公園内に平屋の建物がありそこで飲食物を提供してるのです。東京でも公園内におしゃれなカフェがあります。休日に公園のカフェでちょっと一息。そういう人たちのためにお店があるのですがここの公園の店はカフェではなく飲み屋。そしてどちらかというとスナックよりの飲み屋。
女性店員が接客しており昼から酒飲みカラオケをしてます。しかもオープンテラススタイルのスナック店。そんな中でカラオケしてるからめちゃくちゃ公園内がうるさい。

でもこれが台湾の本来の公園の姿。
ギャンブルもスナックも青空の下で行われるようです。

こんな公園そばで客が来るのかと思いきやどの店も人気のようで混雑しています。
利用者の多くはこの界隈にたむろする高齢者。以前台北の萬華で見た阿公店じゃないでしょうか。阿公とはおじいちゃんを意味する台湾語。
おじいちゃんがこぞって使う茶店だから阿公店と呼ばれてました。つまりおじいちゃんのスタバってことです。スタバでも一部酒類を提供してる店があるようにおじいちゃんのスタバにもお酒があるのでしょう。というより客のほとんどが酒を飲んでいます。
台湾の人ってお酒飲まないんじゃないでしたっけ。
台湾人はアルコールへの体制が弱いからか飲酒文化がそこまで浸透してないって話でしたが飲むヤツは普通にいるし飲み屋も街中に普通にあります。公園で飲むヤツだっているのでしょう。だから公園内にスナックがあるのです。
園内に設置された店というより違法感漂う店の外観。
これらが認められた店なのかは不明ですが人気店のようでどの店も混んでいます。
ホームレスが多い地域は似てくるのでしょうか。雰囲気は西成のカラオケスナックって感じ。西成には交渉次第でアレができる店もあるようでそれは台湾でも同じ。お酒やカラオケだけじゃないサービスを提供する店があるようです。そして公園内には立つ人も現れるんだとか。

酒も飲めるし博打も打てる。
飲む打つあるなら買うもある。
この公園には 街娼が現れるんだそう。
三角公園じゃなく大久保公園だった。
大久保公園は東京のど真ん中。だから客も集まりますがここは高雄の郊外です。こんなところに客がいるはずないじゃない!!と思いますが周りにはおじいちゃんがいます。
じじい相手の立ちんぼだった。
郊外でも客がいれば春を売る。台湾の立ちんぼは商売人ですね。
それもこれも一定の需要があるからなのでしょう。高雄には私娼窟が点在していますがわざわざバスに乗っていくのは煩わしい。そういう人たちがここを利用するのでしょう。ちなみにこの公園の目の前には、

小学校があります。
クソみたいな場所で客引きしてる立ちんぼ。
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世界一高いところにある超高層風俗街「高雄85ビル」

本日は高雄に来てます。こちらは三多三路という道です。
この界隈は台湾のマンハッタンと呼ばれています。高層ビルやデパートが密集するエリアで三越やSOGOなど知ったデパートもあります。
残念ながら私は米国本土に行ったことがないのでマンハッタンがどんなところか知りません。マンハッタンはニューヨークの中心で高層ビルが多くオフィス街があるエリア。東京でいう丸の内みたいなところでしょうか。私が好む街じゃなさそう。

私は様々な感情が蠢く混沌とした街が好きなのでおしゃれで洗練された街はあまり興味がない。だって高層ビルってなにもないじゃない?高層ビルが入居してるのってオフィスやホテル。レストランやハイブランドのショップなど私と縁がないところばかり。そんな高層ビルがある街並みよりも低階層の雑居ビルが軒を連ねる風俗店や飲み屋が 入り乱れてるところ。そういう街が好きなんです。
台湾のマンハッタンと 呼ばれてる三多商圏。
ここはそういう店はないのかな?って思ってたけどちゃんとある模様。
マンハッタンはニューヨークの行政区の一つ。高層ビルが多いのは5番街やウォール街。中心地はイメージするマンハッタンなのでしょう。でも中心から少しずれれば怪しい店もあるのです。日本だってそうです。丸の内は洗練されてますが丸の内の行政区は千代田区です。秋葉原も同じ千代田区内。秋葉原もオフィス街ですがどちらかというと電気街要素が強めだし近年は風俗要素が強くなってる気がします。このように洗練された地域のそばには人の欲望を具現化した街が広がってるのです。つまり台湾のマンハッタンにもなんちゃらリフレやコンカフェがあるのでしょう。

こちらにはスパがあります。
人の欲望を具現化したような店。
ピンクを基調とした怪しさ満点の看板。桃色はエロの象徴ってのは万国共通のはずです。ここはそういう店なのでしょう。店名がいろんな文字が混ざってて読めない。って思ってましたがこの真ん中のY。これはYではなく「丫」という漢字です。
漢字なのに日本人が読めない。
「丫」は二又の枝を意味する言葉ですが女の子を指す言葉でもあるんだとか。

これは明らかに下腹部の象形文字。
そっち系のサービスが期待できそう。
いやここは普通のスパです。看板がピンクだからってピンクな店と判断してはいけません。普通のスパなんです。

こちらのスパ。KTVと同じビルに入居してます。
店の外観から溢れる怪しさオーラ。風俗ですよ感がふつふつと感じられる。

どうやらこの界隈。スパが多いんです。っていうより高雄ってスパが多くないですか?

大通り沿いには基本的にスパがあるんです。

しかも中国4000年の中国式マッサージではなくタイやベトナムなどの東南アジア。日本の駅前に中華とコリアがあるように台湾ではタイかベトナム。その国々によってマッサの国籍が変わるようです。ちなみにタイにあるマッサージは日本式です。
それたぶん違うマッサージの件!

台湾のマンハッタン、ちゃんとそっち系の要素があるじゃないですか。そもそも元々は 漁業で発展した三多商圏。その手の店があって当然の街なんです。そんなわけで怪しい店が軒を連ねてるのでしょう。でもそれは一部にあるだけ。三多商圏の西側には大きなビルが建ってます。

見た目から明らかにオフィスビルといった感じ。
やはりここは私の来る街じゃなさそう。でもかつては私が好みそうな街だったようです。

遠くに見える形の変わったビル。
こちらは高雄85ビルです。1997年に開業した高雄85ビル。名前の通り85階建てのビルで高さは347m。建設当時は台湾で一番、アジアでは三番、世界で六番目に高いビルでした。そのため建物の形は「高」になってます。
台北101ができたためその座は奪われましたが現在も台湾で二番目に大きい超高層ビル。
日本で現在一番高いビルは麻布台ヒルズの森タワーで325mなのでそれよりも大きな超高層ビルです。日本は建築基準がかなりシビアなのでしょう。でも日本も2028年には東京駅前に385mのビルができるようで高雄85よりも高くなるそうです。日本も台湾も地震大国。どちらも高層ビルが建てづらい環境ですが台湾は古くから高層ビルがありました。

でもこのビル、ほぼ廃墟状態なんです。
厳密には廃墟ではなくテナントが入居してます。しかしイメージする高層ビルと様子が異なります。
1~11階までが 商業スペース。
13~35階までが オフィス。
38~70階までがホテル。
さらに上階にレストランや展望台があるのですがそのほとんどのフロアが閉鎖中の状態。そのためビルの周りはすごい静かです。

開業当時は賑やかだったのでしょうか。
当時は商業スペースに大丸が出店してたそうです。大丸といっても大丸自体は資本出資は行わず台湾の企業が大丸の看板を借りて出店した百貨店。当時は台湾で一番大きかったそうです。しかし売り上げは伸びず2000年末に閉店。その後そごうの子会社が百貨店経営を引き継ぐもやはり売上げが伸びず2002年に閉店してます。また開業当時はビル内に遊園地がありましたが死亡事故が起きたことで施設は営業処分に。さらには上階のホテル経営者の横領事件が発生。その経営者は国外へ逃亡する事態に。経営者には623億ドルの負債があったことからホテルが銀行に買収されます。さらに2011年に別会社がホテルを買収するもそこでも横領事件が発生。裁判所によって競売にかけられ2019年に新たな企業が買収しました。ホテルフロアは現在改修工事中です。
このようにいろいろなことが起きビルテナントは空いたまま、ほとんどが営業してなく廃墟状態になり高層型のスラム街に生まれ変わったようです。
そんなスラム化したビルだったのでそれに目を付けたのが怪しい組織。
ビル内で違法エステや売春宿が開業。
つまりここは世界で一番高いところにある私娼窟だったのです。
でもそれはかつての話。今はホテルも閉鎖されてるしテナントもない。私娼窟はないようです。ってことで中に入りましょう。

えっ!?中に入れるの?
ほとんどのところには行けませんがここには小規模のホテルがあるようで12階に立ち入ることができるんだそう。

こちらが12階です。
私娼窟だスラムだと言われてる割にはビルの中はきれいです。
それもそのはずで建てられたのが27年前。まだまだ新しい方のビル。
入居者がいなくてもきれいな状態です。逆に入居者がいないからきれいなのかも。
またそのような悪名がついたのは前の話。売春や薬物犯罪が横行したことから今は警察が24時間常駐しており安全です!
やっぱり縦型スラムだった。

現在は上の階に登れませんがここより上が改装中のホテルのようです。
雰囲気は新宿NSビルみたいなところ。

コンビニがあるので誰かはいるのですが広いロビーに人がいません。
テナントも少なく営業してない店も多い。上にもオフィスや住居があるのでしょう。
人は住んでるようですが少ないのでしょうか。

ビル内には不動産屋があるようでここの物件も紹介してるっぽいです。
26平米管理費込みで9000台湾ドル。単身向けの高雄の相場が1万台湾ドルくらいなので相応の金額といったところ。
駅も近いし悪くない。景色も当然よいでしょう。悪いのは治安だけですがそれも改善してる。夢のタワマン暮らしが高雄ではできそうです。

そして風俗ビルではなかった。
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足立と葛飾の区境にある綾瀬、駅前にある怪しいビル

本日は東京都足立区に来ております。
こちらは綾瀬駅です。
JR常磐線と地下鉄千代田線が乗り入れる綾瀬駅。
綾瀬駅があるのは足立区。
足立区って治安が悪い印象があります。
足立区から引っ越すことを足を洗うとも言われてます。
足立区は治安の悪いスラムとも言われてます。
実際に昔は治安が悪かったのでしょう。
スラムも昔はあったようです。
そっち系の組織の人もおり、輩も多くいたでしょう。
でもそれは大昔のお話。今の足立区は治安のよい街になりました。
綾瀬は都内では16番目に利用者の多い駅です。錦糸町や五反田駅の方が利用者が多そうですが一日の乗降者数は錦糸町は一日29万人。五反田は36万人です。綾瀬駅は中野や蒲田よりも多い40万人。それだけ利用者がいるってことは駅前にいろんな店があると期待してよいでしょう。

ほら、こちら駅前のぱちんこ店です。
これが足立区のイメージ。
足立区は駅前にパチンコ屋がありその辺に輩がたむろってるイメージ。綾瀬はまさにソレ。
たしかに、たしかに駅前にパチンコ屋があります。
でもそれって大きな街ならどこも同じでしょ!?綾瀬は普通の街なんです。

ほら、駅前にはイトーヨーカドーがあります。住みよい街なんです。
足立区って治安の悪いイメージがあります。でもそれはイメージだけで事実と即してない。
そのイメージを払拭させるため足立区では「ワケあり区、足立区」のキャッチコピーで足立区のワケを発信してます。
訳アリってことを自ら認めるストロングスタイル。
でもそもそも治安はそこまで悪くないんです。
犯罪件数が多い?
そんなことありません。
2006年から4年間の刑法犯認知件数は足立区が23区内でワースト一位だったそうです(多かった)。
そんなことありません。
だってこれ、面積や人口比で考えるとワーストじゃないんです。
面積比だとむしろ治安が良いレベル。盗難事件が多いそうですが面積比だと少ない。特殊詐欺もありますが面積比だと少ない。面積比で考えると治安が良いのです。これが数字のトリックってやつです。
犯罪が多いのは事実なのにそれを見てみぬふりしてる。
たぶんパチンコ屋軒数比で考えても犯罪が少ない。
確かに昔は犯罪件数が多かったようですが近年は少なくなっているようです。綾瀬の辺りも別に危険じゃありません。犯罪の少ない街、綾瀬。
そんな綾瀬駅前、パチンコ屋以外に何があるでしょう。

こちら、駅前の飲み屋がある雑居ビルです。
駅前にあるお店はニューハーフのショーパブです。
綾瀬は駅前ニューハーフパブ比で考えると治安が良い。
乗降者数の多い駅ですからね。
帰る前に一杯やってく人がいるのでしょう。
仕事終わりにニューハーフパブに直行するやつなかなかの遊び人。

ニューハーフパブ以外にも普通のパブもあります。こちらはガールズバーでしょうか。
この辺りは夜になると賑やかになるのでしょう。
夜は酔っぱらいがその辺で寝転んでそうです。

この辺りは飲み屋街になってるようでスナックやパブが多いエリア。
少し路地に入ると住宅があるような地域です。この辺りの飲み屋は地元の人が使うのでしょう。

あとはエステ店。
この辺りのエステは地元の人が使うのでしょう。

かつてはここにピンサロがありました。
この辺りのピンサロは地元の人が使うのでしょう。
サロン店はもう綾瀬にはないようでサロンがあったところはガールズバーに。

先ほどの飲み屋街は駅の西口側です。
綾瀬川通りを渡ると街の雰囲気が変わります。
足立区にある綾瀬駅ですがこのあたりは葛飾区との区境となっており駅前の一部分は葛飾区なんです。

この一区画だけ葛飾区、ほんの一部分だけなので不思議な感じです。
区境が曲がってるのは元々河川だったから。

これは1960年代の地図ですが河川流れてます。
川に沿って区境があったからのようで駅前の一部分だけが葛飾区になってるのです。
綾瀬駅の葛飾区側の駅前、やっぱりパチンコ屋があるのかな?
そんな質の悪い店があるはずないじゃない。葛飾区はもっと高尚な地域。足立区とは違うのだよ足立区とは。
おしゃれなカフェとか。文化的な商業施設がある地域です。
ちゃんと棲み分けがされているんです。

綾瀬駅の葛飾区側にあるのは怪しい雑居ビルです。
こっちの方が治安が悪そう。
一階にラーメン店が入居する雑居ビル。
建物は古く、看板も年季がはいってます。あっち系の店であろう看板も。こちらは綾瀬駅前風俗ビルです。

マッサージクラブと描かれてある看板。
これが健全なエステ店だとは思えない。

こちらはメンズエステの看板です。メンズエステが増えだしたのは2010年以降、チャイナエステに代わって増えだしました。メンズエステはあくまでもマッサージ店。きわどい施術はありますが性サービスは行わない。でもこの看板の様子。2010年以前からある老舗店っぽい感じだしそういったサービスが期待できそう。
シェイク、日本語訳すると上下に動かす。どんなお店なのか想像がつく。

こちらにはティールームと書いてあります。
24時間営業の喫茶店かな?お茶を楽しむ的な。
ちなみに英語圏ではティールームは公衆トイレのハッテンバを指すスラングでした。
楽しむのはお茶じゃなさそう。

こちらはビルの裏側。裏側ですが駅に面した部分です。
明らかにそっち系の店だろう看板があります。普通のエステ店ではなさそうな感じ。

この看板、駅のホームから丸見えなんです。
40万人の目に晒されるエステ店。皆が知ってるスプラッシュ。スプラッシュは和訳すると飛沫。何か飛び出してそうな店名。そんなのがホームから丸見えなんです。結構目立つ怪しいエステ。
綾瀬駅前は治安が良いところです。
公園が多く親子で楽しめるスポットがあります。ファミリー層に人気の綾瀬駅。その駅前がこれ。

ちなみにこのビルにはかつてヘルスがありました。やっぱり風俗ビルだった。
でもそういった店はなくなったようですね。こんな看板出てるのに?
綾瀬駅前は健全になったようです。健全?

こちらは駅前商店街のようなところ。道路がキレイに整備されています。
ドラッグストア、弁当屋、美容室、寿司屋。ごく普通の商店街の中にあるエステビル。
普通の商店街じゃない。普通の商店街じゃないし健全じゃない。
いやいやここのエステ店、おそらく普通のエステ店なんです。
だってここタイ政府認定校の店があります。タイ本場のマッサージが味わえるのでしょう。
タイ本場のマッサージ屋はどんなのでしたっけ?

本場の方が日本のより過激すぎる。

こちら、線路脇にもエステがあります。
圧倒的老舗感。
健康サロンという健全っぽそうな名称だけど。健全じゃないだろうって感じの風貌。
ちなみにこのお店があるところの住所は葛飾です。
葛飾は怪しいサロンで足立はぱちんこ。
ちゃんと棲み分けができていた。


















































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