山林生活

インド人街の西葛西はランパブがあった歓楽街だった

インド人街の西葛西はランパブがあった歓楽街だった

本日は江戸川区に来てます。
こちらは東京メトロ東西線の西葛西駅です。
各駅しか止まりませんが西葛西は頻繁に来てます。
東西線西葛西駅。路線名と駅名に「西」の字がありますがザイ・ニシ・サイと読み方がすべて違うんです。日本人ならニュアンスでなんとなくわかりますが西葛西は外国人泣かせの難解地名。

このように外国人には難解地名の西葛西ですが皆様ご存じの通りここはインド人街です。西葛西の駅前にはインド系の店が複数あります。
日本にいる在留インド人は56000人ほど。2015年は26000人だったので
10年で倍に膨れ上がっています。その56000人のインド人のうち都内に住んでるのは18000人ほど。そのうち約8000人が江戸川区に住んでいます。

西葛西にインド人が増えたのは90年代後半。
ちょうど2000年問題があったころで日本はエンジニアを必要としていた時期でした。インド人と言えば二桁の計算が暗算できる人たち。2000年問題対処のためビザ発給を緩めた結果、多くのインド人技術者が来日してきたんだとか。
しかし当時のインドのイメージってカレーだったのです。
カレーに部屋は貸したくない。外国人お断りが当たり前の時代だったため部屋を借りるのが難しかったようです。その際尽力してくれたのが西葛西に住んでたインド人。

こちらに紅茶屋さんがあるのですがこちらのお店を経営してる人がいろいろ世話をしてくれたんだとか。それによりインド人コミュニティができ西葛西がリトルインディアとなったようです。
こちらの紅茶屋さんにはよく来ておりここでチャイ用の茶葉を買ってます。
ショウガ、シナモン、カルダモン、黒コショウ、クローブ、八角、ローリエ、フェンネルシード。とりあえずいろんな香辛料をぶち込む。地域によって入れるものも異なり正しいレシピというのが存在しないチャイ。自分好みのチャイを求めて試行錯誤する。チャイは奥が深いです。

香辛料も西葛西で購入しています。
こちらは私がよくいくインド食材店です。香辛料はスーパーで買えますが結構高いんです。でもこちらであれば半額以下で香辛料が買えます。スーパーで売ってるものと違い賞味期限も製造年月日も製造国も不明ですが安さはめちゃくちゃ魅力的。わざわざ西葛西までくる価値があります。

それと西葛西はやっぱりインド料理店ですよね。
インド人だらけの西葛西。インド人向けのインド料理屋もあるし日本人向けのインド料理屋もあります。インドといえばカレーですがビリヤニもおすすめ。
店によって当たりはずれはあるのは否めませんがここに来ればインド行かずともインドを味わえる。そしてインドと違い街もきれいで衛生的な西葛西。わざわざ何万もかけて行かなくていいんです。西葛西に来ればインド完全に理解できるはずです。

こちらは駅南側の清新町のあたりです。
15000人ほどの人口を抱えるエリアで町の中心に団地があります。

こちらは葛西クリーンタウン。80年代に建てられたUR団地です。
民間の賃貸とは違い保証人が不要のUR団地は外国人が入居しやすいです。
そのためクリーンタウンも外国人が多く清新町の外国人割合は2割以上なんだとか。
その多くがインド人なんでしょう。街ゆく人の中にはインド人らしき人が目立ちます。

こちらは小島町二丁目団地です。
こちらも外国人が多いUR団地です。

団地一階は商店があり飲食店のほか外国食材店もあります。

インド食材店もあります。
こちらもスパイスが安く買えるところです。

こちら見覚えあるチェーン店っぽい店。
外観は違うけど名称が近しいチキンのお店。なんとかサンダースがいそうな雰囲気です。これがあるのもインド人街だからでしょう。

ヒンズー教が80%、ムスリムが15%。
ほかにもいろいろな宗教がありますが食の禁忌がある宗教が多いインド。
ヒンズー教は牛を食べない。
ムスリムは豚肉を食べない。
無難なのがチキンかベジなのでしょう。

インドにはマクドナルドもありますが人気があるのはKFCのようです。
人気があるからかそれにあやかろうとインドでは〇FCって店が多いんです。
どうやらAからZまで 揃ってるんだとか。

私もインド旅行をした際に〇FCを観てます。
その流れを汲むであろう西葛西のお店。インドだと許されるけど日本だとどうなんだろ。

フライドチキンはKFCの専売特許じゃない。
肉屋は精肉店を名乗るし魚屋は鮮魚店を名乗る。別にチキン屋がFCを名乗ることに何ら問題ない。

こちらに書かれているジンガー。
ジンガーとはチキンバーガーを指す言葉。
ジンガーはKFCの登録商標ですがパキスタンでは一般名称化してるのでKFCをパクってる わけではない。

いや登録商標の意味。

KFCに似てるって?
そんなことありません。むしろ本家のそれとは違いバラエティ豊か。
こちらのお店ではビリヤニやプラオもあるんです。

チキン要素が薄めのフライドチキン屋。

インドではなく中東料理っぽい感じの店です。
ちなみに西葛西駅前にはKFCがありません。

こちらはトウキョウミタイワラというお店です。
ミタイはヒンディー語で菓子を意味しワラは専門家や「~をする人」って意味。
つまり菓子専門店ってことのようです。

こちらの一階はインドの生菓子を販売。二階はレストランとなっています。
インド料理屋は全国に数多あれどインドのスイーツ専門店は珍しいです。実際にこちらのお店は2019年にできた日本で初めてのインドスイーツ専門店です。
元々は駅北側に店舗を構えていましたが2020年11月に今の場所に移転したそうです。リトルインディアに来てるんです。インド、味わっちゃいましょう。

とりあえずチャイです。
トイレのアクセスは悪いけどチャイへのアクセスが容易なインド。
昨年インドの旅をした際は毎日必ずチャイを飲んでいました。甘かったり渋かったり店により味が異なるチャイ。こちらのお店のチャイはあっさりしてて上品な味。甘くなくお好みで砂糖を入れるスタイル。好みはあるでしょうが私は上品なチャイよりも雑な感じの激甘チャイのほうが好きなのかも。

チャイに合わせるのはジャレビです。
見た目プレッツェルのようですがめちゃくちゃ甘いお菓子です。
小麦粉の生地を揚げてシロップ漬けにしたやつ。インドだけじゃなく中東でも食されてるんだとか。
小麦粉の砂糖漬けなので近いのはかりんとう。でもかりんとうとは違いアホみたいに甘い。味は砂糖の味。

インドのお菓子ってめちゃくちゃ甘いんです。
食べると体が拒否反応を示すくらい甘い。こちらのジャレビは日本人向けじゃない感じ。

ジャレビはインドで食してますがインドで食べたのとほぼ同じ味でした。
ちなみにインドではカレーに浸かってました。
カレーの付け合わせが激甘菓子。

ミタイワラは本場のインドが味わえます。
このような店があるのはインド人街だから働いている人はたぶんインド人。
そしてお客さんもインド人が多いです。ザ・リトルインディアって感じです。
ちなみにこちらの店舗ですが以前はランパブがありました。

突然のランパブ。

まさかのランパブ跡地にインドの生菓子店。
インド人街と言われますが20分で東京駅に行ける西葛西。
急行こそとまりませんがめちゃくちゃ便利な立地。ここは日本人のベッドタウンでもあるのです。インド料理屋も多いけど日本人向けの店もある。ランパブは日本人向けの店だったのでしょう。ここにあったのは繁盛店だったそうでわざわざ都心から通いに来る人もいたそうです。ベッドタウンにあるランパブ。家の近くにランパブあったら一生家に帰れない。

そもそもランパブってなんなの?
ランパブはランジェリーパブの略称。ランジェリー姿の女性が接客するお店です。要はコスプレパブ的なやつでしょうか。そのコスプレがたまたまランジェリーだっただけ。最近じゃ下着姿で歩いていると逮捕されるけど昔はダイジョブだったんですね!

いや昔からグレーな部分ではあったはず。

ランジェリー姿で接客するスタイルが卑わいな行為その他善良の風俗を害する行為に
該当するかどうかはわかりませんが最近まで営業していたってことはランジェリー姿での接客はよしとされてるのでしょう。
しかしここにあったランパブは2020年に閉店したそうです。
2020年といえば自粛のあったころ。感染症の影響で店をたたんだのでしょう。

でもでもまだある西葛西の飲み屋さん。インド人街だけど日本人向けの店がある。
風俗的な店はなさそうですが駅前には飲み屋が結構あるんです。

ほら風俗がない町だから個室ビデオ屋があります。
さみしい大人が一人さみしくヌクお店。さすがはその手の店がない西葛西。飲んだ後に行くとこがビデオボックス。西葛西民はこんな不遇にさらされているのです。

花太郎の下、パジャマと書かれた店があります。
パジャマ姿のキャストが接客する店。これはパジャパブ。
あくまでもパジャマで 接客するだけ。添い寝はしてくれません。

こちらも駅目の前の飲み屋ビル。
当然ですがインド要素はゼロ。宗教上はお酒が禁忌とされているインド。インド人街だとしてもそこにある飲み屋は日本人による日本人向けの店なんでしょう。

こちらには令和というお店があります。
元号になった令和。万葉集から引用されたもので人々が美しく心を寄せ合う中で 文化が生まれ育つ。そんな意味が令和には込められてるんだとか。
日本の和歌に込められた言葉。日本っぽさって感じです。
ちなみにこちらのお店はフィリピンパブです。

令和じゃなくてピーナ。日本人向けの店だった。

こちらにもフィリピンパブがあります。
フィリピンとは 書いてませんがキャストをタレントと呼ぶのは確実にフィリピン。
そうなんです。西葛西はインド人街だしインド人は多いんです。でも江戸川区はほかの国籍の外国人も多く在住外国人が5万人に迫る23区で一番外国人が多い多文化共生エリアなんです。
外国人で多いのは一番が中国人。二番目がインドでベトナム、韓国、フィリピン、ネパール、インドネシアと続きます。だからフィリピンパブがあるんですね。

いや国別なのであればチャイナパブとインドパブがあるべき町。
でもインドもチャイナもない模様。フィリピンは結構あるんですけどね。

ここもフィリピン。

ここもフィリピン。

ここもフィリピン。
もうリトルインディアじゃなくリトルマニラ。西葛西にあるのはランパブとピンパブだった。

あと気になるのはタイのお店くらいでしょうか。

こちらにはタイマッサージ。

こちらにはタイマッサージ。
人口割合多くないのにタイ要素がある西葛西。

あとはリラクゼーションエステ店。

リラクゼーションエステ店。

リラクゼーションエステ店。

リラクゼーションエステ店。

リラクゼーションエステ店。
中国人が多い理由、なんかわかった。

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殺伐とした街の中にある魅惑の花園「鶴見駅前歓楽街」

本日は鶴見区に来てます。
こちらはJR鶴見駅です。川崎駅と横浜駅の中間にある鶴見駅。
鶴見駅ってそこまで利用していません。
鶴見駅には京浜東北線と鶴見線があり近くには京急鶴見駅があります。
三路線もあって便利な駅ですが鶴見線は京浜工業地帯へつながる路線。そのため利用したことがありません。
京急とJRは離れてるので乗り換えには不便だし駅前にあるのは飲み屋街くらい。
鶴見で働く人や住んでる人は駅を使いますが遊ぶなら横浜か川崎か東京へ行くのでしょう。だから鶴見に遊びに来る人はいないのです。
私も駅は利用しておらず鶴見は飲み屋に行ってた程度。

飲み屋には行ってたんだ。

駅前に手ごろな飲み屋街があるので川崎に住んでいた時に遠征してたのです。

飲み屋に遠征するクズ野郎。

川崎の方が飲み屋は多いんです。
仲見世にはセクキャバもあるしおっパブもある。だから選び放題なんです。
でも普通の居酒屋はチェーン店ばかり。個人店もあるのですが人が多くて居心地が悪い。

鶴見の飲み屋さん、なんか居心地いいんです。とくに京急線の東側はおすすめの飲み屋街です。だから駅前の飲み屋をはしごして終電逃して川崎まで 歩いて帰ってました。
本日はそちらの歓楽街を紹介するのですがその前に行きたい場所があります。

こちらは鶴見川です。
鶴見川を渡った先は川崎かと思いきやその先も横浜市鶴見区なんです。
そもそも鶴見って横浜だったんだ。なんか川崎っぽい感じがするけど...。

そうなんです。
鶴見って川崎っぽいのに横浜市なんです。
そして鶴見川が市境のような気がしますが実際は鶴見川より東側も鶴見区なんです。

地図を観れば一目瞭然。
横浜川崎との間に境界線が引かれ鶴見川の東側も鶴見区の領土だと認識できる。
でも鶴見自体がほぼ川崎ですよね。横浜ではなく川崎の雰囲気。文化圏も川崎に近しいし。川崎市鶴見区でよいのではないでしょうか。
このようにあいまいな鶴見区。鶴見は川崎でも横浜でもないDMZ。
鶴見は川崎と横浜の非武装地帯なんです。
鶴見川がまるでイムジン川。そのイムジン川を渡った先、商店街があります。

鶴見駅から徒歩15分。
鶴見川を渡り 少し歩いたところ。整備された街路があります。
長さ500mほどある一直線の道に歩道にアーケードが設置されています。
ここは京浜工業地帯により発展した商店街「ほんちょう通り商店街」です。

明治大正時代に整備された京浜工業地帯。鶴見は1913年から埋立造成が始まりました。埋め立てが進み工場ができると仕事を求め地方から多くの人が移住してきました。そのため人口が爆発的に増加したそうです。生活をするために必要だったのでしょう。この商店街もそれくらいの時期にできたそうです。
戦前は賑やかだったのでしょう。しかし京浜工業地帯は空襲で焼け野原へ。多くの商店街が被災したそうです。でもこちらの商店街は被害が少なかったようで戦後すぐに復興します。高度経済成長期の頃は多くの人で賑わい人混みで歩けないくらいだったんだとか。
しかし1960年代後半になると来街者が少なくなります。

町の中心が駅前に移ったのか。それとも工場がつぶれたことによるしわ寄せか。
理由は定かではありませんがどんどん町は衰退し今は静かな商店街となっています。
町自体はきれいですけど人がいないからシャッターが閉まったままの店も。でも地方都市とは違い鶴見は住民が多い街。対策次第でまた盛り上がる可能性を秘めてます。
なんか目玉があるといいんですけどね。

ちなみにこの商店街の先にはかつて青線がありました。

商店街の先に目玉があった!
そして衰退した理由はソレ。

商店街に人が来なくなった理由。青線が消滅したから。
商店街が衰退したのは1960年代後半。売春防止法が施行されたのが1958年。
10年ほどひらきがあります。売春防止法施行により売春営業は禁止に。赤線は廃業となりました。赤線は警察から黙認されていた地域。青線は黙認されてない非合法な私娼窟。

そもそも非合法な私娼窟だったわけですから、

青線業者「売春防止法が 施行されたから守ろう」

とはならないでしょ!そうならないでしょ!
絶対守らずにその後も続いたでしょ。つまり1958年以降ももぐりの店があったはず。その青線街は商店街を抜けた先。そりゃ人でごった返したでしょう。でも今はもうここには賢者はいません。

その青線街があったのがこの辺り。
鶴見入船カフェー街ってところだったようでカフェーがこの界隈にあったそうです。
売春防止法施行後は長らくスナック街でしたが現在飲み屋はほとんど残ってません。

こちらには朽ち果てた飲み屋が残ってます。窓ガラスも割れており廃虚のような状態です。

割れた窓の隙間から中の様子が見えます。
ブラウン管テレビが転がってます。10年以上前からそのままのようです。

こちらには稲荷神社があります。
戦後にできた歓楽街。町ができる際にできた神社でしょうか。
今でもちゃんと 管理されてるようで牛乳と酒が備えられてました。

飲み屋街はなくなり今は普通の住宅街へ。かつての青線の様子はもうここでは見れません。売春防止法施行後も青線営業が続いたかもですがそれは年々減少。駅前の方が賑やかとなり消えてしまったようです。

ってことは駅前に行けば何かあるかも!

何かないか探しに鶴見駅の近くに戻ってきました。
こちらは鶴見神社です。鶴見神社の創建は古く7世紀初めころ。市内では最古の神社のようです。ご祭神は五十猛神、須佐之男命。ご利益は安全守護、厄除け、病魔退散、病気平癒。

鶴見神社の前は旧東海道が通ってます。
ここは街道沿いでした。
東海道五十三次の宿場は日本橋から品川宿、川崎宿、神奈川宿と続きます。鶴見は川崎宿と神奈川宿の中間。ここには宿場が設置されませんでしたが鶴見は間の宿で水茶屋があったそうです。
水茶屋と言えば女給が接客するスタイル。女給が急に恋に落ちる系の水茶屋もありました。鶴間の水茶屋がどっち系の店なのかは定かではありません。

こちらは京急鶴見駅の東口側です。
私の鶴見のイメージはこの辺り。ここは飲み屋が軒を連ねる歓楽街となっています。
この界隈は大正の頃に花街ができたそうです。

京浜工業地帯のあった鶴見。仕事終わりに遊びに行ったか仕事の接待で使用したか。
工場で働く人たちが集まる盛り場が駅前にでき三業地として栄えました。駅前には水茶屋の流れを汲む店があったのです。
戦前は賑やかな街でしたが空襲で焦土と化します。でも戦後すぐに花街は復興。1960年代後半まで賑やかな花街でした。しかし時代の流れなのか花街は衰退。現在はスナックが立ち並ぶ飲み屋街となってます。

こちらには三業共同ビルって建物があります。
三業地だったからこの名前なのでしょうか。建物はだいぶ古く朽ちてます。

地下街という割には人を寄せ付けない雰囲気。地下入り口はごみ溜めになってます。このように廃虚っぽいところも目立ちますがそれでも飲み屋街は現役のようでスナックやガールズバーがあります。またこの界隈は外国人の店が多いです。

こちらはアジアンフード店です。
鶴見は横浜市で二番目に外国人が多く鶴見川を渡った先には南米タウンがあります。
鶴見に住む外国人は中国、ベトナム、韓国、フィリピン、ブラジル、ネパール、ペルー、インド、インドネシア、タイ。南米とアジアで占めてますが結構多国籍です。

ベトナム人が増えているのは他の地域と一緒。
そのためベトナム料理店もちゃんとあります。

韓国人も多いため韓国料理屋が目立ちます。
こちらのお店は韓国とは一切書いてませんが韓国語のサランヘ。100%韓国パブ。

インド料理屋もあります。
町にあるインド料理店の多くはインネパ料理店。つまりインドネパール料理店です。
店主はインド人かと思いきや実はネパール人。でもこちらの店は正真正銘のインド料理店。これもインド人が多いからでしょう。

ネパール人もいるのでネパール料理店もあります。
ネパール人もいるんだ。

こちらはモンゴル国旗でしょうか。
最近モンゴル系の飲み屋を観る機会があります。
なかなか旅行で行く機会のないモンゴル。鶴見ならモンゴルを味わえるようです。

飲み屋街であれば確実にみる国旗。
こちらはフィリピンパブです。

飲み屋街であれば確実にみる国旗。
タイです。

鶴見で一番人口の多い外国人は中国人です。
そのため中華系のお店もちゃんとあります。
こちらはチャイニーズレストラン。
本場の中華が食べられそうな雰囲気があります。

勿忘我。
「私を忘れないで」を意味する言葉。また勿忘草のことを勿忘我とも言うそうです。
確実にチャイナパブ。本場の姑娘が食べられそうな雰囲気があります。

あとはエステ。

それとエステ。

それにエステ。
エステが街に多すぎる。中国人が多い理由、エステだった。
中国人が多いからエステがあるんじゃありません。エステが多いのには理由があります。かつての鶴見駅前には風俗店があったのです。

それは何の理由にもなってねぇ。京急鶴見駅東口側。
現在は飲み屋街となっていますが以前は飲食店に混ざって怪しい店があったのです。
ここはサロンとヘルスのある街でした。京浜工業地帯で栄えた鶴見。かつては鶴見川の向こう側に青線がありました。そして駅前は花街があり賑やかな街でした。しかしどちらも高度経済成長期の頃消えました。鶴見は盛り場ではなくなったのです。でもその代わりに現れたのがサロンとヘルス。仕事終わりに工員たちが集まる飲み屋街。
飲んだ後は気持ちが高揚するものでサクッと済ませる店があったのでしょう。

あっ 青線の代替、ここにあったサロンやヘルスだった。
ほんちょう通り商店街が衰退した理由。駅前のピンサロだった。

かつて鶴見は少し治安がアレで街路に客引きがいて近づきたくないエリアでした。
そして歓楽街の中に組事務所もあるアウトレイジな街。でもその殺伐とした街の中にある魅惑の花園。ソレを求めて工員たちが集まったのでしょうね。

サロンがありそうな雰囲気のある街並み。
ここには以前ミス日本というサロンがありました。

看板はその店を表す鏡。
ここには看板通りミス日本級の美女がいたのでしょう。ミス日本優勝者と言えば藤原紀香、叶姉妹。

こんな名店があったとは!

人気があったに違いない。でも現在そのような店はここにはありません。

サロンもヘルスも閉店しきれいな街になりました。その代替で出てきたのがエステ店。確かにサロンやヘルスの代わりっぽい。そっち系っぽいエステもちらほらあるし。かつてのヘルスよりも過激な店もありそう。つまりエステはサロンやヘルスの代替店。

だから、中国人が多いからエステが多いわけじゃない。
いややっぱり中国人が多いからエステが多い。アレなエステは大体中国。
鶴見に中国人が多い理由、チャイエスだった。

このように風俗要素がなくなった鶴見駅前。
それだけでなく飲み屋も減少傾向のようです。現在この界隈はマンションが新しく建ってます。組事務所だったところもマンションになりました。
駅徒歩数分の場所。かつては工員が遊びに来ていた駅前ですがその様子はありません。湾岸部に工場はあるものの仕事終わりに呑みに来る人は少ないのでしょう。
住宅街に変わりつつあり大正時代にできた三業地の名残りはもうここでは見れないのでしょう。

こちら、ピンサロです。

まだ残ってた。

いや、もうこれは返事がないただの屍。
閉店して久しいようですがそのままの状態です。
これは昭和平成の性風俗店の遺構。
左手に在籍してる姫の情報が載ってます。

これはイエローキャブもびっくりのキャスト陣。
こんな名店があったとは!

こちらはJR鶴見駅の西口側です。
こちらはソープです。ソープは残ってたんだ。
店名は変わりましたがまだまだ生き残る特殊浴場。駅前にはチャイナエステはありますがかつてのそっち系の店は壊滅した鶴見。鶴見に生き残る唯一の店。つまりぽつんと一軒ソープ。かつては仕事終わりに駅前で飲み酔った勢いでエッチな店に行ってたのでしょう。しかしそのような遊びをする人が少なくなり店は淘汰されたのです。

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ハッテン場を経て生まれ変わる花街のあった西新宿十二社

本日は新宿区西新宿に来ております。
こちらは日本最大級の超高層ビル群「新宿副都心」と呼ばれるエリアです。
右手に見えるのが新宿NSビル。左手に見えるのが東京都庁第二庁舎。
まさにコンクリートジャングル。新宿らしい街並みです。

西新宿が高層ビル街となったのは60年代以降、それ以前ここは浄水場でした。
浄水場が設置されたのは1898年。東京で初めての近代水道浄水場でしたが関東大震災以降山の手に移住者が増えたことで東村山へ移設する話が持ち上がり終戦から20年後の1965年に浄水場を移設。その後ホテルなどができ91年に都庁が完成。そして今のような街並みになりました。

こちらはかつての浄水場の航空写真です。

貯水槽があったところは低かったわけですが現在もその高低差を残したままとなってます。
なんか歴史を感じますね。

このように高層ビルが建ち並ぶ新宿副都心。
無機質な街並みっぽそうですが比較的緑も多いエリアなんです。

都庁の隣には公園があります。こちらは新宿中央公園です。
新宿は戸山公園や新宿御苑など大きな公園が多く新宿中央公園は三番目に広い公園です。

開放的で自然あふれるきれいな公園。

今はスタバなどがあって賑やかですがかつては鬱蒼としていて近寄り難い公園でした。
ホームレスがめちゃくちゃ多くてお薬を売り歩く行商人もいたし夜になると野外で致す人が現れる青姦のメッカ。そしてハッテン場。

新宿の悪い部分を詰め合わせたような公園。

公園内には公衆トイレがあります。
公園のトイレって汚いイメージがありますがさすがは新宿中央公園。掃除が行き届いててきれいです。
また利用者もきれいに使用してるのでしょう。

多目的トイレも設置されてます。
多目的トイレとは多様な利用者が安全かつ尊厳を持って排泄やケアを行えるトイレのことで法令により公共施設は設置が義務付けられてます。でも目的外利用者が多いようでこのような注意書きがあります。

キレイに使ってない人がいる!
ハッテン場だった新宿中央公園。開放的ですが冬場は寒いんでしょう。だからトイレがある。

だからの意味!

目的外の利用という具体的に書けない行為。でも場所柄なんなのか想像できる。
ある意味多目的で利用されてきたトイレ。公衆トイレでそんなことするとは...。あのお笑い芸人も軽蔑の目で見るはずです。

新宿中央公園脇に神社があります。こちらは熊野神社です。
創建は1403年。600年以上の歴史ある神社です。
十二社熊野神社とも称される神社ですがもとは角筈熊野十二社という名前で名称通り12柱の神が祀られてたそうです。明治維新後二柱を祭神とし熊野神社に改めました。現在のご祭神は櫛御気野大神、伊邪那美大神。
花園神社と並び熊野神社は新宿の総鎮守です。

熊野神社の門前は十二社と呼ばれ江戸時代は景勝地として有名だったそうです。
いわゆる歓楽街のような場所で十二社池という大きな池がありその周りに茶屋や料亭が軒を連ねてたんだとか。

池は埋め立てられて存在していませんがバス停の名称にはその名が残ってます。
この界隈は高低差がありこのバス停は高台に位置するところ。

窪地になっているこの辺りが池のあったところ。今は閑静な住宅街で池の名残はありませんが60年代頃までは池があったようです。

こちらは当時の航空写真。
かつてはこの池の周りに茶屋があったのでしょう。
茶屋や料亭があったってことはあんな店もあったんでしょうね。

新宿は甲州街道の宿場町で地名の通り新しくできた宿場でした。もともと甲州街道の最初の宿場は高井戸でしたが日本橋から16キロほど離れていたため中間の位置である青梅街道との分岐に宿場を新設。新しい宿場って意味で内藤新宿が開設されました。宿場があったのは新宿二丁目三丁目のあたり。今の二丁目はゲイタウンとなってますが江戸の頃は幕府非公認の岡場所でした。

遊郭は幕府公認の色街。性ビジネスが唯一認められた地域です。しかし江戸には吉原しか遊郭がありませんでした。新吉原があるのは台東区千束。今ですら千束は電車で行きづらい立地。なんならお店に送迎を頼むくらいの距離なのに公共交通のなかった江戸時代。遊郭に行くのに歩かなきゃならなかったのです。

それは萎えますよね萎えないけど。

だから各所に幕府非公認の色街があったのです。新宿はまさにそのために用意された街でした。
新宿は日本橋から数えて一つ目の宿場町。距離はおよそ8kmで2時間程度で行けます。当然そんなところに宿泊する人はいません。だから休憩できる宿場があったのです。

これは江戸時代のラブホ街。
新宿は江戸時代からエロの街だったのです。

そんなのが内藤新宿にはあったんですね。でも宿場のあったのは新宿二丁目のあたり。十二社は西新宿4丁目のあたりです。同じ新宿を冠してますが距離は2km離れてます。

都市部って電車移動が主ですが中途半端な距離って移動しづらいんです。歩くかタクシーを使うか。でも歩くと20分以上かかる距離。それは江戸時代も同じで2kmは遠かったのでしょう。そんなわけで十二社にも茶屋を設けそっち系のサービスを提供してたのでしょう。わざわざ町の中心に行かずとも遊べた。新宿は江戸の頃からエロの街だった。

江戸時代景勝地だった十二社は明治になり花街へ。100軒の茶屋や料亭が軒を連ねたそうです。
空襲で被災するも戦後は温泉を掘削。十二社の花街は最盛期を迎えます。しかし時代の変化とともに客足が遠のき料亭・待合は減少。十二社の街並みは住宅街に変わり花街は縮小。ほかの花街同様にバブルを迎える前、80年代半ばに十二社花街は消滅しました。

新宿副都心、高層ビル群の奥の方。
今じゃそんな様子はありませんがかつては花街色町だったんですね。だったら今でも茶屋的な店があるんじゃないかと血眼になり探しもしたのですがそういう店はなくあったのはマンションタイプのメンエスくらい。

メンエスはあるんだ...。

かつてはそういう街でしたが今はそういう店がここにはないのです。

メンエスがあるのに?

そう、西新宿に住む人、働く人は都市部にいるのに不遇な状況に晒されてるのです。

メンエスあるけど...。

こちらは十二社通り沿いにあるマンションですがかつて十二社温泉という浴場がありました。私は閉業直前に一度だけ入浴してます。花街の名残と知ったのはだいぶあとになってから。その温泉ももうありません。

温泉の隣にはきれいなホテルがあります。これも花街の名残でしょうか。
新宿は外国人観光客に人気で宿泊施設も多いです。実際に都内の民泊登録数は一番多くそれが今問題となっています。この界隈にも大小さまざまなホテルがありその多くは訪日外国人向けです。こちらのホテルも外国人向けのようですが以前は新宿ニューシティホテルって名前で出張族向けのビジネスホテルでした。

官公庁だけでなくオフィスも多いため多くのサラリーマンが行き来する西新宿。
地方からの出張族も多いのでしょう。そのため西新宿にはビジホが各所にありここもビジネスマン向けのホテルでした。
少しさびれた雰囲気があったホテル。駅も繁華街もちょっと離れてるため不人気ではありましたが腐っても新宿。結構穴場の出張者向けのビジホだったんです。

私も新宿に住んでいた頃に何度か利用してます。
新宿に住んでたのに?
そうそう新宿住んでいましたが宿泊してました。

西新宿だとニューシティかワシントンホテル、この二つのホテルがリーズナブルで、そして呼べるんです。

ビジネスマン向けのホテルじゃなかった。
出張族向けじゃなく出張呼ぶ向けのホテル。
デリヘルマン向けのホテルだった!

こちらは熊野神社前の交差点です。
オフィスビルと住居が混在するエリアで交差点の西側には西新宿五丁目駅があります。ここは新宿区の一番西側に位置するところで新宿区と渋谷区と中野区がごちゃっとあるエリア。

十二社通りから路地に入ると住宅街になります。
西新宿ってタワーマンションが多いですが一軒家が結構あるんです。この地区は新宿副都心計画から外れた地域のため昔ながらの街並みが残ってます。区画整理がされておらず細い路地が多めです。古い建物も多く雰囲気よさげ。でもこの景色も変わっていくのでしょう。

新宿区の端っこですがここは副都心のそば。買い手はいくらでもいます。
十二社通り沿いにはタワマンが建ってます。新宿西口も現在再開発中です。この界隈も日々街並みが変わっておりこの街路も消えてなくなるかもしれません。

そしてこちらもなくなるお店です。
公衆浴場 羽衣湯です。
物価統制令による価格統制の対象となる代わりに税金や水道代の優遇等が受けられる公衆浴場。
しかしそれだけではやっていけないのでしょう。ピーク時は2600軒以上あった都内の銭湯は現在417まで減ってしまいました。近年は毎年20軒ほど閉店しているようです。そしてこちらの羽衣湯も設備老朽化と燃料費高騰が理由で閉業することに。

かつては諸事情で立ち寄ってなかった羽衣湯。
ですが3年前に立ち寄って以降何度か来ています。
今日は最後のひとっ風呂浴びに来ました。

創業1950年の羽衣湯。
98年に建て直してるので建物はキレイ。でもこれも見納め。
大都会新宿にある銭湯。ちなみに最寄り駅は西新宿五丁目駅ですが銭湯の住所は渋谷区です。

新宿じゃなかった。

サウナ込みで1200円。入浴料が600円にサウナ代が600円。
スーパー銭湯と大差ない値段。でも設備はスーパー銭湯並み。羽衣湯はよくある公衆浴場と違い露天風呂があったりジェットバスがあったりとアミューズメント要素強め。

サウナは大きくありませんがなかなかの高温。そして休憩室もちゃんと用意されています。
オープンすぐに行ったのですが結構な混み具合。タワマンもあるし住宅が多い地域。一番風呂に入りに来る人も多いのでしょう。これだけ混んでるのに店を畳まなければならない。銭湯経営ってのは難しいんですね。

羽衣湯は昔から知ってましたがかつては良い噂を聞かなかったので避けてました。避けてた理由はハッテン場として有名だったから。

アミューズメント要素強め!

全員が裸の公衆浴場。
そういう人たちが出入りすることも当然あります。
私は比較的銭湯に行っており過去にそういうのを目撃したこともあります。
名古屋の某入浴施設のように施設管理者が許可してるなら構いませんが禁止してるのにそんな不衛生な行為。
マジでやめてもらいたいです。中央公園のトイレじゃダメだったのか。羽衣湯はハッテン場でした。

でも2021年に逮捕者が出て以降は減少。今は普通の銭湯になりました。
モラル節操のないLGBTのお客様の入浴お断り。
過去にそういうことがあったからか張り紙にはこのように書かれています。
ジェンダー平等や多様性の尊重において自治体でもLGBTに寛容な渋谷区。その渋谷区にある羽衣湯ですが厳しい対応。
いやこれはLGBT関係なく犯罪抑止のため。
ここは入浴施設。だから多目的トイレのように使うべきではない!ですよねスケベさん。

芸人「ワタベだよ!」

かつてはそんな感じでしたが今は普通の公衆浴場。なんかジロジロ見てくるおっさんはいます。

そういうのはいるんだ...。モラル節操がない件。

ちんちん見てくる人を時折見かけますが、

チンチンを覗くとき、チンチンもまたこちらを覗いてるのだ。
風呂が好き兄ちゃん。

フリードリヒ・ニーチェみたいな言い方。

まぁジロジロ見るおっさんなんてほかの銭湯でもよく見かけます。

よく見かけるんだ。

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本八幡にあるサイゼリヤ一号館に行ってみた

本日は千葉県市川市に来ております。
こちらは本八幡駅です。
総武線に乗れば二駅先は東京だし都営新宿線に乗れば一駅先は東京。つまり本八幡は東京です。

江戸川沿いだから小岩と同じ東京都。本八幡は江戸川区かな?
こんな感じでしれっと東京っぽさ出してるけどここは明らかに千葉。都営新宿線が走ってるけど都じゃねえし京成線が走ってるのも千葉のイメージ。東京っぽさ出してるけど本八幡は市川市です。

本八幡の隣駅は市川駅。
市名を冠してる市川駅の方が栄えてそうですが市の中心は本八幡なんです。なぜ市川市になったかと言うと市ができる際に市川の名を使う代わりに庁舎を八幡に置く形にしたそうです。だから町の中心が本八幡になりました。

そんなわけで本八幡駅の近くに市役所があります。
市川市役所の目の前には藪があります。こちらは八幡の藪知らずです。
国道沿いにあるため何度も目にしてましたがこのように訪れるのは今回が初めて。こちらは不知森とも呼ばれ古くから禁足地で足を踏み入れると生きて出れなくなるんだとか。その噂は江戸時代の頃からあるそうで徳川光圀公も立ち入ったことがあるんだそう。

毒ガスが充満してるから中に入ると死ぬ、底なし沼があるなど諸説あるようですが森のサイズは18m四方なので迷うほどの広さはありません。まぁいろいろな理由で禁足地となったのでしょう。
光圀公も噂に興味を持って中に入ってるし現代でも同じような考えの人はいそうな感じ。
迷惑系ユーチューバーが「八幡の藪知らず入ってみた」って動画を撮りそうですが現代でも変わらず生きて帰ってこれません。同地は葛飾八幡宮の所有地なので正当な理由なく立ち入れば住居侵入罪になります。塀の中に入らずとも社会的に抹殺されそう。藪に入ると社会的に生きて出られなくなる。

街中にある禁足地ってなんかロマンありますよね。
誰も中に入ることができない場所。しかも江戸の頃からそう言われてるんです。
歴史あるところなので観光客も来るためちゃんと藪も剪定されてます。

誰かが中に入ってる!

竹は成長早いですからね。誰かが整備しないと大変なことになります。
たぶん外側だけ。たぶん外側だけ剪定してるのでしょう。
それ以外は手つかずのはず。

こんな感じで手つかずの藪がある本八幡。駅北口側は飲み屋街となってます。
戦後の闇市を経てできた飲み屋街。そんなわけで統一感なく雑多な感じがあります。
まさに戦後から手つかずのままの商店街。
ですが近々その街はなくなるんだとか。
本八幡駅北口駅前地区第一種市街地再開発事業ってのが進んでおり北口の飲み屋街を更地にし44階建てのタワーマンションが出来るんだそう。予定では28年の8月から解体工事が始まり32年に竣工予定なんだとか。もう消えてなくなる街。昭和平成と働く人たちを支えた飲み屋街。それを見に本日ここに立ち寄りました。

こちらが飲み屋街のある八幡一番街。
再開発エリアに指定されてるところです。小売店は少なく飲食店が多め。
そしてその多くはスナックなどの夜間飲食店。夜になればにぎやかになるのでしょうか。

でもそれも見納めです。
ここにタワマンが建つということですが商業ビルも併設されるそうです。
店も入居するのでしょうが今のような飲み屋街にはならないんでしょうね。
これらのスナックは閉業し後世には伝えられないのでしょう。

こちらにもクラブがあります。
建物は古いですけど雰囲気の良いお店です。
30分6000円という少し高めの値段設定。こちらは高級クラブか何かかな?

品の良いお店ですがここも閉店するのでしょうか。
飲み屋街だったところが高層マンションへ。多くの住民が増え賑やかな街に生まれ変わります。でもどの街も画一的な街並みに変わりそこに面白さはありません。

私はこのような店がある街が好きなんです。
毎夜遊びに行ける街。そういうのを残して欲しいものですが今の時代には合わないのでしょう。もうこれらの店はなくなってしまいます。
ちなみにこちらは品の良い高級クラブではなくピンサロです。

下品な店だった!

まぁ値段でなんとなくどんな店か想像できます。
普通のキャバクラは大体1時間刻み。でもこちらは30分刻み。延長は15分から可能。そして午前中から営業してるんです。
最近は朝キャバ昼キャバってのもありますがここはそういうのとはちょっと違うのでしょう。

金額的にはサロンのソレの平均価格。そして謎の料金設定。
延長を長くすればその分時間単価は割安となる。だから15分より30分延長の方がお得なんです。
でも17時台の延長料金は何も変わりません。これなら15分刻みの方がいいじゃない!10時台に至っては15分の方が安いんです。でもでもちょうど良いタイミングで「お時間です、延長しますか?」って聞かれるのは萎えますよね(萎えないけど!!)
だからちょっと高くてもじっくり30分延長。そういう人もいるのでしょう。
でも私は延長をせずにフリーで再入店します。そっちの方がお得なんで!

セルフ花びら回転!

でももうこちらも再開発でなくなる。
って思ったんですがどうやら違う模様です。

こちらは再開発エリアの施行地域ですがここは区域外なんです。
つまり再開発で潰れない地域。ってことはですよ。タワマンの目の前。ピンサロがあるんです。

玄関明けたらピンサロ。
これは新規顧客に期待できそう!

まだまだ本八幡の怪しい部分は健在のようです。
ちなみに同店隣もかつてはピンサロでした。

さすがJR線のガード脇。
ここはそういう地域だったのでしょう。かつてはキャバレーハワイがあったりとこの界隈は怪しい店が集まってました。でもそれらは淘汰され本八幡には一軒だけに。そしてこの一軒ももう...。

こちらは八幡一番街のメインストリートです。
ここも再開発エリアに指定されてます。

老舗っぽいパブスナックもあります。
昭和漂う看板が素敵です。この味のあるフォントいいですね。でもこれも見納めです。

こちらもだいぶ年季が入ってます。
ブルームだと思ったらマイルーム。読み仮名振ってないと読めない店名。こちらのお店も見納め。

そしてこちらも見納めになる店。
イタリア料理レストラン「サイゼリヤ」です。
こちらはサイゼリヤの一号店になります。現在は東証プライム企業にもなった大企業。国内1062店舗、国外670店舗と店舗数では国内二位を誇るサイゼリヤ。その創業地がこちらなんだとか。創業は1973年。50年前に一号店ができたそうです。それがこのお店。

お店と言ってますが同店はすでに閉店しており現在は記念館として運営されています。
こちらも取り壊しが決定されていますが取り壊すまでに定期的に見学ができるんだそう。そんなわけで見学のために訪れました。
オープンまで少し時間があります。せっかく一号店の見学をするんです。だったらサイゼリヤに行かなきゃですよね!

時刻は10時過ぎ。ちょうどサイゼリヤが開く時間です。
一号店は営業してませんが駅前にサイゼリヤがちゃんとあるんです。創業地近くのサイゼリヤで早めの昼食。それもいいんじゃないでしょうか!

ってことで3301です。早めの晩酌!
BR01もとい3301。サイゼリヤはイタリアン。だから3401を飲むべきって人もいるでしょう。
そして3401の値段は100円です。そのため3401に目が行きがちですが私は3401じゃなく3301。サイゼは居酒屋感覚で使うべきなんです。

だからとりあえず3301。

3301合わせるのは2101と1401。お腹が空いてるときは2301も頼むんですが飲むならやっぱり1401です。イタリアンなら1405でしょ!って人もいるでしょう。それもわかります。1405なんて普段食べないですからね。また1410もあまり食べませんね。でも1401のような肉っ気が食べたいんです。

そして2101はサイゼリヤでは必ず頼む料理。
腹の足しにもなるし酒のつまみにもなる。2101を300円で食べられるのはいいですね。
そして私がサイゼリヤで一番良いと思ってるのは3306があることです。

3306は日本でいう粕取り焼酎のようなもの。
3306って飲食店ではあまり見かけません。バーかイタリアンにあるくらい。
でもそういう店ではちょっと高いんです。このように気軽に飲めない3306ですがサイゼリヤは300円で提供してるのです。それは頼むしかないでしょう。だって3306ですよ?たしかにイタリアでは大衆酒なのかもしれません。でも日本ではあまり飲む機会も少ないお酒です。それが300円で飲めるなら飲むべきでしょう。

ちなみに私の3306の飲み方は3301と混ぜます。
これこそがミラノ風爆弾酒。

イタリアでもこんな飲み方してるのかな?
でもこれがサイゼリヤ居酒屋の楽しみ方。

クソみたいな楽しみ方!

さて見学の時間となりましたのでほろ酔い気分で一号館に行ってきます。

こちらがサイゼリヤ一号館です。
こんなの物好きしか来ないと思ってましたが入場制限をかけるほど人が来ています。
ここはサイゼリヤが管理しているわけではなく中小企業家同友会が運営管理しているそうです。一応サイゼリヤからもサポートがあるそうです。

中の様子はこんな感じ。
一号店は大きくありません。小規模のレストランといったところ。
厨房も見ることができます。開業当初は普通のレストランだったのでしょう。半世紀しか経っていませんが今じゃ大企業と呼べるレストランになりました。50年は長いようで短い。でもその短い期間で成長できるのです。

こちらは開業初期のメニューです。
50年前なので値段が安いです。ミートソースが180円。当時の初任給は55000円くらい。現在の初任給が25万円なので給料は4.5倍に上がってます。ってことは今の値段で810円くらいでしょうか。
でも現在のサイゼリヤのミートソースの値段、税込み400円なんです。

これはデフレの申し子。

でも値上げするってことなのでもうサイゼで安く食べられなくなるんでしょう。
居酒屋よりも安いし席料もかからないのでサイゼはよく利用してました。
そして気がつけばビールを番号で呼んでましたが値上げされたら足が遠のきそうです。

かつてはカレーもあったんですね。
ファミレスではなく食堂って感じのラインナップ。
ちなみに開業当初はミラノ風ドリアはなく、もとは賄いだったものをメニュー化したそうです。だからミラノ風ではなく本八幡風ドリアが正しいようです。

こちらのメニューには飲み物が載ってます。
今よりも飲み物の種類が多かったようです。

角にダルマにブランデー。サントリーの息がかかってますねえ。
チェリーブランデーはヒーリングでしょうか。こちらも当時はサントリーが輸入元だったのかも。
さすがはイタリヤ食堂。ベルモットもあったようです。
カクテルもありますがフィズが多め。こちらではシェイカーを振ってたのでしょうか。
ほぼイタリアンバルみたいな感じのラインナップ。

しかもボトルキープもできるんです。
ホワイトホースとカティーサークが6000円。
今なら1000円程度で買える安酒ですが当時の小売価格は3000円前後。
そりゃ店売りだとこの金額にもなります。

スコッチのW5。
こちらは熟成5年と若いウイスキーで欧州で流通していた低価格の酒でしたがそれが店売りで4500円。
当時の舶来品は高かったのでしょう。

酒に合うおつまみも充実してます。
鮭のロシア漬けはマリネ的なやつでしょうか。
チーズにキャビアにアンチョビ。3301に合いそうなラインナップ。
今のサイゼリヤにも置いてほしいです。

こんな感じで本八幡はサイゼリヤを味わえます。でもそれももう見納め。
建物は取り壊しタワマンと商業ビルができます。キレイな街並みになるのでしょう。
大きいビルが建ちきれいな街路樹が植えられ自然と調和した街並みとなる。街がきれいになれば治安もよくなるでしょう。住む場所に飲み屋は必要ないし風俗なんていらないんです。再開発エリアに指定されなかった部分もいずれ浄化されきれいになるのでしょう。
一見キレイだけどどこにでもある街並み。住みやすい街になるけど街の魅力はなくなります。

私は怪しさ満点の飲み屋街の方が好きで多少の治安の悪さはその街の味だと思ってます。危険だけど楽しい部分もあるから人が集まる。だから街が活性化する。そんな街だったからサイゼリヤが生まれたのかも。

果たして50年後。
キレイになった本八幡に有名店はできるのでしょうか。こんな店のように。

ある意味有名店。

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ここが僕たちのニライカナイ!辻歓楽街で日本の端の特殊浴場を探せ!

本日は那覇市に来てます。こちらに那覇市と豊見城市に跨る湖があります。
結構大きな湖なんですが名称を声に出して言いずらいんです。
水量のある湖だったのでもともとは大湖(たいこ)と呼ばれてたそうです。
でも17世紀に訪れた中国の使者が豊富な水がある湖の景色に感銘を受けこの名をつけたそうです。

これは中国人の大罪。

中国の湖は 全部ち〇こにすべき。

湖となっていますが厳密には干潟。
以前は湖でしたが宅地開発で土砂が流れ込み干潟になったそうです。
きれいになりましたがかつては生活排水により水質が悪化し1970年代頃はヘドロが堆積して悪臭する湖だったんだとか。でも行政の対策によって水質は徐々に改善し今はきれいな湿地帯に生まれ変わりました。
那覇は沖縄の中心で商業地ですがそんな商業地から歩いて行けるところにこんな自然あふれる景色が見れるんです。

キレイですね。
湖に沿って公園が整備され市民の憩いの場となっているのでしょう。

私は沖縄に来るのが初めてなんです。
だからいろんなところを観光したい。きれいな湖を見て回る沖縄観光もいいのではないでしょうか。
それとせっかく沖縄に来てるので那覇にあるあんなとことか巡りたいですよね。
ってことでこれより私は特殊浴場街の辻へ向かいます。

そっちは汚いま〇こ。

時刻は現在朝6時過ぎ。まだ日が出ておりません。
沖縄と東京では経度が12度違うので45分の時差があります。東京の感覚だと日が出ててもおかしくないですがあたりはまだ真っ暗です。ですがすでに営業している店があります。つまりここでは日の出前営業をしてるのです。

もともとこの手の業種は日の出営業でした。深夜にこの手の店が営業してると風紀が乱れるし近隣住民にも迷惑がかかる恐れがある。そのため深夜営業は法律で禁止してるのでしょう。24時から日が出るまでを深夜と規定し風適法で営業時間が決められていました。日が出たら店を開けられる。そのため季節で営業時間が異なったのです。
例えば6月10日の東京の日の出は4時25分。6月上旬が一番日の出が早い時期なのでかなり早くから営業ができます。逆に1月初旬の日の出は6時50分。つまり2時間半近く営業時間に差があるのです。
日の出営業は日の出のタイミングが基準なので地域により異なります。日本の西にある沖縄は店が開くのが遅く、日の出が7時を過ぎることもあります。東京と沖縄とでは日の出に45分も差がある。つまり早く行きたくても沖縄の人は45分も待たなければならないのです。

まさか法治国家日本でそんなことが行われてたなんて!それは非人道的行為。日の出の有無でその機会が奪われる日の出営業は日本国憲法第14条法の下に平等に反してます。社会的に差別されないはずなのに沖縄県民はずっと差別され続けてたのです。本土復帰は新しい夜明けと言われたのに日が出ないことで差別を受けてたのです。

ってことが理由かは定かではありませんが2016年の法改正で日の出営業は廃止となり全国一律で午前6時に変更されました。これで沖縄県民は朝から行けるようになりました。冬場の日の出は7時だけど日が出る前からお店が開く。沖縄県民にとってはうれしい限り。割を食ったのは日本の東側にあった店舗。以前は6時より前に営業出来る日もありましたが法改正で営業時間が短縮されました。でも6月の上旬の沖縄の日の出は午前5時ころ。

一時間も短くなってる!
これは憲法第11条の基本的人権に反してる!
また憲法第25条の生存権にも反してる。これは法治国家である日本にとって由々しき問題。

まぁいろいろ問題を抱えてる業界ですが法改正で沖縄は早く営業できるようになりました。そんなわけで日が出る前から営業しています。そして特殊浴場の近くには無料案内所もあります。まだ日が出てませんがすでに営業してる様子。こんな時間から営業してて客がくるのでしょうか。立ち寄ってみましょう。

ここに客がいた!

案内所の話では早朝営業しているのは5軒だけ。
そのうち3軒はハズレのお店なんだとか。どうやら出てくるのがおばちゃんなんだそう。

少し日が出てきました。といってもお店が開くわけではなく町はしずか。ほとんどの店が9時過ぎにオープンするようです。やはり朝から行くのは川崎市民くらいのようで日が出ても人が全然歩いてません。

今回辻に来たのには理由があります。
ここは日本の最西端で最南端にある特殊浴場街。

お風呂屋さんが二種類ある。遊廓だった宿場町「嬉野温泉」
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長崎県には三大遊廓の一つである丸山遊郭がありました。昔は人気の歓楽街でしたが、終戦後に遊郭を解体。現在は

以前佐賀の嬉野温泉に行ったのですがそこには最西端を名乗る特殊浴場がありました。
でも最西端は離島を除く。もしくは沖縄返還前を基準とした場合で最西端はここ辻なのです。
そして最南端もここです。つまりこの街の中に最南端と最西端の店が二軒あるんです。

まず最南端にある店がこちらです。
特殊浴場街の南側の通りに面したお店。通りに沿って3軒お店が並んでおりそのどれかが最南端になります。
地図を見たところ道の東側が南寄りのようです。
そのためこちらが日本最南端の店。ですが休業中のようです。

そのためこちらが日本最南端の店になるようです。

最南端の店はこちらですがプレイルームの場所次第でここの店が最南端かも。
これは入店して確かめなければなりませんね。

最西端があるのはこのあたり。
左手側が西側になるのでこちらの店が最西端になります。
しかしこちらの店も閉店している様子。

そのため手前か奥の店のどちらかが最西端。
奥の店の方が西側っぽいですがこれも確認が必要ですね。
でもこうやって最南端や最西端の店に行けるのは感慨深いものがあります。ここに行くことで将来自慢ができるでしょう。

僕はね、東西南北端っこの特殊浴場に行ったんだ。

なんの自慢にもならない!

辻は遊郭があったので立ち寄りたかった場所だったのです。
沖縄の遊郭の歴史は古く1670年代の琉球王朝時代にさかのぼります。当時の沖縄は中国と薩摩の貿易の中継地で多くの外国人が出入りしてました。その渡来する商人や役人をもてなすために遊郭を設置したのが始まりのようです。

当初は辻、仲島、渡地の三つの遊郭がありました。三つの遊郭は棲み分けがされており最上級は辻、次点が仲島だったんだそう。沖縄音楽のハイサイおじさんの歌詞にも「辻・仲島・渡地とぅ おじさんあまぬ株主ど」って3つの遊郭の名前が出てきます。その3つの遊郭は比較的近くにあります。

こちらは那覇港の近くですがこの辺りに渡地遊郭がありました。
こちらは1700年頃の那覇の様子ですが渡地は島だったようです。もとは宿だったところを遊郭に変えたそうで離島のため利用者は船乗りが多かったそうです。現在陸続きとなっており遊郭の名残りは全くありません。

現在バスターミナルがありますがこちらが仲島遊郭のあったところです。

石碑があり遊郭のことも書かれてありますがその名残りはなく普通の商業地になっています。

渡地と仲島、それに辻の遊郭。これら三つの遊郭がありましたが1908年に辻に合併しここが一大歓楽街へ。150軒以上の貸座敷が軒を連ねたようです。

辻の風俗街の真ん中あたり一段高くなってるところがあります。

こちらに辻遊郭開祖之墓って墓標があります。改葬は昭和二年となっているので当時の貸座敷組合が墓地を改葬したのでしょう。これらも遊郭だったころの名残りです。

こちらにある新思会は貸座敷組合を前身とする組織のようです。
これも遊郭があった証拠です。辻の遊郭は遊郭ではありましたが本土と異なりどちらかというと花街要素が強かったそうです。もちろんすることはしてたのでしょうが芸事を見せる花街に近いところだったのでしょう。
沖縄では遊女のことを ジュリと呼んだそうです。
ジュリまたはズリと 呼んだ理由は春を売るのに這いずり回ったからジュリ、女郎からジュリとなったなど説は様々。ちなみに奄美では遊女をゾレと言うそうで南方ではこのような呼び方だったのでしょう。娼妓より芸妓の側面が強かったジュリ。それは利用者に求められた結果なのでしょう。

ソレしかしない遊郭ならば琉球でなくてもよい。
わざわざ琉球に来たんだから地元を味わいたい。
現代だってそうでしょう。沖縄の店なのにいるのはリゾバで来てる東京都民。
誰しも沖縄に来たら沖縄を味わいたいんです。だから当時の遊郭も本土と違っていたのでしょう。

沖縄独自の色街文化がここにあった。
同団体は文化を残そうとしてるのでしょう。
辻に来ればそんな歴史を感じれるかも。
ちなみに文化を残そうとしてる組織のとなりは今の辻の文化を発信してる店があります。

これはマンゾク。

辻に伝わるジュリ文化。でもそれも徐々に消えつつあるようです。
こちらには左馬という料亭がありました。那覇の三大料亭の一つに数えられた店でしたが現在は老人ホームに生まれ変わったようです。

こちらにも那覇三大料亭の一つ料亭松乃下がありました。
こちらも2007年に閉店し老人ホームになってます。老人ホームの名称に松を冠してるのは料亭の名残りを残そうとしたのでしょうか。

こちらは1949年創業の老舗料亭。戦後にできた料亭です。
辻は空襲で町全体が焼失しており先の大戦で置屋や貸座敷は全て消滅しました。
この手の街は戦後すぐに復活するのですが沖縄はアメリカに占領されます。
キリスト教国のアメリカ。公娼なんて認められる職業ではないので公娼制度は廃止となり遊郭の再開は認められませんでした。しかし遊郭がないため性犯罪や街娼が街にあふれ風紀が乱れる結果となりました。そのため特殊飲食店街を設置しました。

沖縄では社交街という特別地域を設けそこで営業ができるようにしたそうです。
日本の赤線に近い感じ。でも日本の法律とは違うので赤線ではない何か。どちらかというと沖縄のソレは公娼に近い存在だったのかもしれません。

いやいやそんなふしだらな街ではありません。
特殊飲食店はダンスホールがあるところです。米兵がダンスを踊るところ。現代風に言えばナイトクラブになるのでしょう。それを政府が管理していました。そこで働くダンサーは週一で性病検査をしていたそうです。性病検査をしてる辺りそのサービスがあるのは周知の事実。公娼は認められないので料亭としたのでしょう。
料亭と名乗ってましたがその実態はナイトクラブ。ナイトクラブかと思いきやその実態はちょんの間。そんなのが沖縄には 各地にあったそうで辻も社交街になりました。空襲で焦土と化した遊郭跡地にできた社交街。その利用者は沖縄を焦土にした米兵でした。
そもそもが米兵の慰安目的で設置された街。利用者はアメリカ人が多かったのでしょう。それは今も変わりません。アメリカ人の多い沖縄。アメリカ人向けの店あるのかな??

ほらちゃんとアメリカ要素があるよ。星条旗のような看板。
今でもアメリカ人はこの街を利用するようで多くの外国人を見かけます。観光客ではなく駐留してる米軍兵士なのでしょう。そしてこちらの店にはアメリカ人らしき団体が入店してました。

一番の歓楽街である辻。そんなわけでその手の店が複数あります。
これだと店探しが大変です。でも安心してください。この界隈には無料で案内してくれる心優しい人がいるようです。ここではいろんな店を紹介してくれるんです。

こちらはマンション一階にある特殊な物件。家の風呂釜が壊れても安心できます。
風俗付き物件って名古屋だけかと思ってたけど全国にこの手の物件ってあるんですね。お風呂屋さんまで徒歩ゼロ分の物件。まさにこれがホントのマンショントルコ!

こんな感じで特殊な風呂屋が20軒ほどある辻。
かつては70軒近くあったそうなので減ってしまったようです。

こちらはこの界隈の地図です。
料亭だったところは老人ホームにピンク色のところがその手の店になります。でもピンク色の全てが特殊浴場ではないようでこの中にはマッサージを称する店もあります。マッサージなのにピンク色?それおかしくない?だってマッサージって風俗店じゃないじゃない。普通のエステ店でしょ?

普通じゃなさそうなエステ店。
特殊浴場は増改築できないため寂れる一方ですがエステであればこんな感じで新しく始められます。
350年続いたジュリ文化。遊郭特殊浴場街を経てエステ街へと変わっていくようです。つまりここには日本最西端で最南端のエステがあるってことです。

メンズエステだったら西表島にもありそう。

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圧倒的アウェイ感!鶴見沖縄ブラジリアンタウンで異国を味わえ!

本日は鶴見区に来てます。
こちらは区内を流れる鶴見川です。
町田が源流で全長42kmある鶴見川。
この辺りは河口になるのでしょうか。きれいな河川敷です。
鶴見川には不法に建てられた建物はありません。
このようにきれいに整備されている鶴見川ですがかつては不法バラックが軒を連ねてたそうです。
鶴見は京浜工業地帯です。海沿いには旭硝子や浅野造船、東芝などの大企業。そのほか大小複数の工場があります。ここに来れば仕事にありつける。そのため多くの労働者が鶴見に集まりました。しかし日雇いで働く労働者。収入が安定せず住む場所がない。そのため河川敷にバラックを建て住みだしました。最盛期には約200軒のバラックがあり鶴見川の河川敷はその当時、スラム街でした。
河川敷に住んでいた人の9割が外国人。どこの国籍なのか容易に想像できる。鶴見は横浜の中でも特別永住者が多い地域です。そのルーツは鶴見川だったのかもしれません。このように外国人が多い鶴見ですが沖縄出身者も多いんです。

こちらは川崎競馬場です。
この川崎競馬場がある川崎区富士見にはかつて富士瓦斯紡績川崎工場がありました。
1915年に創業した富士瓦斯紡績川崎工場。東洋一といわれる大工場で同工場では2500人も働いてました。工場で働く多くが出稼ぎできた女性で一番多かったのは沖縄出身者でした。川崎と沖縄ではだいぶ離れてますがここで沖縄県民が働いてたのには理由があります。

当時の沖縄の主な産業は一次産業で県民の7割が農業に従事。多くの農家がさとうきびを生産していました。砂糖相場が高騰し好景気の時期もありましたが不況や干ばつの影響で収入が減り生活できなくなった人もいたそうです。経済的窮乏により食糧難となり毒抜きしたソテツを食べて飢えを凌ぐいわゆるソテツ地獄に陥ったそうです。
そのような中生活のために出稼ぎに出る人もおりその受け入れ先が富士瓦斯紡績の川崎工場でした。工場創業当時から沖縄出身者が働きはじめ1930年頃には1000人以上もいたそうです。
出稼ぎにきた多くの沖縄人。当時はまだ沖縄人への差別が残っており住居を借りるのも難しい時代でした。そのため沖縄人同士でコミュニティを作りそこで生活したのでしょう。それがあったのが鶴見区潮田という地域でした。

こちらは潮田にある見沖縄県人会会館です。
沖縄に関係する会館で沖縄県人会があります。
鶴見沖縄県人会は1953年に発足してますがそのルーツは1927年に結成した。
鶴見沖縄県人同志会です。歴史ある組織のようです。しかし県人会は近々移転するそうです。同会館は1980年に建てられたそうで老朽化のため取り壊すことになっているようです。建て直しも検討されましたが費用面で折り合いがつかず移転をするそうです。この姿ももう見納めです。

沖縄県人会会館には沖縄料理店があります。
沖縄タウンにいるんです。だったらここで食べてくべきですよね。

ってわけでソーキそばを注文しました。
スタンダードのソーキそば。ザ・沖縄味って感じ。おいしいです。

鶴見の潮田は沖縄タウン。
沖縄が発祥だからでしょうか。町内にはパチスロ専門店があります。
駅前ですら潰れてるパチンコ店。幹線道路沿いでもない駅から離れた場所ですが現役で営業しています。やっぱここでは沖スロが打てるのかな?

こちらの自販機も沖縄仕様になってます。
こちらにはミキが売ってます。

ミキは甘酒に近い感じの鹿児島や沖縄の飲み物。
名前の由来は「お神酒」からきてるそうです。原型は口噛み酒だったそうです。

こちらはルートビアです。
これも沖縄っぽい感じです。関東じゃあまり売ってないルートビア。薬っぽい味が私は好きです。

そのほか沖縄料理店もある潮田。そこまで沖縄沖縄してはいませんがここは鶴見にある沖縄タウンなんでしょう。こんな感じで沖縄タウンである潮田。

南国っぽい感じですがこちらの店はちょっと違う南国感があります。
潮田マーケットという建物があります。なんとなく闇市をほうふつとさせる名称。
昭和の日本っぽい建物ですがこちらに入居するのはブラジル食材店です。

潮田は沖縄タウンだけど南米人が多くいるんです。
鶴見区の在住外国人の数は15600人ほど。市では中区に次いで二番目に多い地域です。国籍別だと中国、ベトナム、フィリピン、韓国。5番目に多いのがブラジル人。とくに鶴見区のブラジル人割合は突出しており横浜市内のブラジル人は2800人いますがそのうち1200人以上が鶴見区に住んでます。このようにブラジル人が多いのは理由があり沖縄とも関係してます。

戦後の沖縄は海外からの引揚者が帰還する一方で米軍による基地建設のための土地の接収が行われ人口過多で土地不足という状況に見舞われました。その問題を解消するため移民政策が行われ多くの沖縄県民が南米へと旅立ちました。
1980年代後半、今度は南米人が日本に移民してきます。そのころの日本はバブル好景気の時期で多くの企業が人材を求めてました。南米に移住した日系一世も採用の対象でした。日本は好景気でしたがブラジルは不景気のさなか。そのため多くの沖縄人が日本に戻ってきました。そして1990年に入管法が改正されます。改正法では日系三世やその家族の就労が合法化し定住者という在留資格が新設されました。それにより沖縄にルーツを持つ日系三世が仕事を求めて日本にやってきたのです。そして鶴見に集まりました。
つまり潮田は、鶴見人と元沖縄人の鶴見人と元沖縄人で南米人の鶴見人と越境してきた川崎人となぜいるかわからないけど韓国人が住む鶴見沖縄南米タウン (川崎韓国)なんです。結構いろんな要素がある。

南米人の中にはペルー、アルゼンチン、ボリビア、パラグアイ、コロンビア、チリ、エクアドルなど。いろいろな地域から来ているようですが多くがブラジル国籍の人。
だからブラジル食材店があるのでしょう。

以前私は群馬のブラジリアンタウンへ行きブラジル食材店に立ち寄りました。群馬のソレはフードコートも併設されてましたがこちらもフードコートがあるようです。ちょうどお昼時、せっかくなんでブラジル味わっちゃいましょう。

とりあえずビールです。飲み物は売り場から持ってくるカク打ちスタイル。
つまり小売価格で飲めるのでお手頃です。こちらはペルーのビール「クスケーニャ」の黒です。
ブラジルなのにペルー。
ペルーとブラジルは違う国。
だけど食文化が近いのでしょう。
ここでは南米らへんの食事が食べられるようです。
南米各国の主食はアルゼンチンは麦、ペルーはジャガイモ、メキシコはトウモロコシブラジルは米です。

地域で全然食文化が違った。

こちらではワンプレートの定食があるようです。
主食の米に主菜とフライドポテト。主菜は豚鶏牛に川魚。ステーキ、とんかつ、フライドチキン。味の想像ができます。

せっかくなんで普段食べないやつがいいですよね。この中だとキャッサバかな。

こちらがフライドキャッサバです。
繊維質のなにか。見た目はサツマイモフライっぽい感じ。
熱帯地域で生産されてるキャッサバはタイやベトナム、カンボジアでも生産してるしタピオカの原料です。おそらく無意識に旅行先で食べてるんです。ちなみにキャッサバは毒があるそうです。

まさかのキャッサバ地獄。

有毒ですがソテツ同様毒抜きすれば食べられます。
キャッサバは生のままだと毒性があるので必ず水に3日ほど浸けてからゆでるんだとか。結構下処理が面倒な食材。
毒抜きを誤れば死に至る場合もありキャッサバ中毒の死者数は年間200人以上います。

やっぱキャッサバ地獄。

キャッサバの味はサツマイモっぽいです。
ほのかに甘みがあっておいしい。でもなんか毒が気になって味わえない。

こちらはピルセンです。

キャッサバをアテに呑み始めてる。

ピルセンはペルーのビール。
比較的ライトな感じで日本の発泡酒に近いです。
こちらのビールは個人輸入品のようです。こういうのに巡り合えるのも外国人街ならでは。

異国情緒あふれるフードコート。
横浜市鶴見区だけどここはブラジルサンパウロ。
4組の客がいますが誰も日本語を話してません。店員とのやり取りも何語かわからない言葉。ブラジルだからポルトガル語でしょうか。圧倒的アウェイ感。
でも電話の受け答えは流暢な日本語。めちゃくちゃ普通に日本語が話せる人たち。
外国感が味わえるけどここはちゃんと日本です。

わざわざ南米に行かずとも、わざわざ沖縄に行かずとも、ここであればどちらも味わえます。南米も味わえて沖縄も味わえて鶴見も味わえる。ついでに川崎と韓国も味わえる。それができるのはここしかありません。コリアタウンのように観光地ではないので店舗数も少なく観光スポットではないですがそれでもなんかここでは異国気分が味わえます。鶴見に来た際は一度訪れてみてください。南国気分が味わえるはずです。

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とりあえず一杯じゃなく、とりあえずおっぱい!川崎駅前の33%「仲見世通り」

本日は川崎にきてます。
京急線も含めると一日40万人が利用するため駅前はにぎやかです。
人口150万人を超える川崎市。川崎は全国で6番目に人口が多い都市で県庁所在地ではない都市では一番人口が多いです。

多摩川を渡った先は東京。
つまりほぼ東京24区の川崎。
川崎のイメージってどんなでしょうか?

なんか川崎ってイメージが悪いですよね。
治安が良くない、治安が悪い、治安が終ってる。不法外国人、ホームレス、ヤンキー、ヤクザ。犯罪都市、川崎みたいなイメージが先行してます。

とくに川崎駅のある川崎区は治安が悪いといわれてます。
治安維持がされてない修羅の国。川崎国や川崎民国と呼ばれることも。でもそれは過去の話です。たしかに昔は危険な香りが漂う街でしたがもう安全な街になってます。

あと風俗のイメージがありますがそれも違います。
まるで風俗街が広がってるような印象ですがここで訂正させてください。川崎全体が風俗街ではありません。風俗のイメージがあるのは駅の近くに堀之内と南町があるからでしょう。でも中心の地域は仲見世と呼ばれるエリアは商店街のようなところです。

川崎駅前全体が風俗街?
そういう印象操作はやめてほしい。三分の二は風俗で三分の一は普通の街。駅前風俗街割合は66%。33%は普通の駅前なんです。全然全体に広がってない。
風俗街じゃないじゃない。

あと川崎はヤクザが多い印象がありますがそんなのは都市伝説です。昔は多かったのでしょう。でもそれはかつての話です。暴対法施行以降、川崎はクリーンになりました。もう川崎はそのような街ではありません。

風俗があるヤクザがいる。そんなふうに思われてますが実際そんなことなくイメージと現実がかい離してるだけです。

本日はその悪いイメージを払しょくするためヤクザもいない風俗もない川崎駅前の33%の地域を紹介します。

ここが川崎駅前の繁華街。
この辺りは仲見世と呼ばれるエリアです。商店街の入り口には仲見世商店街とかかれてます。堀之内と南町に挟まれた地域でここから先が川崎駅前の歓楽街になっています。その手前にはアーケード街があります。

こちらのアーケード街の名称は川崎銀柳街です。

どこかのなにかの組織名。

銀龍会ではなく銀柳街です。なんかやばそうな組織名っぽい感じですが指定組織の名称ではなく普通の商店街です。

食材を扱う小売店もありますが多くは飲食店です。これに関してはどこの商店街も同じでしょう。あと商店街の真ん中にはパチンコ屋があります。

これは銀龍会。

昔はパチンコ屋がもっとあったんですが今は二軒だけになったようです。パチンコ屋も楽じゃないですね。

あと銀龍街にあるのはドン・キホーテ。
これは将来銀龍会川崎支部に入る人の量産店。

銀柳街を抜けた先が仲見世の本丸。150軒以上の飲食店が軒を連ねるエリアです。川崎は工業で栄えた都市です。仕事終わりに一杯ひっかける。そのような人のためのエリアなんでしょう。川崎駅前から国道15号線までの一本道で川崎駅側はライトな飲み屋街。15号に行くにつれてディープな街に変わります。ちゃんとその辺棲み分けができてるんですね。

いや全然できてねぇ。
ライトな飲み屋街にあるガールズバー。
いやいやガールズバーっていわばバーですよ。ぜんぜんディープじゃないんですよ。
ガールズバーってバーですからね。女の子がいるだけの店。ディープと言うのはおかしいでしょ。

でもガールズバーのあるビル。セクキャバもあります。
これは棲み分けできてない。

出だしからセクキャバのある仲見世通り。セクキャバをライトな店と判断した場合、仲見世の奥の方はどんな店があるんだろ。こんなの駅前が風俗街といってるようなもの。
でもでもセクキャバは一応キャバクラのジャンル。キャバクラ?それ別にディープじゃないじゃん!。ちょっとおさわりできるくらいでしょ!?普通の飲み屋街なんです。

ちなみにこちらのビルには以前、おっパブがありました。

棲み分けができてねぇ。

飲み屋街の出だしからそんな店があったんです。仲見世通りに来る客のほとんどがとりあえず一杯ではなくとりあえずおっぱい。ここはおっぱいの町なんです。でもでもおっパブもジャンル的にはセクキャバ。セクキャバは広義の意味ではキャバクラ。つまりおっパブもキャバクラのジャンルなんです。

ってことは仲見世の入り口のあたりはキャバクラ街に該当する街ってことです。

なんか仲見世も風俗街 みたいな印象でしたがそんなことなく棲み分けができてるんです。ちなみに仲見世通りの入り口付近にはかつてピンサロがありました。

棲み分け!

こちらは仲見世通りと並行して走る砂子通りです。
かつての東海道。鉄道が開通する前は多くの人が行き交いました。歴史上の人物もこの道を通ったって思うとなんか感慨深いです。

こちら、駐車場になってますがロンドンがあった場所です。
歴史に残らなかったけど一部の男性には思い出があるロンドン。私が川崎駅の近くに住んでたのは20年前。当時はまだありました。
でももうロンドンはありません。砂子通りはメイン街道 だし多くの人が通る道。そのようなところにその手の店は似つかわしくありません。だから閉店したようです。
似つかわしくないものは消えていく。このようにして町は浄化されていくのです。もうここにはそのような店がありません。クリーンな街に生まれかわりました。

砂子通り沿いにあるこちらのビル。こちらは飲み屋ビルっぽい感じがしますがピンサロがあるようです。

似つかわしくなかった!クリーンではない。

飲み屋街ですからね。
隣町に行くのも面倒。飲んだ後にサクッと行きたい人のための店。そんなのがあってもおかしくないんです。昭和平成初期の名残りがまだここにはあるようです。
川崎は東海道五十三次の二番目の宿場町。かつては街道沿いにその手の店がありました。そんな街道沿いにあるサロン店。それはある意味飯盛女がいた店と一緒。女給が恋に落ちちゃうヤツ。現代は疑似行為までですが令和の時代にもそれが味わえるんです。令和に生き残るサロン店。それだけでも歴史があります。
ちなみにこちらの店は最近できた新規の店です。

令和にできた店だった!

砂子通りの先、こちらが仲見世の本丸です。
すでに大将級がバンバン出てるけど...。
手前の仲見世は飲み屋街でしたが奥の仲見世は飲み屋街です。

変わらずの飲み屋街。

焼肉、焼き鳥、居酒屋、バー、パブ、スナック、キャバクラ、ラウンジ。一通りの飲み屋が揃う歓楽街です。私もよくこの界隈に飲みに来てました。飲みにきてた?果たしてそれだけ?変なことはしてません。普通に飲みにきてただけです。

飲み屋の多い仲見世ですがそこから枝分かれして細い路地があります。
こちらは柳小路です。
いわゆる飲み屋路地のようなところ。

結局飲み屋街。

こちらには外国人パブとセクキャバ。あとなんの店かわからない店があります。
なんの店かな?なんの店かな?

こちらは桜新道ってところです。
飲食街と書かれた路地。こちらも飲み屋路地です。
パブが多めの飲み屋街。フィリピンパブやチャイナパブがあります。それに台湾マッサージ。外国人要素が強めの路地。

こちらは花小路通りです。
こちらも飲み屋路地。

飲み屋しかねぇ仲見世通り。

こちらはベトナム系のお店があります。川崎は多くの外国人が住むエリアです。
かつては中国や韓国人が多いエリアでしたが最近はベトナム人も増えています。
そのためベトナムのお店が多いんです。

こちらはベトナムの ビール333に似た名称。
ここもベトナム系のお店かな?
こちらのお店、セクキャバのようです。

外人パブとセクキャバしかねぇ仲見世通り。

めちゃくちゃセクキャバだらけの飲み屋街。川崎はソープ街がある。だからライトなサービスが仲見世にあるのです。いやライトなサービスもだいぶ過激。しかもセクキャバに混じってサロン店もある。やっぱ棲み分けできてない。

そして外国人パブが多めの仲見世通り。
日本の外国人割合は3.2%ほどで川崎市全体の外国人割合は3.06%。そのため全国的には少ない地域ですが川崎駅がある川崎区は7.24%もあります。
川崎区にはコリアタウンがあるので特別永住者が多い地域ではありますが市在住外国人で一番多いのが中国人です。
単純に都内より家賃が安く都内に通いやすいから外国人が多いのです。川崎は多文化共生区域で仲見世にも外国人のお店が結構あります。つまり川崎の66%は風俗で残りの33%は外国人とおっぱい。

こちらは平和通りです。
川崎の港湾部は戦前から工場の多いエリアで第二次世界大戦では空襲被害が酷かったそうです。死者1000名以上を出した川崎大空襲。川崎市街地のこの界隈も空襲被害が酷く焦土と化したんだとか。戦後の復興期にできた商店会。平和を願い平和通りと名付けたそうです。

でも平和通りなんかフィリピンが強めなんです。
もうこれ、ピンパブ通りじゃねーか。

仲見世通りの最深部、国道15号線の 手前の平和通り。ディープな街と言われる地域に広がってたのは竹ノ塚顔負けのリトルマニラでした。

川崎市の外国人で一番多いのが中国人。
次いで韓国、ベトナムと続きますが四番目に多いのがフィリピン人なのです。川崎に住むフィリピン人は5000人以上。なんで多いんだろうと思ってましたがその理由、ピンパブだった。

仕事がなければ生活ができない。
だから仕事があるところに集まってくる。
川崎仲見世は外国人パブが多い。だから仕事があるんです。
韓国パブや中国パブもあるけれど目立つのがピンパブ。ここは遠いフィリピンに行かずともフィリピンを味わえるんです。

こちらは南国っぽい感じのパブだけどおそらくセブ島かどこかっぽい感じの写真。もうこれはピンパブ。

こちらもフィリピンパブ。

こちらもフィリピンパブ。

こちらはサロン店。

こちらはサロン店。
もうピンパブかピンサロしかない平和通り。

コリアタウンがある川崎。韓国要素があります。

ほらこちらには韓国食材店があるしこちらもマッコリバー。

ちなみにこちらには以前サロン店がありました。

ピンパブかピンサロだけ。

しかもここにあった店、本サロでした。
やっぱり仲見世の最新部はディープだった。

川崎仲見世通りの最深部にある平和通りこの界隈はピンサロ街となってるんです。
こちら、なんかなめてくれそうな店名ですがサロン店です。

なめてくれる店だった。

昔よく行きました。昔よく行ってたんだ。

こちらのお店。
オープン3時間前から人が並んでいますがこちらもサロン店です。

昔よく並びました。昔よく並んでたんだ。

こちらにも以前サロン店がありました。昔よく行きました。
めちゃくちゃ行ってたサロン店。

仲見世通りに呑みにきてたって言ってたけど飲んでたのはウーロン茶だった!

外国人パブが多いけどそれに混ざってサロンもある仲見世最深部。
ここもサロンがありました。現在はセクキャバがあるようです。だいぶライトになったんですね。

いや全然軽くなってない。

ここもサロンでした。仲見世の最新部サロンだらけだった。
フィリピン、タイ、韓国、台湾、中国、ベトナム、インドネシア。そしてセクキャバとピンサロ。これが川崎の33%の部分です。
つまり川崎の66%は風俗街で残りの33%は風俗街と外国人街です。
でもサロンもセクキャバも広義の意味では飲食店。外国人の店も飲食店。つまり川崎の33%の部分は飲食街なんです。

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本日は台北市の中心地、西門に来ております。
台湾の渋谷や台湾の原宿と称される西門。文化発信地として知られ若者の町なんだとか。雰囲気はキレイな渋谷といった感じ。まだ午前中ですが観光客も多くいるようです。

このように若者の街ですが西門はゲイタウンとしても知られています。同性婚が認められるなど同性愛に対し寛容な台湾。そんな街が商業地のそばにあるんです。日本もゲイタウンが 新宿にありますしね。商業地はいろいろな人種が集まる地域なんです。

若者でもゲイでもない私はこの街は似合いません。私が似合うのは隣町の萬華ってところ。そっちはもっといろんな人種が集まるところです。

こちらは萬華龍山寺です。
萬華は台湾の西成や台湾の山谷と称されています。渋谷原宿の真隣りが西成。確実にいろんな人種が集まっているところ。西成の名の通りホームレスが多い地域。台北の中でも治安が悪いと称されるエリアです。
寺院の周りには多くのホームレスが集まりここで寝起きをしているようです。今の西成はだいぶきれいになりましたが萬華はかつての西成を味わうことができます。

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こちらは台北市内にある寺院「龍山寺」です。 龍山寺ができたのは1738年、福建省から渡来してき

私は2024年に初めての台湾旅行でここに訪れてます。
2年しか経ってませんがだいぶ環境が変わってます。

こちらはお寺の前にある萬華公園です。
西成の三角公園に該当するのでしょうか。
治安のよい公園ではなく賭け事をするホームレスのたまり場でしたが今は工事中となっておりその様子は見れません。西成もかつて路上や公園にホームレスがいましたが行政が住んでいる人を追い出していました。ここの人は施設に 収容されたのか。それとも別の場所に移動したのか。ここで寝泊まりしてた人は追い出されたようです。
公園内は工事中で立ち入り禁止ですが公園の外側には住めるようでそこにいるようです。でも以前とは違い人数は激減。まだまだ治安が 悪そうな萬華ですが徐々に不安もなくなりきれいな街になるのでしょう。台湾もこんな感じで浄化されていくんですね。

龍山寺の東側、こちらは西昌街という通りです。
こちらでは夜市も行われており夜になると露店が軒を連ねます。
屋台がある夜市ではなく中古品を扱うリサイクルマーケット。西成風に言えば泥棒市になるのでしょうか。そんなのを味わえるのも萬華ならでは。ちなみに西昌街あたりが私娼窟になってるようです。

広州街から桂林路の路地。
約100mほどの街路に商店が軒を連ねてます。
ちょっと変わってるのがお店の入り口に椅子に座った女性がいます。
男性が通ると声をかける。客引きの類いのよう。
西昌街には茶葉を販売するお店もありますがお茶を飲む店もあります。そのお茶を飲む店が客引きしています。

お茶を飲む店?喫茶店的なヤツかな?

一般的なカフェとは異なりお茶を飲みながら カラオケをする社交場。
サロンといった感じでしょうか。高齢者のカタが多く利用されるお店なので阿公店。おじいちゃんのスタバとも称されるそうです。その阿公店がこの界隈にはあるようです。
えっ!?じゃあ普通のサロン街じゃない!
私娼窟じゃないんだけど..。いやいや日本にだってあるでしょう。
連れ出しスナック的な店や小料理屋と称した店。飲食店なのにパンツ脱ぐ店とかそれに類似する店がこの界隈にあるのでしょう。

台湾は売買春は違法です。買う側も売る側も罰則が科せられます。風俗店ってのがないのです。だから表向きは普通の店が普通じゃない営業をしているのです。

カラオケスナックや喫茶店だと思ったら別サービスを提供してる。そんなお店が台湾にはあるとかないとか。
もちろん多くの喫茶店やスナックは健全なサービスを提供してるところです。でもスナックのママ だって女の子。恋に落ちることもあるのでしょう。

なんか日本のどこかで聞いたことあるシステム。
そういう店がここにはあるようです。

利用者の多くは高齢者。
だからそこまで過激なサービスはないのかも。

こちらは西昌街の一本東側の康定路です。
こちらの方が凶暴な感じです。小学校の隣にある道沿いですが私娼が立ってます。

治安の悪さ。

先ほどの道にいた女性は座っておりどちらかというと受け身の客引きの感じでしたがこっちは攻めの客引き。立って客引きしています。
人が通れば誰彼構わず声をかけるスタイル。
男だったら誰でもよい。この勢いだと小学生にも客引きしてそう。そんな勢いがあります。

建物入口に立つ女性。
客引き禁止条例的なのがあるのでしょうか。敷地からは絶対に出てきません。
まるでソープランドの黒服のよう。

手を掴み強引に店に引き入れようとしてきます。
ここが日本と違うところ。
どうせ犯罪だし何したって良いだろスタイル。海外ではこれが怖いんです。

店員はベトナムかタイっぽい人。
台湾のその手の店だいたいインドシナ。
東アジアなのに東の要素がゼロ。
東南アジアに行かずとも東南アジアが味わえる。
なんの店か聞いてみたところ。こちらはマッサージのお店なんだとか。
マッサージは不要だなぁって伝えるとなんやら別サービスがあるみたいな話に発展。
日本の駅前にあるサイゴマデデキルヨのやつ。
どうやらこの界隈は外国人エステ街なんだとか。
そのため外国人が多くいるようです。

龍山寺の西側に来ました。
以前私はこの界隈を散策してます。
ここもおじいちゃんのスタバがあるエリア。
こちらは万華茶室文化老街ってところで茶室が軒を連ねるエリアです。
茶を飲みながらカラオケをするお店がある街。要はスナック街です。当然そっち系の店もあるのでしょうね。

こちらは三水街ってところ。
ここもカラオケスナック的な店があります。いわゆる夜の街のようなところでしょうか。

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立ちんぼかな?って思ったのですがどうやら違う様子。
何を言ってるかわかりませんが蛇はいるか?と声をかけられました。
萬華は古くは蛇街と呼ばれ蛇料理専門店もあるエリアです。蛇は滋養強壮効果のある食材。古くからある天然のバイアグラ。萬華には日本統治時代に遊郭があったそうです。そういう店があったから蛇が提供された。ここはそういう街だったようです。
でも朝から蛇食べたら。大変なことになっちゃうじゃない!

今度は別の女性に声をかけられました。
今度は天然のシアリスかなにかかな?と思ってましたがやり手ババアのよう。
かわいい子がいるから寄ってかないか。そんな感じで中国語で話しかけてきます。

私に蛇をください!

萬華にある私娼窟。客引きは中国語で話しかけてきますがなぜかなに話しているか理解できる。その手の店は言ってることは大体同じ。時間と値段と質なだけなんです。

スマホで写真を見せてきます。
多分現在控えている女性の写真。キレイな女性だけどどこか既視感のある容姿。
AI技術が発達した現代。もうパネマジどころの話じゃない。見せられるのは異次元の女性の写真。

それはもう絵じゃん!

念のため値段を聞きます。使わないけど念のため!

値段は1500台湾ドル。
日本円で7500円。なんかすごい安い。
台北は台湾の中でも物価が高い地域ですが日本に比べれば安い国です。
だからこの値段で最後までなんでしょうね。

日本のソレの半額以下。逆に安すぎて身構えちゃいます。
もしかしたら台湾版のタケノコ?ぎ?
会計時に怖い人出てきちゃう系の店?
そもそも女性が出てくるかどうかもわからない。だって写真の信用性がないんですから。女性であればましですが人の形をしているだけで謎のなにかが出てくるかもしれない。そのため不安なので断ると1000台湾ドルに値引きしてくれました。

ごねてたら5000円になった!

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映画を観た大人たちは南町へ消えていく。川崎南町って何があるの!?

本日は川崎にきてます。川崎はアミューズメント要素のある町があります。
こちらはラ・チッタデッラ。駅前にあるアミューズメント施設です。
ラ・チッタデッラは映画館がある複合型商業施設。イタリアっぽい名称ですが施設内の雰囲気もイタリアっぽい感じがします。おしゃれなカフェや飲食店がある街並み。
そんな雰囲気のよい町の中にチネチッタというシネコンがあります。

川崎は映画の街と言われており、ここチネチッタには12スクリーン、TOHOシネマズに9スクリーン、109ネマズに 10スクリーン。川崎駅は30スクリーン以上あるんです。さすがは映画の街。かつては興行収入が一番だった時期もありました。
名実ともに映画の街である川崎ですがこのように映画館が多かったのは昔からでこの界隈は戦前から映画館が軒を連ね1930年代には川崎映画街と呼ばれてました。
テレビもネットもない時代、楽しめるのが映画だったのでしょう。
工場街として栄えた川崎には駅前に工員のための娯楽施設がありました。
川崎に映画街ができたのが日中戦争がはじまる頃。そのような環境でも賑やかだったのでしょう。川崎は太平洋戦争末期に空襲被害に遭っており映画街も焼野原へ。しかし戦後すぐに復興し以前よりも増して賑やかとなりました。最盛期には映画館が16館もあったそうです。そして1987年にチネチッタが誕生。現在のような街並みに変わっていきました。このように90年前から映画の街だったのです。

こちらは政の湯通りです。
町の境になっており通りの北側が映画街のある小川町、南側が南町となってます。
通りの名称の由来は政の湯という銭湯があるから。
銭湯の名前が通りの名称になるのは珍しいです。ほかに呼び名はなかったのでしょうか。

こちらが政の湯です。
1969年創業の銭湯。私は以前川崎の公衆浴場を巡った際にこちらに一度だけ訪れてます。東京湾に面したこの界隈は温泉がでるようでこちらも黒湯がありました。
銭湯価格で温泉が味わえる。気持ち良いお風呂でした。また入りたいですね。

ちなみに政の湯の並びこちらは特殊浴場となってます。

こっちもお風呂だった。

私は以前川崎の特殊浴場を巡った際にこちらに何度も訪れてます。

なんども訪れてるんだ。

銭湯価格ではないけどいろいろ味わえる。気持ち良いお風呂でした。また入りたいですね。湯舟は大して広くないけどマットとベッドが楽しめるお風呂。

一般には南町(みなみちょう)と呼ばれてますが正式には「みなみまち」。
川崎は堀之内という有名な特殊浴場街があります。
南町も堀之内に負けないほどの風俗街。南町が風俗街となった歴史は古くそのルーツは江戸時代にさかのぼります。

多摩川を渡った先にある川崎。川崎は江戸時代、東海道の宿場でした。
今では気軽に渡れる多摩川ですが当時は橋が架かってなく渡るのは渡し舟。しかし暴れ川と言われる多摩川は天候次第で渡れない日が続くことがありました。渡れる日まで足止めとなる。そんなわけで川崎宿は客が多かったのでしょう。
テレビもネットもなかった時代、娯楽と言ったらアレしかなかったわけで川崎宿には飯盛女がいたそうです。女給が急に恋に落ちるアレな店が街道沿いに点在してました。

今でも川崎に点在してそうなシステムの店。

飯盛旅篭は明治以降に貸座敷に転業。
その後も遊女屋家業が続きました。しかしそんな店が街中にあると風紀が乱れます。
そのため点在していた遊女屋を一か所にまとめ1904年に遊郭を設置することにしました。それが川崎遊郭です。

遊郭を設置したのは小土呂と呼ばれていたところ現在の南町がそこにあたります。
400年前から川崎はエロの街だった。

宿場だった堀之内は花街へ。指定された南町は遊郭へ。このように区別しました。

本当に区別されてたのかな。

一大歓楽街だった川崎宿にできた新たな遊郭。人気が出たことでしょう。
川崎は工業で栄えた街。多くの工員が駅前を利用したのです。
娯楽は映画しかないってことだったけどちゃんと別の娯楽も用意されていた。多くの工員が遊郭に行っててもおかしくない。

やっぱ映画だけじゃ慰めるものも慰められない。だから映画を見たあと遊郭に向かったのでしょう。この界隈は複合型商業施設の祖だったのです。

戦時中は他の遊郭同様に自粛となり戦後GHQの命令で公娼制度は廃止。川崎遊郭の歴史は幕を閉じました。そして南町は赤線街へ。

幕は閉じてねぇ。

ちなみに堀之内は青線街へ。

しれっと風俗営業始めちゃってる。

戦後赤線街となった南町にはカフェーと呼ばれる店が点在してました。
カフェー?喫茶店かな。

カフェーとは女給が急に恋に落ちちゃうアレな店。
なんか今でも川崎に点在してそうなシステムの店。

そんな店は人気だったんでしょう。しかし売春防止法施行とともに廃業となりました。そして南町は特殊浴場街へ。このようにして川崎駅前は風俗街になりました。
南町は400年の がれた歴史を味わえるんです。

ほら、特殊浴場があります。

こちらにも特殊浴場。

ここにも特殊浴場。
川崎400年の歴史、案外浅い。でもその歴史も厳しい環境にさらされてます。
全盛期は30軒近い特殊浴場がありましたが現在は半分ほどに減ってるようです。
風俗店への規制強化、娯楽の多様性、ライフスタイルの変化、景気の低迷。いろいろな原因があるのでしょう。

こちらにもお店がありましたがエルグランジュテというマンションが建ってます。グランジュテは仏語で大きな躍進を意味する言葉。特殊浴場街から躍進するって意味でしょうか。

南町は川崎駅まで徒歩10分ほどの距離。駅前は栄えており住みやすい環境です。
風俗よりも賃貸マンションの方がよいのでしょう。南町はこのように住宅街へと生まれ変わってます。紡いだ歴史はもう消えてしまったようです。ちなみにこちらにあった特殊浴場の店名はグランディール鼓桜でした。グランディールは仏語で成長を意味する言葉。歴史は紡がれてた。

こちらのお店、現在営業してません。閉店したのではなくどうやら営業停止処分を受けてます。この手の業界は行政指導を受ける場合があります。なぜ行政指導を受けたのでしょうか。

調べたところ摘発理由は女性従業員が客と売春することを知りながら個室を使用させ売春場所を提供したとされてます。

えっ!?お風呂屋さんなのに売春してたの?それは罪深い。
でも同店の役員は部屋の中で何が行われていたかは分からないって供述してたんだそう。

そりゃそうです。だって個室ですよ。個室の中で行われていることを知ってたら
それはプライバシーの侵害でしかない。部屋の中を覗くわけないじゃない。知らないのは当然のこと。

でも神奈川県警も寝耳に水だったことでしょう。
まさかお風呂屋さんで性行為をしてたなんて全然気づかなかったんでしょうね。
ちなみに南町には大きめの交番がありますがかつては川崎警察署がありました。
警察署真裏なのに排除されなかったソープ街。

警察が機能してない川崎。

川崎警察署は2003年に移転してます。

排除されたのは警察署の方だった。

警察署があった場所はハローワークへ。求人バニラの競合相手。

こちらは川崎ロック座です。
ロック座はストリップ劇場の最大手で浅草の劇場は80年の歴史がある最老舗店。
ここはもともと川崎東洋劇場ってところでしたが92年に川崎ロック座となっています。同店のオープンは11時。推しの踊り子さんが出演するのか。はたまたただの変態野郎か。9時過ぎですがすでに並んでます。

最盛期には300軒以上あったストリップですが現在は全国で20軒を切ってます。
関東は9軒しかありません。かつては過激なサービスの劇場もありましたが摘発に遭いその手の劇場はなくなりました。今では健全に不健全なショーを観るだけです。
当然踊り子さんに触れることはできないし館内での自慰行為は禁止。ただただ悶々とするけど何もできない。ほぼ修行してる状態。ストリップは性欲を満たすためではなく。ショーを楽しむところなのでしょう。
私は二度ほどこちらに行ってます。ショーを観るって点では楽しめましたがなんだかすっきりしない。

すっきりしてないしね。

ここでストリップを観たあとは近くのちょんの間に行きました。

すっきりしてた。

特殊浴場って気軽に行けないんです。でもちょんの間ならちょっとの間で済ませられる。すごいお手軽なんです。ここには気軽にできるお店がありました。堀之内にもちょんの間がありましたが摘発されてます。

堀之内のソレが摘発されたのは2005年。堀之内のは飾り窓タイプでしたが南町のは表向きはスナックなどの飲食店。店員が急に恋に落ちるシステムでした。
400年前のシステムを受け継ぐ川崎南町。文明技術は進化したけどエロに関しては400年間変わらなかった。
20年前からすでに減少してましたがまだ残っているでしょうか。

何軒かスナックは残っている模様。
でもここが何の間スナックなのかはわかりません。

スナックなので昼間は営業していません。
夜になれば営業してるか見れるでしょう。じゃあ夜にくればいいじゃない!って思いますが夜の南町はあまりよくないんです。

日が出てる時ですらあまりうろつきたくない南町。とくにスナックがある南町の奥の方は川崎の中でも1、2を争うディープエリアです。この界隈には指定何力団がいるエリアなんです。その手の事務所があるんです。

グーグルストリートビューを観てください。事務所の前だけ不自然に写ってないんです。世界の大企業すら恐れる地域。写真には写せない美しさがある。

でも別に何かしてくるわけでもありません。カタギには手を出さない。鉄則してるのでしょう。トラブルを起こすと面倒になりますからね。しかも川崎の何力団の人たち結構優しいんです。気さくに話しかけてくるんです。

それは逆に怖い。

ヤクザが気さくに話しかけてくる安心な街。

安心感ゼロ。

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狛江に何ある?何もヤバくない治安のよい街「狛江」

本日は狛江市におります。
こちらは狛江駅です。
地方の人からすると狛江ってどこなの。なんて読むのかわからない人もいるでしょう。場所を知らない都民もいるようで東京の中で知名度は下から二番目に低いんだとか。
調布市?世田谷かな?。世田谷区狛江とか調布市狛江とか、そう間違えられてもおかしくないような立地です。

狛江って知られてないようで結構有名なんです。
例えば市の大きさ。狛江市って小さいんです。日本で一番小さな市は埼玉県蕨市です。二番目に小さいのがここ狛江なんだとか。

知名度も二番手だし大きさも二番手。
ちなみに2022年の高校ダンス部選手権で二位。
地価上昇率も二位なんだとか。
だいぶ絞り出した感のあるランキング。

このように二番手の狛江ですが都内では一番治安がいい都市なんです。
都内全域の犯罪遭遇率は0.63%ですが狛江の場合は0.32%。
ちなみに新宿の場合は1.72%と高いです。つまり狛江は犯罪遭遇率がかなり低いんです。治安が悪いイメージが ありましたが実際のところは安全な街のようです。
つまり安心して住める街ってことですね。

ちなみに狛江には警察署がありません。
犯罪が少ないのではなく認知してないだけっぽい。
警察が機能してない東京にある南スーダン。
全然安心感がない。

警察署がないわけではありません。
いちおう交番があります。狛江が小さいので調布警察署が兼任してるのです。

もう調布市になっちゃえよ。

ちなみに蕨市は日本一小さいけど警察があります。そして蕨市の犯罪遭遇率は0.81%です。

警察署あって面積小さいのに都内より治安が悪い。
警察が機能してない蕨市。

認知度が低い狛江ですが私は頻繁に来ています。
そして駅前で飲んだりしたこともあります。

こちらは駅南口側です。
駅前に小さな飲食街があります。

こちらの立ち飲み屋には何度か立ち寄ってます。
数人しかはいれない極小の立ち飲み屋。立ち飲み屋というよりイートインスペース。
でもこういうところで一杯ひっかける。そういうのもいいんでしょう。

西側も飲食店があります。
こちらは2024年6月にオープンした籠屋マルシェという飲み屋です。
狛江の駒井町に籠屋って酒屋があるのですがそちらがやっている 飲み屋兼酒屋です。
籠屋さんは焼酎と日本酒の品ぞろえが豊富で私は20年以上前から行ってる酒屋さんです。ちょっと駅から遠いんですよね。
でも狛江駅前に呑める酒屋がオープンしてます。
これは気軽に行くことができますね。

現在の時刻は11時。夜の11時じゃなく午前11時です。
昼飯すら食べてない時間帯。そんな時間から飲むのもいいんじゃないでしょうか。

ってわけでとりあえずビールです。
こちらはIPAのクラフトビールです。
苦味弱めでフルーティーで飲みやすいです。
軽い感じのIPA。これならビール単体で飲むよりも何かに合わせるのがよさそうです。

合わせるのならこちらでしょう。
酒に酒を合わせるアル中の飲み方。斜め上行くマリアージュ。
こちらは尾鈴山蒸留所のシングルモルト「OSUZUMALT American Oak Barrel」ノンエイジのウイスキーです。
尾鈴山蒸留所は大分県の酒蔵で百年の孤独を製造する黒木本店の別蔵です。
同社は2019年にウイスキー製造免許を取得。新しい蒸留所ですが黒木本店は明治創業の老舗。酒造りのノウハウはしっかりしてるのでしょう。
世界的に原酒不足でウイスキーと呼べないものも出回ってますがこちらのはちゃんとしたウイスキーのようです。一般的なウイスキーは外国産の麦を使ってますがこちらは国産大麦を使用してるんだそう。これも焼酎造りをしてるからなせるワザでしょう。
麦焼酎を思わせるような味と香り。
ナッツの香ばしさ、バニラの甘み。
アルコールを感じますが円熟させた麦焼酎。まだ若さがあるけどしっかりしています。手間暇かけて作られたウイスキーなのでしょう。

ビールをチェイサーにして飲む。
口内カクテル「ボイラーメーカー」。
ゴミみたいな飲み方。
酒に対して失礼、でもこの飲み方好きなんです。
まさかの午前中からシングルモルト。
狛江ならそれができます。

やっぱ狛江は治安が悪そう。

人口8万人の狛江市。
駅前はお店がありますが駅から離れると商店は少なくなります。
狛江駅から離れると少し不便です。そして買い物もするのもちょっと不便。
でも駅前でないところにこのようなショッピングセンターがあります。
ショッピングパークやモールといわれるものの走りでしょうか。
要はここはイオンモールやららぽーと的なヤツ。
駅に行くのが大変なのでこのようなショッピングモールがあるんです。
狛江ショッピングセンターは300mの路地に30数軒の店舗が軒を連ねる商店街です。1970年頃にできた狛江ショッピングセンター。市内には小田急線しか 通っておらず駅から離れると不便な狛江はかつては各地に商店街があったそうです。
現在は多くの商店街が縮小、消滅してしまい残っているのは数えられる限り。
ここはまだギリギリ現役の商店街なのでしょう。
昭和の雰囲気が漂う昔懐かしい商店街。当時は買い物客でにぎわっていたのでしょうか。
しかし現在は利用客が少ないようです。そもそも営業してる店があまりありません。
それもそのはずで30数軒の店舗のうちの20軒。ぜんぶ飲み屋なんです。

まさかの飲み屋モール。
ららぽーとじゃなくゴールデン街だった。
買い物要素ゼロの狛江ショッピングセンター。

新しいお店もあるため飲み屋街としては健在です。
でも潰れている店もあるようです。

新たな入居者がいないのか看板がそのままです。
この辺りは住宅街で近くには慈恵医大があるくらい。入院患者が飲みに来るわけもなく医療従事者が来ることも少ないでしょう。そうなると近所の住民が飲みにくるのでしょうか。地元の人のための地元の飲み屋街。そんなところなのかもしれません。
寂れた感じがありますが雰囲気はよさげ。
営業してそうな店も多そうです。
がやがやした駅前の飲み屋よりも住宅街の一角にある飲み屋でしっぽりと。
そういう飲み方もありじゃないでしょうか。

狛江ショッピングセンターを抜けた先。
大規模な団地があります。こちらは多摩川住宅です。
1964年から建築された4000戸の集合住宅。東京都住宅供給公社が建てた団地です。
多摩川住宅は狛江市と調布市の市境にあります。団地の管理は都がやってるのでしょうが市の行政サービスは調布と狛江で異なる。どっちの方が住みやすいとかあるのでしょうか。

こちらは給水塔です。
今じゃあまり目にする機会も少なくなった給水塔。
多摩地区のこの界隈は見ることができます。
私は別にマニアではないのですが給水塔を観るのが好きでいろいろ巡ってます。

たぶんそういう人をマニアという。

無機質な巨大建造物。人が住む団地にある異質。
この不気味な感じがたまりません。

やっぱマニアだった。

神奈川のいちょう団地にも給水塔がありました。
古い団地にはまだ残っている給水塔ですが新しく作られないのでどんどん減っていきます。この給水塔も時期になくなるのでしょう。

多摩川住宅が建てられたのは1964年。築60年を経過してます。
一般的な団地の耐久年数は70年と言われてます。
老朽化だけでなく耐震性の問題などがあり修繕で対処できなくなるのでしょう。
すでに多摩川住宅では建て替えが始まってます。全て建て替わるまでは時間がかかるのでしょうがこの辺りはきれいに整備されるのでしょう。

団地に隣接するところに小学校跡地があります。
こちらは狛江第四小学校です。
同校は1966年に開校しましたが児童減少により他の小学校と統合。2001年に閉校しました。
現在は体育館と校庭を市民に貸し出してます。校舎は市の物置として 利用してたそうですが老朽化が激しいため取り壊しが決定してます。予定としてはスポーツ施設になるんだとか。

団地も生まれ変わり周りも整備される。
新しい住まいができれば新しい人が引っ越してくる。これより狛江は若返るのでしょう。多摩川沿いで自然豊かな狛江。飲み屋も近くにあるし住みやすい環境。
狛江、案外悪くない。

こちらは都営狛江団地です。
慈恵医大病院に 隣接してある団地。
高齢者にとっては病院が近いのはうれしいですね。
しかしエレベーターはなくバリアフリーでもない。
多摩川団地同様に古く1960年代に建てられました。築50年以上、すでに建て替えが検討されてます。建て替えの話は進んでいるようで新しくできる建物は8階建てになるんだとか。
当然エレベーター完備でバリアフリー。高齢化社会に合わせた団地になるようです。
しかし建て替え期間は20年程度。現在70歳の人は90歳になるころ。
もうその年になると面倒だからこのままでいいってなりそうです。

こちらの団地には団地内に商店があります。
営業しているお店はあるようです。デイリーヤマザキとは違うかつてのヤマザキ。
歴史を感じます。

狛江団地の目の前、こちらも多摩川団地同様に学校があります。
ただこちらの学校、女子学園となっています。

女子校御三家といえば桜蔭・女子学院・雙葉。有名どころはフェリス、お茶の水、白百合。どれも明治大正開校の歴史ある女学校です。
こちらの愛光女子学園は1949年に開校した70年ほどの歴史がある国立の女子学園です。
国立の女子学園ってお茶の水女子と奈良女子大学。全国で二校だけだと思ってましたが実はほかにも国立女子があったのです。

しかしこちらは大学ではありません。
ここにいるのはおおむね12歳から23歳の女子。
つまり中高大一貫の女子学園かな?ってことはお茶の水女子と似た感じでしょうか。
ちょっと違うんです。でも国立の女子学園ではあります。

まさか狛江に女子学園があったんですね。
ごく普通の住宅街の一角にある見た目普通の学校っぽい感じの女子学園。
でも普通の学校とは少し異なります。
学校は行くべき場所ですがここは行くべきではない場所。愛光女子学園は女子少年院です。

法務省矯正局関東矯正管区所属「愛光女子学園」。同校は関東甲信及び 静岡の家裁にて少年院送致の決定を受けた23歳未満の女子を収容し健全な社会人になるよう矯正教育を行う施設です。見た目や名称は普通の女子学園ですが日本で最初に設置された女子少年院です。
分院含め全国に44か所ある少年院。全国の少年院収容人数は5361人で現在入院しているのは1800名ほどです。その多くが男性で9割が男子で女子は180名しかいません。そのため女子少年院は少なく医療少年院を含めて10か所しかありません。愛光女子学園はその10か所あるうちの一つです。

定員上限は100人。現在は25名ほどしかいません。
入園理由の半数が窃盗と詐欺、覚せい剤などの薬物による入園。また虞犯による入園者もいるようです。
虞犯とは犯罪行為にならないが将来、罪を犯す恐れのある不良行為。少年院は少年を保護するための施設です。適切な保護を加えて健全な育成を図る。そのために虞犯も審判の対象となります。
虞犯事由はいくつかありますが深夜はいかいや家庭内暴力、家出。
あとは風俗店などに出入りすること。それにパパ活や不健全性的行為などです。

なんかオレ、虞犯っぽいことしてそう。

社会復帰を目指した矯正施設のため刑務所みたいに塀で囲まれておらず見た目普通の学校施設。有刺鉄線があるくらい。

有刺鉄線はあるんだ。

これは脱走防止ではなく侵入者防止の有刺鉄線。
あくまでもここは矯正施設。もちろん入園者は外に出れませんが学園内ではある程度自由があるのでしょう。縛るのではなく健全な育成環境を整える。だから同学園の脱走者はゼロのようです。

有刺鉄線の効果!

矯正施設って離れたところに建てられそうですが普通の住宅街の中にあるんですね。
しかも見た目普通の女子学園。女子学園って秘密の花園ってイメージがあります。いい匂いがしそうじゃないですか。女学園って言葉の響きも素晴らしい。私には縁がない女学園。女学園なんてめったに行くことないですからね。

私が最後に行った女学園は渋谷平成女学園でしょうか。

秘密の花園なのは確か。グリンスの匂いがしそう。
40分の体験入学。オプションで目隠しとかしてそう。
これは確実に虞犯行為。とんだスクールライフだった。

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