宮崎市高松町にある赤線跡「灰の木」のスナック
宮崎市内には吾妻町というところに遊郭があったんだそう。
大淀川のほとり。今いるところからだと少し離れているし、すでに遊廓は解体されそれっぽいところも無いようです。そのためそこには行きません。
今回の旅は車がありません。地方の観光で車が無いのは致命的ですが、逆に車があるとどこにでも行けてしまいます。
じっくり回るのであれば車無しのほうがよいのです。
実際に知らなかった廃墟っぽいところが見れたのも徒歩のおかげです。
これより歩いて行ける旧赤線地域を巡りたいと思います。
こちらは宮崎市最大の歓楽街であるニシタチです。このあたりのメインストリートが国道10号線が通る橘通。その西側にある通りの名前が西橘通りなのでそこにある歓楽街を「ニシタチ」と呼んでいるようです。夜の街のため日中は静か。この時間帯は酒屋の車が多いです。動き出すのは17時を過ぎたころからでしょうか。
今回行くのは更にそこから西側となります。
この通りは「西銀座通り」でおそらくここもニシタチに含まれる場所です。
飲み屋も多く、まさに歓楽街の裏通りみたいなところ。
若干破廉恥なお店もあるようですね。
西銀座通りのさらに西側には「扇町通り」があります。こちらは先ほどとは打って変わって、飲食店が数軒あるだけでだいぶ静かな街になっています。
どちらかというと飲み屋街というより飲み屋街に隣接するモータープールのようなところ。
ここは宮崎市の中心地ですが1kmも離れれば交通の便の悪い地方都市と何ら変わりありません。公共交通機関は大都市のように発達しているわけではなく、基本的に移動手段は車です。仕事に行くのに車移動ならば仕事終わりに飲みに行くのも車移動。帰りは代行を使うのでしょうが、飲んでいる間車を止めておかなければなりません。宮崎市民の胃袋を支えるためにはこのような駐車場街が必要なのです。
現在はこのようにニシタチに寄生する駐車場街となっていますが扇町通りのあるところは以前は赤線街だったそうです。
通りの名前は「扇町通り」ですがここの町名は高松町です。扇町ってのが宮崎市内に見当たりませんでした。
高松町は昔、恵比寿町って町名だったそうで、「灰ノ木」とも呼ばれて、戦後は赤線と呼ばれる風俗店密集地だったそうです。しかし他の地域同様に衰退し、現在ではニシタチの駐車場になってしまったようです。
こちらがかろうじてその当時の雰囲気が残っている特飲街がここです。だいぶ年季が入っている建物です。スナック「ゆりこ」はなんとなく営業してそうな雰囲気がありますね。
一応営業しているか確認のため夜も立ち寄ってみましたがやっている様子はありませんでした。というより窓がないから灯りの有無の確認すらできない。
今の時分で営業しているスナックであれば入り口のところにコロナ関連の張り紙がされているはずです。それがないってことはおそらくもう営業はしていないのでしょう。
スナックのドアとトイレのドアの差が分かりづらい。ここにトイレがあるってことは各店舗お手洗いがないのでしょう。
スナックに隣接するように旅館があります。蔦の家旅館というところ。現在営業しているかは不明です。特飲街にある旅館。昔は遊べる場所だったのかもしれません。
室外機が綺麗なので営業しているのか、もしくは住居として使用しているのかもしれません。
道を挟んだ逆側にある建物、似たような造りのためもともとこちらもスナックが入居していた建物なんでしょう。
現在はリノベーションされ外観はキレイになっています。どうやら居酒屋が入居しているっぽいです。
赤線は売春防止法施行時に解体されました。中には吉原のような風俗街に変貌を遂げたり、飛田新地のような飴しかださねぇのに15000円以上請求するような小料理屋街に切り替えたりするものです。
もちろん鳩の街のように普通の街に変わったところもあります。
灰ノ木はどちらかというと飛田新地に近い感じだったのでしょうかね。表向きは普通のスナック。でも近くには旅館もあるしとなり街にはホテルもあります。そんな感じで成り立っていたのでしょう。ただそんな営業方針はリスクもあり、徐々に衰退し今のような駐車場街になってしまったのでしょうね。
これらの建物も時期に取り壊すこととなりコインパーキングへと変わっていくのかもしれません。