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ガルパンの聖地「大洗」は大人の性地「祝町遊廓」だった

ガルパンの聖地「大洗」は大人の性地「祝町遊廓」だった

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本日は大洗に来ています。

こちらは大洗駅です。
鹿島臨海鉄道大洗鹿島線の大洗駅。大洗と言えばバイク乗りが必ず訪れる場所です。
バイク乗りは大洗からフェリーに乗り北海道に行くんです。私はバイク乗りでしたが結局北海道へは行きませんでした。

現在の大洗はガールズ&パンツァーの聖地となっています。アニメは見てなくてもざっくりとした内容はわかります。アニオタだけでなくミリオタも巻き込んだアニメ。そしてその舞台が大洗だったことから、油分多めの人たちが聖地巡礼でここに来るようになったようです。震災後は観光客が激減していましたがアニメのおかげでかなり回復したようですね。

大洗はカジキマグロの聖地なんだとか。とりあえず何でも聖地にすれば愛好家たちが集まるようですね。カジキマグロの刺身はゴリゴリしていて脂臭くてあんなものは場末の大衆食堂で食べるモンなんて言われていますがそんなことありません。1月から2月に獲れるマカジキはクロマグロすら敵わないくらい美味しいんだとか。詳しくは美味しんぼ113話「カジキの真価」を見ればわかるはず。美味しんぼでは銚子が舞台でしたが大洗でもカジキマグロが獲れるようです。

明日また来てください。本当のカジキ、食べさせますよ。

こちらは長崎県出身の彫刻家・北村西望氏作の「今日わ」という銅像です。北村氏の有名な銅像は長崎にある平和記念公園像です。あの指を上に指してるやつ。北村氏は晩年、東京の武蔵野市に住んでいたそうですが、大洗にも若いころにアトリエを構えていた縁から制作を依頼したそうです。こちらの銅像が作られたのは1985年。大洗町誕生30周年で鹿島臨海鉄道が前年に開通し、北海道行きのフェリーが就航することになったことを祝うための銅像のようです。

こちらは大洗港フェリーターミナルです。ここより北海道の苫小牧に行くことが可能です。

バイクや車で行くのであればここからフェリーに乗るのが一番楽なんでしょう。ちなみに250ccのバイク込みだと乗車賃は片道2万円ほど。バイクなしだと雑魚寝で1万円程度です。最近じゃ飛行機でも1万円以下で北海道に行けます。大洗まで行く交通費を考えたら成田や羽田で飛行機に乗った方が安いですね。つまりフェリーでの移動は車両ありきなんでしょう。

東京九州フェリーで北九州から東京へ船旅!
東京九州フェリーで北九州から東京へ船旅!

これより船着き場に行く連絡バスに乗ります。 連絡バスは小倉駅の北口の東京九州フェリー行乗り場がある

以前北九州から神奈川までフェリー移動しましたが船旅はそこまでわるくないもんです。

移動手段って考えるならば飛行機が良いですが、その移動も旅の一つと考えるならば船で北海道に行くってのもありなんでしょう。

大洗町はアニメの聖地、北海道へ行くための中継地点のあるところですが、都心からだと結構行きづらい場所だし用事がなければ立ち寄らないでしょう。私が本日こちらに来た理由はかつてここに遊郭があったのでそれを見に来ました。これより旧遊郭を散策します。

大洗町の北側、那珂川の手前は磯浜町というところですがかつては祝町と呼ばれており交差点に名前が残っています。
かつてこのあたりには遊郭がありました。

こちらは町内にある願入寺です。願入寺はもともと常陸太田市の方にあったそうですが1674年に水戸光圀によってここに移設されました。真宗大谷派系の単立寺院でご本尊は阿弥陀如来。親鸞の孫・如信によって開山したそうです。このお寺が祝町に遊郭ができたことに起因します。

その当時、巌船と呼ばれていたこの辺りはそこまで裕福なところではなかったようです。米が貨幣の一つだった時代。海に面したこの場所では農業も思うようにできなかったのでしょう。そのような中、1695年に願入寺が遊郭の営業許可をもらいました。仏教では性欲は人を惑わす煩悩の一つと考えられているのにも関わらず、その教えを広めようとしている寺が率先して遊郭設置に奮起しちゃう。これこそ日本の宗教って感じがします。そんなわけでここに遊郭ができました。

土地はやせてて使い物にならなくても遊郭が出来れば外から人がやってきてお金を落としてくれます。その当時の坊さんは結構やり手だったようで、この遊郭設置により街は潤ったそうです。

状況が大きく変わるのは幕末になってから。
水戸藩は当初尊王攘夷だったものの幕末になり攘夷派と佐幕派が争うようになりました。天狗党の乱といういわゆるクーデターが水戸藩で発生したのです。その際に佐幕派が願入寺に集まったため寺も食糧の提供などをしたそうですが、それが攘夷派の耳に入り1864年に焼き払われました。これにより願入寺の本堂は焼失、街も焼かれてしまいます。それでもエロの力は偉大なり。明治になってからも遊郭は続きました。しかし廃娼県となった際、怪しい飲み屋街にはならず遊郭の歴史はそこで終わりました。

そんなわけで現在は普通の街並みとなっています。遊郭の名残りはなくてもかつてそのようなところだったところはスナック街などの飲み屋街になるもんですが、祝町はそういった店がありません。

こちらは水戸八景のひとつ巌船の夕照(いわふねのせきしょう)です。もともとここが巌船だった証です。ちなみに巌が転じて祝町になったんだとか。

こちらは 那賀川を海門橋で渡った先にある那珂湊です。
こちら側はかつて花街だったそうです。現在栄えているのは海沿いの浜通りってところ。那珂湊漁港のそばで通り沿いには磯料理や海鮮系を取り扱う飲食店があります。那珂湊おさかな市場ってところで観光地になっており昼時は結構な人だかり。本来であればこちらでカジキを食べたかったんですが、どこの店も混んでいるので辞退しました。

花街だったであろう街並みが見れるのは那珂湊天満宮の付近のようです。こちらは700年以上の歴史ある神社なんだそう。

こちらの灯籠には一丁目と堀井町って書かれてあります。
寄進日は文化五年8月なので200年以上前のものです。

那珂湊は空襲で三分の二が焼失したそうですが、天満宮は奇跡的に戦災を逃れたそうです。
しかし1972年の火災で拝殿は焼失したそうです。

漁港のそばで那珂川の河口。漁師は金払いが良い。那珂湊漁港を抱えるこの場所はかつて盛り場だったのでしょう。営業しているか不明ですがスナックらしき店舗が数軒あります。

こちらの店舗はおそらく潰れている様子。

居酒屋やスナックはコロナの時期に店前に感染症予防の張り紙がされていました。現在は規制解除のためそれらの張り紙をしなくてもよくなりましたが、いまだに残っている店はあります。こちらの店舗は張り紙がありません。もしかしたらずっと前からお店は営業していないのかもしれませんね。

こちらも飲み屋があったであろう道があります。天神様のそば。かつては飲み屋街として成り立っていたようですが、今は厳しいようですね。車社会の茨城。飲酒運転は厳罰化されましたが、代行タクシーがあります。そのため繁華街のある水戸まで飲みに行くのでしょうね。

遊郭だった大洗、花街だった那珂湊、どちらもその面影はありませんでした。そういうお遊びをしたいのであれば水戸の大工町や天王町に行くのがよいのでしょう。ってわけで、これより私は天王町に行ってきます。

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