70年続く米兵の憩いの場にある赤線の名残りを探せ!福生赤線街

本日は東京都福生市に来ております。
こちらはJR青梅線の福生駅です。
福生駅のある福生市。
福生市といえば横田基地です。
横田基地があるのは駅東側、15分ほど歩いた国道16号線の先にあります。
福生市の3割を占める横田基地。
福生市は全国で7番目に小さい市ですが基地の部分を除くと蕨市、狛江市の次に狭い市。全国で3番目の広さしかない市のようです。
基地が占める割合は三分の一ですが基地の周りはアメリカっぽい店が軒を連ねてます。市の半分くらいがアメリカナイズされいているため福生はリトルアメリカと呼ばれているんだとか。
軍人家族含めアメリカ人が9000人暮らす福生。そりゃアメリカっぽくなるのも当然です。
福生がリトルアメリカとなったのは戦後。
陸軍航空部隊の飛行場だったところをアメリカが接収。それ以降横田基地として米軍が利用してます。戦前の福生は駅の西側が栄えていたようですが、戦後は米軍兵士が出歩くようになったのでしょう。駅東側が栄えるようになりました。

東側は歓楽街のようなところになっており米軍兵士の憩いの場だったようです。それがこちらです。
福生駅東口を出て徒歩数分、やなぎ通りを越えた先の西友の裏手。駅前とは少し様子が異なる地域があります。限られた狭い範囲内に飲み屋が軒を連ねています。
東西に200m 南北に300mほどの区画、狭い範囲に飲み屋が軒を連ねてます。
こちらが福生の歓楽街、地元の人からは赤線と呼ばれているところです。
結構直接的な名称の飲み屋街。
まぁ近くに米軍基地がある福生です。赤線街だったと考えて間違いはないでしょう。ここに飲み屋街ができたのは戦後。アメリカ軍が大きく関わっています。
1945年8月15日、日本は戦争に負け連合軍の占領下に置かれます。9月8日より本格的に進駐が始まりましたが日本政府は進駐軍の性対策のため各地に特殊慰安所を設置しました。
慰安所があれば性犯罪を減らせる。
日本人女性を守るため、慰安婦が防波堤となったのです。福生にも慰安所を開設しました。
このようにして性犯罪を抑止したのですが慰安所は翌年には廃止となります。廃止の一番の理由は性病蔓延ですが本国からも反対の意見があったそうです。そのためわずか数カ月しか存在しませんでした。
しかし米軍兵士の性欲がなくなるわけもなく、また慰安所で働いていた慰安婦は路頭に迷います。
そのため慰安婦は基地の周りで街娼となりそしてそれを利用する兵士も多かったようです。
いわゆるパンパンと呼ばれる人たち。
そんな人たちが横田基地の周りにいたそうです。
横田基地の街娼はどんどん増え朝鮮戦争時には市内各所に置屋が乱立し、街は街娼だらけとなり風紀が乱れたんだとか。
パンパンは今でいう立ちんぼ。
近年の日本では梅毒が増えているようでその原因は立ちんぼのせいだとも言われてます。
70年前もやはり感染症が問題視されてました。そのため1952年9月に基地司令官は兵士の福生地区への立入禁止令を発令します。
外出しなければ感染しない。これで悩みもみんな解消!!とはならず悩んだのは福生地区の商店街。これまで米軍兵士相手に商売していたのに立入禁止となれば客が一切来なくなります。商店街は死活問題です。
どうにか解除してもらえないか悩んでいたところ国警察本部隊長より以下のような提案があります。
警察本部長「一軒の家にも床の間あり便所ありで町にもまたそうしたゴミ溜めも必要」
けっこう辛辣な言い方。街娼をゴミ扱い。
置屋が乱立しているから風紀が乱れているため一カ所にまとめて管理すれば風紀が改善できる。ってことで福生駅東口側に赤線を設置。それにより立入禁止令は解除されました。
その時にできた赤線、それが今赤線と呼ばれている地域なのでしょう。福生の赤線は米兵のための街だったようです。
風紀の乱れを改善するために設置した赤線ですが1958年に売春防止法が施行されます。全国各地にあった赤線は廃業。普通の住宅地になるところもあれば特殊浴場街になるところも。福生にあったソレはスナック街になったようです。
いわゆるスナック街みたいなところです。
赤線廃止から70年。
現在の赤線は赤線ではありません。

こちらにはタイ古式マッサージ店があります。
飲み屋街にあるタイマッサージ店。こちらは健全なマッサージ店かな?
本国だと不健全なところばかりなのに日本のタイマッサージは健全な店が多いんです。でもこのお店ちょっと異質です。
ここ、普通のアパートなんです。
家でマッサージ受けてる感じが味わえる店。
アパートの一室だしね!

こちらに関してはアパート丸々マッサージ店です。たぶん普通のマッサージ店なんだけどかなり特殊。こんな感じで普通のアパートにお店があるんです。

こちらのエステ店もアパートの一室。
リラクゼーションのお店です。たぶん普通のマッサージじゃねえ。
先ほどのタイマッサージとは様子が違います。なんか色々ほぐしてくれそうな予感がある店。色々ほぐしてくれそうな率50%くらい。
ちなみにこちらには以前、桃色のサロン店がありました。

ほぐしてくれる率90%。
家でサービスを受けてる感じが味わえる店。
アパートの一室だしね!

飲み屋と一般住居が入り交じってますがその一般住居も飲み屋ってところが多い。この路地はかつてサロン店が多かったところ。

こちらにもサロン店があったようですがすでに閉店し看板だけ残っています。

こちらにはテレクラと書かれた看板もあります。これももうないでしょう。
看板が残っているってことは入居者がいない証拠。福生の飲み屋街は新陳代謝がされず廃れていっている感があります。性風俗営業の締め付けが原因でしょうか。
福生には何店舗かサロン店があったようです。しかしそれらは全て閉業してしまったようでスナックやガールズバーに転業したようです。

こちらももともとはサロン店だったようですが店の名前はそのままでスナックに転身してます。このようにして怪しい店は排除され福生の飲み屋街は健全な赤線になったようです。
現在その手の店はなくあるのはスナックとエステ店でしょうか。
怪しい店はまだ排除されてなさそう。

リラクゼーションの様子がおかしすぎる。
一昔前のアニメの絵柄。これはひょっとするかもしれません。

こちらのエステ店、エステなのに遊びのアップデート。

サロン店の代替なのかこの界隈はエステが多め。どのようなサロン店なのかはわかりません。でもなにか感じるものがあります。

スナックが多い飲み屋街なのですが福生駅の近くには外国食材の店が結構あります。
米軍基地があるんだから店があるのは当然!ではなく米国軍人のための店ではありません。どうやら福生市は外国人が多いんだとか。
福生市の外国人割合は8%ほど。これには在留米国軍人とその家族は含まれません。
福生市で一番多い外国人はベトナム人、次いで中国、ネパール、フィリピンと続きます。実際にベトナム人っぽい人を見かけるし不動産屋の人と内見している外国人もいました。
ベトナム人が多いのは技能実習生と留学生です。福生には日本語学校がありベトナム人が多いようです。アジア食材店が多いのもベトナム人向けでしょう。

またベトナム料理店も町内にあります。
空き店舗も多い福生の赤線。近いうちリトルヤンゴンになる日が来るのかも。
ちなみにネパール人は拝島駅の方に多いようでリトルカトマンズ化が進んでいるみたいです。ネパール人は留学で来日してるのでしょうか。
フィリピン人が多いのは飲み屋街があるから。
すでにリトルマニラだった。
ベトナム、ネパール、フィリピン。各国色々な理由で福生にいるのですね。中国人が多いのはなんだかわからないけど福生にいるのでしょう。

こちらは商店街の南側になります。
先ほどはスナック街でしたがこちらはバーが多め。なんとなくアメリカな雰囲気がある飲み屋街です。北側は日本人向け南側はアメリカ人向け。そんな感じで棲み分けができているのでしょうか。

雰囲気がよさげな建物があります。
昭和を感じさせる建物。もしかしたら赤線当時からある建物かも。
ここでは赤線の名残りを観ることができます。

こちら、エステ店です。
街の棲み分けができてねぇ!
そして赤線の名残りが体験できそう。
赤線があった当時に存在していたであろう建物。
そこに入居するエステ店。
なんとなくそっち系の店だと思ってしまいます。

でもでもほらこちら風俗店じゃないんです。ほかのコースもある普通のエステ店です。なんだ普通のエステ店か。

こちらは未成年入店禁止の普通のエステ店です。
この界隈にもエステ店があるようです。

ここにあるのはチャイナエステかな?

ここにあるのはチャイナエステかな?
チャイナエステが多すぎる!
中国人が福生に多い理由、これだった。
これだけ多いってことは需要があるのでしょう。やっぱりアメリカ軍人も肩がこるのかな?
いや肩こりで行くような店ではないはず。
アメリカ人もスペシャルサービスを期待してる。

こんな感じでアメリカ人向けの店がありますが福生の飲み屋街は衰退しつつあるようです。飲み屋街なので日中は静かですが夜も静かなんだとか。
夜の街は24時を過ぎてからが本番です。
とくにスナックやパブなどの夜間飲食店は深夜でも営業しているから魅力があるんです。
今日は帰りたくない。誰しもそんな日があるでしょう。
それを受けとめてくれるのがスナックなのです。
福生のスナックもそんな役割があるのでしょう。
でも基地にいるアメリカ人は夜飲みに行けないのです。

レイプ事件、飲酒事故、暴行事件、薬物事件。
在日米軍兵士による事件は定期的に起きています。多くは米兵の多い沖縄で起きていますがここ横田基地界隈でも事件や事故があります。とくに飲酒運転に伴う事故が多いんだとか。
このように事件が頻繁に起きているため2003年に沖縄で起きた強姦致傷事件を機に2005年より19歳以下の在留軍関係者は深夜1時から5時までの外出が禁止され、2012年より全ての駐留軍関係者は深夜帯における公共の場での飲酒、また酒類を提供する店への入店が制限されました。
禁止の理由は兵力保護のためとのことですが実際はトラブル防止のためなのでしょう。
しかし取り締まりには抜け穴があるようで定期的に事件や事故があり横田基地も毎年飲酒が絡む事故が起きています。70年前は風紀の問題による禁止令でしたが違う形ですが令和の時代も残っています。
そのため福生の夜は以前と違い静かで12時を回ると米国人はいなくなるのでしょう。
福生の飲み屋街は赤線を起源としてます。
米兵のために作られた飲み屋街ですが以前のように米兵は遊びにこないのでしょう。
寂れた雰囲気があるのは客が減ったからのようで客が来ないから店が潰れ、客がいないから新たな店ができない。そのようにして衰退しているようです。
生き残る飲み屋には常連がいるのでしょうか。でも生き残ってるのはそれだけが理由ではなく、この界隈には見た目スナックなのに業態がスナックでないところがあるようです。
ごく普通の飲み屋街、ごく普通のスナック街ですが廃止から70年経とうとしてるのに赤線営業をしている店があるそうなんです。
アメリカ軍人が通うのも無理ない。
70年経っても風紀が乱れてた。
スナック、パブ、ラウンジ。
この界隈には多くの飲み屋があります。多くの飲み屋がありますが中には飲み屋ではない業態のお店もあるようです。

戦後赤線街として発展した福生歓楽街。
赤線は1958年に廃業。普通のスナック街に生まれ変わりましたが、実はその後もひそかに営業が続けられ、70年経った今でも生き残っているんだとか。福生には隠れた怪しい店があるそうなんです。
でもその怪しい店、表向きは普通の店なんです。
当然、うちは赤線ですよ!とかうちは風俗店だよ!なんて看板は出ていません。風俗店だと思われないようにしているんです。ひっそりと、ひっそりと営業してるんです。
一見すると普通のパブ。
でも実は普通じゃないパブってことも。
福生には営業形態がピンサロのそれなのに看板はパブなんです。これじゃあ一見客は判断できません。そう。その店に行くのは常連客なんです。
やっぱ常連客で成り立ってた!
たまたま入店した店がそっち系の店でした。そんなことが起こりうるかもしれない福生歓楽街。ここではアメリカの雰囲気が味わえるんですね!
アメリカへの風評被害。
えっ!ちょっと待って。
夜間の基地以外での飲酒が制限されたアメリカ軍人。でも禁止されたのはお酒を飲むことです。福生にあるその店がサロン的なところならば提供される飲み物はウーロン茶。つまり、アメリカ軍人も利用可能なんです。
これはアメリカ軍人が出入りしていてもおかしくない。
バーに客がいないのに怪しいパブにアメリカ人が集まる謎の歓楽街。
福生歓楽街の夜はまだ賑やかのようです。
でもそのパブらしからぬパブも減ってるようです。
かつては黙認されていたようですが摘発もあるようで潰れていっています。

そりゃそうです。
ただでさえ飲みに行く人が減っている中で飲み屋街でそんな怪しい商売をしていたら周りから苦情が出るものです。真面目に飲み屋をやってる人にとってはそっちの怪しい店は消えて欲しいでしょう。
そのため悪目立ちしていた店は摘発。
それにより空き店舗が増えたのでしょう。
でもまだそっち系のサービスを提供してるパブ。絶対にあるはずなんです。
だって70年も細々と続けてきた赤線営業。
それがたった数年で消えるはずがありません。
表向きはパブやスナックだけど実は裏のサービスがある。
そんな店が福生には残ってるはずです。
ってことはこのあたりの店に片っ端から行き、別のサービスがあるか聞いて回るしかないですね。
ただの不審者。
でも当然ひっそり営業してるわけで一見客には教えてくれない。もうこれは福生に通いつけるしかなさそうです。







70年続く米兵の憩いの場にある赤線の名残りを探せ!福生赤線街
ファミリー向けのベッドタウン、高尚な街「青葉台」にある低俗なエステ
かつては怪しい店があった!接収により栄え衰退した街「相模原歓楽街」
【スラムと私娼窟】台南鐵路そばの豆干厝跡地、そこに憧れの場所があった
リニア駅新設で生まれ変わる橋本は第二の品川になり得るか?
生き続ける台南のサカリバ!新町遊郭の名残りはこれだ!
ハマの箱根と呼ばれた上大岡 大久保花街の名残りを探せ!