山林生活

エロに全振りの品川宿だったから今でもソレがあるんじゃない!?

エロに全振りの品川宿だったから今でもソレがあるんじゃない!?

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本日は品川に来てます。
こちらは北品川駅です。
北品川駅は品川駅の南側にあります。

南にあるのに北品川とはこれ如何に。

品川とは現在の目黒川のことだったそうで起点となる目黒川の北側にあるから北品川。だから北品川駅は位置関係が正しいです。
品川駅は品川の中心みたいな感じですが駅があるのは東京都港区。全然品川じゃないんです。
元々品川宿そばに 品川駅を作る予定が反対運動などもありズレた場所に設置された。だから品川じゃないのに品川駅になった。おそらくそんな理由なんだと思います。

そもそもこの辺の駅名ってちょっと変なんです。
目黒にないのに目黒駅だしゲートウェイじゃねぇのにゲートウェイだし駅名が則してないんです。
個人的にはあの駅名は芝浜駅がよかったですが芝浜は浜松町の方だから却下されたんだとか。

品川駅と目黒駅の立場。

江戸時代に高輪大木戸があったからゲートウェイにしたそうですがじゃあ高輪大木戸駅でよかったんじゃねって思ってしまいます。むしろ北品川の方がゲートウェイ感があります。
だってここは北品川はかつてゲートウェイだったところ。
ここは 品川宿の入り口でした。

東海道五十三次の最初の宿場で日本橋から約8km。二時間ほどの距離にある品川宿。
中山道の板橋宿、甲州街道の内藤新宿、日光街道の千住宿と東海道の品川宿を合わせて江戸四宿と呼んだそうです。その四宿の中でも京・大坂へ向かう街道のため品川は重要な拠点とされていたそうです。
中心地から8km。二時間で行ける距離なのに重要拠点だったんですね。
ちなみに同駅のそばには品川女子学院があります。北品川駅利用者の多くは同校の生徒なのでしょう。

まぁまぁ有名な女学院。
私の知ってる女学院は「品女」か「平女」。
平成女学園を知ってるのは行ったことがあるから。
品川女子を知ってるのは芸能人を輩出してるから。

同校では有名なアイドル?女優?を輩出してます。
ちなみに品女から京都駅までが460kmの距離。時速185kmなら2時間半で行けます。

こちらが宿場だったところです。
東海道五十三次最初の 宿場町「品川宿」は目黒川を境に北が北品川宿南が南品川宿。そして北品川宿のさらに北に歩行新宿。このように三つが並ぶ大きな宿場でした。でも日本橋から品川までは約8kmほど。歩いて2時間かからないくらいの距離です。疲れたから今日はここの宿場に泊まろうとはならないでしょ!

都内の人は普通は品川に泊まらないんです。
理由は単純で理由がないから。
泊まる理由がない。家に帰ればいいんです。江戸時代の頃もそう2時間で行ける場所に泊まる必要はない。家に帰ればいいじゃない。
そのため人気のある宿場じゃないはずですがどうにかして客をとどめるようにしました。

今の時代もあるでしょう。
例えば広島に出張へ行く。泊まるのは広島駅前か市街地の方か。
帰りのことを考えれば広島駅前に泊まるべきです。でも流川に近いホテルを選びますよね。だってそっちの方が夜楽しいじゃない。

そうなんです。
旅先の楽しみは観光やグルメだけじゃありません。エロも一つの楽しみなんです。
品川宿はエロに全振りしたんです。
その結果どうでしょう。その当時の色街と言えば吉原でした。でも吉原は格式高く値段も高い。庶民が行くにはちょっとしんどかったのです。それは現代でも同じで。高級路線の吉原よりも1000円台で遊べる大塚のサロン店。品川にあったソレも吉原とは違い低価格で遊べるスポットとして人気でした。中心地から歩いて一時間くらいで行ける歓楽街。そりゃ江戸中のエロい 大人が訪れたのでしょう。
江戸を立つ知人の見送りに品川に行く人もいたり旅に出たが品川で散在してしまった人もいたり多くの人が利用しました。このように江戸在住なのに2時間で行けるところに宿泊してたのです。

それだけ盛況な品川宿。
その怪しい店は100軒以上あったそうです。そうなるとどの店行くか悩んじゃいますよね。
でもそんな悩みもちゃんと解決してくれたんです。北品川駅の辺りは歩行新宿と呼ばれるところ。この界隈は遊女屋を案内する茶屋がありました。
今のようにインターネットも写真もない時代。人づての情報こそが生きた情報だったのです。茶屋でいいお店を聞いてから遊女屋に行く現代の無料案内所となんら変わらないシステム。

これは店舗型MANZOKU!!

そんなシステムが400年前からあったのです。

こちらには土蔵相模跡という史跡があります。一階にコンビニがあるマンションとなってますが江戸時代は相模屋という旅籠屋がありました。表向きは宿泊施設ですが実態は遊女屋。飯盛女がいる妓楼でした。お風呂屋さんなのに風俗嬢がいる感じ。相模屋は高級妓楼だったそうで高杉晋作など幕末の志士が利用していたんだとか。

高杉晋作、いろんな色街出入りしてる。

水戸浪士、長州藩士、薩摩藩士。
歴史に名を残す顔ぶれがここ相模屋に訪れてたのでしょう。ここで酒を酌み交わし密談したのでしょう。そしてそのあとは各自遊女と床の間へ。

要はツレ風俗。

ちなみに品川女子学院があったところには建設中の英国公使館がありました。
高杉らが焼き討ち事件を起こした公使館です。
その際も高杉らはこの妓楼に立ち寄ったんだとか。

だいぶ近場で遊んでた。

そして焼き討ちに成功した高杉らは再度品川の妓楼に散っていったそうです。

まさかの二回戦。

400年も前から存在した品川の遊里。かつては100軒以上の女郎屋が軒を連ね1500人以上の遊女がいたそうです。品川にあったソレは明治になると遊郭になるも戦後赤線街を経て住宅地になりました。
現在遊郭赤線の雰囲気はまるでありません。それだけ大きかったんだから残るもんでしょう。

飲み屋街になってもおかしくないですがそういった店はゼロです。
居酒屋やスナックなどはありますがキャバクラはなさそう。また風俗的な店も 全くないようです。

こちらに銭湯があります。
建物は1975年に建てられていますが同銭湯の創業は明治時代。
まだ遊郭があったころから営業してる公衆浴場。その当時は娼妓がここで湯あみをしたのでしょう。

こちらはどこかで見たようなネズミの絵柄。
なんか権利関係に抵触しそうな感じ...。そんなことはありません。
ネズミの絵がネズミの国の専売特許と思うなかれ。これはあくまでもネズミの絵柄なだけなんです。

権利関係!

こちらの居酒屋はどんなところなのでしょう。
ギャグ要素強めの店なのかはたまた偏りある主張を持つ店主がいるのか。少し気になるお店です。

政治色が強めの居酒屋。

おもてはきれいに整備されてますが裏に入ると昭和の雰囲気漂う街路があります。
こちらに旅館があります。創業70年ほどの歴史がある旅館。できたのは売春防止法が施行されたころ。
ここは昔はそんなところだったのかも。ここに泊まれば当時を味わえるかもしれません。

品川宿の周りには寺院が点在してます。人の往来が激しいところだったから寺院ができたのかもしれませんがなんか別の理由っぽい感じ。幕末にはこんな川柳が読まれています。

品川の客にんべんのあるとなし。

品川宿の利用客の大半は侍と僧侶だったそうです。侍の字のにんべんをなくすと寺になります。多くの僧侶が出入りしていたのでしょう。
僧侶は性行為が禁止されてたため医者に変装して登楼してたんだそう。僧侶は頭を丸めてますが当時の医者も坊主でした。見た目同じの医者のふりして登楼したのです。

ここは目黒川に架かる品川橋です。
かつてはここの北側が北品川宿、南側が南品川宿とよばれていました。
今は人通りはそこまで多くないですがその当時は品川駅のようなところ。多くの人がこの橋を行き来してたのでしょう。そしてこの橋の北も南も遊女屋があったのです。そりゃ暇さえあればここに遊びに来たはずです。むしろそのために来た人が多かったっぽい。

目黒川から青物横丁辺りまでが南品川です。宿場の様子はなく普通の商店街のようなところ。
こちらは東海道南品川。青物横丁駅のそばの交差点です。

ここはジュネーブ通りという通りで青物横丁で一番栄えているところです。
この辺りが宿場の端っこだったところでしょうか。色街の名残りはなくごく普通の商店街です。

こちらは海蔵寺です。

同寺院内に無縁仏の供養塔があります。この界隈には非人溜という施設がありました。
溜(ため)とは病人の 囚人を収容する施設。今風に言えば医療刑務所っぽいところでしょうか。
江戸時代は懲役刑ってのがなかったようなので医療が受けられる拘置所に近い施設。

非人頭の松右衛門って人が管理してたようで溜があったのは青物横丁駅の近くにそれがあったそうです。
病気が治れば元の牢に戻されたそうですが医療が未熟だった江戸時代。多くの人がここで亡くなったのでしょう。また近くには鈴ヶ森処刑場がありました。処刑された人、獄死した人を供養したのでしょう。そして遊女も同じようにここに投げ込まれました。

遊女の命は短命で平均寿命は22歳くらい。
身寄りもない彼女らの行き先は投げ込み寺でした。
全く知らない人だけど。全く関係ないとは言えない人たちのお墓。各地の遊郭そばには必ずあるので手を合わせていってます。

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