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‐【何度でも蘇るさ】川崎堀之内のちょんの間の現在‐

【何度でも蘇るさ】川崎堀之内のちょんの間の現在

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慶長5年徳川家康は六郷川(現在の多摩川下流)に六郷大橋を架け以後修復をしていましたが元禄元年7月の大洪水で六郷大橋は流され、幕府は架橋を取りやめたそうです。以後明治に至るまで船で渡るしかありませんでした。
江戸から西に行く際、日本橋より品川を抜け、この六郷の渡しを利用し川崎へ。そして小田原方面に向かったのでしょう。
当然天候により多摩川は増水。渡れない日もあったのでしょう。そのため東海道五十三次の二つ目の宿場町である川崎宿は江戸に入る際に立ち止まることもあり、宿場町として栄えたのだとか。

客が来れば物資も集まる。物資が集まれば金が流れる。金が流通すればそれに群がる人も来る。
店ができ、宿ができ、そこに住む人も増える。食う寝る処に住む処、それらが揃った先にあるのはエロなんですね。

川崎宿は宿場街と発展し、その後遊郭へ。戦後は赤線・青線街となり、売春防止法施行後はソープ街になりました。
いまでこそ日本有数のソープ街として成り立っている堀之内ですが、このようになったのは江戸のころの名残もあるのでしょう。

400年の歴史を経て残ったのがエロだけというのは不思議なもんですが、

「そんな歴史を目の当たりにできる場所なんです!」

堀之内町と言えばソープランドのイメージが強いです。
狭い街ですがその中に50店舗ほどあるみたいです。かつてはトルコ風呂などと呼ばれたやつです。

元々堀之内は売春防止法施行前も非合法で売春が行われていた「青線地区」。ちなみに近くにある南町は赤線地帯。
もともとはあちら側に遊郭があり、あちら側が本丸だったのですが、川崎の風俗街といえば「堀之内」という感じになってしまっています。サービスがよかったからという理由で名をはせたみたいです。

そんな感じで現在も青線の名残が残っているんです。

「そんな歴史を目の当たりにできる場所なんです!」

本日、こちらに訪れた理由は言うまでもなく「歴史を目のあたりにしようかと」思いまして。
堀之内はソープランド街。でもそれと同じくちょんの間街でもあるのです。

ちょんの間の説明については割愛しますが、要は売春施設です。
関東には横浜黄金町、町田田んぼ、そして川崎堀之内の三か所がありました。

先日、町田の田んぼについては行ってきました。

今回は川崎のちょんの間を見に来たわけです。

妖艶なピンクのネオンの中で破廉恥な格好をした外国人女性。
「オニイサンイカガデスカ」と店先から聞こえる女性の声。
「遊んでいかない?」と声をかける客引きのおばば。

そんなのが10年前は当然のように合ったわけです。

しかし川崎のちょんの間は2006年の一斉摘発により壊滅しました。

当時当方は堀之内のそばに住んでいたのでその摘発の様子を目の当たりにしています。

かなりの数の警察車両。そして警官の数。立てこもり事件か何かがあったのかと思ったのですが、ただの摘発でした。あの時、もし、仮に店にいたら面倒なことになっていたのでしょう(仮の話)。

摘発前は賑やかだったんですけどね。
入り口の所には大門の万人のように座っているたぶんカタギの方ではない男性。中に入ると店の明かりで周りがピンク色でしたからね。正直なところ一回も利用したことはありませんでしたが、人生一度くらいは行ってもよいかなーと思った矢先の摘発でした。もう行けないというのは残念です。

すでに営業はしていないちょんの間です。そのまま残っています。
一斉摘発後、堀之内は静かな町になってしまいました。そのソープも年々減少傾向。町中にはマンションなども建ち健全化に向かっています。

川崎駅までは堀之内の端から徒歩9分。
京急川崎駅まで6分の距離ですからね。一部の男性しか来ない風俗店よりも東京のベッドタウンとしてマンションにした方が良いのでしょう。

でも、あたりを見渡すとなんだか電気がついているところもちらほら。

えっ?やってる?
何度か店の前を往復するも、中には女性がいるようです。
営業をしているということなんでしょうか。何度も往復してチラチラ見ますが、よくわかりません。

怪しい店の前に怪しい人が往復している状態です。

2006年に一斉摘発後も細々と再開。
再度摘発に遭いまた閉店と繰り返していたわけですが、また再開している様子です。ただでさえ風俗業界が下火なのに、そんな中ちょんの間を再度営業するというのは本当にすごいことです。大阪の飛田新地のようなアミューズメントパーク的なところであればわかるのですが、この健全?なソープ街の中で違法営業をするメリットってあるのでしょうか。

当方はちょんの間だと思っていますが、もしかしたら全く違う業態のお店なのかもしれません。一斉摘発のあった黄金町はアートの街としてちょんの間だったところが工房やギャラリーに変わっているらしいです。

川崎もまたアートの街を目指そうとしているのでしょうか?隣はソープランドですが。前衛芸術ってやつですかね。

10年前の輝きはもうなくなっております。
二年後にはオリンピックがありますのでまた一掃されそうです。ただでさえ寂しい街なのに、さらに寂しくなってしまうんでしょうね。そんな歴史を感じる街歩きでした。

江戸の歴史感じたかったけど、あの暖簾をくぐることができませんでした。今度は南町も見に行こうかと思います。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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Author:小鳥遊々
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山林

千葉に山林を購入しました。
小屋暮らしをするため、土地持ちホームレスを目指し開拓中

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