ここが僕たちのニライカナイ!辻歓楽街で日本の端の特殊浴場を探せ!

本日は那覇市に来てます。こちらに那覇市と豊見城市に跨る湖があります。
結構大きな湖なんですが名称を声に出して言いずらいんです。
水量のある湖だったのでもともとは大湖(たいこ)と呼ばれてたそうです。
でも17世紀に訪れた中国の使者が豊富な水がある湖の景色に感銘を受けこの名をつけたそうです。

これは中国人の大罪。
中国の湖は 全部ち〇こにすべき。
湖となっていますが厳密には干潟。
以前は湖でしたが宅地開発で土砂が流れ込み干潟になったそうです。
きれいになりましたがかつては生活排水により水質が悪化し1970年代頃はヘドロが堆積して悪臭する湖だったんだとか。でも行政の対策によって水質は徐々に改善し今はきれいな湿地帯に生まれ変わりました。
那覇は沖縄の中心で商業地ですがそんな商業地から歩いて行けるところにこんな自然あふれる景色が見れるんです。

キレイですね。
湖に沿って公園が整備され市民の憩いの場となっているのでしょう。
私は沖縄に来るのが初めてなんです。
だからいろんなところを観光したい。きれいな湖を見て回る沖縄観光もいいのではないでしょうか。
それとせっかく沖縄に来てるので那覇にあるあんなとことか巡りたいですよね。
ってことでこれより私は特殊浴場街の辻へ向かいます。
そっちは汚いま〇こ。

時刻は現在朝6時過ぎ。まだ日が出ておりません。
沖縄と東京では経度が12度違うので45分の時差があります。東京の感覚だと日が出ててもおかしくないですがあたりはまだ真っ暗です。ですがすでに営業している店があります。つまりここでは日の出前営業をしてるのです。
もともとこの手の業種は日の出営業でした。深夜にこの手の店が営業してると風紀が乱れるし近隣住民にも迷惑がかかる恐れがある。そのため深夜営業は法律で禁止してるのでしょう。24時から日が出るまでを深夜と規定し風適法で営業時間が決められていました。日が出たら店を開けられる。そのため季節で営業時間が異なったのです。
例えば6月10日の東京の日の出は4時25分。6月上旬が一番日の出が早い時期なのでかなり早くから営業ができます。逆に1月初旬の日の出は6時50分。つまり2時間半近く営業時間に差があるのです。
日の出営業は日の出のタイミングが基準なので地域により異なります。日本の西にある沖縄は店が開くのが遅く、日の出が7時を過ぎることもあります。東京と沖縄とでは日の出に45分も差がある。つまり早く行きたくても沖縄の人は45分も待たなければならないのです。
まさか法治国家日本でそんなことが行われてたなんて!それは非人道的行為。日の出の有無でその機会が奪われる日の出営業は日本国憲法第14条法の下に平等に反してます。社会的に差別されないはずなのに沖縄県民はずっと差別され続けてたのです。本土復帰は新しい夜明けと言われたのに日が出ないことで差別を受けてたのです。
ってことが理由かは定かではありませんが2016年の法改正で日の出営業は廃止となり全国一律で午前6時に変更されました。これで沖縄県民は朝から行けるようになりました。冬場の日の出は7時だけど日が出る前からお店が開く。沖縄県民にとってはうれしい限り。割を食ったのは日本の東側にあった店舗。以前は6時より前に営業出来る日もありましたが法改正で営業時間が短縮されました。でも6月の上旬の沖縄の日の出は午前5時ころ。
一時間も短くなってる!
これは憲法第11条の基本的人権に反してる!
また憲法第25条の生存権にも反してる。これは法治国家である日本にとって由々しき問題。

まぁいろいろ問題を抱えてる業界ですが法改正で沖縄は早く営業できるようになりました。そんなわけで日が出る前から営業しています。そして特殊浴場の近くには無料案内所もあります。まだ日が出てませんがすでに営業してる様子。こんな時間から営業してて客がくるのでしょうか。立ち寄ってみましょう。
ここに客がいた!
案内所の話では早朝営業しているのは5軒だけ。
そのうち3軒はハズレのお店なんだとか。どうやら出てくるのがおばちゃんなんだそう。

少し日が出てきました。といってもお店が開くわけではなく町はしずか。ほとんどの店が9時過ぎにオープンするようです。やはり朝から行くのは川崎市民くらいのようで日が出ても人が全然歩いてません。
今回辻に来たのには理由があります。
ここは日本の最西端で最南端にある特殊浴場街。
以前佐賀の嬉野温泉に行ったのですがそこには最西端を名乗る特殊浴場がありました。
でも最西端は離島を除く。もしくは沖縄返還前を基準とした場合で最西端はここ辻なのです。
そして最南端もここです。つまりこの街の中に最南端と最西端の店が二軒あるんです。

まず最南端にある店がこちらです。
特殊浴場街の南側の通りに面したお店。通りに沿って3軒お店が並んでおりそのどれかが最南端になります。
地図を見たところ道の東側が南寄りのようです。
そのためこちらが日本最南端の店。ですが休業中のようです。

そのためこちらが日本最南端の店になるようです。

最南端の店はこちらですがプレイルームの場所次第でここの店が最南端かも。
これは入店して確かめなければなりませんね。

最西端があるのはこのあたり。
左手側が西側になるのでこちらの店が最西端になります。
しかしこちらの店も閉店している様子。

そのため手前か奥の店のどちらかが最西端。
奥の店の方が西側っぽいですがこれも確認が必要ですね。
でもこうやって最南端や最西端の店に行けるのは感慨深いものがあります。ここに行くことで将来自慢ができるでしょう。
僕はね、東西南北端っこの特殊浴場に行ったんだ。
なんの自慢にもならない!
辻は遊郭があったので立ち寄りたかった場所だったのです。
沖縄の遊郭の歴史は古く1670年代の琉球王朝時代にさかのぼります。当時の沖縄は中国と薩摩の貿易の中継地で多くの外国人が出入りしてました。その渡来する商人や役人をもてなすために遊郭を設置したのが始まりのようです。
当初は辻、仲島、渡地の三つの遊郭がありました。三つの遊郭は棲み分けがされており最上級は辻、次点が仲島だったんだそう。沖縄音楽のハイサイおじさんの歌詞にも「辻・仲島・渡地とぅ おじさんあまぬ株主ど」って3つの遊郭の名前が出てきます。その3つの遊郭は比較的近くにあります。

こちらは那覇港の近くですがこの辺りに渡地遊郭がありました。
こちらは1700年頃の那覇の様子ですが渡地は島だったようです。もとは宿だったところを遊郭に変えたそうで離島のため利用者は船乗りが多かったそうです。現在陸続きとなっており遊郭の名残りは全くありません。

現在バスターミナルがありますがこちらが仲島遊郭のあったところです。

石碑があり遊郭のことも書かれてありますがその名残りはなく普通の商業地になっています。

渡地と仲島、それに辻の遊郭。これら三つの遊郭がありましたが1908年に辻に合併しここが一大歓楽街へ。150軒以上の貸座敷が軒を連ねたようです。

辻の風俗街の真ん中あたり一段高くなってるところがあります。

こちらに辻遊郭開祖之墓って墓標があります。改葬は昭和二年となっているので当時の貸座敷組合が墓地を改葬したのでしょう。これらも遊郭だったころの名残りです。

こちらにある新思会は貸座敷組合を前身とする組織のようです。
これも遊郭があった証拠です。辻の遊郭は遊郭ではありましたが本土と異なりどちらかというと花街要素が強かったそうです。もちろんすることはしてたのでしょうが芸事を見せる花街に近いところだったのでしょう。
沖縄では遊女のことを ジュリと呼んだそうです。
ジュリまたはズリと 呼んだ理由は春を売るのに這いずり回ったからジュリ、女郎からジュリとなったなど説は様々。ちなみに奄美では遊女をゾレと言うそうで南方ではこのような呼び方だったのでしょう。娼妓より芸妓の側面が強かったジュリ。それは利用者に求められた結果なのでしょう。
ソレしかしない遊郭ならば琉球でなくてもよい。
わざわざ琉球に来たんだから地元を味わいたい。
現代だってそうでしょう。沖縄の店なのにいるのはリゾバで来てる東京都民。
誰しも沖縄に来たら沖縄を味わいたいんです。だから当時の遊郭も本土と違っていたのでしょう。
沖縄独自の色街文化がここにあった。
同団体は文化を残そうとしてるのでしょう。
辻に来ればそんな歴史を感じれるかも。
ちなみに文化を残そうとしてる組織のとなりは今の辻の文化を発信してる店があります。

これはマンゾク。

辻に伝わるジュリ文化。でもそれも徐々に消えつつあるようです。
こちらには左馬という料亭がありました。那覇の三大料亭の一つに数えられた店でしたが現在は老人ホームに生まれ変わったようです。

こちらにも那覇三大料亭の一つ料亭松乃下がありました。
こちらも2007年に閉店し老人ホームになってます。老人ホームの名称に松を冠してるのは料亭の名残りを残そうとしたのでしょうか。

こちらは1949年創業の老舗料亭。戦後にできた料亭です。
辻は空襲で町全体が焼失しており先の大戦で置屋や貸座敷は全て消滅しました。
この手の街は戦後すぐに復活するのですが沖縄はアメリカに占領されます。
キリスト教国のアメリカ。公娼なんて認められる職業ではないので公娼制度は廃止となり遊郭の再開は認められませんでした。しかし遊郭がないため性犯罪や街娼が街にあふれ風紀が乱れる結果となりました。そのため特殊飲食店街を設置しました。
沖縄では社交街という特別地域を設けそこで営業ができるようにしたそうです。
日本の赤線に近い感じ。でも日本の法律とは違うので赤線ではない何か。どちらかというと沖縄のソレは公娼に近い存在だったのかもしれません。
いやいやそんなふしだらな街ではありません。
特殊飲食店はダンスホールがあるところです。米兵がダンスを踊るところ。現代風に言えばナイトクラブになるのでしょう。それを政府が管理していました。そこで働くダンサーは週一で性病検査をしていたそうです。性病検査をしてる辺りそのサービスがあるのは周知の事実。公娼は認められないので料亭としたのでしょう。
料亭と名乗ってましたがその実態はナイトクラブ。ナイトクラブかと思いきやその実態はちょんの間。そんなのが沖縄には 各地にあったそうで辻も社交街になりました。空襲で焦土と化した遊郭跡地にできた社交街。その利用者は沖縄を焦土にした米兵でした。
そもそもが米兵の慰安目的で設置された街。利用者はアメリカ人が多かったのでしょう。それは今も変わりません。アメリカ人の多い沖縄。アメリカ人向けの店あるのかな??

ほらちゃんとアメリカ要素があるよ。星条旗のような看板。
今でもアメリカ人はこの街を利用するようで多くの外国人を見かけます。観光客ではなく駐留してる米軍兵士なのでしょう。そしてこちらの店にはアメリカ人らしき団体が入店してました。

一番の歓楽街である辻。そんなわけでその手の店が複数あります。
これだと店探しが大変です。でも安心してください。この界隈には無料で案内してくれる心優しい人がいるようです。ここではいろんな店を紹介してくれるんです。

こちらはマンション一階にある特殊な物件。家の風呂釜が壊れても安心できます。
風俗付き物件って名古屋だけかと思ってたけど全国にこの手の物件ってあるんですね。お風呂屋さんまで徒歩ゼロ分の物件。まさにこれがホントのマンショントルコ!
こんな感じで特殊な風呂屋が20軒ほどある辻。
かつては70軒近くあったそうなので減ってしまったようです。

こちらはこの界隈の地図です。
料亭だったところは老人ホームにピンク色のところがその手の店になります。でもピンク色の全てが特殊浴場ではないようでこの中にはマッサージを称する店もあります。マッサージなのにピンク色?それおかしくない?だってマッサージって風俗店じゃないじゃない。普通のエステ店でしょ?

普通じゃなさそうなエステ店。
特殊浴場は増改築できないため寂れる一方ですがエステであればこんな感じで新しく始められます。
350年続いたジュリ文化。遊郭特殊浴場街を経てエステ街へと変わっていくようです。つまりここには日本最西端で最南端のエステがあるってことです。
メンズエステだったら西表島にもありそう。







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