山林生活

殺伐とした街の中にある魅惑の花園「鶴見駅前歓楽街」

殺伐とした街の中にある魅惑の花園「鶴見駅前歓楽街」

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本日は鶴見区に来てます。
こちらはJR鶴見駅です。川崎駅と横浜駅の中間にある鶴見駅。
鶴見駅ってそこまで利用していません。
鶴見駅には京浜東北線と鶴見線があり近くには京急鶴見駅があります。
三路線もあって便利な駅ですが鶴見線は京浜工業地帯へつながる路線。そのため利用したことがありません。
京急とJRは離れてるので乗り換えには不便だし駅前にあるのは飲み屋街くらい。
鶴見で働く人や住んでる人は駅を使いますが遊ぶなら横浜か川崎か東京へ行くのでしょう。だから鶴見に遊びに来る人はいないのです。
私も駅は利用しておらず鶴見は飲み屋に行ってた程度。

飲み屋には行ってたんだ。

駅前に手ごろな飲み屋街があるので川崎に住んでいた時に遠征してたのです。

飲み屋に遠征するクズ野郎。

川崎の方が飲み屋は多いんです。
仲見世にはセクキャバもあるしおっパブもある。だから選び放題なんです。
でも普通の居酒屋はチェーン店ばかり。個人店もあるのですが人が多くて居心地が悪い。

鶴見の飲み屋さん、なんか居心地いいんです。とくに京急線の東側はおすすめの飲み屋街です。だから駅前の飲み屋をはしごして終電逃して川崎まで 歩いて帰ってました。
本日はそちらの歓楽街を紹介するのですがその前に行きたい場所があります。

こちらは鶴見川です。
鶴見川を渡った先は川崎かと思いきやその先も横浜市鶴見区なんです。
そもそも鶴見って横浜だったんだ。なんか川崎っぽい感じがするけど...。

そうなんです。
鶴見って川崎っぽいのに横浜市なんです。
そして鶴見川が市境のような気がしますが実際は鶴見川より東側も鶴見区なんです。

地図を観れば一目瞭然。
横浜川崎との間に境界線が引かれ鶴見川の東側も鶴見区の領土だと認識できる。
でも鶴見自体がほぼ川崎ですよね。横浜ではなく川崎の雰囲気。文化圏も川崎に近しいし。川崎市鶴見区でよいのではないでしょうか。
このようにあいまいな鶴見区。鶴見は川崎でも横浜でもないDMZ。
鶴見は川崎と横浜の非武装地帯なんです。
鶴見川がまるでイムジン川。そのイムジン川を渡った先、商店街があります。

鶴見駅から徒歩15分。
鶴見川を渡り 少し歩いたところ。整備された街路があります。
長さ500mほどある一直線の道に歩道にアーケードが設置されています。
ここは京浜工業地帯により発展した商店街「ほんちょう通り商店街」です。

明治大正時代に整備された京浜工業地帯。鶴見は1913年から埋立造成が始まりました。埋め立てが進み工場ができると仕事を求め地方から多くの人が移住してきました。そのため人口が爆発的に増加したそうです。生活をするために必要だったのでしょう。この商店街もそれくらいの時期にできたそうです。
戦前は賑やかだったのでしょう。しかし京浜工業地帯は空襲で焼け野原へ。多くの商店街が被災したそうです。でもこちらの商店街は被害が少なかったようで戦後すぐに復興します。高度経済成長期の頃は多くの人で賑わい人混みで歩けないくらいだったんだとか。
しかし1960年代後半になると来街者が少なくなります。

町の中心が駅前に移ったのか。それとも工場がつぶれたことによるしわ寄せか。
理由は定かではありませんがどんどん町は衰退し今は静かな商店街となっています。
町自体はきれいですけど人がいないからシャッターが閉まったままの店も。でも地方都市とは違い鶴見は住民が多い街。対策次第でまた盛り上がる可能性を秘めてます。
なんか目玉があるといいんですけどね。

ちなみにこの商店街の先にはかつて青線がありました。

商店街の先に目玉があった!
そして衰退した理由はソレ。

商店街に人が来なくなった理由。青線が消滅したから。
商店街が衰退したのは1960年代後半。売春防止法が施行されたのが1958年。
10年ほどひらきがあります。売春防止法施行により売春営業は禁止に。赤線は廃業となりました。赤線は警察から黙認されていた地域。青線は黙認されてない非合法な私娼窟。

そもそも非合法な私娼窟だったわけですから、

青線業者「売春防止法が 施行されたから守ろう」

とはならないでしょ!そうならないでしょ!
絶対守らずにその後も続いたでしょ。つまり1958年以降ももぐりの店があったはず。その青線街は商店街を抜けた先。そりゃ人でごった返したでしょう。でも今はもうここには賢者はいません。

その青線街があったのがこの辺り。
鶴見入船カフェー街ってところだったようでカフェーがこの界隈にあったそうです。
売春防止法施行後は長らくスナック街でしたが現在飲み屋はほとんど残ってません。

こちらには朽ち果てた飲み屋が残ってます。窓ガラスも割れており廃虚のような状態です。

割れた窓の隙間から中の様子が見えます。
ブラウン管テレビが転がってます。10年以上前からそのままのようです。

こちらには稲荷神社があります。
戦後にできた歓楽街。町ができる際にできた神社でしょうか。
今でもちゃんと 管理されてるようで牛乳と酒が備えられてました。

飲み屋街はなくなり今は普通の住宅街へ。かつての青線の様子はもうここでは見れません。売春防止法施行後も青線営業が続いたかもですがそれは年々減少。駅前の方が賑やかとなり消えてしまったようです。

ってことは駅前に行けば何かあるかも!

何かないか探しに鶴見駅の近くに戻ってきました。
こちらは鶴見神社です。鶴見神社の創建は古く7世紀初めころ。市内では最古の神社のようです。ご祭神は五十猛神、須佐之男命。ご利益は安全守護、厄除け、病魔退散、病気平癒。

鶴見神社の前は旧東海道が通ってます。
ここは街道沿いでした。
東海道五十三次の宿場は日本橋から品川宿、川崎宿、神奈川宿と続きます。鶴見は川崎宿と神奈川宿の中間。ここには宿場が設置されませんでしたが鶴見は間の宿で水茶屋があったそうです。
水茶屋と言えば女給が接客するスタイル。女給が急に恋に落ちる系の水茶屋もありました。鶴間の水茶屋がどっち系の店なのかは定かではありません。

こちらは京急鶴見駅の東口側です。
私の鶴見のイメージはこの辺り。ここは飲み屋が軒を連ねる歓楽街となっています。
この界隈は大正の頃に花街ができたそうです。

京浜工業地帯のあった鶴見。仕事終わりに遊びに行ったか仕事の接待で使用したか。
工場で働く人たちが集まる盛り場が駅前にでき三業地として栄えました。駅前には水茶屋の流れを汲む店があったのです。
戦前は賑やかな街でしたが空襲で焦土と化します。でも戦後すぐに花街は復興。1960年代後半まで賑やかな花街でした。しかし時代の流れなのか花街は衰退。現在はスナックが立ち並ぶ飲み屋街となってます。

こちらには三業共同ビルって建物があります。
三業地だったからこの名前なのでしょうか。建物はだいぶ古く朽ちてます。

地下街という割には人を寄せ付けない雰囲気。地下入り口はごみ溜めになってます。このように廃虚っぽいところも目立ちますがそれでも飲み屋街は現役のようでスナックやガールズバーがあります。またこの界隈は外国人の店が多いです。

こちらはアジアンフード店です。
鶴見は横浜市で二番目に外国人が多く鶴見川を渡った先には南米タウンがあります。
鶴見に住む外国人は中国、ベトナム、韓国、フィリピン、ブラジル、ネパール、ペルー、インド、インドネシア、タイ。南米とアジアで占めてますが結構多国籍です。

ベトナム人が増えているのは他の地域と一緒。
そのためベトナム料理店もちゃんとあります。

韓国人も多いため韓国料理屋が目立ちます。
こちらのお店は韓国とは一切書いてませんが韓国語のサランヘ。100%韓国パブ。

インド料理屋もあります。
町にあるインド料理店の多くはインネパ料理店。つまりインドネパール料理店です。
店主はインド人かと思いきや実はネパール人。でもこちらの店は正真正銘のインド料理店。これもインド人が多いからでしょう。

ネパール人もいるのでネパール料理店もあります。
ネパール人もいるんだ。

こちらはモンゴル国旗でしょうか。
最近モンゴル系の飲み屋を観る機会があります。
なかなか旅行で行く機会のないモンゴル。鶴見ならモンゴルを味わえるようです。

飲み屋街であれば確実にみる国旗。
こちらはフィリピンパブです。

飲み屋街であれば確実にみる国旗。
タイです。

鶴見で一番人口の多い外国人は中国人です。
そのため中華系のお店もちゃんとあります。
こちらはチャイニーズレストラン。
本場の中華が食べられそうな雰囲気があります。

勿忘我。
「私を忘れないで」を意味する言葉。また勿忘草のことを勿忘我とも言うそうです。
確実にチャイナパブ。本場の姑娘が食べられそうな雰囲気があります。

あとはエステ。

それとエステ。

それにエステ。
エステが街に多すぎる。中国人が多い理由、エステだった。
中国人が多いからエステがあるんじゃありません。エステが多いのには理由があります。かつての鶴見駅前には風俗店があったのです。

それは何の理由にもなってねぇ。京急鶴見駅東口側。
現在は飲み屋街となっていますが以前は飲食店に混ざって怪しい店があったのです。
ここはサロンとヘルスのある街でした。京浜工業地帯で栄えた鶴見。かつては鶴見川の向こう側に青線がありました。そして駅前は花街があり賑やかな街でした。しかしどちらも高度経済成長期の頃消えました。鶴見は盛り場ではなくなったのです。でもその代わりに現れたのがサロンとヘルス。仕事終わりに工員たちが集まる飲み屋街。
飲んだ後は気持ちが高揚するものでサクッと済ませる店があったのでしょう。

あっ 青線の代替、ここにあったサロンやヘルスだった。
ほんちょう通り商店街が衰退した理由。駅前のピンサロだった。

かつて鶴見は少し治安がアレで街路に客引きがいて近づきたくないエリアでした。
そして歓楽街の中に組事務所もあるアウトレイジな街。でもその殺伐とした街の中にある魅惑の花園。ソレを求めて工員たちが集まったのでしょうね。

サロンがありそうな雰囲気のある街並み。
ここには以前ミス日本というサロンがありました。

看板はその店を表す鏡。
ここには看板通りミス日本級の美女がいたのでしょう。ミス日本優勝者と言えば藤原紀香、叶姉妹。

こんな名店があったとは!

人気があったに違いない。でも現在そのような店はここにはありません。

サロンもヘルスも閉店しきれいな街になりました。その代替で出てきたのがエステ店。確かにサロンやヘルスの代わりっぽい。そっち系っぽいエステもちらほらあるし。かつてのヘルスよりも過激な店もありそう。つまりエステはサロンやヘルスの代替店。

だから、中国人が多いからエステが多いわけじゃない。
いややっぱり中国人が多いからエステが多い。アレなエステは大体中国。
鶴見に中国人が多い理由、チャイエスだった。

このように風俗要素がなくなった鶴見駅前。
それだけでなく飲み屋も減少傾向のようです。現在この界隈はマンションが新しく建ってます。組事務所だったところもマンションになりました。
駅徒歩数分の場所。かつては工員が遊びに来ていた駅前ですがその様子はありません。湾岸部に工場はあるものの仕事終わりに呑みに来る人は少ないのでしょう。
住宅街に変わりつつあり大正時代にできた三業地の名残りはもうここでは見れないのでしょう。

こちら、ピンサロです。

まだ残ってた。

いや、もうこれは返事がないただの屍。
閉店して久しいようですがそのままの状態です。
これは昭和平成の性風俗店の遺構。
左手に在籍してる姫の情報が載ってます。

これはイエローキャブもびっくりのキャスト陣。
こんな名店があったとは!

こちらはJR鶴見駅の西口側です。
こちらはソープです。ソープは残ってたんだ。
店名は変わりましたがまだまだ生き残る特殊浴場。駅前にはチャイナエステはありますがかつてのそっち系の店は壊滅した鶴見。鶴見に生き残る唯一の店。つまりぽつんと一軒ソープ。かつては仕事終わりに駅前で飲み酔った勢いでエッチな店に行ってたのでしょう。しかしそのような遊びをする人が少なくなり店は淘汰されたのです。

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